今日は火曜日の夕方、書斎の窓から見える空は、初夏のような淡いブルーで覆われていて、西日が近所の家の屋根を照らして、その反射光が輝いて見える。先ほど東方向の公園に向かってジョギングをして、帰って来たばかりである。ジョギングといっても若い人とは違って、ゆっくりとした足取りなのだが、帰宅すると汗びっしょりだった。食卓に用意してある我が庭で取れたグレープフルーツに、コーヒー用の細長い紙にくるんだ砂糖を少しふりかけて食べたら、ビタミンCが五臓六腑にしみこんだような気がした。年をとっても運動することは楽しく、そして健康維持に欠かせない。今日のような25度近くの夏を思わせるような気候では、体を動かせずにはいられない。その前まではオンラインの研究会があって頭を使ったので、それを払いのけるかのように、公園の方にゆっくり走っていった。公園の中はこの陽気のせいか、平日であってもそれなりの人たちがいて、犬の散歩をしたりキャッチボールをしたり、サッカー場ではホッケーのような試合をしていた。そうか平日とは言え、学校はもう春休みなのだ。暖かすぎる春の陽気に誘われて、幼児も犬も子供も大人もそして老人も家を飛び出してきたのか、誰もがどこか嬉しそうな表情をしている。そういえば自分も帰宅すれば、ブログを書いて今日一日の仕事は終わり、お風呂と夕食の時間になる。明日明後日は都内で仕事があって出かけなければならないので、それなりに忙しい。人間も生物であるから、春になれば心がワクワクし夏になれば活動的になり、秋には物静かになって冬には縮こまるような気持ちになるのだろう。もう3月も終末になり、来週には4月を迎える。今週いっぱいまでは忙しく、来週からは舞台が逆転する。来週には、書斎の机を西向きと南向きに囲んでいる棚に積み重ねている書類やら本やらを整理して、たくさんの紙を捨てなければならない。毎年やってくる大掃除である。またこの陽気のせいか、庭に雑草が目立ってきているので、草刈りもしなければならない。そして暇な時間がある来週から、計画している資料の作成にとりかかる。自分は手帳にその予定を書き入れているが、ほとんどは遅れるのだが、やるべきことはとりあえず処理できる。手帳を見て順調に事が進んでいけば、どこか嬉しい。誰も褒めてくれるわけではないが、口笛を吹きたくなる。「春よ来い」の歌のように、4月からが楽しみだ。それは自由であり自分のやりたいことができるからだ。今日のオンライン研究会で、不登校の子どもたちがメタバースでコミュニケーションする理由に、それは自由だから、他人のペースに合わせなくてよいから、自分の好きなことができるから、という分析をした研究があった。不登校の子どもたちは、むしろ他の子どもたちよりも、自分の考えを持っていて、それをやりたいという気持ちが強いのではないかと思った。今の自分は、都内に出かけたりイベントに参加して話をしたりするよりも、どちらかといえば自分の書斎でできる資料作成の方が好きだ。そうすると自分は、不登校の子どもの気持ちに近い。すると不登校の子供をそんなに心配しなくてもいいのではないかと思った。新聞に、おほよそが夫を亡くせる老女らの「あったかサロン」そのひとりわれ(田浦サチ子)の句があった。何やら楽しそうなサロンで、お婆さんたちが笑い転げる光景が目に浮かぶようである。世間から見れば少し可哀想な気持ちを持つかもしれないが、本人たちはいたって元気である。幸せの尺度が何であるかは他人にはわからない。それでよいのだ。
ふれ合い
今は土曜日の朝、この変則的な時刻にブログを書くのは、今日の夕方に時間が取れないからで、これから都内に出かける。今日もイベントがあり、明日もイベントで日程は詰まっていて、3月いっぱいは自分たちの職種は忙しい。逆に学校の先生は4月からの新年度は忙しく、3月の終りは卒業式が終わって、春休みを迎える心やすらかな日々であろう。自分の経験でも、高校教師の時は今頃が一番気が楽で、春の陽気を体いっぱいに受けて、新年度を迎える準備をしたり、人事異動などがあると、それもどこか心がワクワクする。大学の場合は卒業式はもっと遅かったが、あまりセレモニーなどの形式にこだわらず、研究室単位で卒業パーティーとか謝恩会などをして盛り上がった。女子学生は和服などを着るから、実験をするときのジーパン姿とまるで違うので驚くことがある。今はそんな季節である。幸い昨日あたりから昼間は気温が高く、春の息吹を感じる。昨日も都内で会議があって出かけたが、駅のプラットホームなども若い人たちが大勢いて、どこか華やいでいる。先生方が時間的な余裕のある時期は自分たちは忙しく、先生方が忙しい時期は逆に時間的なゆとりがある。ただ4月のはじめは先生方も入学式前なので気楽だろう。これから良い季節がやってくる。昨日は自分が所属する団体の理事会だったので、代表という立場上気を使う。理事会が終わって緊張感が解ければ、ほっと一息つく。今日はこれから若い人達のポスター発表を聞いて、審査をしたり議論をしたり、最後は結果発表と審査講評をしたりという流れなので、多少非日常的な経験をする。それはそれで華やかで楽しいのだが、若い頃とは違った感覚が今の自分にはある。来年度の事業計画や予算などについて議論をする理事会は、硬い会議ではあるが、それはそれでどこか味がある。自分は司会役なのだが、最後は出席者全員に発言をしてもらい、人それぞれの意見に接すると、この団体を盛り上げていこうという気持ちが伝わるので、会議をやって良かったという充実感がある。硬い会議も華やかなイベントもそれぞれに意味があり、自分のような老人でも、まだそこに関われることを感謝しなければならない。昨日の夕食で家内と、色々なことがあっても、出かけるところがあり、書斎で仕事をすることができ、老夫婦2人で食事ができることを当たり前のように思っているが、本当にそれはありがたいことだ、と話した。ただ人はそれをすぐに忘れて、困ったことや思い通りにならないことの不平ばかりを言うようだ。文脈は離れるが新聞に、七画で一つの線もふれ合わぬ老いの孤独に「沁みる」という字(春日賢治)の句があった。独居老人は、この句のような孤独感を感じているのだろうと思う。自分がそのような境遇になった時、どうしていいのかは分からない。寂しさも、生きていく切なさも、心に沁みるのだろう。そして人から親切をされたり、にこやかに挨拶をされたりすれば、その喜びも人一倍に心に沁みるだろう。ということは、どんな境遇になろうとも、人は人と関わることでしか生きる力は得られないのではないか。自分は、昨日の昼間は働き盛りの人たちと、夕食では家内と、今日は若い人たちとふれ合って元気をいただいている。そんな生活がこれからも続くと良い。
幸せ
今は火曜日の夕方、いつものようなブログの書き出しで、お許しいただきたい。書斎の南向きの窓から、いつものように空を見ている。雲は多いが青空が見えると、ほっとする。今日は朝から対面の会議で出かけ、色々な人と出会い、帰宅してメールを見て返信を書いたり、先ほどオンラインでの打ち合わせが終わったばかりである。打ち合わせの相手は、ある企業の経営者だが、短い時間ながら学ぶことが多かった。経営者とはなんと努力をし、それでいながら謙虚に話をされるのだろうか、いつも感心する。並大抵の努力ではないようで、先ほどの方は自分から見れば、学者であり企業の経営者であり、二つの才能を持った優れた人物のように思う。確かに長い付き合いなので、業績が上がって勢いがある時期もあれば、経営が苦しくなって、もがいている時期もあったことを知っている。自分のようなものは、浮き沈みといっても小さな波でしかすぎず、企業と比べれば横綱と序二段くらいの差がある。ある本で読んだことがあるが、経営者でなくて従業員だったらどんなに楽だろうかと、夜中に眠れなくて悶々と悩む人も多い。お風呂上りに5分程度で読む小説では、その従業員の苦しさが書かれているので、企業で働く人は、誰も努力に努力を重ね、苦労に苦労を背負いながら、たまの休みに一息つくようだ。先ほどの経営者は、ようやく谷を抜けて、業績も伸び先が見えてきた時で、自分のようなものに一つの区切りとしての挨拶をされたのである。教育に関わる者は、そのような苦労をしないのではないだろうか。この言葉は語弊があることを承知で書いているのだが、たぶんそうだろう。自分を振り返ってみれば、大した能力もないのに、あまり苦労もしないのに、とりあえず生活をしていることは、教育の分野のおかげなのかもしれない。世の中はどこか不公平なところがあって、人はそれを運と呼ぶのかもしれないが、あまり信じたくはないが、そんなところが確かにある。ただ天や神から見れば、運とか不公平さとかではなく、どこかで辻褄が合っているのかもしれない。だから今日の経営者は、表情は明るく未来を切り開こうという意欲に満ちていた。それは苦労を幸せの土台にしているような気もする。何が幸せなのか自分もわからない。文脈は離れるが新聞に、「今日はこれね」選んだ小さなブローチをデイケアに行く夫の胸に(高畔正子)の句があった。文脈から考えると、ご主人は少し認知症なのかもしれない。毎日デイケアに行って時をすごすのだが、まるで幼稚園生か小学生のように、奥さんにブローチを付けてもらって、少し恥ずかしそうで、そして少し嬉しそうな表情が眼に浮かぶ。苦労に苦労を重ねて、晩年になってデイケアに行くのか、それがこの人の人生なのかと思うと、他人のことながら不公平ではないかと思った。しかし本当にそうだろうか、ご主人は奥さんの愛情に包まれて、デイケアでもブローチを見れば、奥さんに見守られていると感じるならば、それは幸せと呼ぶにふさわしい。本当に何が幸せかは、本人に聞いてみなければわからない。
常識
今日は土曜日、そして今はその夕方、南側の窓から見る景色は寒々としていて、空がグレイ一色である。寒々としているというより、寒いのだ。真冬に戻ったかのように、先ほどスポーツジムから帰る途中、小雨が降っていて傘をさしながら帰宅したが、道行く人も心なしか背中が曲がっているように見えた。3月は、春とは言えまだほど遠く、春と冬を行ったり来たりしながら、下旬になってようやく暖かい日が続くのだろう。その頃になれば、桜も咲き始めどことなく華やぎ、人々も笑顔の表情を見せるようになる。天気予報によれば、明日日曜日はもっと寒く、一日中雨が降るらしい。人はまことに自分勝手で、晴天が続けば雨よ降れと願い、雨が続けば抜けるような青空が恋しくなる。今日は寒かったせいか、スポーツジムも人が少なかったような気がする。おかげでプールなどはゆっくり泳げるのでありがたいのだが、どことなくけだるいような、気持ちがどこかに浮かんでいるような、時の流れに身を任せているだけのような、そんな時間の過ごし方だった。1週間を振り返ってみても、忙しくはあっても、仕事をしながらもう一人の自分がそれを眺めている、そんな感じだった。昨日は都内でイベントがあった。自分の所属する団体の主催なので、団体の代表とすれば、ここ大一番である。緊張したり、気をもんだり、不安になったり、充分準備をしたり、そして本番を迎えるのが普通であろう。自分は決して気を抜いたり緊張を欠いて臨んだわけではなく、主催者としての挨拶も、表彰状を渡すときの臨機応変の対応も、それなりにできた、談笑しながら満面の笑顔で大勢の人と名刺交換をし、盛会裏にイベントが終わったので、自分とすれば上出来だろうと充実感も感じるはずであるが、本音を言えば自分はそうではなかった。多分最も喜びを噛みしめたのは、担当したスタッフであろう。自分はその用意された舞台の上に乗っただけである。なぜだろうか。その気持ちは、小雨が降って冬が舞い戻ったような今日の天気のようであり、体も動かし、午前中はやるべき仕事もして、何が不満なのか、何が不足なのか、自分に問うても答えは出てこない。文脈は離れるが新聞に、寄せ鍋はフライパンですワンルーム(滝村実)の句があった。ワンルームマンションで生活しているのだから、多分若者だろう。自炊しているのか、寄せ鍋を作ろうと思ったが、鍋に野菜やら肉やら魚やら入れても、一人で食べるには鍋は大きすぎると思ったのか、底の浅いフライパンで充分だと考えたのか、鍋という常識を捨ててフライパンで料理をしている。なるほど若者らしい。多分美味しい美味しいと言いながら、料理を満喫しただろう。今度は友達でも呼んで、フライパンの寄せ鍋をしようかなどと考えているかも知れない。若い時は、意識はしなくても常識という知識を超えて、チャレンジをしているのだ。歳をとってくると、常識が幅を利かせ、他人を忖度し、成功しても、どこか落ち度はないのか、課題はなかったかなどの反省をするようになる。本当はこの若者のように、これまでのやり方など捨てればよいのだ。そうもいかないのが大人や年寄りだとすれば、果たしてこれまでに蓄積してきた知識は何だろうか、何か良いことがあるのか、世の中に役立つことがあるのだろうか。自分も若い頃は、この若者のように新しいやり方に喜びを感じ、年配者の話などは疎んじていた。それは自分が特別ではなく、誰も通る道なのかもしれない。すると自分も人並みに平凡な道を歩んでいるのか、ただ若者のやり方を説教するような年寄りにはなりたくない。
年度終わり
今は火曜日の朝、この変則的な時刻にブログを書くのは事情がある。今日も夕方時間がなく、昨日も全く時間がなく明日も同じである。この朝食をとる前の時間を利用するしかないのだが、時間が少ないので、今日のブログは短い文章でしかも推敲なしでお許しいただく。今日は都内で理事会があり、帰宅してすぐオンラインが2つ待っている。すべて重要な打ち合わせや会議で、気が抜けない。昨日も1日中バタバタして終わった。何をそんなにアクセスしているのだと、多分他人は思うかもしれないが、自分の生活は、決まった時間に職場に行き決まった時間に帰宅する常勤の勤め人とは違い、いわばフリーターのようなもので、オファーに従って動いている。だから忙しい日もあれば全く暇な日もある。特に4月からは手帳が真っ白で、中旬以降はそれなりにまだら模様のペンの文字跡が見えるが、初旬はほぼ何もない。今週いや3月末までは全て詰まっているので、時間のやりくりが難しい。こうして自分の1年間の活動が終わっていく。教育関係の仕事は、4月に始まり3月に終わる。学校の先生であれば4月は忙しいが、自分たちのような人種は、いわば先生を支える仕事なので活動は変則的なのだ。それでも持って生まれた性格なのか時間の貧乏性なのか、ぼーっとした時間は、魚の小骨が胃の中に入ったような違和感を感じて、きれいに消化しないと安心感がないのだ。このブログでも書いたことがあるが、高校教師の時、毎日よく走ってるねと半分皮肉られたことがある。現実に廊下を走って移動していたからである。廊下を走るなとは誰も知っている校則だが、どこか自分は例外だと思っていたフシがある。この年になっても、走っていると嬉しがっているのは、もう卒業しなければいけないだろう。そんな自分でもいろんな出来事に遭遇すると、人並みに人間の知恵を学ぶことがある。ブログでは書けないが、今年度は、自分の深いレベルでの考え方や感じ方を変えるような経験をいくつかした。それはメンタルモデルといってもよく、無意識的な見方考え方と言ってもよい。今思えば、それはありがたいとしか表現できない。こんなふうに書くと、どこか格好つけていると思われるかもしれないが、そうではない。長く生きていると、いくつか竹のような節目があって、違った伸び方をするのではないかと思う。その時は大変だとかもう無理だとか投げ出したいとか思うこともあるが、それは目先のことである。時間が経つと、その本質が見えてきて、ああそうなのか自分はこういう人間だったのかと、自分を知るようになる。すると新しい自分の見方が生まれてきて、世界が違って見えてくる。文脈は少し離れるが新聞に、日向ぼこ短気の父の遺品われ(高橋まさお)の句があった。この句の作者は、せっかちな父親の遺伝子を引き継いで、日向ぼこのようなぼーっとしている時間は耐えられないのだろう。まるで自分のことを言っているような句であった。そうかもしれない、世の中の生き方は人それぞれである。それぞれの生き方を認めることは、自分を知ることである。3月の年度終わりの時期になって、この忙しい時間にふと感慨に浸った。来年度が良い年になるよう、お祈りするしかない。
応接セット
今は土曜日の夕方、いつもなら書斎の窓から見える空も青空で、と書きたいところだが、灰色一色である。天気予報によれば、そろそろ雪が降る時間である。手元のスマホで確認したら、午後7時ぐらいから雪マークが横並びになっていて、真夜中からは雨になりそうだ。今日の最高気温が5度だと言うから、寒い1日なのだ。午前中は諸々の自分の仕事を書斎でこなして、午後からは先ほどまで、オンラインで学会の研究発表があった。だからずっと家の中に閉じこもっていて、外の寒さは肌では感じていない。研究発表を聞き終わってこれではいけないと思って、数分程度近所を散歩したが、冷たい雨が降っていて傘をさしていると、これは散歩ではない、早く家に帰ろうと思ったので、1分か2分の間外気に触れただけであった。ずっと仕事ばかりでは身体にも悪いので、居間に降りて家内と時々短い雑談をした。居間には食事用のテーブルの他に、ソファーと対のテーブルがある。応接セットである。どの家庭でも同じように、そこで新聞を読んだりせんべいを食べたりテレビを見たりする。しかし人間は長い時間はリラックスできない。新聞もテレビもせんべいも短い時間だから楽しいことを、経験的に知っている。テレビの面白い番組は例外だが、ただ見ているだけのテレビ番組は、何か脳のシナプスがだんだん切れていくようで、自分が自分でなくなるような気がする。それは少しオーバーではあるが、長い時間リラックスしていると、堕落しているという言葉は適切ではないが、天からそんな声が聞こえてきそうな気がする。応接セットは、緊張感をほぐす意味で作られている道具なのでそれで良いのだが、どうもピンとこなくて、家内と相談してテーブルを替えることにした。昨日家具屋さんが新しいテーブルを持ってきて設置した。それはテーブルの高さを自由に調整できるので、家内の趣味の手作業も、居間に置いてある自分のパソコンも操作しやすいのである。つまりリラックス用から仕事兼用にテーブルを替えた。それが気に入って何度も居間に降りて、お茶を飲みお菓子をつまみ、そしてパソコンもスマホも、さらに旅行会社から送られてきたパンフレットや医療の書類などもスムーズに処理できた。つまり楽しみと仕事の両方に役立った。大学でも、自分はソファーは嫌いだったからテーブルに替えた。テーブルなら仕事もでき打ち合わせもでき、物事がスムーズにはかどるのである。環境は重要で、人間の思考は環境にかなり左右されるので、新しいテーブルは脳のシナプスも弛緩することなく働いて、どことなく気持ちが前向きになる。テーブル上のお菓子類も要らないものは捨てて、自由なスペースを広くした。昨日来た家具屋さんは、古いテーブルが新しいテーブルよりも高価だったせいか、捨てるにはもったいないと家内に言ったらしいが、要らないものは邪魔になるだけだから、捨てるに限る。時にリラックスするのも必要だが、人間の本姓はどちらに向いているのだろうか。毎日、上げ膳据え膳で温泉に浸かっている生活は、苦痛以外の何物でもないだろう。少し文脈は離れるが新聞に、辞めるなと言われてうれし冬の朝(小林浦波)の句があった。年齢なのか他の事情なのかわからないが、多分仕事を辞めるなと言われたのだろう。まだ自分も働ける、まだ自分も役に立てる、まだ自分も評価してくれる人がいる、と思うだけで心が弾むのである。それが、はいご苦労さん、これからは悠々自適に暮らしてくださいと言われたら、誰でも寂しいに決まっている。引き止めてくれたから嬉しいのだということは、1階の居間のテーブルを替えたのは正解であった。リラックスもできるし仕事もできる、テーブルがまだ辞めるなよと声をかけてくれるような気がする。本当にリラックスだけを求める時は、往生する時ではないのか、死ぬ間際まで自分は活動していたい。私的なことだからブログには書かないが、今日の午前中は自分の楽しみな仕事だった。もちろん公開しても構わないが、なんとなく気恥ずかしいので、時が来るまで伏せておく。最後まで人は楽しみながら生きていけるのではないだろうか、それを目指したい。
ノンポリ
今は火曜日の夕方、窓の外は寒々しい灰色一色で静かに雪混じりの小雨が降っている。昨日も所沢市あたりでは牡丹雪のような大粒の雪が降り、庭が真っ白になった。昨日はオンラインだけの仕事だったので、あまり寒さは感じなかったが、今日は教育センターで会議があって出かけ、先ほど床屋に行って帰ってきた。床屋は土日は混むので、平日の夕方前に予約している。散髪をすると当然ながら首筋が寒く、マフラーと手袋をして出かけた。帰宅の途中、中学生に出会った。スカートで女子中学生は寒くないのだろうかとふと思ったが、この年代ではあまり寒さを感じないらしい。自分のような年齢では、教育センターにも床屋にも、今日の天気では防寒具をつけないと気持ちまで寒々しくなる。今、暖房の効いた書斎でパソコンに向かい、外の景色を見ていると、心からありがたいと思う。スマホの天気予報は、明日の早朝まで雪マークで飾られていた。家路を急ぐ人たちだろう、道路は車で渋滞していた。そして都心で仕事をしていた人たちも、早めに切り上げて足早に帰るだろう。何より暖かい部屋が恋しいから、そしてお風呂に入って家族と夕食をとるのが極上の一時なのだ。路上にいた女子中学生たちは、話に夢中になって寒さなど眼中にないような様子だったが、若さとはそういうものなのか。家族とか夕食とかお風呂などは小さな出来事であって、こんなに寒い日であっても特に感慨は起きないものらしい。年を取れば、暖かいものに安らぎを感じ、向かっていくよりも守る方に、競争するよりも現状維持のほうが、どこか居心地が良くなる。しかしそれは活動しないということではない、今のままの仕事や活動で充分であり、それ以上は望まない、そんな感じである。今以上でも今以下でもなく、今のままで良いと思える。教育センターでの打ち合わせは4月以降の活動計画だった、特に飛躍するわけでも減少するわけでもなく、先生方が満足できる範囲でやっていこうと合意した。若い頃の自分は、もっとやれ、すぐやれ、精一杯やれのような、まるで号令のような声をかけて、学生たちを頑張らせていたような気がする。今思えば、気恥ずかしく若気の至りとでも言いたくなる。12月は30日まで1月は2日から、研究室に学生たちが来ていた。自分もそれが当然だという気持ちだった。寒さや雪やお正月など、先ほどの中学生のように、なんでもないことだった。しかしそんな時代はもう過ぎた。文脈は離れるが新聞に、ノンポリてふ昭和の死語よ三冬尽く(宮野始)の句があった。三冬尽く(みふゆつく)とは、三か月も続いた寒くて長い冬がようやく終わった、という意味の冬の季語らしい。自分が学生の頃は、ノンポリノンラジカルで学生運動を横から眺めていたが、心情的には惹かれていた。活動家たちは、就職を蹴って信じる道を進み、挫折した学生たちも多くいた。それは若者の特権でもあり、生涯をかけても悔いない活動だったろうが、令和の今になってみれば、苦渋の思いをしているかもしれない。長い年月が激しい思いを洗い流したのだ。しかし何が良くて何が悪いのか、誰もわからない。今暖かい部屋に居るだけでありがたいと思うノンポリなのだが、昭和は遠くなりにけり。
期待外れ
今日は土曜日の夕方、といっても空は青空で、まるで春のような陽気である。暖かくて昼間コートは要らなかった。スポーツジムから帰ってと書きたいところだが、今日は違う。石川県の片山津温泉から、ちょうど帰宅したところである。聞きなれない温泉かもしれないが、加賀温泉郷の一つで、ホテルの目の前に広い湖が広がっている光景に、心が癒される。山中温泉・山代温泉等と並んで有名だと言うが、自分はこの温泉郷に初めて行った。昨年の暮れに申し込んで、1泊2日の温泉旅行だった。旅行のパンフレットに写真付きの蟹づくしという夕食に誘われて、申し込んだのだ。それは偽りではなかった。文字通り、蒸したり焼いたり温めたり混ぜご飯にしたり、あらゆる料理法で蟹の味を堪能した。そんな誘惑に負けて、家内と相談して昨年の年末に申し込んだ。2月下旬になると、テレビの天気予報が気になった。北陸地方は例年にない大雪で、車が大渋滞したり雪下ろしで怪我人が出たり、温泉気分ではないような予報であった。これは大変かもしれないという不安があって、防寒具も靴も大雪に耐えられるような身支度をして出かけた。ところが自然は人間の予測を平気で覆す。今日は加賀温泉郷あたりも快晴で、手袋もマフラーも要らず、外の風に当たるのが心地よいという、ありがたい期待外れだった。しかし行って良かった、景色も料理も温泉も部屋も、ホテルの周りの散歩も加賀温泉の駅前の土産店も、そして新幹線の中の仕事さえも、すべて充実して満足できた。だから天気予測は、プラスに外れたのである。先ほど帰宅して、自分が応募していて気になっていた審査結果を、ネットで調べた。何年ぶりなのか、いや何十年ぶりなのか、不採択通知を受け取った。そうか不採択なのかと思って、かなり落ち込むかと思ったが、実はそうではなかった。人はどこか予知能力があるのか、今回はだめかもしれないと思って、家内に、自分の仕事に関わる予算を今年は計上したいから、と言って話し合ったことがある。もちろんそれは当たり前のことなので反対することもなく、それがよいと合意していた。世の中には、期待にプラスに外れる場合とマイナスに外れる場合がある。誰でもそんな経験をしているだろう。しかしそれが本当にプラスなのかマイナスなのかは、先になってみないとわからない。マイナスの場合は落ち込む場合もあれば平然としている場合もあり、自分の力ではどうにもならないのだから、まあそれもいいだろうと受け入れるしかないのである。大抵の人はそのようにして毎日を生きているのだろう。新聞に、逆わぬことにも慣れて寒日和(田中俊)の句があった。この作者は何に逆らわぬのだろうか、俳壇の選者は、奥様だろうかと評していたが、永く生きていると、それが賢い処世術になるのだろうか。若い時には、憤慨したり悲しんだりという感情の振幅が大きいので揺れ動くが、この作者のように、逆らわぬことにも意味がある。今日、自分は期待に外れた、暖かい天気予報と不採択通知の両方を体験し、逆らわぬことの自然体を知った。逆らわぬと言えば、どこか消極的で後ろ向きのような気もするが、果たしてどうなのだろうか、どちらが後ろ向きか前向きか、わからない。今日の体験では、どちらにしろ受け入れるほうが前向きでプラスなのではないか、なるほど逆らわぬことなのか、今日は1つ学んだ。
残りのページ
今は月曜日の夕方、南向きの窓から見える空はまだ明るく、よく晴れている。今日ブログを書くのは変則的なのだが、今週は忙しく、明日も明後日もオンラインの仕事が入っていて、夕方に時間が取れないからである。今日は振替休日で土曜日から今日まで3連休なので、どことなく気持ちがリラックスしている。この3日間ずっとスポーツジムに通った。今日も先ほどジムから帰って来たばかりである。ただブログは一昨日の土曜日に書いたばかりなので、特にイベント的な出来事はない。そんな時今日の朝刊の歌壇に、母逝きて三年まだ開けられぬ母が残しし小さき手帳(助野貴美子)の句が目に留まった。とりたてて紹介するような短歌ではないのだが、自分のブログはこの手帳のようなものなのかとふと考えた。ブログとはウェブ上の記録のことだから、日記でも独り言でも意見交流でもなんでも良いのだが、ウェブなので公開されることが原則である。そこがこの母親の日記と違うところで、作者は母親が亡くなって日記を見るのが怖いような、秘密を知りたいような知りたくないような複雑な気持ちなのだろう。自分のブログは公開日記なので、見られることが前提で書いている。ただしすべて自分の本音であり事実である。そうでなければ人が読む意味はない。いわば自分史と言っても良いのだが、統計データを見ると現在897件で2020年3月からと書いてあるので、約5年間書きつづっている。なるほどいつの間にかこんなに年月がたったのか。昨日、学習情報研究という隔月の雑誌の編集後記の原稿を送った。自分が編集委員長を仰せつかったのは、ファイルを見ると2018年からなので約7年間編集後記を書きつづっている。そして明後日水曜日の夕方6時からは、自分の所属する団体の仕事である水曜サロンがある。隔週であるが、毎回ゲストを呼んで自分がホスト役になり対談するのだが、これももうじき100回になる。どれをとっても歴史を刻んでいる。そして来週に、教育センターと次期GIGAスクール構想に向けての打ち合わせをするが、自分はアドバイザーとして学校訪問をしているが、これももう4年間続いている。どれもいつの間にか年月が過ぎて、あまり振り返ることもなかった。自分の年齢から考えれば、そろそろ次のページに移っていく頃である。振り返ってみれば、自分も色々な役をいただき、それなりにこなしてきたのだろうが、何が楽しかったんだろうかと考えた。長という名の役はいろいろあったが、それに魅力は感じない。それよりも学校訪問して、先生や子供たちの織り成す生きた授業の方が、まるでドラマを見ているようで楽しく、そしてそこで気づいたいくつかをコメントとして先生にお返しすることが、自分にとっては満ち足りる一時である。水曜サロンでゲストの先生と話をすると、その人の生き様や一生懸命さに触れて、自分の身も心も洗われるような気がする。短い編集後記ではあるが、その文章は自分にとっては可愛い孫のような気がする。そしてこのブログも、良いことも悪いこともすべて言葉に書いて、自分をさらけ出すのである。何かの文献だったか、自分の考えや感情を言語化することで自分を知ることができると書いてあって、その通りだと思っている。そして年月を経て今思うことは、自分の心の在り方を、平凡であるが、もっと優しくもっと親切にもっと受け入れるようにしたいということである。凡人は誰も、高僧のように悟ってはいないので、自分を押し通したり他人を押しのけたり色々な煩悩も持っている。しかし自分はもう他人と競ったり我儘を言うような歳ではない。老いて思うことは、残りの人生を人のために役立つことを念頭において過ごしたい。教育は子供のために役立つことだからである。最後の最後までお役に立てれば、こんなに幸せなことはなく、また生きがいのある楽しい人生になるだろう。自分の残りのページをそんな花で飾りたい。
ズボンプレッサー
今は土曜日の夕方、といってもだいぶ時刻が遅くなってしまった。これには理由がある、といってもブログで書くほどのものでもないが、先ほどまでズボンプレッサーの組み立てをしていたからである。誰でもわかるように、すぐにできる簡単な仕組みなのだが、ブログを書こうかと2階の書斎に登っているときに、ズボンプレッサーが届いたのである。ブログの方を優先すれば良かったのだが、急に組み立てたくなった。それには理由がある。ホテルでは、ズボンプレッサーがエレベーターの前などに置いてあって、プレスしたい人はそのプレス機を部屋まで持ってくるのだが、面倒なのであまり使ったことはない。この前大阪に出張した時に、ふと思った。人前に出る時には、やはりズボンの折り目はピシッとした方が良い、という当たり前の事に気がついた。そういえば昔使った古いプレス機があったと思い出して、家内に聞いたら居間のソファーの下にしまってあるよと言われて、取り出した。もうずいぶん古いので埃で汚れていたが、雑巾できれいに拭いたら見違えるようになった。これはありがたい、早速使ってみようと使ったのは良かったのだが、固定する部品が壊れてしまった。壊れると無性に使いたくなって、あれやこれやと物置小屋の道具箱から、怪しげな固定器具に使えそうなものを取り出して試してみた。しかしどうにも言うことを聞かない、諦めるかと思っていたら、家内が電気屋で買えばいいではないか、という誰でも考える平凡なアイディアを言った。その通りだ、なぜこんな簡単なことに気づかなかったのかと思って、一昨日近所にある電気屋に行って物色した。店員さんに聞くと、ありませんと言う。今時こんな電気製品を買う人はほとんどいないのだろう、そうなるとますます欲しくなった。どうしようかと思っていたら、家内が通販で注文すればいいだろう、というこれもまた極めて当たり前のアイディアを言った。なぜこんなことに気づかなかったんだろうと思って、さっそく探してみた。すると確かに販売している。しかしながら需要が少ないせいか、ほとんどのプレス機は数週間から1ヶ月ほど、手元に届くまでに日数がかかるという。探しながらまた無性に欲しくなった。すぐ手に入れることはできないかと、まるで駄々っ子のような無理難題を押し付けて探していたら、まるで奇跡のように、今日注文すれば明日届けますというプレス機と取り扱い店があった。本当だろうか、疑心暗鬼ながら性能や仕様を読んだ。1階の居間の隣が和室で、そこに洋服やズボンなどを掛けているので、プレス機の大きさや電源までの距離などを調べてみたら、まるでオーダーメイドのような仕様で、ぴったりだった。昨日の午後3時前だったろうか、注文してその後市内の学校訪問をした。今日の予定は、午前中の仕事と午後のスポーツジムだったのだが、スポーツジムから帰って、ビタミンCを補給し終わって2階の書斎に登りかけた時に、届いたのだ。こんなこともあるのか。文脈は遠く離れるが新聞に、振り袖は母のお下がりとふ孫の二十歳の笑みに残る幼さ(安田悦子)の句があった。育ちの良い娘さんなのだろうか、母親の振袖を着て成人式に出かけたのか、その笑顔に幼い頃の面影が見えたのだろう。大人になって世間の波にもまれれば、持って生まれた素質や性格もとげとげしたり変化するのだが、一方幼い頃のままの変わらない特性もある。歳を取って思うのは、素質や性格は、若い頃と違った部分と子供の頃に戻るような部分が混在しているようだ。今日自分がズボンプレッサーを欲しかったのは、まだ大人になりきれていない子供の特性のままだろう。それは喜んでいいのか悲しんでいいのか分からないが、欲しいものが手に入っただけで良い日であった。
