昨日、8月8日土曜日は、午後はずっと高校生の研究発表や会議などで、充実していた。ベネッセコーポレーショの企画で、自分はその審査を頼まれたからであるが、参加して良かったと、毎年思う。今年は、オンラインだったが、十分に彼らの意図が伝わった。何よりも、若竹のようにまっすぐに未来に向かって進む、疲れを知らない子供のようで、年配者にとっては、輝くような存在であり、文字通り元気をもらう。夜は、将来についての雑談のようなオンライン会だったが、それも面白い。大学生だったが、今は妖怪ブームだそうで、鬼について探求をしていると、話した。若い時は、何でも楽しい。昔の新聞記事を思い出した。老々介護で疲れ切った読者の投書だった。認知症になった母親の介護で、経済的にも身体的にも精神的にもぼろぼろになって、ふと母親を殺したい、と思った。そんなことを思う自分の心には、鬼が住んでいるのかと思い、悲しくて悲しくて、泣きながら母親に詫びた、という。大学生も、大人になり、世の荒波にもまれ、老いていき、やがて自分の心の中の鬼と闘う日が来るかもしれない。このブログでも紹介した一句に、目が潤む。「母の日のゆるしてほしきことばかり」(根本理子)
アプリの操作法
すべての会議がオンラインになって便利だが、コロナ禍以前と同じように忙しくなった。講演や発表会はキャンセルになったが、オンライン開催が多くなった。その打ち合わせがオンラインなので、手帳に記録しておくこと、時間通りにURLにアクセスしないと、欠席になってしまう。便利だが、不便でもある。オンラインアプリも、アイコンや操作が微妙に違うので、戸惑うこともある。かつてパソコンの操作は難しいと言われ、講習会がよく開かれたが、ICTの進化は留まることろを知らず、ますます加速するようで、老いも若きも、パソコンとスマホを触っている。パソコンよりもスマホが主流だが、若い人は苦も無く使いこなし、シニアはガラケーに愛着があるので微妙に引け目を感じているようだが、そのギャップが大きい。しかし、若い人はコンピュータの仕組みを知っているかと言えば、ほとんど知らない。プログラムを作った経験もなく、CPUの仕組み、その基礎となる論理回路、そのまた基礎になる電子やホールなどの物理的な知識になれば、ほとんど理解していないであろう。自分のような世代で、理系の場合は、理屈がわかると満足し、操作はその次という思考法になっているので、操作はできなくてもよい、という割り切り方をしている。しかし、現実は、理屈が分かって、かつ操作も玄人であれば、誠に都合が良い。操作のプロは、スマホショップの店員さんや、よく使っている若い人である。どうも、このギャップは埋まりそうもない。操作についてのきちんとした研究はないのだろうか、たぶん、プログラムの考え方になるだろうが、たとえそれを理解しても、アプリの操作のプロにはなれないだろう。操作とは、結局、練習量だとすれば、どこかおかしい、と思っている。
歌を歌う
時々、朝の時間に、自宅の前の通りを女の子が通る。そして、大きな声で歌を歌っていく。その歌声が聞こえると、私たち老夫婦は、手を止めて、その歌声を聞く。何か幸せの歌のように聞こえるからだ。何も屈託がなく、何も心配がなく、何も不安がないような歌声は、爽やかな一日が始まるような、門出の歌のように聞こえる。そして、私たちは、今日も聞けた、と言って、おみくじで大吉を当てたような気持ちになる。たぶん、この子には、何も邪気がなく、きれいな心の持ち主だろう。周囲に、その幸せを分けて歩いているようだ。先のブログで書いたように、朝ドラの古関裕而の自叙伝が放送されているが、彼の作曲した、船頭可愛や、に惹かれて、口ずさむようになった。ある時、居間で大声で歌ったら、家内に、外に漏れている、近所迷惑だから、と釘をさされた。なるほど、歌う人によって、幸せを運ぶのか、迷惑なのか、に分かれる。それ以来、大きな声では歌わない。しかし、歌いたい時は、気持ちがいい時なのだ。コロナ禍以降、いろいろな経験をしたが、自宅での昼食時間に朝ドラのお昼版を見るのも、ジョギングをするのも、遠隔会議が常連になったのも、すべて自分には適している。歌うことは、良いことだ。
日本人の美学
コロナ禍の影響で、番組制作ができないので、過去の番組の再放送が多いのは、仕方がない。自分はあまりテレビを見ない方だが、夕食時は音がないと寂しいので、視聴することにしているが、昨日は録画番組だった。歴史秘話ヒストリアが好きで、NHKの取材に敬意を表することが多い。昨日は、愛新覚羅溥傑と松下幸之助の夫婦愛のストーリだった。溥傑と浩の話は、よく本で読んだし、二人とも純粋な人だったので、溥傑は浩と一緒になって、良き人生だったのではないか、と思う。松下幸之助さんは、幸之助館が大阪門真のパナソニック本社にあって、パソニック教育財団の理事会がそこで開かれた時に、案内してもらったので親近感がある。このブログで言いたいことは、夫婦愛のことではない。この時代に生きた人たちは、どこか日本人としての生き方を忠実に守ったような気がする。溥傑も陸軍に勤めていた軍人なので、日本人としての精神構造を持っているような気がするし、浩は華族の出身で、この時代の良き日本人教育を受けた人である。幸之助さんは、世界的企業を一代で築いたが、従業員を決して解雇しないとか、日本人としての美学を持っているような気がする。言いたいことは、何か立派な業績を上げてきた人は、美学を持っている、あるいは備わっている、自分は日本人しか知らないので、日本人美学のような精神構造を持っているのではないか、ということである。景気が悪くなれば解雇するのは、仕方がないが当然だと言う考えは、論理的であるが、美学ではない。学校における教科の学習は、自然科学、人文科学、社会科学のように、すべて科学なので、根底に論理的思考がある。西洋哲学の流れを汲んでいると言えるが、美学は逆であり、行為や思考が美しいかどうかの基準なので、別の世界と言ってもよいだろう。近代社会は、論理によって作られて成功したが、その物語は今後続くかどうか不安である。コロナ禍のような、これからの世界が見えない時代では、論理ではなく美学を基礎にするほうが良いのではないか、と思った。ただ、これは自分の独り言レベルの言説である。
ラジオの放送
昨日のブログで、古関裕而作曲の、船頭可愛や、について書いたら、これが名曲なので、頭に入ってきて、そのメロディーが今でも浮かんでくる。それで、1週間ほど前に車の中で聞いた、加山雄三さんのNHKラジオ放送を思い出した。お昼に買い物があって、家内と市内に出かけた時だったが、加山さんの大ヒット曲、君といつまでも、の誕生秘話を話していた。彼は、父親がクラシックのプロのような人で、母親が歌謡曲の歌手のような人で、その両方の遺伝子をもらったような話だった。だから、モーツァルトの曲に感動し、田畑義男の、帰り船の曲に、今でも涙ぐむ、という秘話だった。加山さんは、80歳を過ぎた今でも現役で大活躍されていて、昨日書いたように、古関さんも幅広いジャンルの曲を作り、大いに能力を発揮して朝ドラマの自叙伝になった。共通しているのは、どれも受け入れる素地があるということだろう。考えてみれば、私たちは、両親から生まれてくるので、当たり前だが、その両親の遺伝子を受け継いでいるので、両方の素質を持っている。どうもそこから、分かれるような気がする。加山さんのように、それが開花する人もいれば、そうでない人もいる、というより、ほとんどの人は、そうでない方であろう。その差は、どこから来るのだろうか。人の幸せは、他から見ても分からないので、本人に聞くしかないが、自分でいえば、今のコロナ禍の状況は、むしろ有難い。原稿書きや調べ物など、自由な時間が多くなったからである。その書くことは母親譲りで、話すことは父親譲りだと、勝手に思っているが、書く方が話すよりも好きだということは、母親の遺伝子が優性かもしれない。と言うことは、両方の遺伝子が共鳴して開花することは、稀なことなのであろう。加山雄三さんは、やはりすごい才能を持った人なのである。
船頭可愛や
昨日のブログで、古関裕而さんの業績について書いた。テレビの朝ドラでもやっていたが、初めてのヒットは、船頭可愛や、という哀愁溢れる歌謡曲であった。歌詞の古風な日本風の言葉が、曲によくマッチして、誰もが口ずさむような名曲だった。しかし、昨日も書いたように、彼の主な業績は、応援歌とか行進曲とか、歌謡曲でもあっても、長崎の鐘のように、日本人のひだに触れるような古風な旋律というより、クラシックなどの正統的音楽のジャンルのような印象がある。音楽に素人の自分が書くのは恐縮だが、そんな気がする。ということは、古関さんは、どのジャンルも器用にこなしてきたのかもしれない。この言葉は、語弊がある。どのジャンルも、彼の才能を活かすことができ、すべて一生懸命だったのだろう。人が口ずさみ共鳴する音楽は、時代や社会の変化と共に、変わっていく。その変化に対応するほうが、自然な生き方なのであろう。世の人は、どうしてもあの人はこうだ、と決めたがるが、古関さんは、他人が決める範囲を超えて仕事をしたので、大きな業績を上げたのであろう。むしろ、その方が優れた仕事ができるのかもしれない。今、STEAMの用語が教育では注目されている。元々は、社会における問題解決には、科学(S)や数学(M)や技術(T)や工学(E)や芸術(A)などを融合する内容を学習すべきだという理念から、出発していると解釈できるが、むしろ異分野の考え方を取り入れるほうが、より深く、より幅広く、より現実に即した問題解決ができるのではないか、と解釈できる。もし、古関さんが、あるジャンルだけに固執したら、これほど活躍できなかったであろう。私たちも、いろいろなことに興味を持ち、別の角度から見る、という広い視野を持ちたい。ちなみに、自分の専門分野である教育工学は、教育と工学の2つの用語が入っている。これは、良い言葉である。
連続朝ドラマ
NHKの連続朝ドラマ「エール」の中で、古関裕而さんの一生を放送していることは、よく知られているが、何回か視聴したが面白い。在宅勤務の関係で、お昼が自宅なので、昼食を食べながらニュースや連続朝ドラマのお昼版を見ることがある。それで興味を持って、ネットで調べたら、凄い作曲家だったことに驚いた。昼食をたまに外食にすることもあるが、その時は車で市内を走るが、NHKのラジオから聞こえる「ひるのいこい」の音楽が素晴らしく、そのメロディーにどこか郷愁を誘われるが、これも古関さんの作曲だった。子供の時から、何十年も耳にしているような印象がある。今年はないが、甲子園で聞く行進曲も、古関さんの作曲だと言う。甲子園球場に、生徒たちが入場すると、今年も暑い夏がやってきた、という感慨が起きるのは、誰もだろう。甲子園、白い入道雲、応援席、ブラスバンド、土に汚れたユニフォーム、そして行進曲が一体となって、脳に焼き付いている。かつて、鍛治舎さんという解説者がいて、甲子園の準決勝か決勝戦になるとテレビで拝見したが、彼は当時パナソニックの役員をされていて、ボランティアで解説をしていた。パナソニック教育財団の役員会で一緒だったので、よく甲子園の話を雑談したことを思い出す。その後、彼は九州の高校と大学のある学園に引っ張られ、甲子園でも監督として活躍されていたが、その後の消息はよく知らない。古関さんも鍛治舎さんも、私たちに語り掛け、なんの抵抗感もなく入ってきて、いつのまにか、音楽や語り口が体の中に住み着いている。古関さんの曲は、聞けば、あの曲もそうなのか、と思うが、それだけ人に影響を与え続けてきた人なのだろう。優れた人や才能のある人とは、音楽を問わず、他人に与え続ける人かもしれない。
80歳定年
ノジマ電気、自分もたまに家電製品を買いに出かけることもあるが、従業員の定年を80歳まで延長するという。新聞のニュースを読んで驚くと同時に、決断をした経営者に敬服した。今の時代は、特にコロナ禍以降は、生活も教育も仕事も、新しい様式になりつつあることを、実感している。誰もが、その様式を模索しているが、ノジマ電機の決断を支持したい。企業も学校も、いろいろな方針を矢継ぎ早に出しているが、例えば、今年いっぱい在宅にする企業、基本的に在宅勤務にして出勤は自由という企業、来年度いっぱいオンライン授業という英国の有名大学、など、これまでの経験や枠組みが変わってきた。それで良いのだ。80歳までの定年、それは素晴らしい。いろいろな働き方、学び方、生活の仕方があってよい。自分は、在宅が性に合っているので、このままで良いが、どうしても出勤したいという人は、そうすれば良く、その多様な選択肢を認めることが、この新しい生活様式ではないだろか。これまでの様式、それは永い年月をかけて定着してきたのだが、コロナ禍以降、本当にそれでいいのだろうか、別の方法はないのか、と模索し始めたのである。それは、世の中の改革の始まりである。イノベーションについて、あまり知識はないが、生活する人々の意識が変わらなければ、不連続的な変化は起きないはずである。今の時期は、その始まりのような気がする。コロナ感染者数の増加で第2波が来ているようだが、暗く考えるよりも、これを逆手にとって新しい発想をするほうが、楽しく建設的である。80歳定年、結構、在宅も出勤も自由、これも良い、オンライン学習と通常授業の選択も自由、としたら、これも面白い。自粛という自らを縛るようなことではなく、それよりもっと自由な生き方を模索し実践するほうが、楽しく有意義だろう。
自然に生きる
7月も最後の日となったが、ずっと雨だったので夏の印象が少ない。天気予報によれば、8月に入ると、つまり明日から暑い日が続きそうなので、ようやく夏の気分になれそうだ。夏は、日差しが強く、子供の麦わら帽子やシャツ姿、プールなどが浮かんでくるが、今年は、学校のプールもなく、子供たちのはしゃぐ姿や声も聞かれないだろう。夏は夏らしく、秋は街に枯れ葉が舞い、冬は雪で周りが真っ白になり、春は、と書けば、どこか郷愁に似た思いになる。それらしく、という言葉が死語になりつつある。こんなことを書くのは、年をとった証拠であるが、年齢を重ねるごとに、自然に触れたくなるし、自然が恋しくなるが、これは人の生きる年輪であろう。人は、最後は自然に帰るからかもしれないが、このコロナ禍の影響で、人は加速度的に自然から遠のいている。自分は古い人間なので、どうしても昔の姿を現在に重ねて生活しているが、それが自分に似合っている。小さな庭だが、雑草をとり、テントウ虫を見つけ、アリを見つけ、スズメが飛んできて百日紅の木に止まり、トマトやキュウリを収穫して食卓に並べ、無農薬の自然の風味を味わっている。鶏でも飼って、自家製の漬物で、朝の卵かけご飯でも食べれば、昔の暮しそのものだろう。自家製の漬物は、我が家でも食しているが、夕方は、夏なので浴衣で近所に小さな散歩に出ることもあるが、どうも近所からは古い人間と見られているかもしれない。朝の納豆、お昼のお蕎麦、夕食の天ぷらや刺身、など、美味しいものがいっぱいある。考えてみれば、自然の食材によって、私たちは生きている。これからも、たぶん自然な生き方をするだろう。
温泉に浸かる
夕方にブログを書く、と決めたが、なかなか実行できない。朝方に書くこともあれば、夕方になることもある。とすれば、好きな時に、時間が空いてる時に、書けばいいではないか、と思った。こんな単純なことが、人はなかなか思いつかない。計画通りに実行しなければ、と思うからである。だいたい計画通りにはいかないのが、人の常である。計画しても、内容も、時間と共に、書いている内に、実行している内に、変わる。それは、人が生きている、世の中が動いている証拠である。このブログも、その通りで、ふと思ったことを書いている。コロナ禍の前に、温泉に行きたいと思って、予約していたが、自粛要請が出て直前にキャンセルしたが、時節柄キャンセル代は無料だった。恐縮したので、コロナ禍が収まったら、必ず行きますと言って予約していたが、第2波が来たので躊躇して家内と相談したが、2度も約束を違えるのはいけないと思って、曇り空と小雨の中を、車を走らせた。群馬県の四万温泉である。この天気とコロナ第2波の中では、人出も少ないと思っていたら満室だったので、聞いてみると、Go To Travelキャンペーンだからと言う。知らなかったが、どうも、この世の中は、計画通りではなく、刻々と変わっていくようで、Go Toのキャンペーンもキャンセルの可能性もあると聞く。それでいいのかも知れない。自粛せよ、東京アラートだ、Go Toだ、第2波だ、など、絶えず変わっている。自分のような凡人には、その流れに添って生きていくのが性に合っているようなので、そのようにしたいと思う。温泉宿は、四万川のほとりにあって、四万ブルーと呼ばれる青い水底に急流の水が流れ、その川のせせらぎを聞きながら、露天風呂に身をゆだねると、癒される。湯船の石は、温泉の硫黄で黄色みがかった白い色をしているが、それで自然の温泉だと気付く。江戸の昔から、人はこのようにして、この世の中で付いた垢を落としている。それで良い。
