明日は大晦日

 今は12月30日の夕方で、静かに暮れようとしている。月並みだが月日の経つのはあっという間で、明日はもう大晦日である。歳をとってくると日々の生活に大きな変化はなく、今日も平日と変わらない過ごし方をしている。午前中は書斎で仕事をし、午後は少しだけの掃除と買物とスポーツをして、夕方を迎えている。

 近所のスーパーに少しばかりの買い物をして帰る時、小川の向こうにはっと息をのむような美しい夕焼け空が見えた。小川には鴨がいて、川向こうのオレンジ色の空と、寒々とした黒っぽい水の流れが、今年の終わりを告げているような気がして、ふと足を止めて見ていた。今年もいろいろあったが、まあよいではないかと思う。自分の感じ方も、この頃は賑やかで晴れやかさよりも、静かさや何気ない物憂さの方に惹かれることが多い。テレビ番組も、年末になると長時間番組で派手な演出が多いが、自分はどうも苦手である。NHKの小さな旅などの平凡でどこにでもありそうな風景と、肩を寄せ合って助け合っていく人たちの姿が、この上なく尊く見える。

 午前中は、ある学会の依頼で資料を集めて原稿を書く準備をしていた。原稿というより、学会なので論文である。論文となると心構えが違っていて、形式もほとんど決まっているので、自由奔放というわけにはいかない。特に参考文献が重要で、その文献を読むことに膨大な時間がかかってしまう。何日かの時間をかけてようやく構成を作り、参考文献も織り交ぜて、いよいよ今日から原稿執筆にとりかかることになった。自分の感覚では、準備の方が大変で、参考文献と図表など必要な資料が揃えば、それ以降はそんなに難しくはない。それは材料を集め手筈も整えて、あとは手順通りに煮炊きをする料理に似ている。できあがりが美味しいかどうかは分からないが、それは反面楽しい作業かもしれない。

 論文の構成はほぼ決まっているのだが、今日はなぜか原稿の流れが違った。材料の準備ができれば、後は型にはめるだけと思っていたが、はじめの書き出しから文章が流れて型にはまらないのだ。論文の形はわかっている。しかし水が形に沿わないで思わぬ方向に流れていくような感じだった。もちろん完成しているわけではないが、なぜだろうと自分を振り返った。原稿を書く前は、PDCAサイクルのように、計画を立て、その通り実行し、計画に外れてないかチェックして修正する予定であったが、それが崩れた。学会依頼の論文ならば、裃(かみしも)を身につけなければならない。それがまるで庶民の普段着のような着物だとしたら、笑われるかもしれない。

 歳と共に、自分の感じ方が変わってきたとしか言いようがない。演出を凝らしたテレビ番組よりも、庶民の日々の生活を映し出す映像の方に惹かれることに似ている。準備はする、それなりの参考文献もオリジナルな考えも含まれているのだが、きちっとした論文構成にすることに、小さな違和感を感じるのだ。観光地に行って目を見張るような晴れやかさよりも、小川の向こうに見える茜色の空の方に美しさを感じることに似ている。ふと思う。PDCAは計画を立てる時に有効だとは思うが、実施する段階ではそれほど意味はないのではないだろうか。我々の生活はほとんどが計画通りにいかないからである。振り返ってみたら、今年1年の出来事も計画書にはなかった。

 今日と昨日の新聞には歌壇・俳壇欄がなかったので、2週間前の新聞から一句を引く。水道にぼろ着せるなり冬支度(小川月子)。水道水が凍らないように、寒さが厳しい地域では、このような準備をするのだろう。そこに暮らす人々の優しさと庶民の知恵がある。全国のいろんな地域で、新年を迎える準備が進んでいるだろう。脈絡はないが、自分は日本人に生まれて良かったと思った。

外の世界

 今は金曜日の夕方、いつものように書斎の窓から外を見ると真っ暗で、冬至から数日しか経っていないので日の暮れるのが早い。朝夕はめっきり寒くなった。危険な暑さとか猛暑と呼ばれた夏も過ぎ、暖冬と言われながらも、ここ数日は冬の景色になって、北国では大雪注意報が出ている。太平洋側の地域でも、雪は降らないが寒さが身にしみる。一昨日は一日中雨で一段と寒かった。自然にやはり例外はないようだ。

 明日土曜日にブログを書くのが通例だが、月曜日に書いたので4日目なので良いかと思い、パソコンの画面に向かっている。昨日木曜日の夕方オンラインの打ち合わせがあって、それが仕事納めであった。水曜日も定例のオンラインのイベントがあった。正直に書けば、このイベントは自分は苦手な分野だったので、少し気が重かった。雨が降る寒い一日だったからかもしれないが、どうしようかと迷っていた。誰にでも同じような経験があるだろう。苦手な分野で対談をすると、不安になる。いつもは臨機応変に対応すればよいのだと思っているから、ほとんど準備しないで対応してきた。

 しかし一昨日は違っていた。何の資料もなくその場で対応するには、自分の知識が乏しすぎる。心のどこかで逃げたいとか、早く終わってゆっくりお風呂に入りたいとか、そんな思いが頭の中をぐるぐる回っていた。そしてふと思いついた。自分に知識がないなら調べればよいではないか、という当たり前の対応策である。さっそくネットで調べたら、ああ、こういう事なのか、なるほどそういえばこんなこともあった、といつの間にかその世界の中に入っていた。自分に知識がないだけ、乾いたガーゼに水が染み込むように、自分の脳の中に入ってきた。それは楽しい作業だった。何か嬉しくなってオンラインで対談したら、相手の先生の話はさらに予想を超えた内容で、素晴らしいの一言であり、自分は感銘を受けた。

 その後、自分はなぜあの時調べればよいのだという平凡なことに気づかなかったのか、気づくまでに悶々と一人相撲をとっていたのか、と考えた。そしてそれは、いつも通りでよいという思いから抜け出せなかったからである。事前に調査するという作業は不要だという思い上がりだったのだ。習慣化された行動や考え方は、それが当たり前と思っているから、そのこと自身を疑う目や耳はもっていないのだ。専門家とか高齢者になれば長い間その世界で生きているので、それ以外の世界が見えず聞くこともできないのか。それは怖いことではないか。自分の世界から外へ目を向ければ、あれほど不安だったイベントが感動に変わる。

 文脈は遠く離れるが新聞に、家々の柿の明かりにつつまれぬ(芝岡友衛)の句があった。最近はあまり見なくなったが、農家の軒先にたくさんの干し柿がつるしてあって、それが黄色に赤紫が混じった鮮やかなオレンジ色で、今時分の冬の青空をバックにすると、そのコントラストが目にしみるような感じがする。渋柿があの甘い干し柿になるのかと思うと、なぜか心が豊かになる。そしていつまでもこの平穏な日々が続けばよいのにと思ったりする。作者は、干し柿という明かりに包まれたような幸せそうな家々だと感じたのかもしれない。日常生活の中で、ふと平和な家々だと感じたのだろうか。それは非日常的な感覚かもしれない。自分が別世界のように感じたイベントも、同じ非日常的な感覚だったような気がする。山に登ってその頂上で下界を見ているような感じで、平地に住んでいればその感覚は出てこない。あと数日で今年も終わる。今年一年の自分を振り返ってみたい。

 

決断

 今は月曜日の夕方、書斎の窓から見る空は真っ暗で、マンションの灯りだけが規則正しく輝いている。月曜日にブログを書くのはもちろん事情がある。明日は都内で理事会があり夕食も出るので帰宅は夜となり、ブログは書けないからである。別に曜日を決めているわけではないが、週に2回、前半と後半に分けて日々の出来事を綴っている。2回書くとすると、その間は2日か3日しかないので、その短い期間での出来事を書くことになる。そんな些細なことであっても塵も積もれば山となるの諺どおり、このブログも1000篇近くになる。

 筆が動く限り、いやパソコンに指が触れることができる限り、自分の身の回りに起きたことを書き残すだろう。できれば往生するまで公開日誌を書きたいが、多分そうはいくまい。自分の尊敬する先生は、文字通り臨終までベッドの上で原稿を書いておられたと聞いている。実際はどうであったかは分からないが、先生の生き様からすればそのほうが自然である。それは自分の考えていることを文字で表現することが、先生の存在証明のようなものだからである。先生が先生であるということは、今最も関心のあることを自分の言葉で表出して、他に伝え、他がそれを受けて納得したり感銘を受けたりすることで、先生そのものが他の中に生きるからである。

 その先生は、ずっと走り続けずっと求め続けずっと表現し続けた人であった。自分などは遠く及ばないが、その姿を真似たいと思う。求め続けるにはどうすればよいのだろうか。昨日の夜出張から帰宅した。出張先で素晴らしい講演を聞いた。自分とは少し研究方法も違うが、その徹底した追求の仕方はまさに研究者の姿であった。自分には到底真似できない先生であるが、その姿が聞く人の胸の中に入り込んで、灯りをともすような印象を受けた。こんなにも先端を追求していたのかと思うと、自分などはまだまだで、とても人前で話すような器ではない。ただ自分もせめて勉強し続けたい。それしか方法がない。それが自分であることの存在証明だろう。

 しかし人は年老いていき、病気になって思い通りにならない事態も生じてくる。自分の尊敬する先生も例外ではなかった。それでも不自由を不自由ともせず、最後まで原稿を書き続けられた。どのようにしてその厳しい状況を乗り越えられたのか、自分にはわからない。新聞に、木枯らしが窓打つ音を聞きながら書かねばならぬ手術同意書(夕月秋人)の句があった。作者も不安で、同意書を前に心が揺れ動いたのだろう。この句を読む時、作者の決断が自分に伝わってくる。どんなことが起きようとも手術を受けるのだと、作者自身に言い聞かせたに違いない。尊敬する先生はどうだったのだろうか。たぶん同じように決断したのだろう。これを乗り越えなければ研究ができない、研究ができなければ、自分は自分でなくなる、それは耐えられない、それに比べれば手術することなど小さな波にすぎないのだと思われたのではないか。自分もこれから先どうなるか分からない、病気だけではない、いろいろな耐えられないような出来事もあるかもしれない、しかし自分が自分であることを続けようとするなら、障害は乗り越えられるような気がする。それは決断一つにかかっているのだ。

 

 

自信がない時

 今は金曜日の夕方、いつものように書斎のパソコンの画面に向かっている。ただいつもと違うのは、土曜日でないことである。当然ながら事情があって、土日が出張である。明日の夕方は懇親会があって、とてもホテルでブログを書く余裕と時間がない。日曜日の午前中に自分も講演するが、この出張は自分にとっても大変重要なので、講演内容については以前から準備していた。明日土曜日の早朝に家を出て羽田に向かう。

 今日のブログは、1週間を振り返って出来事を思い出してみる。今年の学校訪問が今週で終わった。内心ホッとした。もう5年間も続いているが、市内小中学校の6校を毎月訪問して、授業を参観しコメントを送っている。これも自分にとっては大切な仕事であり、地域への貢献活動と思っている。コメントを書く時、内心ビクビクすることが多い。小中学校の教員経験がないので、こんなことを書くと笑われるのではないかとか、まるで答えが分からなくて先生に当てられたらどうしようかと、不安に思っている落ちこぼれの心境に似ている。だからたまに、先生のコメントを職員が楽しみにしていますと、教頭先生から言われると、劣等生が先生に褒められたような気持ちになって、飛び上がるほど嬉しい。

 今週はオンラインだが研究会があって、自分がコメントした。この時は多分このようなストーリーだろうと、研究発表者の内容を事前に推測できた。だから緊張することもなく、パソコンの画面を見ながら、まるで大学院生を指導するような気持ちだった。しかし最後にコメントをする時、自分は本当は研究発表者の本質をつかみきれていなかったのではないかと、ふと思った。だから最後になって必死に考えた。ようやく別の視点が見えてきて、そのことを伝えた。そして自分の至らなさに気がついた。研究指導はもう何十年もやってきて、およそのことは見通すことができると自負していたのかもしれない。最後になって必死になった時、初めて気がついた、というより、天から教えてもらったような気がする。

 今週を振り返ってみると、自信がある方が、薄い氷の上を歩いているようで落とし穴があって危ない気がする。自信があると、氷が薄いのか厚いのかも見えなくなるのではないか。これに反して自信がない方は、ビクビクしながらでも、相手をよく見ようとか、状況をよく確かめようとするので、むしろ本質を読み取れるのではないか。逆説のようだが、確かにそんな気がする。しかしこんなことは昔から諺でよく言われている。油断大敵とか、勝って兜をとか、実るほど頭の下がるとか、能ある鷹は、など誰でも知っているのだが、現実に遭遇すると難しい。それは頭の中だけで知っていることだからである。歳を取ってくると、いろんなことを経験して、その経験値の中から、なるほどその通りだと納得することが多い。

 文脈は離れるが新聞に、ふるさとに来るのも今日が最後だと幼なじみに告げずに帰る(金内二郎)の句があった。作者に何があったのだろうか、最後のお別れにふるさとにやってきて幼馴染と話をしたが、これが最後だとは言えなかった。多分そのことを言うのも切なくて、口に出せなかったのだろう。仕事のことでうまくいかなかったのか、家庭のことなのか、あるいは病気のことなのか、詮索するのはもうやめよう、誰でも人に言えないことがある。多分幼なじみも、作者の気持ちを察していたのかもしれない。だからあえて口にしなかったのだろうか。しかし自信のない時こそ、落ち込んでいる時こそ、本質に気づくことが多いのだ。そうだ、こうすればいいのではないか、という天啓のような気づきが生まれる。自信がある時にはそんな気づきはあまりなく、経験値の延長のような考え方しかできない。だとすればチャンスはまだある。心配はいらない。

 

ずっと続かない

 今は火曜日の夕方、いつものように2階の書斎でパソコンの画面に向かっている。南向きの窓のカーテンは閉めて、部屋の暖房を維持している。12月も半ばとなれば、クリスマスや大晦日はもうすぐで、今年も1年が終わるのかと思うと、平凡ながら月日の経つ早さに驚くばかりである。今日は昼間に床屋に行き、帰ってすぐジョギングに行った。床屋は今年の散髪納めである。床屋の主人と世間話をしながら、過ぎゆく月日の短さに同感した。

 昨日はTSUTAYAに手帳とカレンダーを買いに行った。手帳は毎年同じ種類でないと気持ちが落ち着かないことは、誰も同じだろう。カレンダーは書斎用の卓上カレンダーを買ったのだが、日頃出入りしている業者の卓上カレンダーが今日届いた。これも毎年同じ業者のカレンダーだったのだが、来年は買ったのにしよう。こんなことを考えると、1年の締めを知らぬ間にやっている。そして思う。今年は何があったのだろうか。誰も同じだが、嬉しいことや楽しいこともあっただろうが、思わぬ出来事や思い通りにならないこともあっただろう。真新しい手帳を見ると、楽しいことだけで埋まればいいなと思うが、そんなことはあり得ない。来年も山あり谷ありの1年だろう。

 昨日は、かかりつけの内科医院に行った。月に1度行って薬をもらうのである。先月はインフルエンザの注射と血液検査があったので、その結果が知らされた。自分は手術や入院はほとんどしたことはないが、血液検査ではいろいろな異常値が出ている。血圧や尿酸値や脂肪肝などで、その薬をもらっている。昨日の検査結果では、医者が意外なことを告げた。一度大学病院にも相談した方がいいかもしれないと言ったので、正直なところビクッとした。これには事情があって、ブログで書くのは厄介なのだが、かつて大学病院で検診を受けたことがあった。これが1年に1回~2回なので都内に出かけるのも面倒で、市内のかかりつけの内科医院で血液検査をしてもらうことで、了解してもらった。その数値が上がっているらしい。来月もう一度血液検査をすることになった。

 自分は運動もしているし、健康のことは心配ないと思っていたが、こんなことも起きるのだ。だから調子がいいと思っていても、永遠に続くことはなく、必ず落とし穴がある。逆も言える。思い通りにならないことや、こんなつらいことが続くのかと思っていても、必ずどこかで好転することがある。人は今の状況が将来にわたってずっと続くと思っているが、現実はそうではない。必ずどこかで変化が生じる。今朝なぜか午前3時に目が覚めた。珍しく寝つきが悪く、スマホでメールなどを見ていたら、ますます目が冴えてきた。普段なら数分もすれば寝付くのだが、今日は寝られないのかと思っていたら、目が覚めたのが5時半だった。寝られなかったのは1時間ほどだった。なんだ、いつの間にか眠っていたのか。

 新聞に、シドニーの天気伝ふる深夜便ねむれぬ同士星座となりて(丸ケ崎結子)の句があった。ラジオ深夜便なのだろう。夜眠れぬ高齢者のファンが多いと聞く。シドニーなら地球の裏側だから、星座になって日本とシドニーの天気を見ているのだろうか。夜眠れなくても、全国に同じラジオを聴いている仲間がいると思えば、寂しくもなくどこか安らぎさえ覚えるのではないか。解釈は違うかもしれないが、眠れなくても長くは続かない。自分の場合はたかだか1時間ほどであった。血液検査の結果も、その時のこと、今から心配することなど一切ないのだ。全く意味がない。1年を振り返れば、あーすればよかったと思うこともあるが、済んだことは全く意味がない。だから人は誰でも、過去ではなく、未来を見つめて来年は良い年にしたいと思って努力するのだろう。それでいいのだ。

使い分け

 今は土曜日の夕方、窓から見る外は真っ暗である。休日のパターンであるが、いつものようにスポーツジムから帰って書斎に上がったところである。ジムに行く途中にコミュニティ広場があって、大勢の親子連れでにぎわっていた。屋台の店も出ている。なんだろうと思ったら、サンタフェスティバルであった。そういえば毎年この時期に、大勢のサンタの格好をした人たちが、この広場や目抜き通りを歩いて、子供たちに小さなプレゼントなどを渡している光景を目にした。今年もサンタの季節になったのかと感慨深く思った。

 赤帽子と赤い服を着た数十名のサンタのトランペッターが、クリスマスソングを生演奏している。多分市民吹奏楽団なのだろう。コミュニティ広場は、音楽と親子連れと屋台の店で大賑わいで、初冬の寒さを忘れるような空間だった。子供向けの赤いりんご飴や大判焼きなどが売られて、子供たちはニコニコして楽しんでいた。昔友人と仕事でドイツに行ったことがある。サンタの季節だったので、この風景に似た広場に、大勢の市民が集まって寒い夜を楽しんでいたことを思い出した。友人と広場の店で赤ワインを注文して飲んだら、温かい赤ワインだった。なるほど、身を切るような寒さでは温かい赤ワインがこの上なく美味しいのだ。どの国でもいろいろな知恵が働くのだろう。こうして寒い季節を楽しみに変えているのだろうか。

 今日のお昼、1階のリビングの部屋に、注文していた新しいベッドが届いて業者が設置をした。これまではレンタルベッドだったが、これからずっと使うので買ったのだが、 2階の寝室にあるベッドと違って、頭部も足部も電動式で上下できるコントローラーが付いている。家内が退院したとはいえ、足腰に無理がかかってはいけないのでこのベッドが必須なのである。2階は自分が、1階は家内が寝起きすることになった。自分は書斎とベッドが2階にあり、家内は台所もミシンもテレビもベッドも1階で、洗濯物の物干しは庭にある。つまりこの住み分けで快適に過ごせるのだ。歳をとってくるといろいろな不都合も起きてくるが、そこをうまく工夫すれば、不便ではなくむしろ快適になる。

 文脈は離れるが新聞に、ポケットの中の拳や冬めける(池田雅夫)の句があった。冬めけるは、冬めく、の意味で冬の季語だとネットに書いてあった。寒くなれば誰でも手をポケットの中に入れたくなる。手はポケットの外でも中でも握りしめている。もちろん手袋をしていなければ、その方が温かいからである。誰に教わったわけでもないが、人は握りしめることで保温をして血液循環も良くしているのだろう。人の体がそのように自然に反応して身を守っている。同じように、ことのほか寒いドイツの冬を、温かい赤ワインを飲んで、ほんのりとしたアルコールで体の中から温まる知恵を出したのか。市内のサンタフェスティバルも、家の中にじっと閉じこもりたくなるような季節を、フェスティバルで外に出そうとしているのか、これも市民の知恵だろう。

 自分も新しいベッドのある1階のリビングに体を横たえたら、南向きの部屋なので暖かい日差しがさんさんと入り込み、なんと気持ちが良いのか、このままひと眠りしたいと思った。だが待てよ、土日のスポーツジムに行くのを休めば、それが続いてしまう。健康を維持するには、ジムに行くほうがよいと思って出かけた。ひと眠りすることは自然に沿うことであり、ジムに行くことは自然に逆らうことでもある。冬に手を握りしめるのは自然に沿うことであり、温かい赤ワインやサンタフェスティバルは自然に逆らった人間の知恵であると思えば、人は自然に沿うことと逆らうことをうまく使い分けているのではないか。

ゴミ箱

 今は火曜日の夕方、いつもの通り2階の書斎で机に向かっている。あまり理由はなくても時間があっという間に過ぎていき、忙しい一日だった。ついさっきまで論文のチェックをしていた。論文査読とほぼ同じだが、きちんとした論文を読むと背中がまっすぐになるような気がして、お前もちゃんと勉強しろ、という天の声が聞こえてくる。とは言っても、怠けているわけではなく自分なりの仕事をしている。

 我が家の庭に少し大きめのゴミ箱がある。ゴミの種類によって回収曜日が決まっているので、ゴミがたまる場合が多い。燃えるゴミ・プラスチック・段ボールなどは、かさばって片付かないから、庭にゴミ箱を設置している。家内が手術をして退院しても足腰は無理できないので、2階の洗濯物の物干しを庭に移した。その関係でゴミ箱の利用の仕方が少し変わった。細かくは述べられないが、ゴミ箱の上の蓋を開けて、ゴミを一時的に貯めておくのだが、その蓋がたまに落ちてくることがある。片手で蓋を持ち片手でゴミ袋を入れるのは、老人にとっては厄介なので、昨日家内が蓋に頭をぶつけた。

 今日午前中は学校訪問で時間がなかったが、午後時間ができたので、蓋を開けたまま棒で支える仕組みを考えて取り付けた。細かいことは書かないが、70cmの棒をゴミ箱の台に磁石で取り付けて、蓋を開けた時には外して支えるのである。こんな小中学校の工作のようなことでも、あれやこれやと考えて、必要な機材はホームセンターまで行って買ってきた。そしてうまくできた時には嬉しくて、家内に自慢した。

 日常生活を送るには、こまごまとした仕事が要求される。歳を取ってくるとこれがなかなか厄介になってくる。昨日は防犯カメラにmicroSDを取り付けた。これもスマホにインストールしたアプリで、操作しなければならない。世間では老人はそのような仕事を止めて身内などにやってもらうようだ。ただ自分はなるべくできることはやってみようと思っている。それは面倒なことはなるべく早く片付けて楽になりたいのではなく、できた瞬間が面白いのである。今日もゴミ箱の支え棒を作ったので、早く使ってみたいと思い、防犯カメラも映像がスマホに送られてくると、ニコニコしている。この前のブログでも書いたが、気楽になりたいのではなく、むしろそれが楽しいのである。

 歳を取れば、若い頃のようにはいかないことは当然である。それを嘆くのではなく、年相応に工夫したり取り組んだりすれば、楽しいことはいっぱいある。文脈は離れるが新聞に、秋晴れの丘ベッドより見上ぐれば青春映画の自転車隊ゆく(若元秀人)の句があった。病院のベッドなのか自宅のベッドなのかわからないが、窓から見える丘をまるで映画のように、自転車に乗った若者たちが進んでいく。多分笑い声を上げながら走り去っていったのだろう。それを見上げている作者はどんな気持ちなのだろうか。誰でも歳を取っていくのだ。自転車に乗りたくても乗れないだろう。しかし自分も歳を取って分かることは羨ましいとは思わない。小学校から大学まで青春の中にも悩みはあろう。老人と同じなのだ。いろいろあっても、自分が今できることをこなしていくことで楽しい時間を過ごせる。昨日も今日も自分は空に向かって口笛を吹きたくなった。

気楽な生き方

 今は土曜日の夕方、いつもの通り2階の書斎でパソコンの画面に向かっている。冬至が近いせいか、日の暮れるのが早く外は真っ暗である。土日の過ごし方は、いつものようにスポーツジムに行っている。気温もぐっと低く、ジムに行く時ジャンパーの下に薄いベストを着た。100円ショップで買った手袋もして出かけた。自分はこの安い手袋が気に入っている。頬に当たる風の冷たさと手の温かさのコントラストが、12月の実感と我が身を守る防寒具のありがたさを感じるからである。

 今日の午前中は、お墓参りに老夫婦で行った。藤枝市から所沢市に墓地を移して、何年経ったのだろうか。市内に墓地があれば毎月お参りできる。きれいに晴れ上がった青空の下、緑と黄色と赤の混じった木々に囲まれ、お墓の周りは管理会社が手入れをして、みずみずしい花で囲まれている。家内は菊の花をお供えしたのだろうか。自分はお線香に火をつけてお墓に供えた。今日は土曜日のせいか、法事があったりお墓参りに来たり、それなりの人が来ている。墓地はまるで公園のようで、花と芝生に飾られて静謐な空間になっている。

 毎月来ているので、墓地に眠っている両親に言うことはほぼ同じで、近況報告である。本来は仏になった両親には、自分たちも健康で頑張っているから心配しないでいいよと、安心させるのが子の務めなのだろうが、我々老夫婦は少し世間と違っている。安心させるよりお願い事をしている。誠に親不孝なのだが、両親に墓の前で言うと、分かった分かったいいよと、笑顔で答えてくれそうな気がするからだ。墓の前では両親の優しくて機嫌の良い笑顔しか思い浮かばない。だから甘えているのかもしれない。

 お願い事はたいてい決まっている。老夫婦と息子夫婦と娘夫婦は、病気のこと仕事のこと職場の人間関係のことなどで、孫たちは勉強のこと進学のこと友達関係のことなど、どこの家庭でも同じようなものだろう。自分は手術や入院はしたことはないが、血圧検査ではそれなりの異常値が出ている。高血圧・尿酸値・脂肪肝などの懸念があって毎朝薬を飲んでいる。家内は腰や足が痛くなっている。日常生活に支障はないので老化現象なのだからそれほど深刻ではない。働き盛りの息子夫婦と娘夫婦は、いろいろなことで頭を悩ませる。よくお父さんは気楽でいいななどと言うことがある。

 しかしこの世の中に、悩みもなく気楽な生き方をしている人はどこにもいない。ニュースを見れば、政府もあっちからもこっちからも突かれ、答弁にも苦労している。外交問題は厳しく、気の休まる暇もないのではないか。国内でも大火災が発生して、被災者にはこの寒空の下で厳しい生活を強いられる。テレビ番組を見ていたら、もうどうすることもできません、生きる勇気が出てきませんと嘆いている。その通りですねと同情はできても、それ以上の支援はできない。定年になったら気楽な生き方をしたいと思って、農村に移住する人も多いと聞くが、現実はそれほど楽ではない。こんなはずではなかったと後悔する人も多いという。どこに気楽な生き方があるのだろうか。

 文脈は離れるが新聞に、一粒を含みて思う亡き息子幼時ぶどうを「どぶ」と言いしを(大門とよ子)の句があった。息子を亡くした悲しみは、その経験者でなければ誰にも分からない。まして可愛い盛りの我が子を亡くせば、どれほどの悲しみがあったのだろうか。どれほどのもがきと苦しさを乗り越えてきたのだろうか。子の親ならば、どんな姿形でも良いから生きていてほしいと、神に願ったに違いない。

 それを思えば、気楽な生き方などは口に出してはいけない。少しぐらいの老化現象や仕事の人間関係や、業績が良いとか悪いとか、勉強ができるできないの、など吹けば飛ぶような小さな小さな出来事である。このような出来事は、生きているからこそ生じるのだ。生きていれば必ず遭遇するのだから、相棒のようなものである。一生付き合えばよいのだ。気楽に生きるには、認知症にでもなるしかないだろう。歳をとっても気楽なことなんてない、それに向き合う方が楽しいよと、子供たちにも言うのだが、信じたくないようだ。

 

実験

 今は火曜日の夕方、昼間は天気が良かったが、文字通り晩秋の一日だった。この季節は、木々の葉っぱが黄色や赤色に染まって、公園などは、一面が黄色い落ち葉で敷き詰められている。午前中は学校訪問があって、中庭のほとんどが花や畑や木で覆われているので、4階の教室から見たら、緑や黄色や赤の極彩色で、思わず見惚れた。市街地ではない、ここだけの幸せな空間のように思われた。晩秋はどこか物寂しいところもあるが、静かで平穏な季節である。

 この前のブログで防犯カメラの設定について書いたが、ブログを書く前の短い時間だったので時間切れだった。家内のリクエストで防犯カメラを設置したのだが、正解だった。テレビ番組を見ると、老人目当ての詐欺電話や偽の届け物が頻発しており、今年は特に被害額が急増しているという。用心に越したことはない。設定になぜ時間がかかったかというと、家内のスマホで設定したので、家内のアカウントがホストであり自分はメンバーであった。ホストしかいろいろな設定ができないことを、つい忘れていた。昨日は設定を変えたり、カメラの向きや角度を変えたりして調整をしたら、2人とも満足した。考えてみればこれは物理の問題であった。

 寒くなるとビールは飲まないが、一昨日は焼肉だったので冷たいビールを久しぶりに飲んだら美味しかった。ただベッドに入って3時間ぐらいで目が覚めた。小用を足したくなったのだ。トイレに行ってその後ぐっすり寝たので合計6時間は眠れた。この頃夕食で飲んでいるのは赤ワインか日本酒である。赤ワインならばほぼ6時間ぐらいぐっすり寝て、途中で目が覚めない。日本酒ならばほぼ8時間ぐらいぐっすり寝て、途中で目が覚めない。これはアルコール度数のせいか液体の量のせいか知りたくて、実はいろいろ実験していた。詳細は略すが、結果は量の問題ではなく、赤ワインと日本酒の特性の違いによるものだと分かった。ただビールは液体量が多いので多分量の問題だろう。これは生化学の問題である。

 このように、人は日々の生活でも実験をしているのだろうかと、ふと思った。突拍子もない仮説であるが、どこか真実がありそうな気がする。物理や化学の問題ならば日常生活でも実験をしていると言えるだろう。我々の生活はどうなのだろうか。買い物などではよく言われるように問題解決をしている。主婦は野菜はあの店が安い、魚はこの店が鮮度が良いなど、経験的な知識を豊富に持っている。これも実験と言えば実験である。人と人の付き合いではどうだろうか。これは難問である。多分心理学の問題かもしれないが、学問では片づけられないだろう。

 最近ある人とオンラインで打ち合わせをした。自分は事前ではどこかで気に入らなくて、打ち合わせでは不機嫌であったことを自覚していた。しかしふと相手のことが気になって自分の見方を変えようと思った。その瞬間から自分もいろいろなことに気がついた。終わってみれば相手も自分も、この打ち合わせに満足していた。つまり人と人との付き合いは、こちらの心が変わればすぐに変わる。まるで化学反応のように、まるで物理の力学のように、きちんとした因果関係があると思った。

 文脈は離れるが3週間ほど前の新聞に、余命少なき父が看護師にわれのこと自慢せし笑顔今も忘れ得ず(古山智子)の句があった。この作者の父親は娘のことが自慢で、嬉しそうに看護師に語ったのだ。残り少ない命のことは父親も知っていただろう。しかし娘に看取られて、幸せな気持ちで死を迎えたのではないだろうか。娘もその父親の笑顔が忘れられない。それは何にも代え難い至福の時間だったのではないだろうか。臨終が近いかもしれない時に、心の持ち方次第で幸せな思い出を作ることもできる。人との付き合い方も同じではないだろうか。人は、この世の中の出来事を通して知恵を獲得していく。それは日常生活という経験の中で得られるものだろう。経験とは実験と言えるのではないか。

防犯カメラ

 今土曜日の夕方、外はもう真っ暗で、11月の末ともなれば昼間の時間は短い。初冬というには暖かすぎるので、晩秋の言葉がよく似合う。土日の休みの日はスポーツジムに行って、健康維持に心がけている。自宅への帰り道が西向きなので、薄茜色に染まった空が美しく、今日も一日ほぼ終わりかという安らぎと、平穏無事で良かったという安堵感が混じって、静かな秋の夕暮れに感謝した。昨日の夕方ジョギングしていたら、近所にある公園が銀杏の葉っぱの黄色い絨毯で、すべて覆いつくされていた。2人の子供がキャッチボールをしている姿を見て、秋は平穏でいいなあと思った。

 しかし最近、我々の地域にも、強盗などが出没して何件か被害にあったと報道があった。我々老夫婦とすれば大事件であり、何か対策を取らなければならない。家内はこのような治安対策には長けていて、窓は二重ガラスでロックも頑丈で、玄関の扉には鈴までつけている。当然ながら玄関にはセンサー付きの街灯がある。庭にも東向きの壁にも同じ街灯があって、たまに猫などが通るとよく光る。だからもうこれ以上対策はいらないだろうと思っていたら、防犯カメラを付けたいという。確かにそれは良いアイデアで、玄関に誰か入ってくれば、通知してくれればありがたい。インターフォンはすでに設置してあるので、どのようなデバイスはいいのだろうと思っていたら、家内がネットで調べて、スマホに通知してくれる防犯カメラがあるという。

 自宅に出入りしている電気屋さんにお願いしたら、外壁からの電源コードがかなり長く、カメラ本体の他にかなりの設置費用がかかると言う。見積もりをもらう間に、家内がネットで調べたら、いろいろなタイプがあるらしく、最も設置が簡単なデバイスを選んだ。自分が電気量販店に行って昨日買ってきて、今日自分が設置した。そして試験運用を、スポーツジムから帰った先ほど行った。確かに簡単で効果的である。カメラは動きが生じた時だけ電源がオンになり録画をする。その知らせをスマホに送ってくる。我が家のWi-Fiに繋いであるので、感度は良い。テスト結果は上々ではあった。

 しかし若干困ったことがあった。我々が玄関から入っても、誰かが玄関前の道路を通っても、車が走っても、その通知がスマホに送られる。確かにスマホには人物マークと物体マークがあって、AIが画像認識しているのか、スマホを見ると動画がその度に数秒間録画されて、クラウドに保存される。しかし老夫婦二人のスマホは、しょっちゅうピンピンと通知音が鳴っている。こんなはずではなかった。時間設定とかあるはずなので、アプリを操作してみようと思ったのだが、よくわからなかった。そして時間切れになった。

 正直なことを白状すれば、自分はスマホのアプリの操作は苦手である。パソコンもスマホも同じはずなのだが、相性が悪いのか、なかなか思い通り動いてくれない。何より設定に時間がかかるのが嫌で、たぶんスマホの方も嫌がってるのだろう。それはアプリを開発するデザイナーの考えと、使う側のユーザーの考えが一致しないからであり、情報科学の分野ではインターフェースの研究として重要視されている。そしてふと思った。それはアプリの操作だけではなく、すべての面でその不一致が重要なのではないだろうか。

 文脈は離れるが新聞に、秋寒し悲しきクマのぬいぐるみ(山田真理子)の句があった。かつて可愛らしいと評判のクマのぬいぐるみも、今は誰も見向きもしないだろう。熊は動物だから人間のことはわからず、餌が不足したので市街に降りてきて、人間に被害をもたらしている。動物は本能で生きることが基本的な行動様式であり、人間のような複雑な思考はできない。だから熊と人間には本質的な違いがあり、折り合うことができないのだ。異常気象もなく正常な気候であれば、山にも豊富な食糧があり、熊も猟銃やライフル銃で駆除されることもなかっただろう。

 しかしそれは熊と人間だけでなく、人間の世界でも考え方が違えば、戦争をして人が人を殺戮している。理性ある人間であっても、基本的な考え方が違うだけで、大量殺戮をする兵器を持ち込んで、無残な光景を繰り広げている。何も罪のない幼い子供たちまで死に至らしめているのは、どう考えてもおかしい。しかしそれは個人対個人であっても同じである。人は煩悩の塊のようで、小さくても憎しみや毛嫌いする気持ちは誰にでもある。ただそれではあまりにも悲しく、なんとか手を取り合って生きていこうと、自分に言い聞かせているのではないか。多様性を認めることはなかなか難しい。