学校便り

昨日も平穏な1日であったが、3月は理事会の季節なので、ある法人のオンライン理事会に参加したが、仕事の話は横に置いておこう。自分が評議員をしている所沢中学校から学校便りが届いた。郵便でなくてもと思うが、学校は紙の文化である、以前は、校長先生がわざわざ自転車に乗って、自宅まで届けてくださったが、古き良き時代の言葉通りである。学校便りに、校長先生の生徒へのメッセージが記載されていて、いかにも校長先生らしい、威厳と慈愛に満ちた文章が綴られている。そして、今年も卒業式と入学式は、来賓は無しで、という告知もあった。長い間、たぶん明治以来、学校はよほどのことがない限り、卒業式と入学式は行ったであろう。体育館に紅白の幕をして、式次にしたがって進んでいく、春とは言っても、この時期は寒く、体育館には大きなストーブが置かれているが、式が始まると静寂を保つために止められる。来賓にはホカロンが配られて暖をとるが、それでも寒い。厳かに式は進み、蛍の光、校歌、卒業生を送る歌、どれを聞いても目頭が熱くなる。圧巻は、卒業生代表の言葉であり、その見事さに毎年感銘を受ける。どんなに話し上手のプロでもかなわないのは、言葉が真実だからだろう。思春期の揺れ動く気持ち、口惜しさも嬉しさも、花も実もある多感な3年間を語る言葉に、かつての自分を重ねて、郷愁に誘われる。校長先生は、折り目がきっちとした燕尾服で身を包み胸に花を添えて、入場や退場では来賓を先導して歩くが、その姿が卒業式によく似合う。退場する時に見える保護者の顔が、誇らしさと感涙に濡れている。卒業式は、自分にとって、その感動のおすそ分けをいただく行事である。今年の3月も、どこか寂しい。

整体院に行く

昨日は、平穏な1日だった、ということは有難い日だったと言うことで、若い頃とは感覚が違っているような気がする。よく小説やテレビなどで見る、仕事や役職を終えた、人生の黄昏を迎えた爺さんが、日向ぼっこをする心境も分かる。そういえば、こんな句があった。この世でもあの世でもない日向ぼこ(小笠原玲子)のように、静かに過ごすのも、いいだろう。とは言いつつも、そうもいかないのが人の世で、オンラインで画面を見ることが多くなったせいか、目が疲れる、肩が凝る、ようになった。目の方は、花粉症でもあるので、目薬と飲み薬が欠かせないし、肩の方は、長い間ずっと凝っている。床屋に置くと、お客さんの肩は硬すぎて手が入らない、と言われるので、整体院に行って、ほぐしてもらうようにしているが、日頃の癖で、時間がもったいないと思って、よほどのことがないと行かない。いつだったか、手帳に予定に入れるようにしてから、定期的に通うようになった、と言っても、1週間に1回である。昨日の夕方に行って揉んでもらったが、実は痛いのだが、声に出すのが恥ずかしく、我慢をしているが、何となく効果がありそうな気がする。このように通うようになったのは、手帳に書くからである。自分の気分次第だったら、たぶん通わない、実際、以前はそうだった。手帳は、重い腰を上げる役をしている。その役を、教育では、AIDとか足場掛け、と言って、重要な概念で、自分一人では何もできないことが前提にある。何かで腰を上げてくれないと、一人では何もできないということは、それほど人は弱い存在で、教員も教材も黒板もパソコンも、その腰を上げる手伝いをしている。学習指導要領では、主体的に学べと言うが、そんなに人は強くない、他人や道具の力でなんとか前に進んでいる、という人間観があってもよい。

雨の日のジョギング

昨日は、久しぶりに都内に会議と打ち合わせがあって出かけて、懸案事項が解決したので晴れ晴れとした気持ちになったが、仕事のことは止めておこう。都内も所沢も久しぶりの雨、時刻によっては大雨になった。帰宅してからすぐ、午後4時過ぎにジョギングをしようと思ったが、外を見ると大雨と強風のようで、どうかと思ったが、雨合羽を着て、自宅を出た。あまりに雨と風が強いので、引き返そうかと思ったが、いいか、このまま続けよう、と思いとどまった。どこか、後悔している自分がいるのだが、10分も走っていると慣れてきて、雨や風もいいものだ、周りの風景も違って見える、と余裕が出てくる。こんな光景はあまり見たことがない、西の方向に行ったが、誰もいない公園を左に見ながら国道に向かっていく、こんな日に、と思ったら、1人若者が短パンのランニング姿で、さっそうと走ってきて、すれ違った。年寄りと若者の2人くらいか、この雨の中を酔狂に、と思いながら、どうして自分はこの雨風の日にジョギングをするのだろう、と素朴な疑問が湧いてきた。習慣なのか、健康維持のためか、と思うが、もう一つの動機があるような気がした。冬の季節は晴天続きで、雨風の日はまれだった、だから、こんな日に走ってみたい、という素朴な気持ちがあった。どこか、子供の頃を思い出す。少年の心は、冒険したいのではないか、友達とどっかに行ってみようとか、怖いけれどもやってみようとか、海に飛び込んでみようとか、それはまだ年老いても残っていて、止めておいたら、という家内の声を振り切って出かけるのは、母親に心配をかける少年と同じかもしれない。走り始めは後悔しても、途中からは、それが爽快感に変わる。仕事や人生も同じかもしれない。一歩踏み出すことは、小さな冒険であるが、知らない世界を見ることができるかもしれない。

もう一人の自分

昨日は月曜日だったので、3つのオンライン会議があって、密度の濃い議論をしたが、いつも仕事の話もいかがか、と思うので、別の話題にしたい。月曜は、新聞の歌壇が掲載される曜日で、昨日のブログで認知症と書いたせいか、次の短歌が目に留まって、切り抜いた。ひとつまたひとつ壊れる夫の脳優しくできぬ我でない我(大館久仁江)。認知症になった夫の介護で、分かっているが、どうしても感情が言うことを効かない自分を振り返っている。以前にブログで紹介したが、母の日の許してほしきことばかり、を思い出す。そういえば、自分の心に住んでいるもう一人の自分を、鬼と称した短歌もあった。介護のことは、もうすっかり過去のことなので、思い出せないし、ほとんどすべて忘れてしまった。いつまでも、過去に引きずられると、人は生きていけない。確かに、そんなこともあった、どんなに大変なことがあっても、脳の古い細胞は分解されて排出されるのだから、心配ないのだ、と思っても、この短歌を詠んだ人は、今の自分を見つめながら、落ち込んでいるのかもしれない。句を詠むことで、落ちこんだ自分を拾い上げようとしているのかもしれない。俳句欄を見ると、春待つや空にあるもの皆動き(会田重太郎)、という明るい句があった。雲も鳥もすべて動き始める春を待つ心境がよく分かる。やがて、4月になれば、コロナも収まって、明るい笑顔が戻ってくるだろう、と誰も期待している。今は、待つ時期なのか、耐える季節なのか、わからないが、心配することはない、根拠や科学的データはないが、これまで生きてきた経験から言えば、楽しい季節が確実にやってくる。

生活の基本

昨日は日曜日、このブログではいつも仕事のことが中心だが、休日まで仕事の話はどうかと思うので、普通の生活のことを書く。と言っても、コロナ禍の今、平日と変わらないが、日曜のお昼だけは外食にしている、というのは、緊急事態宣言の前は、花金だと称して、金曜の夕食だけ外食にしたが、それもできないので、変更したのである。家内と焼き肉店に行ったら、密だった、テレビで、焼き肉店は換気が強力だから繁盛している、と言ったからかもしれない。安くて、ウマい。その後、買い物をして、日曜なのでスポーツジムに行った。ランニングで汗を流し、プールで泳いでさっぱりして、帰宅して、美味しい夕食を取り、NHKの大河ドラマを見る、という生活で、誰も同じようなものだろう。夕方に帰宅する途中で、ふと、マズローの欲求段階説を思い出した。確かに、衣食住が満たされなければ、生理的欲求である、食べる、寝るなどができないので、生活そのものが成り立たない、ホームレスになるしかない。自分はこの欲求は満たしている、と思い、最上位の自己実現の欲求は、仕事で生きがいを感じることとすれば、特に不満はない、なるほど、自分は今の生活でいいのか、と思う。だが待てよ、マズローは人間性の心理学と言われるが、現代社会では、まず健康、身体的にも精神的にも健康第1であり、足が痛い、腹痛だ、というだけで苦しく、うつ病とか認知症になれば、すべてが終わりのような気もする。昔、海外出張で成田空港に行ったとき、どういうわけか急な腹痛で空港内の病院に行った、そして点滴を打ってもらい、飛行機の便を翌日に変更してもらい、ひとまず帰宅したが、電車の中で祈った、まるで子供のように、決してこれから悪いことはしませんから、この腹痛を治してください、とずっとお腹を押さえていた。翌朝、嘘のように痛みが去ったとき、台風が去って青空一面のような気持になったことを思い出す。だから、マズローの欲求のように段階ではなく、最下位の体の健康、と、最上位の心の健康が、人の生活では基本ではないか、と思った。平凡だが、心身ともに健康、よく学びよく運動し、が大人の生活の基本だろう。

セミナーでの大失敗

昨日は土曜日だが、午後はオンラインセミナーで、目いっぱい時間を使った活動だった。自分は、始まりの挨拶と最後のパネル討論の司会役だった。高校の教科「情報」についてのセミナーで、有料であったが、多数の参加者があったということは、関心が高いせいだろう。昨今は、小中学校の1人1台端末のGIGAスクール構想、オンライン学習・授業、高校「情報」の大学入試教科、デジタル教科書、AIやIoT、デジタル庁など、文科省だけでなく、経産省、総務省、内閣府など、政治家も官僚も、コロナ対策と社会のデジタル化に振り回されている。昨日のパネル討論は、その課題と展望についての熱い議論であったが、自分は、大失敗をした。パネル討論の盛り上がりの最中に、突然、相手の声が聞こえなくなり、映像がフリーズした、いつもの癖で、相手のパソコンがおかしい、と相手に疑問を持ったのがいけない、これで1分は損した、これは自分のパソコンが原因だと気付き、zoomのウェビナーだが、いったん退室して、書斎の隣のパソコンを見たら、ネットが切れているようだ、と気付き、1階に降りて、念のために1階のパソコンを立ち上げて確認したが、なんと馬鹿なことをと思ったのは、スマホを見ればすぐに分かるのに、これで2分は損している、それでWi-Fiルータをリブートして、1階のパソコンの画面を見ていたら、ようやくネットにつながるアイコンが表示された。これで2分の時間が経過して、2階の書斎に戻って、もう一度セミナーに入室したら、パネリストが話している最中だった。お帰りなさい、という声に励まされ司会を続けたが、実は、これまでに経験したことのない活発なパネル討論になった。多くの質問がQ&Aボタンから投稿されて、さばききれない、その後の懇親会と称するおまけのセミナーも、大勢の人が参加して、パネリストから参加者の場に変わった。なるほど、失敗は失敗だけではない、8分の遅れが、自分の気持ちを引き締め、その気持ちがパネリストや参加者に伝わったのかもしれない。人の世の出来事は、失敗は失敗だけではないところに、救いがある。

日常活動における学び

昨日の午前は、ある団体のオンライン審査だった。審査なので、事前の書類に目を通したが、得ることも多かった。審査ということは、当然ながら、審査員の目に触れるわけだから、申請者は、頭をひねり、額を寄せて、議論したに違いない。その書類から、内容を吟味する役目が審査員なので、紙の向こうにある真意を汲み取らなければならない。審査における議論とは、その眼力というか、ある意味で知力の勝負のような、目には見えない電磁波が、画面の向こうに飛び交っているような気がする。質問をする側も、それを受けて立つ側も、別の視点で切り込む側も、それぞれが、やはり凄い知力をもっていると感じる。その上で、相手を柔らかに受けて、確かにその通りだが、この視点からは、このような考えも出てきます、という、文字通り紳士であり、相手への気遣いも感じる。こんな芸当は、自分にはできない、なるほど、大人の議論、成熟した議論、とはこのようなことか、と勉強になった。自分は司会役だったので、発言の無かった委員に発言を促すと、その内容も、さすがで、場を読み、メタレベルから判断し、時間も配慮して、というから、きれいで美しい。満ち足りて、オンライン会議は終わった。考えてみれば、書類を読んで、そうか、このような方法があったか、とヒントをもらい、審査会に参加して、委員の皆さんの議論から、多くの示唆を受けて、いったい自分は何をしたのだろうか、と考えた。ほとんどすべての知識を他人からいただいている、というか、もっと高度な知恵や生きる上で必要な汎用的な知を、受けている。日常生活で活動する、それ自身が、高度な知恵を学ぶそのものではないだろうか。放送大学に入学することだけが、大人になってからの学びではない。日常生活、日常活動それ自身が、小さな生涯学習と呼んでいいのではないだろうか。

眠気を誘う午後の時間

昨日は、午後に少し時間が空いて、ふと眠くなった。原因は分かっている。前の晩に酒に弱いくせに、つい飲みすぎて、夜中に目が覚めたせいか、その後の寝つきが良くなかったから、寝不足なのだ、だから気が緩んだのか、いいではないか、と夢見心地だったが、気が付いた。明日の午前にオンライン会議があった、普通はそれでよい、ただ、自分が司会をして仕切らなくてはならない。最後にまとめて、決定しなければならない、少し意見の食い違いがあるかもしれない、と思うと、送られてきた資料を、読んでおく必要がある、と思った。本当は、司会であろうと委員としての参加であろうと、せっかく送られてきた資料、しかも郵送だが、を読まないのは失礼なのだ。しかし、時間をいつも気にする、日頃の悪い癖で、事前よりも、その場で処理し、考える方が多い。午後の暖かい日差しが、2階の書斎の窓から一杯に入ってくると、どことなく眠気を誘うのだが、資料を読んでいく内に、司会用の台本を読んでいく内に、少しずつ、その世界に入っていき、そして、コメントをメモし、疑問点を書き出し、そうか、と面白い内容に蛍光ペンで印をつけている自分に、なっていた。それは、別件で気になっている、というか、昨日のブログで書いたような、GIGAスクール構想に関する多方面の課題を、どう構造化しようか、という疑問に、少し示唆をもらうような気がしたからである。なるほど、このような視点もあるか、というヒントは、子供が学ぶ時や探求する時と同じである。ということは、ヒントはどこにでもある、それを知らないのは、アクセスしないからだ、何故アクセスしないのか、と言えば、眠いから、と言うのは、理由にならない。正しくは、自分が明日司会をして仕切らなくてはならない、という意識だろう。つまり、自分事として物事を捉える、ことになる。単純には、参加だけなら他人事、司会をするなら自分事、になる。学校の子供たちに、自分事にさせるにはどうしたらいいだろうか、と考えると、それは、どの先生も追及している課題であろう。ただ、午後の時間、自分は得をした。

GIGAスクール構想

昨日は、オンラインの会議が2つあって、しっかり仕事をさせてもらった、という感覚がある。詳細はブログでは書けないが、どちらも自分にとっては大切な仕事である。前半の会議は企業の方と、後半は教育の方との会議であるが、企業と教育では、確かに文化が違う。教育工学の分野は、その両方の文化をつなげ、融合しようとする分野と言えるかもしれない。GIGAスクール構想が猛威を振るっている、良い意味であるが、3月末までに、すべての小中学校に端末が整備される、その対応で、GIGAスクール対応の教育担当者、主に指導主事の先生方は、大忙しだろう。その忙しさと心痛と緊張感は、たぶん異文化経験だと思う。そもそも、GIGAとは略字であり、もちろん、情報量のGIGAを当てたものだが、その情報量すらビットから始まり、OS、アプリ、のパソコンの基本、サーバー、クライアント、クラウド、アカウント、パスワード、セキュリティ、ハイブリッドなど、カタカナだらけで、最近まで学校では通用しなかった用語なのである。用語の理解すら、一般の教員には難しい世界、つまり、ICT文化が、いきなり学校に入ってきたのである。それは、コロナ禍における、新しい教育様式と無関係ではないが、このブログは論文ではないので省略するが、自分の専門の教育工学は、その2つの世界や文化を橋渡しするミッションを持っている、と言ってもよいだろう。昨日は、2つのオンラインの会議で、その違いが明確に分かったが、どう橋渡しするか、それは自分の課題である。一方では、スタディログ、DX、データーサイエンスなどを語り、他方では、学校間の温度差、主体的な学び、効果的な活用、GIGAスクールの背景や理念、などを語り、それが、教育という主軸できれいに並び、構造化できるか、という課題が、自分の仕事なのである。しかし、昨日の議論を振り返って、うーん、と考えながら、ここが突破口か、と頭をひねっていると、夢の中まで出てきて、ふと気が付くと、2つの文化をつなげる世界にどっぷりと自分は浸かっている。それは、本当に幸せな仕事なのだ、有難いことなのだ、と振り返った。

自分に都合の良い解釈

昨日は祝日で、オンライン会議などはなかった。その代わり宿題があったので、それを一生懸命やっていたのだが、昨日のブログで書いた、古い細胞と新しい細胞の話が気になったので、少しきちんと書いておこう。福岡伸一先生と言われる生命科学の専門家で、正式には、動的平衡、という理論だった。人の細胞は、新しい細胞を生成すると同時に、古い細胞を壊して排出している、ことで、常に外界と調和を保つ、つまり動的に平衡を保っている、という、素人なりの解釈である。だから、外界がどのような状態になっても、人の体の内部で、細胞の生成と分解を繰り返して、均衡を保つ、というのである。自分に都合の良い解釈をすれば、自分にとって面白くないこと、逃げたいことがあっても、それを感じた細胞も壊れて排出されるので、ほっとけばいいし、どんなに素晴らしい知的な興奮や楽しい経験も、いづれ冷めて、その時の細胞もやがて分解されて排出されるので、将来までずっと続かない、と思えばよい、ことになろう。ということは、あまりくよくよせず、楽しいことや面白いことは、今を楽しんだほうが得策で、先になったら、冷めるだろうから、と自分にとってプラスになるように、解釈したほうが良いだろう。昨日は、宿題と書いたが、以前に録画した教員の免許更新講習の問題を作成していたのだが、当時は、その資料作りに没頭して夢中だったが、今はその興奮は冷めて、つまり福岡先生の理論通りに、冷静に考えていた。問題と言っても、40問の選択問題と4問の記述問題なので、時間はかかる。しかし、作っている内に、ポイントを思い出し、また送られてきた動画を視聴しながら、つい中身に入ってしまうので、時間がすぐに経ってしまう。とすれば、冷めても、夢中になれることはある、まんざら捨てたものではない。つまり人は、楽しんだり、冷めたり、時に落ち込んだり、また夢中になることに出会ったり、そのように、浮き沈みの中で生活しているようだ。前のブログでも書いたが、さざ波のような生活の中で、人は喜びや悲しみを感じているのだろう、それは平凡だが、有難いことなのだ。