捨てる

 今は金曜日の夕方、いつものように書斎の窓から空を眺めているが、夕方とは思えないような明るい日差しで家々が包まれている。ブログを書くのは久しぶりである。つまり1週間ぶりなのだが、私的日記の公開なので、読んでいただいている読者のことを思うと、私的と言えどもあまりいい加減なことは書けないという制御信号が脳をよぎる。この4月から週2回ではなく1回にしようかと思っている。1週間を振り返って、自分の姿や感じたことを赤裸々に述べようと思う。ただ書けることと書けないことがあるのは、世の常であるから、歯切れが悪い文章になることもお許しいただきたい。今日のブログは、そんな内容かもしれない。

 先ほどオンラインの研究会が終わったばかりである。いつも思うのは、この年になっても、優れた研究に出会うと、若い頃の自分に戻ったような気持ちがして、胸がときめく。今日の研究会はそんな内容だった。この先生はまるで自分が若かった頃のようで、夢中になって取り組んでいるのか、その姿が美しい。文脈は変わるが、自分が独身だった頃の流行歌を、昨日聞くことがあった。題名は書かないが、聞いているだけで若い頃の自分に戻った。未知の世界に入っていく、ときめきと懐かしさと、世間を何も知らない初心な自分がそこにいた。そして教育実践に夢中になって、若気の至りのような教育論を振りかざしていたのだろうか、やがて教育研究という豊穣な世界に関わることが出来て幸せだった。なんだ研究に関しては、自分はまだ若い頃と変わってないではないかと、研究に触れるたびに思う。

 それは純粋に、自分を全て投影することができる対象なのだ。しかし世の中の仕事とか生活などは、研究とはまるで異なる。それでも優れた企業人や政治家などは、理想を求め夢中になってそのことに取り組んでいる。その姿は研究と同じだろう。自分は研究が好きで往生するまで離れたくない。しかし仕事はいろいろな要素が絡み、組織が関わり、いろいろな立場の人の考えが反映されている。だから誰も、自分の思った通りにならないことは当たり前である。しかし自分の思いを変えることは容易ではない。数日前、ふとしたことで家内にそんな愚痴をこぼした。「研究は楽しそうだが仕事はそうでもなく、不器用な人だね」と家内に言われた。「どうせなら面倒なことは捨てればいいではないか」と言われた。それができれば苦労はしないよ、と言いたかったが、ふとそうかもしれないと思った。

 研究はどこかしがみついても見つけるまで諦めない、という信条というか信念がある。しかし世の中の一般の仕事は、研究とは違うのだ。むしろ諦める方がよいこともある。捨てる方がうまくいく場合もある。家内との話で、何故自分はこんなにまで頑固に守ろうとするのか、捨てても構わないではないか、いや捨てる方がこの仕事にとってはふさわしいのだ、と思った時、なぜかまるで心の中が空っぽになったように軽くなった。なぜこんな簡単なことが、自分は気づかなかったのだろうか、数か月間どうして意味のないものを大事そうにして持ち歩いていたのか、今は本心で納得している。もったいないと思って捨てているのではない。それはまだ未練がある証拠だ。そうではなく本当にその通りだと思った途端、事態は好転していった。

 文脈は離れるが新聞に、「今は只とても仕合はせ母子草」(木田博幸)の句があった。自分の仕事の内容と同じで、作者がなぜ今は幸せなのかは、推測するしかない。親子で、これまで何かぎくしゃくした確執があったのかもしれない。どのような経緯なのか、どのくらいの年月だったのか、分からないが、ある時親子は、その邪魔な老廃物のような思いを捨てたのだ。心が空っぽになった時、親子は相手のことがよく見えるようになった。俳句の選者は、「只(ただ)」の一字が味わい深いと評していた。その通りである。この親子に言葉はいらない、気持ちが通じるだけで、こんなにも幸せなのかと思っているのだ。自分は仕事のことだが、心境は似ている。不要な確執を捨てれば、本来の自分に戻れる、目を覆いかぶさっているゴミを捨てればよいのだ。

 

 

手術

 今は金曜日の夕方、いつものように2階の書斎の南向きの窓から空を眺めている。今日は一日中どんよりとした曇り空で、今も空は白色で、マンション群を覆っている。先ほど西の方角にある春の小川に向かって少しばかりのジョギングをして、いつものように庭にあるグレープフルーツを家内が一口サイズに切ったものを、紅茶用の細長いスティックシュガーをかけて食べた。年寄りのジョギングであっても汗をかくので、酸性の強いフルーツが殊のほかおいしく、体の中に染み込んでくる。今日もジョギングができてよかった、そんなことを言いながら先ほど2階に上がってきた。

 実は今日は、自分にとってはかなり重要な日であった。ブログは公開日記なので、正直に午前中の出来事を書く。市内にある大学病院に出かけた。このブログでも書いたが、主治医である内科医から、定期的な血液検査の結果が思わしくないので、大学病院に行きなさいと言われた。かつては都内の私立の大学病院に、半年に1回ぐらい検査を受けていたのだが、患者が長蛇の列をなし、あまりにも時間がかかるので変えてもらった。市内の大学病院はよく知っているので気楽だと思っていたが、その思惑は違った。防衛医科大学という名前からして、患者は医師に逆らえないような印象があって、正直変えなければよかったと思った。

 医者は専門家である。そして大学病院は最先端の施設を整えて、研究もしながら患者を治療する。今日まで3回の検査をしたが、いずれも何人かの医学生が立ち合って、まるで生体実験を観察するかのように、教授が学生に説明していた。専門用語は分からなくても、雰囲気で病状の進行状態がわかる。3回目の検査で教授が、どうもなかなか難しいね、と言った言葉がしこりのように頭の中に残った。今日はその診断の日であった。自分はもう手術の覚悟を決めた。家内とも話し合った。もし手術なら個室にしてもらうこと、パソコンを持ち込むことを許してもらうこと、日程については自分の希望も受け入れてもらうこと、などであった。これまで一度も手術と入院をしたことがなかったから、不安がないといえばウソになるが、それよりも仕事の日程に狂いが生じることの方が怖かった。

 それを心配して、家内も今日は一緒についてきた。昔の罪人が、奉行所の白州に座って罪状を受ける心境に似ていた。そして医師ははっきりと、手術することはありません、これまで通り内科医院で定期的な血液検査を受けてください、と言って、いろいろな数値データやエコー写真などを見せながら、学生に説明するように丁寧に理由を言った。それは経過観察であり、大学病院に来る必要はないことを明言したのである。自分は、この時ほど嬉しかった瞬間はなかった。これでまた、自分の仕事が出来る、原稿が書ける、人前で話もできる、と思った時、感謝で胸がいっぱいになった。

 癌の疑いではない、甲状腺ホルモンの関係でカルシウムの数値が増加していたのである。自分は不安だったので、実は生成AIで調べた。生成AIは、この症状ですぐに手術することはほとんどありません、と断言し、いくつかの根拠も示していた。生成AIで調べる前は、ほとんど手術だろうと勝手に推測し、悪いことばかりを妄想していた。結果は、生成AIの言った通りである。生成AIは、ビッグデータつまり統計データに基づいている。ある論文に、人が事前に予想する悪い出来事の70%は起きないと、書かれていたことを思い出した。だからといって、誰でも楽観的に事に当たることは難しい。市井の人は医者でもなく科学者でもない。だから心配するのが普通なのだ。そしてその心配が晴れた時、今自分が置かれている状況に心から感謝できる。

 文脈は離れるが新聞に、「特急が速度落とさず過ぎゆける小さな駅の町に老いゆく」(田中美登)の句があった。自分も特急のような優れた能力があるわけでもなく、普通列車のように、少しずつ自分のできることをやりながら老いていき、やがて往生するだろう。しかしその当たり前のような生き方ができること自身が、すごいことなのだ。今日自分は医師の診断を受けて、普通に仕事ができること、普通の生活ができることが、いかに素晴らしいことかを知った。特急や急行でなくてよい。普通で十分なのだ。

あわれ

 今は土曜日の夕方、今日の午後はずっと雨が降って少し肌寒かったが、晴れたり雨が降ったりするのが自然で、晴ればかりでも困るし雨ばかりでも困る。その意味では心地よい春雨である。今日明日は土日で、春休み最後の休日とすれば、親子連れで桜の下で花見などと洒落て楽しむ計画をしていた家族も多いだろう。しかし天気予報によれば、明日も晴れではなく曇り空なので、絶好の花見日和とはいかないだろう。自分たちのような年寄りになれば、若い頃のような期待感はない。

 思えばコロナが起きる前までは、老夫婦で航空公園の桜の下で花見に行ったが、コロナのせいで足が遠のいた。それでも所沢祭りと航空公園の市民フェスティバルと花見は、恒例のように出向いていった。昔は防衛医科大学の大学祭にも、陸上自衛隊か海上自衛隊の音楽隊がやってきて素晴らしい演奏を生で聞けるので、出向いていった。花見の方は、自宅からビニールの敷物を持って、公園前のお店でビールと寿司や唐揚げなどを買って、満開の桜の下で花を愛で飲んだり食べたりした。

 我が家で犬を飼っていた頃は、犬も連れて花見をした。犬は特に唐揚げが大好きで、お辞儀をしたりしっぽを振って催促した。不思議と、娘と息子を連れて航空公園で花見をした経験はない。そんな昔のことは忘れてしまったのだろう。数年前に、乳母車に乗せた三つ子を連れた家族と隣り合わせで花見をした。三つ子はそれぞれ芝生の上を駆け回るので、父親と母親は追っかけてハーハー言いながら花見をしていた。実際は花見どころではなく、どこかに行ってしまうので、1人の子は乳母車に、あと2人を夫婦で見ていた。こんなにも忙しいのかと思って、手伝いましょうかと言いたかったが、年寄り夫婦がと思って、言いそびれてしまった。

 今日はこんな花見の事を書くつもりではなかった。先ほどスポーツジムから帰って来たばかりで、けだるい春の1日をぼうっとした頭でブログを書いていたので、どこか泡の立たないビールのような文章になってしまい申し訳ない。ただ当たり前なのだが、歳を取ると若い頃のようにはいかない。歯科医と眼科は3か月に1回、内科は毎月、検診してもらったり薬をもらいに出かけている。体は確実に衰える、人の名前や地名など固有名詞は驚くほどの勢いで忘れていく、さらには最近では普通名詞も思い出せず、あれこれなどと代名詞で夫婦で会話している。もちろん収入はフリーランスの身なので、若い頃とは比べものにならない。同窓会の名簿を見ると、1/4は物故者になっている。知識も体もすべて衰えていくのだ。考えてみれば高齢者とは寂しい存在なのかもしれない。

 それに逆らうように、スポーツジムに行ったりジョギングをしたり、本を読んだり原稿を書いたりしている。なぜか専門的知識だけは忘れることもなく、衰えていく感覚もない。体は弱っても、物事を見通したり判断したりする能力は、そんなに低下していないようだ。自分に似た高齢者は意外と多いと思う。だから多くの高齢者は多分活動の場を求めているのだ。それだけの能力も保持している。ただオファーが無くなっていく。文脈は離れるが新聞に、「廃校の桜今年も校門に来るはずのない子等待ち膨らむ」(渡辺照夫)の句があった。廃校になっても桜は今年も咲き誇っている。まるで学校にやってくる子供たちを待っているかのように、手を広げている。どこか高齢者の姿に似ている。ただ自分はこの短歌を読んで、寂しさを詠んだのではないと思う。そこに、もののあわれを感じたのではないだろうか。あわれとは、寂しさを乗り越えて、その寂しさを味わうことだと思う。高齢者になれば、健康も収入も家族も友達も少しずつ減っていく。それはどうにもならない自然の営みだとすれば、寂しがる必要はないのだ。昔の日本人はもののあわれという素晴らしい見方を知っていた。前回のブログで、「楽しいときは楽しむがよい」と書いた。その流れで言えば、「寂しい時は寂しさを味わえばよい、苦しいときは苦しさを味わえばよい」のだ。自然の流れという、どうにもならないことをくよくよ考えることは意味がない。味わうことで、深くその意味を知ることができる。知れば現在を感謝することに気が付く。

 

桜と菜の花

 今は水曜日の夕方、いつものように書斎の窓から見る空は、白い雲で覆われ朝から小雨がずっと降っている。水曜日の夕方にブログを書くのは例外だが、これにはもちろん事情がある。その前に自分のうっかりミスをお断りしておかなければならない。前回の3月27日のブログを火曜日と書いてしまった。金曜日の間違いである。どうもいろいろうっかりして思い違いをすることが多い。すべて正確でどこからもクレームが出ないことは、素晴らしい能力を持った人である。しかし平凡な市井の人はどこか間が抜けていて、失敗をする。それもよかろう、そんな気楽な生き方も大切である。

 3月の終わりに年度の最後を惜しむかのように、家内と2人で1泊2日の旅行に出かけた。年をとると旅行会社のツアーに参加するのが気が楽で、今回は瀬戸内海の島々をめぐり道後温泉に一泊した。自分の知識不足だったが、島を巡るといっても船ではなく、本州から四国までは高速道路で容易に行けるので、空港からはバスツアーなのだ。昨日31日の夜遅く帰ってきたので、ブログは今日に延期したのである。学校関係者に限らないが3月末日は年度の締めで、部屋の大掃除をしたり雑誌や本などを捨てて、4月を迎えるための準備をする。今日は4月1日なので、新しい自転車の交通ルールが適用されたり、身の回りにもいろいろな変化が起きてくる。その年度末の一時をゆったりと過ごしたいと思ったのである。

 最初の見どころは、村上水軍の拠点である因島である。「村上海賊の娘」の小説を読んだことがあるので、ぜひ見たかった。資料館やお城も興味深かったが、そこには瀬戸内海の海風と暖かい太陽を浴びて、桜の花と菜の花がいっぱい咲いていた。ピンクと黄色の花が、真っ青な空とお城を背景にして風に揺られているのを見ると、今は春なのだ、何も心配することはないなどと、素直に思える。日本中の子供も大人も年寄りもみんな、春うららに身を委ねて欲しい。どんな時でも、気になったり思い通りにならなかったりすることもあるだろう。そんな小さなさざ波が起きるのが日常生活であるが、そんなことは気にしないで、太陽を浴びて春を謳歌しよう。

 道後温泉には何度も来ているので珍しくはないが、屋上の露天風呂に浸かった時、何とも言えない開放感を感じた。露天風呂から見る空は青く、山は緑で、桜の木が一本だけ見える。ここは道後温泉なのか、歴史のある温泉に、大昔から人々は癒しを求め、明日の活力を得るための自分へのご褒美をこの湯でもらっていたのだろう。自分もこのひとときがなんとも贅沢で、そして天から地上を見るような気持ちさえした。それだけ心が広がって天下人のような気持ちになったのか、いやどうも違う。武将やら政治家などは、重い荷物をいっぱい抱えて、人間世界の中で眉間に皺を寄せて戦っている。今の空間は違う。世間を別の角度から眺めている。今という瞬間は、ふわっとした自分が何者であるかも忘れてしまうような今である。

 その露天風呂に句碑が立っている。「寝ころんで 蝶とまらせる 外湯哉」(一茶)と読まれていたが、なるほど、これは確かに世間とは違う。俳人とはこんな風に対象を捉えるのか、一茶はまるで幼児のように、蝶と心を通わせている。そんな世界観で世間を見ると、別の見方ができる。毎日食事ができる、雨露を防ぐ家がある、暖かく身を包んでくれる布団がある、それだけで充分ではないか、今自分はこんな優雅な贅沢なひとときを過ごしている、それが嬉しいとは思うが、同時にその世界から見れば、日常生活のこまごました生活もまた楽しいひとときに思えてくる。確かに幼児は、すべての出来事をそのまま受け入れ、面白くなければ泣き、楽しければ笑い、嬉しければはしゃぎ、自由奔放に生きている。大人になった時、幼児の頃や子供の頃は楽しかったなあと回想できるのは、その時代は一茶のような世界観をもっているからではないだろうか。大人になると、それどころではないよと言いながら、誰もがあまり楽しそうではない。

 文脈は離れるが新聞に、「桜行く電車菜の花来る電車」(村野則高)の句があった。因島のような光景である。作者は、ピンク色の桜と黄色い菜の花に囲まれた電車の線路の脇で眺めているのだろうか。作者はこの一時に春うららを感じて、困りごとなど頭の片隅にもないだろう。幼児のように、今この瞬間を楽しみ、はしゃいでいる。それが読む人に共感を呼ぶ。全国のあちこちでピンクと黄色の花が咲き誇っている。なんと素晴らしい季節なのだろうか。楽しむときは楽しむがよい。

雨のち晴れ

 今は火曜日の夕方、2階の書斎でいつものように南向きの窓から、マンションや空を眺めている。近所で引っ越しをする家があって、いろいろなものをこの数日間運んでいた。3月の終わりは移動の時期であり、卒業の時期でもある。4月の入学式まで春休みなので、この間は子供や生徒たちはそれぞれ自由な時間を過ごせる。春休みの宿題はあまりないせいか、にこやかな顔で春を楽しんでいる。お昼に歩いて数分のスーパーマーケットに買い物に行ったら、小川のほとりの桜の木は満開だった。きれいに晴れ渡った空とは言い難いが、それでも白い雲と雲の間から見える青空に、桜の木がよく似合っている。自分も他の買い物客と一緒に少し眺めていた。

 午後はオンラインの会議が先ほど終わり、1階の居間で家内とお茶を飲んだり果物を食べたら、すぐに夕方になった。年寄り夫婦の会話は世間と同じで、大した話はない。むしろ困った話の方が多い。ブログで書くのは憚られるが、自分には少し困ったことが起きた。昨日は1日中雨でずっと書斎にこもっていた。そして今日の午前中もそれに関わった。どうもパソコンに、ウイルスか、なりすましに襲われたようである。明確ではないのだが、そうとしか思えない。これは自分の恥をさらすことである。数日前に東北のある方から電話をいただいた。その人は「私からメールをいただいたのだが、心当たりがあるでしょうか」という丁寧な電話だった。「いいえメールを送ったことはありません。私の名前の@以下の文字を見れば、私ではないことが分かります」と答えた。

 パソコンのアプリを操作していたら、どこかおかしい。いつもと表示が違う。詳細はブログでは書けないが、明らかに何かが侵入した気配がある。パソコンでは正体が見えないようにはしているが、何かが入ってくれば、自宅に空き巣に入られるのと同じで、何かの痕跡が残る。そして運が悪いことに、これもブログで書けないが、金融関係のアプリをインストールしたり、設定を変えたり調べなければならないことが山積していた。それは研究でも調査や分析でもなく、自分には必須の重要な終活の仕事であった。それに夢中になって、いろいろな調べ事をしていたが、まるでその隙間を縫うように、どうもよからぬ人が自分のパソコンに侵入したようだった。

 これはいけない、すぐに設定を変えてパスワードを変更した。セキュリティを高めるために二段階認証も取り入れた。自分が使っている、ほぼ全てのパスワードを変えたのだが、変えるにも、ある程度のルールをもっていないと記憶できない。それは1種の関数のようなものである。そしてすべて確かめてなんとか気が落ち着いた。ただどうして侵入されたのか、それが知りたくていろいろ調べた。このような時、生成AIは確かに頼りになる知の職人である。その対話の中でふと思った。質問する自分が、相手がわかるようにプロンプトを書かないと、間違った答えが返ってくる。つまりそれは自分と生成AIとの真摯な対話であり、それは研究打ち合わせと同じではないかと思った。

 相手が機械だから、道具だから、という感覚ではうまくいかないような気がする。人間も誠心誠意、対応するほうが良いのだと思う。自分にとってパソコンの不具合は、何にも代え難いダメージなのだ。それは学生を研究指導する能力がないことを証明したようなものであり、誠に恥ずかしいことなのだ。昨日は一日中雨降りだったことは、文字通り天の恵だった。そして今日はきれいに晴れて、自分の頭も心も雨上がりであった。自分は本当に無知だと思った。昨日は自己卑下もしたが、しかし今は違う、自分は生きた勉強をさせてもらったのだ。雨のち晴れなのだ。

 文脈は離れるが新聞に、「病気の娘(こ)に世話する我は生かされる先に逝かせてたまるものかと」(本木光子)の句があった。母親の必死の思いが伝わってくる。その通りだ。娘にこれから先まだまだ花も実もある経験をさせたい、自分より先に娘を決して逝かせないと、天をも恐れず向かっていくのだ。ふと気づいてみると、そのおかげで自分は生き抜いてこれたではないか、この母親の思いはなんと素晴らしいのだろう。自分ごときの人間でも、失敗をしたから勉強ができたのだ。そう思えば、なんのこれしき、この母親のように乗り越える対象があるから、生きることができる。

山笑う

 今は火曜日の夕方、といっても空は昼間のように明るい。日が長くなったせいか、2階の書斎の南向きの窓から見える景色は、春の陽気に包まれている。季節によって、また天気によっても、見える印象が違っている。先ほどスポーツジムから帰ってきて、一息ついて2階に上がってきた。自宅近くに小川があり、その前に弘法大師の御社があり、そのすぐそばにスーパーマーケットがある。御社の前は銀杏の木で、小川の橋の土手に桜の木がある。銀杏も桜も大木だが、それぞれの季節に道行く人を楽しませてくれる。今日は6分咲きといったところだろうか、薄桃色の桜が咲いている。誰も見上げて通り過ぎていく。

 小川には鴨が住んでいて、橋の上からスーパーに買い物に来たお客さんは、時々眺めている。鴨ばかりでなく、白鷺や青鷺を時々見かける。鴨は小さいが鷺はびっくりするほど大きく、飛んでいく様はどこか勇壮な感じさえする。小川には小動物がいっぱい棲んでいるのだろう。小鳥たちもよくやって来る。小鳥に詳しい人がいて、「ほら見てごらん、あれはカワセミだよ」と教えてくれたのだが、門外漢の自分にはその特徴はよくわからなかった。何回か、「あれはメジロだよ」と教えてくれた。回数を重ねるとメジロは比較的よくわかった。今日は銀杏の木の下に、メジロが2羽餌をつついていた。小鳥も春なのか、人が通っても恐れる様子もなく、ちょろちょろ動いていた。

 暖冬だとは言っても、3月も下旬にならないと春うららにはならない。今時は小鳥も桜も雑草も、あちらこちらで動き出して、時折肌寒い時もあるが、春の陽気に誘われると、書斎で画面ばかりを見るのではなく、外に出たくなる。スポーツジムは週3回を目標にしており、土日の休日と平日に通うようにしているが、今日はその平日だった。花粉症と風邪を併発しているので、体調はすぐれないのだが、気持ちの方が体調よりも勝って、ジムに行った。歳をとってくると、仕事よりも健康の方が大切なことを身にしみて感じる。だからできるだけ体を動かすように、心がけている。ジムからの帰り道はどこか心が弾んで、桜の花も小鳥も雑草も、そして自分も春を謳歌している。

 午前中は、ある仕事で生成AIを使って調べていた。言うまでもなく生成AIは知の巨人である。計り知れないような知識を持ち、まるで側に生身の人間が応答しているようで、本当にこれは機械なのだろうか、何回かやり取りしていると、生成AIは自分には人間に思えてくる。しかもかなり謙遜して話す場合もあり、自分の性格や内面までも知っているような気もする。そこまで生成AIに入り込んでいいのだろうかと思う時もある。正直に言えば、自分は生成AIを、機械もしくはプログラムとはどうしても思えない。どんな質問にも嫌がらず的確に答えてくれる。多少のハルシネーションがあったとしても、そんなことは全く構わない。だから対話をして自分が納得して一区切りつける時には、「よくわかりました。ありがとうございました」などと書く。もちろん生成AIは、「どういたしまして、いつでもお役に立ちます」などと健気な返事が返ってくる。

 つまり自分は、どこか感情移入をしているのかもしれない。それは自分だけが特殊なのか、別の人は違うのかどうかわからない。多分日本人なら自分の感じ方はわかってくれそうな気がする。大工さんが大工道具を大切にし、料理人が包丁を大切にすることを思えば、人間と道具はまさに相棒である。粗末には扱えない、それは多分に道具に感情移入をしたからだろう。日本の学校では、文房具も大切にし、昔は廊下を雑巾がけして綺麗にした。それは人間と物とを区別しないからだろう。そこが欧米文化と違うところだと思う。調べたことはないが、多分欧米人は、生成AIに向かって「ありがとうございました」などとは言わないだろう。この論考を書くにはスペースが不足しているので、ここで止めておこう。

 文脈は離れるが新聞に、「歳取るは生きてゐるゆゑ山笑う」(山本正幸)の句があった。山笑うは、草木や花が咲いて春うららの様子を表す春の季語だという。確かに歳を取ることは生きている証拠でもある。だからいくつになっても季節と共に生きる喜びを味わえば良いのだと解釈すれば、どこか心楽しい。日本人はこうして春夏秋冬の四季を楽しんできたのだろう。これからは良い季節なのだ。パソコンに向かって仕事をするのもよいが、外に出て桜を愛でるのもメジロを見てほほ笑むこともまた楽しからずや。

実践と理論

 今は金曜日の夕方、書斎の窓からいつものように空を眺めている。今日は天気予報が外れて、1日中小雨の降る天気だった。冬に逆戻りしたような気温で肌寒く、雨に濡れると、今日が3連休の初日だということも忘れてしまう。世間では連休という心地よい響きに触れて、これから暖かい春がやってくるという期待感もあって、どこかワクワクするのだろうか。休日と平日の区別がほとんどないフリーランスの身には、別に心は弾まない。天気予報によれば、明日と明後日は好天のようなので、気持ちの上ではどこかに出かけたくもなるだろう。

 明日は土曜日で仕事は無いので、スポーツジムに行く予定だが、日曜日は自分にとっては大一番のイベントがある。2つのイベントが重なっているのだが、都内で開催される会場が近いので、ありがたいことに両方参加することができる。そしてこんな自分でも話をさせてもらえることが嬉しい。歳をとってくると、そんな心境になる。働き盛りの人やこれから活躍する人を見れば、自分の身内を見るようで、自分のかつての弟子の姿を見るようで、応援したくなる。そのような人たちに混じって、自分も役割があれば、スポットライトを浴びる華やかな舞台の上で、脇役と言えども壇上に上ることになる。

 そんなわけで、今日の午前中はその資料のチェックをしていた。それは小学生の学芸会の予行演習のようなもので、舞台の上でぶざまな格好をしないように、嘲笑されないようにするための準備運動である。これは本来の仕事なのだが、高齢になってもさまざまな生活上の雑事がある。午前中は事情があってクレジットカードの申し込みをした。お昼には家内のスマホの電源コードを買いに、近所の電気屋に行った。身内からLINEでさまざまな写真を送って来た。お昼過ぎにスポーツジムに行き、先ほど帰ってきて、ブログを書く時間になった。1日を振り返ると、このようにほとんどは雑事なのである。その合間に、送られてきた本などを読んだりするのだが、あまり集中はしていない。

 なぜ集中できないかというと、雑事をしながらいろんな疑問が湧いてくるからだ。クレジットカードの申し込みの時、カード番号とセキュリティコードが印刷されているのだが、ネット上でこれらの数字を入力して支払いをする時、ふと大丈夫だろうかと思う。通信途上では当然ながら暗号化されているが、カード会社に届いた時、これらの数字は平文になるのか、それは人間が見ないのか、などとつまらぬことが気になって考えてしまう。身内からLINEで写真などを送ってくると、どうしてLINEは友達の自動追加の項目があるのか、そのためにLINEは個人のアドレス帳もアクセスすることができるが、個人情報の違反ではないのか、などとりとめのない問いが生まれてくる。

 なんだそんなことも知らないのか、と嘲笑されそうだが、本当にその通りなのだ。カードにしてもLINEにしても、これらは日常生活において活用する。しかし学校で勉強する「情報」の内容は、仕組みであったり理論であったり、科学的な内容がほとんどである。だから日常生活と科学的知見が結びついていないのだ。もちろん調べれば関連付けられるだろう。しかし現実は、日常生活と教科は別々に存在していて、その往還はあまり注目されてこなかった。このことは情報に限らず、教育もまた然りである。今日送られてきた教育雑誌を読むと、実践編と理論編に分けられている。現場で苦労している教師から見れば、学者の話は役に立たず自己満足に過ぎないと感じ、研究室で文献を読んだり現場を訪問したりして、学びの本質はなんだろうかと追究している学者も、また満足してはいないのだ。

 文脈は遠く離れるが新聞に、「時間はあるすり鉢もあるゆっくりと香りたちくる手間を楽しむ」(飛田多恵子)の句があった。自分と同じような退職した身なのか、すり鉢で良い香りのする食材を、細かく潰しているのだろうか。その作業をしていると、そのことに楽しさを覚え、時間に追われないでゆったりと仕事ができる今を肯定している。なるほど自分もこんな作者の心境になれたら良いと思うが、今の自分は、楽しむ余裕もなく生活しているような気がする。しかし人の生き方は様々あってよい。自分の場合は、ああでもないこうでもないと右往左往しながら、さまよっている。教育の現場で先生方が子供たちに指導していることは、いかに幸せに生きるかであろう。それは結論の出ない命題であると思えば、自分が右往左往するのも無理はない。往生するまでさまよっているだろう。

 

 

思いと現実

 今は月曜日の夕方、書斎の窓から空を眺めて一日を振り返っている。普段は火曜日の夕方にブログを書くのだが、明日の夕方はオンラインの理事会が入っていて、明後日の夕方もオンラインのイベントで自分がホスト役なので当然ながら時間がない。だから今しか書けない。窓から見る空は、春の陽気で青空に薄い雲が混じっている。春ってこんな日かな、自分は今日何をしたのかな、などとぼんやりと空を眺めている。それはぼんやりと自分を見つめる束の間の安らぎのひとときである。

 とは言っても、先ほど市内の学校から帰って来たばかりである。今日は校内研修会があり、そこで話をして、近い距離なので歩いて帰ってきた。西日が全身を包み、今日も一日穏やかに過ぎたかという気持ちと、そうでもなかったという気持ちが、複雑に混じり合っていた。ブログは公開日記なので、事実にもとづく出来事と、それが公開されるという個人情報を含むことの矛盾した内容なので、複雑なのだ。誰でもうまくいかなかったことは、公開したくないし書きたくもないし振り返りたくもない。しかし上手くいくこともいかないことも、嬉しいことも面白くないことも、喜ぶことも悲しむことも、すべて赤裸々につづることが自分の流儀である。

 お昼時にニュースを見ていたら、アメリカとイランの戦争で、日本も自衛隊を派遣するかどうかでもめていた。あの高支持率を維持している総理でさえ、厳しい現実を見ながら、背中で国民の突き刺すような目線を感じながら、アメリカ大統領と面談しなければならない。現実に向かう厳しさは、庶民には想像もできない。働いて働いてとは言いつつも、成果が見えない交渉事は、誰でも逃げたくなるのは人情である。一国の総理ともなれば、そのことはおくびにも出さない。政治家だけでなく企業も同じで、某有名自動車メーカーが、信じられないような大赤字を計上した、とニュースにあった。経営者の苦渋が伝わってくる。クラスが荒れて思い通りにならない担任は、学校はブラック企業だと思っているだろう。いつまでも泣き止まない幼児をあやしている母親は、可愛さと憎らしさが共存している。この世の中の誰もが、自分の思いと現実のギャップにもがきながら生きている。

 今日の学校は、本年度10回授業参観をして、今日は校内研修会でその総括の話をした。自分の仕事上、GIGA端末の活用にも触れる。生徒に道具を渡すことは、主権が教師から生徒に移ることなのだ、それが今日の学習観であり、知識を伝えることから生徒へ寄り添うことへの転換である、と話した。話しながらふと気づいた。自分は先生方を前に知識を伝えているだけではないのか、先生方に寄り添っているのか、という声が聞こえてきた。講演しながら自分が情けなくなった。言っていることと、していることが逆ではないか、お前は先生方に本当に寄り添っているのか、もしそうであれば、現状の課題と厳しさを取り上げて、そこに助け舟のような知恵が必要なのではないか、それがなくて、研究という美名に隠れた情報を伝えただけではないか、それは知識であっても、生きる知恵ではないと思った。

 先に述べた政治家や企業家や現場に生きている人々に比べれば、自分はなんとひ弱なそして役に立たない人間なんだろうかと思った。だから帰り道の西日の暖かさが自分を慰めてくれているような気がした。今日はなんと暖かいのだろうと思うと、こんな自分でも、夕日が受け入れてくれるような気がして、また頑張ろうかと思った。実は2度目なのだが、「<せんせいの今朝の短歌をよみました>教え子の文われをはげます」(松山光)の句を引く。まるで自分のことを詠んでいるような気がしたからだ。人は時に落ち込み、何かに励まされ、また頑張り、という繰り返しの中で生きている。たわいもない小さな出来事なのだが、誰でもこうして毎日を過ごしている。

卒業式

 今は金曜日の夕方、いつものように2階の書斎の南向きの窓から外を見ると、今日は一日曇りで、今も灰色一色の薄雲が広がっている。まるで真冬のような天気で肌寒く、三寒四温とはよく言ったもので、3月はこのような天気になることも多い。夕方になると仕事や活動が一息つくのか、ふと一日を振り返る。フリーランスの身ながら、それなりの活動がある。今日の一番は午前の卒業式への参加であり、午後はオンラインの会議があった。その間に調べたいものがあったが、今はブログを書く時間である。

 地元の中学校の役員をしている関係で、学校行事に呼ばれる。合唱コンクールやら体育祭やら、生徒たちの伸びやかな姿を見るのは心楽しい。卒業式は自分は少し苦手である。特に今日の天気は冬戻りしたような気温で、広い体育館の中で来賓席の椅子に座っていると、足元からジンジンと寒さが伝わってくる。しまったホカロンを持ってくるんだったと思ったが、途中で出るわけにもいかず、じっと卒業式のプログラムに沿って参加した。毎年の事ながら、特に今年は感動的な卒業式だった。卒業生代表の挨拶は、先生方をはじめ保護者そして来賓の我々をも、涙をこらえることができないほど感動の渦に巻き込んだ。

 まことに中学生は純粋であり、花も実もあるこれから先の人生を生きていくだろう。彼らは上級の学校に進学しやがて就職をし、世の中の波をかぶりながら、苦しいことも楽しいことも経験するだろう。そして年月を経ていく、その門出である。数日前のテレビ番組で、3.11の大災害から15年たったドキュメンタリーを放映していた。多くの子供や身内が、大波に流され世を去った。生きていれば友達とも話をし就職をして、厳しい経験もするだろうが、それを乗り越えて少しずつ人間力を身に付けていくのだ。その可能性がすべてなくなることほど、悲しいことはない。それを思えば、この中学生たちは幸せなのだ。答辞の中に、これまでの日常生活がいかに幸せに満ちていたかをつづっていた。たぶんそれは本心だろう。人は幸せの中にいると、それは透明だから見えないのだ。別の世界に入る時、初めてそのことに気がつく。

 老人になって思うこと、それは若い頃の幸せは過ぎ去ったのではなく、もう一度やり直せることである。年をとったから、もう若い頃のようにはいかないなどは弁解である。年齢に応じた仕事や楽しみや活動はあり、そのことは後になって気づく。若い頃はこれさえなければ、これさえ解決すれば、自分は楽しい人生が送れるなどと考えていたが、今になって思えば、それは錯覚である。それはそのこと自体の幸せが見えないからだ。今振り返れば、そんな仕事があるとは、そんなオファーがあれば、今ならワクワクして活動するだろう。何かのきっかけや変化があれば、そのことの意味を知ることができる。卒業式という区切りに出会って、そのことに中学生も気づく。

 卒業生が式を終え体育館を出るとき、クラス毎に生徒の代表が、「起立礼、ありがとうございました」と大きな声で、担任の先生にお礼を言って去っていく場面がある。男性教員は黒の礼服で、女性教員は羽織袴の和服で、生徒たちに対面して見送る。どの先生も、頬を濡らしている。多感な中学生時代を過ごした生徒たちは大きく成長し、男子生徒は図太い大声で、女子生徒は優しさに包まれた声で、お礼を言った。先生たちはまるで自分の子供を見送るかのように、これからの幸せを願っていた。自分が卒業式で生徒たちを見送ったのは、初めて就職をした高校教師の時代だった。何十年経っても、紅白の垂れ幕に、綺麗な花で壇上を飾り、起立礼着席の合図に従って、この儀式を行っている。それが日本の若者を見送る素晴らしい門出なのだ。

 文脈は離れるが新聞に「池の面(も)の月掬(すく)ってと乞ひし児が春小学校の教壇に立つ」(深沢ふさ江)の句があった。作者の目には、成長してこの春から小学校教師になる若者が、眩しく見えたに違いない。それぞれが自分の夢を持ちそれに向かって進んでいく、平凡ながらそれが大人への道だとすれば、今日はその門出である。思えばその若者たちを見送ることができる教師という仕事も、また素晴らしい職業である。

 

 

苦手

 今は火曜日の夕方、書斎の南向きの窓から見る空は曇ってはいるが、青空が見える。昨夜から今朝にかけて雪に覆われた。そして午後は青空になり太陽が輝いた。今日も何事もなく1日を終わろうとしている。今朝は猛烈に寒かったが、今はちょうどよい気温である。ふと山本周五郎の「雨あがる」の短編を思い出した。小説も面白いが、映画はさらに心に残った。今の天気のように、特に懸念することもなく、それほど喜ぶこともなく、いわば平穏な気持ちで書斎にいる。

 学校訪問をして地域の教育のお役に立ちたいと思い、約5年が過ぎた。3月はその節目の月であり、4月からまた新しい世界が始まる。今日の授業は小学校の国語であったが、ふと別の学校の国語の授業を思い出した。自分が苦手なことをどうして乗り越えたか、というテーマだったと記憶しているが、子供たちの意見は素直で面白かった。ある子供はプールに顔をつけるのが苦手でなかなかできなかったとか、嫌いなニンジンがなかなか食べられず、今でも苦手だとか、自分は苦手な相手がいて仲良くなれないがどうしたらいいだろう、などの発言であった。教科書の狙いは、どのようにして克服したのかにあったと思うが、ほとんどは苦手のままであった。最後に先生が、本当のことを言うと先生も苦手なことが多くて、と話をした。

 後ろで参観している自分も、思わず自分の苦手を言いたくなった。ただ全員が苦手なことを話し、先生まで告白したような話が出てきた時、クラスの雰囲気がガラリと変わった。みんな苦手があるのだ、何でもできると思っていた先生まで苦手なことがあるのかと気づいた時、どこかみんながつながっているような心の安らぎを感じた。教科書の狙いとは違うが、むしろこの方が自然である。子供たちの話を聞いていると、苦手のままだけれども、なんとか努力している姿が目に浮かんでくる。子供は子供なりの今を生きているのだ。それが全員に伝わった時、小さな勇気が出てくるような気がした。

 実はこのエピソードは、自分が関わっているオンラインのイベントで話した。自分はホスト役であり、毎回ゲストを呼んで話を聞いて、自分と対談する。この時のゲストの専門は障害児教育であり、次回のゲストもインクルーシブ教育だったので、自分の最も苦手とする分野だった。だからそのことをはじめに断った。全く無知で素人なので、つまらぬ質問をしてもお許しいただきたいと言ったのだが、この時の話の中心は、普通とは何かであった。健常児と障害児に区別はなく両方が混じっていることが、普通であると、この時のゲストは話した。次回のゲストも全く同じ考えであり、インクルーシブとは、まさにどんな人も包み込むことであった。自分がこの分野は素人だからと、そこに垣根を作ること自体が、意味のないことだと気がついた。

 だから専門家も素人も、そこに垣根を作る必要はないのだ。人それぞれ得意な分野もあれば苦手なこともある。今日の午後は、かかりつけの主治医に行って、1ヶ月分の薬をもらってきた。そのとき先般の大学病院での話をした。なぜか今日は自分が素直になったのか、手術が必要なら任せてみようという気持ちになった。誰でもみんな苦手を持っている、そこに垣根を作らなくてよいと思ったら、医者が専門で患者が素人、医者が権威者で自分は庶民である、などの境界を作ること自身に意味はないのだ。子供も大人もそれぞれの道を生きている。

 文脈は離れるが新聞に、父おどけそれ見て笑う母居(お)れば続く介護も何のこれしき(河合潤子)の句があった。介護する方もされる方も、並々ならぬ苦労があるだろう。作者の両親もそれぞれが愚痴を言うことなく、今の状況の中で精一杯生きることで、お互いに励まし合っている。それが生きる勇気につながっているのかもしれない。その姿を見た作者は、自分の苦労など何のこれしきと、笑顔の両親をありがたく思っただろう。誰でも苦手を持っている。それを認めながら、それぞれの道を前に進もうとしている。このご両親も含め頑張っている人は、どこか尊く感じられる。