忙しい1日

昨日19日は、忙しい1日だった。仕事であるが、朝6時から食事時間を除いて、夕方5時過ぎまで机に座りっぱなしだった、その理由は、今日の出張にある。今は、20日の朝8時10分ごろで、新幹線の中にいる。岡山市に研修セミナーで講演と実技指導のためだが、自宅を6時半に出て、夜11時頃帰宅の予定なので、かなり厳しい出張なのである。老いの身には少し堪えるが、研修の中身は準備しているので、あまり気にならないが、新幹線の過ごし方が、実は迷うのである。気楽に寝ればいいではないか、と思う人も多いだろうが、そうはいかない。3時間を超える乗車時間は、何もしないことは電気椅子に座っているような怖さがある。お前は仕事オタクか、と言われそうだが、この前に神戸に出張で新幹線に乗ったら、サラリーマンとおぼしき中年は、しきりにキーボードを打っていて、その打点の音さえ聞こえてくるようだった。新幹線の中は、フリーのWi-Fiサービスがあって、動く仕事場なのである。たぶん、自分と同じで、小説を読むよりも、パソコンを触っているほうが楽しいのではないか、他人には口外しないが、本心は似たような心情だろう。昨日、忙しかった理由の1つは、日本の大学、正確には大学院に留学する台湾の選抜審査の書類を調査していて、今日の新幹線の中で、その続きをやろうと思ったからで、その書類は膨大な紙なので、カバンに入らないからである。同時に、締め切りも気掛かりだった。それが、昨日、一応の整理ができて、内心ほっとしたのである。今朝早かったので、今お握りを食べながら、このブログを書いている。有難いのか、忙しいだけなのか、境目がなくなっているのが、現代社会なのだろう。

自己満足と自己不満足

昨日は18日、お盆が過ぎると、何か時間が早く過ぎるような気がする。大雨が降り続く九州地方の皆さんには申し訳ないが、所沢は朝から久しぶりの晴で、青空が見えた。すると、人間は単純なもので、今日は何か良いことがありそうな気がするが、現実はそんなことはない。ただ、昨日のブログで書いたように、雑用やジョギングなどで気が付くことがある。それは、海底から水面に浮かび上がってくるような感じで、無意識から意識化される状態、心理学では、暗黙知から形式知へ、の概念に近い。そのアイデアがあって、昨日の午前中は予定を変更して、その資料作成に取りかかった。そうか、やはり思った通りだ、構造がはっきりした、と自己満足した。それは、どうも気になっていることが潜在的にあって、ジョギングをしていても、駅の階段を上っていても、床に入っていても、脳のどこかが考えているようで、ふとそれが顔を出す様子に似ている。ただ、そんな大した内容ではなく、些細なことなので、誰でも経験しているだろう。そうか、確かに今日は良いことがあった、と思った、が、午後は予定にしたがって、メールをチェックし、用事を済ませたが、午前とは少しニュアンスが違う、メールでは小さな揉め事が書かれていて、なんとかしてほしい、とか、予定していたイベントがキャンセルになったとか、買い物では品物が少し気に入らなかったとか、夕方の床屋では、いつもと違う髪型になったとか、ほんの些細なことだが、自己不満足とでも言いたいことが起きた。たぶん、これが世の常なのだろう、17日の朝刊に、こんな句が載っていた。鮎のわた苦きがよしと食ひてをり苦きこそよし味ふかければ(井原茂明)。その通り、マスはすべてが平凡な味だが、鮎は、あの苦さが味を深くしているので、高級な川魚なのだ、とすれば、多少の苦さがあるほうが、生き方を豊かにしているのか、と思ったら、何か心が軽くなり嬉しくなった。

研究と雑用

昨日は午前にオンライン打ち合わせがあり、午後は都内で対面の打ち合わせがあった。両方とも、研究的な内容なので、脳が活性化する部位が、団体のマネージメントとは違うので、楽しい。マネージメントは、大学でも役職につけば、誰でもしなければならない仕事で、研究とは別の脳を働かせるので、これは雑用だと思うのだが、実際にはそれが本職になってしまい、多くの大学教員は、愚痴をこぼす。ただ、研究と講義だけで時間を使っている教員は、ほとんどなく、雑用の中で研究をしている。前にも書いたことがあるが、あえて、研究時間が足らないなど、そんな贅沢なことを、と言う感じで、雑用にまみれて、その中で、少しの時間を見つけて、研究をする、のではなく、させてもらっている、と、自分が懇意にしていた同僚が言ったことがある。大学院生も、1に雑用、2に雑用、3,4が無くて、5に研究などと言っていたが、その通りだ。だから、昨日のように研究の話が6割で、残りが雑用ならば、上等なのである。面白いもので、研究だけで良い成果が出ることは稀で、雑用の中で、よいアイデアが出てくるのは、自分の経験則である。都内に行って帰ってきたら、電車に乗る時間だけ余分な時間がかかるので、損をしたような気分になるが、在宅勤務の時は、その時間を有効に使っているかと言えば、そうではなく、家内が、コーヒーやお茶を飲んだり、つまみを食べたり、しょっちゅう口に何かを入れている、と言われて、なるほど、自分が考えているほど、書斎で仕事に集中しているわけではない、と気が付いた。雑用の中のほうが、気が付くことやアイデアが出ることが多いような気がする。電車に乗る、駅の階段を上る、電車の中で小説を読む、都内で仕事の打ち合わせをする、そんな些細な、研究とは関係ない活動の中に、書斎の机で、うーん、と、呻吟して研究や資料作成などをすることと、同じかそれ以上の実りがある、隠されているような気がする。

お盆明け

昨日は16日、お盆が終わったと思ったら、いろいろな用事があった。午前中は係りつけのクリニックで特定健診を受け、午後は3つのオンライン会議とジョギングをしたので、フル回転の1日だった。お盆が終わるのを待って、いろいろな用事が予定されているから仕方ない、というか、それで有難いのだ。休日脳から仕事脳に切り替わるからで、時間の進み方が違うし、思考回路が別なので、ハラハラ・ドキドキ・ワクワクする状態に戻る。それは、ストレスでもあるし、面白さでもある。昨日書いた、バンデューラの自己効力感と言っても良いが、仕事や活動によって、人は喜んだり落ち込んだりするが、願わくば、その振幅は小さな波であってほしい、自分で乗り越えられて、後で、やった、とか、やればできるじゃないか、と思える方が良い。それは、子供でも同じだろう、低い壁なら面白くないし、高すぎる壁だと自信を無くしてしまう、 バンデューラ の言うことはその通りだが、そのバランスが難しい。昨日は、なんとかなるレベルなので、ちょうど良かったのだろうか。クリニックでは、テレビ報道の通りで、ひっきりなしに電話がかかってきて、患者さんでフロアは一杯で、まさに密状態だが、この日を待っていたかのように、医院の外にも人の波が続いている。朝の少し早い時刻に行ったので、ラッキーにもほとんど待つことなく、1時間くらいで老夫婦のすべての検査は終わった。クリニックは、今はハラハラの状態で、このままだと、看護婦さんもイライラするかもしれない。午後のオンライン会議は、仕事だから、いろいろある、が、それで良い。自分は団体の代表なので、どこか担任教員のような気がする。やんちゃな子供、優秀な子供、いろいろな子供がいて、2学期が始まった初日のような授業かもしれない。いつまでも、教員意識が抜けないようだ。

憂鬱な日

昨日は8月15日、終戦記念日だが、テレビ画面は、線状降水帯による全国の洪水被害の報道で一杯である。コロナ感染者の急増も、どこか影が薄くなり、オリンピックはもう記憶の彼方に飛んで行った。連日の雨模様で気温が低くなり、肌寒く半袖から長袖のシャツにした。スポーツジムに行く時は、その上にジャンパーを羽織るが、梅雨に戻ったようだ。スポーツジムも、コロカ感染を警戒するせいか、運営方針が少し変わったせいか、人出が少なくなって、活気が無くなっている。こんな時は、人は元気を無くし、うつっぽくなるようだ。資料作成をしている時は、楽しく、どこか浮足立っているが、仕事とか雑用などは、雨降り天気に影響を受けるのか、曇天のような気持になる。昨日の夕方は、送り火を焚いて、ご先祖様に帰ってもらった。もう、お盆も終わったか、明日から通常の生活なのか、と、夏休みが終わる子供のような気持になる。短い休みだったな、と思うが、在宅勤務では、生活パターンは変わらないはずだが、気持ちは変化する。バンデューラの自己効力感を思い出す。小さな成功体験や、褒め言葉や、代理的体験や、ドーパミンなどのような生理的反応など、教科書のような内容である。自分で自分を認める、それは、自己教示とでも呼べばよいのだろうか、たまに、PCに保存している自己記録のファイルを見ることがある。そこには、良かった、成功した、うまくいった、などの記録があるが、それを見ることで、おっ、そうか、まだ大丈夫とか、心配ないではないかとか、たかが、小さなことではないかとか、文字通り自分に自信を取り戻す、確かに、バンデューラの言うことは、当たり前だが、その通りと納得することがある。昔は、手帳の裏側に記録していたが、今はパソコンにしているが、このブログも同じかもしれない。ただ、検索することが面倒なので、簡単なメモでよい、自分で自分の記録を見れば良い。人は意外に単純な動物なのかもしれない。

線状降水帯

昨日は14日、お盆の中日であるが、雨が一日中降っている。線状降水帯とやらが、日本に長逗留して、甚大な被害をもたらしている。このやっかいもの、早く消え失せろ、と言っても詮方ない、馬耳東風とはこのことで、素知らぬ顔をして、今日あたり関東にやってくるかもしれない。諸々の用事があって外出したが、午後は休日なので、スポーツジムに行ってランニングとプールで運動した。この肌寒い雨の天気では、と行く前は、どこか気が向かないのだが、終わる頃は、すっきりと晴模様の気持ちになる。帰宅して、今日は、手巻き寿司だと、と家内が言う。ホー、それは豪勢だな、と言うと、ご先祖様も食べるから、と言われ、なるほど、と頷いた。こうやって、昔の人は、ご馳走を作って、実家や本家に親戚が集まって楽しんだのか、日頃食べたいと思ってもなかなか口にできないご馳走を、ご先祖様にあやかって食したのか、お酒を飲んでご機嫌になったのか、昔の人の知恵である。マグロ、鮭、サバ、偽物だがカニ、とびっこ、キュウリなど、海苔にご飯と一緒に乗せて口に入れると、誰がこんな美味しい食べ物を考えたのか、と思い、幸せな気分になる。飲み物は、貰い物の上等のワインである。外は雨、テレビは、各地の大洪水で、川なのか道路なのか分からないような光景を映しだして、警戒を呼びかけている。何か、自分たちだけ贅沢をしているようで、庶民の苦しさを知らないで、素知らぬ顔をしている殿様のような、居たたまれないような気分になる。これでいいのだろうか、と思いつつも、明日は我が身か、数日中に関東も洪水に見舞われるかもしれない、うーん、なんとかならないのか、近代科学技術をもってしても、自然の脅威には、打つ手がない。少し申し訳なさを感じながらも、美味しい食事をした。スポーツジムとご馳走、人はなんと贅沢に生きているのだろうか。

お盆の迎え火

昨日は13日、お盆の初日である。我が家では、迎え火を玄関先で焚く、が、昨日は小雨が降っている。今年は、全国に雨雲が長逗留して、多くの地域に大雨の被害を起こしている。コロナ感染者数は、拡大の一歩を続け、既に病床数が限界に近づいていると、ニュースで報道している。異常な感染を続けるウイルスといい、観測史上最大と形容する大雨洪水といい、巨大な魔物が地球を襲っている、まるでSFの世界に入っているようだ。それは、地球規模であり、世界が人類の知恵を絞って協力して、戦うしかない、つまりSDGsである。SDGsが言われ始めの頃、パナソニックからいただいた、まだ珍しかったSDGsバッジを背広に着けていたが、在宅勤務になって、頭から離れてしまったが、戦争や自然災害のニュースを聞くたびに、思い出す。スーパーで家内が買ってきたオガラを、アルミの皿に置いて、お墓参りの時に使うライターで点火すると、2つの皿に炎が立ち上り、ご先祖様が家を見間違えないように、という目印であるが、帰ってきても、老夫婦2人だけでは、どこか寂しいだろう。今時、迎え火を焚く家も少なくなって、近所では、あまり見ない。夕食のおかずは唐揚げで、冷やしたビールに良く合う。家内が作る唐揚げは、孫たちに大人気で、お盆やお正月に来ると、作ってくれ、とよくせがむ。家内は張り切って、何時間も前から何やら味付けの液に浸しているようで、油で揚げていると、夕食を待ちきれない孫たちは、ちょうだい、と言って、口に放り込んでいる光景を思い出す。自分が小学生の頃、夏休みは瀬戸内海で泳ぎ、帰宅して、ちゃぶ台にあるラッキョウをよく食べたが、この上なく美味しかった。お盆の時期は、実家に集まって、いとこなどと遊んだが、スイカが大好きだった。当時はまだ蛍も飛び交っていて、夜を幻想の舞台に変えた。寝る時は、蚊取り線香を燃やして、蚊帳の中で寝た。そんな時代も、もはやコロナ禍では夢でしかない。昭和は遠くなりにけり、どこか寂しい13日のお盆であった。

蒸し暑い日

昨日は、午前はオンライン採点をして、午後にオンライン会議に参加して、その後はジョギングをして、という1日だった。少し気温が下がったのか、小雨が時折降ってくる天気で、じりじりと照り付ける太陽ではなく、蒸し暑い日であった。自分には、嫌な夏の天気なのである。こんな時、人の気持ちも晴れ晴れしないようで、どこかモヤモヤしている。それが、仕事に影響を与える時もある。オンライン採点も、いつもは喜んで、というか、飽きる、という感覚はなかったが、昨日は、何度も1階の居間に降りて、お茶やコーヒーを入れたり、つまみを食べたり、明らかに、頭が集中していない。採点が終わった時は、正直、ホッとした。オンライン会議は、所属する団体にとっては、ある新規事業の重要な会議であるが、どこか気持ちが散漫になって、幼児が駄々をこねるような、どこか気に入らないことがあって拗ねる幼稚園児のような、文字通り大人げない気持ちが起きて、苛立っている自分がいた。こんなことは珍しい、が、それも天気と関係するのだろうか、その苛立ちが尾を引いて、昨夜の寝る時まで続いたから、始末が悪い。いつまで経ってもコロナ感染者数は減らないのか、とニュースを見ながら、この世は、スカッとしないのだ、と当たり前のことを考え、ニュースの後、人気の俳句の番組を観て、少しは気が晴れるかと思ったが、そうでもなく、梅沢富美男さんの、火まみれの遠州男児筒花火、などは良い句だが、なんか芝居がかっている、と偉そうに批評したが、自分では句を作れないのに、人はなんと傲慢なのだ、と反省した。今朝起きたら、まあ、こんなこともあるさ、と水に流して、頑張ろうという気持ちになった。人生、いろいろある。

岸恵子自伝

昨日は、オンラインと草取りとジョギングをして、シャワーを浴びて、夕食までのホッとして一息つく時間、15分位だったが、昨日のブログで書いた岸恵子自伝を読み終えた。興味ある方は、読まれると良い、お勧めの本である。表紙裏の紹介文にある言葉を借りれば、円熟の筆が紡ぎ出す芳醇な自伝、そのものである。君の名は、だけの有名女優を超えた、作家であり、中東・アフリカを命がけで取材をする国際ジャーナリストであり、演出家であり、娘思いの母親であり、孫を愛おしむ祖母でもある。すべてがドラマに満ちているような生き方で、その折々に見せる決断、勇気が、読む人を魅了する。驚くべき記憶力、そして言葉そのものが生きて読者に飛び込んでくる、時に、金波銀波の横浜生まれ、と手向かう相手に、啖呵を切る術も知っている。言葉が豊潤で、この人は古典も勉強したのか、と思うような古語も引用しているから、どこまで知性に溢れた人なのだろうか。娘が生まれて家庭生活が幸せの絶頂の時、孫が愛らしい瞳を輝かせ、その孫を抱いてあやしている時の幸せ感、その思いを綴っているが、そうか、この大物女優も、家庭の幸せが心を癒してくれるのか、それは、自分たち市井の人と、当たり前であるが、同じなのか。とすれば、自分たちも十分幸せな生活をしているではないか、とも思う。ただ、彼女は、イラン・アフリカを取材した時、いつ銃殺されるかもしれない、いつ逮捕されるかもわからない、その恐怖の中での仕事が、最も生きがいでもあった、と書いている。生きがいと幸せ感は違うのか。最終章は、孤独を生きる、であり、離婚を経験し、娘はパリで生活し、彼女は横浜で暮らすことを決意する。あとがきで、当年88歳であるが、まだまだやりたいことが山ほどある、と書いている。最後まで、読者に、生きる勇気を送ってくれる。名著である。

自伝を読む

昨日はお盆の週であるが、2つのオンラインがあって、少し仕事らしいことをした。ただ、やるべきことが多く、時間が足りない、特に資料を探し、読み、理解するなどは、時間がかかる。それに、団体の仕事と自分の仕事、研究や原稿や出版などは、脳の部位が違うので、切り替えが必要で、それにも時間を割かねばならない。ジョギングをするのも、体の健康面もあるが、頭の格納箱の整理という意味もある。走りながら気が付くことがある。昨日は、天気予報によれば、所沢市は日中39度という予想だったので、走って汗をかくと言うレベルを超えている。と言っても、自宅に巣ごもりでは人間の本性に反するような気がして、午後5時に西の公園の方に行った。日が傾くと、心地よい風も吹いて、日中のギラギラした太陽とは違う、人に優しい表情を見せる。帰宅して、家内がよく冷やしたグレープフルーツの八つ切りを口に放り込むと、ジューシーなビタミンCが身体中に広がり、汗がすっ飛び、この上なく美味しい。シャワーを浴びて、さっぱりして、夕食までの20分か30分間が、ゆったりと小説などを読む時間である。その時間も惜しんで、専門書などを読むこともあるが、昨日は、素晴らしい自伝を読んだ。最近はここ毎日、この自伝の虜になって、昨日はほぼ終章だったが、完全に読み終えたら、このブログでも書きたいが、今日は、その印象だけをお伝えしたい。岸恵子自伝である。当年88歳と聞くが、類まれな美貌と、知性と文才と勇気と、生きる力を備えた稀有の人である。ここ数年で、最も感動した自伝であり、世の中に、こんなに素晴らしい人が実在していること自身が、奇跡的だと思える。それに比べれば、自分を含めて、世の中の困難は砂の粒でしかない、と思える。