振り返り

今は、火曜日の夕方、まだ外は明るいが、春とは言えない寒い1日で、外に出ると、まるで冬のような天気だった。こんな日は、気持ちも晴れず、なにかしら憂鬱になるが、北陸の人々の気持ちが分かる。毎日の出来事には、嬉しいこともあれば、面白くないこともある。昨日は、都内の事務所に出かけて、事務所で訪問客と対面して、帰宅して、夕方、所沢駅で待ち合わせ、駅近辺のレストランで懇談した。レストランという洒落た店ではなく、魚を主とした居酒屋で、地元の店で飲み会などは、久しく経験できなかったが、予想通り、盛り上がった。都内の打ち合わせも、夕方の懇親会も、楽しい話題で、会話が弾んだ。この時期には、職場が変わった、新しい名刺を交換する、新しいプロジェクトが立ち上がるなど、春という季節に相応しい雰囲気があって、どこか気持ちまで若くなる。今日は、その逆で、なんとも予想を外れて、思うことが思うようにならないことが重なって、文字通り、気が重かった。それはなんだ、と聞かれても、公開ブログでは書けない、誰でも、自分が落ち込んだ内容を話したくないというのは人情で、家内ですら話題にしたくない。そんなことがあってもよい、と思えるのは、歳を取ったからで、まあ浮世のことは、光もあれば影もあり、表通りもあれば裏通りもあり、嬉しい時も悲しむこともあるが、それがそんなに大したことではないので、そうかで済ませるのだろう。この世の事は、およそ、その程度のことで、このブログでもよく書くが、さざ波のような小さな山と谷が来て、喜んだり落ち込んだりするが、やがて、すぐに忘れてしまい、毎日をこなしていくのだろう。明日は、かなり忙しく手帳が詰まっている、明後日は、他県に出張で1日中が埋まっている。だから、忘れてしまうのだ、ただ時間が過ぎていくだけではなく、そこに葛藤もある。ぼーっと過ごすなら時間が過ぎ去るが、何か仕事をこなさなければならない、それには、プラスもあればマイナスもある、いつもプラスだけにいかないことは、言うまでもないが、こうして、人は、自分とも戦いながら、時を過ごしていく、もし何もなければ、それはそれで苦しみになる、というより、最も辛い時間だろう。そうすると、人は毎日、戦いながら生きているのか、新聞に、この痛み耐えて生きねばならぬのか歎異抄読む余裕なきまま(後藤忠国)の句があった。なんと言えば良いのか、歳を取るごとに、足腰が痛み、病気にかかり、入院を余儀なくされることが、普通なのだから、苦しみに耐えることが、晩年の時の過ごす方だとすれば、なんと、この世は寂しいものか、仏にすがって、生きる気持ちを呼び起こすのか、それも分かる、この読者は、それすらもできない苦しさに耐えているようだ。ただ、短歌を詠んで、自分の苦しみを新聞に投稿したのだから、そこが素晴らしいではないか。自分も、ブログに書いて、喜怒哀楽を文章にしているが、それは、楽しさはもう一度味わい、嫌なことは早く忘れる、ような気がする。人は、外に出すことで、いつまでも囚われないで済むのではないか、短歌に読むことも、ブログに書くことも、自分をもう一度見返すことなので、すると、大したことではないと、メタ認知できるのではないか。学習の観点からは、振り返り、リフレクションと呼んでいるが、確かに、子供も大人も、生きる勇気をもらえそうだ。

お墓参り

今は、土曜日の夕方、もう4月も半ばで、土日はスポーツジムに行く曜日なので、先ほど帰宅した。あいにくの雨で、今日は朝から1日中降っているが、あいにくかどうか、植物にとっては、久し振りの恵みの雨で、今朝、家内が、小さな庭だが芝生がきれいな緑で、何か良いことがありそうな、爽やかな気持ちになった、と言ったから、なるほど、雨降りも良いことでもあるようだ。自分も、今日中にやらなければならない宿題のような審査の仕事があって、たぶん明日までかかるだろうと思っていたら、午前中、ちょうど12時に終わったから、嬉しくなって、こんなに嬉しいこともあるのか、と年甲斐もなく、はしゃいだから、家内が、怪訝な顔をした。嬉しいことは、年齢に関係ないのだ、そして、事の大小にも関係なく、やり終えた充実感、うまくいった嬉しさなど、それは、逆上がりができた子供の喜びと変わらない。昼食後に、月に1度のお墓参りに行った。習慣なので、特別な意味はないが、月に1度くらい、両親に報告やらお願いなどをすると、気が落ち着くし、感謝する気持ちが湧いてくる。自分のことは、良いことしか報告しない、子や孫のことは、お願いをしているが、どの家庭でも、似たようなものだろう。良いことを聞けば、両親も喜ぶだろうと思って、些細ではあるが、楽しい出来事を、墓前で伝えている。届くかどうか分からないが、子や孫のことでは、天まで届けよ、と思い、自分たちのことは、安心してほしい、とつぶやいている。あいにくの雨だったので、傘を差しながら、お線香を焚いたが、雨で燃えカスが白くなって、すぐに汚れたが、許してもらえるだろう。お墓の前で手を合わせると、眼前に両親がいるような気がする、内心でつぶやくとは、両親がそこにいると思うか、いなくてもつながっていることを前提としなければ、真剣にお願いするという行為が論理的に成り立たない。新聞に、ふらここや亡き妹とすれ違ふ(藤嶋務)の句があった。ふらここ、とはネットで調べると、ブランコのことで、春の季語らしい。作者は、ブランコに乗っていたら、隣りのブランコに亡くなった妹が乗っていて、すれ違った、という体験である。ふらここ、という季語を知っている人だから、相当の俳句通で、それなりの年齢に達している人で、実体験というよりも、そんな気がしたのだ。ブランコに乗れば、高い位置に来た時は、遠くの方まで見える、これまで見えない景色が眼前に迫ってくる、これまで見えなかった妹が見えるような気がした、のかもしれない。墓前でつぶやいていることは、そこに亡くなった両親がいると思って、というか、そこにいなくても、そのような気持ちで話していることなので、この作者と同じではないだろうか。その妹さんは、明るく楽しそうな表情だったか、または、その逆だったか、詮索をすることは失礼にあたるので止めるが、他人事であっても、幸せなすれ違いであってほしい。自分は、墓前では、両親を喜ばしてやりたい、と思っているので、心なしか、両親は笑っているような表情をしている。何故か、眼鏡が曇ってきた。

始まりと終わり

今日は、4月11日火曜日で、今は、夕方の時刻、2階の書斎から見える空は、明るく、昼間の残照が美しい。今日も、そろそろ終わりに近づいている。土日の他に1日を加えて、週3回のスポーツジムを自分に課しているが、今日は、予定通りに、こなしたから、有難い。運動することは、仕事や研究以上に大切なことは言うまでもなく、身体に異変が起きたら、すべてがストップする。それでも、杖を突きながら、車椅子に乗りながら、ベットに寄りかかりながら、仕事をすることはできるが、厳しい制約を受けることは言うまでもない。健康が、すべてを掌握している。だから、スポーツジムに行く、ジョギングをするなど、意識して、運動を心掛けているが、そればかりではなく、ドーパミンのような幸福感を促す分泌物が出るから、物事を前向きに捉えるようになるので、快適な精神状態になるようで、経験的にも納得する。いづれにしても、横にコーヒーを、CDプレーヤーで音楽をかけて、しかも、今流れている曲は「ゆりかごの歌」だから、浮世の憂さは、すべて流れ去っている。ただ、昨日は忙しかった。昨日は、10日月曜日で、新年度の実質的な仕事初めだった。先週は、観光旅行に出かけて、リフレッシュしたので、いよいよ今週から、仕事の予定が手帳を埋めている。昨日は、自分の所属する団体事務所のある都内、溜池山王に出かけ、虎ノ門と神保町にも出かけ、また戻って、という忙しさで、うどんの昼食が、午後4時だった。しかも、帰りの電車が、事故点検の関係で、20分も遅れて、満席だったので、50分以上も立ちっぱなしで、足が棒のように固くなった。もう、電車通勤は嫌だ、と思ったが、コロナ禍以前は、ほぼ毎日通勤していたので、信じられない。今となっては、元に戻れない、とは言うものの、昨日から、心機一転して、また頑張らなければと思いながら、世の中は、日々動いているから、新しい問題が出てきて、対面でないと無理なこともあるから、事務所に行くと、掃除ロボットが、スイッチボタンを入れられたかのように、頭が回転し始め、早口になり、事務所モードになるから、人間の環境適応能力は、優れている。こうして、毎日が過ぎていくのか、昨日の新聞に、こんな句があった。始まりも終わりも東京駅の春(今泉準一)は、地方から東京に就職した人か、大学に入学した人か、東京駅が、出発であり終わりでもある、と言われてみれば、なるほどと同感する。始まりは、よしやるぞ、と心を燃やし、終わりの時は、現実は厳しいと嘆くのか、故郷に帰って、束の間の休息を取ったら、また東京駅に戻って、頑張るのだ、と思うのか、東京駅は、この詠み手の、心の拠り所であり、嬉しい時も悲しい時も、羽を広げる時も閉じる時も、黙って見てくれる故郷かもしれない。春とは、始まりと終わりの切り替えスイッチの季節である。

平凡な庶民

今日は、4月8日土曜日なので、ブログを書く曜日なのだが、少し事情が違う。つい先ほど、旅先から帰宅した。3月31日まで、理由は分からないが、忙しくて、忙しくて、という生活だった。もちろん、有難いことなのだが、自分は、4月になったら必ず旅行をしようと計画していた。今回は、沖縄に行った、文字通りの観光旅行であり、定番のJTBに申し込んで、旅を満喫した。本音は、観光をしたいというよりも、忙しかった我が身への褒美であり、それほど永くもない、これからの人生を思えば、元気な内に、リフレッシュすることも悪くないからで、家内と2人で出かけた。もちろん、沖縄は、観光旅行も、そして仕事で何度も訪問しているから、名所旧跡はほとんど知っている。琉球大学で集中講義もしたから、そのリラックス感が、どこかノスタルジアを刺激するようで、ずっと忙しかったから、あの昔の気分を味わいたい、と思ったのだろう。4月10日の週から、いろいろな仕事が入ってくるから、4月の始めの週が、最も余裕がある時間で、この週をおいて他はないと思ったのだが、正解だった。研究も面白いが、頭の芯を使っている感じなので、脳もバネと同じで、引っ張り張力や弾力性が弱くなって、柔軟性がなくなるような気がする。ある時期に、離れるほうがよい、ただ、旅行に行っても、メールなどはチェックする必要はあるが、他は、もう忘れるほうがよい。ここで、観光の話をするつもりはない。沖縄まで、飛行機で2時間半もかかるとは思っても見なかった、だから、飛行機の中で映画を見るとは、これも意外だが、しかし、内容が素晴らしく、これも意外で、何もかもすべて予想外だった。ホイットニー・ヒューストンの物語で、実話に基づいた、世界の歌姫と呼ばれた、天才歌手の48歳という短い一生を、その栄光と挫折を描いていた。恥ずかしながら、自分は、この有名歌手を知らなかったが、壮絶な生き方であり、天性の美声で世界中の人々を、魅了した。最後は、薬物依存症で、ホテルで死亡したようで、最後のシーンを見て、この人の人生は、本当にこれで良かったのか、もっと楽しい生き方ができただろうに、と思った。何故か、歌手や俳優やスポーツ選手など、華やかな仕事をしてきた人は、概して、家庭生活が幸せではないような気がする。理由はいろいろあるだろう、ただ、彼女は、歌うことが好きで、それを天職にしたのだが、巨万の富が手に入ると、平凡な家庭生活とは矛盾するのか、両立が難しいようだ。エンターテナーは、市井人とは別の世界に生きているので仕方がないが、彼女は、暖かい家庭が欲しかった、暖炉のある居間で、子供がいて、学校のことや夕食のことや、何でもよいが、他愛のない話をして、ほっとしたかったのではないか、と思う。それは、平凡であること、自然であることに、他ならない。平凡な生活でも、小さな波がやってきて、毎日を、苦情をいいながら、それでもいいか、と思いつつ、たまに観光や温泉に行ったり、愚痴も言いながら、時々嬉しいこともあったりして、日々を過ごせることは、どんな巨額の富を持っている人でも憧れる生活なのだ、と確信した。歳を取れば、身体も弱くなり、病気になったりするが、楽しい旅行に老夫婦で出かける喜びもある。小さい波が良いのだ、それは、乗り越えられるからなのだ。新聞に、ふきのとう茶漬けに食すこの春はふるさと遠くひとりの朝げ(寺岡芙聖子)の句があった。お茶漬けでも、幸せを感じる瞬間がある、そして連れ添いがいなくても、なんとか生きていく力を持っている、決して薬物やアルコールに溺れない、確固たる生きる力を持っている、それが、平凡な庶民の生き方なのである。

頑張ろう

今は、4月3日月曜日の夕方なので、ブログを書くには、1日早いのだが、明日の夕方は、時間が取れない。例のごとく、書斎のパソコンに向かって、正面が西窓なので、明るい空が見える。明るいというか、少し赤みがかった色、明治の頃のガス灯のような、東南アジア、フィリピンとかベトナムなどの街灯のような色合いだが、心落ち着くのだ、ホッとする時間が好きで、そんな時刻に、ブログを書きたい。だから、早朝や深夜では、雰囲気が出ない、たぶん、若者や働き盛りの人なら、それでもいいが、自分の年齢では、この時刻が一番良い。今日は、朝30分ほど、書斎の書類や書籍の片付けをした。数時間をかけた大掃除は、疲れる、だから、数日を使って、少しずづ片付ける、それは年末ではなく、年度末にするだが、言うまでもなく、そのほうが書類も不要になるからだが、3日間で、かなり片付いてきた。少しでも整理できると、部屋の見栄えが違ってきて、まるで散髪に行ったような雰囲気で、身綺麗になる。頭髪でも、部屋でも、きれいさっぱりするのは、誰でも嬉しい。それでも、床屋の主人に聞くと、コロナ禍以降、客が減少した、という。職場に行かなくて良いと思うと、散髪しなくても構わない、と思うらしく、足が遠のくようだ。自分は、手帳に書いて定期的に行くが、耳辺りに頭髪が触って、どうも落ち着かないので、1ヵ月か5週間に1度くらい、通っている。予約しているので効率的で、髭に当たる時などは、身体がほとんど真横になって、蒸しタオルが顔に覆いかぶるので、必然的に快眠の時間となる。ぐっすりと寝た後に起きた時の快適さは、申し分ない。すっきりとして帰宅するのだが、身綺麗にすること、部屋も同じように片付けることは、素晴らしいことなのだ。どこからか、元気が出てきて、年齢を忘れて、活動的になる。今日は、風が爽やかで、少し気温が低めの、肌寒いような感じだが、頬を横切る風が、背筋をピシッと伸ばして歩くように、軽快な感じがする。ああ、春だな、何もかも新しくなる、会社では新入社員が、大学では新入生が、希望を抱いて入ってくる、入社式も入学式も、プロ野球のリーグ戦も始まり、リフレッシュしたのだ。耳元に髪切る音や風光る(臼井正)の句を、新聞で読んだ。風光る、の季語は、早春の頃だそうで、3月の始めの頃らしいが、散髪をしてもらうと、耳や首に風が当たると、少し寒いのだが、身体がシャンとして、心も背伸びをするようだ。4月3日、近所の桜は、ほぼ葉桜になり、ピンク色の花びらで彩られた公園や道路が、桜が真っ盛りだった名残を残している。日本には、なんと素晴らしい季節があるのだろう、昔から、桜を愛で、宴をして、この世を楽しんだのか、そして、それが終わると、新しい年度が始まる。日本人に生まれて、良かった。元気を出して、頑張ろう。まだまだ、楽しいことは、いっぱいある。

足し算

今は、4月1日土曜日の夕方で、先ほど、スポーツジムから帰宅したばかりである。いつも、書き出しが似たような文章になるのは、夕方だから仕方がないが、ホッとする時刻で、書斎の西窓から外を見るのが好きだ。季節の早さに驚くが、今日は4月1日で、新年度の始まりである。スポーツジムの行き帰りでは、いろいろな事が頭に浮かんでくる。プールで泳いでいる時もそうだが、泳ぐときは、ターンの回数を数えているので、あまり複雑なことは考えないようにしている。考えると言っても、ほとんど雑念に近いが、あの案件はどうだとか、あの資料はどうだとか、仕事のことばかりだ。歳を取っても、仕事に生きるのは良いが、現役の頃から、ズッーと同じような気がする。だから、子供たちが、何でも良いから、仕事をさせておけばボケないから、と家内に言っているらしい。それは、事実だろう。ただ、今の自分は、昔のような現役ではない、現役の定義は知らないが、決まった時刻に出勤し同じ時刻に退勤するようなスタイルではない。コロナ禍以降、オンラインになって、出勤という概念もなく、自宅の書斎が仕事場である。仕事も、どこからかオファーがあって、その依頼に対して仕事をするスタイルなので、非常勤であり、フリーランスとも言えるが、自由業の用語が気に入っているので、人には、団体役員か自由業と、多少の格好をつけて言っている。その点は、タレント業とも似ている。彼らも、決まった給料ではなく、オファーによって仕事をしているので、非常勤で自由業だとも言える。だから、忙しい時と暇な時の差が、激しい。いつオファーが切れるか、一寸先は闇のような世界に生きているから、オファーがあると、どんな内容であっても、決して断らないと言う。自分も青色申告をしているので、源泉徴収票を見ると、給料の記載もあるので、よく分からない。いづれにしても、今の自分の境遇が気に入っている。当然ながら、年齢と共に止める仕事もあれば、新たなオファーもある。好きな面白い内容もあれば、苦手でやる気のおきない内容もある、そして、うまく行く時と行かない時がある、のは、世の常である。自分も例外ではない。今日も、行き帰りで、面白くないこと、うまくいかないこと、などが脳裏をかすめたが、それでも、こうして、スポーツジムに通えるだけ、帰宅したら、夕食が食べられるだけ、安らかに身体を休めるベッドがあるだけ、幸せではないか、と思ったりする。今日は、最近のオファーを考えながら歩いたが、これは楽しい。過ぎ去った、終わった仕事のことは意味がない、これから始まる仕事のほうが面白い、常に、足し算で考えるほうが、楽しいのだ。新聞に、検診の数値主治医に褒められて花屋の春にちょっと寄り道(緒方英精)の句があった。いくつになっても、褒められることは嬉しい、数値が良くなることは、足し算なのだ。引き算もあるが、それは勘定しなくてもよい。昔は、よく家内から、あなたは反省病だ、と言われた。今は、言われなくなった。現役と自由業の違いなのか、責任の重さの違いなのか、否、どうも歳と共に、引き算から足し算の思考が多くなってきたからだろう。

枯れていく

今は、3月29日水曜日の夕方、書斎の窓から見える西空が、まだ明るい。平凡ながら月日の経つ早さに、驚かされる。もう3月も数日で終わり、新しい年度を迎える。ブログは、昨日書く日なのだが、例によって、時間が取れず、今日に持ち越した。3月中は、忙しく、年度末と言うこともあるが、理事会などの会議や、学会の大会や研究会、原稿や報告書等の締め切りなどが重なるので、忙しいのだが、およそ、3の倍数月は、なにかと儀礼的な会議が重なる。次は6月だが、会議や締め切りなどで、せかされる、そうして、いつの間にか時間が経過していき、嬉しいことも、苦しいことも、いろいろな思いを乗せたまま、快速電車のように走り去る。これが人生か、と嘆息しても仕方がない、忙しいだけ幸せなのだから、と思えば、反面、感謝する。今日は、数週間ぶり、だと思うが、スポーツジムに行った。ずっと行けなかったから、何か新鮮な感じがしたが、このジムには、小さいながらゴルフ練習場があり、プールがあり、筋トレマシーンがあり、ヨガ施設があり、と豊富な設備が揃っている。以前は、筋トレをよくやっていたが、あれは我慢比べのような精神力が必要なので、今は中断している。ランニングマシーンよりも、晴れた日に街中をジョギングするほうが、周りの景色に癒されて、楽しい、時に、口笛を吹きたくなるような気持にさえなる。この年齢になると、楽しい時間の積み重ねが、生きている時間から引き算すると、極めて貴重になることは、言うまでもない。だから、筋トレやランニングではなく、下手なゴルフの練習をして、その後、汗を流すために、プールに入って泳ぎ、ジャグジーに浸かりながら、街中を見晴らし、リゾート気分を味会うほうが、良い。下手なゴルフと書いたが、その通りで、下手な、という形容詞を付けないと、とても人様には言えない。誰でも、同じような思いをするのかと、新聞を読んで知った。みづからを運動音痴と人前で言へたる歳となりにけるかも(原田浩生)の句の作者も、自分と同じような心境らしい。運動音痴は、小中学生の時、特に男の子にとっては、勉強ができないこと以上に、悩みであって、それはコンプレックスである。中高生の時代は、勉強の成績で優劣が決まり、厳しい振り分けが始まる。世の中に出ると、学校の通信簿とは別の厳しい評定が下される。業績という名の評価によって、否応もなく烙印を押され、それが生活レベルまでも規定するのだから、同情などの余地はないのだ。しかし、人生の終わりのページに近づくと、足腰が弱ったり、入院生活を送ったり、仕事を引退したり、老後の文字が現実味を帯びてくると、誰もが同じような生活を送る。つまり、勝った負けたではなく、誰もが似たような平等的な世界に住むことになる。すると、運動神経の良し悪しだの、学校の成績のことなど、ほとんど意味がなくなってくる。意味があるのは、日々をつつがなく、できるだけ楽しく過ごし、子や孫が幸せになることを願い、大波が来ないように、平穏であることぐらいだろう。野心に燃えて、などは、どうも相応しくない。振り返ってみれば、自分は、特に大きな不安はなく、徐々に歳を取っていくようで、この地に住み、このままで生きれたら、これ以上の贅沢は要らない。それは、枯れていくことなのか。

若さ、その2

今は、3月25日土曜日の夕方、春とはいえ、まるで冬に戻ったような肌寒い気温である。今日の午後は、ずっとオンラインでの発表会に参加した。それが終わったら、終日椅子に座りっぱなしでは、身体が硬直するので、小雨ではないが、傘をもって、ジャンバーを着て、散歩して帰ってきた。と言っても、20分も歩いていないだろうが、近所の神社に行って、桜を観て、小さな公園に、数人の子供たちが遊んでいる光景を見ながら、戻ってきた。桜も、連日の雨で、満開を過ぎて散り始め、花びらで小道にまだら模様ができている。寒い、と言いながら、帰宅すると、ほっとして、グレープフルーツを食べた。好きなのだ、少しでも身体を動かさないと、と思い、身体を動かした後は、酸味が欲しくなり、それを食べながら、家内と話す。給湯器が壊れて、業者が点検をしている時で、たわいもない平凡な話をすると、半時間くらいは、すぐに経ってしまう。それで、ブログを書く時間だ、と2階に駆け上がった。今日は、どんな日だったのか、先ほどの発表会は、高校生だった、優れた内容で、すべてが胸に入ってきた。それぞれの発表に、専門的な立場の先生がコメントをして、最後に、自分が総括的な話をして、主催者の挨拶で終わったが、3時間近くかかった。その間、よく飽きないな、と思うが、まったく退屈することは無かった。何故だろうと思うが、高校生だからからもしれない。若いとは、純粋で、怖さを知らず、真っすぐで、失敗を乗り越えていく、その姿に、大人は惹かれるからだろう。この前のブログも、似たような内容を書いたかもしれないが、自分の年齢からみれば、高校生などは、宝石のように光り輝いている、思えば、自分は、若い人を相手に、仕事をしてきたのだから、世間の皆様には、申し訳ないような、幸せな時間を過ごしてきた。そして、今でもその延長で、仕事をさせてもらっている。だから、講評で、最後に、思わず、高校生諸君、ありがとう、と、つい言葉になった。本心だから、構わないだろう、別に、若者に、お世辞を言ったのではない、自分にないものに触れた時、人は、相手に敬意を抱き、自然に、感謝の言葉が出て、頭を下げたくなる。新聞に、放課後の校舎の階段を上下するリュック背負った山岳部員(久保田洋二)の句があった。部活の光景である。よくまあ、重いリュックを背負って、さぞかし、胸も足も苦しいだろう、息も切れるだろうに、そんなことをして面白いか、という馬鹿な質問は止めよう。山登りが好きな人は、それがこの上なく楽しい時間なのだ、それにしても、若いとは、なんと純粋なのか、それほど夢中になれるのか、高校生の頭によぎるものは、大学受験でも、期末試験の結果でも、人間関係でも、家庭の事情でも、すべて関係なく、ただただ、歯を食いしばって、夢中で、階段を上下する運動だけである。若さとは、なんと魅力的なものなのだろうか。

若さ

今は、3月20日月曜日の夕方、書斎でパソコンの画面に向かっている。月曜日にブログを書くのは、変則的なのだが、明日火曜日は祝日だが、都内に1日中縛られる。小さな学会だが、講演をすること、学会の総会を仕切ること、などなどで、朝から夕方まで、忙しい、帰宅しても時間がなく、明後日の水曜日も、定例の水曜サロンというオンラインセミナーがあって、自分はホスト役なので、ゲストと対談をしなければならない、とてもブログを書く暇はない。有難いことだと、この歳で、と思いつつ、毎日を過ごしている。今日も、4つのオンライン会議をこなして、先ほど、すべて終わった。ほっとして、1階の居間に降りて、コーヒーを入れて、今、飲んでいるが、脳と心を癒してくれる。その上、今日は郵便物も多く、その処理をしていると、あっという間に時間が経つ。今日は、その中で、ふと目に留まった書類があった。自分は、地元の学校の評議員を引き受けているので、学校便りが送られてくる。毎月のことなので、あまり気にしないのだが、ふと読みたくなった。卒業式について、記されていたのだが、この忙しいのに、読む気はなかったのだが、ふと目に入って、読んだ。コロナ禍のために、評議員は、ここ数年間は、卒業式に出席できない。別に楽しみにしているわけではなく、長い式、寒い体育館、のためか、トイレに行きたいが、途中では退席できないので、むしろ出席したくないのが、本音であった。ただ、例外に、楽しみにしていることが、卒業生の別れの言葉、と、在校生の送る言葉、である。これは、凄い、さすがに、代表ともなれば、言葉の格調が違う、それは美文という意味ではなく、生徒が感じたそのままを、美しく表現するのだ、それは、大人ではできない、教師にもできない。卒業する生徒しか、在校生の生徒しか、語れない言葉の魅力なのだ。その言葉が、今日受け取った学校便りに、書かれていた。生徒の思いが、紙面から伝わってくる、胸の中に飛び込んでくる、たぶん、別れの言葉も、送る言葉も、全国の学校で、展開されているのだから、それらしい文法もあるだろう、春の季節から始まって、友達や先生のことなど、似たような言葉が、巻物のような紙に書かれているだろう、だが、それでも人の心を打つのだ。何故だろうか、分からないが、それは、生徒だからだろう。大人や教師が作った作文なら、陳腐な作り話でしか過ぎない、本物の生徒ではないからだ。今朝の新聞に、限界までしびれた足を投げだせば笑いに満ちる琴部の和室(武田奈々)の句を読んだ。作者は、学生であると言う。たぶん、女子高生だろう、琴部の部活があって、長い演奏で、足がしびれて、その恰好に、笑い転げた、なんと若くて、はつらつとしているのか、なんと楽しそうな光景なのか、なるほど、若さとは、この上なく美しく、他人に幸せをもたらすのだ。いつまでも、そのままで生きてほしい、と願うのは、教師の常であるが、笑い転げる生徒だけでなく、うつむいて悩む生徒もいるだろう。大丈夫、君たちは、若さという宝物を持っているではないか。

作品作り

今は、3月17日金曜日の夕方、いつもは、明日土曜日にブログを書くのだが、あいにくと、夕方は都心で会合があって、正確には懇親会があって、時間がなく、今書いている。有難いことに、前のオンライン会議が、早めに終わった、文字通りラッキーで、時間が取れた。今日も、今週もいろいろあった、また、明日もある。先のオンライン会議の前に、自分の所属する団体の理事会があって、これは、代表をしている関係で、最重要な会議だが、楽しく終わった。普通、総会とか理事会などというと、滞りなくとか、無事にとか、シャンシャンと異議なく終わることが、良しとされているようだが、それでは、詰まらない。参加した理事全員が、発言することを、自分は信条としている。何も発言しないで、良かったなどは、本来はないはずで、何か意見を言うから、参加する意味がある。そうでなければ、代理の人形かロボットでも用は足せる。という訳で、今回の理事会も、全員が発言出来て良かった。無難に終わるのは、消極的すぎて、好きではない、もちろん波乱が起きることを望んでいるわけではないが、議論することが、大切なのだ。大学関係者は、比較的、よく発言する、企業関係者は、遠慮する傾向があるのは、背負っている文化の違いだろう。大学の研究は、相手の地位などは全く関係なく、真理の追究なので、遠慮する意味はないのだ。こうして、今日も暮れていく、今日はお昼に数分間の散歩をしただけで、運動もする時間がなかった。今日中に送信する原稿があったから、午前中にそれに取り組んで、どうにかお昼に出版社に送れたので、ほっとした。すると、コーヒーでも飲みたくなのは、どこか、気が和らいで、その心情に浸りたいからだろう。原稿を書いたり、校正をしたり、資料を作ったりしている時、そして、一息つく時、それは自分の書斎で過ごす時間なのだが、その時間が好きだ。自分は、それを作品作りと言っているが、ならばその人は、作者とか作家と呼ぶほうが、相応しい。モノを作る時、モノだけでなく、絵でも、彫刻でも、木工でも、論文でも、発表資料でも、何らかの作品を作る時、誰でもワクワクするだろう。新聞に、春近しドア全開の画材店(高橋まさお)の句があった。あまり画材店などに入ったことはないが、絵を描く時の画材を売っている店なのか、ほとんどは、駅前の大きな店舗やデパートなどにあるだろう、絵の具などを見ると、子供の頃を思い出す。天気の良い日に、校庭か近くの風景の良い場所で、写生する時間があった。確かに、冬の寒い日では、写生はやりにくく、暖かい春がやってこないと、絵を画く気持ちにならないだろう。そういう季節がやってきたのか、理事会で発言を促すのも、今日、原稿を送ったのも、考えてみれば、自分の作品つくりなのだ。縮こまっていては、作品はできない、発言する気も起きない、春の暖かさが、心のコートを外してくれるのか、だから、人は活動したくなるのか。良い季節になった。