病院で診察

 今は金曜日の夕方、南の窓から見る空はまだ明るく、青空にぽっかりと白い雲が浮かんでいる。明日土曜日にブログを書いても良いのだが、手帳に書き込んでいるので、今書いている。手帳は行動予定なのだが、学校や企業の勤め人とは違って、フリーランスの立場上、日程が詰まっている日もあれば真っ白な日もあり、フーテンの寅さんのような気ままといえば気ままだが、どこか寂しさもある。自分の几帳面さなのか、融通が利かない性格なのか、手帳に書いたことはその通り実行したくなる。

 午前中は病院で診察と書いてある。午後はオンライン打ち合わせとジョギング、そしてブログと記載しているので、その通り実行している。病院で診察には少し説明が要る。定期的に薬をもらったり血液検査をしたり、かかりつけの主治医に診てもらうのは、日常生活の一部だが、病院に行くのは事情が違う。主治医が長年の血液検査を見て、その経年変化から大学病院に診てもらった方が良いという診断をくだされ、所沢市内にある大学病院に今朝行ったのだ。日頃通っているクリニックなら平常心だが、大学病院となると少し胸騒ぎがする。何しろ規模が違う。今日は朝から午前中いっぱい病院で診察をしてもらった。

 なぜこんなに人が多いのだろう、なぜこんなに待つのだろう、なぜこんなにという疑問だらけであった。何も疑問を持つことはない、世間では大勢の人が病院に通っているのだ。このブログでも書いたが、手術をした経験もなく、検査入院はあるが正式な入院をした経験もない。だからどこか、心に隙があったのかもしれない。長い時間待たされて医師の前に出た時、医師の隣に医学生が立っていて、臨床の勉強をしているようだ。医師は表情はやさしくありがたいと思うが、その言葉にはどこか反論できないような重みがある。診察を受けながら何故だろうかと考えた。それは科学だからだろうと思った。医師の診断や検査や手術など、すべて科学的知見に基づいて実施される。

 科学とは情に左右されないのである。医師と対話しながら、次々と検査日程が決まっていった。手術なのか入院なのか、自分には無経験のストーリーが用意されて、そこに向かって、いくつかの検査が計画されている。それは自分の気ままなフリーランスの手帳ではなく、科学的知見に基づいた計画である。これだけ大勢の患者が押し寄せているのだ、個人的な用事などは脇に置いて、その計画に沿って検査を受けなければならない。病気とはなんと傲慢なのだろうか、などと意味のないことを考えた。自分は医師に質問した。もし手術となればどのような手術で何日ぐらい入院するのか、そして副作用などの可能性や手術の成功率などについても、聞いた。最後に医師が、もし手術するならば受けますかという質問に、自分は、いや受けません、と答えた。

 論理的で科学的でそして専門的な判断による計画に対して、素人が心のどこかで反論したくなったのだ。市井に生きる凡人は、その論理の直線上では考えないのだ。そして現実になった時は、多分どうしようかと迷うだろう。論理の一直線をまっすぐに進むような考えはないのだ。第一検査の結果も出ていないではないか。いくつかの検査結果という科学的知見と、自分の仕事や家族や生き方などを土台とする凡人の判断とのせめぎ合いである。とは言っても、癌でもなく大手術でもないので心配することはないのだ。それでも凡人の発想は、日常生活に根ざして考えるので専門家とは違う。医学だけでなく政治の世界などは、なぜ戦争を起こすのか、専門家の考えることは、市井の人にとっては全く理解不可能なのである。

 文脈は遠く離れるが新聞に、「日脚(ひあし)伸び太陽近くなりにけり」(福家市子)の句があった。これは科学の俳句ではない。暖かくなって冬も少しずつ遠ざかり、だんだん日が延びてきた、それは太陽が近くなったような気がするのが、庶民の感覚である。その作者の気持ちが読者に伝わってきて、もうじき春がやってくるのかと思うと、素直に嬉しく、そしてまた頑張っていこうという気持ちが湧いてくる。それは科学の感覚ではなく、日常生活の中で右往左往しながら生きている庶民の感覚である。

他と関わる

 今日は始めに皆様に、お詫びしなければならない。昨日間違って、ブログを公開にしてしまった。実はこのブログは既に公開してあったのだが、ブログの記録の中に未公開として保存されていたので、それを公開にしたのだ。だから文脈が全く合っていなかったと思う。恥ずかしい限りである。今は火曜日の夕方で、いつものように書斎の南向きの窓から外を見ると、小雨が降っている。今日は一日中雨が降るようで、外で運動することができず、書斎で仕事することが多かった。とは言っても、午前中は学校の授業参観日だった。そして授業のコメントを書いて送った。

 午後は、学会の理事会があって参加した。もちろんオンラインなので、出かけるための電車の乗車時間がないので、その分時間が自由に使える。夕方にブログを書くまでの時間は、気ままな過ごし方をした。オンライン会議の後、目薬を買いに出かけた。すでに花粉症にかかっているのだが、それとは別にパソコンの画面を見る商売なので、目が疲れる。そのため目薬は必須なのだ。そしてなぜか高校情報の勉強をした。以前のブログでも書いたが、今年の情報Ⅰの大学共通テストの問題が相当に難しかったので、自分でも気にかかっていた。これも恥ずかしい限りだ。

 それでYouTubeの動画で、気になっている内容を視聴した。なるほど面白く、またわかりやすい。動画で公開するような先生は、日頃生徒に教えているプロの教師だろう。しかも評判の良い優れた指導力のある先生だろうと思う。そしてふと午前中の授業を思い出した。特別支援学級の生徒たちが、調べた内容を発表する授業だった。生徒たちは調べた内容をスライドに作成して発表した。特別支援の生徒たちが、見事にスライドを作っていることに拍手を送りたくなった。スライドには、文章と写真やイラストが描かれている。生徒のスライドは個性があって、写真派とイラスト派と文章派がある。どの表現メディアが好きなのかは、生徒の好みに依存するのだろう。

 写真は、現実的であり臨場感もある。それが視聴している生徒たちに伝わってくる。イラストは臨場感はほとんどないが、訴えたい内容や特徴が強調されていて、話したい内容はしっかりと伝わってくる。文章は、簡潔にまとまって概要が正しく理解できる。このように表現メディアの違いによって、情報を受ける側の理解も印象も異なるが、それは既にメディア研究で明らかにされている。生徒たちの発表だけでなく、先生も発表した。それは大変興味深かった。なぜなら、生徒と先生では、伝わり方が全然違うからである。それを生徒たちは体験した。一言で言えば、生徒たちはスライドの文章を読んでいる。しかし先生は話をしている。なぜ話をしているかと言えば、内容が脳内で構造化されており理解しているからである。話し方の方法を述べるのではなく、実際に比較して見せたところに、指導のポイントがあった。

 しかし生徒たちのスライドは、それなりの出来栄えであった。それはインターネットやタブレットなどのデジタル技術の道具の力を、借りたからである。紙に鉛筆で描くことを比較すれば、時間も労力も出来栄えも天と地ほどの差がある。特別支援の生徒たちが、1人1台端末で学ぶことの意味は充分ある。道具を使いながら、自分の気持ちや気づきを表現するのだ。それを他の人に見てもらい、自分自身もさらに理解を深めていく。それが自己理解であり、自己説明である。今日の指導の先生も、YouTubeで視聴したプロの先生も、視聴覚教育研究のことは知らなくても、経験的にすべて分かっている。だから見事なプレゼンをして、聴衆を引きつける。ここ数年は、教育とテクノロジーの分野が脚光を浴びて、どの学校でもデジタル技術を駆使して、生徒たちが自由に表現できる時間が多くなってきた。

 文脈は遠く離れるが新聞に、「<せんせいの今朝の短歌をよみました>教え子の文われをはげます」(松山光)の句があった。新聞に投稿した短歌が掲載されて、教え子から連絡をもらったのだろう。その連絡が電話なのかラインなのかメールなのか葉書なのかわからないが、この作者も嬉しかったのだろう。この先生も自分のような年配者も、他から評価されればそれが励みになる。特別支援の生徒たちも、先生や他の生徒たちからコメントをもらえれば、それが嬉しい。もっとこんな写真を使いたい、もっとこんなイラストで飾りたい、そして上手く伝わるようにプレゼンを工夫したいなどと思っただろう。人はひとりだけでは、作品を作っても意味がない。労作の油絵であっても、倉庫に保管するだけでは何の価値も生まれない。子供も年寄りも、素人も専門家も、生徒も先生も、誰でも人と関わることで自分の価値を知る。

研究会での講演

 今は土曜日の夕方、いつものように書斎の窓から空を見ると、日が伸びたせいか、明るい薄青色の空が広がっている。いつものように、先ほどスポーツジムから帰って来たばかりで、ビタミンCを補給して一息ついて、2階に上がってきた。今日は小春日和で、ジムからの帰り道で、親子連れや若者たちや子供たちともすれ違ったが、どこか華やいでいるような気がする。ジムから西方向に向かって歩くので、遠くに見えるマンションや家々は明るい日差しに包まれていた。

 実は金曜日の夕方にブログを書く予定をしていたのだが、時間がなかった。金曜日の午後は市内の学校の研究発表会があって、自分が一年間関わってきた関係で講演をして、その後諸々の感想やら今後の取り組みやらなどを関係職員の皆さんと話していたので、帰宅は予定より遅れた。実はこの講演には少し事情がある。研究発表会の2日前に教育センターからメールが来て、講演時間の中に公開授業についてのコメントを入れて欲しいという要望が、学校側からきているのでよろしく、という内容だった。

 一瞬急な変更なので、講演は大丈夫だろうかと思い、公開授業を見学して、すぐにコメントが言えるだろうかと不安になった。それが正直な自分の気持ちだった。公開授業は7教科で、コメントしたとしてもそれなりの時間がかかる。講演内容をどうしようかと思って、スライドを見直した。歳をとってくると即座に対応することが苦手になって、余裕を持って準備する習慣がついて、講演のスライドもかなり前に準備していた。それを画面に提示して内容を確認した。そして愕然となった。

 あれほど準備していた内容が、自分の頭に入ってこないのだ。どうしてもピンとこない。なぜだろうと思い焦った。そんな時、人は楽な道を選ぼうとする。いっそのこと7つの授業のコメントを話し、授業者に質問をして、講演時間をそれで埋めたらどうだろうかと思った。そうすれば自分と参加者との間に会話が飛び交って、むしろ充実した時間になるのではないか。自分が独演会のように話すのは、むしろ退屈ではないのか。学校側の要望では、授業コメントと講演なのだが、それは無理で、授業コメントだけで済ます方がふさわしいのではないかと思った。

 仮にその方式を採用したとしても、授業コメントは何の準備もなく、出たとこ勝負で話しなければならない。簡単な概要は書いてあったとしても、それを元にしたコメントは、参加者の胸には響かない。生きた授業を見ていないからである。一つの授業を5分程度見たとしても、自分にそのポイントが見えるだろうか。それでも多分講演時間は埋まらない。そうならば、これまで準備した講演スライドを、コンパクトにまとめなければならない。それしか自分の責任は果たせないだろう。

 一昨日その作業に取り掛かった。それは自分にとって不思議だった。一時間でも話せる内容の骨子は同じだが、ほとんどすべての資料が入れ替わり、1/3ぐらいの分量になったのだろうか。それが出来上がった時、自分の胸にスッと入ってきた。自分が言いたかったことは、これではないのかと、まるで自分の分身が生まれたかのように、生き返った。この資料で時間があるかどうかは別として、なんとかなると思えた。

 昨日の講演は、予定通り公開授業のコメントを話したら、残り時間が少しだけになった。その時ふと思った。参加されている先生方は、授業コメントだけでなく、事前告知もしたので、講演も聞きたかったのではないだろうか。それを伝えなければ、自分はまるで詐欺師のようなものではないか。そう思ってスライドを投影した。先生方がノートにメモを取ったり、こちらを向いている姿が、自分には眩しく見えた。話を聞いてもらえるだけでただ有難かった。時間を忘れた。終わった時、大幅に講演時間を過ぎていた。

 文脈は離れるが新聞に、「落ち葉掃くそんなことさえ嬉しくて病癒えたる顔の輝く」(杉本葉子)の句があった。自分の心境はこの句の通りだった。自分のようなものでも、少しお役に立てたという嬉しさである。そして思う。授業コメントを入れてほしいという要望が、講演内容を変えてくれたのだ。準備した内容であったら、何も参加者の心には入っていかなかっただろう。その要望が自分を変えてくれたのだ。準備した内容で満足するのではなく、もっとましなスライドを作れという声だったのだ。のような気がした、

頑張る

 今は金曜日の夕方、先ほどジョギングから帰ってきて2階の書斎に上がって、いつものように南向きの窓から、マンション群と曇り空を見ている。ブログは週2回、火曜日と土曜日または金曜日なのだが、時間が取れる時に書いている。40分程度の小さなジョギングで西の方向に走ってきた。1日に少しでも良いので体を動かさないと、どこか体調が悪くなるような気がする。帰ってきて、今日はデコポンでビタミンCを摂取したが、これが絶品の味で、体の中に染みわたって美味しいと言いながら食べた。スーパーで買ってきた家内も、まんざらでもないような顔つきをしていた。

 ジョギングに出かける前は、オンラインの研究会があって参加したのだが、どうもパソコンが不調で、時間に遅れた。というのは自分の照れ隠しで、本当はオンラインにどういうわけか、はじかれてしまった。1ヶ月前の前回も似たような症状があったのだが、気に留めないでいたが、今日は完全にそっぽを向かれてしまった。前回はいろいろ試すとすぐに入れたのだが、今日は無理だった。Teamsなのだが、人とデジタル機器にはどこか相性があるのか、うまくいかないことがある。

 しかし本当は相性なんかではなく、知識が足らないからなのだ。自分は仕事上で2週間に1回、オンラインで対談をしている。大勢の参加者がいるので、オンラインが故障すると大変な迷惑がかかるので、細心の注意をしている。ネットワークやパソコンも予備を備えているのだが、今日の研究会は仕事ではないので、気楽に構えている。それがつまづく原因だろう。どうしてもうまくいかなかったので、ブラウザではなくアプリに切り替えようとしてインストールしたので、時間がかかったのだ。機械の故障には、必ず原因がある。それが見抜けなかった自分が恥ずかしい。

 こんな些細なことなのだが、自分の知識のなさに愕然とした。考えてみると人の知識などたかが知れている。ネットワークの仕組みが分かっていたとしても、目の前の故障に時間がかかるようでは、本当は分かっていないのだ。今日の発表者は大学院生の頃から指導してきたが、自分が知っているはその当時の学生であり、彼は今日までに進化してきたのだ。話の合間に、参加者に気を遣っていることが読み取れる。社会に出れば、色々な人に出会い、自分の知識の乏しさに気づき、自分の未熟さを知っていき、この世の中を生きていくのだ。自分のような年齢になっても変わることはない。

 文脈は離れるが新聞に「博多発、就職列車の終点は赤いレンガの東京駅だった」(山下洋次)の句があった。この作者は、東京駅に降り立った時から何十年経ったのだろうか。時には天下を取ったような高揚した気分にあることもあっただろうが、日々の生活では、まだまだ自分は足らぬとか、こんなこともできない自分なのかと、落ち込むこともあっただろう。しかしそうして自分を磨いてきたのだ。世の中にはとんでもない秀才もいるが、そのような人も自分はダメだと何度も何度も自分を責めて頑張ってきたのだと思う。専門の分野を深めれば深めるほど、人間の知識などちっぽけなもので、何もわかってはいないことに気が付く。だから、もう少し頑張ってみようと思って、上を向いて歩くのだ。古い言葉だが、頑張る人の姿は美しい。

 

幸せの分配者

 今は火曜日の昼間、この変則的な時間にブログを書くのは、当然ながら理由がある。今日の夕方にオンラインの会議が入っており、書く時間がないのでお昼の時間に当てた。考えてみれば、自分の年齢で手帳に用事が入っていることはありがたいことで、それは生きている証拠とでも言える。もちろんそれらの用事も少しずつ少なくなってくるが、2月と3月は年度末のせいか、いろいろなイベントが入っている。

 昨日は品川で教育関連のイベントがあり、自分も参加して審査した。午前中にポスターセッションに参加して、発表を聞く。参加者からの投票と審査員の審査結果を合わせて、代表の発表を選ぶ。代表作品の3件を選び、その中の1件をグランプリとする。誰が考えてもそれは楽しい作業である。自分が専門とする領域であれば、発表を聞きながら、あーでもない、こーでもない、ここはどうなんだろう、などと自問自答するので、あっという間に時間が経ってしまう。

 審査員で議論しながら選出するので、いろいろな見方や考え方をそこでも知ることができる。この議論では、ここが悪い、あそこが悪いでなく、ここが面白い、ここが優れている、という良い面だけを見る。良い面を見ていれば、脳内では快適さを促すホルモンが分泌されるだろう。そして自分は、グランプリ作品の理由を来場者の前で説明した。それは自分の幸せな気分を放出して、会場の皆さんと共有することになる。ふと思う。自分はなんと贅沢な仕事をしているのだろう。

 新聞によれば、ロシアとウクライナの戦争は、丸四年を過ぎて五年目に入るという。極寒のこの季節に、暖房施設が破壊されて寒さで凍えているという。考えてみれば、これは領土の奪い合いである。ある本を読んでいたら、物を競って奪い合えば足らなくなる、分配すれば物は余る、その通りである。これを情報に当てはめれば、優れた内容を発表すれば、聞いている人の分だけ増える。物には限りがあるが、情報や知識には、受け取る人の分だけ、共有した分だけ、無限に増えるのだ。素晴らしいではないか。

 文脈は遠く離れるが新聞に、「帰りぎわ「きっとまたきてね」と妻は言う戻りかけたが病室を出る」(菊辻八郎)の句があった。選者の評をそのまま引く「だが翌朝、奥様は逝去なさったという。「戻りかけたが」が哀切である。」この句を読むと、作者の気持ちが深く伝わってきて、我が身を振り返る。この世の中には色々な分配がある。戦争のように、物欲にとらわれて多くの人に憎しみと苦しみを広げていく分配もあれば、研究会や審査会のように、優れた知識や知恵を全員で共有する幸せの分配もあれば、短歌や文学などのように、人々の感性を揺さぶり自分の生き方を振り返らせる分配もある。自分も往生するまで、幸せの分配者でありたい。

 

すること

 今は金曜日の夕方、日が長くなったせいか、2階の書斎から見る空はまだうす曇で、夕方にはなっていない。それでも今日一日は少し寒かった。久しぶりにスポーツジムに行って帰ってきたばかりである。先週から今週にかけて、土日が潰れたり諸々の事情でジムに行けず、運動不足だった。体外に汗などを発散することができないだけ、体内に蓄積されて、何か鬱積しているような気がする。その要素は何と言うのかわからないが、脳内分泌物のようなものだろう。運動すれば精神的にプラスに作用し、しなければマイナスになるのだろう。

 今日一日を振り返ってみた。午前中は中学校に学校訪問があって、帰宅してすぐコメントを書いた。ただ学校訪問する前に、一時間ほど時間が空いていた。どうしようかと思ったのだが、3月に研修したり講演したりする資料がまだ出来ていないことを思い出して、手をつけてみようかと思った。一時間では無理なことはわかっている。とても時間が足らないが、途中まででも良いからと思って資料を見返した。するといろいろなことに気づく。こんなこともあった、あんなこともあった、それをメモ帳に書き出したら、面白い知見が得られるかもしれないと思った。研究ではないが、一歩手前の気づきなのだが、エビデンスはきちんと揃っている。さらに調べていると、別の知見もありそうだったが、そこで時間が切れた。子供がゲームに夢中になって、途中で親から止められたようなものだった。

 学校訪問から帰ってきて、参観した授業のコメントを書いて、メールの添付で送った。昼食を取ってすぐ何か気になって、書斎に上がってメールを見た。来週の委員会についての簡単な打ち合わせをオンラインでやりたいというメールがあった。顔を見ながらの打ち合わせが伝わりやすいことは確かだが、来週の委員会までほとんど時間がなく、相手の都合もあるから打ち合わせの日程を決めるのは難しかろう。ふと電話をしようと思った。幸い相手が電話口に出た。こんなことも珍しいが、昼食の時間のすぐ後だったことが幸いしたのだろうか、タイミングよく相手と話ができた。オンラインで話し合うまでもなく、短時間で打ち合わせは終わった。それからすぐに支度をして、スポーツジムに行った。

 プールで泳ぎながら、今日の出来事を考えた。丸山眞男の「である」ことと「する」ことを思い出した。今日の自分は「する」ことを優先したのだ。まるで歯車がうまく噛み合ったかのように、事態が動いていった。お金も持っていただけでは何も意味がなく、使ってこそ価値が出てきて経済が活性化する。つまり「する」ことによって人や物が動いて、事態が変化するのだ。「である」ことだけでは、事態は変わらない。世の中は「する」ことによって、良い方向にも悪い方向にも動いていくのだが、何もしないよりはましなのではないか。歳を取ると、「である」ことの方に傾くのだが、自分はできる範囲で、「する」ことの方を選びたいと思う。

 文脈は離れるが新聞に、「暮れてなほ人影ひとつ雪下ろし」(原道雄)の句があった。雪国の人たちの苦労が偲ばれる。薄暗くなっても雪下ろしをしなければ、明日の生活に困るのだろう。頑張っている人に応援したくなる。もしお年寄りなら、「お気をつけて」と言うしかない。しかしそのままではどうしようもないのだ。「である」ことだけでは、不平と不満をつぶやくしかない。「する」こと以外に、問題は解決しないのだ。大変だがなんとかしようと考えて、雪下ろしをしているのだろう。しかし終わればほっとして、夕飯も美味しくいただけるだろう。この世の中は思い通りにはならない。歳を取れば足腰が痛くなったりするのが普通だが、それでも「である」ことを守って、じっとしていればますます体は動かなくなる。小さな一歩でも「する」ことを続けていれば、事態は動いていく。そしてどこか楽しい気分になる。時間があれば明日、資料作りの続きをやりたい。先ほど家内が、今夜はカレーライスだと言ったので、子どものようで恥ずかしいが、夕食が楽しみだ。スポーツジムで運動したお陰である。

 

価値づける

 今は火曜日の夕方、いつもの通り書斎の窓から見る空は、薄いグレー色で寒々しい雰囲気が漂っている。そしてブログを書く時間になったのだが、こんな日もあるのかと、嘆息している。簡単に言えば、やることなすことすべて裏目に出て、うまくいかないのである。我ながら情けなくなった。自分の恥のようなものだから、あまり書きたくはないが、パソコンがなぜか調子が悪くなった。スマホのアプリもうまく機能しなくなった。このため大切な用事を明日に延期することになった。

 週3回スポーツジムに行く予定なのだが、土日が他の用事でよく潰れるので、今日予定していたら、ジムがメンテナンス休暇に入って木曜日まで休みであった。その代わり時々行っているゴルフコースに行こうと思ったら、今日は定休日だった。もう何も運動することができないと、気持ちまで沈む。パソコンもスマホも、なぜこんなに自分の言うことを聞けないのかと、まるで気の利かない部下のような感じで腹立たしくなった。機械は感情がないので、論理にしたがって無表情にできないと表示するのだ。

 こんな時、人は落ち込む。多分誰でも同じだろう。ただそれは年齢によって違う。歳をとってくると、いろいろな機能が衰えるので、自分の力が弱っていることを実感してくる。やはり俺も歳なのか、こんなこともできないのかと、だんだん矛先が自分に向かってくる。すると自己肯定感が下がって、自分は役に立たない人間になったのかと思うようになる。スポーツジムは相手の都合なので仕方がないが、パソコンやスマホがうまくいかない時は、設定などの問題が多いので、自分の能力が落ちていると自覚して、惨めな気持ちになるのである。たかが機械ではないかと思うのだが、自信がなくなってくるのだ。

 新聞に「転(こ)けたるを幾度も詫びつつ年越しぬギプスのなかで母は痩せゆく」(高橋裕樹)の句があった。そんなに詫びることはないのだ、お母さんに何も責任はない、これまで頑張ってきたではないか、それで充分ではないか、そんなことを言われると、息子さんは胸が熱くなるだろう。歳をとってくると、衰えていく自分に自信がなくなり、周りの人に申し訳ないと思うようになる。自分の父親も、ほとんど役に立たず済まない、と口癖のように言っていたことを思い出す。そんなことはないよ、家族のために一生懸命働いてくれて、自慢の父親だと言いたかったが、気恥ずかしくて言ったことはなかった。自分がそんな歳になって父親の気持ちがよく分かる。

 昨日は市内の小学校の校内研修会があって、指導者として参加した。この学校は、非認知能力を数年間かけて研究する指定校である。昨日は全教員で授業を参観し、研究協議をした。グループ活動を通して、子供が自分の考えに対して他からコメントをもらい、価値づけてもらうことも目標の一つとして設定された。なるほどその通りなのだ。自分の考えも、別の角度から見て面白いではないかと他の子供が思えば、価値が生まれる。自分の価値は自分ではわからない。他人によって価値づけられるのである。ギプスをして生きようとしている母親も、息子から見れば手を合わせたくなるような高い価値のある生き方であり、自分の父親も本人が思うような存在では決してないのだ。

 

振り返り

 今は土曜日の朝である。しかも鳴子温泉の部屋である。昨日の夕方にブログを書きたかったのだが、旅行にきて、昨日は蔵王の頂上までケーブルカーで行った。旅行会社のツアーはありがたく、バスに乗っていれば観光案内をしてくれ、優雅な一日が過ごせる。今日はここ山形の銀山温泉街の散策などの観光をして、帰宅する。観光旅行に来たのは久しぶりで、多分8ヶ月ぶりになるだろう。

 8月に家内が腰の手術をして、その後リハビリを長い間行ってきたが、日常生活などは通常と変わらず、これなら旅行に行けるかと相談して、やってきた。それでもケーブルカーとは言え、蔵王の頂上は吹雪で、あの樹氷を見たいと思って来たのだが、白銀と雪吹雪の世界で、うっすらと樹氷の姿が影絵のように見える程度だった。それでも自分は満足した。すごい世界を見たのだ。昨夜鳴子温泉の湯に浸かろうと思ったのだが、ホテルに着く時間が遅く、夕食が先だった。ビールとワインですっかり良い気持ちになって部屋に入ったら、そのままぐっすり寝て今朝5時に目が覚めた。

 先ほど朝風呂に気持ちよく浸かって、ようやくブログを書ける時間になった。観光バスの中の時間はかなり長いので、読みたい本を持ってきている。昨日読んだ本の中に、泥水や濁水をコップの中に入れてしばらくすると、砂や泥は下に沈んで上部は綺麗な水になる、だから人はぼんやりする時間が必要だ、と書いてあった。そうか、バスの中はそのぼんやりする時間なのかと思うと、いろいろなことに気が付いた。樹氷を見たいと思ったのは、家内よりも自分のわがままな考えではなかったのかと思ったら、それは振り返りではないかと気がついた。

 どの学校でも、振り返りが毎授業ごとに実施されている。初めはその意味がよくわからなかった。しかし昨日のバスの中で読んだ本では、泥水や濁水がそのままの状態では濁っていて何も見えないが、しばらくしていると、上部は清水になって透き通って見える。つまり振り返りは、それまで見えないものが見えるようになることではないのか、そうだとすれば、それは見ることの本質を教えてくれている。

 文脈は離れるが新聞に、「寒木の倒れぬように歪(ゆが)みけり」(たろりずむ)の句があった。冬枯れの木がいかにも弱々しく、小枝などすべてが歪んでいるのだが、それは自分自身を支えるための木の知恵なのだと言われると、この作者の見方は優れている。詩や短歌や俳句には、その作者の研ぎ澄まされた感性があって、凡人とは違う見方をしていると思う。このように考えると、どこかで静かにぼーっとしていることも、大切なような気がしてきた。子供たちは、毎日いや毎授業ごとに、自分を振り返って、本質を見通す感性を育てているのかもしれない。そうだとすれば、それは凄いことである。

 

昔と今と

 今は火曜日の夕方、いつものように書斎の窓から外を見ている。今日は少し寒々とした冬空で、今にも小雪が降りそうな天気である。いや、ちょうど今、小雨が降っているのが見えた。今日の午前中は学校訪問をし、午後は外に出かける用事があって、今ようやく時間が取れた。ブログを書くのも仕事の一つと思っているので、なんとか間に合わせようと自分なりに工夫している。

 地元でも、雪が降ったり、その中を選挙に行ったり、選挙結果に驚いたり、学校訪問をしたり、原稿を書いたり、青色申告の準備をしたり、この世の出来事はいろいろである。老夫婦二人の生活であっても、それなりの山と谷があって、まあぼちぼち行こうかという気持ちと、それでも何とか頑張ろうという気持ちの二つがせめぎ合っている。ぼちぼち行っては、世間を渡れないこともある。気張ってもまあこのぐらいだったかということもある。生きていくことは、その両方のバランスの上に成り立っている。

 先週は学校評議員会があって、地元の中学校に行ったのだが、給食が出た。食べ盛りの中学生が相手の給食では、年寄りには無理だとは思いつつ、これも仕事の一つだと思って、いただいた。実は意外に美味しかった。給食の研究もあるが、給食メニューなどは世相を反映しているようだ。物価高の今日、贅沢な料理はできないというものの、自分たちが子供の頃には考えられないような美味しいメニューだった。学校の授業の仕方も昔とは違う。1人1台のGIGA端末が整備されているので、活用の仕方で大いに違ってくる。

 それでも授業は、起立礼、よろしくお願いしますの声で始まるのは、日本人としては郷愁があって、どこか嬉しい。我々の世代を引き継ぎ、未来につなげていく子供たちだと思えば、どこか連帯感を感じる。まったくの他人とは思えず、先輩・後輩という関係ではないが、同じ地域に暮らす子供たちと思えば、何か手助けしたくなる。授業を参観すると、日本人としての教育観と近代の考え方が共存していると感じる。それが自然なのだろう。自分の専門では、テクノロジーの活用なので、近代風の考え方や学習観をベースにしていると思われているのだが、本音を言えば、不易と流行、日本人アイデンティティと先端技術と現代の思想が混在している。

 デジタル技術が使えなければ、高齢者であっても生活に支障をきたす。しかし同時に、昔から受け継いできた日本の伝統もまた守っていきたい。自分も古い人間なので、明日は月一度のお墓参りにも行って、亡き両親に手を合わせる。そのおかげで生活しているからだ。新聞に「征きしままの兄の生命(いのち)をいただきて九十五歳の春を寿(ことほ)ぐ」(神郡一成)の句があった。戦争で亡くなった兄のおかげで、自分は長生きをさせていただいている、と読めるが、その通りだと思う。昔から変わらぬ学校給食も、時代に合わせて美味しさを工夫し、自分のような老人も、日本人であるメンタリティーを持ち、デジタル技術も使いこなして現在を生きている。その意味では、昔から変わらぬメンタリティーで人々は共感し、近代技術で未来を切り開いていく、そのような生活を望んでいる。今回の選挙で高市大旋風が起きたのは、市井の人々が、彼女の中に、その両方を見たからではないだろうか。

 

希望と不安

 今は金曜日の夕方、日が長くなったせいか、書斎の南向きの窓から見える空はまだ明るい。今日は昼間の天気も暖かく、どこか春めいた気分だった。午前中は、地元の中学校の評議員会があって出かけた。生徒たちの表情は明るく、さすがに若い生徒たちは元気いっぱいだなと思った。しかし自分を振り返ってみれば、思春期もそれなりの悩みを抱えている。運動も抜群で、成績も素晴らしく、家庭も申し分ないなどという理想的な生き方をする生徒はそんなにはいないだろう。中学3年生はもうすぐ高校入試がある。

 ある雑誌の原稿が目に留まった。進路選択には、希望と不安の2つの導火線がある。希望の導火線は長く着火点は内部にある。不安の導火線は短く着火点は外部にある。ベテランの教師は、「このままでは志望校に入れないと不安の火を灯すと、すぐに変わるが、長続きしない。君の良さを生かすことができる学校はどこかと、希望の導火線に火を灯すと、長く努力する」という。中学3年生は、今試練の時である。傍目から見れば何でもないようだが、多分内心では葛藤しているだろう。

 しかし心配はない、先輩の中学生たちが素晴らしい見本を示してくれた。不安ではなく、希望の導火線に火を付けよう、そうすれば長く火は灯るのだ。それは中学生だけではなく、大人になっても、老人になっても、同じである。自分は今でもメールを見るたびに、不安と希望の導火線が浮かんできて、迷う。自分ももう老いて手が届かなくなった、だから火を灯すのを止めようと思う時と、いやまだ大丈夫だ、残っている力は充分通用する、いずれ灯した火が明るくするかもしれないと思う時がある。今日もメールを見たら、自分にあるオファーがあった。自分はそれだけで、最近の思うようにいかない不安が消えたような気がした。

 何を子供のようなことをと言われそうだが、その通りなのだ。家内にその話をしたら、あまり期待しないほうがいいよなどと、大人びた口をきく。自分はいやそうではない、仮にダメであってもロマンがあるじゃないかと言った。先ほど家内が、せっかく楽しみにしているのに、水を差して悪かったと言ったが、何も思ってない。一般に男よりも女のほうが世間をよく知っていて、大人なのである。しかしどうなるかは、自分が決めることではなく、神か天が決めることである。文脈は離れるが新聞に、「闇市は消えボロ市は残りけり」(三方元)の句があった。今自分が関わろうとしていることが、闇市なのかボロ市なのかはわからない。高校受験を控えている中学3年生も同じだろう。その受験が吉と出るか凶と出るかは、神のみぞ知るからである。

 しかし闇市は違法であり、わかっていながら生活のために仕方なくという市だが、ボロ市は長い伝統を持つ庶民が喜ぶ市だと考えれば、それは希望の導火線である。人は希望がなければ生きてはいけない。だから希望の導火線は長く長く続いて消えることはないのだ。自分はこの雑誌の原稿を読んで、いろいろな出来事が起きても、灯した火が消えることはない希望の導火線を選ぼうと決心した。良いことを教えていただいた。