思い過ごし

 今は金曜日の夕方だが、夕方と言うにはまだ空が明るく、日が長くなったと実感する。金曜日のブログは1週間を振り返るのだが、いろんなことが起きては過ぎ去っていく。一番印象深く思ったのは一昨日水曜日の午後である。都内でイベントがあり、自分も講演、正確には対談があった。対談なので当然ながら相手がいる。相手の方は自分の尊敬する先生で、丁寧に資料を準備され会場に来られた。相手の先生がゲスト役、自分はホスト役なので、どこかあまり責任を感じなくてもよいなどの不遜な思いがあったかもしれない。

 正直に言えば、自分はこのイベントに出るのが不安だった。いやイベントだけではなく、いろいろな仕事にも活動にもどこか自信を失っていた。なぜだろうと自問自答していたが、多分年のせいだろうと思っていた。ふと晩年の自分の父親を思い出した。「わしはもう何もできない、つまらん男じゃから」とよく言っていた。自分から見れば、身内ながら自慢の父親だった。社会的な地位や名誉などはなかったかもしれないが、人間としての生き様は誰にも恥じることはなかった。貧乏だったが、自分も大学に行かせてもらった。戦争に行って生きて帰ってきて、子供たちのために戦後の混乱期を頑張ってきたではないか。それを思えば、自分などは呑気な生活だったのだ。

 自分が自信を失ったり自己肯定感が低くなったりするのは、父親の遺伝なのかと思うことがある。一昨日水曜日のイベントで多くの人と出会った。「おうおう久しぶり、元気そうで何より」などと声を掛け合い、名刺をもらって、「さすがに立派で、すごい」などと話した。もちろん社交辞令ではなく、本心でそう思った。本当に久しぶりの人たちと会話した。その中でふと思ったことがあった。相手の人が自分を見て、「元気で昔と変わらない、どうしたらそんなに健康になれるのか」などと質問された。はじめは気休めのような言葉だと思っていたが、自分が本音で話をしているならば、相手も本音かもしれないと思ったのである。そうでないと論理的に辻褄が合わないからだ。確かに病気もせず入院もせず、なんとか仕事もして毎日を過ごしている。たまにはこのようなイベントにも出させてもらっている。そして一昨日は、イベントとすれば初めての懇親会があった。その懇親会の最後に中締めの挨拶をした。ふと思った。自分が現役の時の気持ちの高ぶりと同じじゃないか、自分をそんなに自己卑下しなくてもいいではないかと思えたのである。

 昨日は午前中オンラインの会議があって、役割上会議を仕切った。自分の専門外の会議だったので、どこか腰が引けたような、愛想笑いをするような遠慮があった。会議が進行するにつれて、皆さんが本音で発言され、それに自分も引きずられ、自分が素人だということも忘れ、流れの中で議論した。そしてふと気づいた。会議の皆さんは、私自身が素人であることなど何の気にも留めていないのだ。自分がそう思っていただけなのだ。それは自分の父親が、自分はつまらん人間だと思っているだけで、周りから見れば全くの的外れだと同じなのだ。一昨日のイベントから今日まで、どこか自分を縛り付けている呪縛の糸が切れたような気がした。もういいのだ、人は何も気にしていないのだ。

 今日も午前中は学校訪問があった。廊下で、ある先生に出会ったら、握手してくださいと言われ、「先生の最近の本を買いました」とニコニコされたのを見て、気恥ずかしさもあったが嬉しかった。まだ自分は先生方のお役に立てるならば、生きている限り精一杯頑張ろうと思った。文脈は逸れるが新聞に、「夕暮れの未(いま)だ明るき春の日を惜しみてカーテン引くをためらふ」(光谷三智子)の句があった。書斎の窓から見る今日の夕方のように、春の日差しはまだまだマンションや木々を照らしている。カーテンを引くのはもったいないので、自分も窓を開けたまま時々目を外に移す。ここ数日で、自分の思い過ごしや悲観することの愚に気が付いた。その自分の思い過ごしの糸をほどいてくれるのは、他人である。他によって自分の価値を知るのだ。社会構成主義のガーゲンもそう言っている。もう大丈夫、長い間この道を歩んできて良かった。息を引き取るその日までこの道で生きたい。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21名誉会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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