昨日のブログで、古関裕而作曲の、船頭可愛や、について書いたら、これが名曲なので、頭に入ってきて、そのメロディーが今でも浮かんでくる。それで、1週間ほど前に車の中で聞いた、加山雄三さんのNHKラジオ放送を思い出した。お昼に買い物があって、家内と市内に出かけた時だったが、加山さんの大ヒット曲、君といつまでも、の誕生秘話を話していた。彼は、父親がクラシックのプロのような人で、母親が歌謡曲の歌手のような人で、その両方の遺伝子をもらったような話だった。だから、モーツァルトの曲に感動し、田畑義男の、帰り船の曲に、今でも涙ぐむ、という秘話だった。加山さんは、80歳を過ぎた今でも現役で大活躍されていて、昨日書いたように、古関さんも幅広いジャンルの曲を作り、大いに能力を発揮して朝ドラマの自叙伝になった。共通しているのは、どれも受け入れる素地があるということだろう。考えてみれば、私たちは、両親から生まれてくるので、当たり前だが、その両親の遺伝子を受け継いでいるので、両方の素質を持っている。どうもそこから、分かれるような気がする。加山さんのように、それが開花する人もいれば、そうでない人もいる、というより、ほとんどの人は、そうでない方であろう。その差は、どこから来るのだろうか。人の幸せは、他から見ても分からないので、本人に聞くしかないが、自分でいえば、今のコロナ禍の状況は、むしろ有難い。原稿書きや調べ物など、自由な時間が多くなったからである。その書くことは母親譲りで、話すことは父親譲りだと、勝手に思っているが、書く方が話すよりも好きだということは、母親の遺伝子が優性かもしれない。と言うことは、両方の遺伝子が共鳴して開花することは、稀なことなのであろう。加山雄三さんは、やはりすごい才能を持った人なのである。
船頭可愛や
昨日のブログで、古関裕而さんの業績について書いた。テレビの朝ドラでもやっていたが、初めてのヒットは、船頭可愛や、という哀愁溢れる歌謡曲であった。歌詞の古風な日本風の言葉が、曲によくマッチして、誰もが口ずさむような名曲だった。しかし、昨日も書いたように、彼の主な業績は、応援歌とか行進曲とか、歌謡曲でもあっても、長崎の鐘のように、日本人のひだに触れるような古風な旋律というより、クラシックなどの正統的音楽のジャンルのような印象がある。音楽に素人の自分が書くのは恐縮だが、そんな気がする。ということは、古関さんは、どのジャンルも器用にこなしてきたのかもしれない。この言葉は、語弊がある。どのジャンルも、彼の才能を活かすことができ、すべて一生懸命だったのだろう。人が口ずさみ共鳴する音楽は、時代や社会の変化と共に、変わっていく。その変化に対応するほうが、自然な生き方なのであろう。世の人は、どうしてもあの人はこうだ、と決めたがるが、古関さんは、他人が決める範囲を超えて仕事をしたので、大きな業績を上げたのであろう。むしろ、その方が優れた仕事ができるのかもしれない。今、STEAMの用語が教育では注目されている。元々は、社会における問題解決には、科学(S)や数学(M)や技術(T)や工学(E)や芸術(A)などを融合する内容を学習すべきだという理念から、出発していると解釈できるが、むしろ異分野の考え方を取り入れるほうが、より深く、より幅広く、より現実に即した問題解決ができるのではないか、と解釈できる。もし、古関さんが、あるジャンルだけに固執したら、これほど活躍できなかったであろう。私たちも、いろいろなことに興味を持ち、別の角度から見る、という広い視野を持ちたい。ちなみに、自分の専門分野である教育工学は、教育と工学の2つの用語が入っている。これは、良い言葉である。
連続朝ドラマ
NHKの連続朝ドラマ「エール」の中で、古関裕而さんの一生を放送していることは、よく知られているが、何回か視聴したが面白い。在宅勤務の関係で、お昼が自宅なので、昼食を食べながらニュースや連続朝ドラマのお昼版を見ることがある。それで興味を持って、ネットで調べたら、凄い作曲家だったことに驚いた。昼食をたまに外食にすることもあるが、その時は車で市内を走るが、NHKのラジオから聞こえる「ひるのいこい」の音楽が素晴らしく、そのメロディーにどこか郷愁を誘われるが、これも古関さんの作曲だった。子供の時から、何十年も耳にしているような印象がある。今年はないが、甲子園で聞く行進曲も、古関さんの作曲だと言う。甲子園球場に、生徒たちが入場すると、今年も暑い夏がやってきた、という感慨が起きるのは、誰もだろう。甲子園、白い入道雲、応援席、ブラスバンド、土に汚れたユニフォーム、そして行進曲が一体となって、脳に焼き付いている。かつて、鍛治舎さんという解説者がいて、甲子園の準決勝か決勝戦になるとテレビで拝見したが、彼は当時パナソニックの役員をされていて、ボランティアで解説をしていた。パナソニック教育財団の役員会で一緒だったので、よく甲子園の話を雑談したことを思い出す。その後、彼は九州の高校と大学のある学園に引っ張られ、甲子園でも監督として活躍されていたが、その後の消息はよく知らない。古関さんも鍛治舎さんも、私たちに語り掛け、なんの抵抗感もなく入ってきて、いつのまにか、音楽や語り口が体の中に住み着いている。古関さんの曲は、聞けば、あの曲もそうなのか、と思うが、それだけ人に影響を与え続けてきた人なのだろう。優れた人や才能のある人とは、音楽を問わず、他人に与え続ける人かもしれない。
80歳定年
ノジマ電気、自分もたまに家電製品を買いに出かけることもあるが、従業員の定年を80歳まで延長するという。新聞のニュースを読んで驚くと同時に、決断をした経営者に敬服した。今の時代は、特にコロナ禍以降は、生活も教育も仕事も、新しい様式になりつつあることを、実感している。誰もが、その様式を模索しているが、ノジマ電機の決断を支持したい。企業も学校も、いろいろな方針を矢継ぎ早に出しているが、例えば、今年いっぱい在宅にする企業、基本的に在宅勤務にして出勤は自由という企業、来年度いっぱいオンライン授業という英国の有名大学、など、これまでの経験や枠組みが変わってきた。それで良いのだ。80歳までの定年、それは素晴らしい。いろいろな働き方、学び方、生活の仕方があってよい。自分は、在宅が性に合っているので、このままで良いが、どうしても出勤したいという人は、そうすれば良く、その多様な選択肢を認めることが、この新しい生活様式ではないだろか。これまでの様式、それは永い年月をかけて定着してきたのだが、コロナ禍以降、本当にそれでいいのだろうか、別の方法はないのか、と模索し始めたのである。それは、世の中の改革の始まりである。イノベーションについて、あまり知識はないが、生活する人々の意識が変わらなければ、不連続的な変化は起きないはずである。今の時期は、その始まりのような気がする。コロナ感染者数の増加で第2波が来ているようだが、暗く考えるよりも、これを逆手にとって新しい発想をするほうが、楽しく建設的である。80歳定年、結構、在宅も出勤も自由、これも良い、オンライン学習と通常授業の選択も自由、としたら、これも面白い。自粛という自らを縛るようなことではなく、それよりもっと自由な生き方を模索し実践するほうが、楽しく有意義だろう。
自然に生きる
7月も最後の日となったが、ずっと雨だったので夏の印象が少ない。天気予報によれば、8月に入ると、つまり明日から暑い日が続きそうなので、ようやく夏の気分になれそうだ。夏は、日差しが強く、子供の麦わら帽子やシャツ姿、プールなどが浮かんでくるが、今年は、学校のプールもなく、子供たちのはしゃぐ姿や声も聞かれないだろう。夏は夏らしく、秋は街に枯れ葉が舞い、冬は雪で周りが真っ白になり、春は、と書けば、どこか郷愁に似た思いになる。それらしく、という言葉が死語になりつつある。こんなことを書くのは、年をとった証拠であるが、年齢を重ねるごとに、自然に触れたくなるし、自然が恋しくなるが、これは人の生きる年輪であろう。人は、最後は自然に帰るからかもしれないが、このコロナ禍の影響で、人は加速度的に自然から遠のいている。自分は古い人間なので、どうしても昔の姿を現在に重ねて生活しているが、それが自分に似合っている。小さな庭だが、雑草をとり、テントウ虫を見つけ、アリを見つけ、スズメが飛んできて百日紅の木に止まり、トマトやキュウリを収穫して食卓に並べ、無農薬の自然の風味を味わっている。鶏でも飼って、自家製の漬物で、朝の卵かけご飯でも食べれば、昔の暮しそのものだろう。自家製の漬物は、我が家でも食しているが、夕方は、夏なので浴衣で近所に小さな散歩に出ることもあるが、どうも近所からは古い人間と見られているかもしれない。朝の納豆、お昼のお蕎麦、夕食の天ぷらや刺身、など、美味しいものがいっぱいある。考えてみれば、自然の食材によって、私たちは生きている。これからも、たぶん自然な生き方をするだろう。
温泉に浸かる
夕方にブログを書く、と決めたが、なかなか実行できない。朝方に書くこともあれば、夕方になることもある。とすれば、好きな時に、時間が空いてる時に、書けばいいではないか、と思った。こんな単純なことが、人はなかなか思いつかない。計画通りに実行しなければ、と思うからである。だいたい計画通りにはいかないのが、人の常である。計画しても、内容も、時間と共に、書いている内に、実行している内に、変わる。それは、人が生きている、世の中が動いている証拠である。このブログも、その通りで、ふと思ったことを書いている。コロナ禍の前に、温泉に行きたいと思って、予約していたが、自粛要請が出て直前にキャンセルしたが、時節柄キャンセル代は無料だった。恐縮したので、コロナ禍が収まったら、必ず行きますと言って予約していたが、第2波が来たので躊躇して家内と相談したが、2度も約束を違えるのはいけないと思って、曇り空と小雨の中を、車を走らせた。群馬県の四万温泉である。この天気とコロナ第2波の中では、人出も少ないと思っていたら満室だったので、聞いてみると、Go To Travelキャンペーンだからと言う。知らなかったが、どうも、この世の中は、計画通りではなく、刻々と変わっていくようで、Go Toのキャンペーンもキャンセルの可能性もあると聞く。それでいいのかも知れない。自粛せよ、東京アラートだ、Go Toだ、第2波だ、など、絶えず変わっている。自分のような凡人には、その流れに添って生きていくのが性に合っているようなので、そのようにしたいと思う。温泉宿は、四万川のほとりにあって、四万ブルーと呼ばれる青い水底に急流の水が流れ、その川のせせらぎを聞きながら、露天風呂に身をゆだねると、癒される。湯船の石は、温泉の硫黄で黄色みがかった白い色をしているが、それで自然の温泉だと気付く。江戸の昔から、人はこのようにして、この世の中で付いた垢を落としている。それで良い。
テニュアになる
知り合いの先生、と言っても、彼が大学院生だった時、自分の研究室ではなかったが、何か指導したのだろうか、メールをもらったり、年賀状を交換したりする中だったが、この前嬉しいメールが届いた。オーストラリアの有名大学、たぶんトップクラスだと思うが、その大学のテニュアになった、と、嬉しそうな顔が浮かぶような文面のメールが届いた。テニュア、つまり正式雇用の職なので、そのままポストに残れる地位である。一般的であるが、日本の大学のポストは容易で、大学によっては、レフリー付きの論文がなくても、准教授や教授になる場合もある。研究は、どちらでも良い、あなたの研究など期待していない、と大学経営者が平然と本人に言うと聞いたことがあるが、どこか狂っている。このような大学は、世界から見れば、地球ではなくて別の惑星の話だと思うくらい、別次元なのである。大学教員は、やはり研究をし、学生達にその研究を基礎にして授業をし、知的な環境を提供することが、使命であることは、当たり前である。彼は、本当に苦労をし、多くの論文を書き、多くの研究をし、採択された論文を私に送ってくれたこともあった。残念ながら多少分野が違うので理解できなかったが、その意気込みは素晴らしく、影ながら異国で頑張っている彼に拍手を送っていた。彼の奥さんも、別の大学教員だが、夫婦で励ましあって、ここまで来たのだと思う。日本の大学のポストは、テニュアである。最近では、海外なみに、時限付きのポストもあるが、ほとんどはテニュアである。終身雇用制の考え方が、企業だけでなく大学にもあるからだろう。ふと思った。自分は、とても海外ではテニュアになれそうもない、日本で良かった、と怠惰な自分を振り返った。しかし、彼の苦労は、どうだったのだろうか、今思うに、たぶん楽しかったのではないか、論文が採択された、研究テーマが見つかった、それも嬉しいが、研究者は、そのこと自身に我を忘れる、そこが醍醐味なのだ。彼のメールの文面は、そこを語りたかったのではないか、さすがに彼は本物である。
うまくいっているか
家族会議を、久しぶりにオンラインで実施した。理由はたわいもないが、家内がたまには孫の顔を見たいからだと言う。無理もない。コロナ禍の関係で、東京とは行き来ができず、在宅勤務になって所沢から都心や他県に行きたくないので、どうしても疎遠になってしまう。自分はそれほどでもないが、祖母の立場では、孫はどうしているだろうか、と気がかりになることは同感できる。男と女の違いかもしれないし、仕事を持っているかどうかの違いかもしれないが、LINEの写真レベルでは物足りず、Zoomによる家族懇談会になった。近況報告と称して、自分も含めて10名全員が、在宅勤務のこと、電車通勤のこと、学校生活のこと、サッカークラブのこと、最近読んでいる本のこと、職場の人間関係のこと、コロナ禍の第2波のこと、など、どこにでもある四方山話を30分ほどして、終わった。しかし、どこか満足感があった。LINEとは違うリアルタイムの臨場感もあるし、家族の様子が実感としてよく分かる。家内が、孫たちが、以前より明るくなって、うまくいっている、と嬉しそうに夕食時に言った。確かに、自分もそう感じた。勉強がどうだとか、仕事がどうだとか、そんなことはどうでもよく、うまくいっているかどうか、それがすべてであった。夏休みなどの長い休みの後で、小学校の先生方が、子供たちは、この休みの期間でどうなっているか、顔を見ると分かる、と聞いたことがあるが、同じかもしれない。リアルタイムで話をすれば、全体の雰囲気で分かる。親や祖父母にとって、子供や孫がうまくいっているか、それだけがすべてである。
Kindleの本
明日は、朝、昼、夕方とオンライン会議があって、ブログを書く時間がなさそうなので、今日の夕方である今、書いておこう。ブログは別に義務ではないが、なんとなく日曜の夕方、お風呂上りの一息ついた時が、最も気楽になっているので、書きやすいのであって、別に深い話があるわけでもない。夕方6時半から、家族のオンライン談話会がある。これも、たわいもない気楽な顔合わせに過ぎない。そして、1週間が終わり、明日から次の1週間が始まる。夕方の今、久しぶりに太陽が雲の合間から光を放ち、小さな庭の木や草を照らしている。百日紅(さるすべり)の桜のような花が、ようやく出番が来たかのように、輝いている。空も、白い雲よりも、青空のほうが面積が大きく、雲が空に浮かんでいる、という形容が似合う風情になった。この時間に、Kindleの本を読みたいと思っている。このブログを書いたら、と思って、楽しみにしている。コロナ禍のおかげで、Kindleの本を読み始めた。ともかくamazonで注文すると、即座に読めるから、これまでどうして見向きもしなかったのだろうか、と思うくらいである。本は、デジタルでは読まない、読めない、と思い込んでいたのだろう。Kindleの本は、ともかく面白い、というと言いすぎだが、紙かそれ以上の良さがある。夕方の一時、本を読むのも悪くない。コーヒーかお茶をおいて、誰にも煩わされないで、自由な時間を過ごせるのは、まるで学生時代のようである。どんな本かは、またの機会に。
運が良いとは
昨夜、zoomでのある研究会に参加した。大人になって役立つ身に付けておきたいことは、というテーマで、主に高校生と教員との自由討論であったが、夜遅いので途中で抜けた。夜と言っても9時だったが、それから夕食なので、普段は7時からなので、自分としてはかなり遅い夕食である。高校生は、英語を勉強しておいたほうがいいのか、などの高校生らしい質問を持っていたようだが、大人のほうはもっと深い、というか処世術のような哲学的な話であった。だから少し噛み合わない気もしたが、視点が違うので、それでよいと思う。自分の場合は、他人にもよく言っているので、繰り返すが、能力はないが運だけで生きてきた、と思う。すると、運も実力の内、と言って気を遣ってくれるが、どうもそうとは思えない。確かに、実力ではなく運なのである。しかし、運を得る方法はないので、あっても霊感師のような話になるので、因果関係で説明できない。また高校生に話しても、だから勉強しなくてもいいのだ、という結論になると、参加している先生方からも叱られるので、黙って聞いていた。果たして、運とはどのようなものなのか、タイミングが良い、とか、欲しいものが入手できるとか、などかもしれないが、なんとなくラッキーと思うことだろう。以前のブログでも書いたが、すべて都合の良いことばかり起きてくることはないから、悪い出来事は忘れて、良いことだけ記憶していれば、自分は運がいいのだと、思うのだろう。ということは、忘れることと、自分の思い込みだけ、という詰まらない結果になる。高校生に何も話さなくて良かった。
