木漏れ日

今日は、4月下旬にしては、肌寒い日で、まだ夕方なので、窓から見える空は、明るい。先程、外から帰ってきたばかりだが、なにか冬のような気配がして、道行く人も、どこか背を丸めて行き交う。近所に大きなスーパーがあって、徒歩1分程度だから、もう大きな台所のような親近感がある。買い溜めなどは、死語に近く、よほどの天変地異でも起きない限り、あり得ない。スーパーの前に小さな社があって、自分も含めて、年配者は、よく手を合わせている。願い事もあれば、すがることもあれば、感謝の報告もあるだろう、いくつになっても、これで卒業ということはなく、この世の中は何かしらの出来事が襲ってきて、人を苦しめたり、ごく稀に、喜ばせたりする。その社の前に、昔からの井戸があって、弘法大師の井戸らしく、教育委員会の石碑が立っている。その横に、大きな石があって、その石に座って、総白髪のお爺さんが、杖を持って、長い時間じっと通りを眺めていた。総白髪のお爺さんとは、まるで自分のことのようだが、もちろん自分ではない。長い時間、外が明るい間は、数時間以上、じっと眺めていたので、たぶん近所の人は誰でも知っている。スーパーの前だから、大勢の人が出入りするので、その光景や、道路を行き交う人々や車などを、よく飽きもしないで、眺めているな、と思っていたが、最近見かけなくなった。何か、あったのだろうか、と他人事ながら、少し気になる。家内に話したら、たぶん外に出られないのだろう、と言うが、元気がなくなったのか。その老人の目には、何が映っていたのだろうか、言葉は良くないが、みすぼらしいとは言わないが、洗濯したての服ではないことは確かなので、侘しい生活だろうと思う。思えば、そんな老人は、市内でも大勢いるのだから、珍しくもないが、どこかで、誰かが、見かけなくなった、という近所の噂話もよく聞く。しかし、それは、明日は我が身とは言えないだろうか、絶対に避けることはできないが、もしそのような、哀れな人生が待っているとすれば、歳を取ることは、なんと侘しいものだろうか。このことは、先のブログでも書いたような気がするが、何か救いの手はないのか、など、他愛もないことを考えていたら、新聞に、こもれびは日かげで生きるものにしか与えられないやさしいひかり(関根裕治)の句を読んで、惹かれた。そうなのか、スポットライトを浴びた若い頃とは違って、老人になるにつれて、だんだん人が去り、日影のような生活になるが、それは、木漏れ日のようなもので、その光は、まるで光の芸術のようで、そして人に優しい。木漏れ日の光に包まれると、誰でも、ほっとして、心が優しくなる。木漏れ日のような老人とは、なんと素晴らしい存在なのか、枯れてきて、この世に疲れた人に、安らぎを与え、生きる勇気を与えるとは言わないが、そっとでもよいから、生きていたい、と思わせる不思議な力を持っている。自分はとうてい無理だが、人々が社の前で、手を合わせるのは、願い事だけでなく、木漏れ日のような優しさで、そっと生きたいという気持が、あるからかもしれない。

良いことありそうな

今は、土曜日の夕方、いつものように、2階の書斎でブログを書くのだが、机の正面が西窓で、必然的に左側が南窓になる。日中は、南窓から陽射しが容赦なく入るので、白いカーテンをして遮るが、西窓は、常に白いカーテンをしているが、夕方の日差しは柔らかく、顔の真正面に陽射しが当たっても、眩しくはない。自分の背中にも東窓があって、これも、白いカーテンをしているが、書斎は日だまりのような場所で、今日と昨日は、さすがに暑さに敵わず、4月というのにクーラーをかけた。確かに、異常気象である。土日は、オンラインがないので、気が楽で、贅沢な時間を過ごしている。といっても、午前中は、講演の資料作りで、午後は、庭の雑草取りと、家内の依頼で、小さな畑を耕した、が、その気持ちの良いこと、雲一つない晴天で、少し気温の低い風が吹いて、陽射しと風の温度差が、今は春なのだ、と気付かせた。そして、スポーツジムに行って汗を流し、例のごとく、プールの後は、屋外のジャグジーに浸かって、束の間のリゾート気分を味わうのだが、どうも今日は、ジャグジーのお湯の温度が高く、長く浸っておられなかった。そして、運動した後の少しばかりの疲労感と、冷ための風が身体にぴったりで、全身を爽やかに撫でていく。今日も、そろそろ終わりに近づいてきたか、と振り返りながら、帰宅する。今朝のメールを見たら、残念な知らせがあった、と言っても、大したことでもなく、さらに自分は多少の関わりを持っているだけなので、言わば、応援席からの眺めなので、気は楽だが、それでも多少は気になる。畑仕事とスポーツジムで運動をしたので、その爽やかさと帳消しになったようで、今は、何でもない。誰も同じだと思うが、メールは、依存症ではないが、頻繁にチェックする。嬉しい知らせも時にはあるが、中には今日のような、都合の悪い知らせもある。それが当たり前で、ごく平凡な出来事である。しかし、良い・悪いは、実は、後になってみないと判断できない。都合の悪いことが、後になると、それが良かったことは、何度も経験している。つまり、今の瞬間における良い・悪いであって、常に変わるものなのだ。だから、むしろ、これからどうなるのか、楽しみにするぐらいが、ちょうど良い。スポーツジムの帰り道、三輪車に乗った幼児と母親の親子連れに出会った、幼児は三輪車に乗るのが嬉しくてたまらないようで、大人は、先行き短い老人も、幼児をモデルにして生きたら楽しかろう、と思う。新聞に、種袋振れば良いことありそうな(曽我部幸子)の句があった。どんなきれいな花が咲くのだろうか、この種袋は、その良いことがいっぱい詰まっているのか、どんな良いことなのか、振ってみたくなる、幸せの音がするのだろうか、それは、三輪車に乗って母親に見守られて動き回る幼児の姿に、似ているかもしれない。どんなに幼い子であっても、嬉しいこともあれば、面白くないことも起きるだろう、ただ、幼児が思っていることは、今が良いことであり、都合の悪いことは、微塵も頭をよぎっていない。それで良いのだ。

振り返り

今は、火曜日の夕方、まだ外は明るいが、春とは言えない寒い1日で、外に出ると、まるで冬のような天気だった。こんな日は、気持ちも晴れず、なにかしら憂鬱になるが、北陸の人々の気持ちが分かる。毎日の出来事には、嬉しいこともあれば、面白くないこともある。昨日は、都内の事務所に出かけて、事務所で訪問客と対面して、帰宅して、夕方、所沢駅で待ち合わせ、駅近辺のレストランで懇談した。レストランという洒落た店ではなく、魚を主とした居酒屋で、地元の店で飲み会などは、久しく経験できなかったが、予想通り、盛り上がった。都内の打ち合わせも、夕方の懇親会も、楽しい話題で、会話が弾んだ。この時期には、職場が変わった、新しい名刺を交換する、新しいプロジェクトが立ち上がるなど、春という季節に相応しい雰囲気があって、どこか気持ちまで若くなる。今日は、その逆で、なんとも予想を外れて、思うことが思うようにならないことが重なって、文字通り、気が重かった。それはなんだ、と聞かれても、公開ブログでは書けない、誰でも、自分が落ち込んだ内容を話したくないというのは人情で、家内ですら話題にしたくない。そんなことがあってもよい、と思えるのは、歳を取ったからで、まあ浮世のことは、光もあれば影もあり、表通りもあれば裏通りもあり、嬉しい時も悲しむこともあるが、それがそんなに大したことではないので、そうかで済ませるのだろう。この世の事は、およそ、その程度のことで、このブログでもよく書くが、さざ波のような小さな山と谷が来て、喜んだり落ち込んだりするが、やがて、すぐに忘れてしまい、毎日をこなしていくのだろう。明日は、かなり忙しく手帳が詰まっている、明後日は、他県に出張で1日中が埋まっている。だから、忘れてしまうのだ、ただ時間が過ぎていくだけではなく、そこに葛藤もある。ぼーっと過ごすなら時間が過ぎ去るが、何か仕事をこなさなければならない、それには、プラスもあればマイナスもある、いつもプラスだけにいかないことは、言うまでもないが、こうして、人は、自分とも戦いながら、時を過ごしていく、もし何もなければ、それはそれで苦しみになる、というより、最も辛い時間だろう。そうすると、人は毎日、戦いながら生きているのか、新聞に、この痛み耐えて生きねばならぬのか歎異抄読む余裕なきまま(後藤忠国)の句があった。なんと言えば良いのか、歳を取るごとに、足腰が痛み、病気にかかり、入院を余儀なくされることが、普通なのだから、苦しみに耐えることが、晩年の時の過ごす方だとすれば、なんと、この世は寂しいものか、仏にすがって、生きる気持ちを呼び起こすのか、それも分かる、この読者は、それすらもできない苦しさに耐えているようだ。ただ、短歌を詠んで、自分の苦しみを新聞に投稿したのだから、そこが素晴らしいではないか。自分も、ブログに書いて、喜怒哀楽を文章にしているが、それは、楽しさはもう一度味わい、嫌なことは早く忘れる、ような気がする。人は、外に出すことで、いつまでも囚われないで済むのではないか、短歌に読むことも、ブログに書くことも、自分をもう一度見返すことなので、すると、大したことではないと、メタ認知できるのではないか。学習の観点からは、振り返り、リフレクションと呼んでいるが、確かに、子供も大人も、生きる勇気をもらえそうだ。

お墓参り

今は、土曜日の夕方、もう4月も半ばで、土日はスポーツジムに行く曜日なので、先ほど帰宅した。あいにくの雨で、今日は朝から1日中降っているが、あいにくかどうか、植物にとっては、久し振りの恵みの雨で、今朝、家内が、小さな庭だが芝生がきれいな緑で、何か良いことがありそうな、爽やかな気持ちになった、と言ったから、なるほど、雨降りも良いことでもあるようだ。自分も、今日中にやらなければならない宿題のような審査の仕事があって、たぶん明日までかかるだろうと思っていたら、午前中、ちょうど12時に終わったから、嬉しくなって、こんなに嬉しいこともあるのか、と年甲斐もなく、はしゃいだから、家内が、怪訝な顔をした。嬉しいことは、年齢に関係ないのだ、そして、事の大小にも関係なく、やり終えた充実感、うまくいった嬉しさなど、それは、逆上がりができた子供の喜びと変わらない。昼食後に、月に1度のお墓参りに行った。習慣なので、特別な意味はないが、月に1度くらい、両親に報告やらお願いなどをすると、気が落ち着くし、感謝する気持ちが湧いてくる。自分のことは、良いことしか報告しない、子や孫のことは、お願いをしているが、どの家庭でも、似たようなものだろう。良いことを聞けば、両親も喜ぶだろうと思って、些細ではあるが、楽しい出来事を、墓前で伝えている。届くかどうか分からないが、子や孫のことでは、天まで届けよ、と思い、自分たちのことは、安心してほしい、とつぶやいている。あいにくの雨だったので、傘を差しながら、お線香を焚いたが、雨で燃えカスが白くなって、すぐに汚れたが、許してもらえるだろう。お墓の前で手を合わせると、眼前に両親がいるような気がする、内心でつぶやくとは、両親がそこにいると思うか、いなくてもつながっていることを前提としなければ、真剣にお願いするという行為が論理的に成り立たない。新聞に、ふらここや亡き妹とすれ違ふ(藤嶋務)の句があった。ふらここ、とはネットで調べると、ブランコのことで、春の季語らしい。作者は、ブランコに乗っていたら、隣りのブランコに亡くなった妹が乗っていて、すれ違った、という体験である。ふらここ、という季語を知っている人だから、相当の俳句通で、それなりの年齢に達している人で、実体験というよりも、そんな気がしたのだ。ブランコに乗れば、高い位置に来た時は、遠くの方まで見える、これまで見えない景色が眼前に迫ってくる、これまで見えなかった妹が見えるような気がした、のかもしれない。墓前でつぶやいていることは、そこに亡くなった両親がいると思って、というか、そこにいなくても、そのような気持ちで話していることなので、この作者と同じではないだろうか。その妹さんは、明るく楽しそうな表情だったか、または、その逆だったか、詮索をすることは失礼にあたるので止めるが、他人事であっても、幸せなすれ違いであってほしい。自分は、墓前では、両親を喜ばしてやりたい、と思っているので、心なしか、両親は笑っているような表情をしている。何故か、眼鏡が曇ってきた。

始まりと終わり

今日は、4月11日火曜日で、今は、夕方の時刻、2階の書斎から見える空は、明るく、昼間の残照が美しい。今日も、そろそろ終わりに近づいている。土日の他に1日を加えて、週3回のスポーツジムを自分に課しているが、今日は、予定通りに、こなしたから、有難い。運動することは、仕事や研究以上に大切なことは言うまでもなく、身体に異変が起きたら、すべてがストップする。それでも、杖を突きながら、車椅子に乗りながら、ベットに寄りかかりながら、仕事をすることはできるが、厳しい制約を受けることは言うまでもない。健康が、すべてを掌握している。だから、スポーツジムに行く、ジョギングをするなど、意識して、運動を心掛けているが、そればかりではなく、ドーパミンのような幸福感を促す分泌物が出るから、物事を前向きに捉えるようになるので、快適な精神状態になるようで、経験的にも納得する。いづれにしても、横にコーヒーを、CDプレーヤーで音楽をかけて、しかも、今流れている曲は「ゆりかごの歌」だから、浮世の憂さは、すべて流れ去っている。ただ、昨日は忙しかった。昨日は、10日月曜日で、新年度の実質的な仕事初めだった。先週は、観光旅行に出かけて、リフレッシュしたので、いよいよ今週から、仕事の予定が手帳を埋めている。昨日は、自分の所属する団体事務所のある都内、溜池山王に出かけ、虎ノ門と神保町にも出かけ、また戻って、という忙しさで、うどんの昼食が、午後4時だった。しかも、帰りの電車が、事故点検の関係で、20分も遅れて、満席だったので、50分以上も立ちっぱなしで、足が棒のように固くなった。もう、電車通勤は嫌だ、と思ったが、コロナ禍以前は、ほぼ毎日通勤していたので、信じられない。今となっては、元に戻れない、とは言うものの、昨日から、心機一転して、また頑張らなければと思いながら、世の中は、日々動いているから、新しい問題が出てきて、対面でないと無理なこともあるから、事務所に行くと、掃除ロボットが、スイッチボタンを入れられたかのように、頭が回転し始め、早口になり、事務所モードになるから、人間の環境適応能力は、優れている。こうして、毎日が過ぎていくのか、昨日の新聞に、こんな句があった。始まりも終わりも東京駅の春(今泉準一)は、地方から東京に就職した人か、大学に入学した人か、東京駅が、出発であり終わりでもある、と言われてみれば、なるほどと同感する。始まりは、よしやるぞ、と心を燃やし、終わりの時は、現実は厳しいと嘆くのか、故郷に帰って、束の間の休息を取ったら、また東京駅に戻って、頑張るのだ、と思うのか、東京駅は、この詠み手の、心の拠り所であり、嬉しい時も悲しい時も、羽を広げる時も閉じる時も、黙って見てくれる故郷かもしれない。春とは、始まりと終わりの切り替えスイッチの季節である。

平凡な庶民

今日は、4月8日土曜日なので、ブログを書く曜日なのだが、少し事情が違う。つい先ほど、旅先から帰宅した。3月31日まで、理由は分からないが、忙しくて、忙しくて、という生活だった。もちろん、有難いことなのだが、自分は、4月になったら必ず旅行をしようと計画していた。今回は、沖縄に行った、文字通りの観光旅行であり、定番のJTBに申し込んで、旅を満喫した。本音は、観光をしたいというよりも、忙しかった我が身への褒美であり、それほど永くもない、これからの人生を思えば、元気な内に、リフレッシュすることも悪くないからで、家内と2人で出かけた。もちろん、沖縄は、観光旅行も、そして仕事で何度も訪問しているから、名所旧跡はほとんど知っている。琉球大学で集中講義もしたから、そのリラックス感が、どこかノスタルジアを刺激するようで、ずっと忙しかったから、あの昔の気分を味わいたい、と思ったのだろう。4月10日の週から、いろいろな仕事が入ってくるから、4月の始めの週が、最も余裕がある時間で、この週をおいて他はないと思ったのだが、正解だった。研究も面白いが、頭の芯を使っている感じなので、脳もバネと同じで、引っ張り張力や弾力性が弱くなって、柔軟性がなくなるような気がする。ある時期に、離れるほうがよい、ただ、旅行に行っても、メールなどはチェックする必要はあるが、他は、もう忘れるほうがよい。ここで、観光の話をするつもりはない。沖縄まで、飛行機で2時間半もかかるとは思っても見なかった、だから、飛行機の中で映画を見るとは、これも意外だが、しかし、内容が素晴らしく、これも意外で、何もかもすべて予想外だった。ホイットニー・ヒューストンの物語で、実話に基づいた、世界の歌姫と呼ばれた、天才歌手の48歳という短い一生を、その栄光と挫折を描いていた。恥ずかしながら、自分は、この有名歌手を知らなかったが、壮絶な生き方であり、天性の美声で世界中の人々を、魅了した。最後は、薬物依存症で、ホテルで死亡したようで、最後のシーンを見て、この人の人生は、本当にこれで良かったのか、もっと楽しい生き方ができただろうに、と思った。何故か、歌手や俳優やスポーツ選手など、華やかな仕事をしてきた人は、概して、家庭生活が幸せではないような気がする。理由はいろいろあるだろう、ただ、彼女は、歌うことが好きで、それを天職にしたのだが、巨万の富が手に入ると、平凡な家庭生活とは矛盾するのか、両立が難しいようだ。エンターテナーは、市井人とは別の世界に生きているので仕方がないが、彼女は、暖かい家庭が欲しかった、暖炉のある居間で、子供がいて、学校のことや夕食のことや、何でもよいが、他愛のない話をして、ほっとしたかったのではないか、と思う。それは、平凡であること、自然であることに、他ならない。平凡な生活でも、小さな波がやってきて、毎日を、苦情をいいながら、それでもいいか、と思いつつ、たまに観光や温泉に行ったり、愚痴も言いながら、時々嬉しいこともあったりして、日々を過ごせることは、どんな巨額の富を持っている人でも憧れる生活なのだ、と確信した。歳を取れば、身体も弱くなり、病気になったりするが、楽しい旅行に老夫婦で出かける喜びもある。小さい波が良いのだ、それは、乗り越えられるからなのだ。新聞に、ふきのとう茶漬けに食すこの春はふるさと遠くひとりの朝げ(寺岡芙聖子)の句があった。お茶漬けでも、幸せを感じる瞬間がある、そして連れ添いがいなくても、なんとか生きていく力を持っている、決して薬物やアルコールに溺れない、確固たる生きる力を持っている、それが、平凡な庶民の生き方なのである。

頑張ろう

今は、4月3日月曜日の夕方なので、ブログを書くには、1日早いのだが、明日の夕方は、時間が取れない。例のごとく、書斎のパソコンに向かって、正面が西窓なので、明るい空が見える。明るいというか、少し赤みがかった色、明治の頃のガス灯のような、東南アジア、フィリピンとかベトナムなどの街灯のような色合いだが、心落ち着くのだ、ホッとする時間が好きで、そんな時刻に、ブログを書きたい。だから、早朝や深夜では、雰囲気が出ない、たぶん、若者や働き盛りの人なら、それでもいいが、自分の年齢では、この時刻が一番良い。今日は、朝30分ほど、書斎の書類や書籍の片付けをした。数時間をかけた大掃除は、疲れる、だから、数日を使って、少しずづ片付ける、それは年末ではなく、年度末にするだが、言うまでもなく、そのほうが書類も不要になるからだが、3日間で、かなり片付いてきた。少しでも整理できると、部屋の見栄えが違ってきて、まるで散髪に行ったような雰囲気で、身綺麗になる。頭髪でも、部屋でも、きれいさっぱりするのは、誰でも嬉しい。それでも、床屋の主人に聞くと、コロナ禍以降、客が減少した、という。職場に行かなくて良いと思うと、散髪しなくても構わない、と思うらしく、足が遠のくようだ。自分は、手帳に書いて定期的に行くが、耳辺りに頭髪が触って、どうも落ち着かないので、1ヵ月か5週間に1度くらい、通っている。予約しているので効率的で、髭に当たる時などは、身体がほとんど真横になって、蒸しタオルが顔に覆いかぶるので、必然的に快眠の時間となる。ぐっすりと寝た後に起きた時の快適さは、申し分ない。すっきりとして帰宅するのだが、身綺麗にすること、部屋も同じように片付けることは、素晴らしいことなのだ。どこからか、元気が出てきて、年齢を忘れて、活動的になる。今日は、風が爽やかで、少し気温が低めの、肌寒いような感じだが、頬を横切る風が、背筋をピシッと伸ばして歩くように、軽快な感じがする。ああ、春だな、何もかも新しくなる、会社では新入社員が、大学では新入生が、希望を抱いて入ってくる、入社式も入学式も、プロ野球のリーグ戦も始まり、リフレッシュしたのだ。耳元に髪切る音や風光る(臼井正)の句を、新聞で読んだ。風光る、の季語は、早春の頃だそうで、3月の始めの頃らしいが、散髪をしてもらうと、耳や首に風が当たると、少し寒いのだが、身体がシャンとして、心も背伸びをするようだ。4月3日、近所の桜は、ほぼ葉桜になり、ピンク色の花びらで彩られた公園や道路が、桜が真っ盛りだった名残を残している。日本には、なんと素晴らしい季節があるのだろう、昔から、桜を愛で、宴をして、この世を楽しんだのか、そして、それが終わると、新しい年度が始まる。日本人に生まれて、良かった。元気を出して、頑張ろう。まだまだ、楽しいことは、いっぱいある。

足し算

今は、4月1日土曜日の夕方で、先ほど、スポーツジムから帰宅したばかりである。いつも、書き出しが似たような文章になるのは、夕方だから仕方がないが、ホッとする時刻で、書斎の西窓から外を見るのが好きだ。季節の早さに驚くが、今日は4月1日で、新年度の始まりである。スポーツジムの行き帰りでは、いろいろな事が頭に浮かんでくる。プールで泳いでいる時もそうだが、泳ぐときは、ターンの回数を数えているので、あまり複雑なことは考えないようにしている。考えると言っても、ほとんど雑念に近いが、あの案件はどうだとか、あの資料はどうだとか、仕事のことばかりだ。歳を取っても、仕事に生きるのは良いが、現役の頃から、ズッーと同じような気がする。だから、子供たちが、何でも良いから、仕事をさせておけばボケないから、と家内に言っているらしい。それは、事実だろう。ただ、今の自分は、昔のような現役ではない、現役の定義は知らないが、決まった時刻に出勤し同じ時刻に退勤するようなスタイルではない。コロナ禍以降、オンラインになって、出勤という概念もなく、自宅の書斎が仕事場である。仕事も、どこからかオファーがあって、その依頼に対して仕事をするスタイルなので、非常勤であり、フリーランスとも言えるが、自由業の用語が気に入っているので、人には、団体役員か自由業と、多少の格好をつけて言っている。その点は、タレント業とも似ている。彼らも、決まった給料ではなく、オファーによって仕事をしているので、非常勤で自由業だとも言える。だから、忙しい時と暇な時の差が、激しい。いつオファーが切れるか、一寸先は闇のような世界に生きているから、オファーがあると、どんな内容であっても、決して断らないと言う。自分も青色申告をしているので、源泉徴収票を見ると、給料の記載もあるので、よく分からない。いづれにしても、今の自分の境遇が気に入っている。当然ながら、年齢と共に止める仕事もあれば、新たなオファーもある。好きな面白い内容もあれば、苦手でやる気のおきない内容もある、そして、うまく行く時と行かない時がある、のは、世の常である。自分も例外ではない。今日も、行き帰りで、面白くないこと、うまくいかないこと、などが脳裏をかすめたが、それでも、こうして、スポーツジムに通えるだけ、帰宅したら、夕食が食べられるだけ、安らかに身体を休めるベッドがあるだけ、幸せではないか、と思ったりする。今日は、最近のオファーを考えながら歩いたが、これは楽しい。過ぎ去った、終わった仕事のことは意味がない、これから始まる仕事のほうが面白い、常に、足し算で考えるほうが、楽しいのだ。新聞に、検診の数値主治医に褒められて花屋の春にちょっと寄り道(緒方英精)の句があった。いくつになっても、褒められることは嬉しい、数値が良くなることは、足し算なのだ。引き算もあるが、それは勘定しなくてもよい。昔は、よく家内から、あなたは反省病だ、と言われた。今は、言われなくなった。現役と自由業の違いなのか、責任の重さの違いなのか、否、どうも歳と共に、引き算から足し算の思考が多くなってきたからだろう。

枯れていく

今は、3月29日水曜日の夕方、書斎の窓から見える西空が、まだ明るい。平凡ながら月日の経つ早さに、驚かされる。もう3月も数日で終わり、新しい年度を迎える。ブログは、昨日書く日なのだが、例によって、時間が取れず、今日に持ち越した。3月中は、忙しく、年度末と言うこともあるが、理事会などの会議や、学会の大会や研究会、原稿や報告書等の締め切りなどが重なるので、忙しいのだが、およそ、3の倍数月は、なにかと儀礼的な会議が重なる。次は6月だが、会議や締め切りなどで、せかされる、そうして、いつの間にか時間が経過していき、嬉しいことも、苦しいことも、いろいろな思いを乗せたまま、快速電車のように走り去る。これが人生か、と嘆息しても仕方がない、忙しいだけ幸せなのだから、と思えば、反面、感謝する。今日は、数週間ぶり、だと思うが、スポーツジムに行った。ずっと行けなかったから、何か新鮮な感じがしたが、このジムには、小さいながらゴルフ練習場があり、プールがあり、筋トレマシーンがあり、ヨガ施設があり、と豊富な設備が揃っている。以前は、筋トレをよくやっていたが、あれは我慢比べのような精神力が必要なので、今は中断している。ランニングマシーンよりも、晴れた日に街中をジョギングするほうが、周りの景色に癒されて、楽しい、時に、口笛を吹きたくなるような気持にさえなる。この年齢になると、楽しい時間の積み重ねが、生きている時間から引き算すると、極めて貴重になることは、言うまでもない。だから、筋トレやランニングではなく、下手なゴルフの練習をして、その後、汗を流すために、プールに入って泳ぎ、ジャグジーに浸かりながら、街中を見晴らし、リゾート気分を味会うほうが、良い。下手なゴルフと書いたが、その通りで、下手な、という形容詞を付けないと、とても人様には言えない。誰でも、同じような思いをするのかと、新聞を読んで知った。みづからを運動音痴と人前で言へたる歳となりにけるかも(原田浩生)の句の作者も、自分と同じような心境らしい。運動音痴は、小中学生の時、特に男の子にとっては、勉強ができないこと以上に、悩みであって、それはコンプレックスである。中高生の時代は、勉強の成績で優劣が決まり、厳しい振り分けが始まる。世の中に出ると、学校の通信簿とは別の厳しい評定が下される。業績という名の評価によって、否応もなく烙印を押され、それが生活レベルまでも規定するのだから、同情などの余地はないのだ。しかし、人生の終わりのページに近づくと、足腰が弱ったり、入院生活を送ったり、仕事を引退したり、老後の文字が現実味を帯びてくると、誰もが同じような生活を送る。つまり、勝った負けたではなく、誰もが似たような平等的な世界に住むことになる。すると、運動神経の良し悪しだの、学校の成績のことなど、ほとんど意味がなくなってくる。意味があるのは、日々をつつがなく、できるだけ楽しく過ごし、子や孫が幸せになることを願い、大波が来ないように、平穏であることぐらいだろう。野心に燃えて、などは、どうも相応しくない。振り返ってみれば、自分は、特に大きな不安はなく、徐々に歳を取っていくようで、この地に住み、このままで生きれたら、これ以上の贅沢は要らない。それは、枯れていくことなのか。

若さ、その2

今は、3月25日土曜日の夕方、春とはいえ、まるで冬に戻ったような肌寒い気温である。今日の午後は、ずっとオンラインでの発表会に参加した。それが終わったら、終日椅子に座りっぱなしでは、身体が硬直するので、小雨ではないが、傘をもって、ジャンバーを着て、散歩して帰ってきた。と言っても、20分も歩いていないだろうが、近所の神社に行って、桜を観て、小さな公園に、数人の子供たちが遊んでいる光景を見ながら、戻ってきた。桜も、連日の雨で、満開を過ぎて散り始め、花びらで小道にまだら模様ができている。寒い、と言いながら、帰宅すると、ほっとして、グレープフルーツを食べた。好きなのだ、少しでも身体を動かさないと、と思い、身体を動かした後は、酸味が欲しくなり、それを食べながら、家内と話す。給湯器が壊れて、業者が点検をしている時で、たわいもない平凡な話をすると、半時間くらいは、すぐに経ってしまう。それで、ブログを書く時間だ、と2階に駆け上がった。今日は、どんな日だったのか、先ほどの発表会は、高校生だった、優れた内容で、すべてが胸に入ってきた。それぞれの発表に、専門的な立場の先生がコメントをして、最後に、自分が総括的な話をして、主催者の挨拶で終わったが、3時間近くかかった。その間、よく飽きないな、と思うが、まったく退屈することは無かった。何故だろうと思うが、高校生だからからもしれない。若いとは、純粋で、怖さを知らず、真っすぐで、失敗を乗り越えていく、その姿に、大人は惹かれるからだろう。この前のブログも、似たような内容を書いたかもしれないが、自分の年齢からみれば、高校生などは、宝石のように光り輝いている、思えば、自分は、若い人を相手に、仕事をしてきたのだから、世間の皆様には、申し訳ないような、幸せな時間を過ごしてきた。そして、今でもその延長で、仕事をさせてもらっている。だから、講評で、最後に、思わず、高校生諸君、ありがとう、と、つい言葉になった。本心だから、構わないだろう、別に、若者に、お世辞を言ったのではない、自分にないものに触れた時、人は、相手に敬意を抱き、自然に、感謝の言葉が出て、頭を下げたくなる。新聞に、放課後の校舎の階段を上下するリュック背負った山岳部員(久保田洋二)の句があった。部活の光景である。よくまあ、重いリュックを背負って、さぞかし、胸も足も苦しいだろう、息も切れるだろうに、そんなことをして面白いか、という馬鹿な質問は止めよう。山登りが好きな人は、それがこの上なく楽しい時間なのだ、それにしても、若いとは、なんと純粋なのか、それほど夢中になれるのか、高校生の頭によぎるものは、大学受験でも、期末試験の結果でも、人間関係でも、家庭の事情でも、すべて関係なく、ただただ、歯を食いしばって、夢中で、階段を上下する運動だけである。若さとは、なんと魅力的なものなのだろうか。