平凡な日常生活

 今は金曜日の夕方、いつものように南側の書斎の窓から空を眺めている。週1回週末にブログを書くことにしている。今日は先ほど久しぶりに都内に出かけ、帰ってきたばかりである。都内に出かけると、電車に乗る、打ち合わせをする、パソコンで資料を作るなど、諸々の仕事をこなす。そして今、書斎でパソコンの前に座ると、とりあえず今日も無事に過ごしたと思い、ほっとする。フリーランスになって、市内の学校訪問などは午前中にあるが、都内での仕事や打ち合わせは午後である。今日はブログのことがあったので、夕方前になんとか自宅に着いた。

 ゴールデンウィークも過ぎ去り、昨日と今日は平日のスケジュールで仕事をした。ゴールデンウィークは、歳をとっても人並みに楽しみたいと思って、老夫婦で出かけた。といっても日帰りで、温泉に浸かり、お昼に名物のソーセージを食べた。春にしては暑い日差しを浴びながら、大勢の親子連れにまぎれて、木陰のベンチで食べていた。極上の味だった。そうだ、いつか子供や孫たちと一緒に来たことがあった。その時も真夏のような暑さの中で、日陰を探したとか、野外で食べるとどうしてこんなに美味しいのかと思い出した。あの時が今年もやって来たのだ。束の間の身も心も癒された時だった。

 あっという間に大型連休は過ぎ、昨日から平日に戻り、平日なりの生活をしている。たまの休みには、テーマパークに行って温泉に入るのも極楽だが、これが毎日だとすると面白くない。温泉も極上の味も食傷気味になるだろう。平日になれば、今日のような都内に出かける用事や、市内で済ませる用事もある。あれやこれやで時間が経っていく。そして夕方になれば、お風呂に入ってテレビ番組を楽しみながら夕食をいただく。こんな風にして時が過ぎていくのか。これを平凡というならば、平凡はありがたい。たまの連休に癒され、喜んだり嘆いたりしながら毎日を過ごしている。

 平凡だから何の変化もないと思うが、実はそうではない。昨日新品のパソコンの充電率が急に80%になった。それまでずっと100%だったのになぜだろうか。まさか不良品では、などと懸念したが、ネットで調べたら、パソコンのバッテリーはリチウムイオン電池で、消耗を防ぐために80%に設定してあるのだという。初めて知ったが、いろいろ調べて100%にしようと愚策を思いついた。しかしどれもうまくいかなかった。実は今日パソコンを都内に持って行くので、バッテリーが重要だったのだ。そこで昨日テストをした。詳細は省くが、テキストベースでは1時間に4%か5%程度、写真や画像の処理などでは9%程度だったので、平均すれば1時間に6%か7%電力を消耗するようだ。7%としても10時間で70%だから、80%充電されていれば充分だという結果を得て、今日に臨んだ。

 今朝充電したパソコンを開いたら、100%まで充電されていた。なるほど自分の無知を恥じた。設計者は100%充電が続けば80%に制御し、そうでなければ100%充電をするのだ。こんな簡単なことを初めて知った。パソコンに触れ操作をするなどは、誰にとってもまことに平凡な単純な作業である。しかしその平凡なことであっても、知らないことは山ほどあり、時々その知らない事にぶつかると学び直す。バッテリーはリチウムイオン電池だそうで、リチウムは極めて貴重な金属資源である。日本では産出できず、海外からの輸入に頼っている。そうであれば、当然ながらパソコンの充電率は80%で充分である。そしてふと思う。平凡な営みの中に、我々の知らないことが山積していて、我儘を言ったり、愚痴を言ったり、不足を思ったりするのは、なんと愚かなことか。本当にパソコン設計者の悪口を言わなくて良かった。

 考えてみれば、パソコンには科学技術の粋が埋め込まれている。いやパソコンだけでなく、すべての製品に長年かけて作り出した技術が組み込まれ、我々の生活を助けてくれている。今日は日の明るいうちに帰宅できたので、和服に着替えリラックスして2階に上がってきた。まだ空は明るく白い雲と青空が一面を覆っている光景を見ると、平凡に生きられることのありがたさを思う。文脈は離れるが新聞に、「退院して今朝は生ゴミ出す日なり生ゴミ出しに行けるしあわせ」(山本美和子)の句があった。解説はいらない。作者はどんなにか生ゴミを出せることのありがたさを感じただろうか。健康であるということ、手足が動けるということ、生ゴミを包むポリ袋があること、車でその生ゴミを運んでくれる人がいることなど、数えればキリがない。しかし平凡な生活をしていると、そのことになかなか気づかないのだ。この短歌の作者は退院して初めてわかった。

 ある学会で、自分の気づきを促す試みの研究があった。高校生を対象に、冬休みに、ひとつかふたつの小さな目標を立てさせた。例えば、朝30分早く起きる、友人と互いの長所を話し合う、感謝を一日3つ書く、日の出を見るなどである。冬休みに実践した56名を分析した結果、自己成長スコアが大幅に伸びた。と同時に、自分が変わった感覚がある、自己理解が深まった、行動が変容したなどの記述があった。つまり意識的に気づきを促すことで、自分を変容させることができる。それは平凡な日常生活に埋め込まれている些細なことに気づくことである。

 

 

 

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21名誉会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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