昨日は木曜日で、忙しい1日だった。夜遅く帰宅した。都内ではなく、市内で委員会があって遅くなったのだが、コロナ禍以前はこのような毎日だったが、今となっては珍しい。ただ、仕事の内容上、このブログで書くことはできないので、さて、と頭をひねるが、忙しかったせいか、何も浮かんでこない。ただ考えなければならないことは、山積している。この前のブログで書いた、メンタルモデルを思いだす。昨日の議論も、結局のところ、それぞれが持っているメンタルモデルが違うので、その葛藤でもがいているような気がするが、何かデジタル技術で、自分の持っているモデル、文化や価値観を変えられないものか、と思うことがある。昨日の午前中、自分の過去の出版本の改定の宿題があって、やっていて思ったことは、ICTで学習が効率化する、分かりやすい、繰り返す、写真や映像などが見られる、すぐに確認できる、など当たり前のことが、世の中では言われているが、だからICTを学校で使おう、と言うのは、どうも大人げないような気がする。誰でも分かることで、それを閣議決定する、ほどの重大な施策なのか、と書くと、かなりの反論と反発があるだろう。先に書いたように、今の課題は何か、何が問題なのか、その本質は何か、それがICTできれいに目の前のうろこが取れたようだ、というようなカタストロフィクな変化が起きれば、誰も飛びつくだろう、が、そこに至っていないので、まあまあ、という程度なので、学校は冷えている状態が続いているのではないか、と思うことがある。愚痴を言ったり、批判しているのではない。そこを、研究したり実践を分析しようと思っている。何か、新しい知見が生まれるかもしれない。まだ探求する価値はあるようだ。
今が一番良い
昨日は水曜日、午前中は所沢の教育センターで仕事があった。午後はオンラインの会議があって、その後は、いろいろな仕事や用事で、1日が暮れた。平穏な1日だったが、自分が望んでいたのは、こんな生活なのかもしれないと、ふと思った。長い間、都内に仕事で通っていた、都内だけでなく、小山市に新幹線通勤もしていたが、それは働き盛りの頃、何も苦にならず、朝5時57分に自宅を出ることが、小山の時代の出勤だった。研究室には、たぶん誰よりも朝早く着いた。小山の駅前の店で、パンかおでんを買って、研究室か店前で食べて通勤していたのが日課だったが、慣れてしまえば、何も苦にはならず、好きな生活パターンだった。と言うことは、すべての生活、仕事、それがどんなことであっても、慣れがすべてを解決するだろう、それは、人間は適応できる生物だという証拠でもある。だから、何も心配することも不安に思うこともないのだ。所沢に慣れれば、この上ない快適な生活空間で、昨日も、夕方駅に行って、読みたい本などを買って帰ってきたが、好きな街で仕事も買い物も外食も、何でもできるのは、それは幸せと言ってよいだろう。慣れるとは、その空間に溶け込むことで、研究室にいた頃は、その部屋が好きな空間だった、団体の時代も、都会の華やかな空気に溶け込んで、昼休みの散歩も好きだった。思えば、その時、その場所が、自分には好きな空間や時間だったのかもしれない。こうして、時は過ぎていく、平成も遠くなりにけり、だが、今が一番良い、と思えれば、当然ながら幸せなのだ。若い人たちが、仕事や生活が大変だと言うが、その今が、一番良いかもしれない。
議論の食い違い
昨日は珍しく都心に出かけた。午後の時間いっぱいを使って審査の仕事をしたので、帰宅時間が遅くなり、ジョギングはできない。コロナ禍以前の生活スタイルは、これが普通で特別ではないが、どうもこれはまずい、と思うから不思議だ。お風呂上がりに、体重計で体重や脂肪などを測定するが、昨日と変わらない数値なのでアッと思った。数年前に、係りつけのお医者さんから、血液検査の結果が悪いからダイエットをしなさい、と言われ、食事を減らすのは嫌だったので、スポーツをするようになって、体重や体脂肪なども減少したので、それが習慣になった。同時に、運動すると、心身ともに健康になるのが嬉しかった、だから、運動=健康という方程式が脳に刷り込まれていて、運動しない=不健康という逆の式も成り立つので、体重計に乗って数値が変わらないので、アッと思ったのである。そんなに急に数値が変わる訳がないだろう、と思うが、そこが、この方程式の頑固な性格なのである。方程式と書いたが、メンタルモデルの比喩である。都心での審査の内容はブログでは書けないが、実は、メンタルモデルのギャップを強く感じた。審査する側とされる側で、丁々発止の議論や食い違いが生じる主な理由は、どうもこのメンタルモデルの違いにあるらしい、と気が付いた。職業も専門も履歴も違えば、脳に刷り込まれている方程式も違うだろう。発言の食い違いがあって当然だろう、と思えば、別に審査でなくても、日常生活でも学校でも家庭でも食い違いが起きるのが当然で、それを食い違いとかすれ違いとかギャップと呼ぶのか、個性と呼ぶのか、によって正反対の響きになる。これも、メンタルモデルの違いだろう。
卵掛けご飯
昨日は月曜日、オンラインの会議が2つあったが、朝食の前にメールをチェックするが、自分にとって都合の良い内容と悪い内容があることは当たり前である。都合の悪い内容は誰でも面白くなく、都合の良い内容は心が弾む、のは当然で、いつも良いことばかり起こることは、エントロピー増大の原理に反するので、あり得ない。ドラマか小説なら架空なので描けるが、と言っても、そんな意味のないことは面白くないので、読まないだろう。山あり谷あり、なので、小説もドラマも面白い、と分かっていても、そこが人間の弱さで、喜怒哀楽の感情の波に揉まれる。庶民とすれば、その波が小さい方が有難い。昨日の朝のメールでは、少し都合の悪い内容もあったので、うーん、と考えながら、1階の居間で朝食に向かった。炊き立てのご飯だったので、プーンと良い香りがする、炊き立てのご飯の時は、卵掛けにすることが我が家の約束で、家内が卵を割った黄身と白身がお椀の中に見える、今日は卵掛けか、と言って、湯気の出る味噌汁を啜りながら、美味しいご飯を、もったいないので、少しづつ頂いた。卵掛けご飯は、すぐに終わってしまうのが残念なので、味わいながらの食事になる。小さな幸せなのである。月曜日は新聞の歌壇の日で、上等と言いつつ朝餉寒卵(白木静子)、の句が偶然にあった。確かに高級料理や贅沢品ではないが、いつもより美味しい食材なので、少し上という意味で上等と表現していると思うと、作者に共鳴する。誰でも、同じような思いをしながら、嬉しい気持ちを味わい、時に都合の悪いことも乗り越えるのか、と思う。小さな幸せと小さな不幸が、さざ波のようにやってきて、時が過ぎていく。温かい湯気の出るご飯、味噌汁、漬物、で朝食をいただき、朝刊を読んで頬がゆるみ、2階に上がって仕事をし、平凡だが、これでいいのだ、これ以上の贅沢は要らない。
雪の中のリンゴ農家
昨日は日曜日なので、朝食の時間が平日と違う。平日は午前6時から7時まで書斎で、7時から8時までが朝食、8時から12時まで書斎で午前中の仕事をするが、日曜日は8時から9時までが朝食なのは、この時間にNHK小さな旅の番組を見るためである。地方で暮らす人々のさりげない会話や仕事ぶりが、身近に感じられて、その音楽の優しさと共に、身が包まれるような気がするからである。ちなみに、朝食前の1時間の間に、メールチェックやこのブログも書いている。昨日の番組は、青森県黒石市で、これが雪国だと思わせるような大雪が降り、町や畑を覆っている。青森県はリンゴ農家が多いが、その一人が雪の中でリンゴの木の剪定をしている。この、ぼっこ靴、が温かでね、仕事をさせてくれる、と語る場面があった。ぼっこ靴とは、この地方で作られる靴で、手作りで、いかにも温かそうだ。地方に残る生活は、どこか人の温もりがある。靴が仕事をさせてくれる、これは凄いことを言ってくれた。ブログでも書いた、道具の本質なのである。自分もそう思っているが、道具を使っていると、人は思うが、道具が仕事をさせてくれる、とはなんと素晴らしいことなのだろう。市井の人は、何気ない言葉や仕草のなかに、はっとさせる光るものを持っている場合がある。自分は、この番組のように、また出川さんの充電の番組のように、何気なく、日本の名もない町を車で周ってみたい願望を持っているが、それは、こんな光景に出会えるかもしれないからである。それと、人は、何かの時に、ふと気付く、のだが、そのきっかけを作りたいと思って、タグを付けるようにしたが、人間の直感や気付きとは違うので、あまり役立てそうもない。直感と検索の言葉は、違うからかもしれない。
オンラインのディベート
昨日は土曜日だが、午前に熱い議論があったオンラインを参観した。正確には、横目で見ながら、別の仕事と併用していた。官僚と教育学者のディベートと言ってもよいが、極めて知的で本質を突いた議論が続いていた、が、どうしても気になる仕事があって、隣のパソコンで操作をしていた。気になる発言が聞こえると、目と頭を、隣のパソコンに向けるのだが、これでは、集中しないことは確かである。すぐ横に、オーディオがあって、BGMが流れているのだから、3つのチャンネルで処理していると、たぶん、どれも中途半端になっているだろう。これは、凄いことを言っている、と脳が感じたら、他を止めて、そのパソコンだけに注目するが、そうでない時は、並列処理である。昨日のディベートは、どうも官僚に軍配が上がる、と思うのは、自分もその省に関わっているという身内びいきもあるが、なにしろプレゼンがうまい、人を引き付ける、説得力がある、からである。面白い話とは、たぶん、テレビタレントのようなプロだと思うが、それは伝え方のプロである。落語などは、同じ話を何回聞いても、面白い。普通の人は、伝え方のプロではなくて、中身のプロだろう。だから、つい中身が良ければ、すべて良し、という暗黙的な仮説を持っているが、実際は、その両方があって、始めて人に伝わるようだ。昨日の官僚は、エビデンスもあり、個人的な経験もあり、エピソードもあり、物事の本質を語り、そして人に伝える技も持っていたので、自分は、官僚に軍配を上げたのである。自分は、並列処理をしているせいか、どれも中途半端でいけない。話したり書いたりした内容を、後で思いださないことが多いのは、それは歳のせいだと言われそうだが、頭に浅い痕跡しか残っていないからだろう。ということに気付いて、このブログも、後で思いだしやすいように、タグを付けるようにした。たぶん、検索の仕方も知らないので、役立たないだろう。どうも、これも中途半端のようだ。
議員連盟の会議
昨日も平穏な1日であったが、午前も午後もいろいろな仕事があって、その活動については避けて通れないので、触れておこう。特に午後のオンラインは、このブログでも紹介したことはあるが、議連、国会議員で作る議員連盟、の会議があった。主に説明する役は、官僚、昨日はGIGAスクール関連なので、文科省、経産省、総務省の3省だったが、議員が突っ込み、官僚が答え、有識者がアドバイスする、という図式だ。議員の突っ込みが、厳しい。特に文科省バッシングと呼びたいほどで、もう少し忖度したらどうだ、と言いたいのだが、国会中継と同じで、野党と与党のような印象を受ける。コロナ禍以前は、対面だったので、その場の雰囲気で発言しやすかったが、コメントや質問がチャットでは、どうもやりにくいので、自分は見守っていたが、その丁々発止のやり取りは、よく分かる。大まかにいえば、経産省は議員に受けが良く、文科省が突き上げられ、総務省は無風状態、という図式である。経産省は、文字通り経済の活性化、そのために人材育成、飛びぬけた人材の創出、そのために従来のやり方を変える、行け行けの号令は、議員の思惑と一致する。総務省は、インフラ整備なので誰も反対しない。文科省は、飛びぬける、エリート、などは厳禁で、平等、どこでも誰でも教育を保証する、ことが前提なので、上記のやり取りは当然なのだが、判官びいき、の思惑が働いて、文科省の肩を持ちたくなる。自分の所属する団体も、GIGAスクール推進委員会を立ち上げて、関係者の間で評判は良いが、その応援先は、自治体、教育委員会、学校である。教育のミッションは、いつの時代も、学校であり、子供である。自分も、3月から直接に現場目線でGIGAに関わる予定であり、しっかりと先生方と手をつなげて、学校のお役に立ちたい、と決意している。
学校便り
昨日も平穏な1日であったが、3月は理事会の季節なので、ある法人のオンライン理事会に参加したが、仕事の話は横に置いておこう。自分が評議員をしている所沢中学校から学校便りが届いた。郵便でなくてもと思うが、学校は紙の文化である、以前は、校長先生がわざわざ自転車に乗って、自宅まで届けてくださったが、古き良き時代の言葉通りである。学校便りに、校長先生の生徒へのメッセージが記載されていて、いかにも校長先生らしい、威厳と慈愛に満ちた文章が綴られている。そして、今年も卒業式と入学式は、来賓は無しで、という告知もあった。長い間、たぶん明治以来、学校はよほどのことがない限り、卒業式と入学式は行ったであろう。体育館に紅白の幕をして、式次にしたがって進んでいく、春とは言っても、この時期は寒く、体育館には大きなストーブが置かれているが、式が始まると静寂を保つために止められる。来賓にはホカロンが配られて暖をとるが、それでも寒い。厳かに式は進み、蛍の光、校歌、卒業生を送る歌、どれを聞いても目頭が熱くなる。圧巻は、卒業生代表の言葉であり、その見事さに毎年感銘を受ける。どんなに話し上手のプロでもかなわないのは、言葉が真実だからだろう。思春期の揺れ動く気持ち、口惜しさも嬉しさも、花も実もある多感な3年間を語る言葉に、かつての自分を重ねて、郷愁に誘われる。校長先生は、折り目がきっちとした燕尾服で身を包み胸に花を添えて、入場や退場では来賓を先導して歩くが、その姿が卒業式によく似合う。退場する時に見える保護者の顔が、誇らしさと感涙に濡れている。卒業式は、自分にとって、その感動のおすそ分けをいただく行事である。今年の3月も、どこか寂しい。
整体院に行く
昨日は、平穏な1日だった、ということは有難い日だったと言うことで、若い頃とは感覚が違っているような気がする。よく小説やテレビなどで見る、仕事や役職を終えた、人生の黄昏を迎えた爺さんが、日向ぼっこをする心境も分かる。そういえば、こんな句があった。この世でもあの世でもない日向ぼこ(小笠原玲子)のように、静かに過ごすのも、いいだろう。とは言いつつも、そうもいかないのが人の世で、オンラインで画面を見ることが多くなったせいか、目が疲れる、肩が凝る、ようになった。目の方は、花粉症でもあるので、目薬と飲み薬が欠かせないし、肩の方は、長い間ずっと凝っている。床屋に置くと、お客さんの肩は硬すぎて手が入らない、と言われるので、整体院に行って、ほぐしてもらうようにしているが、日頃の癖で、時間がもったいないと思って、よほどのことがないと行かない。いつだったか、手帳に予定に入れるようにしてから、定期的に通うようになった、と言っても、1週間に1回である。昨日の夕方に行って揉んでもらったが、実は痛いのだが、声に出すのが恥ずかしく、我慢をしているが、何となく効果がありそうな気がする。このように通うようになったのは、手帳に書くからである。自分の気分次第だったら、たぶん通わない、実際、以前はそうだった。手帳は、重い腰を上げる役をしている。その役を、教育では、AIDとか足場掛け、と言って、重要な概念で、自分一人では何もできないことが前提にある。何かで腰を上げてくれないと、一人では何もできないということは、それほど人は弱い存在で、教員も教材も黒板もパソコンも、その腰を上げる手伝いをしている。学習指導要領では、主体的に学べと言うが、そんなに人は強くない、他人や道具の力でなんとか前に進んでいる、という人間観があってもよい。
雨の日のジョギング
昨日は、久しぶりに都内に会議と打ち合わせがあって出かけて、懸案事項が解決したので晴れ晴れとした気持ちになったが、仕事のことは止めておこう。都内も所沢も久しぶりの雨、時刻によっては大雨になった。帰宅してからすぐ、午後4時過ぎにジョギングをしようと思ったが、外を見ると大雨と強風のようで、どうかと思ったが、雨合羽を着て、自宅を出た。あまりに雨と風が強いので、引き返そうかと思ったが、いいか、このまま続けよう、と思いとどまった。どこか、後悔している自分がいるのだが、10分も走っていると慣れてきて、雨や風もいいものだ、周りの風景も違って見える、と余裕が出てくる。こんな光景はあまり見たことがない、西の方向に行ったが、誰もいない公園を左に見ながら国道に向かっていく、こんな日に、と思ったら、1人若者が短パンのランニング姿で、さっそうと走ってきて、すれ違った。年寄りと若者の2人くらいか、この雨の中を酔狂に、と思いながら、どうして自分はこの雨風の日にジョギングをするのだろう、と素朴な疑問が湧いてきた。習慣なのか、健康維持のためか、と思うが、もう一つの動機があるような気がした。冬の季節は晴天続きで、雨風の日はまれだった、だから、こんな日に走ってみたい、という素朴な気持ちがあった。どこか、子供の頃を思い出す。少年の心は、冒険したいのではないか、友達とどっかに行ってみようとか、怖いけれどもやってみようとか、海に飛び込んでみようとか、それはまだ年老いても残っていて、止めておいたら、という家内の声を振り切って出かけるのは、母親に心配をかける少年と同じかもしれない。走り始めは後悔しても、途中からは、それが爽快感に変わる。仕事や人生も同じかもしれない。一歩踏み出すことは、小さな冒険であるが、知らない世界を見ることができるかもしれない。
