変わらぬ生活

今は、火曜日の、まだ外は明るい夕方である。このブログを書いて、その後お風呂に入って、その後、夕食ではなくてオンライン会議が入っている。午後7時から9時までだから、当然、空腹になるが、その後、夕食である。それは、一杯飲みたいからで、先にお腹を一杯にして、会議で頭を使って、さて一杯やるか、というわけにはいかない。仕事も片付けて、お風呂にも入って、すべて終わって、美味しい夕餉になるのが、事の順序だろう。午前中は、学校訪問があって、午後は、先ほどまで市役所の6階で会議があって、帰宅したところである。コロナ禍になって、すっかり生活パターンが変わってしまった。それまでは、都内の事務所に電車に乗って出かける、ハンを押したように、定時に家を出て、ほぼ定時に帰宅する毎日だった。時々、出張が入ったり、会合で遅くなったりするが、逆に早めに帰宅することは、ほとんどない。つまり、典型的なサラリーマン、というか、団体役員と自称しているが、的な生活で、朝の通勤電車で、なるべく座れるように、時刻と電車の乗り場所を工夫する毎日だった。事務所に着くと、いろいろな仕事をして、ああ、自分も団体役員か、と、まんざらでもなく、満足して通勤していた。お昼は、行きつけの、サラリーマンで一杯の店に行って、美味しい蕎麦やうどん、カツ丼、パン、パスタ、カレーなど、およそ定番の食事をして、それは楽しみな時間だったが、という、生活だった。世のサラリーマンとは、こんなことか、と思っていたが、今は、まったく違う。書斎が仕事場であり、オンラインがほぼすべて、お昼は外食ではなく、1階の居間で食べて、近所の店で買ってくる、サンドウィッチ、肉まん、石焼き芋、インスタント蕎麦やラーメンなど、およそ、質素な食事である。運動をしないと、と思って、お昼に、短い運動をすることもある。2月は、いろいろ忙しく、出かけることも多かったが、普段は、都内への電車から、市内で車での移動が、中心になってきた。そして、慣れた。もうすっかり慣れて、電車にはなるべく乗りたくない、なるべくオンラインで済ませたい、今日も、夜の会議は、オンラインにしてもらったが、そんな生活をすると、自分は、所沢市民なのだ、という意識が強くなって、この生活は、自分に合っている、ずっとこうして生活して、このまま往生したい、などと思うようになる。コロナ禍以前から、ずっと以前から、こんな生活をしていたのか、と思うくらいで、お前は、変化がなくて、凡庸な生活が好きか、と言われても、はい、そうです、これが気に入っています、と答えたい心境なのだ。車に乗って市内を移動すると、仕事だという意識も薄らいで、このまま温泉地に行ったら、楽しいだろう、など、不謹慎なことを考えることもある。庶民の生活とは、こんなものではないのか、昨日は、都内で仕事があって、珍しく都心の赤坂で懇親会があって、深夜に帰宅した。だから、眠いはずだが、朝5時起床の目覚ましで起きて、普段と変わらぬ生活を送っている。変化があること、それは素晴らしいことだが、変わらないこと、それも、満ち足りた、小さな幸せではないか、と思う。新聞に、降る雪や昔ばなしをするように(小山内豊彦)の句があった。日本海側辺りで、雪が降る日は、昔に聞いた話を思い出すのか、いつの時代も変わらない生活なのか、太平洋側から見れば、大変だな、と思うかもしれないが、雪掻きをし、雪道を作り、仕事に出かけ、暖かい我が家に帰る、という平凡な生活だが、ずっと変わらぬ生活で、その中に、これでいいのだ、柱に背をもたれて、うつらうつらして、音楽を聴いたり、テレビ番組を見たり、という想像をした。とすれば、電車通勤も良し、在宅勤務も、また良し、都内の事務所から出かけるのも良し、市内を車で出かけるのも、また良し、今の生活を味わってみると、それは、案外、幸せに包まれているのかもしれない。

仕事と趣味の間

忙しかった1週間の終わりになって、ホッとする日が土曜日だが、こんな日にブログを書くのは、有難い。ブログと言えども、誰も読んでいないわけではなく、他人の目に入ることを思えば、なんだ時間を損したとか、元気がなくなった、では困るので、少しは、明るい話題にしたいと思う。とは言っても、近所を見渡せば、高齢者が多く、それは日本全国の何処でも見られる現象で、このままでは未来に希望が持てない国になってしまうので、国は、異次元の少子化対策を模索している。大いに結構、と同時に、高齢者も元気になるように、年齢に関係なく、異次元の高齢化対策をすべきだろう。これまでの経験を生かせば、世の中に貢献できることが多いので、子供の見回り隊だけでなく、多様な仕事を開放して、テレビの番人だけの生活から脱却する施策が望まれる。誰も好んで、テレビ画面にしがみついているわけではない、仕事がないから仕方なく、という反論が聞こえてきそうだが、因果関係は、仕事と高齢者の双方向のような気がする。比較的若い人も、早く引退したいとか、定年が待ち遠しい、とか、フリーランスになりたい、とか、どうも、覇気がないようで、例え、仕事があっても、逃げたいという気持ちが強いようだ。自分の仕事が特殊なのかもしれない、と思うのは、今日も、平日と変わらない仕事だが、ただ土日はスポーツジムに行く頻度が高いが、それは、ほとんど趣味のような世界だからだと思う。午前中に原稿を書いた、すぐに返信が来て驚いたが、編集者と自分の間に、原稿を介して通じるモノ、それは、趣味の世界で通じる共感のようなモノで、そうそう、それだよ、とか、あれあれ、で通じる世界なのである。それは、長い間連れ添った夫婦の会話のような感じで、大学院生などが5年以上も研究室にいて、一緒に過ごしていると、あれは面白い、と言って、そうだ、と共鳴したら、かなり本物に近くなっている。つまり、あれとか、面白い、とか省略語や代名詞で、通じるのである。それは、趣味も同じで、あれ、それ、面白い、詰まらない、がお互いに了解し合っているからである。そのためには、永い期間を必要とする。高齢者は、永い年月を生きてきた、その間に獲得した知識や知恵、技などは、まんざら捨てたものではない。新聞に、枝打の漢(おとこ)身軽や若からず(兼子嘉明)の句があった。そう言えば、自宅の外装をしてもらった職人さんや、自宅の改装を請け負った大工さんも、高齢者だったが、その身のこなし、その技の凄さ、出来ばえの見事さ、など、どれを見ても一流だった、文字通り、年季が入っている、と感嘆したことがある。こんな技術を持った人には、引退とか年齢制限などは不要である。その職人さんも、たぶん、趣味のような感覚を持っているのではないか、と思う。自分が、その域に達して、書いているのではなく、永い間続けていると、仕事とか趣味とか遊びとか楽しさとか苦しさなどの垣根が無くなって、言葉も要らない世界になる、と言いたいのである。もう、窓の外は暗くなった。明日は日曜日だが、一日中都内で仕事の予定で、朝早くから出かけるが、半分は遠足気分でもあるし、緊張感もある、境界が無くなっている。

茜空

今は、外は漆喰の暗闇、今日は変則的に、先にお風呂に入って、ブログを書いている。その後で、夕食になる。明日火曜日辺りが良いのだが、今週は忙しく、明日は、朝から夕方まで出張が入っているので、今日にした。今日も、4つのオンライン会議があったが、それでも昼間に1時間半くらいの隙間時間があったので、ジョギングをした。ジョギングは久しぶりで、どこか心弾む、帰宅すると、この冬でも汗をかく、すると、下着を変えたくなる、それなら、お風呂に入って、その後、ブログ書きという時間順序になった。最近は、スポーツジムに行っても、ランニングマシーンはあまりやらない、マシーンを使った運動は、周りの風景が固定されているので、変化がなく、文字通りトレーニングになって、我慢比べのように感じるからである。どこか、楽しみがないと、面白くない。ジョギングなら、周囲の光景が変わる、いつの間にか、広い敷地の農家に、アパートが立ち、大家の家は、お屋敷と呼びたいくらいの邸宅になっている。そうか、今は、土地を持っている農家が、一番のお金持ちで、優雅な生活ができるのか、自宅の近所でも、マンションを所有している家などは、昔からの土地持ちで、サラリーマンや公務員など、桁が1つも2つも違う。すごいな、と思いながら、小川の横の小さな道に添って、ゆっくり走るのだが、小川には、カモや白鳥、だと思うが、見ることができる。今日は、西向きだが、公園があって、そこに大勢の子供たちが、サッカーやドッチボールに興じている。それを眺めながら、その横に老人施設があって、ひっそりとしている。いつも不思議に思うのだが、お年寄りが大勢いるのだから、公園に出て、子供たちの元気な様子を見れば、楽しいだろうに、と思うが、外に出ている姿を見たことがない。自分は、ゆっくりとはいえ、走りながら、まるで田舎から都会に出てきた、お上りさんのように、きょろきょろして、風景を楽しんでいる。風景の中でも圧巻は、空だろう。冬の空は、乾燥していて、青空の青さが透き通るようで、そこに、グレーに混じった白い雲が、西空にも東空にも、広がっているが、冬として正統的な晴天で、空気がピリッとしている。この時間では、少しだけ、西空に茜がかった雲が見えるが、それは見とれるような光景で、今、自分は何をしているのか、もし自分が、先の老人施設に入っていたら、もし帰る家が無かったら、もしホームレスで食べ物が無かったら、どこか雨露を防ぐ場所はあるのだろうか、など、途方もない空想が浮かんくる。時折、ジョギングをしたり、スポーツジムから帰る時など、そんな現実味のない恐ろしいような空想をすることがある。たぶん、今はそんなことはない、という安心感を確かめたいのかもしれない。新聞に、寂しさに極上もあり寒茜(小沢隆)の句があった。もし、自分が老人施設に入っていたら、西空を眺めたら、冬の冷たい空に、茜色の夕焼けが見えて、なんと美しいと思うのだろうか、それとも、夕日の美しさが、我が身の寂しさや侘しさを、より一層深く感じさせるのだろうか、美しければ美しいほど、ある場合には、残酷な思いをさせるのかもしれない。自分は、まだ大丈夫だと思うが、もし惨めな境遇になった時、否、老化現象は確実にやってくる、体力も知力も気力も衰えていく時、美しすぎるような茜空を見たら、どう感じるのだろうか。とは言うものの、今が良ければいいではないか、これから、夕食が待っている。そう思えば、まだ楽しい。人は、あんがい楽天的に生きているようだ。

安堵感

今週は忙しい、来週も忙しい、なぜか、イベントや仕事などで、手帳が埋まっている。今日は、先ほど、オンライン会議が終わったが、別に難しい内容ではなく、これで、今日、ブログを書く時間ができて、ほっとしている。昨日は、夜遅く帰宅した、対面での会議が都内であって、帰宅時刻が11時近くだったので、お風呂も入らず、ウイスキーを飲んで寝たので、今朝は寝不足だった。ここ数日、朝の冷え込みが厳しいので、朝起きて、エアコンをつけても、しばらくは寒い。我が家は、エアコンの他に、石油ストーブがあるので、その傍に行って、火鉢に手をかざすように、石油ストーブの前に行って暖まっていると、老人そのものになる。確かに老人だが、どうも気分がそれについていかないようで、昨夜のように、遅く帰宅すると、若い頃のような、高揚した気分になる。忙しかった1日を、飲みながら、振り返ると、いろいろなシーンが脳に浮かんでくる。一昨日は、大一番だった、午前中は、市内の先生方に配信するビデオの収録を教育センターで行い、午後は、市内の学校の研究発表会に行って、講演をして、帰宅して、午後6時からオンラインでのセミナーがあって、ホスト役を務めた。昨日は、朝から夕方まで、気を遣うオンラインでの審査があって、終わってすぐに、都内の会議に出かけ、夜遅く戻ってきたから、現役の頃の仕事ぶりと同じだった。そんな時、人は、頑張った自分を振り返って、その余韻を楽しむのだろう、ウイスキーの水割りかオンザロックが、ほろ酔い気分にさせて、どこか安堵感をもたらしてくれる。それは、どこか嬉しいのだ、自分はまだ大丈夫なのか、外は極寒の気温であっても、胸の内は、温かさに包まれて、自分でも、少しは役立ったと、嬉しさで満たされる。今日は、このブログを書いたら、お風呂に入って、夕餉に向かう、今夜も外は寒く、小雪が舞うかもしれないが、部屋は暖かく、その後、録画しておいた朝ドラをまとめて見るが、これが金曜日の習慣で、家内も楽しみにしている。こんな小さなことでも、子供のように、はしゃぐ気持ちになる。事の大小に関わらず、楽しみにしていること、大切にしていること、があれば、楽しく生きていける。安堵して深酔う父を忘れない農継ぐと我が告げたその夜(鈴木興山)の句を、新聞から引く。父親は、心から安堵したのだろう、息子が自分の後を継いでくれた、自分が大切に守ってきた農業が、また続いていく、継いでくれとは言えないが、それを察してくれた、その嬉しさの余韻を味わいたくて、少し飲み過ぎたのか、朴訥で優しい父親の姿が目に浮かぶ。文脈は少し逸れるが、気持ちはよく分かる、外は寒くても、暖かい部屋に、親子は、温かい気持ちで一杯だったろう。そうか、安堵するとは、こういうことか、自分も、束の間の安堵感を味わった。

若い頃のように

今は、火曜日の夕方、よりも、夜に近い。今日は、忙しかった、昨日も、いや今週は、ずっと忙しい。この歳になって、と思うが、何故だろうか、いろいろあって、いろんなオファーが来て、いろいろな役割が来て、という、誠に有難いことだが、少し不安になる。明日は、明後日は、大丈夫だろうか、と思って、なんとか時間をやりくりしている。審査系の仕事は、最重要で、決してミスはできないし、主催が国の省庁であれば、どこか威信を背負っているので、公平に、公正に、と思うと、手が抜けられない。昨日は、エンジン全開で、脳をフル回転しないと、追い付いていかない、と言っても、詳細を書かないと、たぶん理解できないだろうが、お許しいただきたい。今日も、先ほど、委員会から帰ってきて、先ほどまで、明日の準備をした。本音は、少しでもいいので、ジョギングをしたかったが、とても無理なので、書斎でパソコンに向かったが、資料を出すと、あれこれと考えが交錯して、時間ばかり経つが、気に入った出来ばえではない。もう時間切れと思い、ブログ書きを明日に伸ばそうか、という声、たぶん、それは悪魔の囁きなのだが、この甘言に引っかかると、すべての歯車が狂ってしまうので、手帳の時間割にしたがって、行動するしかない。明日は大一番で、夜まで詰まっているので、ブログを書く余裕はない。昨日を振り返ると、忙しかった、そして、オンラインでワイワイ議論して、まるで子供のように、若い頃のように、参加者全員が、どこかはしゃいで、画面の向こうの皆の顔が、輝いて見えた。たぶん、自分もそう見えただろう。この年齢になると、役割が、コーディネータとか司会者なので、全体を仕切らないといけないが、それがうまくいくこと、それは、自分ではないのだ、参加者の嬉しそうな顔を見たいのだ、場の盛り上がりと言ってもよいが、それが証拠なのだ、自分への通信簿なのだ。先ほどの対面での委員会も、同じような光景が見えて、今日の会議に参加して良かった、という思いが、全員に感じられた時、自分の役を果たしたことになる。そんな状況がずっと続いていて、華やいだ気分になっている。しかし、この世の中は、そんなことは、いつまでも続かない、たぶん、どこかで挫折したり、落ちこんだり、健康を害したりするだろう、それでもいいのだ、現在の状況の中で、全力で取り組むしか手はない。すると、不思議に、タイミングに恵まれて、物事はうまくいく、詰まらぬ妥協や遠慮はいらない、ただ真っすぐに、正直に、純粋に取り組むだけなのだ。若い頃とは、そんな生き方をする時かもしれない。新聞に、姉さんがジェームス・ディーンをまだ語る八十歳の目を輝かせ(四方護)の句があった。あの頃に戻ったような、青春を懐かしんだのだろう、それもいいのだ、その時代の喜びが戻ってくれば、今を楽しく生きられる、青春は、いつでも、手に入れられる。

図書館の分室

今は、土曜日の夕方、スポーツジムから帰宅したばかりで、書斎の窓から見える西空は、まだ明るい。風は強かったが、快晴の天気で、典型的な冬空である。プールで泳いで、屋外にあるジャグジーに身を沈め、青空を眺める気分は、解放感で満たされる。ジャグジーの横に、ガーデンチェアがあって、そこに腰を降ろして、街の様子を眺めたいが、この強い冬の風に当たるのは、さすがに避けて、室内のサウナに入って、汗を流した。と言っても、気休め程度の時間だが、束の間のリゾート気分になる。シャワーで身体を洗い、帰り支度をする。帰宅する方向は、西向きなので、歩いていくと、西空の方角に明るい陽射しがあって、雲を照らすので、白色と灰色が混じった雲が、西空を覆っている。冬の夕方か、と思いながら、帰宅途中に、市立図書館の分室があって、ふと中を覗いてみたくなって、入った。雑誌や新聞のコーナーがあって、かなりの人が、読んでいる。図書館は、当たり前だが、話す場所ではないので、誰もが黙って読んでいる光景は、冬に合っている。ここに来て、本などを読んだ経験はないが、新聞でも雑誌でも、今月、先月などに分類されて、膨大な量が陳列されているので、調べ物をしたい時には、好都合だろう、と思ったが、インターネットの時代に、新聞や雑誌でもないだろう、と気付き、では何故だ、と言えば、時間潰し、ということになる。自分も、仕事が無くなったら、今の団体役員のポストを辞退したら、原稿などの依頼が来なくなったら、委員会の委員などのオファーが止まったら、この図書館に来るかもしれない、所在ない時間になるのだろうか、すると何が生きがいになるのか、などと思いが広がった。自分の同僚など、多くの年配者は、それは一大事であって、それで苦しんでいる。思えば、小さな仕事があるだけ、小さなオファーがあるだけで、大きな幸せを感じることができる。それでも、人は我儘な生き物で、仕事が思ったようにいかない、相手の人が動いてくれない、などと不平を言う。そして、時間が経ってみると、そのほとんどは、自分の力量不足から生じることに気が付いて、ああ、自分も歳なのか、などと決まり文句の愚痴を言うようになる。好々爺とか悟りを開いたような人になれないことは、当たり前である。だから、水戸黄門のような人物に、人気があるのかもしれないが、番組は、願望の作り話なので、現実にはならない。さて、どう生きるのか、と言っても、仕方がない、目の前にあることから、やっていくしかないのだろう。小さな不平を言いながら、少しばかりの自己卑下をしながら、少しずつ、進んでいくのか。とすると、昔の人は、偉かった。クラークの指差す指に積もる雪(藤林正則)の句を、新聞から引く。作者は札幌市と書かれていたが、志を持っている人は、些細なことには拘泥しないのか、自分の住む市内は、冬の風程度だが、札幌では雪景色になるのだろう、作者は、このクラーク像を眺めて、何を思ったのか、偉人にあこがれたか、自分には、到底無理だと思ったか、元気をもらったのか、寒い冬の季節は、自分を振り返させて、何かを感じさせる。小さな自宅の庭に、緑色の雑草があちこちに見えてきた、ピンクの梅の花が、ちらほら咲いてきた。もうじき、暖かい春が来る。

冬の小雨降る寒い日

今は、16日月曜日の夕方、外はもう真っ暗で、冬の暮れは早い。明日は夕方にオンラインが入って書けないので、今日に移した。今日は、朝から3つのオンライン会議があって、午後の会議は重要だったが、終わって、眼科クリニックに行って、検査をしてもらい、帰宅したばかりである。今日は、朝から小雨が降って、体感温度はかなり低く、曇り時々雨の天気は、空全体がどんよりとして、誰でも、少し鬱っぽくなって、こんな日に元気一杯などというのは、子供くらいだろう。ただ、今は、ブログ書きという気楽な時間なので、部屋の中にいると、エアコンの効いた温もりと、横のCDプレイヤーから流れる音楽、古いラジオ歌謡や童謡に、癒されて、ゆったりとしている。今日も、いろいろあった、仕事の事では、自分の所属する団体のスタッフ、午前の会議では、自分と関わっている企業の担当者、午後では、大学や企業や官庁の専門家、などと一緒に仕事をして、この人たちは、本当に優れた力を持っている、自分は、とても及ばない、と思うことが多い。それは、結構なことではないか、もう永い間、研究をし、論文も書き、対外的な仕事もし、そして、若い世代や、仕事盛りの人達の力量を、敬服するのは、人生の先輩として、老人の在り方として、悪くはない、もうバトンタッチの時期ではないか、と思うのだが、そこが世の中の難しさである。もちろん、そのつもりで、そのような立場で、発言したり、対話したり、挨拶をしたりするのだが、こんな曇天の寒い日には、むしろ、自分の能力の無さに、なんとなく、引け目を感じるのは、何故だろうか。いくつになっても、我が身の至らなさとか、自分は駄目だ、と思うのは、それも、老いていく身の感じ方かもしれない。家内にも子供にも、今の年齢なら、何も恥じることも、卑下することも、無いではないか、などと言われるが、性分なのだろか、否、これも老いの気力が衰えていく現象ではないのか、と思う。新聞に、こんな句があった。淋しいか淋しくないかと問いかける鍋のおでんの最後のちくわ(小杉なんぎん)。おでん屋さんで、1人で、たぶん老人だろう、おでんで一杯飲んでいる光景なのか、最後のちくわに、自分の姿を映し出しているのかもしれないが、それは境遇は違っても、老人の心境を詠っているような気がする。有難いと思うことと、自分はもう歳だから、これくらいしかできません、という恥じ入る気持ちが、混在しているのだろう。老いても元気盛ん、という人は、かなり稀だろう。それでも、そんな姿を人前にさらすのは、仕事をしている身としては、いくつかの委員会で発言している身としては、講演したり原稿を書いたりしている身としては、嫌だから、強がりを見せているのかもしれない。爺さんであっても、男であることに変わりはないから、どこか美学を持っていて、見苦しい姿は見せたくないのだろう。こんな冬の小雨降る寒い日には、どこか、気が弱くなってくる、が、それでいいのだ、人はそんなに強くはない、静かに時に身を委ね、音楽に癒されるのも、人の世の生き方である。

有難いこと

今は、13日金曜日の夕方、外は、薄暮だが、もうじき陽は落ちるだろう。13日の金曜日とは、縁起が悪いかもしれないが、明日は土曜日だと思うと、少し嬉しい。今日は、午前に学校訪問をして、お昼の時間にジョギングをし、その後、教育委員会の方の来客があって、会議の事前打ち合わせを自宅でして、その後、石油ストーブの灯油を買いに出かけ、ホッとして、書斎に上って、今ブログを書く時間になった。その間に、メールのチェック、嬉しい知らせもあれば、そうでない連絡もある。人の世は、ままならぬもので、いつも仕事が輝いているばかりでないことは、人生の黄昏に近くなった自分としては、骨身に沁みている。仕事ばかりではなく、家庭のこと、家族のこと、健康のこと、その他、諸々のことは、波のように、山もあれば谷もある。ただ、いつもブログで書くように、小さいさざ波であってほしい。私的なことなので書けないが、自分としては、2つの嬉しいことと、1つの都合の悪いことがあった。しかし、それは、小さな出来事で、気にしなければ何でもないのだが、人とは、どんな小さなことでも、嫌なことは、どうしても気にかかり、脳のどこかに常駐しているようで、晴れ晴れとしない。そんなことは、詰まらぬ、と思っても、悟りを開いた達人ではない平凡な市井人としては、気になる。江戸の昔の女性なら、井戸端会議で、コロナ禍前のサラリーマンなら、気の合った友人と、一杯飲んで憂さ晴らし、ということになるのか。考えてみれば、そんな風にして、波にさらわれないように、という処世術を覚えてきたのだろう。今日、気になることが、引っかかっていたのだが、ふと、それでも、対応できるだけましではないか、と思った。詳細を語っていないので、意味不明な言葉だが、うまくいかない時は、そうであっても、そのレベルより下のレベルを考えれば、何でもないことに、気が付くのである。都合が悪いこと、と言っても、健康だからいいではないか、経済的に困っていないのだからいいではないか、仕事を頼まれるだけ有難いではないか、と思うと、ほとんどは、何も困ってはいないのだ。年齢と共に、体力も知力も精神力も、徐々に衰えることは、自然の摂理であって、不可逆的現象なので、それに掉さすことは、合理的思考ではない。そう思えば、実は、有難いことばかりなのだ、と思える。新聞に、別れ際不意打ちのごと友の言ふ夫の認知症進みてゐると(秋葉美恵)の句があった。そうか、認知症も進むのか、それが自然で、不可逆現象だから、その通りで、外から見れば、可哀そうに、と思えるが、本人にしてみれば、それは分からぬ、意外と、食事ができるだけ、ぐっすりと眠られるだけ、有難いと思っているかもしれない。自分は、年齢と共に、有難いと言える、有難爺さんになりたい。昨年の年末、加山雄三が、テレビ番組の中で、有難いと連発していたが、良い歳の取り方をしていると感心した。自分も、そうなりたい。

明日から仕事

今日は、9日成人の日の祝日で、3連休の最後の日である。もう、長いお正月休みも終わって、明日から本格的な仕事をする日が始まる。もちろん、4日から仕事は始まっているが、7日から9日までの連休があるので、多くの企業も、オンラインなどで、自宅勤務になっているし、もちろん、学校は冬休みだし、どこか、気持ちも身体も弛緩している。今は、スポーツジムから帰ってきて、書斎で、西窓から、うっすらと茜色の空を眺めているが、あと半時間くらいで、外は真っ暗になるだろう。関東地域は、ずっと晴天続きで、日本海側の皆さんには申し訳ないが、やはり晴天のほうが、気も晴れ晴れする。午前中は、講演資料の作成をしていたが、これも、自分の作品なので、出来あがると、我が子が産まれたようなもので、もう一度見たくなる。それで、見直すと、ニュアンスが違って、修正したほうがいいように思えて、スライドを変えるか、手を加えることになる。講演資料などは、誰でも経験しているが、最後まで、完成しないモノなのだ。講演の間際まで、否、終わっても、あそこを差し替えれば良かったとか、別のスライドを入れた方が良かった、など、際限がないので、人は、なかなか往生際が悪いものだ、と思う。午前中は、それで時間が潰れた、メールを見たり、予定表を書いたり、など雑用をしながら、その後、スポーツジムに行った。気になることは、審査系の仕事だが、焦っても仕方がないので、手帳に予定を書き込んで、決して変更しない、予定通り実行する、と自分に言い聞かせている。明日は、あまり好きな仕事ではないが、私的な用事で詰まっていて、夕方からオンライン会議がある。明後日は、などと書かなくてもいいので、省略するが、予定などは、こんなことで時間が塞がっていくので、何か大きなことをしているわけでもなく、ワクワクするわけでもなく、小さな出来事を、こなしているだけである。毎日とは、そういうもので、そうでなければ、非日常的な出来事になり、およそ都合の悪いこと、病気だとか、突発的な飛び入りの仕事だとか、などが多いのだろう。それでも、自分のような年齢になると、そのような仕事でも、昔なら雑用と呼んでいた仕事であるが、有難く思える。教育と教養が大事だとよく言われるが、今日行くところがある、今日用事がある、という略語だが、近年はオンラインがあるので、行く所がなくても良いが、何かしらの用事があるほうが、張り合いはあるだろう。但し、今日の午前中の講演資料作成などは、仕事ではなく、趣味とか楽しみなどに分類されるので、比較にならない。すべて趣味の世界で、という訳にいかないことは、この世の中の定めである、また、それだけで、人は満足できるかというと、それも、かなり疑わしい。ほどほどに趣味的な仕事をし、ほどほどに事務的な仕事もし、ほどほどに苦手な仕事もし、そして、運動もして、健康にも気を付ける、ということだろうか。明日から、本格的な仕事の舞台に立つ、ここは気張ってやるしかない。今日の新聞を探したら、こんな句があった。あたらしい靴も買ったしこれからも自分の道を歩んでいこう(楠井花乃)。そうか、この詠み手も、似たような気持でいるのか、靴を買って、どこか嬉しいのだろう、この靴で、踏ん張って前進するのか、いいではないか、年が新しくなったら、靴が新しくなったら、人は気持ちまで新しくなる。新しきことは、良きことかな、と、平凡なことを考えた。

早や6日

今は、金曜日の夕方、正月も早や6日である。明日は、七草粥を食べる日だから、もう1週間が経つ、平凡ながら、月日の経つ早さに、驚かされる。歳を取るのは、無理もない、と言いながら、毎日を過ごしているが、何もしないのではなく、今日も、ジョギングをして、うっすらと汗をかいて帰宅したが、家内が用意してくれた、グレープフルーツを食べるのが、楽しみになっている。夏のような大汗はかかないが、身体が、クエン酸を欲しがって、その酸っぱさが、身体中にしみわたって、元気をもたらしてくれる。あっという間に、窓から見る外の景色が、真っ暗になって、もう1日が終わった、という感覚になる。今日は金曜日だが、来週の仕事の都合によって、月曜の9日にブログを書く予定なので、1日早めて、パソコンのキーボードを叩いている。元日と2日だけ、朝餉に、お節料理にお屠蘇が付くので、なんとなく正月らしさを感じるが、3日から、普段の生活に戻って、朝食も、お節に飽きて、納豆などを食べたくなる。ただ、朝から、お酒が入ると、どこか、お琴の音色が聞こえてくるような気がして、そうか、お正月くらいだ、朝から酔っても、文句を言われないのは、などと考えて、小原庄助さんに親近感を覚えるが、庶民である自分には、その世界は2日間だけである。箱根駅伝などは、このだらけた我が身に比べて、あの若者の姿は何だろう、身を切るような冷たさだが、身体じゅうが、躍動して、力の限りを尽くして、タスキを渡すと、性根尽きて倒れる光景が、テレビを見ている自分と、あまりに違うから、感動を覚えるのかもしれない。自分のジョギングとは、天と地の差だが、凡人なりに、老人なりに、その世界に浸って、その後の酸っぱい柑橘系フルーツを食べるのを、楽しみにして、足を運んでいる。それでも、今日は初仕事をして、市内の教育センターに行って、1月と2月と3月、さらに4月以降の活動の打ち合わせをした。有難い、まだまだ自分でも、やるべき仕事がある、と思いながら、審査系の仕事があって、それは、膨大な時間を要する、ざっと見積もっても、1月下旬までに、30時間は必要なので、試算して、手帳に予定を書き込みながら、ホッとため息をつく。まあ、いいではないか、なんとかなるさ、と思いつつ、今年がスタートしたのだ、メールを見ると、仕事の匂いがしてくる。まあ、今年も頑張ろう、歳相応に、やっていこう、とここまで書いて、ふと手が止まった。お正月編では、新聞に歌壇が無いのだ、あるいは、まるで単行本のような分厚いお正月用の新聞に恐れをなして、かなりの枚数をゴミ箱に捨てたので、歌壇が混じっていたかもしれない。それでコラムに、小林一茶の句、とし玉のさいそくに来る孫子(まごこ)かな、があったので、引用しよう。江戸の昔から、お年玉の習慣はあったようで、そう言えば、お節料理、お宮参り、お屠蘇、お飾り、さらに七草粥など、すべて昔からの引継ぎの行事である。たぶん、昔の人も、三が日は、小原庄助さん気分で過ごしたか、あるいは、3日目は飽きて、外に出かけたか、まさか、ジョギングはしないだろう、車もないし、誰もが健脚だから、健康のために走るなどの野暮なことはしないか、と思いつつ、自分が昔なら、長屋に住んで、貧乏ながら、平凡に過ごし、孫がくれば、お年玉をやって、息子とお屠蘇を酌み交わしていたかもしれない、たぶん、今年も良い年になるといいな、と言いながら、ご隠居の身分で、長屋の近所と挨拶を交わしていただろう、とたわいもない空想をした。どうも、まだお屠蘇気分が抜けないようだ。