大往生

今は月曜日の夕方、ブログを書くにはちょうど良い時刻ではあるが、曜日は少し変則的である。先週の土曜日に書いたばかりなので、中一日しか空いてないから、書く材料はあるのかと思ったが、明日は都内で理事会があって、夜遅く帰宅する予定なのでどうしてもこの時間しかない。別に義務もないし気楽な公開日記なので気にはしていないのだが、手帳に予定を書き入れているので、その通り実行している。手帳は有難く、背中から後押しされているようで、その予定に従って行動できる。そして夕方の時刻は、一日を振り返るのにはちょうどよい。まあいろいろ今日もあったが、ブログで書くほどのことでもなく、平凡ながら一日が終わろうとしている。つい先ほど自宅から歩いて2分位にある眼科クリニックに行って、目の検査をしてもらって帰ってきたばかりである。年齢と共に、クリニックに行く回数が増えるのは当然で、自分も眼科歯科は3ヶ月に一回ぐらい、内科も薬をもらう関係で2ヶ月に一回ぐらい、市内のクリニックに通っている。歯科だけは都内に通っているが、まあこの程度なら許されるだろう。有難いことに大きな病気や手術などはしたことがなく、正確には一日入院で検査をしてもらった経験はあるが、麻疹のようなもので大したことはなかったから、病気に対しては苦にしていない。ジョギングをして足の親指を骨折したことはあるが、外科クリニックに何回か通って治った。ただ今は健康第一で、内科からいただいた血圧や尿酸値を下げる薬を毎朝飲み、目薬は夕方お風呂の前につけているが、まあそのぐらいで済んでいるところが健康だと言えるだろう。たぶん自分のようなものは、手術を受けるとなれば、精神的に参って落ち込んで、誰かについてもらわなければどうにもならないような気がする。健康であることはもちろん良いことであるが、万が一の時には、むしろ臆病な情けない人間になる。世の中は不思議なもので、そんなふうにできているらしい。新聞に、さりげなく若いナースが声かける「雨、止みましたよ」手術日前夜(緒方英精)の句があった。看護婦さんは患者さんの不安な気持ちがよくわかっているので、雨止みましたよ、と声をかけて、雨が止んで晴れた天気が来るように、あなたの手術も成功して笑顔で退院できますよ、と言っているのだろう。その一言は、患者さんにとっては慰めというより心から嬉しいに声掛けに違いない。年を取ればいろいろな機能が衰えてくるから、体のどこかしこが痛くなったり、耳が遠くなったり目がかすんで見えにくくなったりするのだが、考えてみればそれはむしろありがたいことなのだ。少しずつ少しずつ体の衰えを教えてくれるから、あまり無理をすることはなく、自然体の生き方を好むようになる。体が徐々に弱ってくれば、たぶん精神力も衰えていき、花や木が枯れるように自然に影が薄くなっていくだろう。たぶん、死も恐れることはなく、自然体で死を迎えるのではないだろうか。元気だった人が急に死を迎えるとなれば、相当に落ち込むだろう。普段元気だった人が、急に大手術を受けるとなると、精神的にまいることと同じである。自然体で死を迎える場合は大往生であるが、まだ元気でこれから仕事をしたり長生きをしようと思っている人には、この若いナースさんのように、やがて元気になり楽しい生活が待っています、いうメッセージがこの上なく嬉しい言葉である。自分は少しずつ少しずつ体が弱っていき、自然体として死を迎えたい。もちろん誰でもそれを願っているわけで、それは大往生と呼ぶにふさわしい。

気持ち次第

今は土曜日の夕方、9月30日だから今日で9月も終わり、明日から10月になる。平凡だが、月日の経つのは矢のごとしだ。実は昨日ブログを書く予定だったが、とてもその余裕がなく、今になった。昨日は都内の学校に朝早くから出かけて、授業参観と研究打ち合わせをして午後に戻ってきたのだが、原稿やらいろいろな用事があって、気が付いた時は、夕食の時間になっていた。今日は土曜日、久しぶりにオンラインも何もなく、自由に仕事がこなせると思うのは凡人の常であるが、どうしてもしなければならない用事を優先するので、自分が使える時間はそれほどない。手帳を見ると、もう3週間も運動から遠ざかっているので、今日こそはと思いスポーツジムに行った。感覚的には1ヶ月以上ジムに行っておらず、体を動かして汗をかくことすら忘れているような気がする。久しぶりなので、待ちに待ったという気持ちでワクワクしながらジムに行くのかと思っていたら、実はまったく逆だった。どこか億劫で面倒な気持ちが起きてきたが、自分は手帳通りに行動する規範意識が強く、なんとか出かけたのだが、やはり運動するのは素晴らしい、帰宅する時は、さわやかな秋風に向かって口笛でも吹きたくなるような心境だった。天気予報では1日中曇り空となっていたが、白い雲が浮かんだ青空で、心の中まで晴れ晴れとした。ジムから帰っても、いろいろな用事、いわば雑用が入ってきて、今の時間になった。しかしブログは書けるだけで、幸せなのだ。人は生きていると、まして仕事をしていると、気になることがいっぱい出てくる、それを一つ一つこなしながら、前に進んだり後ろに下がったり、喜んだり不安になったり、本当に一生とはその繰り返しなのだろう。それでも小さな山を1つ越すと、どこか嬉しくなる。今日の午前中は、どうしてもやらぬばならぬ仕事があって、しかし気持ちのハードルが高く、不承不承仕事をしていた。お昼の時間になってもまだ終わらず、昼食後、さらに続けてようやくのことで、レポートを送った。しかし続けると不思議なことに、もっとやったらどうだ、という天の声が聞こえてくる。それで明日に予定していた関連の仕事をやり終えた。人の気持ちは矛盾している、あれほど嫌々ながらであったものが、やり始めるとリズムに乗ってくるのだ。スポーツジムも仕事も同じかもしれない。一つ峠を越すと、まるで子どものように嬉しくなって、帰ってきてからガリガリ君のアイスを食べたら、また元気が出てきた。このブログの文脈と全く離れているが、新聞に、美しい残暑の匂い過疎の村(山内健治)の句があった。この作者は、あの灼熱の暑さを美しいと表現し、香り豊かな匂いと感じているから、過疎の村と読んでも、寂しい光景は全くなく、人の良さそうな、貧しいけれども助け合っていく優しい人々がそこに住んでいるような、桃源郷のような気がする。当たり前だが、作者の気持ち次第で、残暑も、逃げ出したくなるのか、どこか郷愁を誘うような美しい香りがするのか、どちらにでもなる。嫌々ながらの仕事でもスポーツでも続けていれば意欲的になる場合もあるし、人は気持ち次第で、どうにでもなるようだ。そうか、それなら、気楽に生きよう。

聞き方

今は25日月曜日の夕方、窓から見る西空は薄茜色の雲が筋状に南から北へと浮かんでいる。今日もいろいろあった、市内の用事がいくつかあって、外に出ると、いかにも秋らしく風が爽やかで、やっぱり秋はいいなと思いながら、明るい日差しを浴びて歩いていくつかの用事を済ませた。猛暑で蒸し暑い天気は誰でも苦手で鬱陶しい気持ちになるが、湿度が低く肌をさすっていくような優しい秋風が、気分を明るくさせる。もう9月も終わりに近くなる、あっという間に時間が立っていく。学会シーズンなので土日がすべて潰れて、先日の土日も都内の大学に出かけて勉強させてもらった。文字どうり勉強させてもらって、たくさんの土産を貰ったような気がした。学会等で発表したり講演をしたりする人は、それ相当の努力をし、積み上げて得た知見という財産を、惜しげもなく参加者に披露するのである。聞く方はまるでお店に入るお客さんのように、土産をもらって当然というような感覚でいるが、実は違うのだ。努力に努力を重ねた貴重な宝物を出してもらって味わっているのだから、誠に贅沢な立場なのである。だから土日の2日間また先週の土日も含めて、自分はしっかり聞こうと心に決めた。大学にいて学生指導をしている時代は、そんなことは当たり前で当然のことだと思っていたが、今の自分の立場では、決して当然ではなく、極めて尊い一時なのである。だから時間がもったいなく、オーバに言えば、全身を耳にしていた。すると知識の吸収の度合いが違う、いやそんな表面的な事ではなく、何か本質的な知識がきっちりと受け止められるような気がした。オーバーな表現ではあるが、物事の本質を捉えるということは、こういうことではないかと思う。この発表者はこのことを言いたかったのだと受け止めるには、受け手がそのような聞き方でなければならない。ピッチャーとキャッチャーがボールをやり取りするように、双方がお互いの本心を把握していなければならない。聞き方によって、表面的な情報であったり、キラリと光る知見であったり、あっと驚くような感動をもたらしたりする、場合によって発表者の意図を超えた受け取り方をすることもある。それは発表の背後にある発表者も意識していない発想の原点のようなものに触れることもある。先日の土日の学会で、そんなことを感じて、自分は今までなんと浅い聞き方をしていたんだろうかと思い、聞き方が深ければ奥深い知識を得ることができる、思いがけない気づきが生まれると気が付いた。それは自分の知識との相互作用であり化学反応でもあるので、新たな知識や気づきが生まれて、共同作業で作り出した知識が創作されるのかもしれない。昨日は久しぶりの懇親会があり、ビールを飲み歓談をした。新聞に、新涼に赤提灯の灯りけり(高山洋子)の句があった。新涼の言葉が、秋の初めの涼しげな様子を運んでくるので、秋の季語であることはわかるが、そんなさわやかな夕方、赤提灯のある居酒屋で、誰気兼ねなく研究の話をしたりよもやま話をしたりする喜びを、久しぶりに味わった。もう対面で懇親を深める時が来た。コロナコロナと騒いでいても、灼熱の暑さ、記録破りの暑さと騒いでいても、やがて過ぎ去って、元の生活が戻ってくる人の世は、まんざら捨てたものではない。

面白さ

今は、金曜日の夕方、と言っても、もう外は薄暗くなっている。珍しく今日は、灼熱の日差しでなく、雨が降って気温も久しぶりに30度以下になったと、ニュースは報じている。どこか心が落ち着く、というか、暑さ寒さも彼岸までと言うが、その通りだと感じている。8月は忙しく、9月になったらなんとかと思っていたら、さらに忙しく、楽しみにしているスポーツジムに、ほとんど行けず、もちろんこの暑さではジョギングもできない。つまり運動不足で健康管理には良くない月であった。今日はもう22日、9月も残り少なくなってきた。9月は学会の大会シーズンで、明日も学会で都内に出かけるが、もちろん自分が研究発表するわけではない。前のブログでも書いたが、自分は発表を聞くだけであるが、これも慣れると面白く、新しいアイデアや優れた研究を聞くと、まるで若い頃のようにワクワクする。文字どうり知的興奮を味わうことができる。研究者はよく、あの研究は面白いとか面白くないとか言うけれども、この言葉は誠に味わい深く、どう表現しても面白いという言葉が最適であり、これ以外は見つからない。面白くなければ、それは研究ではなく苦痛である。研究は、苦痛でやるのではなく、楽しみながら、時にワクワクしながら、時にがっかりしながら、時に自信をなくしながら、たまに自己肯定感を味わいながら、するものである。しかしそれは面白いので、がっかりしたときも、自信をなくしたときも、よしやろうという奥の方から呼びかける声が聞こえてくるので、忘れられないのである。今日も午前中から色々忙しく、つい先ほどオンラインの会議が終わった。しかし研究については、寝ていても気になって考えているらしく、夢に出てきたり、朝起きてすぐにチェックをしたり、ネットで調べたりすることもあるが、体の中に何かこびついてはなれない相棒のような間柄である。これに対して、仕事の方は会議が終わればそれで終了という、始めと終わりがある。しかし研究は、そこが違う。大した研究もできないのにと思いながらも、何か面白いことはないかと、目をキョロキョロさせる好奇心の強い若者と同じである。小学生は、すべて見るもの聞くものに興味を持ち、すぐにやってみる、タブレットなどの道具は、子供達にとっては遊び道具のようなもので、大人のような戸惑いはない、だから楽しいのだろう。研究は、何か自分が子供のような存在になった気がする。それは見るもの聞くものが面白いからである。慶応高校野球部が甲子園で優勝した時、エンジョイベースボールと言って、それが世間に広まった。そこに悲壮感はない、あるのは明るさと面白さと自由と笑顔である。世の中には、こんな面白いこともあるのだということを教えてくれた。新聞に、何一つ物にはならず八十歳最後のトリデ歌を詠むなり(金藤春吉)の句があった。この作者も、句を作ることが面白いのであろう、楽しみなのであろう。それは年老いた者にとっては、宝物である。自分も研究を大切にし、死ぬまで付き合っていきたいと思う。

心理的安全性

今、月曜日の夕方、西の窓から見る空は、夕日が沈んで青色から薄茜色へのグラディエーションの空が見える。ブログを書くには、少し時間が足らないが致し方がない。今日は祝日だが、いろいろな用事で今の時間になった。ブログを書く条件は、用事が済んだか、ひと息入れたか、どこか安らぎのある気持ちの時が、書きやすい。昨日までは忙しかった。前のブログでも書いたが、学会で出張し、いろいろな知的刺激を受け、若い人たちの活力のある研究に、なるほどと思いながら、心が弾む自分に気が付いた。自分もかつてはそうだったのかと思いながらも、今は今なりに、まるで美しい花を見るように、華麗な舞台の踊りを見るように、心惹かれる絵を眺めるように、研究発表を聞き、質疑応答の時間を過ごした。心弾む一時と言ってよい。今日は、別の学会の研究をオンラインで聞いて、自分の考えていることと重ねて、果たして自分はどのレベルだろうかと自問自答していた。人は幾つになっても、特に自分は自信を持つことができないで、他人と比べながら、まだまだダメだなとか、努力不足だなとか、学びの言葉で言えば、自己肯定感が低いのかもしれない。お昼に、家内と話したら、そのぐらいでちょうどよい、自信を持つと偉そうになるから人に嫌われる、と言われた。確かに自分はその程度であろう、若い人の発表をオンラインで聞きながら、学ぶことはいっぱいある。世の中は広い、そして進歩発展して、老いた者は、自分なりに解釈して追いかけていくしかできない。ただ少しだけ付け加えれば、その解釈が、年齢を重ね経験を積み重ねた重みを感じる場合がある。ただそれを他人に伝えることはなかなか難しく、言葉が言葉通りに伝わらないことが多い。今日はそのようなオンラインの研究会だけではなく、諸々の用事があって、それをこなしていると、慌ただしく時間が通り過ぎていくが、まあいいか、平穏に用事を済ませ、事故もなく一日を終えることができれば、それは幸せというカテゴリーに入るだろう。自分を覆い隠すことなく、ブログに書いたり自分を振り返ったりすることができること、それは心理的安全性と言ってもよいだろう。この言葉も昨日の学会でよく聞いたが、それだけ人は人に気を遣い、自分にも自信がなく、大丈夫だろうかと不安に思って、平気で物が言え文章が書けることを望んでいるのかもしれない。新聞に、恙(つつが)なく今日は終りぬ水中花(石川幸子)の句があった。水中花をあまり見たことはないが、多分そっと咲いていて、見る人の心に寄り添って、心理的安全性が増すのかもしれない。一日の中にも、小さな感情の起伏があり、嬉しいと思ったり、少し不安になったり、喜んでみたり、人間はなんと忙しい感情の生き物なのだろうか。それに比べれば、植物は平然とたたずんでいるので、人は花を愛でたり植物を栽培したりするのかもしれない。明日はどんな日かわからないが、書斎で静かに過ごす一時は、この上なく嬉しい。この後は、シャワーを浴びて、夕食になる、そんな平凡な生活に、自分は満足している。

小さな旅

今は、金曜日の夕方にさしかかる頃、新幹線の中である。まあ、と思われるかもしれないが、ネットにつながっていないので、パソコンに保存して、ホテルに着いたら、ブログのサイトにアップしようと思っている。今日の午後は、都内で理事会があって、対面とオンラインのハイブリッドで、自分は代表理事なので、会場で理事会を仕切った。赤坂の会議室を借りた理事会だが、オンラインを含めて21名の参加なので、理事会は十分に成立するが、対面だけだとこうはいかない。オンラインは、すっかり自分たちの仕事に慣れてしまい、対面は特別な形式だと、意識が変わった。良い理事会だった、誰もが発言し、誰もが教育を語り、誰もが日本の将来に期待し、あるべき姿を描いた、だから、どこか未来志向があって、明るさに満ちていた。会員数も増えてきて、順風満帆と呼ぶなら、その通りと言えるだろう。司会をしながら、自分のようなものが、それほどの力量はないのに、と思いながら、会場にいる自分を、もう一人の自分が眺めて、まずまずの仕切り方だな、と自己採点していた。後片付けをするスタッフにお礼を言って、外に出ると、大雨と雷で、数時間前の猛暑はどうなったのか、と天を恨んだ。えいままよ、と小さな折り畳み傘で雨をよけて、実は会場のビルのすぐ横にある地下鉄入口に駆け込んだ。それでも、土砂降りの雨の攻撃に、2泊3日の出張に持ってきたバゲージがびしょ濡れになった。赤坂から東京駅は近い、後は濡れずに新幹線に乗れる。京都で学会があって、参加するためだが、もう若い頃のような気負いはなく、淡々と参加して、最新の研究を聞いて、脳の新鮮度を高めたいからである。発表すると他の発表が聞けず、時間に縛られるので、もう長い期間、参加だけの学会との付き合いになった。まだ科研費があること、名誉会員だと参加費が無料になることなどで、まるで寅さんのような気楽さで、参加できる。ブログは、自宅と違って、夕食が外なのでホテルでは書きにくい、それなら、新幹線の中にしようと、計画していた。外の景色は、先ほどまで窓に大雨の軌跡が斜めに描いていたが、すっかり消えて、山と空と家々の光景が、人々の平穏な暮らしを偲ばせる。ここまで書いて、しまった、新聞の句がない、ネットに繋げないと読めないのだ、仕方がない、スマホのテザリングの力を借りて、アクセスしよう、部屋の灯を一つ残して秋の夜(藤川美智子)の句を引いた。解説は要らないだろう。文脈は弱いが、今の自分の気持ちには合っている。地方なのだろうか、部屋数が多い、外が薄暗くなって、そろそろ部屋の灯りを切らなければと、たぶん日課なのだろう、そして1つだけ、居間なのだろうか、夕食をする部屋だけ明るくして、秋の夜を迎える、静かな秋の童謡がぴったりする。今の外の景色は、先ほどの大雨が嘘のように、白い雲をたなびかせた青空と、遠い向こうのほのかに白い山々と、田んぼか畑か、緑の一面と、点在する家々が、静かな風景を描いている。急ぐ旅でもない、今日は宿に泊まるだけ、理事会もうまくいった、本当に寅さんのような気分になった。まあ、たまにはいいか。

不安や気がかり

今は火曜日の夕方、先ほどオンラインの会議が終わったばかりで、ホッと一息ついたところで、予定通りブログを書く時間になった。今日は比較的余裕のある日だったので、特筆すべき事もあまりなく、白いカーテンをした西窓から空を見ると、雲ひとつない景色が目に入り、素直にいい日だなと思う。昨日は、今日に比べると忙しく、時間的にも気持ち的にもハラハラドキドキしたような一日だった。所沢市内の学校で校内研修会があり、自分もその学校に出かけて、授業を参観しコメントをした。他にも色々な会議や仕事が入っていて、めまぐるしく一日が過ぎていき、仕事が終わったのは夜9時、それから夕食を取ったので、今の時間は眠い。昨日の学校訪問を思い出すと、自分は本当に助けられたなあと、その感謝だけが残る。15クラスの授業が公開されて、校長先生に案内されて全ての授業を参観して、その後は恒例の研究協議になるが、自分にとって、この研究協議は、少しオーバーに言えば、不甲斐なさと知識の無さと経験の無さと能力の無さを自覚する時間である。1クラスの授業を数分で見て、15クラスすべてにコメントをするのは、どう考えても無理である。だから、自分は自分に言い訳をする。小学校や中学校の教師経験がない者が、どうして気の利いたコメントができるのだろうかと、自分を慰めるのだが、世の中はそれを許してくれない。教育委員会から2名の指導主事が来られているが、その先生方は事務方としての役割である。例えば文部科学省の担当官と先週もある高等学校を視察したが、自分たちの役割はアドバイスをしたりコメントをする役割で、担当官は事務方の役割で、その区分は極めて厳密で、その垣根を超えることはありえない。しかし昨日はそれを超えようと思った。自分よりはるかに指導主事の方が学校に精通していて、先生方の心の奥まで見通しで、言葉の一つ一つが確実に伝わるだろう。それに比べて、自分は現実離れしているようで独りよがりで、本心言えば逃げ出したい思いだった。しかし逃げてはいけない、例えどんな状況であったとしても、脳を全開して先生方に伝えなければならない。そこでふと気が付いた。自分と2人の指導主事の3名で、思う存分のコメントをさせていただこう、それが学校にも先生方にとっても、素晴らしい効果をもたらし、確実なメッセージになると思った。そして、それは大成功であった。指導主事の先生方の言葉の1つ1つが自分の心に響き、それが自分の脳の奥深くにしまい込まれていた知識を呼び出し、自分が言いたかったことはこれなのかと、自分で気がついた。本当に2人の素晴らしい先生に救われたのである。夜7時から9時までのオンラインでの会議においても、本音を言えばあまり発言をしたくなかった。それは自分の不勉強で、どこか逃げたい自分がいたからだろうと思う。しかし参加して本当に良かった。そこに多くの優れた先生方がいて、事前の不安がどこかふっとんでしまったからである。世の中のプロとは、こういう人たちなのかとつくづく思った。しかし自分はと言えば、内心ビクビクしている小心者のだと思っているが、世間ではそうではなく一応のプロとして見なしているので、できないとは言えない。だから事前に不安になったり逃げようかと思ったりすることもあるので、我ながら苦笑する。しかし実際にその場面に立つと、不安はどこかに飛んでしまう。素晴らしい人が大勢いて助けてくれるから、事前に心配しなくても上手くいくのかと安心することが多いのだ。新聞に、苦しみなど元から無かったかのごとく抹茶フラペチーノを飲み干す(かなもり涼華)の句があった。この人も、何か気がかりなことや苦悩を抱えながら生きているのかもしれないが、大好物の飲み物を飲む時は、まるで何事もなかったような感じがして、心が休まったのだろう。大抵の人は、そのような生活をして生きてるのだろうと思う。自分なども、さざ波のような浮き沈みのある毎日を送っているのだが、それは決して無駄ではなく結果は必ず良きことになるという経験を何度もすると、楽天家ではないのだが、明日を生きて行く勇気が出てくる。不安や気がかりは、事前に自分で作り出して勝手に心配しているだけで、現実に出会えば、何事もないのである。

若い人

今は土曜日の夕方、気楽なひと時で、朝から曇り空で気温は30度以下で過ごしやすい一日だった。ギラギラした太陽を忘れさせてくれる秋が来た、というより、台風の余波なのだ。明日からは、また30度越えの晴れの天気が続くと、予報は伝えている。土日は、ありがたいことにオンライン会議がないので、自分の好きな仕事が自由にできる。今日も午前中は、分析の仕事というか研究をし、昨日訪問した学校の報告書を書いた。昨日は、文部科学省の仕事で、ある高等学校を実施調査のために訪問した。昨日は関東地域は、台風の影響で、朝から大雨が絶えず降っていたので、電車が不通にならないかと心配していた。その学校を訪問するには、JRのある路線が便利なので、その予定で交通を考えていたのだが、この路線はちょっとした風や雨ですぐに不通になることで有名だが、ネットで調べると、いつまでたっても平常運転と表示されるので、この路線の方が時間も短縮できるので、雨の中を駅に向かっていった。それはもう奇跡としか言いようがないほど、1分の狂いもなく目的の駅に滑り込んだ。ありがたい、これで予定通りだと呟いて、駅の構内にあるコーヒー店で簡単な昼食を済ませてバスで学校に向かった。文部科学省の研究指定校であり、生徒たちの活動の様子を実際に観察したりインタビューをしたり、先生方との意見交換をしたりという、自分にとっては、この上無く楽しい一時だった。一日中雨が降り続けている台風のこともすっかり忘れて、夢中になって若い高校生たちと議論した。先生方も、大学を出たばかりのような若い教員、ベテランの先生、そして教育委員会の指導主事や校長先生など、文部科学省の担当官や私達と、研究協議に時間を忘れた。思えばなんと贅沢な時間を過ごしているのだろうと、もう一人の自分が眺めていた。年齢に関係なく、何かにチャレンジすることは、それ自身が周囲に宝石をばらまくように光り輝いている。いつも思うことだが、学校とは沙漠の中のオアシスのようなもので、そこに行けば希望があり夢がありそして生きる勇気をもらえる存在なのだ。昨日もそのような一日を過ごし、台風の影響もほとんどなく、時刻通りに我が家に帰ってきた。本当に自分は学校が好きなんだなあと、改めて思った。文脈は少し離れるが、新聞に、暑いこと「アッツイ」と言う乙女らの甲高き声コンビニに消ゆ(渡辺守)の句があった。若い女性たちが楽しそうに、何が面白いのかわからないが、何人かが固まってコンビニに入って行く姿が目に浮かぶようだ。若いということは、それだけで絵になり句になり写真にもなるのだろう。もう甲子園の高校野球も終わり、夏は過ぎ去っていったが、その余韻がまだ残っているようだ。どんなに若い人でも、勉強のこと友達のこと進路のことなど、悩むこともあるだろう、思い通りに行かないこともあるだろう。大人や年配者とは違った意味で、心の葛藤を抱えながら彼らも生きているに違いない。今の自分から見れば、どんな事態が起きようとも、それはほとんど小さいことで、後になってみれば全て解決できる、気にすることはないのだ、と言いたいのだが、本当はそれらを経験することで、辿り着く言葉なので、実感は湧かないかもしれないが、自分は、いつも子供や若い人たちを応援したい。

和室

今は9月4日月曜日の夕方、日差しも心なしかやさしくなり、南側の窓から見える空は、青空と灰色の雲が混じって、まだ蒸し暑い日中の名残りがある。テレビ番組が報道しているように、今年は百年ぶりの暑い夏であった。その通り、肌に突き刺すような日差しを浴びると、出かけることもおっくうになる。今日は久しぶりに朝から雨が降って、正確には昨夜から降り続けていたが、今は青空が見えているので、久しぶりの30度以下の気温になった。昔は30度を超えると大騒ぎをして、暑い、暑いを連発したことが嘘のような気がする。今では30度はむしろ過ごしやすい、35度以上になって、暑いなあという言葉が出てくるぐらい、異常気象なのである。一昨日と昨日は土日で、オンラインの会議もなかったので、自宅に居るときは、下着だけで過ごす、といっても、冬のズボン下を履くのだが、これが足にぴったりくっついているので、動きやすい上にどこか軽やかな気持ちになって、書斎での仕事がはかどるのである。もちろん下着姿のときは靴下もはかない、素足が書斎や居間の床にぴったりついて、涼しさが足の裏から伝わってくるようで、心地よい。この下着姿で、二階と一階を行き来しながら、仕事をしたり休憩をとったり、何かと自宅の中をうろうろして、楽しんでいる自分を発見する。そんなことを考えていたら、新聞にちょうど良い句、靴下が畳に滑る夏座敷(村田一広)、が掲載されていた。確かに靴下で畳の上を歩くと、どこか滑るような感覚がある。我が家の一階に和室があるが、そこでは素足の方が似合う。今日も朝刊を玄関の郵便箱から取ってきて、和室にあるテーブルで広げ、いろいろな記事を読んでいるが、それは自分にとっての至福のひと時、といえば少しオーバーだが、リラックスする時間であることは確かで、その時の自分の格好は下着に素足、そして時折窓越しに庭を眺めて、しとしと降る小雨を味わいながら、何か良い句はないかと探すのが、月曜日の日課である。その時の気分によって、俳句と短歌を読んで、適当に丸印をつけて、スマホで写真をとるのだが、この句でブログを書こうなどとは、もちろん思ってはいない。ただなんとなくブログを書いてるうちに、見えない糸で引っ張られるかのように、ある句にたどり着く。なんと表現したらよいのか分からないが、多分人の心は無意識的に何かを求めているのだろう。それが句という形になって、自分の心のひだに引っかかる時に、スマホのシャッターを押しているのだろう。この句の作者は、自分と同じようなことを考えているのかと思うと、どこか愛着がわく。作者のことはわからないが、郷愁に似た、昔の家屋を懐かしんでいるような気がする。今日は月曜日、オンラインもあり出かける用事もあり、下着姿というわけにはいかず、それなりの格好をしているが、やはり休日の下着姿の方が良いに決まっている。世間を渡るとか、仕事をするとか、何かしらの活動をする場合は、自由という身に窮屈な格好をさせて、本心に世間向けの言葉で修飾をして、それなりに振る舞っている。それが大人の社会の常識だとすれば、それは確かに学校や子供や幼児の世界とは違う。まあそれでよいのだ、多少窮屈なこともあるが、生きていれば楽しいことも嬉しいことも、そしてちょっぴり悲しいこともあるが、それで良いのだ。

祭り

今は昼間、書斎の白いカーテンをした窓から強い日差しが、机を照り付けている。本当は夕方の涼しい時刻にブログを書きたいのだが、用事が入っている。別に隠すこともないので、夕方から庭の草取りをする予定になっている。昼間の時間は、形容のしようがないほど、灼熱の太陽で、とても作業などできるはずもない。しかし午後5時を過ぎるあたりから、穏やかな日差しになり、日陰ができ、涼しげな風も吹いて、体を動かしても苦しくはない。ただ困るのは蚊がやってきて、皮膚が出ているところは、遠慮会釈もなく攻撃することである。そのため、この暑い日にジャージを羽織って防御しながら草取りをすることになる。実は昨日の夕方も草取りをした。一昨日までは庭と言っていいのか、雑草の生えてる場所と言っていいのか、全く手入れのない空間であった。昨日の夕方、意を決して草取りをして、汗びっしょりになって、その後シャワーを浴びて夕食を取ったのだが、その爽快感がまだ忘れられない。素人の草取りは、庭の芝生はまだらであって、虎刈りとはよく言ったもので、虎の体の縞模様のように、芝生が線状に草色と土色が交互に並んでいる。しかし終わった後、居間から眺めていると、ようやく庭らしくなったかという満足感で、その嬉しさが忘れられず、今日も、夕方草刈りをしたいと思ったのである。これからオンラインのミーティングがあって、かなり気を使う仕事なので、その前にブログを書き終わるつもりで、パソコンに向かっている。もう9月1日なのか、子供たちは長い夏休みを終えて、今日から登校しているのか、久しぶりに会う友達と楽しく話をしているだろうかなどと、考えて自分も休みから仕事のモードに切り替えようと思っている。といっても、自分の日常生活は、長期休暇や日曜祭日に関わらず、ほとんど同じ生活パターンで、午前中はなるべく自分の時間を確保して、午後はオンラインなどの仕事を入れるようにしている。昨日まではどこか夏休みという感覚なのだろうか、草取りをした後、なぜか盆踊りを思い出して、パソコンで所沢新小唄を聞いた。なぜか妙に哀愁があって胸に響いてきた。こんな歌を聞くと、自分は日本人なんだなあと、意味もなく感慨に浸ったりする。所沢の祭りは10月、川越の祭りは11月、秩父の祭りは12月と、埼玉県のこの地方では、秋から冬に向かって北の方角に祭りが催される。今年は久しぶりに、昔のような笛や太鼓や踊りや華やかなイベントが繰り広げられるであろう。皆がそれを楽しみにしていると思うのは、自分たちもこの地域の住民なのか、日本人なのか、あの太鼓の音を聞いていると腹の底まで響いてきて、アイデンティティーが揺さぶられるからか。理屈を超えて、体が音とリズムに共鳴するだろう。新聞に、踊りつ家を出てくる風の盆(人見正)の句があった。そうか9月1日から3日までが、おわら風の盆の祭りであると、ネットで知った。実際にその光景を見たことはないが、胡弓の奏でる哀愁あふれる音色に飾られて、女性も男性も優雅に踊る姿は、江戸の昔から伝わる日本人としての美しさや優しさを表して、見る人の心を揺さぶるのであろう。全国のいたるところで、夏から秋にかけて祭りが催され、先祖の人たちの文化を引き継いで、子や孫たちに伝えていく行事が催される。今日は9月1日、なんとなく新しい季節を迎える出発の日である。8月はいろんなことがいっぱいあった、9月もそんな風に過ぎ去って行き、やがて年の瀬を迎えるだろう。人はそんなふうにして、祭りのような行事に出会って、日本人としての実感と、これから先の希望を持って、住民たちが助け合って生きていくことを、確かめるのだろう。