感情の変化

 今は火曜日の夕方、いつものように書斎から南の空を眺めている。日中は曇り空か小雨の降る天気で、夕方頃から雨が止んで、夜は晴れて明日は良い天気だと予報している。先ほどまで細い三日月が見えていたのだが、今は雲に覆われて見えなくなった。そろそろ一日が終わる時刻がやってくる。こんな時、今日や昨日のことを振り返って、ぼんやりしている。一日の中でも、面白いこともあれば気に入らないこともある。そんな事の繰り返しで時が過ぎていく。自分のような市井の人は、誰しも同じようなもので、山と谷の振幅の幅は小さいだろう。

 誰でも、テレビ番組を見て腹を立てたり喜んだりするだろうが、この前のブログで少し反省したことがある。某国の高官の傍若無人な振る舞いに、正義感が湧いて許せないなどと思った。庶民が怒ったところで、なんの変化も起きず、世の中の動きは微動だにしないが、その影響は自分自身に起きる。例えばニュースを見るのが少し億劫になって、そっぽを向いてしまったり、その場面では独り言のような文句を言ったりする。若い時ならそれも許されようが、年老いた今は、もう卒業してもいいのにと思いながらも、人間の性なのか、なかなか悟り切れない。

 今日ふと、自分の弟子の加藤由樹先生の研究を思い出した。メールを送ったり受けたりした場面の感情の変化の研究である。誰でも嬉しいメールなら喜び、都合の悪いメールなら怒ったり無視したり、否定的な感情が生じたりするだろう。彼は肯定的な感情、否定的な感情、そして怒りの感情に分類して、分析した。詳細は述べないが、誰でもわかるように、肯定的な感情が生じる場合は、いろいろな面でプラスに作用する。あの人はいつでもニコニコして感じがいいなあと思える人は、ポジティブな感情が起きやすい人なのだ。これに対してネガティブな感情が起きやすい人は、物事に対して否定的にとらえる。たぶんいつも苦虫を噛んだような表情をするだろうから、周囲からはあまり好意的には見られない。最後に怒りやすい人は、いろいろな面でマイナスに作用する。この研究で最も重要な知見は、怒りの感情である。この感情が生じると物事をネガティブにとらえ、怒りはさらに怒りを増幅する。だから怒りだけは避けた方がよい。最も影響が大きい感情だからである。

 上記は、論文の結果に、世の中の浮き沈みの様相を重ねて、拡大解釈した文章であることをお断りしておく。しかし実際はこの通りなのだ。自分はテレビのニュース番組にも少し背を向けるようになった。某国にもっと自然災害が起きればよいのになどと、つまらぬことを考えている自分に、自己肯定感が下がった。今の自分は若い頃と違うのだ。いいではないか、いずれ落ち着くところに落ち着くのだ、大丈夫大丈夫、大したことではないではないか、と思える自分を描いてみる。そうすると少し世の中が明るく見える。自分も歳を取ったのだ、好々爺になることを夢見ている。

 今日はプロジェクトの報告書作成の準備に取り掛かったのだが、なかなか重い腰が上がらなかった。それが気になっていたのだろう、今朝ベッドから起きる時、ふとこうしたらどうだろうか、と思いついた。午前中にその仕事をしていたら、笑みがこぼれて口笛でも吹きたくなった。人はこうも簡単にマイナスからプラスに変わるのか。そうだとすれば、何もくよくよ考えることは一切ないのだ。新聞に、わずかなる嬉しきことの今日ありて瓶ビール買う帰りの途(みち)で(千葉幸平)の句があった。この作者も自分と同じか、少しでも嬉しいことがあると、祝杯をあげたくなるのか、なんだなんだそんなことなのか、人は気持ち次第でどうにでもなる。気持ちが変われば状況が変わり、物事は好転する。場合によっては逆転もある。加藤由樹理論を拡大して適用すれば、そうなる。

態度で示そうよ

 今は土曜日の夕方、書斎の窓から南の空を見ると、もう真っ暗になって今日も一日が終わることを告げている。ブログの書き出しもいつもほとんど同じだが、今日もスポーツジムに行って、一息ついて2階の書斎に上がってきた。平凡だが一日があっという間に過ぎていき、夕食を食べてテレビ番組を見れば一日の終わりである。ブログで書くのは恥ずかしいが、9時になると眠くなり、翌日は5時に起きるのが日課である。そんな平凡な一日にもさまざまな変化がある。ジムからの帰り道、いつものように西の方角に向かって帰宅していると、灰色の雲と薄茜色に照らされた白い雲が浮かんでいて、静かな秋の夕暮れで何事もなく過ぎていく一日が、どこか愛おしいような気もする。

 そんな優しい気持ちになっている時でも、お昼のテレビニュースなどを見ると心が騒ぐ。あちらこちらで熊が出て被害が起きたとか、大火災にあって家を失ったとか、他人事であっても同情する。しかし中には、某国の政府高官のあまりにも不見識で非常識な態度に怒りを覚えたニュースもあった。これでも国の重要案件を審議する人間なのか、一言で言えば品格がないのだ。自分は教育に関わる仕事をしているので、どのような地位になっても、どのような経済状態であっても、人間としての品格は持っていなければならないと思っている。食べる餌がないので、熊は市街地までやってくる。つまり自分の欲望を満たすために、なりふり構わず行動するのだ。某国の高官は人間ではなく熊と同じ動物に近い。自分のブログで政治に関わる内容はほとんど書いたことはないが、この頃ニュースを見るたびにイライラが募ってくる。

 日本の外務担当の高官も苦しい立場であろう。耐えながら折衝しているように思われる。驚異的な高支持率の内閣も、この一件で苦しい立場になった。そしてふと思う。世界中どんな人も、好都合のことばかりは起きず、必ず落ち込む時がある。政府であろうと平凡な家庭であろうと、高官であろうと庶民であろうと、その繰り返しの中で生きている。人はその波にもまれながら、なんとか事態を改善しようと努力する。自分を振り返ってもその通りである。問題は落ち込んだ時の対応の仕方なのだ。たぶん正解はないだろう。油断大敵とか好事魔多しなどの格言はあっても、どうしたら良いかについては教えてくれない。

 新聞に、辛い時「お姉ちゃーん」と呼んでみるベランダに出て空に向かって(田中澄子)の句があった。国際間の政治のような難しい課題には適用できないだろうが、庶民の生活では意外と効果的ではないのかと思った。つまり声に出してみることだ。これも庶民の知恵で、苦しいことがあれば声に出して発散しろということだ。心の中にあるモヤモヤが外に出るのだから、多少スッキリすることは常識的にも分かる。声に出してみれば、自分の立場を、声を通して振り返ることができる。自分はこんなことを考えていたのかと気づくことができる。ある論文で、身体性認知を利用した学習法を読んだことがある。認知は頭の中だけで起きることではなく、身体や環境と関わり合っているという考えである。だから頭だけから体全体に広げることで、解決の糸口を見つけることができるのではないだろうか。

 坂本九さんの「幸せなら手をたたこう」の大ヒットした歌があった。その中に、「幸せなら態度で示そうよ」の言葉もあった。手をたたいたり足をならしたり肩をたたいたり、文字通り身体性認知である。とすればこの作者の大好きな姉に、お姉ちゃーんと呼びかけるだけで、塞ぎこんでいた気持ちが安らぐのではないか。そしてベランダで空に向かって話をしたら、天国のお姉ちゃんが聞いてくれるような気がして、そして優しい笑顔が浮かんできて、また頑張ろうと思うかもしれない。そのようにして人は生きてきたのだろうか。不幸せなら声を出そうよ、好きな人に呼びかけようよ、そして態度で示そうよ、と言えるかもしれない。

 

 

旅行と出張

 今は水曜日の夕方、いつものように書斎の窓から外を見ると、今の時期は真っ暗である。火曜日の夕方でないのには事情がある。昨日火曜日の午前中は市内の学校訪問があり、その後コメントを書き、午後に私的な旅行をして一泊した。そして今日の昼間に帰宅し、今パソコンの画面に向かってブログを書いている。正確に言うと、旅行から帰って、先ほど久しぶりのジョギングをして、その後メールの処理をして、ようやくブログを書く時間になった。

 市内の学校訪問は、市の教育センターに協力して、GIGA端末の導入以来、いかに端末を活用するか、学習指導要領に基づいた授業を実践するか、などについて指導主事の先生と一緒に、毎月6校程度訪問している。訪問して話をするのではなく、授業を参観するのである。これは素晴らしいことで、いつも思うのだが、自分の方が、先生と子供たちから学んでいる。授業参観をした経験があれば、誰でもこの文章に賛同するだろう。自分が先生に教えることなどほとんどないのだが、役割上帰宅してからすぐにコメントをメールに添付して送っている。正確に言うと、A4用紙1ページ分に相当する1600字で文章化している。

 その文章化は、自分にとって嬉しくもあり厳しくもある作業である。なぜならその見方は、自分の学習観や指導観そして知識に依存するからである。一般的に言えば、正確に知識を伝える、または教えることに情熱を傾ける先生もいれば、子供たちに任せ、自由な発想を大切にする先生もいる。自分を振り返ってみても時々忸怩たる思いをする。なぜなら高等学校や大学では学習内容を伝えることや教えることが中心となりやすく、小学校では子供たちの発想を大切にする比重が高いからである。中学校はその中間程度であり、大学院は研究が中心なので、教えることも伝えることも難しく、いわば二人三脚で模索することになる。

 自分の学校訪問は、小中学校なので学校や授業によって、内容を伝えるのか子供たちが学ぶのか、そのバランスは異なってくる。内容の伝達派は、教師はおそらく正確に伝えたいと思っているだろう。子供たちの学び派は、内容の正確さよりも表現力や想像力などを大切にしたいと思っているだろう。このブログで、どちらが重要かなどの野暮な議論はしない。正確に伝えてこそ授業で、子どもの実践に任せることは、言葉は美しいが何が正しく何が間違っているかの判断力が身につかないのではないか、という危惧を持ち、子供の自由さや発想などを大切にする考えは、そのような主体性がなければ、そもそも内容の理解などできないのだという思いもあるだろう。

 今日の旅行を終えてふと思った。私的な旅行は、いわば自由であり開放感があり縛られない嬉しさがある。仕事の旅行つまり出張などは、やりとげなければならないミッションがあり、成果を見える形で出さないと意味がない。私的な旅行は、肩肘張らずに、この時間を楽しもうと考えていて、仕事による出張は、どうしても達成しようという意思がある。同じ旅行でも天と地ほどの差がある。これは授業でも同じだろう。どちらが正しいというわけではない。それは教育的信念と呼んでも良いので、簡単には変えられないのである。

 今日の昼間帰宅したら、空が真っ青で冷たい風が心地よく思わず外を駆け出したくなった。久しぶりにジョギングをした。それは心が解放されて自由に動ける楽しさである。新聞に、平和とは平凡な秋空の下のこと(深町明)の句があった。今日はこの句のように平和な気持ちであった。急ぎの仕事があるわけでもなく、心穏やかに今の時間を楽しむ余裕があった。ジョギング中に、子犬を連れたおばあさんとすれ違った。何の特別な意味もない平凡な光景であったが、束の間の平和を感じた。こんな生活をしたいと思う反面、仕事や研究をするときの緊張感や充実感も忘れられない。だから授業参観して、こちらのほうが良いと断言することは、自分にはできないのである。

気づき

 今は日曜日の午前中で、書斎の窓から見る空も明るく、太陽の日差しが差し込んで、今日も秋らしい天気になるだろう。土曜日ではなく変則的に今の時間に書いているのは、当然ながら諸々の仕事の関係である。昨日と一昨日はつくば市で大きな大会があって、自分も参加したので時間がなかった。今日もお昼前には出かけて、別のイベントに参加しなければならないので、今がブログ執筆の時間である。もちろん自分のような年配者に、このようなオファーがあること自体は有難く、また喜びでもある。

 自分が参加するイベントには、学会の研究発表のようなスタイルもあれば、昨日や今日のような研修スタイルもある。自分にはそれがうまく区別できなくて、後で反省することもある。研究発表であれば、その目的や方法など長い間に培われてきた暗黙の了解事項があり、その文法に基づいて発表を聞いたり質問したりするので、安心感がある。研修スタイルはそこが異なっていて、対象者は主に学校の先生方なので、求める情報の質が違う。学会発表であれば、データがありグラフがあり考察があり、つまり主張する根拠であるエビデンスが伴っていて、発表も統計的な検定などの方法で検証している。しかし研修の場合は、そのようなデータは不必要とは言わないが馴染まないのである。

 そもそも学校の現場において、データを取得するとか統制群や実験群などのような群を設定すること自身が、教育の平等性の観点からすれば、不必要であるというより、してはいけない禁止条項である。したがって結論を導くには別の方法を用いなければならない。それは曖昧であることは承知しながらも、主観的なアンケートであったり子供たちの教室における仕草や発言などをデータとして扱うのである。それは仕方がないのではなく、その方がむしろ信頼性の高い根拠とも言える。自分も研究発表のセッションの司会をしたりシンポジウムで発言をしたりしたが、そのデータは当然ながら後者であり、写真や子供の発言や作品であり、それを質的に分析して述べた。

 昨日のシンポジウムでの発言を振り返って、自宅への帰りの電車の中でふと気づいたことがある。それはなんというか、ふと浮かび上がってきた。あの時自分が考えていたことは、基本的におかしいのではないかと思った。それはデータが不正確とか解釈が不鮮明だとか時間が長すぎたとか短すぎたなどの表面的な事ではなく、もっと本質的なことである。そのことをこのブログでは書けないが、一言で言えば自分は勘違いしていたのではないかという反省である。内心少しショックであったと同時に、それは自分にとって天啓のような優れた知見であった。表面的なことはいつでも誰でも改善できる。しかし本質的なことは、物事を捉える枠組み、つまり基本的なスキームなので、その違いはデータそのものをもう一度考え直す必要が生じるのである。昨日の帰りの電車の中で改めて考えて、次回からは枠組みを変えてみようと思った。それは自分の不勉強さであり無能力さや浅学のせいでもあるが、半面大切なことに気がついた。

 自分には悪い癖があって、わかっている内容の研究発表や話を聞いたりすると、ああそんなことかと、軽く受け流すことがある。そのことが多分、自分の思考に蓋をしているのではないか。文脈は離れるが新聞に、足跡の付かぬ足音秋深し(臼井正)の句があった。推測すれば、秋がやって来ているのだがそっと近づいてくるので、地面に足跡のつかない歩きのように、足音だけを耳にする。しかしそれは日常の足音にすぎないのだが、気がついてみれば秋ももう深くなって、見渡せば木々の葉っぱも紅葉している。そんなことに初めて気がついたと解釈すれば、自分の気づきとよく似ている。

 たぶん自分の発言や言動に対して、言葉に出しては言わないが、お前の考えはこういう点ですれ違っているよ、と視聴者は伝えているのかもしれない。本人はそのことに気づかないのだ。ただ少しずつ少しずつ自分の体の中に入ってきて、ある時水面に浮かんでくるように、はっと気づけば秋がやってきて秋真っ只中の季節になっているように、ようやくそのことに思考が向くのである。とすればそれは有難いことなのだ。ようやく自分が見えてきたのだ。自分のことは分かっているようで、ほとんど分かっていないような気がする。そう思って、今日のこれからのイベントに参加しよう。

二つのレベル

 今は火曜日の夕方、いつものように書斎の南向きの窓から外を眺める。いつものように、この時期はすでに真っ暗な風景が広がり、マンションの灯りが規則正しく輝いている。灯りを見ると、そこに人が住んでいることがわかって、外の寒さと家の中の暖かさがイメージされて、ほっとする。今日の午前中は、市内の学校訪問があって、そのコメントを学校にメールで送ると、午前中は終わる。午後はオンラインの会議などの仕事と、家庭の諸々の用事も家内から言われて処理している。歳をとるにつれて仕事一筋というわけには行かず、夫婦が協力しながら生活していかなければならない。それは自然の成り行きで、二人とも身体的および認知的な機能も弱ってくるからで、すべてが男女共同参画になる。

 午前中の授業は、市内の中学校で、市の教育委員会に協力して特にGIGA端末の導入以来、その活用法などについてのコメントをしている。ただし1人1台の端末が整備されても、道具は道具である。それ以上でもそれ以下でもないので、誰が考えても優れた学習効果は、授業デザインや指導方法や振り返りに依存することは言うまでもない。今日の授業参観でも、GIGA端末の特性を活かしながら効果的に使っていた。そのコメントを書いて送ったとしても、それは道具の使い方にすぎない。つまりパソコンの使い方や車の運転の仕方などと大して変わらない。ということは、学びそのものに何が含まれているのかが重要である。自分の印象では、それは授業参観をしている自分の気づきに依存している。これまで経験的に文献的に実践的に蓄えられてきたいくつかの知識があって、授業を見ていると脳の中からふとそれらが浮かび上がってくる。それはちょうど釣り竿の紐が引っ張られるような感じで、引き上げると思いがけない知見に出会うことがある。

 教育界にも流行がある。どの学校に行ってもいくつかのキャッチフレーズがあり、日本全体がその理念や考え方に沿うように、授業を工夫している。自分は小中学校の授業については素人であり、コメントの冒頭に必ず、「こうしたほうが授業がうまくいくという提案はできません」と断っている。「自分にはこう見えます、こう感じます」ということだけを、コメントとして書いている。そのコメントは、今流行のキャッチフレーズとは関係ないような気がしている。授業を見る人のメンタリティーや価値観などによって、気づきはかなり違うからである。そのような見方はどこから生まれるのだろうか。それはキャッチフレーズはなく、もっと深い部分によって制御されているのではないか。

 今日の授業は、優れた指導力を持った先生で、見事に生徒たちを動かして単元内容を納得させていた。それはある面では、うまい教え方のできる先生とも言える。かつてはこのような名人芸のような先生を目指していたが、今の教育のキャッチフレーズとは少し方向が違う。多分長い指導経験が、たやすくは変えられないからであろう。授業参観をしている自分の目には、自分も多分中学校の教壇に立ったとすれば、同じような教え方をしたのではないだろうか。それは自分の郷愁と言っても良いかもしれない。つまり気づきは、認知レベルか無意識レベルなのかで違う。このブログでその良し悪しを論じるわけではないが、教育でも生活でも仕事でも二つのレベルがあるような気がする。老夫婦2人だけの生活でも、昔と変わらぬ無意識的な行動と、お互いが助け合うという認知的なまたは意識的な行動がある。

 文脈は離れるが新聞に「介護課の液体糊(のり)に秋日かな」(黒沢正行)の句があった。市役所などの介護課の職員が、書類に添付したい別の紙に昔ながらの液体のりを使っている。たぶん人差し指で書類に貼り付けているのだろう。今ではテープのりが主流で、自分も書斎の机の中には液体のりはない。この役所の介護課では、相変わらず昔ながらの方式で事務仕事をしているようだ。それは経済的とか衛生的な理由ではなく、習慣なのであろう。その方が気楽なのである。教育でも生活でも仕事でも、昔ながらのやり方はある。それは是非を論じるべきことではなく、二つのレベルが共存して、ある時は意識して、ある時は無意識的に選択しているのではないだろうか。自分も年老いてきたので、「こうせねばならぬ」という思いは少しずつ少なくなって、「いいではないか」という思いが強くなっている。平凡だが、相手を認め助け合うことかもしれない。

国宝

 今は土曜日の夕方、といっても外はもう真っ暗である。いつもは休日である土日は、スポーツジムに行って、一息ついて書斎で1日や1週間を振り返りながら、ブログを書くのだが、今日はスポーツジムに行っていない。珍しく来週からしばらく仕事で忙しく、その準備がまだ出来ていないので、今日の午後そこに時間をかけたいと思ったのである。歳をとってから綱渡りのような仕事は心臓に良くないので、なるべく早く準備をすることを心掛けているのだが、不安がよぎる。だからスポーツジムは明日日曜日だけと決めた。

 午前中はお墓参りに行ったので、なかなか時間が取れなかった。毎月お参りをしている関係で、特に公開日誌に書くほどでもないので、昨日の出来事を記録しておきたい。息子と息子の嫁に言われてかなり月日が経ったが、昨日金曜日の午後、映画館に行った。素晴らしい映画だから必ず見た方が良いと言われながらも、もう何年ぶりか、いや何十年ぶりか、所沢駅に隣接するショッピングモールの4階にある映画館に足を運んだ。家内と2人だが、このモールの4階に小規模なシアターと呼んでいる映画館が12館もある。小規模といっても150名程度は入れるだろう、平日であってもほぼ満席であった。作品は今大評判になっている「国宝」である。多分土日は満席だと思う。

 何しろつい最近まで、このショッピングモールに映画館があることすら知らなかった。しかも12館もあって、数日前からネットでチケットを購入し、かつ支払いもでき、座席も選ぶことができる。入場は自分のID番号を示すQRコードだけで入れる。だから開演時間の5分ぐらい前に行けばよく、しかもスマホからフード・ドリンクを注文でき、帰りには映画館の前で業者が待っていて、残ったものを処分することもできる。なるほどデジタルの時代だと、当たり前のことだが納得した。そして映画も評判通りの内容で、3時間を飽きることなく、大画面に引き付けられた。大画面と予想以上の大音量で、臨場感に体全体が包まれた。

 歌舞伎の世界の物語だが、自分の住んでる世界とは全く違うので、はじめは乗り気ではなかった。しかし一流の専門家が作る芸術とはこのようなものかという魅力があって、その世界に入り込むのである。しかし自分は美については全くの音痴であり、素人なので、この作品が訴える本質を受け止められたかどうかわからない。ただ美を極めるということは凄いことだと感じた。その凄さはどこからくるのだろうか。自分のような門外漢には、猫に小判や月とスッポンのような感じで、どう考えても結びつかない。それは何かと考えたとき、自分は日本人だからではないかと思った。

 もちろん芸術は国境を越えているので、海外でも大評判の作品である。だから芸術は文化を超えて伝わるのだろう。自分は歌舞伎のことも美のことも芸術のこともわからない。ただ江戸の昔から、こんな風に庶民も美しさを求めていたのかと思った。文脈は離れるが新聞に、「秋場所の溜り桟敷や江戸の粋」(佐藤光義)の句があった。相撲の観客席にも、砂かぶりや升席などがあって、その言葉も江戸の情緒が漂ってくるようで、昔の人は粋を共有していたのかもしれない。ただし、自分は、歌舞伎座へ行って鑑賞するつもりはない。歌舞伎の美や芸術性を理解する知識も能力もないからだ。ただ江戸の昔から、このような優れた芸術が伝わっているのかと思ったとき、日本文化の素晴らしさに改めて敬服したのである。そして自分が日本人であることにささやかな誇りを感じた。

 

 

夕食前のひととき

 今は火曜日の夕方、いつものブログの書き出しであるが、この時間は空も真っ暗で、マンションの灯りが規則正しい碁盤の目のように見える。日が暮れるのが早いと、一日が早く過ぎてしまうような気がする。今日は昼間に市役所で会議があった。教育委員会主催の会議だったが、自分もいろいろ発言したので、充実感があった。帰宅して審査系の仕事をした。ある主催社の賞を選考するための審査なので、半分楽しみながら応募した論文を読んでいる。この審査もそれなりに時間がかかるので、今日のノルマの分量だけ読んで、このブログ執筆に切り替えた。

 昨日まで世間では連休なので、自分も世間の流れに合わせて3日間を過ごした。といっても自分の立場はフリーランスなので、オファーに応じて仕事をし、その空いた時間で自分のやりたい仕事、と言っても伝わらないが、広い意味での研究をしている。お父さんは何をしてるのかと、娘や息子に聞かれるが、答えようがなく、まあ、半分仕事で半分趣味のようなものだと答えている。多分子供たちから見れば気楽な身分だと思っているだろう。事実その通りで、この連休の3日間は好きなことをして良いと自分でも意識しているので、ああでもないこうでもないと考えながら分析をしていて、健康維持のためにスポーツジムに通った。ただ脳のどこかに、こんな作家気取りのような、学者気取りのような、気ままな時間を過ごしていいのかと自問自答していた。

 それが今日はしっかりと仕事をした。まるで会社勤めか、組織のスタッフかのように、時間に合わせてその流れに我が身を任せた。今日はきちんとやるべきことをやったので、夕飯も美味しいだろうなどと先ほどまで考えていた。市役所から帰宅して、書斎で審査系の仕事をするには、頭を切り替える必要があるので、庭に出て空を見た。昨日も今日も秋らしい青空で、少し肌寒い風は吹いているが、それもまた心地よく、確実に季節はやってくるのだ、何も心配することはない、とどこか心が癒された。少し肌寒くなって、寝室にも暖房を入れている。そのため加湿器をつけて寝ているが、今朝はその加湿器をきれいに掃除した。少し遅い季節の変わり目の準備である。家内が寝室のシーツを夏用から冬用に替え、そして毛布も追加した。家内が手術して以来、自分は2階で家内は1階で寝ている。そろそろ冬支度なのか、そしてあの灼熱のような夏も過ぎ去った。今頃は南半球の方に移動して、人々に猛暑と言わせているのだろうか。

 新聞に、小六が「秋らしいねえ、爺ちゃん」と空を見上げてぽつり呟く(真中昭)の句があった。そして思わず吹き出した。なんとまあ大人びたというか、年老いた感性というか、その言葉が新鮮で面白かった。そして、お爺さんと孫の2人で、秋の空を見上げて会話をしている。多分まだ日差しが出ている夕方で、多分男の子だろうか、仲の良い2人なのだろう。今日の天気のように、青空でいかにも秋らしく、明日も天気になりそうな西日が輝いていたのか。大好きな孫と一緒に秋の夕方を過ごしているお爺さんも、一日が終わる安堵感で、自分と同じ夕食前のひとときだったのか。こんな風にして一日一日が過ぎていく。そして今年も去ってゆく。

 

秋の一日

 今は土曜日の夕方、いつものように書斎の窓から南向きの風景を眺めている。薄暗くなったが、今日は秋らしい良い天気であった。暑くもなく寒くもなく平穏な一日が過ぎようとしている。土日の休日は、仕事のイベントがなければスポーツジムに出かけて、英気を養ってくる。その帰り道、コミュニティ広場があって、そこで幼児たちがトランポリンのようなふわふわした舞台の上を駆けていた。ふわふわしているので走りにくいのだが、それが幼児には面白いらしく端から端まで順番に駆けて行った。

 幼児向けの体操教室のイベントらしく、保護者もいて、我が子の走りを見守っている。体操教室のスタッフは、若い人が5名以上いて、幼児たちを指導している。まだ幼い子供は、ふわふわした舞台に足を取られるのが怖いのか、スタッフの人に手を持ってもらわないと走れない。途中で手を離すと、泣き出しそうになって止まってしまう。その横には母親らしき人がいて、スマホで写真を撮ったり応援したりしている。西日がスポットライトのように当たって、まるで演劇のように見えた。そうか今日は土曜日か、というか三連休の初日なのかとふと思った。秋の優しさとはこのことだろうか。スタッフも母親も、そして幼い子供たちも、暖かい秋の日差しに包まれて、柔らかな日差しの中のひとときを過ごしている。自分もしばらく見とれていた。

 今日は11月1日、もう今年も残り二ヶ月になった。月日が経つのはこんなにも早いのか。そういえば近所の二人のおじいさんが、10月に亡くなった。自分も懇意にさせていただいたのだが、人間の寿命とはこういうものなのか、いずれ自分も往生する日が来るだろう。しかし今、自分はその日のことはイメージもできないし、現実的だとは思えない。だから、毎日その日のことしか考えられない。コミュニティ広場で見た幼児たちの走る姿や、若いスタッフの楽しそうな表情や、母親が嬉しそうにカメラを向けている光景など、静かな平穏な秋のひとときしか頭の中にない。

 もちろん子供たちのことや先々のことを心配しないわけではない。息子や娘たちが高齢者になったとき、果たして年金はどうなっているのだろうか、孫たちは平穏な暮らしができるのだろうか、など思うことはあるが、たまに夕食時に家内と話す程度であって、自分たちの平凡な毎日の生活で手一杯である。老夫婦二人暮らしが長くなると、それがこの上なくありがたく思える。家族といっても、最後はひとりではないだろうか。子供たちや孫たちは当然気になるが、ひとりひとりすべて違うのだから、それぞれがそれぞれの道を進んでいくしかないのだ。往生する時に、これで良かったのだと思えれば最高の幸せである。

 新聞に、「ビルマって何処よと孫が洗う墓」(荒井篤)の句があった。ビルマで戦死されたおじいさんの墓を、作者の孫、つまりおじいさんのひ孫がお参りに来て、洗っている。このひ孫にとっては遠い昔のご先祖様だから、その曾祖父のことを知る由もない。それでよいのだ、このひ孫も毎日が目の前のことで精一杯で、これからも生きていくだろう。そして気がついてみれば、こんなにも早く年月が経っていたのかと、驚くのである。今日のような安らかな秋の一日を過ごせれば、それでよいのだ。家内には家内の、子供たちや孫たちには、それぞれの生き方がある。そしてそれなりに頑張っているようで、それで充分である。自分も同じである。

表裏一体

 今は火曜日の夕方、この季節だと日が暮れるのが早い。南の空に半月のような三日月のような月が、くっきりと見える。今日は快晴であった。朝起きて朝食をいただく頃、庭に朝日が降り注いでいる光景を見て、気持ちまで晴天になる。庭にある小さな菜園で、大根やほうれん草や豆などを植えているが、小さな芽が土から顔を出すと、どこか可愛らしさがあって毎朝見るのを楽しみにしている。SNSなどを読むと、老後は田園風景豊かな土地に居を構えて、ゆったりとのんびりと畑仕事などをして楽しみたいと期待している人がかなりいる。

 そんな夢を叶えるのもいいだろう。SNSの別の記事では、田舎暮らしはそれなりの苦労があって、その地域のしきたりがわからないとか、初めのうちは良かったが、野菜作りなども思ったように上手くいかないとか、車がなければどうにも生活できず、免許返上などしたら陸の孤島になってしまうとか、スーパーまで買い物に行くのに時間がかかるとか、クリニックや病院まで出かけるのは大変なことになるとか、思ってもみなかったような事態が起きて、貯金も減っていくと心細くなると書いてあった。田舎暮らしに憧れる気持ちはわかる。長い間苦労してなんとか役職についたのだから、退職したら自分の好きなことをして優雅に暮らしたいと夢を描くのだろう。今の現実からやっと逃れるという気持ちも分かる。しかしどこにいようと現実は現実である。都会暮らしで企業で働く苦しさとは違う別の苦労が待っている。

 こんなことを書くと、人は一生楽しむことはなく我慢しながら現世を生きるのかと、悲観主義に陥ってしまう。この世の中には、悲観的な人ばかりではなく、楽観的な人、意欲的な人、生きがいを感じている人など、さまざまであろう。お昼のテレビニュースを見ると、日本の新総理は意欲満々で、全力で走っているように見える。今が幸せの絶頂のような姿に見える。しかし世界の誰もが、幸せの山ばかりを走っているわけではなく、不幸の谷も歩いたり、山に向かって這いつくばって登っていくこともあるだろう。そうすると、人は歓喜と悲観を繰り返して一生を過ごすのだろうか。

 ただ自分には、元気な人たちは、うまくいかない時の対応をよく知っていて、それを悲観ではなく楽観的に捉えるのではないだろうか。この内閣の組閣で、自分の知っている国会議員が大臣に指名された。長い間かかって得たポストなのだろうが、彼は大臣という椅子に座ることが本音ではなく、仕事をしたいのだろうと思う。それは一国会議員よりも大臣の方が大きな仕事ができ、世の中に貢献できるからだろう。自分も何回か一緒に仕事をさせてもらったので、そんなふうに感じている。そして選挙という厳しい現実の下で、彼も何回か落選した。しかし自分のやりたい仕事を叶えるために、どうしても国会議員に返り咲きたいという意欲は旺盛で、そこに落選したという悲観の考えはなかった。それが素晴らしい生き方だと感じて、今でも尊敬している。

 だから彼は、財産や地位や名誉などを求めて努力しているのではなく、仕事をしたいために努力をしていると言えるだろう。退職したら楽になりたいという気持ちは、大臣になった彼と考え方が違うように思う。新聞に、退職し自分で決める時間割今日用がある夫のしあわせ(榧守美鶴)の句があった。その通りだろう。退職してから自分の手帳を見れば毎日が真っ白で、現役の頃とずいぶん違うなあと嘆息する人もいるだろう。自分も似たような身分かもしれないが、仕事があるだけでありがたく、手帳が埋まるだけでどこか喜びがある。それは苦労も伴うが幸せなのである。つまり幸せと不幸せを切り分けることはできず、表裏一体ではないのか。日本の新総理も、緊張と喜び、不安と歓喜、苦労と安堵の両方を感じながら、全力で対応しているのではないだろうか。

雨降り

 今は土曜日の夕方、書斎の窓から見る空は灰色一色で、小雨が降っている。今日は朝から一日中雨降りで、天気予報によれば今夜も明日もずっと雨降りである。月曜日から、からりと天気は晴れるようだが、皮肉なもので土日が所沢フェスティバルで、市民が楽しみにしているもう一つのお祭りである。自分も残念ながら、今日も明日もフェスティバルには出かけない。晴れていれば秋空の下で、老若男女が航空公園の広い芝生の上をはしゃいでいただろう。例年、自分も生ビールを飲みながら、唐揚げなどのつまみやお寿司なども食べながら、イベントを楽しんできた。太鼓や笛のパフォーマンス、大道芸人の絶妙な手さばき、婦人会の踊りなども見ながら、秋うららのように心を空っぽにして穏やかなひとときを過ごしてきたが、今年は仕方がない。ネットによれば雨天決行と書いてあるが、出かける気持ちは失せている。この時期は、川越・飯能・秩父と祭りが北上をして催されるが、江戸の昔からの行事だと伝えられている。

 だから今日一日はいつもの通りの生活パターンである。午前中は気になっている分析の仕事をした。自分は気がかりなことや、しなければならないことは、メモ帳に書いて机の前に貼っておくのだが、なかなか守れない。今日はフェスティバルがキャンセルになったせいか、糸に引っ張られるように、気持ちがそこに向かった。2012年に公開された自分の論文なのだが、分析をしないとどうしても研究が完成しないような気がしていた。研究は2011年に実施したので14年も昔のことなので、データファイルを探すのも厄介で、チェックすることもかなりの時間を要するので腰が引けていた。

 この歳になって得するわけでもないのだが、どうしても気になるのだ。研究とはそういうものかもしれない。研究だけでなく仕事も生活も日常の小さな出来事も、他人から見れば些細なことでも、本人には魚の小骨が喉につっかかっているようで、どうしてもなんとかしたくなる。書斎の窓から見る空は、朝から雨が降っている。静かな秋の長雨である。早朝にメールのチェックは終わり、朝刊読みも、朝食も済んで、自分だけの時間がたっぷりある。パソコンに向かって昔のファイルを探し、関連する資料などもアクセスして、全体を把握しようとしている内に時間が経ってしまう。このデータはどういう意味があったのか、もう一度詳細に読み返さなければならないなどと考えて、たちまち時間が経ってしまう。

 時間がなくなってきたので、自分が気になったことを振り返った。そしてそのイメージができた時、天啓のように分析方法に気がついた。それからはあっという間に作業が進んだ。得られたグラフは予想通りだった。というより、お前の考えていることはこれではないのか、というメッセージが聞こえてきた。振り返って思うことは、自分の気がかりなことが何なのか、それが明確になれば方法は見えてくる。それがわからないということは、自分自身のことが見えていないのかもしれない。今日はフェスティバルに行けない代わりに、一つ仕事が片づいた。長い間、頭の片隅にとどまっていた問題を解決したようなものなので、素晴らしい贈り物をもらったような気持ちになった。

 文脈は離れるが新聞に、「起床して日が沈むまで一篇の詩を読むような農家の暮らし」(柏屋敏秋)の句があった。詩を読むようなとは、どんな生活なのだろうか。農家であれば田畑を耕さなければならない。明るい日差しの下でなければ、野良での仕事はできないから、太陽が昇ってから仕事をし、太陽が沈むと仕事が終わる。専業農家で田畑が自宅から離れていれば、弁当を持って出かけ、鳥の声を聞きながら、のどかな食事を楽しんでいるのかもしれない。しかし今日のような雨降りであれば、自宅で藁仕事などの別の仕事をするだろう。この農家の人は、自然のなすがままに生活しているのだろうか。それが詩を読むようだとは、誠に美しく豊かで満足した生き方である。自分もそんな風に暮らしてみたい。