気づき

 今は日曜日の午前中で、書斎の窓から見る空も明るく、太陽の日差しが差し込んで、今日も秋らしい天気になるだろう。土曜日ではなく変則的に今の時間に書いているのは、当然ながら諸々の仕事の関係である。昨日と一昨日はつくば市で大きな大会があって、自分も参加したので時間がなかった。今日もお昼前には出かけて、別のイベントに参加しなければならないので、今がブログ執筆の時間である。もちろん自分のような年配者に、このようなオファーがあること自体は有難く、また喜びでもある。

 自分が参加するイベントには、学会の研究発表のようなスタイルもあれば、昨日や今日のような研修スタイルもある。自分にはそれがうまく区別できなくて、後で反省することもある。研究発表であれば、その目的や方法など長い間に培われてきた暗黙の了解事項があり、その文法に基づいて発表を聞いたり質問したりするので、安心感がある。研修スタイルはそこが異なっていて、対象者は主に学校の先生方なので、求める情報の質が違う。学会発表であれば、データがありグラフがあり考察があり、つまり主張する根拠であるエビデンスが伴っていて、発表も統計的な検定などの方法で検証している。しかし研修の場合は、そのようなデータは不必要とは言わないが馴染まないのである。

 そもそも学校の現場において、データを取得するとか統制群や実験群などのような群を設定すること自身が、教育の平等性の観点からすれば、不必要であるというより、してはいけない禁止条項である。したがって結論を導くには別の方法を用いなければならない。それは曖昧であることは承知しながらも、主観的なアンケートであったり子供たちの教室における仕草や発言などをデータとして扱うのである。それは仕方がないのではなく、その方がむしろ信頼性の高い根拠とも言える。自分も研究発表のセッションの司会をしたりシンポジウムで発言をしたりしたが、そのデータは当然ながら後者であり、写真や子供の発言や作品であり、それを質的に分析して述べた。

 昨日のシンポジウムでの発言を振り返って、自宅への帰りの電車の中でふと気づいたことがある。それはなんというか、ふと浮かび上がってきた。あの時自分が考えていたことは、基本的におかしいのではないかと思った。それはデータが不正確とか解釈が不鮮明だとか時間が長すぎたとか短すぎたなどの表面的な事ではなく、もっと本質的なことである。そのことをこのブログでは書けないが、一言で言えば自分は勘違いしていたのではないかという反省である。内心少しショックであったと同時に、それは自分にとって天啓のような優れた知見であった。表面的なことはいつでも誰でも改善できる。しかし本質的なことは、物事を捉える枠組み、つまり基本的なスキームなので、その違いはデータそのものをもう一度考え直す必要が生じるのである。昨日の帰りの電車の中で改めて考えて、次回からは枠組みを変えてみようと思った。それは自分の不勉強さであり無能力さや浅学のせいでもあるが、半面大切なことに気がついた。

 自分には悪い癖があって、わかっている内容の研究発表や話を聞いたりすると、ああそんなことかと、軽く受け流すことがある。そのことが多分、自分の思考に蓋をしているのではないか。文脈は離れるが新聞に、足跡の付かぬ足音秋深し(臼井正)の句があった。推測すれば、秋がやって来ているのだがそっと近づいてくるので、地面に足跡のつかない歩きのように、足音だけを耳にする。しかしそれは日常の足音にすぎないのだが、気がついてみれば秋ももう深くなって、見渡せば木々の葉っぱも紅葉している。そんなことに初めて気がついたと解釈すれば、自分の気づきとよく似ている。

 たぶん自分の発言や言動に対して、言葉に出しては言わないが、お前の考えはこういう点ですれ違っているよ、と視聴者は伝えているのかもしれない。本人はそのことに気づかないのだ。ただ少しずつ少しずつ自分の体の中に入ってきて、ある時水面に浮かんでくるように、はっと気づけば秋がやってきて秋真っ只中の季節になっているように、ようやくそのことに思考が向くのである。とすればそれは有難いことなのだ。ようやく自分が見えてきたのだ。自分のことは分かっているようで、ほとんど分かっていないような気がする。そう思って、今日のこれからのイベントに参加しよう。

二つのレベル

 今は火曜日の夕方、いつものように書斎の南向きの窓から外を眺める。いつものように、この時期はすでに真っ暗な風景が広がり、マンションの灯りが規則正しく輝いている。灯りを見ると、そこに人が住んでいることがわかって、外の寒さと家の中の暖かさがイメージされて、ほっとする。今日の午前中は、市内の学校訪問があって、そのコメントを学校にメールで送ると、午前中は終わる。午後はオンラインの会議などの仕事と、家庭の諸々の用事も家内から言われて処理している。歳をとるにつれて仕事一筋というわけには行かず、夫婦が協力しながら生活していかなければならない。それは自然の成り行きで、二人とも身体的および認知的な機能も弱ってくるからで、すべてが男女共同参画になる。

 午前中の授業は、市内の中学校で、市の教育委員会に協力して特にGIGA端末の導入以来、その活用法などについてのコメントをしている。ただし1人1台の端末が整備されても、道具は道具である。それ以上でもそれ以下でもないので、誰が考えても優れた学習効果は、授業デザインや指導方法や振り返りに依存することは言うまでもない。今日の授業参観でも、GIGA端末の特性を活かしながら効果的に使っていた。そのコメントを書いて送ったとしても、それは道具の使い方にすぎない。つまりパソコンの使い方や車の運転の仕方などと大して変わらない。ということは、学びそのものに何が含まれているのかが重要である。自分の印象では、それは授業参観をしている自分の気づきに依存している。これまで経験的に文献的に実践的に蓄えられてきたいくつかの知識があって、授業を見ていると脳の中からふとそれらが浮かび上がってくる。それはちょうど釣り竿の紐が引っ張られるような感じで、引き上げると思いがけない知見に出会うことがある。

 教育界にも流行がある。どの学校に行ってもいくつかのキャッチフレーズがあり、日本全体がその理念や考え方に沿うように、授業を工夫している。自分は小中学校の授業については素人であり、コメントの冒頭に必ず、「こうしたほうが授業がうまくいくという提案はできません」と断っている。「自分にはこう見えます、こう感じます」ということだけを、コメントとして書いている。そのコメントは、今流行のキャッチフレーズとは関係ないような気がしている。授業を見る人のメンタリティーや価値観などによって、気づきはかなり違うからである。そのような見方はどこから生まれるのだろうか。それはキャッチフレーズはなく、もっと深い部分によって制御されているのではないか。

 今日の授業は、優れた指導力を持った先生で、見事に生徒たちを動かして単元内容を納得させていた。それはある面では、うまい教え方のできる先生とも言える。かつてはこのような名人芸のような先生を目指していたが、今の教育のキャッチフレーズとは少し方向が違う。多分長い指導経験が、たやすくは変えられないからであろう。授業参観をしている自分の目には、自分も多分中学校の教壇に立ったとすれば、同じような教え方をしたのではないだろうか。それは自分の郷愁と言っても良いかもしれない。つまり気づきは、認知レベルか無意識レベルなのかで違う。このブログでその良し悪しを論じるわけではないが、教育でも生活でも仕事でも二つのレベルがあるような気がする。老夫婦2人だけの生活でも、昔と変わらぬ無意識的な行動と、お互いが助け合うという認知的なまたは意識的な行動がある。

 文脈は離れるが新聞に「介護課の液体糊(のり)に秋日かな」(黒沢正行)の句があった。市役所などの介護課の職員が、書類に添付したい別の紙に昔ながらの液体のりを使っている。たぶん人差し指で書類に貼り付けているのだろう。今ではテープのりが主流で、自分も書斎の机の中には液体のりはない。この役所の介護課では、相変わらず昔ながらの方式で事務仕事をしているようだ。それは経済的とか衛生的な理由ではなく、習慣なのであろう。その方が気楽なのである。教育でも生活でも仕事でも、昔ながらのやり方はある。それは是非を論じるべきことではなく、二つのレベルが共存して、ある時は意識して、ある時は無意識的に選択しているのではないだろうか。自分も年老いてきたので、「こうせねばならぬ」という思いは少しずつ少なくなって、「いいではないか」という思いが強くなっている。平凡だが、相手を認め助け合うことかもしれない。

国宝

 今は土曜日の夕方、といっても外はもう真っ暗である。いつもは休日である土日は、スポーツジムに行って、一息ついて書斎で1日や1週間を振り返りながら、ブログを書くのだが、今日はスポーツジムに行っていない。珍しく来週からしばらく仕事で忙しく、その準備がまだ出来ていないので、今日の午後そこに時間をかけたいと思ったのである。歳をとってから綱渡りのような仕事は心臓に良くないので、なるべく早く準備をすることを心掛けているのだが、不安がよぎる。だからスポーツジムは明日日曜日だけと決めた。

 午前中はお墓参りに行ったので、なかなか時間が取れなかった。毎月お参りをしている関係で、特に公開日誌に書くほどでもないので、昨日の出来事を記録しておきたい。息子と息子の嫁に言われてかなり月日が経ったが、昨日金曜日の午後、映画館に行った。素晴らしい映画だから必ず見た方が良いと言われながらも、もう何年ぶりか、いや何十年ぶりか、所沢駅に隣接するショッピングモールの4階にある映画館に足を運んだ。家内と2人だが、このモールの4階に小規模なシアターと呼んでいる映画館が12館もある。小規模といっても150名程度は入れるだろう、平日であってもほぼ満席であった。作品は今大評判になっている「国宝」である。多分土日は満席だと思う。

 何しろつい最近まで、このショッピングモールに映画館があることすら知らなかった。しかも12館もあって、数日前からネットでチケットを購入し、かつ支払いもでき、座席も選ぶことができる。入場は自分のID番号を示すQRコードだけで入れる。だから開演時間の5分ぐらい前に行けばよく、しかもスマホからフード・ドリンクを注文でき、帰りには映画館の前で業者が待っていて、残ったものを処分することもできる。なるほどデジタルの時代だと、当たり前のことだが納得した。そして映画も評判通りの内容で、3時間を飽きることなく、大画面に引き付けられた。大画面と予想以上の大音量で、臨場感に体全体が包まれた。

 歌舞伎の世界の物語だが、自分の住んでる世界とは全く違うので、はじめは乗り気ではなかった。しかし一流の専門家が作る芸術とはこのようなものかという魅力があって、その世界に入り込むのである。しかし自分は美については全くの音痴であり、素人なので、この作品が訴える本質を受け止められたかどうかわからない。ただ美を極めるということは凄いことだと感じた。その凄さはどこからくるのだろうか。自分のような門外漢には、猫に小判や月とスッポンのような感じで、どう考えても結びつかない。それは何かと考えたとき、自分は日本人だからではないかと思った。

 もちろん芸術は国境を越えているので、海外でも大評判の作品である。だから芸術は文化を超えて伝わるのだろう。自分は歌舞伎のことも美のことも芸術のこともわからない。ただ江戸の昔から、こんな風に庶民も美しさを求めていたのかと思った。文脈は離れるが新聞に、「秋場所の溜り桟敷や江戸の粋」(佐藤光義)の句があった。相撲の観客席にも、砂かぶりや升席などがあって、その言葉も江戸の情緒が漂ってくるようで、昔の人は粋を共有していたのかもしれない。ただし、自分は、歌舞伎座へ行って鑑賞するつもりはない。歌舞伎の美や芸術性を理解する知識も能力もないからだ。ただ江戸の昔から、このような優れた芸術が伝わっているのかと思ったとき、日本文化の素晴らしさに改めて敬服したのである。そして自分が日本人であることにささやかな誇りを感じた。

 

 

夕食前のひととき

 今は火曜日の夕方、いつものブログの書き出しであるが、この時間は空も真っ暗で、マンションの灯りが規則正しい碁盤の目のように見える。日が暮れるのが早いと、一日が早く過ぎてしまうような気がする。今日は昼間に市役所で会議があった。教育委員会主催の会議だったが、自分もいろいろ発言したので、充実感があった。帰宅して審査系の仕事をした。ある主催社の賞を選考するための審査なので、半分楽しみながら応募した論文を読んでいる。この審査もそれなりに時間がかかるので、今日のノルマの分量だけ読んで、このブログ執筆に切り替えた。

 昨日まで世間では連休なので、自分も世間の流れに合わせて3日間を過ごした。といっても自分の立場はフリーランスなので、オファーに応じて仕事をし、その空いた時間で自分のやりたい仕事、と言っても伝わらないが、広い意味での研究をしている。お父さんは何をしてるのかと、娘や息子に聞かれるが、答えようがなく、まあ、半分仕事で半分趣味のようなものだと答えている。多分子供たちから見れば気楽な身分だと思っているだろう。事実その通りで、この連休の3日間は好きなことをして良いと自分でも意識しているので、ああでもないこうでもないと考えながら分析をしていて、健康維持のためにスポーツジムに通った。ただ脳のどこかに、こんな作家気取りのような、学者気取りのような、気ままな時間を過ごしていいのかと自問自答していた。

 それが今日はしっかりと仕事をした。まるで会社勤めか、組織のスタッフかのように、時間に合わせてその流れに我が身を任せた。今日はきちんとやるべきことをやったので、夕飯も美味しいだろうなどと先ほどまで考えていた。市役所から帰宅して、書斎で審査系の仕事をするには、頭を切り替える必要があるので、庭に出て空を見た。昨日も今日も秋らしい青空で、少し肌寒い風は吹いているが、それもまた心地よく、確実に季節はやってくるのだ、何も心配することはない、とどこか心が癒された。少し肌寒くなって、寝室にも暖房を入れている。そのため加湿器をつけて寝ているが、今朝はその加湿器をきれいに掃除した。少し遅い季節の変わり目の準備である。家内が寝室のシーツを夏用から冬用に替え、そして毛布も追加した。家内が手術して以来、自分は2階で家内は1階で寝ている。そろそろ冬支度なのか、そしてあの灼熱のような夏も過ぎ去った。今頃は南半球の方に移動して、人々に猛暑と言わせているのだろうか。

 新聞に、小六が「秋らしいねえ、爺ちゃん」と空を見上げてぽつり呟く(真中昭)の句があった。そして思わず吹き出した。なんとまあ大人びたというか、年老いた感性というか、その言葉が新鮮で面白かった。そして、お爺さんと孫の2人で、秋の空を見上げて会話をしている。多分まだ日差しが出ている夕方で、多分男の子だろうか、仲の良い2人なのだろう。今日の天気のように、青空でいかにも秋らしく、明日も天気になりそうな西日が輝いていたのか。大好きな孫と一緒に秋の夕方を過ごしているお爺さんも、一日が終わる安堵感で、自分と同じ夕食前のひとときだったのか。こんな風にして一日一日が過ぎていく。そして今年も去ってゆく。

 

秋の一日

 今は土曜日の夕方、いつものように書斎の窓から南向きの風景を眺めている。薄暗くなったが、今日は秋らしい良い天気であった。暑くもなく寒くもなく平穏な一日が過ぎようとしている。土日の休日は、仕事のイベントがなければスポーツジムに出かけて、英気を養ってくる。その帰り道、コミュニティ広場があって、そこで幼児たちがトランポリンのようなふわふわした舞台の上を駆けていた。ふわふわしているので走りにくいのだが、それが幼児には面白いらしく端から端まで順番に駆けて行った。

 幼児向けの体操教室のイベントらしく、保護者もいて、我が子の走りを見守っている。体操教室のスタッフは、若い人が5名以上いて、幼児たちを指導している。まだ幼い子供は、ふわふわした舞台に足を取られるのが怖いのか、スタッフの人に手を持ってもらわないと走れない。途中で手を離すと、泣き出しそうになって止まってしまう。その横には母親らしき人がいて、スマホで写真を撮ったり応援したりしている。西日がスポットライトのように当たって、まるで演劇のように見えた。そうか今日は土曜日か、というか三連休の初日なのかとふと思った。秋の優しさとはこのことだろうか。スタッフも母親も、そして幼い子供たちも、暖かい秋の日差しに包まれて、柔らかな日差しの中のひとときを過ごしている。自分もしばらく見とれていた。

 今日は11月1日、もう今年も残り二ヶ月になった。月日が経つのはこんなにも早いのか。そういえば近所の二人のおじいさんが、10月に亡くなった。自分も懇意にさせていただいたのだが、人間の寿命とはこういうものなのか、いずれ自分も往生する日が来るだろう。しかし今、自分はその日のことはイメージもできないし、現実的だとは思えない。だから、毎日その日のことしか考えられない。コミュニティ広場で見た幼児たちの走る姿や、若いスタッフの楽しそうな表情や、母親が嬉しそうにカメラを向けている光景など、静かな平穏な秋のひとときしか頭の中にない。

 もちろん子供たちのことや先々のことを心配しないわけではない。息子や娘たちが高齢者になったとき、果たして年金はどうなっているのだろうか、孫たちは平穏な暮らしができるのだろうか、など思うことはあるが、たまに夕食時に家内と話す程度であって、自分たちの平凡な毎日の生活で手一杯である。老夫婦二人暮らしが長くなると、それがこの上なくありがたく思える。家族といっても、最後はひとりではないだろうか。子供たちや孫たちは当然気になるが、ひとりひとりすべて違うのだから、それぞれがそれぞれの道を進んでいくしかないのだ。往生する時に、これで良かったのだと思えれば最高の幸せである。

 新聞に、「ビルマって何処よと孫が洗う墓」(荒井篤)の句があった。ビルマで戦死されたおじいさんの墓を、作者の孫、つまりおじいさんのひ孫がお参りに来て、洗っている。このひ孫にとっては遠い昔のご先祖様だから、その曾祖父のことを知る由もない。それでよいのだ、このひ孫も毎日が目の前のことで精一杯で、これからも生きていくだろう。そして気がついてみれば、こんなにも早く年月が経っていたのかと、驚くのである。今日のような安らかな秋の一日を過ごせれば、それでよいのだ。家内には家内の、子供たちや孫たちには、それぞれの生き方がある。そしてそれなりに頑張っているようで、それで充分である。自分も同じである。

表裏一体

 今は火曜日の夕方、この季節だと日が暮れるのが早い。南の空に半月のような三日月のような月が、くっきりと見える。今日は快晴であった。朝起きて朝食をいただく頃、庭に朝日が降り注いでいる光景を見て、気持ちまで晴天になる。庭にある小さな菜園で、大根やほうれん草や豆などを植えているが、小さな芽が土から顔を出すと、どこか可愛らしさがあって毎朝見るのを楽しみにしている。SNSなどを読むと、老後は田園風景豊かな土地に居を構えて、ゆったりとのんびりと畑仕事などをして楽しみたいと期待している人がかなりいる。

 そんな夢を叶えるのもいいだろう。SNSの別の記事では、田舎暮らしはそれなりの苦労があって、その地域のしきたりがわからないとか、初めのうちは良かったが、野菜作りなども思ったように上手くいかないとか、車がなければどうにも生活できず、免許返上などしたら陸の孤島になってしまうとか、スーパーまで買い物に行くのに時間がかかるとか、クリニックや病院まで出かけるのは大変なことになるとか、思ってもみなかったような事態が起きて、貯金も減っていくと心細くなると書いてあった。田舎暮らしに憧れる気持ちはわかる。長い間苦労してなんとか役職についたのだから、退職したら自分の好きなことをして優雅に暮らしたいと夢を描くのだろう。今の現実からやっと逃れるという気持ちも分かる。しかしどこにいようと現実は現実である。都会暮らしで企業で働く苦しさとは違う別の苦労が待っている。

 こんなことを書くと、人は一生楽しむことはなく我慢しながら現世を生きるのかと、悲観主義に陥ってしまう。この世の中には、悲観的な人ばかりではなく、楽観的な人、意欲的な人、生きがいを感じている人など、さまざまであろう。お昼のテレビニュースを見ると、日本の新総理は意欲満々で、全力で走っているように見える。今が幸せの絶頂のような姿に見える。しかし世界の誰もが、幸せの山ばかりを走っているわけではなく、不幸の谷も歩いたり、山に向かって這いつくばって登っていくこともあるだろう。そうすると、人は歓喜と悲観を繰り返して一生を過ごすのだろうか。

 ただ自分には、元気な人たちは、うまくいかない時の対応をよく知っていて、それを悲観ではなく楽観的に捉えるのではないだろうか。この内閣の組閣で、自分の知っている国会議員が大臣に指名された。長い間かかって得たポストなのだろうが、彼は大臣という椅子に座ることが本音ではなく、仕事をしたいのだろうと思う。それは一国会議員よりも大臣の方が大きな仕事ができ、世の中に貢献できるからだろう。自分も何回か一緒に仕事をさせてもらったので、そんなふうに感じている。そして選挙という厳しい現実の下で、彼も何回か落選した。しかし自分のやりたい仕事を叶えるために、どうしても国会議員に返り咲きたいという意欲は旺盛で、そこに落選したという悲観の考えはなかった。それが素晴らしい生き方だと感じて、今でも尊敬している。

 だから彼は、財産や地位や名誉などを求めて努力しているのではなく、仕事をしたいために努力をしていると言えるだろう。退職したら楽になりたいという気持ちは、大臣になった彼と考え方が違うように思う。新聞に、退職し自分で決める時間割今日用がある夫のしあわせ(榧守美鶴)の句があった。その通りだろう。退職してから自分の手帳を見れば毎日が真っ白で、現役の頃とずいぶん違うなあと嘆息する人もいるだろう。自分も似たような身分かもしれないが、仕事があるだけでありがたく、手帳が埋まるだけでどこか喜びがある。それは苦労も伴うが幸せなのである。つまり幸せと不幸せを切り分けることはできず、表裏一体ではないのか。日本の新総理も、緊張と喜び、不安と歓喜、苦労と安堵の両方を感じながら、全力で対応しているのではないだろうか。

雨降り

 今は土曜日の夕方、書斎の窓から見る空は灰色一色で、小雨が降っている。今日は朝から一日中雨降りで、天気予報によれば今夜も明日もずっと雨降りである。月曜日から、からりと天気は晴れるようだが、皮肉なもので土日が所沢フェスティバルで、市民が楽しみにしているもう一つのお祭りである。自分も残念ながら、今日も明日もフェスティバルには出かけない。晴れていれば秋空の下で、老若男女が航空公園の広い芝生の上をはしゃいでいただろう。例年、自分も生ビールを飲みながら、唐揚げなどのつまみやお寿司なども食べながら、イベントを楽しんできた。太鼓や笛のパフォーマンス、大道芸人の絶妙な手さばき、婦人会の踊りなども見ながら、秋うららのように心を空っぽにして穏やかなひとときを過ごしてきたが、今年は仕方がない。ネットによれば雨天決行と書いてあるが、出かける気持ちは失せている。この時期は、川越・飯能・秩父と祭りが北上をして催されるが、江戸の昔からの行事だと伝えられている。

 だから今日一日はいつもの通りの生活パターンである。午前中は気になっている分析の仕事をした。自分は気がかりなことや、しなければならないことは、メモ帳に書いて机の前に貼っておくのだが、なかなか守れない。今日はフェスティバルがキャンセルになったせいか、糸に引っ張られるように、気持ちがそこに向かった。2012年に公開された自分の論文なのだが、分析をしないとどうしても研究が完成しないような気がしていた。研究は2011年に実施したので14年も昔のことなので、データファイルを探すのも厄介で、チェックすることもかなりの時間を要するので腰が引けていた。

 この歳になって得するわけでもないのだが、どうしても気になるのだ。研究とはそういうものかもしれない。研究だけでなく仕事も生活も日常の小さな出来事も、他人から見れば些細なことでも、本人には魚の小骨が喉につっかかっているようで、どうしてもなんとかしたくなる。書斎の窓から見る空は、朝から雨が降っている。静かな秋の長雨である。早朝にメールのチェックは終わり、朝刊読みも、朝食も済んで、自分だけの時間がたっぷりある。パソコンに向かって昔のファイルを探し、関連する資料などもアクセスして、全体を把握しようとしている内に時間が経ってしまう。このデータはどういう意味があったのか、もう一度詳細に読み返さなければならないなどと考えて、たちまち時間が経ってしまう。

 時間がなくなってきたので、自分が気になったことを振り返った。そしてそのイメージができた時、天啓のように分析方法に気がついた。それからはあっという間に作業が進んだ。得られたグラフは予想通りだった。というより、お前の考えていることはこれではないのか、というメッセージが聞こえてきた。振り返って思うことは、自分の気がかりなことが何なのか、それが明確になれば方法は見えてくる。それがわからないということは、自分自身のことが見えていないのかもしれない。今日はフェスティバルに行けない代わりに、一つ仕事が片づいた。長い間、頭の片隅にとどまっていた問題を解決したようなものなので、素晴らしい贈り物をもらったような気持ちになった。

 文脈は離れるが新聞に、「起床して日が沈むまで一篇の詩を読むような農家の暮らし」(柏屋敏秋)の句があった。詩を読むようなとは、どんな生活なのだろうか。農家であれば田畑を耕さなければならない。明るい日差しの下でなければ、野良での仕事はできないから、太陽が昇ってから仕事をし、太陽が沈むと仕事が終わる。専業農家で田畑が自宅から離れていれば、弁当を持って出かけ、鳥の声を聞きながら、のどかな食事を楽しんでいるのかもしれない。しかし今日のような雨降りであれば、自宅で藁仕事などの別の仕事をするだろう。この農家の人は、自然のなすがままに生活しているのだろうか。それが詩を読むようだとは、誠に美しく豊かで満足した生き方である。自分もそんな風に暮らしてみたい。

時が解決する

 今は火曜日の夕方、いつものように書斎の南側の窓から外を見るが、どんよりとした曇り空である。肌寒い一日で、まるで冬の初めのような気温で、空に明るい日差しは見えなかった。こんな一日でも時は確実に刻んでいき、お昼過ぎに首相指名選挙があって、国会中継をしていた。午後2時からオンライン会議があるので、どうなるかと固唾を飲んでテレビ画面を見ていたが、選挙結果は午後1時45分ぐらいだったろうか、タイミングよく報道された。それを見て2階の書斎に上がった。

 オンライン会議は仕事なので選挙などの話は一切しなかったが、先週からずっとお昼の時間は午後1時半ぐらいまでテレビ報道を見ていた。この前のブログにも書いたように、波乱万丈のドラマのような選挙であった。午後2時からはオンライン会議と、その後1時間ぐらいしか時間がなかったが、スポーツジムに行ってプールで泳いできた。そして今書斎でブログを書いている。新内閣の人事や詳細は、午後7時からの夕食の時間にニュースで確かめよう。それにしても与党野党とも関係者は、ハラハラドキドキ緊張の1週間だったに違いない。これから先はどうなるか分からないが、とりあえず審判は下された。

 政治には疎い自分だが、新総理の熱意というか頑張りというか粘り強さ、つまりレジリエンスには脱帽した。政党の論理も大切であるが、最後はレジリエンスのような人間っぽさの方に軍配が上がるのかと思った。理屈っぽく言えば、政策の理念は論理であるが、熱意や粘り強さは情意や感覚である。教育の分野で言えば、認知なのか非認知なのかである。これまでは認知、つまり思考力判断力のような論理的な能力を育てることを重視していたが、今日では、それ以上に諦めないとか情熱を持つなどの感性的な能力、つまり非認知能力が重要視されている。その意味で、新総理の熱意が首相の座を射止めたのではないか。

 ハラハラドキドキすることも病気の痛みもつらい出来事も、逆に嬉しい喜びもいつかは終わる。つまり時が解決する。自分を振り返ってみても、あの時は大変だった、いつ解決するのか、これが夢だったらなどと思い、お腹が痛くて痛くて何とかして欲しいと神に祈り、この痛みが無くなったらどんなに幸せだろうかなどと思ったことは、何度もある。それは誰でも同じような経験をしているだろう。自分が今ここにこうして、何事もなくブログを書くことができるのは、そのようなつらい経験が過ぎ去ったからである。つまり時が解決してくれたのだ。逆に楽しいことも長くは続かない。それも浜辺の砂模様を波が消していくように消していくのだ。時とは、都合のいいことも悪いこともきれいに流してくれる。ならば、あまり一喜一憂せずにありのままに生きていけばいいのではないか。

 新聞に、「虚子申す時解決す残暑また」(村越陽一)の句があった。俳壇の選者によれば、高浜虚子に、時が解決すると読んだ俳句があるようで、その本歌取りをしていると解説していた。なるほど暑い暑いと言っていた残暑も、今日などはむしろ寒いぐらいで、時が経てば秋は確実にやってくる。それは自然の移り変わりだけでなく、人間社会の織り成す諸々の出来事も、時が経てば必ず落ちつくところに落ち着くのだろう。そう思いながらも、人間はなかなか悟り切れず、時を待たないで今何とかして欲しいと思うことが多いのだが、それは多分人間のわがままなのだろう。自分も含めて、それが凡人の姿なのかもしれない。新総理大臣は、もちろん努力しながら、じっと時が来るのを待っていたのかもしれない。

 

 

ディシプリン

 今は土曜日の夕方、昨日と今日は秋晴れの言葉にふさわしい天気だった。昨日などは一片の雲もなく文字通り「天高く馬肥ゆる秋」と思わず独り言をつぶやくような天気で、今日も白い雲と青い空に包まれて、運動会か遠足などがふさわしい1日だった。先ほど嫁が、孫の小学生最後の運動会の様子をLINEの動画で送ってきた。誰でも同じような経験をしながら、季節が移っていく。

 自分は日曜日を除いて朝はテレビを見ないで、昼食時と夕食時に見る。お昼は12時から約1時間、夕方は午後7時から9時までとおよそ時間が決まっている。ところが先週から今週にかけて、お昼に12時から1時間半ぐらいテレビ番組を見ている。言うまでもなく首相指名選挙で与党野党とも大賑わいで、まるでドラマでも見ているような気がする。一緒に見ている家内も、他の番組よりもはるかに面白いと言う。国の大切な首相を決める政治イベントとは言いながら、ドラマでもこんなストーリーは描けないと思うほど、波乱万丈の物語が展開している、首相指名劇場と呼んでもいいだろう。

 テレビの観戦者は野次馬であり劇場の観客である。だから無責任なので、面白がっているだけだが、芝居をする役者は真剣勝負であり丁丁発止と舞台の上で大立ち回りをしている。選挙だから投票数の多い方が指名されることは当たり前であるが、政治家のやり取りを見ていると、与党にしろ野党にしろ単独では勝てないので連立することになるが、問題は政策をどのように合意するかである。その時あくまでも自分の政党の政策を固持するか、連立する相手の政党の政策も受け入れるか、そのせめぎ合いである。連立するなら妥協すればよいのにと、観客としては思うこともある。

 ただそこが政党に所属する国会議員と違うところで、彼らは政策に共鳴して集まった集団なので、その政策を曲げて妥協することは、自分自身を偽ることにもつながるのだ。研究者でも似たようなことがあって、自分が研究して正しいと信念を持っている場合は、どのような事態でも決して妥協しない。ガリレオ・ガリレイが、「それでも地球は回っている」と言明したとおりである。しかし一方、連立するにはある程度妥協も必要であり、政権を担うには数が必要なのだから、政策を固持して議論を振り回すのはきれいごとではないのかという現実主義の国会議員もいる。

 それを聞いて、ふと自分のことを振り返った。時折、小中学校の先生方を前に講演をすることがある。先生方はひょっとして、「現場も知らないで何をきれいごとを言っているのだ、そんな理論的なことよりも、すぐに役立つハウツーを教えてほしい」と思っているのではないだろうか。ただ研究者としての自分は、ノウハウやハウツーだけを話すことはどうしてもできないのだ。背景にどのような概念があり理論があるかを伝えないと、それは自分ではなくなるからである。我々はよくディシプリンの用語を使うが、規則や統制などと訳されるが、自分は学問や研究の基本姿勢やあり方のような受け止め方をしている。研究者は自分の学問のディシプリンによって行動するので、妥協することは極めて難しいのである。

 文脈は遠く離れるが新聞に、「おおよそで生きる余生や秋うらら」(渡辺しゅういち)の句があった。歳をとってくると、「まあそんな固いことを言わないで、世間と仲良く付き合っていく方が良い」などと若い人に言うようになる。自説にあまりに固持すると、「あいつはまだ青い」などと揶揄する言葉も聞かれる。番組の中でも、それに似た言葉を発する国会議員もいた。さてどちらが正しいのか、自分にはわからない。ただ一般的には、政党とか大学などに所属する人間はディシプリンにこだわるようだ。一方世間の裏表を見ながら仕事をする人は、綺麗事ではなく相手に応じて自分の信念さえも変えていく。小中学校の先生方も同じようで、ひとりひとりの子どもに寄り添って、自分のあり方を変えていくのだ。考えてみれば、それも他人が真似のできない優れたディシプリンなのかもしれない。

小さな旅

 今日は火曜日の夕方、書斎の窓から見る空はもう暗くなっており、今にも雨が降ってきそうである。天気予報によれば、今晩から明日の朝までずっと雨が降るらしい。秋にしては肌寒い一日だった。最近の天気は予測がつかず寒暖の差が激しいので、体がついていかない。しかし、つつがなく一日を終わろうとしているのは、それだけでありがたい。外を見ていると、なるほど秋は静かだと実感する。
 そういえば今日午前中、授業参観で音楽の時間で「赤とんぼ」の歌を歌っていた。三木露風作詞、山田耕筰作曲のこの歌は叙情溢れる名曲で、先生が「負われて見るのはいつの日か」の「負われて」の意味は、と生徒に質問したら、「背負われて」と答えた。それを聞いて、自分はまるで母親の背中に背負われて赤とんぼを見ているような情景が浮かんだ。こんな優しい世界に住めればいいと、歌を聞きながら思った。
 ふと一昨日の日曜日の朝の番組を思い出した。NHK「小さな旅」だった。この番組のファンで、どこか牧歌的な音楽と共に、その地域に出かけたような気持ちになる。一昨日は石川県能登島だった。大地震で大被害を受けて、大勢の人がこの島から離れていったが、島に残ってなんとか生活しようとする人たちがいた。その中の一人が、海に住んでいるイルカを小さな船の上から見るガイドの女性であった。この小さな島で生きていくのは容易ではない。彼女がいくつかの過去の出来事を語るシーンがあった。娘があるとき突然に家出をして、その娘の子供を一人残したまま突然消息を絶った。彼女が孫の面倒を見て育てている。そして能登地方は地震の他に水害もあって、立ち直る気力も失せた。
 しかし泣いてばかりではいられないのだ。何としてでも生活しなければならない。その現実が彼女の気力を蘇らせた。そして今はイルカウォッチングのガイドをしながら、観光客が能登島を訪れてくれるのを待っている。確実に収入を得るという保証はないが、それでも嘆いてばかりでは何も前に進まない。その姿を見て、人はこんなにも努力をして生きていくのかと、胸を打たれた。彼女ばかりではなかった。島の漁師が自分の息子と共に祭りを復活させようと努力していた。
 考えてみれば全国あちこちに、自然災害という不可抗力の出来事に遭遇して、その不満を誰にぶちまけることもできない状況の中で、立ち上がろうとしている人たちがいる。自分がその立場になったらどうだろうかと思った。たぶん立ち上がれないだろうと思った時、自分はなんと弱い人間なんだろうかとふと思った。
 新聞に、「残照に黄金(こがね)の穂波かがよひて能登の棚田はよみがへりたり」(熊田敏夫)の句があった。月曜日の新聞に、まるで「小さな旅」の番組を見ていたかのような句が掲載されていた。目も覚めるような神々しいような光景だったのではないか。そしてその棚田を見て、苦労を重ねてきた人々は嬉しかったに違いない。その喜びがこの句から伝わってくるようだ。
 今日も何事もなく、一日が終わることに感謝するしかない。書斎のパソコンでブログを書きながら、平凡であることのありがたさを感じている。誰でもそのことを知っているが、なかなか実感できない。考えてみれば、不平や不安や不満の方が、感謝よりも多いのはなぜだろうか。凡人は悟ることができないから、そんなふうにして月日を過ごしていくのだろうか。