8月という季節

昨日8月21日は、この地域の小さな祭日だったが、今年はテント張りだけで、山車もお囃子も盆踊りも無かった。全国でも同じような状況だろう。朝食が終わると小さな散歩に出かける、と言っても、1分歩くと、小川があって、その横に弘法大師の小さなお社があって、その横にスーパーマーケットがあって、などと書けば、なんとなく様子が分かるだろう。お社の前が、スーパーの駐輪場になっていて、例年はそこに山車を出して盆踊りをするのだが、今年はできない。その代わり、子供たちが登校する光景を見た。小学生も中学性も歩いていたから、学校便りを見たら、18日から2学期が始まったと書いてある。例年と違うのだ。まだまだ猛暑である。例年なら8月は教員研修の真っ盛りで、お盆を除いて、全国を駆け巡っていたように思う。大阪のインテックスが会場のイベントは、テレビ大阪と私の所属していた団体の合同主催だったが、2日間で約9000名の来場者があった。大阪の湾岸の中ふ頭駅を降りて、会場に行くまでの道は、大きな木で囲まれていて、クマゼミの鳴き声がすごく、木々を揺さぶっているような、荒々しい歓迎ぶりであった。国際会議場でのシンポジウムの司会をしていたが、その会場から大阪南港が良く見えて、大きな船の行き交う光景が真っ青な空と入道雲が一緒になって、脳裏に焼き付いている。今年は、このイベントは8月ではなく10月に延期したという。確かに、今年は、例年とすべて違うのだ。わかっていながら、どこかこれまでずっと大切にしてきたものを置き忘れたような気持がして、心の中に小さな空洞がある。それでも、子供たちは、何事もなかったかのように、登校している。そうか、子供たちは、未来を見ているのか、自分のように過去と比べてはいなのか、頑張れ。

トラブル

昨日20日の朝、洗面所で顔を洗ってタオルを出すとき、その引き出しが壊れた。数日前から調子が悪かったが、引っ張たらばらばらになってしまった。朝の貴重な時間に、と思いながら、ドライバーを持ってきて、図形のパズルのような組み合わせの修理をして、いらいらと汗だくだくだったが、きれいに元通りになった。午後1時からオンライン会議があった。途中で突然にインターネットが切れた。2台のパソコンで1台は双方向で顔を見ながら、横の1台は資料提示用に使っていたが、両方とも作動しない。すぐに、1階に設置してあるルータに行って、電源を入れ直した。事務局は、何度も自分のスマホに電話をかけたらしいが、復旧に気を取られて気づかなかった。しかし、すぐにつながって、会議を継続できた。午後3時半からオンラインセミナーがあって、1時間話さなければならないので、その15分くらい前に接続して主催者側とテストをした。資料の1つはパワーポイント、他方はブラーザからのWebサイトで、URLでリンクして行き来する予定だったが、どうしてもうまく画面共有できない。時間が迫って、もう参加者が入ってきて、画面が見えるのでテストを終了して、スマホの電話で別の方法を打ち合わせをした。Webexでzoomではなかったので慣れておらず、焦った。本番は、きわめてスムーズで、参加者が大勢で質疑応答もできたので、主催側に大いに感謝された。昨日は、不思議なほどトラブル続きで、しかし結果は何も問題なく成功している。終わり良ければすべて良し、の例え通り、はらはらどきどきしながら、最後はわくわくする、のが、世の常なのだろう。夕餉に飲んだキンキンに冷えたビールの味は、言うまでもなく極上であった。

応援歌

昨日19日は予定通り、電車の中で文庫本が読めた。と言っても電車の中だけだから、往復でも時間は知れている。が、それでも面白い。古関裕而自叙伝だが、彼の最初のヒットは、早稲田大学の応援歌だが、作曲の大家がすでに作った作品もあったが、応援部は無名の古関に強いてお願いして作ってもらった。それが、今でも歌われる名曲だった。ネットで聞いてみると、さすがに素晴らしい曲で、皆が肩を組んで歌いたくなるような、誘い込むような曲である。早慶戦などで歌われて、世に広まった。先のブログでも書いたが、研究でも面白い研究とそうでない研究に分かれる。面白い研究は、いつまでも読んだ人の心に宿る。応援歌でも流行歌でも同じだろう。聞いた人や歌った人の心に、旋律が生きている。それが何かの時に、気分が良いとき、嬉しいとき、逆に落ち込んだとき、悲しいときにも、口から飛びだしてくる。研究でも歌でも、人に思い出してもらえるような作品になれば、作者とすれば本望だろう。ところで、応援歌とは、さすが早稲田大学であるが、高校の関東地区の同窓会の通知が来たが、今年はオンラインで総会だけという。同窓会などは、イベントがあるから参加する気持ちになるが、形式だけの総会ならば、無味乾燥で参加する気も出ない。イベントで必ず出るのが、応援歌であり、応援部員だった誰かが、昔ながらの形で場を仕切る。そのフォームは、高校時代を彷彿とさせ、口から歌が出てきて、蛮声を張り上げる。高齢者になって、若い頃の自分に戻りたいのかもしれないし、今と過去を比べて、感慨にふける時間なのかもしれない。考えてみると、応援歌は、流行歌とも違うし、研究とも違うし、何か独特の雰囲気を持っている。それは、心に刻まれた、高校時代の、楽しかったこと、夢中になったこと、もがいたこと、悩んだこと、を振り返り、若かった自分に、愛おしさを感じるからからもしれない。

研究の面白さ

昨日8月18日も忙しかった。自宅勤務であっても、お盆を過ぎると日常にもどるせいか、忙しくなる。理由はある。SSHの発表会に関する仕事と論文審査のためだった。論文と言っても、海外の論文誌なので30ページを超える英語論文で、読むのに時間がかかり、締め切りが近いので、どうしても昨日しか時間がとれない。しかし、どこかおかしい、と思ったのは、それほど時間をかけて読んだ割には、心に響かないのだ。平凡に言えば、面白くない論文だった。自分の英語力や知識量の差もあるが、なにしろ海外の研究者の論文は、参考文献の量は凄いので、相当に勉強して先行研究に目を通していることは確かなのだが、それでも面白くないものは面白くない。どうコメントを書くか、時間をかけたので、明日に伸ばすのは効率が悪く、もっとわかりやすく明確に記述してほしい、という査読コメントを、いくつか書いてWeb投稿した。しかし、SSHの高校生の研究は、素晴らしかった、と同時に、面白かった。同じ査読であり、同じ審査であっても、他人に伝える力は、天と地ほどの差がある。SSHの研究で優れたものは、いつまでも脳に残っていて、子供が秘密の宝物を持っていて、他人に嬉しそうにそっと言う、心境に似ている。だから、研究は面白さが最も重要で、引用文献の数や研究者の所属や地位など、まったく関係ないのだ。研究の素晴らしさは、すべての面で平等だということにある。昨日は、その違いをはっきりと勉強させてもらった。

不協和音

昨日8月17日は、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)の審査で一日中忙しかった。忙しいことは、脳を活性化すると同時に、体全体を前に進める体制にするようだ。高校生は若く青春の中にいるから、野球の甲子園と同じように、そこにすべてをかける。その波動が、私たちに伝わってくる。野球にかけるのもよし、SSHのように研究にかけるもよし、そのエネルギーは、池に投げた石の波紋が周りに伝わると同じように、私たちの脳に入ってきて、ある場合は共鳴し、ある場合は不協和音を出して、そこに議論が生まれる。時に不協和音が、飛躍する引き金になることもある。音楽でも、常に同じ調子ではなく、どこかで違和感のある音色によって、別の展開になることがあるだろう。研究でも、同じような気がする。そんな一日を過ごし、他の仕事は脇においてきた。昨日のブログでも書いたように、読みたい本を読む時間もなかったが、どうも今日も無理のようだ。時間は不思議で、手帳を見ている時は、十分できると思っても、実際にはできなくなることが多い。たぶん、先のことは自分の都合の良いように想定するからだろうが、実際にはいろいろな仕事が入ってきたり、手間取どったり、別のことを思いついたり、つまり不協和音のような、雑音のような音が飛び込んでくるのである。雑音という言葉は適切ではなく、その音は、先に書いたように飛躍の展開になることもあるので、どうなるのかわからないのである。それで、いいのだ。常に、いろいろな音が飛び込んできて、それに懸命に対応している内に、なんとか作曲できているような気がする。たぶん、明日19日は久しぶりに都心に電車で行く用事があるので、電車の中で読書するだろう、と、予定はしてみる。

読書

明日は17日月曜日だが、朝8時半からオンラインで、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)の審査日である。朝早いので、このブログを書く時間がないので、今日16日の夕方に書いておく。推敲時間を入れると30分くらいかかるので、明日の朝の時間は、メールの確認時間などが必須なので、8時半はかなり厳しい。今日16日は、日曜日であっても普段と変わらない。午前は資料資料作りや原稿書きなど、午後は買い物があれば車で出かけ、土日はスポーツジムへ出かけるが、今日8月16日は特別な日で、お盆の終わりなので、送り火を焚く。ただ、家内の買い物に付き合った時、隣に本屋があったのでのぞいたら、古関裕而自叙伝の本と渋沢栄一の文庫本があったので、買った。買ったのはいいが、すぐ読みたくなるので、帰宅して、居間で寝転んで読んでいたら、ますます面白くなる。スポーツジムに行けなければいけないし、仕方なく行って、2時間半後に戻ってきて、お風呂に入って、続きを読もうかと思ったら、ブログを書いておくことを思い出し、書いていたら、家内が送り火を焚くので手伝えと言われ、送り火が終わったら、今、ブログの続きを書いているので、いつ本を読めるのだろうかと、思った。本人が書く自叙伝と、朝ドラでは、かなり違う。ストーリではなく、印象が大きく異なる。朝ドラは、演出家の作品であって、史実ではないことが、よく分かる。そんなことを思いながら、早く、このブログを書き終えて、少しでも読んでおきたいと思ったら、夕食の時間になってしまった。早く食卓に来て、という家内の声がした。人生とは、このようなものだろう。仕方がない、読書は明日に延ばそう。別に、不都合ではない。

8月15日

健康維持のために、土日はスポーツジムに通っている。暑い日中に涼しいジムに行って汗を流すと、身も心も軽くなる。ランニングマシーンで軽いジョギングをする時、数メートル離れたテレビを見ることがある。音声はすべて字幕になっているので、ユニバーサルデザインの考えが生かされているのだろう。8月15日なので、沖縄、広島、長崎の人々の辛苦の報道だったが、いつもは心が痛むので目をそらしていたが、マシーンの上では見るしかない。長崎で爆心地から300メートルしか離れていなかったが、防空壕の中にいて奇跡的に助かった女性の証言に、ハッとさせられた。彼女は、戦後に近所の人々の差別が、最もつらかった、だから原爆のことは一切口にしない、と証言した。それほど、日本人は差別をするのか、奇跡的に助かったのなら、良かった、と共に喜ぶのが、日本人ではなかったのか、日本人はそのような卑劣な人種なのかと憮然とした。しかし、コロナ禍の第二波が収まらない現状で、多くの知事は、わが県に来ないでくれ、とテレビで言っている。何を寝言のようなことを言っているのか、地方に行けば、駅前通りでも人影はまばらで、これでも県庁所在地か、と目を疑ったことがある。地方は、もはや人が集まらず、人口減少の一途を辿り、死にかけている。若い人が移住してくれれば、土地も無料にします、と叫んだキャンペーンは、どこに行ったのか、人が集まること、それは人気があること、人気があれば活性化すること、それは人と共に生きることであり、人を排除することではない。コロナ感染よりも、熱中症に注意したほうが、よほど死者数は減るだろう。それは、自分だけの県、自分だけの地域、自分だけの村、が良ければ、他はどうでもよい、という差別でしかない。学校でのいじめが無くならないはずである。トランプのアメリカファーストを批判できない。まして、中国や韓国の反日教育に至っては、相手を憎め、と子供に教えているのだから、どんな大人に育つのだろうか。その予測は、日本の戦前の反米教育、ドイツの反ユダヤ教育の結末は何だったのかという、歴史から学べるはずである。そんなことを思いながら、運動していたら、マシーンの時間が終わった。確かに昨日は、終戦記念日であった。いつまでも、思いやりがあり、人を受け入れ、人と共に喜べる、日本人でありたい。少なくとも、子供たちには、そう伝えたい。

外食

コロナ禍の関係で在宅勤務になり、このため家庭での食事が多くなり、昼食も外で食べることはほとんどなくなった。家庭では経済的であるが、社会の経済活動は停滞する。お金が流通しないから、という当然の帰結である。江戸の時代も、何回も倹約令が出され、その時に使われた奢侈(しゃし)という言葉も、中学生の頃、社会科の教科書で知った。自分が育った頃は、日本全体が貧乏だったから、真っ白なご飯は、輝くようなご馳走だった。そして、幸せを感じるくらい美味しかった。だから、自分たちの世代には、もったいない、という言葉が染みついている。確かに、今の世の中は、モノを無駄にしてしまっている。これでは、地球の資源が枯渇するかもしれない、という危惧がある。一方、人間には、こうしたい、とか、こうなりたい、という欲望がある。良い意味でも悪い意味でも、ある。その欲望が、技術を生み出して、車も、テレビも、コンピュータも発明されて、この世の中を動かしている。考えてみれば、倹約、もったいない、我慢、という精神と、もっと楽に、もっと豊かに、もっと満足したい、という精神は、どちらも大切である。問題は、その精神を、どのように実現するのか、家庭の経済を無視して、ぜいたくをすれば、それは不幸な結果を招き、もっと良い仕事をしたいので、コンピュータを購入する、となれば、より豊かな生活になるだろう。今のコロナ禍における、自粛要請と経済活動は、そのジレンマの中でもがいているように見えるが、どこか基本を押さえていないような気がする。江戸時代の倹約令は、一時は成功したかに見えて、ほとんどが大失敗している。被害を被るのは、すべて庶民であった。家内と話し合って、金曜日の夕食だけは、外食をすることにしている。金曜日の昨日は、市内のスパゲッティ屋さんで、食べたかった渡り蟹のスパゲティを食べた。庶民のささやかなぜいたくであるが、世の中の経済活動には、少しだけ貢献しているだろう。

迎え火

今日から、少し忙しい。SSH(スーパーサイエンスハイスクール)の生徒研究発表会の発表資料を、このお盆の時期に読まなければならないからだ。しかし、気持ちはmustではなくenjoyであり、今から楽しみでワクワクする。17日の月曜日に発表会がある。今年はオンラインだが、例年は神戸市の国際展示場で開催される。5,000名近くの高校生が会場を埋めると壮観で、知の甲子園とか科学甲子園と呼ばれる。毎年、それが楽しみで、ポスター会場で生徒に質問しながら審査をするが、トップレベルの研究は、大人の研究者並みなので、学会の論文誌に掲載されたり、受賞したり、大学に推薦入学したり、多士済々なのである。そのポスターの前での質疑応答も素晴らしく、高校生達が自由に発言する。各分野での代表を決め、その中から文部科学大臣賞などを決めるが、このレベルになると、専門外の分野であっても、その凄さが伝わってきて、毎年感動する。甲子園で優勝する瞬間と同じで、生徒たちも指導教員もすべてが全力で頑張ってきた足跡に、外野の人間であっても、触れて、その黄金のような輝きに魅了される。美しいとしか表現できない。夏はイベントが多く、楽しいことが多い。今年は、コロナ禍の関係で、お盆に子供たちが来れないので、zoomのオンライン会合で近況報告をすることになっていたが、昨日LINEで家族旅行に出かけることになったと、知らせが届いた。孫たちの嬉しそうな顔が、目に浮かぶ。家族で、大いに遊ぶとよい、美しい自然に触れるとよい、プールで泳ぐとよい、美味しい食事をするとよい、満ち足りた体験のすべてが楽しい思い出になるだろう。昨日は8月13日で、夕方に玄関で迎え火を焚いた。老夫婦2人の亡くなった両親4人とご先祖が、我が家を見失わないように、天から霊が安心して降りてこれるように、オガラを燃やした。西の空は、絵に描いたような美しい夕焼けだった。SSHの審査、子供たちの家族旅行、お盆の迎え火、すべて良い、すべて心配ない、ただ有難い。

論文を読む

日本は台湾と正式な国交はないので、台湾にも日本にも大使館はない。その代わりに交流協会という外務省の外郭団体があって、大使館の代理的な業務を行っているが、その中の1つが、留学生の受け入れである。海外留学生受け入れ30万人計画に基づいて、奨学金による留学生の生活支援をしているが、国の税金を使うので、優れた人材を選抜しなければならない。将来、台湾と日本の橋渡しができるような人材が育てば、両国にとって国益になる。交流協会は、東京と台北市にあるが、外務省職員が出向している。例年なら、その審査である面接のために、9月に台北市に出張するが、今年はコロナ禍のためにオンラインになる。面接審査はよいが、その前に書類審査をしなければならない。書類といっても、審査員は、内容の審査なので、留学生の研究計画と論文を読まなければならない。日本の有名大学の大学院の修士と博士課程の希望者なので、卒業論文か修士論文か学会誌の論文、そして研究計画であるが、専門分野が少しでも違うと、きわめて難しい。分野は、社会学系、人文系、理工系、医学薬学系に分かれていて、自分は、理工系に所属している。一口に理工系と言っても、群論のような数学、宇宙論、有機化学、通信工学、AIや地震学まで、きわめて幅広いので、すぐに想像できるように、相当に勉強しなければ、とても理解できないし、質問もできない。その上、かなりの割合で英語論文で提出するので、英語で質疑応答する。その場合は、関連文献を英文で読んで、英語の専門用語も勉強する必要がある。ある年に、忙しくてどうしても時間がなく、次年度からこの審査を辞退しようと思って、もう一人の若い現役教授と話したら、自分と同じように、きわめて難しいと答えた。有名大学の理工系の現役教授でも同じなのだ、まして自分のような高齢の退官した人間なら、分からなくて当然と開き直って、今日に至っている。毎日少しずつ論文を読むことにしたが、昨日は、ハイエントロピーの合金に関する材料工学の研究で、エントロピーは物理概念だから知っているが、なぜ合金、それも記憶合金に使われるのか、読んでいると、そして関連論文をネットで調べていると、面白くなってくる。材料系では、最近流行っているらしい。どの分野でも研究は止むことがない。外は猛暑、書斎の中はエアコンで快適、その中で先端研究に触れること、こんなにも有難く、ぜいたくなことはない、と幸せな気持ちになった。