今日は金曜日の夕方、週末である。書斎の窓からいつものように空を見ると曇天で、昨日も今日も小雨がずっと降っていた。そして今日は肌寒く、天気予報は3月下旬の気温だという。先ほど西の方向にジョギングをして帰ってきた。若い人のような走りではなく、ゆっくりとした足取りだが、それでも汗をかいて1階の居間で、家内が八つ切りにしたグレープフルーツを食べた。口の中に味がしみわたり、喉を通るときビタミンCが体内に入って行くのを感じた。そして2階に上がってきた。
1週間を振り返ると、いろいろなことがある。先週の土曜か日曜に、突然右肩が痛くなった。正しくは肩こりである。肩こりなど誰でも経験するが、急に痛くなった。パソコンに向き合う時間が長いのは仕事上なので、肩こりは今に始まったことではなく、長い付き合いである。週1回整体院に行っているが、「肩がこって硬いですね」とよく言われるが、痛くはなかった。しかし突然に痛くなった。土曜と日曜はスポーツジムに行っているが、プールでクロールで右腕を回すとき、初めて痛みを感じた。これは普通の肩こりとは違うなと思ったが、素人なので自宅に帰って家内に聞いた。家内はかなりの医療通である。「大したことではないから、電気マッサージ器で肩をほぐしたらどうか」と子ども扱いのように軽く言った。
そういえば昔に父の日のプレゼントとして、子供からもらった電気マッサージ器があった。スイッチを入れて右肩に乗せたら電気振動がそのまま伝わって、肩の筋肉が少しずつ柔らかくなるような気がした。これで血行が良くなり、肩の痛みもなくなるのかと思った。ほんの数分だったが確かに肩が軽くなった。なるほど家内の言う通りで、大したことはないのかと思って、いつものように書斎でパソコンに対面した。しばらくするとまた肩が痛くなった。電気マッサージ器は1階にあるから、居間に降りていった。家内が「2階に持って行けば」と言ったが、なぜか2階と1階を何回か往復した。
そして今でも、時折1階に行って電気マッサージ器で肩をもんでいる。効果はあるのだ。今はほとんど痛くはない。ほとんど治っているのだが、その時思った。どこか一箇所でも痛いところがあると、なぜか気になって、少し憂鬱になる。痛みが取れると体全体に血流が良くなるのか、やる気が出てくる。たかが肩こりといえども実は大切なのだ。昨日木曜日に都内である理事会があって、昼食に音響について雑談をした。音響の専門家がいて、「イヤホンをつけて音楽を聴いてもほとんど意味がない。音楽や音響は、体全体で聴くものだ。そうでないと音の良さはわからない」と言った。プロ中のプロのような専門家なので、説得力があった。その通りなのだ。逆を言えば、肩こり一つでも、体全体いや気持ちまでも影響を受ける。肩だけの問題ではないと思った。ピーター・センゲは、人は頭だけでなく体全体で学ぶのだと言っている。
GIGA端末の活用が全国の学校で実施されている。温度差は大きいようだが、できれば活用してもらいたいと思っている。ある生徒がGIGA端末で英語の発音をしたら、そのまま画面上に単語が映し出された。それが嬉しくて知っている単語をすべて発音した。そして何度も何度も繰り返した。それで英単語を完璧に覚えた。やがて英語が好きになった。それがきっかけで勉強することに意欲が出てきた。このような実践を見聞きすると、少しでも苦手なことが克服できれば、すべてに広がっていくのである。そこに必要なのは道具である。自分の場合は電気マッサージ器であった。この道具のお陰で、いつの間にか肩の痛みがなくなり、元気が出てきた。痛みがなくなるだけで、人は以前より元気になれるのだ。
文脈は逸れるが新聞に、「病院の長き廊下を痛みなく歩けた日には母に会いたい」(清水明子)の句があった。リハビリで入院されているのか分からないが、作者は痛みと戦っている。痛みが取れたら作者は笑顔になるだろう。顔だけでなく、身も心も嬉しさと明るさで満ちているだろう。その姿で母親と会いたい。幸せな気持ちを母親と分かち合いたい。母親に届けたいのは、痛みだけでなく、病気が治り、やがて退院する日が来る希望に満ちた自分の姿である。その日を指折り数えて待っている。必ず作者にその日がやってくるだろう。
