若さ

今は、3月20日月曜日の夕方、書斎でパソコンの画面に向かっている。月曜日にブログを書くのは、変則的なのだが、明日火曜日は祝日だが、都内に1日中縛られる。小さな学会だが、講演をすること、学会の総会を仕切ること、などなどで、朝から夕方まで、忙しい、帰宅しても時間がなく、明後日の水曜日も、定例の水曜サロンというオンラインセミナーがあって、自分はホスト役なので、ゲストと対談をしなければならない、とてもブログを書く暇はない。有難いことだと、この歳で、と思いつつ、毎日を過ごしている。今日も、4つのオンライン会議をこなして、先ほど、すべて終わった。ほっとして、1階の居間に降りて、コーヒーを入れて、今、飲んでいるが、脳と心を癒してくれる。その上、今日は郵便物も多く、その処理をしていると、あっという間に時間が経つ。今日は、その中で、ふと目に留まった書類があった。自分は、地元の学校の評議員を引き受けているので、学校便りが送られてくる。毎月のことなので、あまり気にしないのだが、ふと読みたくなった。卒業式について、記されていたのだが、この忙しいのに、読む気はなかったのだが、ふと目に入って、読んだ。コロナ禍のために、評議員は、ここ数年間は、卒業式に出席できない。別に楽しみにしているわけではなく、長い式、寒い体育館、のためか、トイレに行きたいが、途中では退席できないので、むしろ出席したくないのが、本音であった。ただ、例外に、楽しみにしていることが、卒業生の別れの言葉、と、在校生の送る言葉、である。これは、凄い、さすがに、代表ともなれば、言葉の格調が違う、それは美文という意味ではなく、生徒が感じたそのままを、美しく表現するのだ、それは、大人ではできない、教師にもできない。卒業する生徒しか、在校生の生徒しか、語れない言葉の魅力なのだ。その言葉が、今日受け取った学校便りに、書かれていた。生徒の思いが、紙面から伝わってくる、胸の中に飛び込んでくる、たぶん、別れの言葉も、送る言葉も、全国の学校で、展開されているのだから、それらしい文法もあるだろう、春の季節から始まって、友達や先生のことなど、似たような言葉が、巻物のような紙に書かれているだろう、だが、それでも人の心を打つのだ。何故だろうか、分からないが、それは、生徒だからだろう。大人や教師が作った作文なら、陳腐な作り話でしか過ぎない、本物の生徒ではないからだ。今朝の新聞に、限界までしびれた足を投げだせば笑いに満ちる琴部の和室(武田奈々)の句を読んだ。作者は、学生であると言う。たぶん、女子高生だろう、琴部の部活があって、長い演奏で、足がしびれて、その恰好に、笑い転げた、なんと若くて、はつらつとしているのか、なんと楽しそうな光景なのか、なるほど、若さとは、この上なく美しく、他人に幸せをもたらすのだ。いつまでも、そのままで生きてほしい、と願うのは、教師の常であるが、笑い転げる生徒だけでなく、うつむいて悩む生徒もいるだろう。大丈夫、君たちは、若さという宝物を持っているではないか。

作品作り

今は、3月17日金曜日の夕方、いつもは、明日土曜日にブログを書くのだが、あいにくと、夕方は都心で会合があって、正確には懇親会があって、時間がなく、今書いている。有難いことに、前のオンライン会議が、早めに終わった、文字通りラッキーで、時間が取れた。今日も、今週もいろいろあった、また、明日もある。先のオンライン会議の前に、自分の所属する団体の理事会があって、これは、代表をしている関係で、最重要な会議だが、楽しく終わった。普通、総会とか理事会などというと、滞りなくとか、無事にとか、シャンシャンと異議なく終わることが、良しとされているようだが、それでは、詰まらない。参加した理事全員が、発言することを、自分は信条としている。何も発言しないで、良かったなどは、本来はないはずで、何か意見を言うから、参加する意味がある。そうでなければ、代理の人形かロボットでも用は足せる。という訳で、今回の理事会も、全員が発言出来て良かった。無難に終わるのは、消極的すぎて、好きではない、もちろん波乱が起きることを望んでいるわけではないが、議論することが、大切なのだ。大学関係者は、比較的、よく発言する、企業関係者は、遠慮する傾向があるのは、背負っている文化の違いだろう。大学の研究は、相手の地位などは全く関係なく、真理の追究なので、遠慮する意味はないのだ。こうして、今日も暮れていく、今日はお昼に数分間の散歩をしただけで、運動もする時間がなかった。今日中に送信する原稿があったから、午前中にそれに取り組んで、どうにかお昼に出版社に送れたので、ほっとした。すると、コーヒーでも飲みたくなのは、どこか、気が和らいで、その心情に浸りたいからだろう。原稿を書いたり、校正をしたり、資料を作ったりしている時、そして、一息つく時、それは自分の書斎で過ごす時間なのだが、その時間が好きだ。自分は、それを作品作りと言っているが、ならばその人は、作者とか作家と呼ぶほうが、相応しい。モノを作る時、モノだけでなく、絵でも、彫刻でも、木工でも、論文でも、発表資料でも、何らかの作品を作る時、誰でもワクワクするだろう。新聞に、春近しドア全開の画材店(高橋まさお)の句があった。あまり画材店などに入ったことはないが、絵を描く時の画材を売っている店なのか、ほとんどは、駅前の大きな店舗やデパートなどにあるだろう、絵の具などを見ると、子供の頃を思い出す。天気の良い日に、校庭か近くの風景の良い場所で、写生する時間があった。確かに、冬の寒い日では、写生はやりにくく、暖かい春がやってこないと、絵を画く気持ちにならないだろう。そういう季節がやってきたのか、理事会で発言を促すのも、今日、原稿を送ったのも、考えてみれば、自分の作品つくりなのだ。縮こまっていては、作品はできない、発言する気も起きない、春の暖かさが、心のコートを外してくれるのか、だから、人は活動したくなるのか。良い季節になった。

3.11雑感

今は、3月14日火曜日の夕方で、西向きの窓から見える空はまだ明るく、日が長くなった、と実感する。季節は、人間の意思とは関係なく、いつでもどこでも、平等に、自然の法則にしたがって、やってくる。空が明るいと、気持ちも明るく、何か良いことがあるような、嬉しいことが起きそうな、そんなことはまったくないのだが、どこか夢想する。今日も忙しかった、午前は学校訪問があって、午後はオンライン会議があって、その間に、事務的な書類を確認して、ブログを書く時刻までに、1時間半程度の余裕があったので、ジョギングもした。今日は、東方向の航空公園で、約1時間、それでも、汗をしっかりかいて、帰宅して、家内が食べやすいように切ってくれたグレープフルーツを口に入れる、その酸味が、喉と胃の中に入って、極上の美味しさになる。なるべく、1日に1時間くらいは運動したいと思って、なんとか時間を工夫している。この晴れた日の公園は、昼から夕方まで、大勢の若者や幼子の親子連れで賑わう。サッカーに興じているグループが多く、年配者は、ベンチに腰掛けて、所在なく眺めている、若者は、スポーツか芝生に寝転んでいる。もう春なのだ、芝生に身を委ねるのも、悪くはないだろう、柔らかい草の感触が、人の意識を自然と一体化させる。平日なのに、かなりの人がいる、そう言えば、もうじき、卒業式なのか、旅立ちの季節か、この季節には、どこか青春の名に相応しい歌が多いのは、別れのもの悲しさと新しい出会いに向かう不安が、人の心を感傷的にさせるからなのか。自分にも、そんな時代があったのか、すっかり忘れてしまったが、青春時代は、どの若者も美しい。夢に向かって生きているからか、目が輝いている、年老いても、その輝きだけは、忘れたくない。まだやりたいことは、胸にいっぱい閉まっている。書斎から空を見ると、この仕事場で、自分はやれるような気がする。しかし、世の中は、いろいろで、同僚は、ほとんどが引退している。新聞に、靴箱に一足残る上履きは卒業式の翌日の朝(奥村和子)の句があった。この作者は、学校の先生だろうか、卒業式に出れなかった子供は、どうしてだろうか、病気か家庭の事情か心の病か、同じ学び舎で過ごした子供が、1人だけ残された、皆と一緒に飛び立てなかった、それを見送る先生の心情は、せつない。教師であれば、誰一人取り残すことなく、すべての子供に、幸せになってもらいたい、と願っているはずだ。しかし、まだ先は永く、希望はある、この子供も、これから青春を生きるはずだ。そう言えば、数日前は、3.11から12年経ったのだ。大勢の人が亡くなった、生きていれば、花も実もある人生を送れたはずで、楽しいことも、時に悲しいこともあるが、生きていれば、それもなんとか乗り切れる。自分のような老人であっても、まだ希望という船に乗って、航海できる。3.11で亡くなられた人々にご冥福を祈りながら、現在の自分の境遇に感謝しながら、世界が平和であることを願いたい。

保存し忘れ

今日は、ブログを書く日だ、だが、今日は頭がどうかしている。せっかく書いたブログを、保存せずに終わってしまった、まったく影も形もなくなった。しかし、もう書く時間がなくなった。お風呂と夕食の時間が迫っている、が、今日書かないと、明日は予定があって書けない。昨日は、ではなく、今朝早く目が覚めて、その後、なかなか寝付かれなかった、だから、暖かい書斎でパソコンに向かっていると、つい、うとうとして、頭が朦朧としていたので、うっかり保存を忘れた。だが、少し言い訳をしよう。例えば、googleカレンダーでは、自動保存になっていて、保存ボタンを押さなくても、というより、ボタン自身がない、また、文章をオンライン上で書くと、自動保存の機能があって、クラウド上に保存されているから、つまり、便利になっているので、今日のような寝不足の状態では、うっかりミスが生じるのだ。では、何を書いていたのか、およそ、計画性のないブログだから、筆の向くままで、脳が指示するままで、しかし、その脳が、信頼できない状態なので、あまりお見せできるような内容ではないが、WBCの野球観戦の内容だった。テレビは、このWBCで盛り上がっている、若い人は、素晴らしい、色とりどりのバラの花が、咲き誇っているように、テレビ画面は、華やかさで満ちている。大谷選手を始め、その姿に、拍手を送り、歓声を上げ、日本中の、老いも若きも、華やいでいる。しかし、その陰で、画面に出られない、多くの無名のプロ選手たちがいる。新聞に、着膨れの路上ライブのアンコール(加藤剛司)の句があって、引用した。コロナ禍以前には、よく見かけたが、いずれテレビに出て、スポットライトを浴びることを夢見て、路上ライブをしているのだろうが、なかなか世に出るのは難しいだろう、否、ほとんど確率はゼロに近い。若者は、ある面で無謀なこともあるし、純粋な所もあるが、じっくりと人生を見ることは、不慣れである。ワカモノはバカモノに通じるのだが、成功するのかどうか、誰も分からない。WBCや昨年のサッカーの世界大会を観るにつけ、多くの人々に、幸せの花を届ける役割は、そんなに要らないのだ、運と努力と類まれな才能の持ち主だけである。庶民は、暖かい部屋で、美味しい夕餉を楽しみ、テレビ観戦をするのだ、思えば、なんと贅沢なことだろう。これから、その呑気な土曜の夜を楽しもう、というような内容だった。今日は、二度書きなので、短い文章でお許しいただきたい。

面白いこと

今は、火曜日の夕方、ブログを書く予定日である。午前中は、市内の学校訪問の用事があり、午後はオンライン会議と電話があって、仕事を終了した後、なるべく運動をして健康維持を図りたいので、スポーツジムに行ったが、どうも時間が取れず、プールには入れなかった。いろいろな用事が重なって、スポーツジムで過ごしたのは、1時間たらず、ブログを書く日なので、それも気になって、帰宅した。明日には延ばせない、夕方に自分がホストのオンラインセミナーがあって、重要な仕事が入っているので、どうしても今日中なのだ。たかが、ブログと言っても、一度さぼったら、後が怖い、まあ、いいかという、悪魔の囁きが聞こえてきて、ついに、止めてしまう、という事態になる。自分のような年齢では、どうしても、昔かたぎの考え方が支配するので、子供たちや孫たちには、煙たがられるだろう。実際、そのようで、かつて指導した学生達や、今所属している団体でも、変わらないようで、かなり厳しめの言い方をしているかもしれない。孫には優しい好々爺でいたい、という気持ちはあるが、生まれついた性分なのか、頑張れ、とか、しっかりしろ、とか、努力しろ、とか、どうも、優しい言葉をかけていないようだ。仕方がない、許してほしい、のだが、毎日メールを読んだり、電話がかかってくる内容は、優しいばかりではいられない用事がほとんどで、世間とは、こんなふうに、仕事をするのか、と思う。午前中の学校は、まるで違う。NHKの方に聞いたことがあるが、鬼の報道、華の芸能、仏の教育、と言うそうで、教育の世界は、優しさが代名詞なのだ。だから、学校に行くと、心が救われるような気がして、小学生低学年の子供たちを見ると、天使に見える。だが、世間では、空気も言葉も目つきも違う、明日もあまり出たくない会議も出るし、言いたくない発言もするし、嫌われる役も引き受けるし、まあ、そんなものだ。しかし、自分は、何故仕事を続けているのだろうか、自問すると、面白いこともあるよ、お金じゃないよ、山登りみたいなものだよ、と自答したくなる。サラリーマンが、かつて暖簾で一杯、という光景があったが、あれは、愚痴もあるかもしれないが、面白いこともあるよ、と言っているように思える。新聞に、亡き父のセーター着るや凪(なぎ)の湾(平田雅一)の句があった。どこかの海岸なのか、海の仕事をしていた父親だったのか、セーターを着たら、父親が語りかけてくれたのか、赤ちょうちんで一杯、という訳ではないが、仕事の厳しさと喜びを、親子で語り合いたいのか、男には、どこかそんな瞬間がある。こんなことを書くと、ジェンダーバイアスだと言われそうだが、お許しいただきたい。振り返ってみると、自分は、父親とはそんなに多く話はしなかったが、たぶん、子供には言えないような苦労もしただろう、だが、それでいいのだ、どこの家庭も同じようなものだろう、語らなくても、分かる。こうして、自分も父親の年齢に近づいていく。この世の中は、いろいろあるが、面白いことも、いっぱいあるよ、と、自分の子供たちには、伝えるだろう。

春よ来い

今は、土曜日の夕方だが、まだ外は明るい、日が長くなったと、実感する。外が明るいだけで、気持ちまで、どこか春めいた嬉しさがある。人間も、単純で、外の環境に左右されやすい。土曜日だから、オンラインはなく、午前に原稿執筆やメールチェックなどを済ませて、午後はスポーツジムに行った。明日も日曜日なので、ますます気が楽で、ワクワク感がある。原稿書きも、楽しい、というのも、出版の編集代表は知人で、自分はその分担執筆者なので、責任も薄らいで、締め切り日を守れば良い、という気楽さがあるからだ。1人ですべて執筆するのは、多くの時間を要し、精力的でなければ完成しない。何より、出版社に対して、販売数という責任がある。出版社は何も言わないが、自分の方が気を遣うので、売れないと申し訳ないのである。ボランティアで出版業をやっているわけではないので、利益が出ないと、単なる学者の自己満足のためだけになって、誠に申し訳ないのである。自分が代表でなければ、余分なことは考えないで、ただ良い原稿を書くだけである、今日も、自分なりに評価できる原稿が書けたように思う。原稿を書くこと、それは大勢の人の目に触れることが前提なので、何か少しでも気になる内容を書くと、後々まで残ることになる。それは、書き手としては恥であり、自分の無知を公開したことになる。それでもいいじゃないか、と言われても、慰めにはならない、だから、自分で納得できない原稿は見たくないし、うん、これならいいだろう、とか、なかなかいいじゃないか、と思える原稿は、読み返したくなる。だが、ここにも、矛盾があって、一旦、出版社に送った後は、急に愛着が無くなって、興味が薄れる。出版原稿を書いている時、夢中になるのは、その時間だけで、後は別の世界になる。原稿書きも、講演資料作成も、自分の好きな趣味のような仕事なので、定例的な会議とか理事会や総会などの、形式的な決め事の仕事とは、違う。好きな仕事だけやれる人は、別世界に生きている人で、芸術家とか作家とか類まれな学者などであろう。自分などは、職人芸を磨いていると思っているので、この世の垢にまみれ、日常生活に埋没し、たまに行く温泉などが極上の喜びなので、平凡な生き方をしていて、芸術的な美を求めているわけではない。新聞に、菩薩彫る志功(しこう)の瓶底眼鏡(びんぞこめがね)春(相坂康)の句があった。棟方志功は、極度の近眼だったから、まるで瓶底のような眼鏡をかけて、板にしがみついて、懸命に菩薩像を彫っている、そんな光景を、どこかの写真集などで紹介されていたから、思い出す。彼は、芸術家であり、その作品は、多くの人々を魅了して、世界中に名声を広げた。彼には、その時間は、没我の状態であり、常人とは思えないだろう。春が来ると、彼の創作意欲は、ますます高くなるのか、分からないが、暖かい季節になれば、芸術家も職人も市井の人も、動物も植物も、すべての生き物が活気づくのだ。1日ごとに、春に近づいてくる、良い季節になる、やがて卒業式が来て、若者は旅立ち、入学式になれば、新入生となって、新しい世界が始まる。そして、それぞれの作品を作って、足跡を残していく。春よ来い。

変化

今は、もう水曜日の夕暮れ、夕暮れは構わないが、水曜日が遅れたことを表している。本来は火曜日だったが、この世の中はままならず、昨日はどうしても時間が取れなかった。生きている限り、それは仕方ない、と考えれば、予定を立てても、予定通りには事は進まない、それで、トラブルが起きたり、意に染まないこともあるが、すべて順調にいくはずがない、と思えば、大したことではないので、時の流れに身を任せ、という心境に辿りつく。半面、予定しなかったが、意外にうまくいった、とか、自分で思っていた嫌な事は起きなかった、思い違いだった、なども起きてくるから、世の中はうまくできている。そうして、時が過ぎて、歳を取っていくのだ。もう、今日は3月1日、2月も過ぎ去っていったのか、なんと早い時間なのだ、と驚くしかない。思い出せば、今日の午前中は原稿を書いていた、出版の分担執筆だが、目次ができているから、意外に筆の流れは速い、お昼はオンライン会議で、可もなく不可もなく、予想通りの展開で、まあ、これを平凡と言うなら、その通りで、結構なことである。その後、メールを読んでいると、いろいろ物騒な出来事が起きている。ブログでは紹介できないが、これからどう展開するのか、しかし、あまり差し障りのない程度に、関わっていくか、などと考えている。そして、数日前に出した重要な返信がまだ来ていない、どうしているのだ、こんな時、人は良くない結果を予測するようで、多少不安が頭をよぎるが、催促はできない、そのまま、なすがままに、待つしかない。LINEを見ると、良かった、孫に朗報があった、家内が喜ぶだろう、などと、嬉しい知らせもある。考えてみれば、喜んだり、悲しんだり、ほったらかしにしたり、逃げたり、憤慨したり、人とは、絶えず感情に翻弄されて生きているようだ。感情の起伏も変化だから、そこに埋没すると、時間を忘れるのだろう、だから、あっと言う間に時が過ぎて、いつの間にか3月になって、もうすぐ春がやってくる、満開の桜に酔いしれる日は、もうすぐそこなのか、と思う。変化とは、時を忘れさせる特効薬らしい。変化がない人生は、どこか侘しさがある。新聞に、「このまんま年を取るのか」「ほんとにね」会話続かずあとは寝るだけ(大森由紀子)の句があった。気持ちは分かる、所在ない雰囲気が漂っていて、時が静かに、そして長く感じられるのかもしれない。それが平凡でいいような、物足りない人生のような、しかし、そのような人は多いのではないだろうか。自分はどうだろうか、振り返ってみる、少し違うようで、まだ話したいことも、やりたいことも、いっぱいある。それが、うまくいって有頂天になる時も、失敗して途方に暮れる時も、あるだろう、どうも、自分には、死ぬ間際まで、そんな変化がつきまとっているような気がする。

内言と外言

今は、土曜の夕方、より少し前の時刻だが、書斎の窓から見える空は、曇っている。午前中は快晴だったが、今日は風が強く、体感温度がかなり低い。外に出ると、かなりの防寒服を着ていないと、厳しい寒さだった。と言うのは、先ほど、スポーツジムから帰宅したばかりで、一息ついて、書斎で調べ物をしてから、ブログを書いている。土曜と日曜は、オンラインか出かける用事がない限り、スポーツジムに行くように心掛けている。週3回を目標にしているが、2月とか3月のような忙しい月は、なかなか守れない。明日は、1日中外出するので、と言っても、仕事なのだが、時間が塞がっているので、スポーツどころではないが、今日は、有難い曜日で、心休まる日なのだ。特に、プールで泳いで、2階のプールが屋外とつながっていて、そこにジャグジーがあって、温泉のような温かさで、外気は身震いするほどの冷たさなので、その差が、なんとも気持ちを豊かにする。いつも、ジャグジーに身を浸す時は、街を見渡すのが習慣になっているが、今日は、空が晴れ渡っていて、雲が流れている光景で、こんな贅沢をしていいのだろうか、と思いつつ、午前中に書いた原稿のことや、明日の予定や、来週の仕事や打ち合わせのことなどを、思っている。身体が弛緩としているので、思うことも、あまり真剣ではなく、気の向くまま、という嬉しい雑念なのだ。来週の、あの打ち合わせでは、この話題はどうだろうか、とか、明日の仕事には、宿題があった、が、面倒だから明日の朝にやればいい、などと自己対話をしているが、もし言葉に出したら、頭のおかしい人だと思われるだろう。黙っているから、なんとか常人でいられる、思っていることを正直に言葉にしたら、ほとんどの人は、狂人扱いか、まともな人間関係は維持できないだろう。大人は内言だと、ビゴツキーは言ったが、その通りだ。同時に、思考することを、言葉が媒介するとも言っているが、何か思ったことを、言葉にして表現できれば、それは、物事を動かす、つまり仕事ができる。それを、内言だけで心の内に閉まっておくと、どうにもならないような息苦しさを覚えるだろう。モノ言わねば、心がうつうつとして晴れないし、モノ言えば、唇寒し秋の風のような後悔をする場合もある。子供のように外言だけで、すぐにモノ言うは、子供だから許されるのであって、大人の場合は、思慮が足りない、と批判されることもある。今日のブログに、こんな内言と外言を書くつもりではなかったが、筆が滑った。ただ、ふと気になった短歌を思い出した。病床の夫の寝顔にひとすじの涙のあとが白く残れり(佐々木節子)の句を読んで、奥さんもご主人の気持ちも、よく分かる。病床で寝たきりだろうか、やりたいことも一杯あるだろうが、それもできない、言葉に出すことも、どこか我慢していて、涙に自分の気持ちを託して、それも人に見られたくなかった、白い跡だけが、それを物語っていた。人が生きていくことには、どうしようもないこともある。その時、声に出してしまえばいいのか、じっと内に閉まっておけばいいのか、涙に託せばいいのか、分からない。自分は、このご夫婦には申し訳ないが、スポーツジムに行って、健康を維持したい、と思っている。

美味しいコーヒー

今は、火曜日の夕方、書斎から見える西空も南空も、まだ明るく、冬の雲一つない青空が、マンションや家々の屋根を覆っている。はて、今日は何をしたのか、そうそう、あれもした、これもした、そして、健康のために、先ほどジョギングをして、1階の居間で、グレープフルーツを食べて、その酸っぱい液体が、乾いた喉に沁みていった。健康は、仕事と同じように、重要なことは言うまでもない。だから、なるべく時間を取って、運動をしている。今日も、いろいろあった、急な用事ができて、市内を出かけたり、その後、オンラインで打ち合わせをしたり、ある雑誌の編集後記を毎号書いているので、それを仕上げたり、手帳に書き込んだ予定にしたがって、それをこなしている。こなすような仕事の他に、講演資料とか原稿作成やデータ分析などがあるが、まとまった資料の場合は、時間がかかるので、荷物を右から左へ移す、という作業ではないので、準備が必要だ。まとまったとは、1時間の講演資料、出版の分担執筆で400字原稿用紙50枚などの場合に相当するが、そのような仕事を抱えているが、すぐには書けない。自分の場合は、ふと、気付くことがあるとメモをし、そのメモが大切で、それにしたがって、目次を作り、目次にしたがって、資料を張り付けるような流れになる。この資料も、手慣れた内容、自分が専門とする内容であれば、時間はかからないが、そうでない内容の場合は、かなりの準備が必要になる。自分の専門と、少し距離があって、どうも苦手な分野だとか、勉強不足だと自覚している内容では、頭髪をむしるような難しさや、自分は何と浅はかなのか、などと思うのだが、実はそのほうが面白い。楽な内容や手慣れた講演や原稿などは、決して面白くない、むしろ、やる気が起きない、という矛盾するようなことが、現実である。1週間位前に送った原稿、それは、オーバーに言えば、寝ても覚めても考える、ような内容で、久し振りの理系の原稿だったせいか、脳の芯まで脳血流が流れていくような感触で、今でも、思い出すと嬉しくなる。今は、貯めた小さなメモがまとまってきた時期で、そろそろ目次を作り、資料を張り付けるか、と思うが、それには、まとまった時間が必要になる。文脈は離れるが、新聞に、こんな句があった。温かいコーヒー飲んで船を待つ雪がひらひら高島渡船(楠井花之)だが、作者は鳴門市と記されていたので、鳴門市高島に渡船があったことを思い出した。昔、何度も鳴門教育大学を訪問したから、あの場所か、と思ったのだが、暖かい鳴門にも雪が降るのか、と感慨を深くした。ここで言いたいことは、よほどコーヒーが美味しかっただろう、ということで、それは、四国には、珍しく雪が降ってきて、それを眺めながら、熱いコーヒーが喉を通る時、冷たい雪が降ったから、その美味しさが倍増したのだ。冷たい雪だったから、温かいコーヒーが美味しい、ジョギングをして疲れた体だったから、酸っぱさが美味しさに変わった、うん、うん、と唸るような難しいテーマだったから、仕上げた時の喜びは、忘れられないものになった、と言えないだろうか。人は、楽なことだけでは、喜びは味わえないものらしい。

子供から学ぶ

今は、土曜日の夕方、外はまだ明るい、西空が薄く赤みがかっているので、良い天気なのだ。やはり、日が長くなったのだろう、以前は、真っ暗だった空が、まだ明るい。午前中に、予定していた仕事をこなし、原稿も送れたので、良い1日だった。いくつになっても、やるべき仕事をし、予定どおりに事が運べば、今日も良かったと、充実感が身体中に染みわたる。午後に、スポーツジムに行って、汗をかき、プールで汗を流し、帰宅して、どうしても見たい録画したビデオを見終わって、書斎に来たところである。昨日は、都内に用事があって出かけたが、気持ち的には、所沢市内の方が好きで、いろいろな用事も、車で出かけるか、徒歩か、オンラインなので、電車に乗らなくて済むから、落ち着くのだ。昨日の帰りの電車が、人身事故で遅れた、駅のホームと電車の中で、長い時間立っていたから、足が鉛のように重くなった。そんな時、誰でも我が家が恋しくなる、自宅に着くと、文字通りほっとして、暖房の効いた温かい部屋に入ると、本当に極楽のようだと思う。テレビでニュースを見ると、巨大地震とか戦争とか、悲惨な映像ばかりで、特に今時の季節では、暖かい部屋、熱い飲み物、寝袋のような寝具などが、極上の御恵みだと言うが、その通りだ。それを思えば、自分は、なんと贅沢な生活をしているのかと、申し訳なく思う。今日は、特に温かい気温で、春のような陽射しが、1階の居間や2階の書斎に入ってきて、少しばかりうとうとして、瞼が下がってくる。生きていることとは、こういうことなのか、人は、安全に平穏に暮らせる有難さにには、気が付かないようにできていて、寒さとか危険な目に合うなどの、痛みを伴う時だけ、これは困った、なんとかしてくれ、と思うようだ。都合の良いことは当たり前になり、そうでないことだけに気を取られ、不平を言ったり、嘆いたりする。ただ、今日のような暖かい日に出会うと、もう春なのか、と心が弾む。歳を取ってきたら、都合の悪いことだけに気を取られないで、良いことに目を向ければ、毎日が、心楽しく暮らせるだろう、早速実践してみよう。そして、慣れることも、素晴らしい。これも、毎日同じことの繰り返しで、惰性で生きているのか、と不足に思うのではなく、慣れることで、ストレスが無くなり、それが自分の生き方に合ってくるのだ。コロナ禍になって、生活パターンが一変したが、今は、これが一番好きで、この上なく居心地が良い、都心に電車でよく通っていたなと、今では、感心するくらいだから、慣れるとは、素晴らしいことなのだ。新聞に、車椅子慣れきし友の冬帽子(飯島博幸)の句があった。始めは、車椅子に乗ることは、よほど辛かったに違いない、どう動かしていいのか、もどかしさに、いつも不平を言って、投げやりな気持ちにもなっていただろう、しかし、どうだろう、慣れてくると、この寒い季節では、冬帽子をかぶり、足を毛布で覆って寒さを凌いでいる、どこか笑顔の表情さえ見える、としたら、世の辛さを嘆くことはないのだ、ひっとしたら、この車椅子の人は、今は幸せだと感じているかもしれない、人の幸せ度は、外からは測れないのだからと、平凡ながら思う。スポーツジムの帰り道、旧市役所の広場で、大勢の親子連れが、土曜日だからか、遊んでいた。子供は、今がすべてで、この世で一番大切な人は、ママでありパパである。どんなに貧しい家庭であっても、子供にとって両親とは宝であり、自宅とは極上の居場所なのだ、と思えば、大人は、子供から学びたい。広場で遊ぶ子供は、この上なく、幸せそうな声を上げていた。