昨日は、1日中オンライン研究会というか、打ち合わせだった。人の意見や考えを聞くと気づくことが多い。昨日のブログでも書いたが、気付くことは凄いことで、他人から英知をもらって自分のものにすることと同じで、価値というお金を無料でもらったようなものだが、一方でもらいたくない、というこれまでの自分の考えに支配されることもある、というより、その方が多い。高齢者になるとこれまでの経験が蓄積されているので、その経験が益になることもあれば、邪魔になることもある。昨日は、自分は別の見方を知って有益だった。昨日、心理実験の例を出したが、アヒルに見えるかウサギに見えるかの絵柄、若い娘に見えるか老婆に見えるかの絵柄、などが有名であるが、考えると、この結果は人の見方や考え方に示唆を与えてくれる。ほんの些細なことで、自分はどうしてダメなのだろう、と高齢者になっても思うことがある。しかし、別の見方からすれば、そんな小さいことで何を心配しているのだ、という声も聞こえてくる。よく家内から、反省病だ、と言われる。いつも、反省ばかりいるからかもしれないが、周囲からみると、何が問題なのかわからない、と思うらしい。確かに、よく考えると、何も不安はなく、何も問題はない、ことが多い。つまり、不安や反省などは、自分が、正しくは自分の脳が、そう思い込んでいるに過ぎない。心理実験のように、若い娘に見えるか老婆に見えるか、できれば明るい方を選びたい。そう思うと、生きているだけで有難く、口笛を吹きたくなる。
