体育祭

 今は木曜日の夕方、いつものように書斎の窓から外を見ているが、いつもと違うのは金曜日でなく木曜日ということである。もちろんこれには事情がある。明日金曜日はほぼ一日中都内でイベントがあって、そこに出席するので時間がとれないのだ。しかも二つの行事が重なっていて、一つは午前のオンライン会議、それが終わって午後のセレモニーに参加するのである。どちらも大切な仕事なので、遅刻することも早退することもできないが、タイミングがよく午前と午後に分かれていたので、両方に出席できるのはありがたい。そんなわけで明日の夕方に帰宅できず、ブログを今日に早送りした。

 私のブログは週1回なので1週間を振り返るのだが、その間に感じたことや心に残ったことなど、何らかの自分の心の変化があることを書き留めたいと思う。年齢を重ねても、何も変化がないということはない。若い人でも高齢者であっても、これは凄いとか、世の中には素晴らしい人もいるし苦労している人もいるし、華やかな活動をしている人もいれば落ち込んでいる人もいるので、それらを見聞きしたりすると、我が身を振り返って自分はどうなんだろうと心の中にさざ波が起きる。心の変化がなくただ見過ごすだけならば、無機物のようなものだから、認知症に近いのかもしれない。そうであれば、嬉しいことや悲しいこと、楽しいことや落ち込むことのあるほうが、健康である。

 この1週間では、昨日の出来事が最も印象に残っている。私が役員をしている地元の中学校の体育祭があった。ありがたいことに役員席でテントのある座席なので、直射日光を避け、快適に生徒たちの競技を見ることができた。この中学校は全校生徒780名を超す、今時では珍しい大規模校である。そのせいか自分たちの経験した体育祭の面影が色濃く残っていて、どこか若かった頃の自分を思い出した。それは中学や高校時代ではなく、自分が高校教師の時の体育祭だった。初めて就職した赴任先は、自分と同じような学校を出たての若い教師が大勢いた。進学校で中堅どころの普通高校だったから、やみくもに大学進学などと言わず、生徒たちも高校生活を楽しんでいたような気がする。若い教師たちは生徒たちと距離が近かった。兄貴分や弟分のような気持ちがして、毎日が青春ドラマのような雰囲気で暮らしていた。私は狭い長屋のようなアパートに住んでいたから、部活の生徒たちもよく遊びに来ていた。

 私も、授業は当然ながら、体育祭や合唱祭などイベントには情熱を燃やした。それと同じ光景が昨日の体育祭で繰り広げられた。青い空と白い雲、クラスごとの赤や青や白などのハチマキ、学校行事を撮影するカメラマン、リレーのための400mトラック、きれいに描かれた白いコース、ピストルを持ってスタート合図をする先生や生徒、応援団、そして校庭を取り巻く大勢の保護者、団体競技で勝って飛び上がって喜ぶ生徒など、昔と同じだった。各学年ごとのクラス対抗リレーは、体育祭の華だった。男子も女子も、足の早い生徒も遅い生徒も、バトンを受け取ったら懸命に走った。トップでテープを切る生徒も、最後にゴールする生徒も、全力で駆け抜けた。勝ち負けなど大したことではないのだ。最後まで諦めず、今にすべてをかける生徒たちに、保護者も役員も教師もみんな感動の渦に巻き込まれた。私の横にいた役員は、我が子が走る姿を懸命にビデオ撮影をしていた。何も言葉はいらないのだ。このひと時の我が子の姿に、目を潤ませていた。

 中学校の先生方は、全員が学校の名前の入ったシャツを着て、体育祭が成功するように運営を支えようと奔走していた。生徒たちは、頑張れ、ファイトの声を掛け合っていた。そこにはもう教師も生徒もなかった。そんな垣根はもはや必要ないのだ。ただただこの瞬間を生き抜き、その姿を保護者の皆さんに見てもらうのだ。応援合戦も圧巻だった。そして自分が高校教師の時、生徒たちと一緒に練り上げた応援のことを思い出した。若いということは純粋だということなのだろう。あれから何年経ったのか。自分は今でも、中学生という最も伸び盛りの生徒たちが全力をかけて繰り広げる体育祭を参観しているのだ。なんと素晴らしいことなのだろう。

 文脈は離れるが新聞に、「両足の指それぞれに力込めわが初孫は立ち初(そ)めにけり」(榊原勘一)の句があった。初孫が必死になって十本の指に力を入れて一人で立とうとしている。その姿を祖父の作者は見て感動を覚えた。孫は一人で立てた時どんなにか嬉しかったであろう。そして作者はどんなにか孫に愛情を感じただろう。健気にも全力をかけて立ち上がる姿は、作者にとってこれ以上はないほどの宝のような姿であった。それは体育祭で全力を尽くす生徒たちと同じである。生徒たちも先生もそして保護者も我々も、忘れがたい体育祭であった。

 

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21名誉会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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