今は土曜日の夕方から夜にかけての時間で、いつものように土日はスポーツジムに行っているので、今日もジムから帰宅して1階の居間でグレープフルーツを食べ、一息ついて2階の書斎に上がってきた。今日は何をしたのかといっても平凡な休日だったので、とりたててブログに書くほどのことでもないが、午前中は文献調査を行っていた。海外の学会発表があって、そのビデオ録画を視聴していた。昨年はこれは凄いと思うような掘り出し物の発表があってワクワクしたが、今年はまだそんな収穫はなく、なんだ午前の時間を潰してしまったかというような印象であった。人生と同じで、良いことばかりではなく都合の悪いことも起きる。むしろ都合の悪いことの方が多いことは、誰でも同感するだろう。それでもスポーツジムの帰り道はなんとなく一日が終わるような気持ちなので、さわやかな秋の空を見ながら心が空っぽになって家に着く。我が家の近くに小川があって、そこにシロサギが川の中を歩いていた。小川の横にはお社があって、自分も手を合わせるのが習慣になっている。その場所から西の方を見ると4階建てぐらいのアパートの窓が全面に西日を受けて、黄金色の反射光がこちらを照らしていた。その光景を見ていると、自然の美しさに自分も包まれて、色々なことがあっても平穏で過ごせることがこの上なくありがたく思える。ブログを書けば今日も一日終わる。お風呂に入って夕食に向かい、晩酌をしながらテレビを見て、心安らかに寝床に入る。今日の夕食は何だろう、たしか肉じゃがとか焼き魚とか言っていたが、老夫婦2人の夕食はささやかである。歳をとってくると食事が楽しみである。納豆と味噌汁のある朝食も大好物で、お昼はシチューのような汁物だったが大変美味しい。その間にコーヒーを飲みピーナッツをつまむのでそれなりに栄養価をとっているようだ。食事のことを書いたせいか隣のパソコン画面に提示されている、焼きたての秋刀魚にジュッと醤油かな(相坂康)の句が目に入った。あのちょっとほろ苦い味のする焼きたてのさんまは、句を読んだだけで口の中が湿ってくる。うわあ美味しそうだなと思わず言ってしまいそうな光景である。夕食が食べれるだけ、暖かい布団に包まれるだけ、雨風が防げる暖房の効いた家の中に居れるだけ、それだけでもう充分幸せである。世界を見れば、貧困にあえぎ寒さに身をふるわせ苦しみに堪えている人々がいる。せめて幼い子供だけでも何とかならないものかと思うが、どうにもならないこの世の不条理は切ない。そう思いながらも自分は食卓に向かうだろう。この世を生きるということは、不条理も矛盾も都合の悪いことも解決できないことも抱えながら、今の小さな幸せだけを見ているのだ。それが凡人の生きる知恵かもしれない。
言葉
今は火曜日の夜と言っていいだろう、書斎の窓から見る空はもう真っ暗で、確かに冬の季節に入ったようだ。今日は寒くダウンのジャンバーを来て、外の仕事を済ませた。寝る時も暖房を入れているが、鼻や喉の調子がおかしいと思ったら、寝室がかなり乾燥していたことが原因だと思って、昨日から加湿器を備えた。書斎はかなり前から稼働しているのだが、あの白い蒸気が吹き出ているのを見ると、冬が来たんだと思う。大学にいた頃も研究室に加湿器を備えて仕事をしていたが、外の気温と研究室の中の温度差が大きいせいか、窓がすべて曇っていてそれが冬の訪れのお知らせのような気持ちがした。今日のような寒い日に、夜突然と尊敬する先生が研究室に来られて、研究やら仕事やらの話を雑談のようにされて出て行かれたことがある。帰られた後あれはどういう意味だったのだろうかと考えたが、よくわからなかった。偉い先生でも時々誰かと話をして、気持ちを発散したい時があるのかなどと、つまらぬ詮索をした。加湿器を見ると、ふとそんなことを思い出す。あの頃は研究に夢中だったのかもしれない、研究室には大学院生がたむろしていたので、そこで交わされる言葉も専門用語が多く、それが合言葉のような印象だった。デフォルトとかアカウントとかサーバーなどのコンピューター用語が多かった。研究室毎にサーバーを設置して管理していたからだろうが、日常的に交わされる用語を知らないと部外者か素人だとみなされた。今日の午後小さな雑誌に掲載するオンラインの対談があった。自分は初めは乗り気ではなかったが、話をしてるうちに相手方の熱意にほだされ相手の気持ちがストンと自分の胸に落ちた。先方はバリバリのIT技術者であり、専門的な知識は溢れるほどあって、自分と話が噛み合うか心配だった。話しているうちに、用語の裏に隠れている情熱が伝わってきて、まるでプロジェクトXかと思ったほどである。偉い先生との雑談の中にも、学生たちが交わす会話の中にも、技術者が話す専門用語の中にも、それぞれの世界の深さがある。その世界で生きてきた重みがある。新聞に、土の量リューベに話す作業着の工事現場の語彙にときめく(春木敦子)の句があった。リューベとは、立米と書いて1m³のことだとネットに書いてあった。門外漢の自分にも、工事現場で働く技術者たちのプライドと熱意が伝わってきて、男たちの話し声が聞こえてくるようだ。言葉とは、その世界が醸し出すかぐわしい香りがする花束である。
スポーツ
今は土曜日の夕方、今週を振り返ってブログを書く時間である。と言っても頭の中にこんなことをと言うネタがあるわけでもなく、ただパソコンの画面に向かっている。先ほどスポーツジムから帰ってきたばかりで、帰宅して家内がむいてくれた柿を食べて、2階の書斎に上がってきた。スポーツジムに行く前は、どこかけだるく今日はどうしようかなどと思うのだが、帰ってくると気持ちは軽くなり、今日も良い日じゃないかと思うから、その変わりようにはびっくりする。多分脳内ホルモンが出て元気になるのだろう。帰り道は西向きなので夕日に向かって歩いてくるのだが、今日は風が強く冷え冷えとしてまるで年の瀬のようだった。街路樹の葉っぱがかなり落ちて、その光景を見ていると冬そのものである。しかし自分の気持ちは、こんな寒い日でもスポーツができて良かった、明日も行こうと思うから前向きなのである。午前中に読んでいた文献に、次のような分類があった。動機付けのレベルで、無動機は〇〇したくない、外的調整は仕方がない、同一的調整は〇〇すべき、内発的動機づけは〇〇したいと書いてあったが、妙に納得した。今日の自分の気持ちは、外的調整から内発的動機づけまでレベルが変化したことになる。動機付けすることは大変難しく、言葉だけで人を動かすことは不可能に近く、いくら言っても同一的調整レベルぐらいだろう。そもそも人は言葉では納得しないのである。幼い子供は素直に聞くが、大人になれば内言化するので、言うことを聞いたふりして内心では別の事を考えている。これが大人社会の様相で、国レベルの予算折衝から家庭での小さな決め事まで、ほとんどが言葉で説得しようとするのでなかなか難しく複雑なのである。そこで多くは、エビデンスつまり証拠を出して交渉することが多い。それが数値的なデータであれば、反論が難しいので仕方なく認めることになる。それはいわば論理的な説得である。しかし今日の自分のように、行動レベルで気持ちが変わることの効果の方が大きいのではないか。だからあまり難しいことを考えず、とりあえずやってみよう、そこから考えようという方が現実的ではないだろうか。同じく今日午前中に呼んだ文献でも、理屈で考えて論理的に議論してそれに多大の時間を使って、結局何も始めることができず、何も止めることもできないという曖昧な意思決定が日本では行き渡っているので、国も企業も学校も世界から見ればおかしな国と映るのではないかと書いてあった。文脈は遠く離れるが新聞に、温厚な人と言われる老いわれの心の歯ぎしり人には知られず(金子哲夫)の句があった。誠に日本人らしい読者で、本心を自分の胸の中に抑えて世間を渡ってきたのだろう。誰もそれを批判することはできない、そうしなければ長い人生を大きな波風を立てないでここまで来れなかったのだろう。なるほど文献でも自分の経験でも割り切れない世界が、この世の中かもしれない。
セレモニー
今は火曜日の夕方で、午後5時を過ぎると夜になる。書斎の南向きの窓から見えるマンションは、碁盤の目のように規則正しく灯りがついて、子供たちはもう家の中に居るのだろうか。灯りを見ると、どこかホッとする。今日は何をしたのだろうか、午前中はいつものことながらデスクワークで、午後はセレモニーがあって市内に出かけた。教育功労者表彰式という、どの市でもあるようなセレモニーだった。自分は市内のある学校の評議員を長くやっているせいか、表彰を受けることになった。この年になると賞状を渡す役はあるが、受け取るのはどこか気が引ける。今日の表彰式は大勢の人たちで賑わった。中でも小中学生もいて、県大会とか全国大会などで好成績を挙げた生徒たちが、年配の大人たちに混じって参加していた。何しろ功労者というだけあって、若者はいない。お年寄りと呼んでもよいような年配者であり、中には歩くのも少しおぼつかないような人もいた。このようなセレモニーでは、男性はスーツにネクタイをし、女性の中には和服姿の人もいた。自分もあまり好きではないネクタイをして、かしこまって参加した。1時間半の儀式はかなり長いのだが、まさか式典中スマホを触る訳にもいかず、じっと時を過ぎるのを待っていた。外は晴天の秋晴れで気温は低かったが、100人ほどが入るホールは、秋の日差しが入り込み温かかった。癒し系で眠気を誘うような静かな音楽が流れ、なるほど儀式とはこういうものかと思った。その中でもひと際目立つのは、先ほどの生徒たちである。その空間だけその表彰を受ける時間だけ、輝くような場面に変わる。まるで劇場にスポットライトが当たるような感じがした。そうか生徒はエネルギーの源泉なのか、人生を長い間生き抜いてきた年配者は、エネルギーを使い果たして湧き出るものがないのかと思った。不登校の文献を読んでいたら、心のエネルギーが欠乏したから不登校になるのだと書いてあったが、自分はあまり納得できなかった。子どもや若者はどんな状態であったとしても、湧き出る源泉を持っている。そのエネルギーの放出の仕方が違っているだけなのではないかと思っている。どんな子どもも光り輝く宝であり未来に向かっていけるエンジンを持っている。文脈は離れるが新聞に、ピアスの子夜学の一番前の席(寺村洋子)の句があった。どんな生徒なのだろうか、ピアスを着けていようがいまいが、この子は一番前の席で授業を聞いて、未来を見ているのだ。こんな仕事をしたい、自分はこうなりたいと思っているに違いない。今日のセレモニーで表彰を受けた生徒も、ピアスを着けている子も、花も実もある青春時代や活躍できる人生が待っている。子どもたちはスポットライトを浴びて演技をする役者であり、我々年配者は座席で舞台を眺めて拍手を送る観客である。今日の表彰式のセレモニーに出て、ふとそんなことを思った。
自由自在
今は土曜日の夕方、書斎の窓から見る空はもう真っ暗である。今日もつつがなく日が暮れて、一日が終わる。自分の休日の過ごし方は、およそ決まっている。現役の頃と違って、休日があるようなないような、平日との差がはっきりしない。午前中は書斎で、今日は審査系の仕事を主にして、午後は少しの畑仕事をした後スポーツジムに行って、今ブログを書いている。スポーツジムに行く予定は土日なのだが、イベントなどが入ることもあるので、先週から金土日の週末を当てることにした。といってもなかなかすべて時間が取れないので、多分平均的には月に6日~8日ぐらいだろうと思う。会費を支払っているからという思いと、このぐらいの運動をしないと体力が弱り健康が維持できないからという理由で、予定表に入れている。誰でも似たような考えをして、毎日を過ごしているだろう。午前中はデスクワークで、審査の仕事で面白い論文に出会い、今日は良い事があった、お店の商売をしている人であれば、今日は良いお客が来て売上が伸びたというような感覚だろう、なんとなくほほが緩むような時間を過ごした。しかしそんな嬉しいことばかりではない。今朝送ったメールを思い出して、あれは強く言い過ぎた、自分はなんと浅はかなことをしたのだろうかと悔やんだ。多分誰でも似たような経験があると思うが、なぜか後になって気になり、まずかったなどと思って反省するのである。もっと忖度してメールを送れば良かったなどと思う。しかし反面、いつまでも胸の中に気掛かりなことが残っていれば、それも苦しい。本当にどうすればいいんだろうか。インフルエンザの予防接種をするために、かかりつけのクリニックに昨日行った。その時待合室にテレビがあって、心理学者が似たようなテーマで解説をしていた。たしか相手は自分が思っているほど気にしていないのだというような話だったと思うが、人間社会はまさに気を遣いながら生きているようだ。もっと自分の気持ちに沿って、あっけらかんと表現した方が良いのかもしれない。新聞に、空を飛び地面を歩きとび跳ねる嫌われカラスは人より自在(代靖子)の句があった。確かにこの句の通りだ。憎まれっ子世にはばかるのことわざ 通り、そういう人の方が世間では活躍して幅を利かせているようだ。しかしどちらが良いとも言えない。カラスを羨ましいとは思いつつも、そうはなりたくないと、自分は思うからである。ということは、自分のありのままの生き方で良いと認めるしかないのか。
まっすぐに
今は火曜日の夕方、書斎の窓から見る空はもう真っ暗で、先ほどまで西の空が茜色で夕焼けだった。明日も良い天気なのか、昨日も今日も秋晴れの暖かい日で、11月とは思えないような気温だったので、外に出かける時長袖のシャツが暑かった。今日を振り返ると、ほとんど大したことはしてないのだが、それでも忙しいと思うのはなぜだろうか。午前中は教育センターに協力して学校訪問し、そのコメントを義務ではないのだが律儀に書いて送るとちょうど12時になる。この前の秩父温泉に行った時食べた秩父蕎麦が忘れられなくて、今日のお昼は近くの手打ち蕎麦屋に行った。ざるそばが自分の好みなので、というか蕎麦の美味しさがよく分かるからなのだが、美味しい蕎麦だった。週に一回蕎麦の日を作るからと、家内に告げた。その後も仕事やら色々な用事があって夕方になった。何事もなく平穏といえばその通りで、今所在なく昔のことを思い出したりした。新聞の俳句や短歌の掲載日は月曜日なのだが、昨日が休刊日となり今日になった。自分の机には2台のパソコンがあって、左のパソコンでブログを書き、右のパソコンの画面には、自分の気に入った俳句や短歌が表示されている。これらの句を読んでいると、いろいろなことが浮かんでくる。目を引いたのは、夜学子へ階段に置く握り飯(村野則高)の俳句だが、撰者の解説がないので文脈がよくわからない。勝手に想像すると、夜間の学校に通う生徒なのか大人なのか、夜間中学なのか定時制高校なのか専門学校なのか、作者の身内なのか下宿している他人なのかもわからないが、2階に住んでいるのだろう、階段を下りてくる時におにぎりをそっとおいた作者の気持ちが伝わってくる。この句を読んで、自分が高校教師だった時のことをふと思い出した。剣道部の顧問をしていたことがある。前任校では弓道部の顧問だったが、剣道は素人なので町の道場に夜通っていた。子供も2人いたから、なんともちぐはぐな光景なのだが、夕食後では竹刀を振れないので、出かけるときは家内がおにぎりをくれたことを、この句を読んで思い出したのである。若い時は、ただただ前を向いて進んでいたのだ。剣道がうまくなりたいというわけではなく、少しでも技術を身につけておかなければ、教師として生徒の前に出れないからである。高校なのになぜか修学旅行が京都だったことがあった。生徒たちは自主的に見学するのだが、恥ずかしながら自分はそんな経験がなかった。幼かった子供たち2人を連れて、4人で京都の1泊2日の下見旅行をした。それはまだ若かった頃の思い出で、自分もまっすぐに高校教師を生き抜いていたような気がする。今自分がだらけているというわけでもないが、あの頃は全力で走っていたのだ。穏やかな一日が終わる頃、まるでドラマのような眩しいような時代を思い出した。人生のページが終わりになるまでは、平凡だが悔いのない生き方をして表紙を閉じたい。
配膳ロボット
今日は土曜日ブログを書く曜日なのだが、このところいろいろ仕事や私的用事の関係で変則的になっている。土曜日は、今日の出来事だけというよりも、1週間を振り返る意味合いもある。散文的だが公開日誌なので、気になってることを書いておこう。木曜日7日は少し驚きの出来事があった。7日が発売日の週刊文春に自分への取材記事が掲載された。もちろん事前にインタビューされているので、そのことはわかっているのだが、メディアの取材は往々にしてボツになる事が多いので、今回は半ページにわたってしっかり書いてあったので驚いたのだ。もちろん週刊誌だからタイトルはセンセーショナルで、自分の好みには全く合わないが、先方はビジネスなので仕方がない。まあそれもいいだろう。自分はもう専門分野から引退するような年齢なので、掲載されたそのことにびっくりしたのである。老兵はまだ死なずのような心境だが、この世のことはわからない。そして今日土曜日は、金曜日に温泉に一泊して帰ってきた。時々無性に温泉に行きたくなる。それは幾つになっても、ストレスから逃れたいとか自分に小さなご褒美をあげたいというような思いがあるからだろう。不登校の文献を読んでいたら、子供に心のエネルギーを貯める必要がある、そのためにはリラックスして休憩することだ、大人が温泉に行って鋭気を養うようにと、書いてあった。その考えに妙に納得して家内と出かけたのである。しかしどうも自分には、この理論はあまり当てはまらないような気がする。一番近い温泉場は秩父である。本当にゆったりしたいのならば、特急電車に乗れば行き帰りも楽で、駅からも送迎バスがある。それではどうしても物足りないので、車で行って、札所巡りをいつものようにして、御朱印をもらって、子や孫のことをお願いした。そして今回はどうしても美味しい秩父そばを食べたいと思い、評判の良い店をネットで探した。さらに田園風景を見るのが好きなので、棚田が見える場所にも行った。そして帰宅したらどうしても畑仕事をやっておかないと、後の段取りが悪くなると思って、先ほどまで鍬を振っていた。こうして振り返ってみると、年をとっているのに、ゆったりではなく忙しくたち振る舞っているのである。その方が自分が落ち着くからなのだが、どこかおかしいのかもしれない。文脈は離れるが新聞に、人よりも人らしさインプットされ配膳ロボット道あけて待つ(渡辺照夫)の句があった。自分の場合は、自分自身がプログラムをインプットしているのであるが、どうもその流れに沿って行動しないとすっきりしない、つまり心理的安全性が低くなるともいえる。ということは、自分はほとんど配膳ロボットなのかもしれない。それは良いことなのか、まずいことなのか、自分には分からない。
秋深し
今日は月曜日の夕方だが、同時に休日なので3連休の最終日である。今日ブログを書くのは、明日は都内での仕事が山積しており帰りが夜になるから、休みの今日に繰り上げた。今日のブログを見越して、土曜日ではなく先週の金曜日に前回のブログを書いた。義務ではないのだが、一度ルールを踏み外すとそれに慣れて楽な方に流れるのが、悲しいかな凡人のさがである。休日なのでオンラインなどの仕事はなかったが、私的な用事でともかく忙しい一日だった。午前中は、これも自分への約束事だが、文献調査をしたり原稿執筆をしたり審査系の仕事をしたりなどの本来の仕事をした。これも習性でそうしないと何か落ち着かなくなる、背中がモゾモゾする様な感じなのだ。今日は貯まった私的な用事をまとめて片づけた。午後に100円ショップへ出かけ、その後長い間心待ちにしていたカレー屋さんで昼食をとった。たかがカレーかと言う勿れ、スパイシーの効いた野菜カレーは、ジャガイモはこれほど美味しいかと思うほどで、苦手な人参すらこんなまろやかな味だったかと思った。家内はカツ野菜カレーだったので、少し高級だった。その後月一度のお墓参りをした。報告することやお願いすることはいっぱいある。孫のこと子供のことそして自分たちのことである。ご先祖様を喜ばせる報告をするのが常識だろうが、自分たちはほとんど願い事である。効果があるかどうかわからないが、お参りするだけで背負った荷物を降ろしたような気持ちになる。その後ユニクロに行って買物をし、電気屋に行ってプリンターのインクを買った。戻ればもはや3時過ぎだった。一息ついたが、もう一つやらねばならぬ事があった。3時半から重い腰をあげて畑仕事をした。もうしばらく草取りも何もしていないので、鍬を持つ手がだるい。こんな時、誰でも今日は止めておこうかという悪魔のような囁きが聞こえてくる。これに引っかかると、ブログを書くのと同じように、その先は確実に坂道を転んでいく。上着とズボンを着替え長靴をはいて鍬を持つと、それだけで心が決まる。終わってみれば、1時間鍬で土を耕したので、雑草が生えていた緑っぽい平面が、黒っぽくて若々しいような土色に変わった。家内が土の栄養剤をまいたので、近日中に植える玉ねぎが育つだろう。それを見た時、何か今日は良いことをしたなあと、ふと思った。青空いっぱいの秋である。文脈は離れるが新聞に、永遠のごとき放課後秋深し(月城龍二)の句があった。子供は夢中になって放課後を遊んで過ごす、いつまでもいつまでも時間を忘れて遊んでいる、いつの間にか日は暮れてきて家路に急ぐだろう、その光景は秋深しの形容がぴったりで、子どもの声や童謡が聞こえてきそうである。自分も畑仕事が終わってみれば、秋深しの季語がふさわしい。子供のように書斎に入ってブログを書き、その後夕食になる。今日も一日つつがなく終わる。
秋の夜長
今日は金曜日の夕方、というより書斎の窓から見れば外はもう真っ暗な夜である。今日から11月、あっという間に今年も後2ヶ月になった。今年のお正月は何をしたのだろうか、もう10ヶ月も過ぎたのかと思うと、夢でも見ていたのかとさえ思う。毎日何事もなく過ぎていけば平穏なのだが、それは嬉しいような嬉しくないような、退屈なような退屈でないような気がするのは、自分にもまだエネルギーが残っているからだろう。昨日は都内で小学校の授業を参観し、その後のシンポジウムでコメントをしたり感想を述べたりしたので、一応自分の役目は果たした。ただ若い頃のような感じ方と昨日では少し違うようだ。年を取ったのだから当然だと思うが、何と表現していいかわからないが、今は話の勢いが弱くなった。若い頃は、周りの評価もあまり気にしないで前だけを見て進んでいたような気がする。そういえば学会では赤堀節などと呼ばれていたようだが、自分は人前で話すのはあまり好きではなく得意でもない。なぜか思ったことが素直に思った通りに言えないのだ。話している間にいろんな雑念が浮かんできて、それが急に口に出るものだから、文脈が途切れて、たぶん聞いている方はおかしいと思っているに違いない。話が終わった後、自己肯定感が下がるのである。ただ関係者は、忖度しているのか気を使っているのか褒め上手なのか、自分が喜ぶような感想を言ってくれるのだが、自分では役目をあまり果たしていないような気がする。そんなことを考えると毎日落ち込むことになるので、うまくいくこともあれば、そうでないこともあると、自分で自分に言い聞かせている。多分誰でもそんなことを思いながら、毎日を過ごしているのかもしれない。自分の弟子や知人も、先生みたいに生きてみたいと言われることも多いのだが、社交的なお世辞かと思っていたが、どうもそうでもないらしく、傍目から見ると自分は好きなように生きて、落ち込むことはないと信じているらしい。しかしどんな人も必ず浮き沈みを感じながら、自分はダメだと思ってみたり、今日はうまくいった、まんざらでもない日もあるのかなどと思ってみたり、誰でも同じなのだ。今日のように平穏無事で静かな夜を迎える時ですら、これでよいのかと自分に問うのだ。文脈は離れるが新聞に、一つ置くグラスの中の秋灯(小町季生)の句があった。ウイスキーだろうか、飴色の液体がグラスの中を彩付けして、透き通った角氷が表面に浮かんでいて、飲むたびに角氷のぶつかる音がして、それを眺めていると今日はどんな日だったかと、自分と話をしているような気がする。この句を読むとそんな想像をしたくなる。グラスの中に天井にある電燈が映っているのかもしれない。自分もお風呂から上がって、毎晩晩酌をしているが、ほとんどオンザロックと水割りのウイスキーである。日本酒があまり飲めないからだが、小さな酔いが疲れを癒してくれる。この作者は自分と同じ自宅なのだろうか、あるいは高級なお店なのだろうか、どちらにしても人は夜になると嬉しかったことも切なかったことも、晩酌の杯を友にして、秋の夜長を感じながら自分と語るのだろう。
秋刀魚
今は火曜日の夕方、といっても書斎から見る空はもう真っ暗で、日が短くなった。今日は比較的時間的に余裕があって、ゆっくりと仕事をさせてもらい、歩いて行ける距離の用事をいくつか済ませた。小雨が降っていたせいか肌寒く、ジャンバーを着ていないと風邪を引きそうだった。寒暖の差は激しく、これも異常気象なのだろう。これでは体がついていかない。政局も同じようで、予想以上の大差で自民党が敗北を喫した。やはりこの世の中は動いているようで、自分はもう少し緩やかな選挙になるかと思いきや、まるで異常気象のように揺れ幅が大きかった。政治には大した興味もなく距離を置いているが、それでも選挙前の党首会談で石破首相がきっちり受け答えしていた姿に共感を覚え、密かに応援していた。一つ一つの言葉に重みがあって朴訥ではあるが実行可能な政策を披露していたのだが、メディアの論評は厳しく自民党に不利なように聞こえた。世の中の諸相はその通りだろう。金と政治というキーワードだけですべて灰色に包まれて、全てが疑心暗鬼になるのだろう。これも世の常なので、市井の凡人が感想を述べたところであまり意味はない。世の流れに従って政局は動いていき、庶民の生活もその影響を受けながら緩やかに変化していくだろう。自然の変化も政治の変化も技術の変化も激しく、世界を見れば我々の見えぬ変動が、まるで地殻のマグマのようにいつ地上に現れて人間の生活を脅かすかもしれない。そんな不安感を誰も持っているだろう。その不安感を除いてくれるのは、昔から変わらない生活そのものである。朝夕めっきり涼しくなった。外気に触れてやはり秋はやってくるのか、玄関先に植えてあるハナミズキの葉っぱがいっぱい落ちて、赤茶けた石畳になっているのを見ると、自然は忘れていないのだとほっとする。昨日も今日も新聞は選挙の報道ばかりで、今週は短歌と俳句のページがなかった。だから少し趣旨と外れるが、先週の新聞から引く。来賓も秋刀魚祭りの煙(けむ)の中(山口良子)の句があった。なんと美味しそうなのだろう、サンマが火で炙られて、じゅうじゅう音を出しながら煙で辺りがいっぱいになった。テントで囲まれた来賓席にも煙が漂ってきたが、その美味しそうな香りを嗅いで、来賓もニコニコしていたのかもしれない。あの少しほろ苦い味は、秋そのものであり、確かな秋の手応えである。変わらぬ生活の場面に触れるとき、人は我が身を委ねながら、厳しい浮世に備えているのかもしれない。
