今は土曜日の夕方、昼間は灼熱といってもいいぐらいの暑さなのに、この時刻になると、外は涼しい風が吹いて思わず気持ちがいいと声を出した。先ほど近所のスーパーマーケットから帰ってきたばかりである。家内が退院してから自分の生活パターンも少し変化が起きた。家内一人で外出するのも少し負担がかかるので、なるべく自分が付き添っている。夕食はなんだと家内に聞くと、冷蔵庫にキャベツがあって、我が家で取れたナスと玉ねぎがあるので焼肉にするというので、自分は喜んだ。大好物である。家内が入院中も自分で焼肉を2回作った。といってもブログで書くほどのものでもなく、鉄板の上に乗せればすぐに食べられるから、誰でもできる。どの野菜もこんなにおいしかったのかと思うのは、野菜がとろけるように柔らかくなるからだろう。それが舌の上で絶妙な味をもたらすので、手間暇がかからずおいしい料理、つまりコストパフォーマンスが最高なのである。洗濯物などは自分が2階のベランダに干していたが、いつまでもというわけにはいかず、庭に物干し台をネットで注文した。明日自分が組み立てる予定になっている。庭であれば家内が洗濯物を干せるからだ。いろんな面で生活スタイルが変化していく。年をとるということは生活パターンも変わるということであり、それが自然の摂理なのだろう。一般的には何かと不便になって、こうしたいけれど仕方がないという多少諦めに似た気持ちになるのだろう。最近日本の文化と欧米の文化の違いについての文献を読んでいる。その中で日本文化は水の流れのようであり、欧米文化は建造物のような違いがあると書いてあった。水の流れとは、先ほど書いたような自然の摂理と言ってもよく無常と呼んでもよいが、年と共に植物が枯れていくように、人も少しずつ機能が衰えていき、最後は土の中なのか自然の中に戻っていく。それは川の流れが上流から下流に向かっていき、最後は海の中に、まるでそれが自然であるかのように戻っていく。そこにある意味で諦観があって、ものの哀れや無常感を感じるのかもしれない。そういえば日本の歌謡曲などは、流れ流れてとか、場末の酒場だとか、上っていくより下っていく歌詞が多いような気がする。これに対して欧米は、ピラミッドだとか荘厳な建物だとか、がっしりとした建造物で、永遠に壊れないという文化かもしれない。だから日本人の年老いた感覚と違うのではないかとも思う。テレビで見る欧米のお年寄りは、まるで若者が着るような服を着て、元気そうに見えるのはなぜだろうか。あるテーマで文献を調査しているのだが、なるほどと思うことが多い。文脈は遠く離れるが新聞に、麦秋や校舎の裏の思川(栃木安穂)の句があった。この句を引いたのは川という文字があったからである。さらに自分が勤めた白鴎大学を思い出した。麦秋(ばくしゅう)は夏の季語らしいが、夏の日差しが川を照らしてキラキラと反射する光景を、駅から大学まで歩いている時によく見た。この俳句のように、大学の裏側にこの句と同じ名前の思川が流れていた。思川(おもいがわ)という万葉集でも出てきそうな上品な名前が自分は好きだった。あれからもうずいぶん時間がたった。時が流れていったのだ。ただ自分の心境は、無常観や諦観ではない。どんな時でもどんな状況になっても、欧米の高齢者とは違った方法で、楽しむことはできると思う。それが日本の老人の知恵なのではないか。
秋刀魚
今は火曜の夕方、近所のスーパーマーケットでの買い物を済ませ、2階のベランダにある洗濯物を集めて1階の居間に運んで、今2階の書斎に上がったところである。家内が退院したと言っても、すぐ元気に動けるわけではなく、外出は一緒でなければならず、また2階にひとりで登るのはまだ先である。我が家の近所にはスーパーマーケットとコンビニがあってそれぞれ2分以内なので、その意味で助かっている。だから何かと気ぜわしく、書斎で時間をかけて研究的な仕事をするのはなかなか難しい。というよりもフリーランスという立場上、そんなに忙しい仕事があるわけではないので、本来の仕事は減って家事にかかる仕事が増えている。それでも講演依頼があると、若い頃とは違い、かなり前から資料を準備する。現役の時は忙しいという口実を作って、なるべく短い時間で講演資料を作ってそれで終わりとしていた。現実に授業や学生の研究指導や会議などが本業なのだから、外部からの講演や原稿依頼などは、その他の雑務に入る。つまり副業でありアルバイト的な感覚であったが、今ではそれが本業に近い。今日も9月中旬にある講演の資料を見直したら、いろいろなことに気づいた。もう数週間前に完成しているので手をつける必要がないと思っていたが、なんというか欠陥商品のように思えた。それは不思議な感覚で、あれほど完成度が高いと思っていたものが、こんなにも穴が開いていたのかと思った時、人の感じ方や見方は変わることに気がついた。それは、同じ資料を見ているとは到底思えないほどの変わり方なのである。それは多分このテーマではこれが最善だと自分を過信していたのだ。時間が経過してもう1回見直さないと、自分の姿は見えないということだろう。最近そんな経験をしている。良きにつけ悪しきにつけ、人は脳細胞も含めすべて変わっていく。当然ながら見え方も、感じ方も変わる。家内が入院してから、自分の考え方も変わった。8月の後半にいくつかのイベントに参加しフロアと議論する中で、考え方に変化が生じた。いくつかの文献を読み自分と共鳴している内容で見方が変わった。買い物でも洗濯でも料理でもどんな些細な家事であっても、そこに気づきが生じ見方が変わる。変わる方が自然なのではないだろうか。今日読んでいた文献に、西洋文化は変わらぬものを求めるが、東洋文化は変わることを前提としていると書いてあった。ニュートン力学は自然の背後にある変わらぬものを探究した結果であるが、平家物語の「祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり」の名文のように、奢れる人はいつか滅びる、つまり幸福と不幸は一体であり永久ではない無常だとすれば、それをそのまま受け入れるしかない。だから自分の講演資料も時と共に変わっていき、これがベストなどということは自分の勝手な思い込みでしかすぎないのだ。文脈は遠く離れるが、新聞に「長男を亡くせし祖父は医師を辞め誰とも語らぬ日を過しけり」(川久保洋子)の句があった。この祖父はどんな思いであったのだろうか。医師は科学の力で命を救う尊い仕事であるが、自分の息子も救えなかったことが、世の無常を感じたのだろうか。幸も不幸も人間の力だけではどうにもならず、幸福になるための原理はニュートン力学のような変わらぬ公式では表せないということなのか。ただ自然に任せて無常の世の中だと諦観するのも、どこか寂しい。人は努力すれば良いことが起きると信じているのだと思う。家内と買い物に行って美味しそうな秋刀魚があったので、今日の夕食のメインディッシュは、秋刀魚の塩焼きで大根おろしでいただく。そこに冷えたビールが出てくるので、これ以上の幸せはない。お寺の精進料理より美味しいから、自分はどうも現実主義者のようだ。
助け合う
暑い暑い、今日は特に暑い一日だった。土曜日の夕方となり、今週も今日も終わろうとしている。今日も外回りの用事が多くて、突き刺すような日差しを全身に浴びて自宅に帰ってくれば、冷蔵庫で冷やした水とアイスキャンデーで喉を潤すのが極上のひとときである。先ほども買い物に出かけて帰ってきたらもう汗びっしょりで、一日に何回冷水を飲むのだろう。時折食卓にある梅干しの容器から手づかみで食べる時がある。らっきょとか、たくあんとか、白菜とか、子持ち昆布とかあれば、手を伸ばすだろうが、あいにくと食卓には梅干ししかない。家内の入院中、娘が来て、夏はどんな食べ物もなるべく冷蔵庫に入れるようにと忠告されたからである。仕方なく冷蔵庫を開けるのだが、食卓の上にあるのと違って、手を伸ばして蓋を取って口に入れるという動作は、何か悪いことでもしているような気になって、母親に内緒でいたずらでもする子供のような気分になるので、冷たい水を飲むしかない。冷たい水は冷蔵庫に保存していることが普通なので、堂々と飲めるからである。実は今日は特別な日であった。17日間入院していた家内が、今日の午前中に退院した。もちろん自分も出かけて、リハビリの先生や看護婦さんなどにお礼を申し上げ、大きなスーツケースを持ってタクシーで自宅に帰ってきた。病院の食事は誰でも知っている通りの薄味で、お昼はおにぎりを食べたいという。塩味の効いた鮭とツナのおにぎりを、歩いて1分のローソンで買ってきた。さぞかし美味しかったのだろう、満面の笑顔でほおばっていた。甘いものが食べたいと言って、貰い物のお菓子を食べていた。入院中の約束で、夕食は鮮度が良くて極上の味だと評判のお寿司を食べたいと言っていたので、先ほど買ってきた。無事に何事もなく予定通りに退院できた。同室の患者さんとの話が面白くて、少しも苦痛なことはなかった、リハビリも順調で後遺症もなく、楽しい入院だったと、「楽しい」という言葉を初めて聞いた。それは素晴らしい。自分も長いようで短かった17日間、レシピを見ながら料理を作り、掃除・洗濯・買い物・支払い・郵便物の処理など、自宅と病院を行ったり来たりしながら、振り返ってみれば新しいことをいっぱい覚えた。腰と足の痛みの脊柱管狭窄症の病気で手術をしたのだが、先生はたぶん名医だったのだろう、しびれも痛みもすっかり消えて元気になった。ただ腰を曲げるのはなるべく避けて、年内は腰を大事にするようにとの注意があった。自分も年内は家内の補助や手助けをする必要がある。しかしあまり不安はない。短い期間であったが、家事に対してささやかな自信を得たからである。今日は娘が都内から手伝いに午後やってきた。特に仕事はなかったが、いろいろな話をして時を過ごした。新聞に、「ある時は母のごとくにある時は姉のごとくにみえる我が娘(こ)よ」(田代旅子)の句があった。この句は母親が詠んだ句だが、その気持ちはよく分かる。親も子もそれぞれ助け合って生きていくようだ。今日から多分年内ぐらいまで、家内は1階の居間にレンタルベッドで寝ることになる。2階の寝室は自分専用になるが、それも良いだろう。長い人生のうちには、いろんなことがある。親子も夫婦もそして兄弟も、みんな助け合って世間を渡っていくのだ。
忙しい日
今は火曜日の夕方、いつもの通り書斎の窓から南空を眺めている。今日もなんだか忙しい日が終わろうとしている。ブログにはあまり書いてないが、早朝に庭の草取りなどをしている。草取りをしていると、いろんな発見があって、早朝の涼しい時間なので少し楽しみなのである。そして朝の時間は忙しい。朝食の準備、そのためには台所で、夕べの食べ終わった食器をきれいに洗わなくてはならない。ポットとコーヒーサーバーには水を付け足しておく。そして今日朝食を食べると、ちょうど炊飯器が空になるので、ご飯をセットして夕食に炊きあがるようにする。ポットからお湯を注いで、仏壇にお茶を供え、自分もお茶を飲むのだが、その前にやることがいっぱいある。洗濯機に、溜まっている衣服を放りこんで洗濯をする。食事が終わった頃、衣服を2階のベランダに干さなければならない。朝食も、薬を数えて並べ、青汁を用意し、納豆とお新香と塩昆布とヨーグルトとミルクも、ちろんご飯とお茶を用意して食べる。食べ終わったらすぐに新聞を玄関から取ってきて、ざっと目を通すのだが、時間があまりない。というのは、今日は朝10時から12時まで市内のセンターで会合があって参加するので、時間が厳しいので、気づいたことは即やらないと間に合わない。今日は、明日の午前中講演があるので、仔細は省略するが、どうしても出席しなければならない。朝食が終わったら、直ちに食器洗いをして夕食に備えておく。自分の性格上、台所が汚れているのは嫌いなので、洗剤やら何やらできれいにしておく。そして今日はダンボールの収集日だったので、かなりの量のダンボールがたまっていたので、それをまとめるだけで時間がかかった。午前9時半までには、メールのチェックを終えていなければならない。公式の会合なので、普段のジーパンというわけにはいかずズボンプレッサーにかけたズボンをはいて出かける。帰ってきたらすぐ12時過ぎなので昼食を取るが、これはパンなのでお昼のニュースを見ながら簡単に食事ができる。食事が終わったら午後1時に家内が入院している病院に行って、諸々の打ち合わせをしたり準備をしたりする。今日は懸案だった自宅の風呂場のお湯を流す弁がうまく作動しないので直してほしいと家内に言われ、うまくいくのかなと不安ながらも帰宅してすぐ取りかかった。ただ外は猛暑である。暑くてたまらないから帰ったら冷たい水とガリガリ君を食べて、ようやくほっとした。風呂場の弁の修理は悪戦苦闘しながらも、なんとか修理できた。やれやれと思っていたが、明日の午前中の講演が気になって、一応できている資料を見たら、これは駄目だ大幅に変えようと思った。その前に2階のベランダに干してある洗濯物を取り込んで整理しなければならない。それが終わって、ようやく机に向かって、ああでもないこうでもないと考えながら、なんとか修正して先ほどようやくスライドのPDF版を送った。そして今ブログを書いている。なんだかこんな生活パターンになるとは思ってもみなかった。だが今思うことは、自分の体の中に潜んでいるエネルギーを出し切るしか乗り切る道はない。だから迷うことはない。真っすぐにやるべきことをやって進むしかない。それは苦しみではなく、やりがいなのかもしれない。文脈は離れるが新聞に、泣き崩れ立てぬ球児の夏終わる(田辺英男)の句があった。甲子園に出場するほどの野球選手なら、優れた才能を持ち人一倍の努力をしてきたに違いない。それでも世間はまだまだ広く、上には上の選手たちがいる。この選手の夏は終わったかもしれないが、きっとその経験が役立つ時が来る。汗いっぱいの夏が静かに去っていき、やがて秋がやってくる。自分も短い期間ながら、家内の入院中を悔いのないように生きてきた。来週からはいよいよ学校も始まり、自分も所沢市内の学校訪問をするだろう。いやもう今週から午前中は詰まっている。2学期への準備が始まっているのだ。若い人たちのような全力を尽くした生き方ではないが、年配者でも精一杯の生き方がある。やれることはすべてやってみようと今思っている。そう考えると家内の入院は、自分への甲子園球場の応援団のような気がして、逆に元気をもらっている。入院すること自体を嘆くことはないのだ。
つながり
今は土曜日の夕方、いつも通りの書き出しで恐縮だが、この時刻になると今週も今日も終わりかと思ってほっとする。先ほどまで地元の町内会の主催だと思うが、夏祭りの太鼓の音が聞こえてきた。といっても弘法大師の御社のある小さな広場で、側に小川が流れており、大きなイチョウの木があって、そのすぐ近くに、地元の農家の人たちが雨乞いをしている時にここを掘ったら良いと弘法大師のお告げがあって、そこから水が湧き出たいう井戸がある。その伝説も書いてある史跡がある。そして小川の反対側がスーパーマーケットの裏入り口になっている。そこに町内会の役員の皆さんがテントを張って、毎年恒例のお祭りを仕切っている。笛と太鼓とひょっとこなどのお面をかぶった踊り手が、踊っている。ただ例年と違って盆踊りの屋台ができていない。つまり今年は盆踊りはやらないで、踊るのは多分地元の伝統文化保存会の人達ではないかと思う。この市では町内ごとに、保存会が中心になって、祭りや盆踊りやいろいろなイベントで伝統文化を披露している。自分は所沢市の出身ではないが、そのひょっとこ踊りや太鼓や笛の音色が好きで、小さい頃に戻ったような気持ちになって嬉しくなる。重松流(じゅうまりゅう)祭囃子と呼ばれる太鼓の音色は郷愁をそそられるようで、胸にどんどんと染み込んでくる。お祭りは秋だが、所沢の銀座通りや繁華街で、太鼓を打ち鳴らすいなせな若者衆は、江戸の昔からこのような姿だったのだろうと、昔を彷彿とさせる。太鼓を打つ時のバチさばき、時折見せる見栄を切るようなパフォーマンスは、祭りに来た人たちをどこか酔わせるような魅力がある。自分は、秋の祭りと夏の盆踊りを本当は楽しみにしている。夏の盆踊りは、地元の盆踊りの音頭が好きで聞き惚れる。もちろん自分で歌ったり踊ったりしたことは一度もないが、大ファンであることは間違いない。例年なら町内会から御祝儀の依頼が来たりするのだが、今年はこじんまりと保存会の人たちだけの踊りとお囃子だけなので、遠慮しているかもしれない。受付の人たちはいたが、なんとなく後祝儀を出すのも気恥ずかしくなってやめた。2階の書斎の窓を開けているので、休んでいた笛と太鼓の音色が再び聞こえてきた。どの地域であってもこんな伝統文化が残っていて、大人になっても年寄りになっても、その音色や踊りが脳のどこかに大切に保存されていて、それが水面下から浮かんできて、地元の人たちとの連帯感が深まっていくような気がする。自分はこの地域に住んで、近所の人達とも仲良くしてもらい、地元の先生方や教育委員会の皆さんと一緒に仕事ができることが、この上なく嬉しい。家内も自分もこの地域に包まれていて、心理的安全性が高いと言われればその通りである。新聞に、田植えして一村すべて繋がりし(浜名勇)の句があった。なるほど田植えはみんなが協力しなければできない。だから農村は助け合って生きてきて、それが日本全体の文化風土になったとすれば、祭囃子や盆踊りはその絆を確かめるイベントなのかもしれない。そしてどの地域でも笛や太鼓の音色や音頭を聞けば、ここに住んで良かったと思う人が多いだろう。家内が入院しているので、先ほど自分の好きな刺身をスーパーで買ってきた。他にも料理を作るが、まだお囃子を続けているなら、ビールを飲みながら1人で聞いていたい。刺身と冷奴をおかずにして一杯飲むのは、父親譲りかもしれない。なるほど人は多くの人の繋がりで生きているのだと改めて思った。
歳か環境か
今は火曜日の夕方、まだ外は暑くテレビ報道では熱射病の恐れがあるので急な用がない限りは、外出しないようになどの注意を促している。それに逆らうように、自分はここ数日は外に出っぱなしで、家に帰ってすぐに水分補給をする。冷水がことのほか美味しく、ガリガリ君などのアイスキャンデー、さらにはビタミンCなどの飲料水も好きで、先ほども立て続けに飲んだ。家内が入院してから数日が経っているが、詳細は書かないが、自分は時間に追われている。実は4月以来、四輪車ではなく単車のバイクに乗って用事を済ましている。その方が時間のロスがなく駐車場も気にしなくても良いからである。市内の用事はほとんどバイクで行けるので、なんとか無事にすべてをこなせている。病院も駅前なので、駐車場はいつも満席で、ほとんどの人は電車で来る。自分の場合はいろいろな用事が重なるので、電車で行くと間に合わない。あれやこれやで単車のおかげで事は収まっている。自分も健康のことがあるので、なるべく運動するようにしているが、今週はいつものスポーツジムが休館なので、隣の市の市民スポーツセンターのプールに行った。夏休みだから子供たちでいっぱいで、幼稚園生から小学生中学生に至るまで、もちろん大人も多く来ていたが、いつものスポーツジムでは子供はいないので、少し違和感があったが、なるほど今は夏なのかとふと思った。今日も昨日も隣の市に出かけたのだが、セミがゆく夏を惜しむかのように声を限りに鳴いていて、たぶん今頃テレビでは甲子園の高校野球を報道しているだろうと想像した。色々なことがあっても、夏が来て、すぐにお盆も過ぎて、8月も後半になり、やがて9月を迎える。あっという間に日にちが経ってしまう。そういえば昨日市民プールから単車で自宅への帰り道、猛烈な雷雨に出会った。ものすごい音量と稲光がすぐ側に起きたような天候だった。たまには雨でも降って欲しいとは思ったが、こんな目に遭うとは思わなかった。単車に持ち込んでいた雨合羽が役立った。昔ジョギングをよくしていた頃、雨でも走らないと気が済まなくて買ったもので素材が良かったのか、あの豪雨の中でもしっかりと体を守ってくれた。4輪車に比べて、バイクは雨のときは役立たずだと思っていたが、それは自分の偏見だった。全く問題なく無事に帰宅した。4輪車よりもはるかに機動性が高く移動も楽だったので、助かったと感謝した。家内が入院してから洗濯、掃除、料理、郵便物などの処理と近所付き合いと病院通いで、こんなに忙しいとは思わなかった。それに加えて、これまでと同じ仕事をして、スポーツジムにも行っているので、なるべく早く処理したいと思っている。掃除はルンバがやってくれ、洗濯も洗濯機がほぼ自動的にやってくれるが、料理だけは、スーパーで買ってそのまま電子レンジで温めるだけという場合もあるが、自分はこの際にネットでレシピを調べて、自分なりの手作り料理を覚えたいと思っている。何種類かチャレンジしているが、手順は書いてあるのだが、あまり意味が書いてないようで、別に自分は料理を研究しようとするわけではないので構わないのだが、と思うことはある。例えばレモン汁大匙一杯などと書いてあるが、レモン汁が無い場合どうするのか、酸っぱければ他でもよいのか、なぜレモン汁が必要なのか、それははじめに味をつけるのか後に味をつけるのか、専門家は意味がわかっているので、他の物でも代用できるのかできないのかを、すぐに回答するだろう。素人は意味がわからなくて手順だけ従おうとするので、どうもピンとこないのである。今まで料理をしたことのない素人が、何を偉そうにと言われそうなので止めておくが、何しろ料理に時間を取られている。まあ料理を覚えるのも勉強の1つなのでそれも良かろう。年をとるとそれすらも面倒になるらしい。新聞に、欲しき物食(しょく)したきもの特になくデパートにいて老いを意識す(和泉純子)の句があった。自分にもいずれそのような時が来るだろう。ただどうだろうか、自分は今家内が入院して、家内の分の何割かが降りかかってきた。ただ今はそれがなんとなく自分を励ましてくれて、どこか楽しささえ感じる時がある。家内宛ての郵便物もかなりある、近所からの連絡事もそれなりにあり、自分はその意味では自宅と病院とのメッセンジャーの役割を果たしている。手術をして入院すること自身は、仕方のないことであり諦めに似た気持ちだったが、今は違う。手術をして元気になるのだからこれほど有難いことはないのだ。その間に自分も料理のレシピを覚えたり活動の幅が増えてきて、仮に家内が倒れたとしても、自分で料理ぐらいはできるようになっておきたいと思うようになった。そんなことは以前には、全く考えもしなかったことである。プールからの帰り道、猛烈な雷雨に遭遇してバイクの見方が全く変わった。すごいと見直した。同じように家内もこんなに付き合いが広いのか、などと驚くと同時に、まさか自分が料理を作るなど自立するとは思ってもみなかった。人は歳ではなく、環境で変わるのではないか。
八月十五日
今は土曜日の夕方、というより、お盆連休の最後の土曜日なので、多分帰省から帰る車で高速道路は渋滞し新幹線などの交通機関も混雑する曜日だろう。テレビ画面を見ると色々なニュースで賑わっている。トランプとプーチンの首脳会談、九州地方の大洪水による被害、大阪万博で帰宅できない大勢の人たち、毎年の事ながらの甲子園の高校野球など、1日1日があっという間に過ぎ去っていく。自分もそれなりの変化があった。14日に家内が入院し、15日に手術をし、そして今日16日になった。毎日病院に行っているが、15日は、先生から手術結果の説明を受けた。4時間ほどの手術だったが1時間長引いたので、内心何か予期しない現象、病気の併発などを心配した。待つ身には、不吉なことしか浮かんでこない。これはいけないと思って、自分は病院に小説を持ち込んで読んでいた。これは正解だった。心配したところで何の意味もないことは誰も知っているが、それができないのが凡人の悲しさで、そんなときは何かの助けを借りることだ。半分心配しながら半分は小説の中身に惹かれていった。そして先生は、レントゲンを映して、丁寧に手術の経緯と術後の結果を説明してくれた。なるほど医学は正真正銘の科学である。原因となる箇所を取り除くか、何かで代用するかによって、体を回復させる。つまり明白な因果関係に基づいて処方するのである。その時ふと思った。教育は外科ではなく内科ではないか。内科の処方は、主に薬とか生活習慣の改善などで、原因となるものを切って取り除くわけではない。教育もいじめや不登校のことを思えば明白で、原因となるものが明確ではないので簡単に切って取り除くという外科的処方は適用できない。子供によって多様な要因があり、それが複雑に絡み合っていたり、家庭環境なども影響を与えているので、ケースバイケースで暗中模索の解決法のように思われる。そして最後は、子ども自身の内面の変化や心のあり方によって解決する、というか解決する場合もある。それは科学ではないのかもしれない。あるいは極めて複雑な関係なので、現代の科学では手におえないのかもしれない。いずれにしても自分は担当した医師の説明を聞いて、医者は科学者であり技術者でありそして人の命を救う職種であると思った。それに比べれば、自分はまだ専門家とは呼べないような気がするが、教育は精神科医に近いかもしれない。教育は内科よりもっと内面に関わる現象を扱うからである。ただしあてずっぽうに処方する、つまり適当に指導しているわけではなく、これまでの経験知と研究に基づいた科学知によって、研究者も先生方も子供達に対応している。そんなことを考えていたので、15日は帰宅が遅くなり、夕食はカレーライスで済ませた。といってもスーパーで即席カレーを買って、電子レンジで1分10秒温めて、ご飯の上にかけただけで、美味しいカレーライスができる。自分で作ったのは初めてだったが、オーバーに言えば感動した。こんなにも美味しいのかと思ったが、そこにも食品メーカーの専門家がいた。彼らもまた美味しさを追求する科学者であり技術者であり、人に喜びを届ける職種である。教育は当然ながら人を育てる職種であるが、外科手術や即席カレーとは異なる面をもっている。医療も食品業者も最先端の技術を使い、それぞれの目標を達成するのだが、より正確に、より短時間に、より美味しくという効率を指標に用いている。教育の場合は効率だけの指標では、目的を達成できない。最先端の技術ではなく、手作業で直接子どもに触れる、子供に任せるなどの外的手段を用いない指導が多いのだ。それは長い経験による知恵だろう。場合によって、生成AIなどの最先端技術を導入するとうまくいく場合もある。だから複雑な糸の絡み合いのような世界が、教育なのである。文脈は離れるが新聞に、あるもので済ます八月十五日(里村直)の句があった。昔の日本はみんな貧乏だったから、8月15日でなくても美味しい食べ物を求めていたような気がする。今は簡単に美味しいカレーライスが食べられる。美味しいのだが、夏のキャンプでみんなで作ったカレーライス、家内が作ったカレーライス、どれも手作りで、その温もりが胃の中だけでなく、体全体にしみわたっている。教育は昔ながらの、その温もりを求めているのだろう。
不安
今は火曜日の夕方、というより世間ではお盆休みの真っ最中であろう。いつものように南向きの窓から空を見ると、小雨が先ほど降ったせいか青空は一点もなく白い雲に覆われている。まだ小粒の雨が窓越しに見える。自分たち老夫婦は、この連休中は我が家で過ごすことにしている。暑い中を出かけるのもしんどいし、人ごみの中はさらに疲れる。孫たちもそれなりに忙しく、昨年までのような全員が揃って一泊することは今年はない。娘と息子は少し気を遣ったせいか、一泊して帰っていった。我が家で夕食をするのも準備片付けが面倒なので、レストランに行って気兼ねなく連休の一時を楽しんだ。彼らは昨日帰ったので、老夫婦2人の生活に戻った。灼熱でも酷暑でもなく普通の暑さで物理的には気持ちの良い気温なのだが、空一面が灰色に見えるとどことなく寂寥感が湧いてきて、夏なのにとふと思う。夏はやはり照りつける太陽と、できれば風が吹いて欲しい。いくつになっても夏は、自由・さわやか・自然などの言葉が似合うからだ。ブログは公開日誌なので自分のありのままの姿をつづるのだが、私的なことは、はばかられる。だが生きていくことは綺麗事ではない。小さな心配ごともある。家内が腰から足首まで痛くなって、今週に手術を受け入院することになった。脊柱管狭窄症と医者はいう。ベテランの医師であっても、自分にとっては心が痛む。手術が成功しますように、後遺症が起きませんように、そして何より元気になれますようにと祈るしかない。今の予定では8月末までの入院だという。今朝留守中の諸々のことを家内に教えてもらい、メモを取り写真に撮った。ゴミの出し方・電気釜の使い方・台所の流し台・オーブンや電子レンジの使い方。魚の焼き方・ルンバの使い方・洗濯機の使い方とその乾燥の仕方など多岐にわたっている。これまで家内に任せっきりであった自分への罰である。男女共同参画だから、娘夫婦も息子夫婦もお互いに掃除や洗濯・料理・子育てなど平等にうまくやっているらしい。共稼ぎだから当然なのだが、古い人間だと難しいこともあり、自分も勉強しなくてはと思う。新聞に、ひとりづつ家族の減りてゆくことの練習ならむ母の入院(永田愛)の句があった。自分と似たような境遇を詠んだ句なのかもしれない。練習と捉えられれば、それを身につける喜びが潜んでいるが、自分の場合は不安の方が大きい。多分この作者は若くて元気なので、上手くやっていけるだろう。未知のことは誰でも不安になる。最近読んだ専門書の中に、人が不安になる67%は実際には起きない、そして17%は起きても解決できるという論文が紹介されていた。つまり不安になるのは、自分の頭の中で勝手に作り出していることなのだ。そして実際に起きたとしても解決することができると考えれば、気が楽になると思いつつも、あーでもないこーでもないと考えるのが凡人の常である。ただ、この頃感じることは、あっという間に時が経ち、あっという間に過ぎ去って、あれはなんだったのだろうと思うほど、あっけなく終わることが多い。つまり経験的にもこの論文は正しいようだ。そう思えば、不安ではなく、毎日毎時間を悔いのないように大切に過ごしていくしか方法はないようだ。
偶然の出来事
今は土曜日の夕方、いつものように南向きの窓から見る空は青空で、雲ひとつ見えない。しかし先ほど小雨が降ったせいか涼しい。こんな天気なら気持ちも晴れやかで、先ほどすぐ近くのスーパーに、食後のお菓子と家内に頼まれた冷奴にかける小葱を買ってきた。土曜日なのでスポーツジムに行ったが、灼熱という暑さではなかったので往復の歩きも軽快だった。世の中は、今日9日から17日まで大型のお盆休みが始まる。テレビでは成田空港の様子を映し出していたが、海外旅行に出かける若い人たちは、満面の笑顔でインタビューに答えていた。自分たち老夫婦は特に出かける予定はない。迎え火や送り火などをして静かにお盆を過ごしたい。子供たちは、孫たちの高校受験の夏期講習などがあって、我が家には来ないようだ。それもよかろう、フリーランスの身としては平日も連休も区別がないから、毎日をそれなりに過ごしている。書斎で過ごす時間が最も長いので、ほとんどはパソコンの前で仕事をしたり用事をしたりしているが、時々スマホでニュースを読んだりする。パソコンは仕事だが、スマホは週刊誌のような興味本位の記事を読む。最近よく読むのは、定年後の老夫婦の生き方のレポートである。子供の頃から勉学に励み大学を卒業して大手企業に就職する。それなりの役職を経て65歳の定年になり、第二の人生を歩む。これは人も羨むような順風満帆な人生だろう。退職金とこれまでの貯金を合わせてかなりの金額があり、年金を毎月の生活費に当てれば、退職後の生活は、たまには海外旅行に行ったり時々温泉に行ったりささやかな趣味を楽しんだりするなどの夢を描ける。ところがスマホのレポートを読むと、それがことごとく挫折する。ただそのような事例だけを集めているのかもしれないが、なんとなく真実味があって妙に納得する。例えば突然一人息子が老夫婦の元にやってきて、今の職場を辞めて海外で勉強したいから老夫婦の貯金を借りたいと言って、計画が崩れてしまう。もっと厳しい事例は、娘が老夫婦の元に1人の孫を連れて転がり込んできた。聞けば離婚したという。それで甘い夢を見ていた老夫婦は、現実の厳しさを味わうことになった。あれほど頑健だったご主人が、仕事を離れて急に老け込み病院で検査の結果入院する運びとなった。これで仕事を離れて悠悠自適の生活はできなくなった。あるご主人は、退職の日にルンルン気分で我が家に帰ったら、奥さんから離婚届を突きつけられた。ある老夫婦は人気の高齢者向け高級マンションに引っ越した。スポーツ施設が完備され、腕利きのシェフがいて美味しい料理が食べられ、医療もいつでも対応できるという。初めのうちは満足していたが、数カ月もすれば飽きてきて、マンションの住民の人間関係がこじれて引きこもりになったという。どれもこれも第二の人生がもろくも崩れ去ったという記事である。改めて思う。第二の人生はそんなに甘くはない。ただ誤解のないように書くが、当然ながらこれは自分のことではない。午前中、理由は書かないが、道徳教育の専門書を読んでいた。道徳の徳目は、美味しい料理を食べるとか楽しい旅行をするとか健康になれるとかという目先の利益ではなく、そのように生きること自身が目的なのだと論じていた。その通りだと自分も納得しているのだが、本音は美味しい料理や楽しい旅行や病気になりたくないのであり、もし道徳の徳目がこの現実の利益や幸せと無関係ならば、何のために道徳教育を受けるのかよくわからない。文脈は離れるが新聞に、手もとより茶碗すべりて粉々に不意に来たりし命の終わり(森影千恵)の句があった。一瞬にして茶碗が割れて茶碗の命も終わったと同じように、人の幸不幸も一瞬にして生まれたり終わったりするのだろうか。茶碗が割れたのはふとしたはずみの偶然の出来事だとすれば、第二の人生を生きる老夫婦の幸不幸も、ふとした偶然の出来事なのか、あるいはこれまでの老夫婦の生き方に原因がある因果応報の結果なのか、自分にはわからない。
目先の楽しさ
今日も暑い暑い一日で、酷暑という名の通り、容赦なく太陽が体を照りつける。今日も手帳の予定に従って、午後スポーツジムに行った。その往復の歩く時間は約30分、簡易ゴルフクラブとリュックをしょって歩くと、それだけで汗びっしょりになる。お昼の時間に往復10分の距離を歩いて、用事を済ませた。これも太陽がまともに垂直に近い角度で頭に当たると、脳の芯まで熱くなるような気がする。昨日は都内でセミナーに参加したので、ほぼ一日中クーラーのきいた部屋だったが、行き帰りはジャケットを着て駅の階段を登ったり降りたり、駅までの道を歩いたりしたので、蒸し風呂のような気がした。これも仕方がないと思うのは、クーラーが効きすぎる部屋であればジャケットが必須だからである。いずれにしても寒暖の差が大きすぎて、皮膚呼吸もしているだろうから、体細胞が右往左往しているにちがいない。今時は自然の変化に体がついて受けず、風邪をひいたり熱中症とまでは言わないまでもそれに近い症状が出てくるかもしれない。先ほど家内も言っていたが、この暑さでパンがすぐ腐ってしまうと嘆いていた。そんなことがあるのかと思ったが、考えてみればそうかもしれない。自然の猛威の前には、なすすべもなく仕方がないと嘆息するしかないのか。ただ自分はスポーツジムの会員になっていて、本当に良かったと思っている。午後2時から4時といえば、気温が最高になる時間帯で、今日は所沢でも39度か40度という記録だったらしい。先ほど家内と近くのスーパーに行った。スーパーでの買い物もあるが、隣接しているクリーニング屋さんに冬物の衣服のクリーニングを依頼し、出来上がった衣服を受け取りに行き、その衣服の運び係りを自分が受け持った。そしてスーパーで刺身とガリガリ君と白菜の漬物を買ったのは、自分の好物だからである。何でもいいので少し手伝うと、家内も喜んで気を遣うようだ。帰宅して時間がないのですぐ書斎に上がりたかったが、それよりもガリガリ君や冷たい水を飲む方が先決で、この時期はお腹の中は水分でいっぱいだろう。書斎に上がったが、あまりよいアイディアも浮かばず、先ほど届いたアマゾンからの専門書を読みたいのだが、これも明日以降に先延ばしをする。やらねばならぬことはいろいろあるが、目の前のことからやっていくと、重要なことほど先伸ばしになる。戦略を変えて、重要なことを優先するように手帳に書いているのだが、重要なことほど時間がかかる。しかも重要なことほど短い時間の寄せ集めでは、文脈を思い出すだけで時間がかかるので、まとまった時間が必要なのだ。それならスポーツジムを休めばよいのかと思うのだが、これは優先したい。汗びっしょりになった後のプールや水中ウォーキングが、この上ない快感で皮膚にまつわりつくような水の流れに幸せ感を感じるからだ。つまり重要なことより目先の癒しの方が優先される。それは人が生きる知恵なのかもしれない。長くもない人生ならば、今の幸せを優先すればいい。文脈は遠く離れるが新聞に、子を打った後の食卓ふりかけのドラえもんだけ笑っておりぬ(本田岳)の句があった。何か問題があったのだろう、感情に任せて我が子に手を上げた。食卓のドラえもんはいつもと同じで笑っているのを見て、ふと自分を振り返ったのかもしれない。後味の悪さと後悔と気まずさが食卓に漂って、後の食事がまずかったかもしれない。こんなことは誰でも経験している。我が子でなくても他人であっても、批判したりすると後ですまないと思うことはよくある。当たり前だが、ドラえもんのように笑っていたい。その方が心地よいからだ。これは許せぬとかこれは最重要だとかどうしてもやらねばならぬとか、実は後になってみるとそれほどでもないことに気がつくことが多い。自分で勝手にそう思い込んでいるとすれば、子に手を挙げた親と同じで、けしからんと思っているだけなのかもしれない。そう思えば、目先の楽しさや癒しの方が、周囲も明るくなり物事がうまくいくような気がする。今日も夕食が楽しみである。
