今日は8月25日である。8月も残り少なくなってきて、平凡ながら月日の経つのは、矢のごとしである。朝食後に5分程度の小さな散歩をするのが、日課になっている。正しくは、自宅すぐ近くの小川の傍にある、弘法大師を祭っているお社に参拝して帰ってくるのだが、ついでに橋から小川の魚なども眺める。魚のことはよく知らないので、家内に聞くと、ハヤだという。背びれや腹部が赤色になっていて、素早く動く。その周りを、たぶん夏のトンボだと思うが、よく飛んでいる。空は、まだまだ入道雲かワタ雲のようなもくもくとした夏の雲が、居座っている。ミンミンゼミが鳴いているから、まだまだ夏の盛りなのである。今年も異常な気温が続いているが、自然も昔を忘れてしまったようで、コロナ禍と夏の暑さで、人に挑戦しているようで、どうも勝ち目はなさそうである。日本人は、いかに自然に調和するか、という思想や文化を持っているが、このような異常な場合には、どう調和すればいいのだろうか、あるいは、調和ではなく、どう挑戦するのだろうか、中間をとって、どう対応すればいいのだろうか。高齢者が熱中症で死亡している、それも室内がほとんどだと報道していることを考えると、どうもその対応ができていないようだ。屋外ならば、高温にさらされて熱中症で死に至った、と納得できるが、室内だと、エアコンを作動しなかったか、皮膚感覚が鈍っていたか、分からない。季節は夏の終わりだが、自然はまだ人を許していないようだ。調和という馴染んだ処方を超えて、対応する心構えと行動が求められている。
哲学
昨日は23日で日曜日だが、自宅勤務の現在では、気持ちは別として、平日と変わらない。午前中は、自分の時間として大切にしているが、締め切りのある仕事もこの時間にする。午後は、オンラインでの会議や打ち合わせなどがあって、自由にならないことが多いからである。先にブログでも書いたが、台湾から日本の大学院への留学生の審査があって、その数も多いので、少しずつ論文を読んでいるが、なにしろ理工系という大きなくくりなので、幅が広い。昨日は、建築分野で、ハイデガーの哲学を背景にした建築デザインのテーマであったが、学部教養科目の哲学の授業以来、勉強したことがない。どうも、読んでいると、建築とは、自然環境、人間、建築という人工物の関係性を、いかにデザインするか、人間にとって機能的であると同時に、環境にとっても良い関係性を保つ、というような趣旨のようだが、哲学は言葉そのものが難しく、人間のことを現存在とハイデガーは呼んでいるので、その背景の文献を読まなければならない。何故、現という文字が付いているのか、など考えていると、脳は別の世界に飛んでいくようで、すぐに時間が経ってしまう。ハイデガーは、存在とは何かの考察で有名であるが、この難解哲学の代名詞のような存在論とか、孤独とか、にはまっていた頭の良い友達を思いだした。学部では一般教養科目で哲学を履修するので、今の学生は、パン教と呼んで軽く見ているが、深い学問であることは、誰でも知っている。審査のおかげで、学生時代に戻ったような気がして、頭がリフレッシュした。有難い。
雑用
手帳を見ると、その日の仕事が時刻にしたがって記入されているが、もう永い年月使っているので、慣れている。予定を書き入れるが、今年は言うまでもなく、キャンセルが多い。自分の手帳には、今年はほとんどがオンラインなので、zoomとかwebexとかmeetなども追記している。コロナ禍以前では対面なので、その場所に出かけるので、会議に参加した、話をした、講義をした、打ち合わせした、説得をした、などの仕事の実感がある。オンラインでは、参加した意識はあるが、そこに出かける必要もないし、帰宅する必要もないので、その時間だけに参加すれば良いので、その前後や周辺の雑用的な時間がないので、効率的である。つまり、ストレートであって無駄がない。しかし、これが仕事の充実につながるのかどうか、分からない。周辺の無駄と思える時間も、それは準備体操であったり、整理運動であったり、必要な活動なのかもしれない。大学にいるときは、研究や学生指導が中心で、他の仕事、例えば、大学の会議、学会の仕事、対外的な活動、省庁などの委員会、原稿依頼、講演依頼、メディア対応、授業、などは、雑用と呼んでいた。というより、大学では、そう呼ばれていた。しかし、現実は、研究が充実している研究室の教員は、その雑用が多い。むしろ、ほとんどであり、例外は少ない。ということは、雑用、つまり、その周辺の活動そのものにも、意味がある、ということになる。これが、オンラインでの活動に適用できる考えなのかどうか、分からない。どうも違うような気もする。今度、考察しよう。
8月という季節
昨日8月21日は、この地域の小さな祭日だったが、今年はテント張りだけで、山車もお囃子も盆踊りも無かった。全国でも同じような状況だろう。朝食が終わると小さな散歩に出かける、と言っても、1分歩くと、小川があって、その横に弘法大師の小さなお社があって、その横にスーパーマーケットがあって、などと書けば、なんとなく様子が分かるだろう。お社の前が、スーパーの駐輪場になっていて、例年はそこに山車を出して盆踊りをするのだが、今年はできない。その代わり、子供たちが登校する光景を見た。小学生も中学性も歩いていたから、学校便りを見たら、18日から2学期が始まったと書いてある。例年と違うのだ。まだまだ猛暑である。例年なら8月は教員研修の真っ盛りで、お盆を除いて、全国を駆け巡っていたように思う。大阪のインテックスが会場のイベントは、テレビ大阪と私の所属していた団体の合同主催だったが、2日間で約9000名の来場者があった。大阪の湾岸の中ふ頭駅を降りて、会場に行くまでの道は、大きな木で囲まれていて、クマゼミの鳴き声がすごく、木々を揺さぶっているような、荒々しい歓迎ぶりであった。国際会議場でのシンポジウムの司会をしていたが、その会場から大阪南港が良く見えて、大きな船の行き交う光景が真っ青な空と入道雲が一緒になって、脳裏に焼き付いている。今年は、このイベントは8月ではなく10月に延期したという。確かに、今年は、例年とすべて違うのだ。わかっていながら、どこかこれまでずっと大切にしてきたものを置き忘れたような気持がして、心の中に小さな空洞がある。それでも、子供たちは、何事もなかったかのように、登校している。そうか、子供たちは、未来を見ているのか、自分のように過去と比べてはいなのか、頑張れ。
トラブル
昨日20日の朝、洗面所で顔を洗ってタオルを出すとき、その引き出しが壊れた。数日前から調子が悪かったが、引っ張たらばらばらになってしまった。朝の貴重な時間に、と思いながら、ドライバーを持ってきて、図形のパズルのような組み合わせの修理をして、いらいらと汗だくだくだったが、きれいに元通りになった。午後1時からオンライン会議があった。途中で突然にインターネットが切れた。2台のパソコンで1台は双方向で顔を見ながら、横の1台は資料提示用に使っていたが、両方とも作動しない。すぐに、1階に設置してあるルータに行って、電源を入れ直した。事務局は、何度も自分のスマホに電話をかけたらしいが、復旧に気を取られて気づかなかった。しかし、すぐにつながって、会議を継続できた。午後3時半からオンラインセミナーがあって、1時間話さなければならないので、その15分くらい前に接続して主催者側とテストをした。資料の1つはパワーポイント、他方はブラーザからのWebサイトで、URLでリンクして行き来する予定だったが、どうしてもうまく画面共有できない。時間が迫って、もう参加者が入ってきて、画面が見えるのでテストを終了して、スマホの電話で別の方法を打ち合わせをした。Webexでzoomではなかったので慣れておらず、焦った。本番は、きわめてスムーズで、参加者が大勢で質疑応答もできたので、主催側に大いに感謝された。昨日は、不思議なほどトラブル続きで、しかし結果は何も問題なく成功している。終わり良ければすべて良し、の例え通り、はらはらどきどきしながら、最後はわくわくする、のが、世の常なのだろう。夕餉に飲んだキンキンに冷えたビールの味は、言うまでもなく極上であった。
応援歌
昨日19日は予定通り、電車の中で文庫本が読めた。と言っても電車の中だけだから、往復でも時間は知れている。が、それでも面白い。古関裕而自叙伝だが、彼の最初のヒットは、早稲田大学の応援歌だが、作曲の大家がすでに作った作品もあったが、応援部は無名の古関に強いてお願いして作ってもらった。それが、今でも歌われる名曲だった。ネットで聞いてみると、さすがに素晴らしい曲で、皆が肩を組んで歌いたくなるような、誘い込むような曲である。早慶戦などで歌われて、世に広まった。先のブログでも書いたが、研究でも面白い研究とそうでない研究に分かれる。面白い研究は、いつまでも読んだ人の心に宿る。応援歌でも流行歌でも同じだろう。聞いた人や歌った人の心に、旋律が生きている。それが何かの時に、気分が良いとき、嬉しいとき、逆に落ち込んだとき、悲しいときにも、口から飛びだしてくる。研究でも歌でも、人に思い出してもらえるような作品になれば、作者とすれば本望だろう。ところで、応援歌とは、さすが早稲田大学であるが、高校の関東地区の同窓会の通知が来たが、今年はオンラインで総会だけという。同窓会などは、イベントがあるから参加する気持ちになるが、形式だけの総会ならば、無味乾燥で参加する気も出ない。イベントで必ず出るのが、応援歌であり、応援部員だった誰かが、昔ながらの形で場を仕切る。そのフォームは、高校時代を彷彿とさせ、口から歌が出てきて、蛮声を張り上げる。高齢者になって、若い頃の自分に戻りたいのかもしれないし、今と過去を比べて、感慨にふける時間なのかもしれない。考えてみると、応援歌は、流行歌とも違うし、研究とも違うし、何か独特の雰囲気を持っている。それは、心に刻まれた、高校時代の、楽しかったこと、夢中になったこと、もがいたこと、悩んだこと、を振り返り、若かった自分に、愛おしさを感じるからからもしれない。
研究の面白さ
昨日8月18日も忙しかった。自宅勤務であっても、お盆を過ぎると日常にもどるせいか、忙しくなる。理由はある。SSHの発表会に関する仕事と論文審査のためだった。論文と言っても、海外の論文誌なので30ページを超える英語論文で、読むのに時間がかかり、締め切りが近いので、どうしても昨日しか時間がとれない。しかし、どこかおかしい、と思ったのは、それほど時間をかけて読んだ割には、心に響かないのだ。平凡に言えば、面白くない論文だった。自分の英語力や知識量の差もあるが、なにしろ海外の研究者の論文は、参考文献の量は凄いので、相当に勉強して先行研究に目を通していることは確かなのだが、それでも面白くないものは面白くない。どうコメントを書くか、時間をかけたので、明日に伸ばすのは効率が悪く、もっとわかりやすく明確に記述してほしい、という査読コメントを、いくつか書いてWeb投稿した。しかし、SSHの高校生の研究は、素晴らしかった、と同時に、面白かった。同じ査読であり、同じ審査であっても、他人に伝える力は、天と地ほどの差がある。SSHの研究で優れたものは、いつまでも脳に残っていて、子供が秘密の宝物を持っていて、他人に嬉しそうにそっと言う、心境に似ている。だから、研究は面白さが最も重要で、引用文献の数や研究者の所属や地位など、まったく関係ないのだ。研究の素晴らしさは、すべての面で平等だということにある。昨日は、その違いをはっきりと勉強させてもらった。
不協和音
昨日8月17日は、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)の審査で一日中忙しかった。忙しいことは、脳を活性化すると同時に、体全体を前に進める体制にするようだ。高校生は若く青春の中にいるから、野球の甲子園と同じように、そこにすべてをかける。その波動が、私たちに伝わってくる。野球にかけるのもよし、SSHのように研究にかけるもよし、そのエネルギーは、池に投げた石の波紋が周りに伝わると同じように、私たちの脳に入ってきて、ある場合は共鳴し、ある場合は不協和音を出して、そこに議論が生まれる。時に不協和音が、飛躍する引き金になることもある。音楽でも、常に同じ調子ではなく、どこかで違和感のある音色によって、別の展開になることがあるだろう。研究でも、同じような気がする。そんな一日を過ごし、他の仕事は脇においてきた。昨日のブログでも書いたように、読みたい本を読む時間もなかったが、どうも今日も無理のようだ。時間は不思議で、手帳を見ている時は、十分できると思っても、実際にはできなくなることが多い。たぶん、先のことは自分の都合の良いように想定するからだろうが、実際にはいろいろな仕事が入ってきたり、手間取どったり、別のことを思いついたり、つまり不協和音のような、雑音のような音が飛び込んでくるのである。雑音という言葉は適切ではなく、その音は、先に書いたように飛躍の展開になることもあるので、どうなるのかわからないのである。それで、いいのだ。常に、いろいろな音が飛び込んできて、それに懸命に対応している内に、なんとか作曲できているような気がする。たぶん、明日19日は久しぶりに都心に電車で行く用事があるので、電車の中で読書するだろう、と、予定はしてみる。
読書
明日は17日月曜日だが、朝8時半からオンラインで、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)の審査日である。朝早いので、このブログを書く時間がないので、今日16日の夕方に書いておく。推敲時間を入れると30分くらいかかるので、明日の朝の時間は、メールの確認時間などが必須なので、8時半はかなり厳しい。今日16日は、日曜日であっても普段と変わらない。午前は資料資料作りや原稿書きなど、午後は買い物があれば車で出かけ、土日はスポーツジムへ出かけるが、今日8月16日は特別な日で、お盆の終わりなので、送り火を焚く。ただ、家内の買い物に付き合った時、隣に本屋があったのでのぞいたら、古関裕而自叙伝の本と渋沢栄一の文庫本があったので、買った。買ったのはいいが、すぐ読みたくなるので、帰宅して、居間で寝転んで読んでいたら、ますます面白くなる。スポーツジムに行けなければいけないし、仕方なく行って、2時間半後に戻ってきて、お風呂に入って、続きを読もうかと思ったら、ブログを書いておくことを思い出し、書いていたら、家内が送り火を焚くので手伝えと言われ、送り火が終わったら、今、ブログの続きを書いているので、いつ本を読めるのだろうかと、思った。本人が書く自叙伝と、朝ドラでは、かなり違う。ストーリではなく、印象が大きく異なる。朝ドラは、演出家の作品であって、史実ではないことが、よく分かる。そんなことを思いながら、早く、このブログを書き終えて、少しでも読んでおきたいと思ったら、夕食の時間になってしまった。早く食卓に来て、という家内の声がした。人生とは、このようなものだろう。仕方がない、読書は明日に延ばそう。別に、不都合ではない。
8月15日
健康維持のために、土日はスポーツジムに通っている。暑い日中に涼しいジムに行って汗を流すと、身も心も軽くなる。ランニングマシーンで軽いジョギングをする時、数メートル離れたテレビを見ることがある。音声はすべて字幕になっているので、ユニバーサルデザインの考えが生かされているのだろう。8月15日なので、沖縄、広島、長崎の人々の辛苦の報道だったが、いつもは心が痛むので目をそらしていたが、マシーンの上では見るしかない。長崎で爆心地から300メートルしか離れていなかったが、防空壕の中にいて奇跡的に助かった女性の証言に、ハッとさせられた。彼女は、戦後に近所の人々の差別が、最もつらかった、だから原爆のことは一切口にしない、と証言した。それほど、日本人は差別をするのか、奇跡的に助かったのなら、良かった、と共に喜ぶのが、日本人ではなかったのか、日本人はそのような卑劣な人種なのかと憮然とした。しかし、コロナ禍の第二波が収まらない現状で、多くの知事は、わが県に来ないでくれ、とテレビで言っている。何を寝言のようなことを言っているのか、地方に行けば、駅前通りでも人影はまばらで、これでも県庁所在地か、と目を疑ったことがある。地方は、もはや人が集まらず、人口減少の一途を辿り、死にかけている。若い人が移住してくれれば、土地も無料にします、と叫んだキャンペーンは、どこに行ったのか、人が集まること、それは人気があること、人気があれば活性化すること、それは人と共に生きることであり、人を排除することではない。コロナ感染よりも、熱中症に注意したほうが、よほど死者数は減るだろう。それは、自分だけの県、自分だけの地域、自分だけの村、が良ければ、他はどうでもよい、という差別でしかない。学校でのいじめが無くならないはずである。トランプのアメリカファーストを批判できない。まして、中国や韓国の反日教育に至っては、相手を憎め、と子供に教えているのだから、どんな大人に育つのだろうか。その予測は、日本の戦前の反米教育、ドイツの反ユダヤ教育の結末は何だったのかという、歴史から学べるはずである。そんなことを思いながら、運動していたら、マシーンの時間が終わった。確かに昨日は、終戦記念日であった。いつまでも、思いやりがあり、人を受け入れ、人と共に喜べる、日本人でありたい。少なくとも、子供たちには、そう伝えたい。
