SSHの発表会

昨日のオンライン審査は、素晴らしかった。文科省が主催するSSH(スーパーサイエンスハイスクール)の最終審査で、生徒たちが発表し、生徒たちが質問し、私たちが審査するのであるが、最も言いたいことは、その発表が極めて分かりやすいことである。サイエンスと言っても、物理、化学、生物、地学、数学、情報、工学などがあるので、審査委員も、すべてが専門ではないので、分野が違えば分からないことが普通である。それが、専門外の人にも明確に伝わるように話すので、聴いている方は、なるほど、と納得することが多い。比喩的には、テレビの池上彰さんの解説に似ている。池上さんも相当に勉強しておられるから、何が本質なのか、何が重要なのか、を解説されるので、人気があるのだ。同じような印象を持った。その研究の本質をよく知っているだ。高校生なので、同級生にも話すことも多いだろうし、専門以外の発表も聞くこともあるだろうし、先生から指導されたこともあるだろうが、本質を知っていることは、すごいことなのだ。それは、言葉がやさしい、などの表面的なことではなく、理解の深さと言ってもよいだろう。また、質問がすごい。質問する高校生も、何が本質か、何がポイントかをよく知っているので、そうか、そのような観点があったのか、と膝を叩くような質問なのである。オンラインということもあって、審査委員は質問できないルールだが、それが良い。審査委員は、確かにそれぞれの分野の専門家だとは思うが、このSSHの発表会にはふさわしくない。審査の目で質問するからで、高校生のように、純粋に分からないことを質問する視点ではないからである。外は猛暑で、エアコンの効いた書斎で、高校生のトップレベルの研究発表を聴けるのは、なんと贅沢なのだろう。ここにも、高校生の青春がある。青春をかけた発表には、感動がある。聴く人の胸に響いてくるものがいっぱいあって、オンラインでは届かない拍手を何度も送った。

秋の気配

今日も、朝から夕方までオンラインで1日が終わった。明日は、もっとオンライン漬けで、朝8時から夕方までオンライン審査である。明日の朝はブログを書く時間がないので、今、夕食前の時間に書いている。今日も忙しかった、というより、脳が疲れた。先のブログでも書いたが、オンラインには遊びがなく、準備運動も整理体操もなく、いきなり全力疾走のような仕事の仕方なので、頭の芯が疲れるのだ。もちろん、参加するだけなら疲れはしないが、会議を仕切るとなると、神経を使うので、アドレナリンかドーパミンか知らないが、訳のわからない脳内物質が分泌されているようで、ただ疲れる。そのような時には、体を動かすに限るのは、誰でも知っている処方箋である。自分は、少しの時間だがジョギングをするが、帰宅すると、汗びっしょりになって、身も心も軽くなる。そして途中でいろいろな変化に気づく。今日は、初めてツクツクボウシの声を聴いた。ようやく小さな秋を連れてきたようで、優しい気持ちになる。昨夜は、コオロギの声を聴いた。少しずつ季節が移っているのだ。いきなり夏から冬へ、いきなり雨季から乾季へ、という季節は、日本人には馴染まない。少しずつというアナログ文化であり、着物の柄も、日本画も、墨で書く文字も、琴の音色も、すべて墨絵のように、淡くぼけている。いきなりyesかnoかと言われても、いきなり都市封鎖(ロックダウン)と言われても、デジタル文化ではないのだから、生ぬるいと言われても、自粛とか要請とか、忖度の物差しで事を運ぶのである。少しずつだから、日本人は、先のブログで書いたように、自然と調和しながら生きてきたが、ここ数年の異常な暑さでは、調和ではなく、毅然と対応するしかない。しかし、ようやく涼しさが空気に交じってきて、人の心も穏やかになってくる。少しづつ、秋の気配がしてきた。

研究発表

昨日も、オンラインで一日暮れた。午前は、初めての経験だが、科学系の学会の年次大会がオンラインで実施されて、講演を聴いた。およそ研究発表の定番は、研究仮説を立て、デザインして実験か実践をして、得られた結果と課題を述べるストーリであるが、もちろんこのスタイルに誤りはなく、それを外れると基礎を知らない、と指摘される。その基礎を習得した上で、新しい方法やデザインを工夫するところに面白さがあるが、その講演は、その通りだった。何か調査をすると、この場合は、科学技術や子供向けのの理科実験であったが、その調査や実験に参加する大人や子供は、元々興味関心があるのだから、得られた結果が仮説通りになるのは当たり前ではないか、むしろ大多数の人は、科学嫌い、理科嫌い、技術嫌いなので、その人たちを対象にした研究でないと、土台が間違えているのだから、結果を一般化することができない、という発想から出発している。面白い。誰でも感じているが、それを真正面から取り組むには、勇気が要る。ips細胞を知っていますか、AIって知っていますか、と聞くと、プイとそっぽを向いて嫌がる大人を相手にして、どのように研究を進めるのか、と問われると、その通りだと納得する。それは研究になるのか、論文になるのか、大学に籍を置くものなら、誰でも頭をかすめるので、果たして成果は出るのか、時間の浪費にならないのか、と不安になるのは当然で、先に述べた定番のストーリで研究を行うことが多いのである。だから、この研究は素晴らしい。この先生を動かしているのは、業績ではなく、使命感ではないか、と思った。学校の教員は、できない子供が楽しく勉強するには、官僚や政治家は、多くの国民がより良い生活をするには、もちろん医者は苦しんでいる患者の病気を治すには、と知恵を絞り努力をするのだから、使命感によって動いている。知識や技能の前に、使命感がある。そして使命感がある人は、前を向く。

訃報

一昨日、知人から電話があった。私の友人であり先輩である方の訃報であった。80歳手前の年とは言え、今日では70歳代では早すぎる。年に1回くらいでしかないが、数か月前に本人から電話があった。至って元気の様子で、コロナ禍が終息したら会おう、と言ったが、それきりになった。そうか、もう君はいないのか、の城山三郎の本を思い出す。人の命は儚い。いろいろな事情があったようで、連絡がすぐにはできないという知人の伝言であった。9月にお墓参りに行くと約束をしたが、彼との出会いを思い出す。自分が初めて就職したのは、高校の教師だった。新設された進学校で、運動場の前が、美しい見晴らしの良い海水浴ができるような砂浜だった。大学院出立ての24歳だった自分は、若かった。彼がクラス担任で私が副担任という関係で、ずっと仲が良かった。たぶん、ウマが合ったのだろう、北海道の自動車旅行や、何かにつけて一緒だった。その高校を離れての人生は違ったが、苦労も多かったようで、生涯独身で過ごしたが、決して愚痴はこぼさなかった。昭和の男だったのだろう、俺が責任を持つ、という気概があって、自分はそこに共鳴した。この暑さの中で、ミンミン蝉が朝からまるで声もかれよとばかり、大声で鳴いている。限りある生きている時間を惜しむかのように、精一杯鳴いている。あれは、何かを訴えているのか、何か言いたいことがあるのか、と思うが、蝉の抜け殻を見ると、すべて出し切って、生を全うしたように見える。たぶん、彼も苦労も多かったと思うが、悔いはなかったのではないか、と思いたい。自分も、命ある限り、論文を読み、原稿を書き、人と話をし、出版もして、生きて生きて生き抜きたい。先輩であり友人である彼のご冥福を祈る。合掌。

異常な暑さ

今日は8月25日である。8月も残り少なくなってきて、平凡ながら月日の経つのは、矢のごとしである。朝食後に5分程度の小さな散歩をするのが、日課になっている。正しくは、自宅すぐ近くの小川の傍にある、弘法大師を祭っているお社に参拝して帰ってくるのだが、ついでに橋から小川の魚なども眺める。魚のことはよく知らないので、家内に聞くと、ハヤだという。背びれや腹部が赤色になっていて、素早く動く。その周りを、たぶん夏のトンボだと思うが、よく飛んでいる。空は、まだまだ入道雲かワタ雲のようなもくもくとした夏の雲が、居座っている。ミンミンゼミが鳴いているから、まだまだ夏の盛りなのである。今年も異常な気温が続いているが、自然も昔を忘れてしまったようで、コロナ禍と夏の暑さで、人に挑戦しているようで、どうも勝ち目はなさそうである。日本人は、いかに自然に調和するか、という思想や文化を持っているが、このような異常な場合には、どう調和すればいいのだろうか、あるいは、調和ではなく、どう挑戦するのだろうか、中間をとって、どう対応すればいいのだろうか。高齢者が熱中症で死亡している、それも室内がほとんどだと報道していることを考えると、どうもその対応ができていないようだ。屋外ならば、高温にさらされて熱中症で死に至った、と納得できるが、室内だと、エアコンを作動しなかったか、皮膚感覚が鈍っていたか、分からない。季節は夏の終わりだが、自然はまだ人を許していないようだ。調和という馴染んだ処方を超えて、対応する心構えと行動が求められている。

哲学

昨日は23日で日曜日だが、自宅勤務の現在では、気持ちは別として、平日と変わらない。午前中は、自分の時間として大切にしているが、締め切りのある仕事もこの時間にする。午後は、オンラインでの会議や打ち合わせなどがあって、自由にならないことが多いからである。先にブログでも書いたが、台湾から日本の大学院への留学生の審査があって、その数も多いので、少しずつ論文を読んでいるが、なにしろ理工系という大きなくくりなので、幅が広い。昨日は、建築分野で、ハイデガーの哲学を背景にした建築デザインのテーマであったが、学部教養科目の哲学の授業以来、勉強したことがない。どうも、読んでいると、建築とは、自然環境、人間、建築という人工物の関係性を、いかにデザインするか、人間にとって機能的であると同時に、環境にとっても良い関係性を保つ、というような趣旨のようだが、哲学は言葉そのものが難しく、人間のことを現存在とハイデガーは呼んでいるので、その背景の文献を読まなければならない。何故、現という文字が付いているのか、など考えていると、脳は別の世界に飛んでいくようで、すぐに時間が経ってしまう。ハイデガーは、存在とは何かの考察で有名であるが、この難解哲学の代名詞のような存在論とか、孤独とか、にはまっていた頭の良い友達を思いだした。学部では一般教養科目で哲学を履修するので、今の学生は、パン教と呼んで軽く見ているが、深い学問であることは、誰でも知っている。審査のおかげで、学生時代に戻ったような気がして、頭がリフレッシュした。有難い。

雑用

手帳を見ると、その日の仕事が時刻にしたがって記入されているが、もう永い年月使っているので、慣れている。予定を書き入れるが、今年は言うまでもなく、キャンセルが多い。自分の手帳には、今年はほとんどがオンラインなので、zoomとかwebexとかmeetなども追記している。コロナ禍以前では対面なので、その場所に出かけるので、会議に参加した、話をした、講義をした、打ち合わせした、説得をした、などの仕事の実感がある。オンラインでは、参加した意識はあるが、そこに出かける必要もないし、帰宅する必要もないので、その時間だけに参加すれば良いので、その前後や周辺の雑用的な時間がないので、効率的である。つまり、ストレートであって無駄がない。しかし、これが仕事の充実につながるのかどうか、分からない。周辺の無駄と思える時間も、それは準備体操であったり、整理運動であったり、必要な活動なのかもしれない。大学にいるときは、研究や学生指導が中心で、他の仕事、例えば、大学の会議、学会の仕事、対外的な活動、省庁などの委員会、原稿依頼、講演依頼、メディア対応、授業、などは、雑用と呼んでいた。というより、大学では、そう呼ばれていた。しかし、現実は、研究が充実している研究室の教員は、その雑用が多い。むしろ、ほとんどであり、例外は少ない。ということは、雑用、つまり、その周辺の活動そのものにも、意味がある、ということになる。これが、オンラインでの活動に適用できる考えなのかどうか、分からない。どうも違うような気もする。今度、考察しよう。

8月という季節

昨日8月21日は、この地域の小さな祭日だったが、今年はテント張りだけで、山車もお囃子も盆踊りも無かった。全国でも同じような状況だろう。朝食が終わると小さな散歩に出かける、と言っても、1分歩くと、小川があって、その横に弘法大師の小さなお社があって、その横にスーパーマーケットがあって、などと書けば、なんとなく様子が分かるだろう。お社の前が、スーパーの駐輪場になっていて、例年はそこに山車を出して盆踊りをするのだが、今年はできない。その代わり、子供たちが登校する光景を見た。小学生も中学性も歩いていたから、学校便りを見たら、18日から2学期が始まったと書いてある。例年と違うのだ。まだまだ猛暑である。例年なら8月は教員研修の真っ盛りで、お盆を除いて、全国を駆け巡っていたように思う。大阪のインテックスが会場のイベントは、テレビ大阪と私の所属していた団体の合同主催だったが、2日間で約9000名の来場者があった。大阪の湾岸の中ふ頭駅を降りて、会場に行くまでの道は、大きな木で囲まれていて、クマゼミの鳴き声がすごく、木々を揺さぶっているような、荒々しい歓迎ぶりであった。国際会議場でのシンポジウムの司会をしていたが、その会場から大阪南港が良く見えて、大きな船の行き交う光景が真っ青な空と入道雲が一緒になって、脳裏に焼き付いている。今年は、このイベントは8月ではなく10月に延期したという。確かに、今年は、例年とすべて違うのだ。わかっていながら、どこかこれまでずっと大切にしてきたものを置き忘れたような気持がして、心の中に小さな空洞がある。それでも、子供たちは、何事もなかったかのように、登校している。そうか、子供たちは、未来を見ているのか、自分のように過去と比べてはいなのか、頑張れ。

トラブル

昨日20日の朝、洗面所で顔を洗ってタオルを出すとき、その引き出しが壊れた。数日前から調子が悪かったが、引っ張たらばらばらになってしまった。朝の貴重な時間に、と思いながら、ドライバーを持ってきて、図形のパズルのような組み合わせの修理をして、いらいらと汗だくだくだったが、きれいに元通りになった。午後1時からオンライン会議があった。途中で突然にインターネットが切れた。2台のパソコンで1台は双方向で顔を見ながら、横の1台は資料提示用に使っていたが、両方とも作動しない。すぐに、1階に設置してあるルータに行って、電源を入れ直した。事務局は、何度も自分のスマホに電話をかけたらしいが、復旧に気を取られて気づかなかった。しかし、すぐにつながって、会議を継続できた。午後3時半からオンラインセミナーがあって、1時間話さなければならないので、その15分くらい前に接続して主催者側とテストをした。資料の1つはパワーポイント、他方はブラーザからのWebサイトで、URLでリンクして行き来する予定だったが、どうしてもうまく画面共有できない。時間が迫って、もう参加者が入ってきて、画面が見えるのでテストを終了して、スマホの電話で別の方法を打ち合わせをした。Webexでzoomではなかったので慣れておらず、焦った。本番は、きわめてスムーズで、参加者が大勢で質疑応答もできたので、主催側に大いに感謝された。昨日は、不思議なほどトラブル続きで、しかし結果は何も問題なく成功している。終わり良ければすべて良し、の例え通り、はらはらどきどきしながら、最後はわくわくする、のが、世の常なのだろう。夕餉に飲んだキンキンに冷えたビールの味は、言うまでもなく極上であった。

応援歌

昨日19日は予定通り、電車の中で文庫本が読めた。と言っても電車の中だけだから、往復でも時間は知れている。が、それでも面白い。古関裕而自叙伝だが、彼の最初のヒットは、早稲田大学の応援歌だが、作曲の大家がすでに作った作品もあったが、応援部は無名の古関に強いてお願いして作ってもらった。それが、今でも歌われる名曲だった。ネットで聞いてみると、さすがに素晴らしい曲で、皆が肩を組んで歌いたくなるような、誘い込むような曲である。早慶戦などで歌われて、世に広まった。先のブログでも書いたが、研究でも面白い研究とそうでない研究に分かれる。面白い研究は、いつまでも読んだ人の心に宿る。応援歌でも流行歌でも同じだろう。聞いた人や歌った人の心に、旋律が生きている。それが何かの時に、気分が良いとき、嬉しいとき、逆に落ち込んだとき、悲しいときにも、口から飛びだしてくる。研究でも歌でも、人に思い出してもらえるような作品になれば、作者とすれば本望だろう。ところで、応援歌とは、さすが早稲田大学であるが、高校の関東地区の同窓会の通知が来たが、今年はオンラインで総会だけという。同窓会などは、イベントがあるから参加する気持ちになるが、形式だけの総会ならば、無味乾燥で参加する気も出ない。イベントで必ず出るのが、応援歌であり、応援部員だった誰かが、昔ながらの形で場を仕切る。そのフォームは、高校時代を彷彿とさせ、口から歌が出てきて、蛮声を張り上げる。高齢者になって、若い頃の自分に戻りたいのかもしれないし、今と過去を比べて、感慨にふける時間なのかもしれない。考えてみると、応援歌は、流行歌とも違うし、研究とも違うし、何か独特の雰囲気を持っている。それは、心に刻まれた、高校時代の、楽しかったこと、夢中になったこと、もがいたこと、悩んだこと、を振り返り、若かった自分に、愛おしさを感じるからからもしれない。