迷う時には

今は、3日火曜日の夕方、外は真っ暗で、できれば、明日の水曜日にブログを書きたかったが、来週の仕事の関係で、今日に書くのが都合がよいからである。元旦の朝、ブログを書いたので、中1日だけなので、書く内容がないような、あるような、中途半端な日なのだが、来週は10日から仕事が忙しくなるので、その前の9日月曜日にブログを書く予定になっていて、どうも週2日の日程を考えると、今日書いた方が良い、という、あまり意味のない結論である。明日は4日、お正月気分が抜けて、仕事始まりだが、今日3日から、その準備をしておいたほうが、効率的なのである。お屠蘇気分と言っても、元日と2日くらいで、3日は、平日との橋渡しの日だと思っているので、朝から資料を作ったり、合間に箱根駅伝を見たり、2階と1階を行ったり来たり、そして、家内と車で出かけて、用事を済ませたり、それなりに忙しかった。午後3時にスポーツジムに行って、今年の初ゴルフ練習、といっても、下手なクラブを30分振っただけ、その後プールで初泳ぎをして、先ほど帰宅した。この歳になると、健康第一なので、31日から2日まで、ジョギングをしたが、うっすらと汗をかいて、身体を拭くと、身体に溜まっている老廃物を出したようで、ゴミ集配車が来て、すっかりゴミ箱が空になったような気がする。初スポーツジムだったが、かなりの人数で、誰も、お正月で鈍った身体を、シャキッとしたいと思っているのだろう、自分も同じで、行く前と今では、気持ちがまったく違う。よし、というのが今なら、行く前は、やめとこうか、というささやきが聞こえてきて、ふと誘惑に負けそうになる。しかし、行って良かった、迷う時には、する方に掛けると良い、とは、長い経験からくる人の知恵だろう。ブログもそうだ、今日にするか、と、明日でいいではないか、今日は、もう遅い、という声が聞こえてくるが、およそ、そのささやきに乗ると、後で後悔することが多い。明日の予定はあるが、どこかで変わることもあるからだ。突然の事で、予定通りにはいかない。仕事の仕方も、同じだろう、だから、ブログは今書く方が良いのだ、と思ったが、ふと困った、お正月のためか、新聞の俳句や短歌が、掲載されていないのだ。どうしよう、新聞のコラムから引用することをお許しいただきたい。気に入った、文章があった。大臣などになると、人が群がり、止めると、潮が引くように去っていく、その人を形容して、上り坂の高揚と下り坂の孤独を知る人だった、と書いてあった。それは、大臣に限るまい、スポーツ選手も、芸能人も、そして企業人も学者も、すべての人に通じる世の中の諸相である。無常でも薄情でもない、この世のことは、すべて浮き沈みがある、だから、平凡が最も有難い、その浮き沈みの振幅をなるべく小さくしてもらいたい、と思っている。お正月に2か所のお宮参りをして、そんなことをお願いした。もう自分も長い人生を生きられるわけではない、静かに着地できれば最も良い、と思っているが、予測できないのが、この世の中である。何が起きるか分からない、後悔しないように、生きていこう。今日はブログを書いたので、明日は時間がなくてもかまわない。たぶん、後悔しない。

大晦日

今は、令和5年の正月元旦、朝6時半過ぎである。実は、昨日大晦日は土曜日だったので、夕方ブログを書くつもりだったが、すっかり忘れてしまった。午前中は、いつもと同じで、審査系の仕事をして、午後はジョギングもしたが、少し早めの午後3時過ぎに息子家族4名が、やってきた。仕事のこと、近況のこと、孫のこと、健康のこと、話すことは、どこの家族でも同じように、山積している。1階和室の和風テーブルに背もたれ座椅子で、お茶を飲みながら、というスタイルは、大人にとって、すぐに時間が経ってしまう。小学生の孫たちは、流行のテレビゲームで夢中になっているので、大人の時間なのだが、その時間が過ぎると、少し早めのお風呂、少し早めの夕食、そしてテレビ番組、という恒例のパターンになる。大晦日は特別の日なので、時間割が違うことは、当たり前だが、すっかりブログ書きを忘れてしまった。誰もが、元気で、健康なことが、何よりのお土産で、その言葉を聞きたくて、その様子を見たくて、五感のすべてが、全開している。嬉しい話であれば、どんな小さなことでも、それが、サッカーでシュートしたこと、運動会で放送委員になってアナウンスしたこと、であっても、また、仕事で役職に就いたこと、などであれば、なおさら、心地よい響きとなって、幸せな気持ちになる。夕食は、鍋料理がメインで、お刺身、野菜など、お酒は、ワイン、ビール、ウイスキーと、好みに応じて飲み、食後は、お菓子を食べながらのテレビになるが、数年ぶりだろうか、紅白歌合戦を視聴した。若い人の歌は、分からない、興味も湧かないが、小学生の孫、女の子は、歌も歌い、踊りもする、のは、この年齢では、すぐに吸収するからだろう。老夫婦は、もう9時半までが限界で、それ以上のテレビ視聴は、耳に悪いと思って、2階の寝室に行った。大晦日は、どこか昔に戻るのか、郷愁を誘うのか、自分の子や若い孫の姿に、ほっと安堵感を覚えるのか、自分を振り返って、まだまだ大丈夫と思うのか、昔の自分に出会うような気持がする。新聞に、県境の峠下がれば商店にふるさと訛り聞きてうれしき(大津雄志郎)の句があった。ふるさと訛りを聞いて、話す人に、身内のような親近感を覚えたのだろう、どこか帰省した息子家族に通じる気持ちのような気がする。それを見て、まだまだ頑張らなくては、と思うのは、老人の強がりだろうか。1週間前の12月23日に、新刊書を出版した、STEAM教育と俯瞰力(ジャムハウス出版)だが、どこか、大丈夫、まだまだこれからだ、と、新年にふさわしい気持ちになった。今年も、よろしく。

なんとかなるさ

今は、火曜日27日の夕方、午後6時近くになった。先ほどまで、オンライン会議があって、時間が延びたので、仕方がない。明日は、28日の御用納めだが、午後6時から、所属する団体のオンラインセミナーがあって、自分は、流行の言葉で言えば、MCだが、ホストというほうが、分かりやすいが、そんな役目なので、当然ながらさぼる訳にはいかない。毎回ゲストを迎えて、1時間のセミナーで、今年のセミナー納めだから、ブログを書く時間はない、だから、今書いているが、出来れば、午後5時くらいから書きたかった、およそ1時間かかるので、これは、校正とか推敲の時間を入れてだが、午後6時に終わると、その後、お風呂に入って、小説などを読む時間、といっても、せいぜい15分程度だが、を確保して、夕食に向かう、のが、ブログを書く曜日の時間割である。今日は走り書きで申し訳ないが、7時のNHKニュースは、どうしても見たいので、なんとか仕上げるとしよう。今日も、いろいろ忙しく、明日も御用納めで、午後7時まで、仕事が待っている。思えば、有難いのだが、振り返ると、誰でも同じだが、都合の良いことと、悪いことが、必ず起きる。それが、仕事である。そこから逃げようとか、腹立てるとか、不安になるとか、悲観するとか、誰でも同じだと思うが、その気持ちが嫌で、なるべく逃げないように、そして、出来ることはやってみよう、としているが、凡人には、難しい。だから、逃げないようにやってみよう、としている、と努力目標だけを書いた。ただ、後になってみると、ほとんどの内容や原因が、自分のせいとか、勘違いとか、誤解していたとか、気付くのだ。あの時、怒らなくてよかった、言うことを聞いて良かった、と、胸を撫でおろすことが、ほとんどなのだ。歳を取るごとに、そんな経験が蓄積されて、まあまあ、この世のことは、なんとかなるさ、という、理想なのか、諦めなのか、分からないが、そんな気持ちに近づいてくる。実は、その気持ち、それは脳に安らぎを与えることだから、幸せ感を促すホルモンが分泌されるはずで、人の生き方に、良い効果をもたらす、ことにつながるだろう。新聞に、干蒲団ただそれだけの平和かな(今泉準一)の句があった。この句が目に留まったのは、自宅の居間に、山のように干し蒲団が積まれているからである。居間は、南向きの庭につながっていて、太平洋側の冬型の天気の典型で、真っ青な空から、お日様が、天からの恵みのように、降りそそいで、布団を温かさで、くるんでいる。それを見て、誰も怒りはしないだろう。家内が、お正月に実家に戻ってくる息子夫婦と孫たちのための、準備なのである。通年なら、娘家族も一緒で、合計10名の蒲団を干すのだが、今年は少ないが、それでもその光景を見ているだけで、心が温かくなる。この句の詠み手のように、平和なのである。うーん、今年も確かにいろいろあった、嬉しいことも、そうでないことも、だが、それは、人間の煩悩のようなもので、悲観することもある、そしてそれは必ず起きる、とすれば、嫌なことに心を占領されたくない、楽しい思いで満たされたい、とすれば、この世のことはなんとかなるさ、が、一番良い心の持ち方だろう。現に、このブログを書いた時間は、今で20分程度だった。ただ、出来ばえは保証できない。しかし、これで、いつものように、この後が楽しめる。

世の不条理

今は、土曜日の夕方で、外は真っ暗だが、今日は、12月24日、クリスマスイブである。平穏な夜を迎えるのが通例だが、世の中は、どうもそうはいかないようで、日本海側は大雪で、車の大渋滞で、耐えられないような時間を車の中で過ごした、と言うが、なんとかならないものか。アメリカも、大寒波の襲来で、停電が重なって、寒さに身を凍らせて、耐えていると、お昼のテレビ報道で知った。ウクライナの惨状は言うまでもなく、電気ガスなどの、生活インフラを中心に攻撃されて、暖房なしで極寒の冬を過ごすというから、ロシアには人道の欠片もない。遠く離れた日本から、歯ぎしりをするだけである。この世は、どこに行っても、惨状があり、心から同情するが、平凡な市民としては、どうしようもない。昔、学生運動が盛んだった頃は、プチブルと言って、軽蔑されたものだが、歳を取ると、若い頃のように、正義感に燃えて、気勢を上げるわけにもいかない。いくら革命を起こしても、すべての人が幸せになることは、あり得ないことは、諸外国の例を見れば、すぐ分かる。幻想に過ぎないのである。北陸地方の人々には、申し訳ないと思いながら、抜けるような青空を見ながら、スポーツジムから帰ってきた。しかし、街ゆく人のコートを飛ばすような、強烈な風が吹いていて、体感温度は、かなり低い。クリスマスイブなのに、と思いつつ、昔のような、赤いサンタの帽子をかぶった酔客が街を歩くような光景は、東京でもたぶんないだろう。コロナ禍以降、何もかも変わったような気がする。カリフォルニアに滞在していた時、クリスマスイブは、日本のような派手な騒ぎはないが、家々で、ケーキと大きなチキンの皿が、食卓にドーンと乗せてあって、家族でクリスマスイブを祝っていたようで、家内と2人だけで、渡米していたので、ささやかな晩餐だったことを思い出す。いつも夕食は、7時からだが、今日のレシピは、チキンの手羽焼きがメインディッシュらしく、あの香ばしさと美味しさが、楽しみだ。スポーツジムに行って、この寒い日にプールで泳ぎ、温かい料理をいただく、なんと贅沢な、といつも思う。先に書いたように、この世の不条理はどうにもならないことは、知っていながら、そして、自分だけがぬくぬくとしてるのは、小市民、プチブルと言われることは、承知の上である。スポーツジムに通えること自身が、健康であることの証であり、振り返ってみると、今年1年、感染病になった以外は、それも、1日だけ38度越えの高温だったが、それ以外は平熱だったから、はしかのようなもので、本当に無事に過ごせた。新聞に、病院に泣き場所欲しき十二月(菅沼葉二)の句があった。病院だから、大勢の患者さんがいるだろう、それぞれの思いを持って、もうじき退院できるとか、経過が順調だとか、深刻な病気ではなかったとか、嬉しい思いの人もいるだろう、そして、一人で、周囲に誰もいない隅で、泣きたいような思いの人もいるだろう。そんな辛い思いをしている人は、元気に回復に向かっている人を見ると、余計に涙が出てくる、慰めの言葉は要らない、欲しいのは、一人になれる場所である。年の瀬には、その辛さが余計に身に沁みるのだろう。自分が、もしそのような状態だったら、ブログどころでなく、悲観にくれているかもしれない。世の中の不条理を知りながらも、自分が小市民であることを知りながらも、未来はまだ捨てたものではない、来年こそ、素晴らしい年になる、と、声を掛けたくなる。

仕事と遊び

今は、水曜日の夕方、午後5時を過ぎると、書斎の窓から見える外は、夜である。ブログを書く曜日は、週2回、火曜日と土曜日を標準にしているが、いつもきちんと守れないのは、世の常である。昨日は、夜11時半に帰宅した。すぐに寝ても真夜中の12時になるが、都心で懇親会があったからだが、仲間とのくだけた忘年会ではなく、集まったお歴々は、いづれもその分野で名を成している人たちで、自分を除いてだが、自分はそれなりに気を遣ったので、少し疲れた。が、ほっとして、振り返ってみれば、宴がすすむごとに、座が盛り上がり、といっても、自分を入れて4名だが、楽しい雰囲気になった。途中で、三味線を弾く、プロの弾き手が、目の前で演奏してくれ、まるで、京都のお座敷にいるかのような錯覚を覚えた。自分も歳を取ってきたので、このような付き合いも仕事の内と、言い聞かせているが、腹が決まると、それも楽しい。料亭だから、そんな雰囲気があるが、自分には場違いの世界なので、どうも座り心地は良くなかったが、それもいいだろう。今日は、先ほどまで、オンラインでの対談があった。これは、昨日の懇親会と違って、自分の専門の話をすればいいので、気は楽で、話が弾んで、最後の落とし所に、きちんと着地できた。昨日、オンラインで事前の打ち合わせをしたが、今日の本番は、その場の雰囲気で、話が飛んでいくが、それが快感でもある。youtubeだが、プロが編集して公開するらしい。昨日の寝不足があって、今日の対談の途中で、居眠りをしないか、心配だったが、話の中に入ると、脳もシャンとするらしく、それなりの筋道はできたようだ。今は、ほっとして、ブログを書いている。こうして、時間が過ぎて、1年も終わっていくのか、それでも、不慣れな料亭での懇親会、今日のオンライン対談、年末だが、それなりにせわしく仕事をこなしている。都心での会食も、オンライン対談も、なんとなく新鮮さがあって、充実感もある。先週も、オンライン対談があったが、ストーリーのない、どこで脱線するかわからないことが、多少のスリル感があって、脳を刺激するらしい。もし、つっかえたら、とか、もし言葉を思い出さなくて、恥をかいたら、などもあるが、よし、と決めれば、杞憂にすぎなくなる。この歳でも、こんな新しいことに触れると、どこかワクワクするらしい。新聞に、神田川ニコライ堂や聖橋(ひじりばし)たづね行かむとおもいたるのみ(松山光)の句があった。確かに、お茶の水駅あたりは、湯島天神や神田明神や大学なども多く、江戸情緒の雰囲気があって、自分も好きな場所である。大学や駅近くのビルで、何度かイベントに参加したが、たまに、神田明神などを覗いたりすることもある。仕事の合間の遊び心での寄り道も、どこか童心に帰るようで、楽しい。先週も今週も、仕事と遊びが混じっているようだ。昔の風流人とは、このような気分なのだろうか。

冬至の頃

今は、土曜日の夕方、外は夜、漆喰の暗闇だと言って良いだろう。もうじき冬至で、今年は12月22日だそうで、この日は、昼間の時間が最も短い。こんな日は、ちょっと熱めのお風呂に入って、鍋物、例えばほうとう鍋とか、ともかく暖かいものを食べたくなる。そう言えば、ほうとう鍋は数日前、昨日はなぜか餃子、その前は、豚肉のステーキと言えばカッコよいが、豚肉をフライパンで温めたもの、料理レシピに疎いので、そんな料理だった。今日は、忙しく、というより、今週は、何故か忙しかった。理事会シーズンと、研究会のシーズンなのか、まだ学校は冬休みではないので、セミナーシーズンではないはずだが、何かイベントが多かった。オンラインになったので、移動時間がないからか、予定が、すっぽり入って、喜んでいいのかどうか分からないが、ともかく、手帳が埋まる。人は、慣れる動物なので、それが日常になると、何の不安もなく、むしろ快感になるのは、不思議ではない。特に、昨日と今日は、手帳にすき間がなく、自分でもよく仕事をしているな、と感心する。忙中閑在り、というより、頭だけでなく、身体を使わないと、どうしても、健康維持ができない。1時間とか1時間半などの中途半端な時間では、スポーツジムに行くのは無理で、ジョギングしかない。ただ、冬至に近い時期では、すぐに外が暗くなるので、それを意識して、時間をコントロールしなければならない。しかし、運動を怠ると、すぐに体重計の数字に叱られる。今日は、暗くなってジョギングから帰宅したが、自分のような年齢では、危険である。以前にも、骨折した苦い経験があるが、このスケジュールでは仕方ない。戻って、グレープフルーツをかじると、ビタミンCとクエン酸が身体じゅうに染みわたり、健康になったような気がする。汗をかいた身体を、すぐに、お風呂に浸すと、極楽のような気持になるが、その後、ブログ書きがある、そして、夕食になる、それが、今日の予定なのだ。楽しみの前には、しなければならないことを、予定通り実行する、それが、日常になるのだ。ブログ書きは、別に嫌でもなく、書いている内に、なんとなく安心するのか、それは、宿題をやり終えた子供の気持ちと同じだろう。新聞に、短日に算盤(そろばん)塾の読み上げ算(桜井俊治)の句があった。子供も、別に算盤塾に行くのは嫌ではないだろう、日常の1コマなのである、この時期のように、すぐに外が暗くなり、学校帰りか、自宅から塾に来るのか、もう塾には灯りが点っていて、窓ガラスか、たぶん曇りガラスのような外から見えないだろうが、そんな部屋から、読み上げ算の声が聞こえてくる、と勝手な想像をする。だが、小学生が、たぶん中学生ではないだろう、算盤に向かっている様は、どこか郷愁を誘う、それは、かすかな記憶なのか、その頃の自分を思い出すからからかもしれない。冬至の頃、それは、電灯が灯る部屋を想像するのは、外がすぐに暗くなるからだろう、灯りの温かさに、癒されるからだろう。今夜の夕食のおかずは何だろう、レシピは知らないが、温かい料理だろう、有難きかな。

師走の時期

今は、月曜日の夕方だが、明日火曜日も明後日水曜日も時間がないので、この隙間時間を借りて、ブログを書いている。なんとなく忙しい、師走とはよく言ったものだが、誰もが、急ぎ足で歩いていくのだろうか、たぶん、それは、寒いから背を丸めて、身を守るからか、暖かい自宅に一刻でも早く帰りたいからか、ゆったりとした雰囲気どころではないことが、この季節である。家内が、近所のスーパ―に出かけて、いつもより活気があって、誰もが多くの買い物をしていて、この光景と雰囲気が好きなのよ、と言っているが、確かに、その通りで、自分も好きである。昨日の日曜日に、ショッピング、と言っても、100均なのだが、出かけたら、大きな店のせいか、ジングルベルの音楽が聞こえてきて、まるで小学生のような、わくわくした気持ちになった。いくつになっても、この音楽は嬉しい、もう年の瀬が近い、はしゃいでも、誰も、笑顔で見てくれる、許してくれる、そんな約束事があるかのように、音楽に乗って、心が弾む。だが待てよ、この寒い時期、ウクライナの人々は、極寒の中、電気系統が遮断されて、どのように、寒さを凌いでいるのだろうか、食料をどのように得ているのだろうか、想像するさえも、我が身も凍る。もう忘れたような出来事が、まだ続いている、戦争とは、なんと惨いものなのか、自分たちは、暖かい部屋で、美味しい食事をいただき、お風呂に入って、などを考えたら、ただ申し訳ない、としか言えない。が、どうしようもないのだ。人々の心も、なんとなく慣れてしまい、少しづつ遠のいていく、この地球上に、同情に値する多くの人々が暮らしているが、自分たちも、日々の生活で、精一杯で、どうにもならない、という諦めの気持ちも起きてくる。この世には、天と地のようなギャップがあり、しかし、それにも麻痺して、何も感じなくなってきて、当たり前のことのようになってしまう。どんな悲惨な出来事も、介護のような大変な仕事も、慣れてしまえば、平常になるのだろうか、分からない。市内には、ここは新宿かと見紛うばかりの、高層ビル、それはマンションであるが、外から見ると、きらびやかな雰囲気があって、ジングルベルが似合うマンション街がある。ただ、今日、知り合いの人に出会って、話を聞くと、多額のお金を積んで、マンションに引っ越した高齢者の方が、特に一人の場合は、寂しくて、何もすることがなくて、という話題だった。どこにいても、すべてが満ち足りて、ということは稀で、何か、人は重い荷物を背負って、生きているのだろうか。新聞に、戦争とコロナいつまでそぞろ寒(さむ)(あらいひとし)の句があった。極寒の地、ロシアもウクライナも忘れたい、コロナも、もう御免だ、5回目の接種も、あまり効き目もないようだから、もういいだろう、道行く人も背を丸め、この世は、そぞろ寒なのだ。ジングルベルの音楽は、その寒さを吹き飛ばそうとする試みなのか、師走の時期は、ワクワクする心と、寒さに震える心の両面があるようだ。しばらくは、その両方を味わって、時を過ごそう。

冬支度

今は、土曜の夕方だが、午後5時を過ぎると、窓から見る外の景色は、夜になる。12月だから、もう冬なのだ、気持ちだけは、まだ晩秋のつもりだが、すっかり冬模様になっていて、自然の月日の経つ時間と、自分の感覚に、ずれがある。誰も同じかもしれない。今週から、我が家の外壁を塗り替えるために、職人さんが来て、仕事をされている。外壁の水洗いをし、雨どいの塗り替えをし、昨日から、家中を薄いビニールシートで囲って、塗料の飛沫が飛んでも窓などを汚さないように、丁寧な処置をしている。自分の書斎は、2階なのだが、3面の窓のすべてが、薄いビニールシートで覆われて、太陽の日差しが薄ぼんやりとしか、入ってこない。それは、日差しが柔らかく、外もぼんやりとしか見えず、薄い皮膜で覆われたような部屋になり、雰囲気が違う。この雰囲気は、実は好きだ。今は、夜なので、いつもと同じだが、今日の昼間は、薄い卵の殻に閉じ込められた、雛のような感覚になる。気持ちが、落ち着いて、午前中の原稿書きや資料作りでは、いつもより、少し深く考察できたような気がした。まだ、書斎に加湿器を稼働させていないが、加湿器を使うと、部屋に水蒸気が舞い上がる、それは静かな気体だが、冬を感じさせる。ふと、昔を思い出した。今のような時期だろうと思うが、研究室で、学生達と一緒にデータ分析をしていた。部屋には、加湿器があって、少し水蒸気の量が多いような設定だったのか、その場所を中心に、白煙が渦巻いていて、研究室の窓は、すべて曇っていたから、ちょうど、この書斎のように、薄いビニールシートで覆われた感じで、ともかく、外の風景が見えない部屋だった。そこに、ふと坂元先生が、ドアを開けて、入って来られてので、自分は驚いた。ちょっと用事があってね、と言いながら、頑張っているね、と言われて、少し雑談をして、退出された。あれは何だったのか、超多忙な先生が、ふと来られたことは、何か他の用事があったのだろうか、と詮索はしなかった。そうであれば、率直に言われたはずで、文字通り、通りすがりで、研究室をふと覗きたくなったのではないか、と思う。今の自分が大学に行ったら、そして知り合いの先生がいたら、ふと研究室のドアを開けたくなるだろう、と思う。研究室には、どこか、そんな魅力があって、そこに行けば、未知な世界がある、世間とは違う、夢中になれる世界がある、ような期待が、人を誘うからである。あれは、確かに冬だった。外と内の温度差のために、窓がすべて曇って、世間からも閉じた部屋で、今の書斎の光景に似ていた。新聞に、物置に空き場所ひろげ冬に入る(中村重雄)の句があった。冬支度のために、物置を整理していたら、空き空間ができた、これで、冬を迎えられる、と思ったのか、寒い冬を乗り越えるには、お正月を迎えるためには、年度内に、すべきことがある、整理しておこう、と投稿者は思ったのか、冬に入るとは、そのような身を引き締める気持ちが起きるのだろう。少し文脈が離れたが、自分の書斎は、しばらくは、冬ごもり用の部屋になる。明日から、加湿器を使って、冬に備えるとしよう。紅葉の秋もいいが、冬も良く、仕事に集中できるだろう。

日々変わる

今は、変則的な時刻で、火曜日の昼間で、まだ外は明るい。今日の夕方に時間が取れず、午後の隙間時間を使って、書いている。1時間半くらいあるので、週に2回のブログタイムに充てた。午前は、市内の学校を訪問して、授業参観をして、午後は、研究会の打ち合わせで、オンライン会議を持ったが、朝から小雨が降って、肌寒い気温だったが、今は、そうでもない。自分は観戦しなかったが、今朝の真夜中に行われた、クロアチアとのW杯のサッカー対戦で、惜敗した、というニュースを、早朝に目覚めて、スマホで読んだ。お昼も民放のテレビ番組を見た。なんとも残念だが、仕方がない、これがスポーツであり、競技なのだから、いつまでも奇跡のような歓喜は続かない、と知りつつ、現実に戻るのだろう。熱狂的な応援や、テレビ報道に、日本中が湧き返った、のだが、その熱気は、いつまでも続かないことは、動的平衡論で証明されている。脳科学の専門家である福岡先生の説だが、古い細胞は次々に壊れて体外に排出され、新しい細胞が生まれるので、人の考えや情熱のような感情も、移り変わっていくのだ、と言う。このブログでも、動的平衡論の考えは、何度か紹介した、のは、自分の好きな理論だからだが、振り返って見ても、あれほど熱中したのに、とか、あれほど、落ちこんでいたのに、とか、自分も含めて、周囲の人を見渡しても、なるほど、と思うことは多くある。ご主人を亡くした、見るも哀れな御婆さんがいて、1ヵ月も経たないうちに、前よりもはるかに元気になって、自由の身になれた、かのように、羽ばたいている光景をみると、人は、何も深刻に考えることはないのだ、と納得できる。たぶん、サッカー熱も、いずれ色あせていくだろう、それが正常で、いつまでも引きづっていたら、生活ができないのだ。福岡先生の論説でも、失恋したからと言って、何も心配することはない、と書いてあったが、その通りだろう。何かのきっかけで、すぐに元気になれる。新聞に、身は老いて花作りさえ遠のくも久々の苗に手ははずみけり(平井和子)の句があった。高齢になって、なかなか花つくりもままならない日々を過ごしていたが、久し振りに苗を手にすると、きれいな花を咲かそうか、とか、新鮮な野菜を作ろうとか、どこか身体の奥のほうから、湧いてくる源泉のような力を感じたのだろう、いくつになっても、何かのはずみで、自分がまだ動けると実感すると、どこかワクワクするのだ。いい句だ、と思うし、それが、人間の本性だろう。自分も、やはり駄目か、もう歳だから、と思うこともあるし、メールを読んで、ほんの小さなことでも、何かを頼まれると、途端に嬉しくなって、よし、やろう、否、よっしゃ、やってやろう、任せてくれ、がそのままの言葉だが、そんな気持ちになる。また、その逆も起きる。うーん、人の生き方とは、ままならぬもの、自由に変わるものらしい。脳科学によれば、細胞が日々刻々と生まれ変わっていくのだから、それが自然で、それで良いのだ。

老人の独り言

今日は土曜日、ブログを書く日だ、と勝手に自分で決めているが、特別な内容はない。今週を振り返ってみると、いろいろあった。ブログで書けることも、書けないことも、世の常だから、まして凡人で市井の人ならば、都合の良いことも悪いことも起きるだろう。それを受け止めて、良いことなら愉快になり、悪いことなら悔しがったり不平を言ったりするが、相手によっては、それを顔に出せないこともあるだろう。大人であれば、なおさらで、顔で笑って心で泣いて、などの古い言葉を持ち出すまでもないが、そうして、年月が過ぎていくのか、と思うと、師走という月は、人を感傷的にさせるかもしれない。喪中の葉書が、頻繁に届くが、自分は昨年の年賀状をもって、打ち止めにした、と、年賀状で知らせたので、今年、ではなく、来年のお正月には、例外を除いて、届かないだろう。今週だけでもいろいろあった、まして今年では、さらにいろいろあった、ただ、最後良ければすべて良し、の言葉というか、ことわざなのか、格言なのか分からないが、今がほっとするなら、すべて良かった、と言える。日本サッカーチームがスペインを逆転した試合などは、最後で勝敗が決まるのだから、最後がすべてなのだ、ということは、今がすべてだ、ということになる。これまでの出来事は、すべて過去だから、今が最後の瞬間でなので、今が良ければすべて良い、ことになるだろう。今の自分は、まあ、いい方だろう、スポーツジムに行って汗をかき、帰宅して、書斎でほっとして、ブログを筆の進むままに、キーボードに向かう指先の気ままな動きと共に、時間を過ごしている。過ぎ去ったことは、いろいろあるだろう、それはもういい、意味がないから、これから先が楽しみで、何をしようかと考えることに、意味がある。自分は、ブログでは書けないが、小さな夢もある、やってみたいことが、ある、否、かなりある。少しずつ、資料を探したり、文献を読んだり、ちょうど山に登るように、一歩一歩進んでいる状態である。大それたことではない、別に隠すことでもないので構わないが、次の出版を計画し、進んでいる。ずっと好きなことをやっていたいが、世の中は、そうもいかない、出版した時は、もうこれ以上の作品はない、と思うくらい、有頂天になる。しかし、ここからが問題なのだ、売れるかどうか、誰でも分からない、自分としては、作品を作りたいだけで、売れるかどうかはまったく関心がないが、出版社とすれば、ボランティア活動をしているわけではないので、ビジネスになるかどうかが、最大の関心事である。だから、売れるような作品を作らなければ、申し訳ない気持ちで一杯になる。ただ、これは難しい。そして、これまでに出した作品は、今日では、1年前では、もう誰も振り向きもしない、ただの残骸になることが多い。あれほど、心血を注いだのに、と思っても、それが、現実であり、今なのである。新聞に、保護者らに寄付を募りて設置せしすべり台虚し廃校の庭(渡辺照夫)の句があったが、分かる、この情景、と言いたくなった。とすれば、虚しさの積み重ねが過去の姿なのか、なんと寂しいと思うが、しかし、これから、ひょっとしたら、今回の出版は評価してくれるかもしれない、という希望があるから、努力するのだろう。まあまあ、それでもいいだろう、努力できることがあるだけ、幸せだから、と書けば、どこか老人の独り言に似てきた。