伝えることと受け取ること

2020年6月26日読売新聞朝刊の第一面に、自分への取材記事が掲載された。読売提言で識者に聞く、という企画で、自分は教育、オンライン学習のテーマで依頼された。一面は凄いと思ったのは、すぐに目を引くからである。もちろん自分のことだから当たり前であるが、しかし読者によって何を見るかは、本当はわからない。取材を受けて、本当はそんなつもりでは無かったのにと、誰でも思うこともあるだろうが、受け取る人によって、その解釈は異なるので、それは当然である。この取材は、私の意をくんで、よく書かれていると感じた。たぶん、事前に原稿のやりとりがあったからだと思う。日常の会話や会議、テレビ討論などでも、その意味では、発信する側と受け取る側で、真意はどの程度伝わっているのか分からない、と思った方が自然ではないか。会話は時系列的に続くので、今の発言は訂正とか修正など、原稿に赤ペンを入れるようにはできないからである。とすれば、私たちは、たぶんに誤解をしながら会話や会議をしているのかもしれない。そもそも、言葉で自分の意を表現できるかどうかも怪しい。目は口ほどにモノを言い、の例え通り、我々はすべての五感を使わなければ、伝えられないし分からない。すべてを使っても通じるかどうかも、確かではない。と言うことは、コミュニケーションは誤解の上に立ってという前提で対応する必要がある。新聞を見て、そんなつまらぬ連想をした。

青い目茶色い目

昔、確か放送が白黒の時だった時代、NHKの番組で「青い目茶色い目」という題名のドキュメンタリーがあって、それをビデオ録画にしたVHSを、知り合いのメディア専門家の先生からいただいた。それは、アメリカの人種差別をテーマにした番組で、実際の話であるが、小学校での実践、というか実験であった。青い目をした子供と茶色い目をした子供に対して、お互いが差別することがいかに人を傷つけるか、という内容であったが、何故か今思い出した。その理由は分かっている。人は楽しいことばかり続くわけではなく、時に自分の意に反することもあって、感情的になることもある。また、その逆になることもある。それは、本当にとっさであって、人の感情は瞬間に変わる。人は、本当に自然のように悠久の時を生きてはいない、生きれない。すぐに変わってしまう、それが良いときも都合の悪い時もある。先のアメリカの番組では、先生の一声で、子供たちが瞬間的に変わってしまうことを実証して、教育の凄さと共に怖さも訴えたが、それは大人にも誰にも通じることではないか、と感じた。あの人はこんな人だ、この生徒はこんな性格だ、この先生はこのようだ、とか決められず、起きてくる事態や周囲の状況やその折々の人との会話によって、すぐに変わってしまうことに、気が付いた。昨日、ある学校の研究授業に参加して、講評や話をしたからかもしれない。子供も大人も、コロナ禍によっても、友達や先生との会話で、すぐに変わってしまうことも、念頭に置く必要がある。しかし、この番組は素晴らしい。是非一見することをお勧めする。たぶん、NHKアーカイブスにあるのではないか。

企業の経営者

企業の経営者の話を聞くと、どこか学校世界と違うことを感じる。それは良い意味であり、経営者は、はるか先を見ている。私学の教員だった頃、企業の皆さんに感謝する日があって、国立大学では考えられないイベントであったが、その会場に集まった経営者の方から多くのことを教わった。一言で言えば、人生を見ている、生き方を模索している、というか、言葉が重いのである。胸にドンと入ってくるのである。自分のようなものが、と別に卑下して言うわけでもないが、教員研修で話をする時は、それに比べると、どこか軽く表面的で受け売りで、という引け目を感じる時がある。コロナ禍の中で、中小企業が生きていくのは並大抵のことではないが、その中にあっても経営者が従業員をどう守るかと、美談ではなく、本気で考えていることに頭が下がる。テレビで松下幸之助の経営についての話題があったが、大不況で多くの企業倒産の嵐がやってきた時、松下電器は一人の従業員も解雇しないと心に決めて、金融機関を走り回ったと言う。同じような経験を、大なり小なり企業の経営者はしている。どこか武士道のような美しさを感じる。

対面とTV会議

昨日もある団体の会議があった。この6月は理事会や総会の季節である。TV会議か対面かのどちらかであるが、昨日は対面だった。対面の会議で、参加人数はそれほど多くなかったので、また自分は司会役だったことから、委員の皆さんに意見か感想を聞いた。大学も企業もほとんどがTV会議を利用しているが、その使い方については、当然ながら長所と短所がある。TV会議の長所は、何と言っても出かけなくて済む、つまり時間が節約できることだろう。これは絶対的に優れた特性と言える。大学の講義では、グループ活動ができる、資料が読みやすい、質問がしやすい、などが挙がった。短所としては、企業のトップの方が言っておられたが、どうしても細部のこと、ニュアンスのこと、心情的なことなどが、伝わらないことであった。実はそれが最も重要なことなので、今日は直接会ってきた、と話しておられたが、納得した。その通りだろう。大学の講義は、内容が決まっているし、論理的に考えて議論できるが、経営や人事や将来予測やあるべき姿などは、多面的に話さなければならないし、昔から小説などで読むと、経営者や政治家などは、腹を割って話すとか、意気に感じるとか、肝胆相照らすとか、論理以外の思考が働いているようで、その時は相手のすべてを、対面で、つまり自分の目で耳で口で話さないと分からないからであろう。メディアの特性について、勉強した。

実践という重み

学生の頃は物理を専攻したので最初の就職は、高校の物理の教師だった。自分には合っていて、研究は落ちこぼれのようだったが、教育が仕事の高校教師で生活できるのは幸せだった。ただ物理は文字通りモノのことわり、つまり理屈なので、どうしても頭で考え、理解しないと、すっきりしない。ところが、近年の高校生は物理を選択科目としない生徒が多く、物理教員は頭を抱えていると聞く。しかし社会に出てみると、物理的な思考方法で、あまり得をした経験がない。小学校の指導方法は、基本的に経験であり、いろいろ試行錯誤することから学んでいく方式が多い。頭で考えるより、手と足で学べ、という方法なのである。確かに、頭以上のことを学んでいる。このスタイルになかなか慣れなくて、苦しんだ。小学校の研究授業に呼ばれてコメントするのは難しく、今でもそれがコンプレックスなので、なるべく避けていた。しかし避けてばかりでは進歩がないので、実践から学ぶ、と頭を切り替えた。実践という重みに添ってみようか、と理屈から経験へと宗旨替えをして、多くの小学校の授業参観をする予定で、科研費も申請して採択された。しかし、世の中はままならず、コロナ禍のために予定がすべてキャンセルされた。これからという時に残念だが、仕方がない。来年を待って、実践の宝庫を探索してみたい。まだまだ、研究する楽しみは多い。

今日は日曜日

今日は日曜日である。昨日土曜日は都内に仕事で出かけた。明日月曜日も都内に仕事があって出かける予定になっている。在宅勤務が長くなると、曜日の感覚が無くなってくるが、土曜と月曜に出勤となると、通常通り、というか、通常より出かける日が多いので、日曜日の存在感が高くなる。何か、得した気分になってくる。通常では、土日が休みなので、その午前中だけは自分の自由な時間として確保して、やりたいことをする、と言っても、調べものや原稿書きや資料作りなどであるが、その時間が楽しみだった。しかし、在宅勤務が日常になると、勝手が違って、毎日が土日のような生活になって、時間の有難味が薄れてくる。土日の午前中は、あれほど嬉しかったのだが、その嬉しさが半減したような気分になる。何故嬉しいのだろう、と詰まらぬことを考えた。仕事と言っても、自分の仕事は半分趣味か遊びのような気がする、と書くと、誤解されると思うが、正直に言えば、仕事と趣味の境界ははっきりしない。その感じは、研究者だからと思っていたが、そうではないかも知れない。自宅の小さな改築で、職人さんに来ていただいているが、その仕事ぶりはどうも好きなことをやっている、という自分の感覚と同じような気がする。職人さんも研究者も同じか、と思ったが、考え直すと、我々自称研究者は、実は職人さんではないか、と気が付いた。一生かけて、腕を磨く職業なのだろう。死ぬまで、職人でいたい。

水の流れのままに

歌謡曲の歌詞は、どうも似たような言葉が多いので、川の流れのように、とか、時の流れのままに、だったか、似ているので、水の流れのままに、と題名を書いた。どこかにあるかもしれない。しかし、心境は同じだろう。自分の意思というより、流れのままに自分もその流れに添って生きていく、ような意味だろう。ここ数日、諸々の仕事で忙殺されて、依頼原稿を書く時間がどうしても取れない。TV会議は電車に乗らない分だけ時間が取れるので有難いが、いろいろ入ってくる。考える時間も調べる時間もない、どうしようと考えていると、それだけで時間が飛んでいく、まったく意味がないのだ。挙句は、寝ていても原稿が気になって、早朝に目覚める。もう一度寝ようとしても寝つきに時間がかかる。ある朝、例によって3時ごろ目が覚めた。ふと思った、そうだ、水の流れのままに、流れに添えばいいのだ、と思って、そのまま起きて顔を洗い、朝早く机に向かって原稿に取り組んだ。思ったほどアイデアに時間はかからなかった。数日続いたら、3時でも4時でも、流れのままに起きるようになった。依頼原稿は予定通りに書けたのが、嬉しい。このブログも、ふと時間があると気が付いてパソコンに向かった。出来栄えとは関係ないので、念のため。

コロナ禍で得たもの

近所のスーパーマーケットが賑わっている。食材を買う人が多く、朝も夕方も人が買い物をしているようだ。家内は専業主婦なので、自宅から2分で行けるスーパーは食材倉庫のような感じで、店員さんとも顔馴染になっている。家で料理を作る人が増えたから、と店員さんは言うが、納得できる。在宅勤務で外出自粛が続くと、どうしても家での食事になり、料理をするようになる。そういえば、昼食は自分も自宅だが、そのお昼のテレビ番組では、料理や弁当など食事に関する番組が多くなった。人々が家庭に戻ったのか。名作、ALWAYS 三丁目の夕日の映画でも、超ロング番組、サザエさんの家でも、夕食は全員で食卓を囲んで談笑していた。それが、視聴者の心を掴んでいた。昭和の良き時代と言えば、単なる郷愁にすぎないが、幸せとは何か、を私たちは直感的に知っているからではないだろうか。同じ時間に通勤すれば、電車が混雑し、混雑すればストレスを感じ、ストレスが人間関係に影響を及ぼし、人間関係でうつ病などを誘発する、という因果関係ではないにしても、そのようなストレスのある生活の中で、テレビの中の夕餉の1コマに、安らぎを覚えたからではないか。ということは、私たちは、コロナ禍のおかげで、少し幸せの中にいるのかもしれない。

コロナ禍で失ったもの

人に会わないと仕事にならない職業では、コロナ禍の営業自粛の影響は大きく、深刻な事態になっているとメディアは報道しているが、現実に私の周囲でも感じられるようになった。テレビなどでは、タクシー業者、小売業者、観光業者など、多くの職種でコロナ禍以前の状態に戻らず、苦境が続いていると報道している。なんとなく生活が質素になり、外食などは控え、自宅で食事の習慣ができて、街に人は多く行き来しても財布の紐は固く閉じたままのようだ。経済はお金が回って成り立つので、経済の活性化はやはり必要だが、まだ我慢の年月が求められているかもしれない。思えば、私が子供の頃、家は貧しかった。今になって、貧しかった、と言えるが、当時は人前で言うのは恥ずかしかった。中学校の同窓会などで昔の話をすると、皆が同じような感慨を持っている。ということは、日本全体が貧しかったのだ。世論調査でも、今の日本人は中流階級と感じているので、生活は豊かになっているのであろう。しかし、昔のような不況になって、また生活を脅かすかもしれない。子供の頃はそれも知らず、我儘を言って親を困らせたこともあった。新聞に掲載された一句が身に染みる。「母の日のゆるしてほしきことばかり」(根本理子)

すきま時間の活用

昔ベネッセの企画で、中学生に私が取材したことがあった。どのように中学生生活を送っているかという質問だったが、印象に残った回答があった。中学生は忙しい。中でも部活は、今と違って放課後にかなりの時間をとられていた。スポーツ系の部活なら朝練があって早朝に登校しなければならない。さらには生徒会活動や塾や通信教育などを考えれば、ぎっしり時間が詰まっていて、入る隙もないような生活のようだった。自分が中学生の頃はどうだったのか思い出しても、似たような生活だったかもしれないが、夢中で過ごしていたのだろう。ベネッセの企画なので、そのような忙しい時間でどのように通信教育を受けるのだろうか、つまりどのようにして時間を産み出しているのか、という問いのような気がするが、その回答が、すきま時間を活用する、ということだった。自転車通学では自転車に乗っている間、授業と部活が始まる間などのすきまを見つけて、英単語の勉強だったり歴史の年号の記憶だったり、中学生なりの工夫をしていた。ある程度まとまった時間が取れると、嬉しくて勉強するのが楽しいと答えた。今は在宅勤務と職場勤務の併用で、通勤時間の分だけ余裕がある。思えば、ぜいたくな時間をもらっている。