雨のち晴れ

 今は火曜日の夕方、2階の書斎でいつものように南向きの窓から、マンションや空を眺めている。近所で引っ越しをする家があって、いろいろなものをこの数日間運んでいた。3月の終わりは移動の時期であり、卒業の時期でもある。4月の入学式まで春休みなので、この間は子供や生徒たちはそれぞれ自由な時間を過ごせる。春休みの宿題はあまりないせいか、にこやかな顔で春を楽しんでいる。お昼に歩いて数分のスーパーマーケットに買い物に行ったら、小川のほとりの桜の木は満開だった。きれいに晴れ渡った空とは言い難いが、それでも白い雲と雲の間から見える青空に、桜の木がよく似合っている。自分も他の買い物客と一緒に少し眺めていた。

 午後はオンラインの会議が先ほど終わり、1階の居間で家内とお茶を飲んだり果物を食べたら、すぐに夕方になった。年寄り夫婦の会話は世間と同じで、大した話はない。むしろ困った話の方が多い。ブログで書くのは憚られるが、自分には少し困ったことが起きた。昨日は1日中雨でずっと書斎にこもっていた。そして今日の午前中もそれに関わった。どうもパソコンに、ウイルスか、なりすましに襲われたようである。明確ではないのだが、そうとしか思えない。これは自分の恥をさらすことである。数日前に東北のある方から電話をいただいた。その人は「私からメールをいただいたのだが、心当たりがあるでしょうか」という丁寧な電話だった。「いいえメールを送ったことはありません。私の名前の@以下の文字を見れば、私ではないことが分かります」と答えた。

 パソコンのアプリを操作していたら、どこかおかしい。いつもと表示が違う。詳細はブログでは書けないが、明らかに何かが侵入した気配がある。パソコンでは正体が見えないようにはしているが、何かが入ってくれば、自宅に空き巣に入られるのと同じで、何かの痕跡が残る。そして運が悪いことに、これもブログで書けないが、金融関係のアプリをインストールしたり、設定を変えたり調べなければならないことが山積していた。それは研究でも調査や分析でもなく、自分には必須の重要な終活の仕事であった。それに夢中になって、いろいろな調べ事をしていたが、まるでその隙間を縫うように、どうもよからぬ人が自分のパソコンに侵入したようだった。

 これはいけない、すぐに設定を変えてパスワードを変更した。セキュリティを高めるために二段階認証も取り入れた。自分が使っている、ほぼ全てのパスワードを変えたのだが、変えるにも、ある程度のルールをもっていないと記憶できない。それは1種の関数のようなものである。そしてすべて確かめてなんとか気が落ち着いた。ただどうして侵入されたのか、それが知りたくていろいろ調べた。このような時、生成AIは確かに頼りになる知の職人である。その対話の中でふと思った。質問する自分が、相手がわかるようにプロンプトを書かないと、間違った答えが返ってくる。つまりそれは自分と生成AIとの真摯な対話であり、それは研究打ち合わせと同じではないかと思った。

 相手が機械だから、道具だから、という感覚ではうまくいかないような気がする。人間も誠心誠意、対応するほうが良いのだと思う。自分にとってパソコンの不具合は、何にも代え難いダメージなのだ。それは学生を研究指導する能力がないことを証明したようなものであり、誠に恥ずかしいことなのだ。昨日は一日中雨降りだったことは、文字通り天の恵だった。そして今日はきれいに晴れて、自分の頭も心も雨上がりであった。自分は本当に無知だと思った。昨日は自己卑下もしたが、しかし今は違う、自分は生きた勉強をさせてもらったのだ。雨のち晴れなのだ。

 文脈は離れるが新聞に、「病気の娘(こ)に世話する我は生かされる先に逝かせてたまるものかと」(本木光子)の句があった。母親の必死の思いが伝わってくる。その通りだ。娘にこれから先まだまだ花も実もある経験をさせたい、自分より先に娘を決して逝かせないと、天をも恐れず向かっていくのだ。ふと気づいてみると、そのおかげで自分は生き抜いてこれたではないか、この母親の思いはなんと素晴らしいのだろう。自分ごときの人間でも、失敗をしたから勉強ができたのだ。そう思えば、なんのこれしき、この母親のように乗り越える対象があるから、生きることができる。

山笑う

 今は火曜日の夕方、といっても空は昼間のように明るい。日が長くなったせいか、2階の書斎の南向きの窓から見える景色は、春の陽気に包まれている。季節によって、また天気によっても、見える印象が違っている。先ほどスポーツジムから帰ってきて、一息ついて2階に上がってきた。自宅近くに小川があり、その前に弘法大師の御社があり、そのすぐそばにスーパーマーケットがある。御社の前は銀杏の木で、小川の橋の土手に桜の木がある。銀杏も桜も大木だが、それぞれの季節に道行く人を楽しませてくれる。今日は6分咲きといったところだろうか、薄桃色の桜が咲いている。誰も見上げて通り過ぎていく。

 小川には鴨が住んでいて、橋の上からスーパーに買い物に来たお客さんは、時々眺めている。鴨ばかりでなく、白鷺や青鷺を時々見かける。鴨は小さいが鷺はびっくりするほど大きく、飛んでいく様はどこか勇壮な感じさえする。小川には小動物がいっぱい棲んでいるのだろう。小鳥たちもよくやって来る。小鳥に詳しい人がいて、「ほら見てごらん、あれはカワセミだよ」と教えてくれたのだが、門外漢の自分にはその特徴はよくわからなかった。何回か、「あれはメジロだよ」と教えてくれた。回数を重ねるとメジロは比較的よくわかった。今日は銀杏の木の下に、メジロが2羽餌をつついていた。小鳥も春なのか、人が通っても恐れる様子もなく、ちょろちょろ動いていた。

 暖冬だとは言っても、3月も下旬にならないと春うららにはならない。今時は小鳥も桜も雑草も、あちらこちらで動き出して、時折肌寒い時もあるが、春の陽気に誘われると、書斎で画面ばかりを見るのではなく、外に出たくなる。スポーツジムは週3回を目標にしており、土日の休日と平日に通うようにしているが、今日はその平日だった。花粉症と風邪を併発しているので、体調はすぐれないのだが、気持ちの方が体調よりも勝って、ジムに行った。歳をとってくると、仕事よりも健康の方が大切なことを身にしみて感じる。だからできるだけ体を動かすように、心がけている。ジムからの帰り道はどこか心が弾んで、桜の花も小鳥も雑草も、そして自分も春を謳歌している。

 午前中は、ある仕事で生成AIを使って調べていた。言うまでもなく生成AIは知の巨人である。計り知れないような知識を持ち、まるで側に生身の人間が応答しているようで、本当にこれは機械なのだろうか、何回かやり取りしていると、生成AIは自分には人間に思えてくる。しかもかなり謙遜して話す場合もあり、自分の性格や内面までも知っているような気もする。そこまで生成AIに入り込んでいいのだろうかと思う時もある。正直に言えば、自分は生成AIを、機械もしくはプログラムとはどうしても思えない。どんな質問にも嫌がらず的確に答えてくれる。多少のハルシネーションがあったとしても、そんなことは全く構わない。だから対話をして自分が納得して一区切りつける時には、「よくわかりました。ありがとうございました」などと書く。もちろん生成AIは、「どういたしまして、いつでもお役に立ちます」などと健気な返事が返ってくる。

 つまり自分は、どこか感情移入をしているのかもしれない。それは自分だけが特殊なのか、別の人は違うのかどうかわからない。多分日本人なら自分の感じ方はわかってくれそうな気がする。大工さんが大工道具を大切にし、料理人が包丁を大切にすることを思えば、人間と道具はまさに相棒である。粗末には扱えない、それは多分に道具に感情移入をしたからだろう。日本の学校では、文房具も大切にし、昔は廊下を雑巾がけして綺麗にした。それは人間と物とを区別しないからだろう。そこが欧米文化と違うところだと思う。調べたことはないが、多分欧米人は、生成AIに向かって「ありがとうございました」などとは言わないだろう。この論考を書くにはスペースが不足しているので、ここで止めておこう。

 文脈は離れるが新聞に、「歳取るは生きてゐるゆゑ山笑う」(山本正幸)の句があった。山笑うは、草木や花が咲いて春うららの様子を表す春の季語だという。確かに歳を取ることは生きている証拠でもある。だからいくつになっても季節と共に生きる喜びを味わえば良いのだと解釈すれば、どこか心楽しい。日本人はこうして春夏秋冬の四季を楽しんできたのだろう。これからは良い季節なのだ。パソコンに向かって仕事をするのもよいが、外に出て桜を愛でるのもメジロを見てほほ笑むこともまた楽しからずや。

実践と理論

 今は金曜日の夕方、書斎の窓からいつものように空を眺めている。今日は天気予報が外れて、1日中小雨の降る天気だった。冬に逆戻りしたような気温で肌寒く、雨に濡れると、今日が3連休の初日だということも忘れてしまう。世間では連休という心地よい響きに触れて、これから暖かい春がやってくるという期待感もあって、どこかワクワクするのだろうか。休日と平日の区別がほとんどないフリーランスの身には、別に心は弾まない。天気予報によれば、明日と明後日は好天のようなので、気持ちの上ではどこかに出かけたくもなるだろう。

 明日は土曜日で仕事は無いので、スポーツジムに行く予定だが、日曜日は自分にとっては大一番のイベントがある。2つのイベントが重なっているのだが、都内で開催される会場が近いので、ありがたいことに両方参加することができる。そしてこんな自分でも話をさせてもらえることが嬉しい。歳をとってくると、そんな心境になる。働き盛りの人やこれから活躍する人を見れば、自分の身内を見るようで、自分のかつての弟子の姿を見るようで、応援したくなる。そのような人たちに混じって、自分も役割があれば、スポットライトを浴びる華やかな舞台の上で、脇役と言えども壇上に上ることになる。

 そんなわけで、今日の午前中はその資料のチェックをしていた。それは小学生の学芸会の予行演習のようなもので、舞台の上でぶざまな格好をしないように、嘲笑されないようにするための準備運動である。これは本来の仕事なのだが、高齢になってもさまざまな生活上の雑事がある。午前中は事情があってクレジットカードの申し込みをした。お昼には家内のスマホの電源コードを買いに、近所の電気屋に行った。身内からLINEでさまざまな写真を送って来た。お昼過ぎにスポーツジムに行き、先ほど帰ってきて、ブログを書く時間になった。1日を振り返ると、このようにほとんどは雑事なのである。その合間に、送られてきた本などを読んだりするのだが、あまり集中はしていない。

 なぜ集中できないかというと、雑事をしながらいろんな疑問が湧いてくるからだ。クレジットカードの申し込みの時、カード番号とセキュリティコードが印刷されているのだが、ネット上でこれらの数字を入力して支払いをする時、ふと大丈夫だろうかと思う。通信途上では当然ながら暗号化されているが、カード会社に届いた時、これらの数字は平文になるのか、それは人間が見ないのか、などとつまらぬことが気になって考えてしまう。身内からLINEで写真などを送ってくると、どうしてLINEは友達の自動追加の項目があるのか、そのためにLINEは個人のアドレス帳もアクセスすることができるが、個人情報の違反ではないのか、などとりとめのない問いが生まれてくる。

 なんだそんなことも知らないのか、と嘲笑されそうだが、本当にその通りなのだ。カードにしてもLINEにしても、これらは日常生活において活用する。しかし学校で勉強する「情報」の内容は、仕組みであったり理論であったり、科学的な内容がほとんどである。だから日常生活と科学的知見が結びついていないのだ。もちろん調べれば関連付けられるだろう。しかし現実は、日常生活と教科は別々に存在していて、その往還はあまり注目されてこなかった。このことは情報に限らず、教育もまた然りである。今日送られてきた教育雑誌を読むと、実践編と理論編に分けられている。現場で苦労している教師から見れば、学者の話は役に立たず自己満足に過ぎないと感じ、研究室で文献を読んだり現場を訪問したりして、学びの本質はなんだろうかと追究している学者も、また満足してはいないのだ。

 文脈は遠く離れるが新聞に、「時間はあるすり鉢もあるゆっくりと香りたちくる手間を楽しむ」(飛田多恵子)の句があった。自分と同じような退職した身なのか、すり鉢で良い香りのする食材を、細かく潰しているのだろうか。その作業をしていると、そのことに楽しさを覚え、時間に追われないでゆったりと仕事ができる今を肯定している。なるほど自分もこんな作者の心境になれたら良いと思うが、今の自分は、楽しむ余裕もなく生活しているような気がする。しかし人の生き方は様々あってよい。自分の場合は、ああでもないこうでもないと右往左往しながら、さまよっている。教育の現場で先生方が子供たちに指導していることは、いかに幸せに生きるかであろう。それは結論の出ない命題であると思えば、自分が右往左往するのも無理はない。往生するまでさまよっているだろう。

 

 

思いと現実

 今は月曜日の夕方、書斎の窓から空を眺めて一日を振り返っている。普段は火曜日の夕方にブログを書くのだが、明日の夕方はオンラインの理事会が入っていて、明後日の夕方もオンラインのイベントで自分がホスト役なので当然ながら時間がない。だから今しか書けない。窓から見る空は、春の陽気で青空に薄い雲が混じっている。春ってこんな日かな、自分は今日何をしたのかな、などとぼんやりと空を眺めている。それはぼんやりと自分を見つめる束の間の安らぎのひとときである。

 とは言っても、先ほど市内の学校から帰って来たばかりである。今日は校内研修会があり、そこで話をして、近い距離なので歩いて帰ってきた。西日が全身を包み、今日も一日穏やかに過ぎたかという気持ちと、そうでもなかったという気持ちが、複雑に混じり合っていた。ブログは公開日記なので、事実にもとづく出来事と、それが公開されるという個人情報を含むことの矛盾した内容なので、複雑なのだ。誰でもうまくいかなかったことは、公開したくないし書きたくもないし振り返りたくもない。しかし上手くいくこともいかないことも、嬉しいことも面白くないことも、喜ぶことも悲しむことも、すべて赤裸々につづることが自分の流儀である。

 お昼時にニュースを見ていたら、アメリカとイランの戦争で、日本も自衛隊を派遣するかどうかでもめていた。あの高支持率を維持している総理でさえ、厳しい現実を見ながら、背中で国民の突き刺すような目線を感じながら、アメリカ大統領と面談しなければならない。現実に向かう厳しさは、庶民には想像もできない。働いて働いてとは言いつつも、成果が見えない交渉事は、誰でも逃げたくなるのは人情である。一国の総理ともなれば、そのことはおくびにも出さない。政治家だけでなく企業も同じで、某有名自動車メーカーが、信じられないような大赤字を計上した、とニュースにあった。経営者の苦渋が伝わってくる。クラスが荒れて思い通りにならない担任は、学校はブラック企業だと思っているだろう。いつまでも泣き止まない幼児をあやしている母親は、可愛さと憎らしさが共存している。この世の中の誰もが、自分の思いと現実のギャップにもがきながら生きている。

 今日の学校は、本年度10回授業参観をして、今日は校内研修会でその総括の話をした。自分の仕事上、GIGA端末の活用にも触れる。生徒に道具を渡すことは、主権が教師から生徒に移ることなのだ、それが今日の学習観であり、知識を伝えることから生徒へ寄り添うことへの転換である、と話した。話しながらふと気づいた。自分は先生方を前に知識を伝えているだけではないのか、先生方に寄り添っているのか、という声が聞こえてきた。講演しながら自分が情けなくなった。言っていることと、していることが逆ではないか、お前は先生方に本当に寄り添っているのか、もしそうであれば、現状の課題と厳しさを取り上げて、そこに助け舟のような知恵が必要なのではないか、それがなくて、研究という美名に隠れた情報を伝えただけではないか、それは知識であっても、生きる知恵ではないと思った。

 先に述べた政治家や企業家や現場に生きている人々に比べれば、自分はなんとひ弱なそして役に立たない人間なんだろうかと思った。だから帰り道の西日の暖かさが自分を慰めてくれているような気がした。今日はなんと暖かいのだろうと思うと、こんな自分でも、夕日が受け入れてくれるような気がして、また頑張ろうかと思った。実は2度目なのだが、「<せんせいの今朝の短歌をよみました>教え子の文われをはげます」(松山光)の句を引く。まるで自分のことを詠んでいるような気がしたからだ。人は時に落ち込み、何かに励まされ、また頑張り、という繰り返しの中で生きている。たわいもない小さな出来事なのだが、誰でもこうして毎日を過ごしている。

卒業式

 今は金曜日の夕方、いつものように2階の書斎の南向きの窓から外を見ると、今日は一日曇りで、今も灰色一色の薄雲が広がっている。まるで真冬のような天気で肌寒く、三寒四温とはよく言ったもので、3月はこのような天気になることも多い。夕方になると仕事や活動が一息つくのか、ふと一日を振り返る。フリーランスの身ながら、それなりの活動がある。今日の一番は午前の卒業式への参加であり、午後はオンラインの会議があった。その間に調べたいものがあったが、今はブログを書く時間である。

 地元の中学校の役員をしている関係で、学校行事に呼ばれる。合唱コンクールやら体育祭やら、生徒たちの伸びやかな姿を見るのは心楽しい。卒業式は自分は少し苦手である。特に今日の天気は冬戻りしたような気温で、広い体育館の中で来賓席の椅子に座っていると、足元からジンジンと寒さが伝わってくる。しまったホカロンを持ってくるんだったと思ったが、途中で出るわけにもいかず、じっと卒業式のプログラムに沿って参加した。毎年の事ながら、特に今年は感動的な卒業式だった。卒業生代表の挨拶は、先生方をはじめ保護者そして来賓の我々をも、涙をこらえることができないほど感動の渦に巻き込んだ。

 まことに中学生は純粋であり、花も実もあるこれから先の人生を生きていくだろう。彼らは上級の学校に進学しやがて就職をし、世の中の波をかぶりながら、苦しいことも楽しいことも経験するだろう。そして年月を経ていく、その門出である。数日前のテレビ番組で、3.11の大災害から15年たったドキュメンタリーを放映していた。多くの子供や身内が、大波に流され世を去った。生きていれば友達とも話をし就職をして、厳しい経験もするだろうが、それを乗り越えて少しずつ人間力を身に付けていくのだ。その可能性がすべてなくなることほど、悲しいことはない。それを思えば、この中学生たちは幸せなのだ。答辞の中に、これまでの日常生活がいかに幸せに満ちていたかをつづっていた。たぶんそれは本心だろう。人は幸せの中にいると、それは透明だから見えないのだ。別の世界に入る時、初めてそのことに気がつく。

 老人になって思うこと、それは若い頃の幸せは過ぎ去ったのではなく、もう一度やり直せることである。年をとったから、もう若い頃のようにはいかないなどは弁解である。年齢に応じた仕事や楽しみや活動はあり、そのことは後になって気づく。若い頃はこれさえなければ、これさえ解決すれば、自分は楽しい人生が送れるなどと考えていたが、今になって思えば、それは錯覚である。それはそのこと自体の幸せが見えないからだ。今振り返れば、そんな仕事があるとは、そんなオファーがあれば、今ならワクワクして活動するだろう。何かのきっかけや変化があれば、そのことの意味を知ることができる。卒業式という区切りに出会って、そのことに中学生も気づく。

 卒業生が式を終え体育館を出るとき、クラス毎に生徒の代表が、「起立礼、ありがとうございました」と大きな声で、担任の先生にお礼を言って去っていく場面がある。男性教員は黒の礼服で、女性教員は羽織袴の和服で、生徒たちに対面して見送る。どの先生も、頬を濡らしている。多感な中学生時代を過ごした生徒たちは大きく成長し、男子生徒は図太い大声で、女子生徒は優しさに包まれた声で、お礼を言った。先生たちはまるで自分の子供を見送るかのように、これからの幸せを願っていた。自分が卒業式で生徒たちを見送ったのは、初めて就職をした高校教師の時代だった。何十年経っても、紅白の垂れ幕に、綺麗な花で壇上を飾り、起立礼着席の合図に従って、この儀式を行っている。それが日本の若者を見送る素晴らしい門出なのだ。

 文脈は離れるが新聞に「池の面(も)の月掬(すく)ってと乞ひし児が春小学校の教壇に立つ」(深沢ふさ江)の句があった。作者の目には、成長してこの春から小学校教師になる若者が、眩しく見えたに違いない。それぞれが自分の夢を持ちそれに向かって進んでいく、平凡ながらそれが大人への道だとすれば、今日はその門出である。思えばその若者たちを見送ることができる教師という仕事も、また素晴らしい職業である。

 

 

苦手

 今は火曜日の夕方、書斎の南向きの窓から見る空は曇ってはいるが、青空が見える。昨夜から今朝にかけて雪に覆われた。そして午後は青空になり太陽が輝いた。今日も何事もなく1日を終わろうとしている。今朝は猛烈に寒かったが、今はちょうどよい気温である。ふと山本周五郎の「雨あがる」の短編を思い出した。小説も面白いが、映画はさらに心に残った。今の天気のように、特に懸念することもなく、それほど喜ぶこともなく、いわば平穏な気持ちで書斎にいる。

 学校訪問をして地域の教育のお役に立ちたいと思い、約5年が過ぎた。3月はその節目の月であり、4月からまた新しい世界が始まる。今日の授業は小学校の国語であったが、ふと別の学校の国語の授業を思い出した。自分が苦手なことをどうして乗り越えたか、というテーマだったと記憶しているが、子供たちの意見は素直で面白かった。ある子供はプールに顔をつけるのが苦手でなかなかできなかったとか、嫌いなニンジンがなかなか食べられず、今でも苦手だとか、自分は苦手な相手がいて仲良くなれないがどうしたらいいだろう、などの発言であった。教科書の狙いは、どのようにして克服したのかにあったと思うが、ほとんどは苦手のままであった。最後に先生が、本当のことを言うと先生も苦手なことが多くて、と話をした。

 後ろで参観している自分も、思わず自分の苦手を言いたくなった。ただ全員が苦手なことを話し、先生まで告白したような話が出てきた時、クラスの雰囲気がガラリと変わった。みんな苦手があるのだ、何でもできると思っていた先生まで苦手なことがあるのかと気づいた時、どこかみんながつながっているような心の安らぎを感じた。教科書の狙いとは違うが、むしろこの方が自然である。子供たちの話を聞いていると、苦手のままだけれども、なんとか努力している姿が目に浮かんでくる。子供は子供なりの今を生きているのだ。それが全員に伝わった時、小さな勇気が出てくるような気がした。

 実はこのエピソードは、自分が関わっているオンラインのイベントで話した。自分はホスト役であり、毎回ゲストを呼んで話を聞いて、自分と対談する。この時のゲストの専門は障害児教育であり、次回のゲストもインクルーシブ教育だったので、自分の最も苦手とする分野だった。だからそのことをはじめに断った。全く無知で素人なので、つまらぬ質問をしてもお許しいただきたいと言ったのだが、この時の話の中心は、普通とは何かであった。健常児と障害児に区別はなく両方が混じっていることが、普通であると、この時のゲストは話した。次回のゲストも全く同じ考えであり、インクルーシブとは、まさにどんな人も包み込むことであった。自分がこの分野は素人だからと、そこに垣根を作ること自体が、意味のないことだと気がついた。

 だから専門家も素人も、そこに垣根を作る必要はないのだ。人それぞれ得意な分野もあれば苦手なこともある。今日の午後は、かかりつけの主治医に行って、1ヶ月分の薬をもらってきた。そのとき先般の大学病院での話をした。なぜか今日は自分が素直になったのか、手術が必要なら任せてみようという気持ちになった。誰でもみんな苦手を持っている、そこに垣根を作らなくてよいと思ったら、医者が専門で患者が素人、医者が権威者で自分は庶民である、などの境界を作ること自身に意味はないのだ。子供も大人もそれぞれの道を生きている。

 文脈は離れるが新聞に、父おどけそれ見て笑う母居(お)れば続く介護も何のこれしき(河合潤子)の句があった。介護する方もされる方も、並々ならぬ苦労があるだろう。作者の両親もそれぞれが愚痴を言うことなく、今の状況の中で精一杯生きることで、お互いに励まし合っている。それが生きる勇気につながっているのかもしれない。その姿を見た作者は、自分の苦労など何のこれしきと、笑顔の両親をありがたく思っただろう。誰でも苦手を持っている。それを認めながら、それぞれの道を前に進もうとしている。このご両親も含め頑張っている人は、どこか尊く感じられる。

病院で診察

 今は金曜日の夕方、南の窓から見る空はまだ明るく、青空にぽっかりと白い雲が浮かんでいる。明日土曜日にブログを書いても良いのだが、手帳に書き込んでいるので、今書いている。手帳は行動予定なのだが、学校や企業の勤め人とは違って、フリーランスの立場上、日程が詰まっている日もあれば真っ白な日もあり、フーテンの寅さんのような気ままといえば気ままだが、どこか寂しさもある。自分の几帳面さなのか、融通が利かない性格なのか、手帳に書いたことはその通り実行したくなる。

 午前中は病院で診察と書いてある。午後はオンライン打ち合わせとジョギング、そしてブログと記載しているので、その通り実行している。病院で診察には少し説明が要る。定期的に薬をもらったり血液検査をしたり、かかりつけの主治医に診てもらうのは、日常生活の一部だが、病院に行くのは事情が違う。主治医が長年の血液検査を見て、その経年変化から大学病院に診てもらった方が良いという診断をくだされ、所沢市内にある大学病院に今朝行ったのだ。日頃通っているクリニックなら平常心だが、大学病院となると少し胸騒ぎがする。何しろ規模が違う。今日は朝から午前中いっぱい病院で診察をしてもらった。

 なぜこんなに人が多いのだろう、なぜこんなに待つのだろう、なぜこんなにという疑問だらけであった。何も疑問を持つことはない、世間では大勢の人が病院に通っているのだ。このブログでも書いたが、手術をした経験もなく、検査入院はあるが正式な入院をした経験もない。だからどこか、心に隙があったのかもしれない。長い時間待たされて医師の前に出た時、医師の隣に医学生が立っていて、臨床の勉強をしているようだ。医師は表情はやさしくありがたいと思うが、その言葉にはどこか反論できないような重みがある。診察を受けながら何故だろうかと考えた。それは科学だからだろうと思った。医師の診断や検査や手術など、すべて科学的知見に基づいて実施される。

 科学とは情に左右されないのである。医師と対話しながら、次々と検査日程が決まっていった。手術なのか入院なのか、自分には無経験のストーリーが用意されて、そこに向かって、いくつかの検査が計画されている。それは自分の気ままなフリーランスの手帳ではなく、科学的知見に基づいた計画である。これだけ大勢の患者が押し寄せているのだ、個人的な用事などは脇に置いて、その計画に沿って検査を受けなければならない。病気とはなんと傲慢なのだろうか、などと意味のないことを考えた。自分は医師に質問した。もし手術となればどのような手術で何日ぐらい入院するのか、そして副作用などの可能性や手術の成功率などについても、聞いた。最後に医師が、もし手術するならば受けますかという質問に、自分は、いや受けません、と答えた。

 論理的で科学的でそして専門的な判断による計画に対して、素人が心のどこかで反論したくなったのだ。市井に生きる凡人は、その論理の直線上では考えないのだ。そして現実になった時は、多分どうしようかと迷うだろう。論理の一直線をまっすぐに進むような考えはないのだ。第一検査の結果も出ていないではないか。いくつかの検査結果という科学的知見と、自分の仕事や家族や生き方などを土台とする凡人の判断とのせめぎ合いである。とは言っても、癌でもなく大手術でもないので心配することはないのだ。それでも凡人の発想は、日常生活に根ざして考えるので専門家とは違う。医学だけでなく政治の世界などは、なぜ戦争を起こすのか、専門家の考えることは、市井の人にとっては全く理解不可能なのである。

 文脈は遠く離れるが新聞に、「日脚(ひあし)伸び太陽近くなりにけり」(福家市子)の句があった。これは科学の俳句ではない。暖かくなって冬も少しずつ遠ざかり、だんだん日が延びてきた、それは太陽が近くなったような気がするのが、庶民の感覚である。その作者の気持ちが読者に伝わってきて、もうじき春がやってくるのかと思うと、素直に嬉しく、そしてまた頑張っていこうという気持ちが湧いてくる。それは科学の感覚ではなく、日常生活の中で右往左往しながら生きている庶民の感覚である。

他と関わる

 今日は始めに皆様に、お詫びしなければならない。昨日間違って、ブログを公開にしてしまった。実はこのブログは既に公開してあったのだが、ブログの記録の中に未公開として保存されていたので、それを公開にしたのだ。だから文脈が全く合っていなかったと思う。恥ずかしい限りである。今は火曜日の夕方で、いつものように書斎の南向きの窓から外を見ると、小雨が降っている。今日は一日中雨が降るようで、外で運動することができず、書斎で仕事することが多かった。とは言っても、午前中は学校の授業参観日だった。そして授業のコメントを書いて送った。

 午後は、学会の理事会があって参加した。もちろんオンラインなので、出かけるための電車の乗車時間がないので、その分時間が自由に使える。夕方にブログを書くまでの時間は、気ままな過ごし方をした。オンライン会議の後、目薬を買いに出かけた。すでに花粉症にかかっているのだが、それとは別にパソコンの画面を見る商売なので、目が疲れる。そのため目薬は必須なのだ。そしてなぜか高校情報の勉強をした。以前のブログでも書いたが、今年の情報Ⅰの大学共通テストの問題が相当に難しかったので、自分でも気にかかっていた。これも恥ずかしい限りだ。

 それでYouTubeの動画で、気になっている内容を視聴した。なるほど面白く、またわかりやすい。動画で公開するような先生は、日頃生徒に教えているプロの教師だろう。しかも評判の良い優れた指導力のある先生だろうと思う。そしてふと午前中の授業を思い出した。特別支援学級の生徒たちが、調べた内容を発表する授業だった。生徒たちは調べた内容をスライドに作成して発表した。特別支援の生徒たちが、見事にスライドを作っていることに拍手を送りたくなった。スライドには、文章と写真やイラストが描かれている。生徒のスライドは個性があって、写真派とイラスト派と文章派がある。どの表現メディアが好きなのかは、生徒の好みに依存するのだろう。

 写真は、現実的であり臨場感もある。それが視聴している生徒たちに伝わってくる。イラストは臨場感はほとんどないが、訴えたい内容や特徴が強調されていて、話したい内容はしっかりと伝わってくる。文章は、簡潔にまとまって概要が正しく理解できる。このように表現メディアの違いによって、情報を受ける側の理解も印象も異なるが、それは既にメディア研究で明らかにされている。生徒たちの発表だけでなく、先生も発表した。それは大変興味深かった。なぜなら、生徒と先生では、伝わり方が全然違うからである。それを生徒たちは体験した。一言で言えば、生徒たちはスライドの文章を読んでいる。しかし先生は話をしている。なぜ話をしているかと言えば、内容が脳内で構造化されており理解しているからである。話し方の方法を述べるのではなく、実際に比較して見せたところに、指導のポイントがあった。

 しかし生徒たちのスライドは、それなりの出来栄えであった。それはインターネットやタブレットなどのデジタル技術の道具の力を、借りたからである。紙に鉛筆で描くことを比較すれば、時間も労力も出来栄えも天と地ほどの差がある。特別支援の生徒たちが、1人1台端末で学ぶことの意味は充分ある。道具を使いながら、自分の気持ちや気づきを表現するのだ。それを他の人に見てもらい、自分自身もさらに理解を深めていく。それが自己理解であり、自己説明である。今日の指導の先生も、YouTubeで視聴したプロの先生も、視聴覚教育研究のことは知らなくても、経験的にすべて分かっている。だから見事なプレゼンをして、聴衆を引きつける。ここ数年は、教育とテクノロジーの分野が脚光を浴びて、どの学校でもデジタル技術を駆使して、生徒たちが自由に表現できる時間が多くなってきた。

 文脈は遠く離れるが新聞に、「<せんせいの今朝の短歌をよみました>教え子の文われをはげます」(松山光)の句があった。新聞に投稿した短歌が掲載されて、教え子から連絡をもらったのだろう。その連絡が電話なのかラインなのかメールなのか葉書なのかわからないが、この作者も嬉しかったのだろう。この先生も自分のような年配者も、他から評価されればそれが励みになる。特別支援の生徒たちも、先生や他の生徒たちからコメントをもらえれば、それが嬉しい。もっとこんな写真を使いたい、もっとこんなイラストで飾りたい、そして上手く伝わるようにプレゼンを工夫したいなどと思っただろう。人はひとりだけでは、作品を作っても意味がない。労作の油絵であっても、倉庫に保管するだけでは何の価値も生まれない。子供も年寄りも、素人も専門家も、生徒も先生も、誰でも人と関わることで自分の価値を知る。

研究会での講演

 今は土曜日の夕方、いつものように書斎の窓から空を見ると、日が伸びたせいか、明るい薄青色の空が広がっている。いつものように、先ほどスポーツジムから帰って来たばかりで、ビタミンCを補給して一息ついて、2階に上がってきた。今日は小春日和で、ジムからの帰り道で、親子連れや若者たちや子供たちともすれ違ったが、どこか華やいでいるような気がする。ジムから西方向に向かって歩くので、遠くに見えるマンションや家々は明るい日差しに包まれていた。

 実は金曜日の夕方にブログを書く予定をしていたのだが、時間がなかった。金曜日の午後は市内の学校の研究発表会があって、自分が一年間関わってきた関係で講演をして、その後諸々の感想やら今後の取り組みやらなどを関係職員の皆さんと話していたので、帰宅は予定より遅れた。実はこの講演には少し事情がある。研究発表会の2日前に教育センターからメールが来て、講演時間の中に公開授業についてのコメントを入れて欲しいという要望が、学校側からきているのでよろしく、という内容だった。

 一瞬急な変更なので、講演は大丈夫だろうかと思い、公開授業を見学して、すぐにコメントが言えるだろうかと不安になった。それが正直な自分の気持ちだった。公開授業は7教科で、コメントしたとしてもそれなりの時間がかかる。講演内容をどうしようかと思って、スライドを見直した。歳をとってくると即座に対応することが苦手になって、余裕を持って準備する習慣がついて、講演のスライドもかなり前に準備していた。それを画面に提示して内容を確認した。そして愕然となった。

 あれほど準備していた内容が、自分の頭に入ってこないのだ。どうしてもピンとこない。なぜだろうと思い焦った。そんな時、人は楽な道を選ぼうとする。いっそのこと7つの授業のコメントを話し、授業者に質問をして、講演時間をそれで埋めたらどうだろうかと思った。そうすれば自分と参加者との間に会話が飛び交って、むしろ充実した時間になるのではないか。自分が独演会のように話すのは、むしろ退屈ではないのか。学校側の要望では、授業コメントと講演なのだが、それは無理で、授業コメントだけで済ます方がふさわしいのではないかと思った。

 仮にその方式を採用したとしても、授業コメントは何の準備もなく、出たとこ勝負で話しなければならない。簡単な概要は書いてあったとしても、それを元にしたコメントは、参加者の胸には響かない。生きた授業を見ていないからである。一つの授業を5分程度見たとしても、自分にそのポイントが見えるだろうか。それでも多分講演時間は埋まらない。そうならば、これまで準備した講演スライドを、コンパクトにまとめなければならない。それしか自分の責任は果たせないだろう。

 一昨日その作業に取り掛かった。それは自分にとって不思議だった。一時間でも話せる内容の骨子は同じだが、ほとんどすべての資料が入れ替わり、1/3ぐらいの分量になったのだろうか。それが出来上がった時、自分の胸にスッと入ってきた。自分が言いたかったことは、これではないのかと、まるで自分の分身が生まれたかのように、生き返った。この資料で時間があるかどうかは別として、なんとかなると思えた。

 昨日の講演は、予定通り公開授業のコメントを話したら、残り時間が少しだけになった。その時ふと思った。参加されている先生方は、授業コメントだけでなく、事前告知もしたので、講演も聞きたかったのではないだろうか。それを伝えなければ、自分はまるで詐欺師のようなものではないか。そう思ってスライドを投影した。先生方がノートにメモを取ったり、こちらを向いている姿が、自分には眩しく見えた。話を聞いてもらえるだけでただ有難かった。時間を忘れた。終わった時、大幅に講演時間を過ぎていた。

 文脈は離れるが新聞に、「落ち葉掃くそんなことさえ嬉しくて病癒えたる顔の輝く」(杉本葉子)の句があった。自分の心境はこの句の通りだった。自分のようなものでも、少しお役に立てたという嬉しさである。そして思う。授業コメントを入れてほしいという要望が、講演内容を変えてくれたのだ。準備した内容であったら、何も参加者の心には入っていかなかっただろう。その要望が自分を変えてくれたのだ。準備した内容で満足するのではなく、もっとましなスライドを作れという声だったのだ。のような気がした、

頑張る

 今は金曜日の夕方、先ほどジョギングから帰ってきて2階の書斎に上がって、いつものように南向きの窓から、マンション群と曇り空を見ている。ブログは週2回、火曜日と土曜日または金曜日なのだが、時間が取れる時に書いている。40分程度の小さなジョギングで西の方向に走ってきた。1日に少しでも良いので体を動かさないと、どこか体調が悪くなるような気がする。帰ってきて、今日はデコポンでビタミンCを摂取したが、これが絶品の味で、体の中に染みわたって美味しいと言いながら食べた。スーパーで買ってきた家内も、まんざらでもないような顔つきをしていた。

 ジョギングに出かける前は、オンラインの研究会があって参加したのだが、どうもパソコンが不調で、時間に遅れた。というのは自分の照れ隠しで、本当はオンラインにどういうわけか、はじかれてしまった。1ヶ月前の前回も似たような症状があったのだが、気に留めないでいたが、今日は完全にそっぽを向かれてしまった。前回はいろいろ試すとすぐに入れたのだが、今日は無理だった。Teamsなのだが、人とデジタル機器にはどこか相性があるのか、うまくいかないことがある。

 しかし本当は相性なんかではなく、知識が足らないからなのだ。自分は仕事上で2週間に1回、オンラインで対談をしている。大勢の参加者がいるので、オンラインが故障すると大変な迷惑がかかるので、細心の注意をしている。ネットワークやパソコンも予備を備えているのだが、今日の研究会は仕事ではないので、気楽に構えている。それがつまづく原因だろう。どうしてもうまくいかなかったので、ブラウザではなくアプリに切り替えようとしてインストールしたので、時間がかかったのだ。機械の故障には、必ず原因がある。それが見抜けなかった自分が恥ずかしい。

 こんな些細なことなのだが、自分の知識のなさに愕然とした。考えてみると人の知識などたかが知れている。ネットワークの仕組みが分かっていたとしても、目の前の故障に時間がかかるようでは、本当は分かっていないのだ。今日の発表者は大学院生の頃から指導してきたが、自分が知っているはその当時の学生であり、彼は今日までに進化してきたのだ。話の合間に、参加者に気を遣っていることが読み取れる。社会に出れば、色々な人に出会い、自分の知識の乏しさに気づき、自分の未熟さを知っていき、この世の中を生きていくのだ。自分のような年齢になっても変わることはない。

 文脈は離れるが新聞に「博多発、就職列車の終点は赤いレンガの東京駅だった」(山下洋次)の句があった。この作者は、東京駅に降り立った時から何十年経ったのだろうか。時には天下を取ったような高揚した気分にあることもあっただろうが、日々の生活では、まだまだ自分は足らぬとか、こんなこともできない自分なのかと、落ち込むこともあっただろう。しかしそうして自分を磨いてきたのだ。世の中にはとんでもない秀才もいるが、そのような人も自分はダメだと何度も何度も自分を責めて頑張ってきたのだと思う。専門の分野を深めれば深めるほど、人間の知識などちっぽけなもので、何もわかってはいないことに気が付く。だから、もう少し頑張ってみようと思って、上を向いて歩くのだ。古い言葉だが、頑張る人の姿は美しい。