ロマンと現実

今は土曜日の夕方、といっても窓から見る外は、夏空で気温が高いので窓を開けっ放しにしている。休日といっても平日と変わらない生活なので特筆すべき事はないが、やはり週末は気が楽である。窓から入ってくる涼しい風が心地よく、今週も終わって月曜からまたいろいろなことが始まるのかと思う。今週の水曜日は、自分が所属している団体のオンラインセミナーが隔週にあって、毎回ゲストをお呼びして自分がホスト役を務めているイベントがあった。今回は、ある省庁のトップクラスの官僚がゲストで、興味深い話を聞かせてもらった。夕方だが、30分がゲストのプレゼン、30分が自分との対談を含んだ質疑応答の時間である。文部科学省なら、ほぼ背景が分かるのだが、この省庁、隠すこともないので、デジタル庁なのだが、自分の知識が不足しているせいか、逆に大変興味深かった。どの省庁でも同じなのだが、国を背負っている意識があって、枠組みが幅広く論理的でしかも根拠に基づいたプレゼンなので、参加者を完全に納得させた。自分もなるほどと何度も頷いた。その翌日つまり木曜日に、市内の3校からなる運営協議会という会議があって参加した。チーム学校というか、地域が学校を支援する、もしくは運営母体の役割を果たすような位置づけで、これまでの文部科学省をトップにした階層構造から脱却しようという制度だと聞いている。小学校2校中学1校からなる合同組織なので、それぞれの学校の概要説明を校長先生がされたが、これもまた大変興味深かった。さすが校長先生はよく学校を把握しており、長所も短所も現実の厳しさも知りつつ、地域住民の意見を聞きそれを反映する難しい役目なのだが、実に見事な応答で誰もが納得した。テレビで報道している国会討論よりもはるかに深い議論だと、自分には思えた。そして何故だろうかと考えた。デジタル庁の話も校長先生の話も、自分にはマネができない深い内容で、誰にでも聞かせてみたいような気がした。ただ枠組みは違うことは分かった。一方は国レベルまたはあるべき姿の論である。他方は現実という厳しい状況の中で学校運営をするので、揺れ動く心情に誰もその通りだと賛同した。新聞に、キャンプ張るロマンチストとリアリスト(あらゐひとし)の句があった。キャンプに行くと、星の美しさに魅せられてロマンを語る夜がある、一方では怪我のないように料理が時間通りにできるように、トラブルが起きないように、などの現実の気苦労もあるだろう。キャンプに行けば、確かにロマンと現実の両面がある。教育の議論も同じだろう。あるべき姿や理想の姿やロマンを求める必要もあり、同時に現実の姿も考慮しなければ空論になってしまう。それは理論と実践とも言い換えられるし、厳しいながらもすべての子どもの未来を信じる教師のロマンにも通じるだろう。省庁のトップも校長先生の目線も、その両方が必要なのか、自分も無力ながらそんな教育のお手伝いをしたい。

春の風

今は火曜日の昼間、空は青く白い雲が浮かんで、五月らしい気持ちの良い天気である。夕方でなく昼間にブログを書いているのは、夕刻がオンラインで塞がってるからなのだが、天気が良いことは、気分を爽やかにしてくれる。なんとなく心が弾んでいるというと、少しオーバーだが、先週の土曜日に海外にいる知り合いとオンラインで仕事の打ち合わせをし、それがうまくいったので、まだその余韻が残っていて、まるで子供のように、思い出しては頬が緩んでいるのだ。そんな嬉しいことなのかと言われそうだが、前回のブログでも書いたように、まるで小さな小さなことなのである。この仕事は、自分だけでなく何人かの同僚を巻き込んでいて、その責任が自分にあると思っているので、それでほっとしたのである。責任の思い込みが強くて、どこかプレッシャーになっていたのだろう。明日もいくつかの仕事があって、自分ではむしろ楽しみな仕事なのだが、それでも緊張するので、できれば逃げたいと思うのは、毎回なのだ。もう何10回も何100回も経験して、一度の失敗もなく満足して終わるのだが、明日のことなのに、今でも少し緊張している。これは性格だから仕方がないのだが、こんなふうに毎日小さなことで心配したり喜んだり不安になったり多少の自信を持ったり、人間とは、小舟に乗って、帆を張って風や波を避けながらそして利用しながら進んでいくような気がする。天は、人は健気にもなんとか頑張っているのかと、眺めているのかもしれない。緊張がなければ、終わった喜びもなく、不安がなければ、順調に進んだ嬉しさもないだろう。束の間でもいいから嬉しい知らせがあれば、その余韻に浸るのもよかろう。昨日は都内に会議があって出かけたが、帰りの電車で土砂降りのような大雨に遭遇して、少し到着が遅れた。今朝は快晴の天気で、思わず庭に出て雨に濡れた芝の上に立って背伸びをした。何かいいことがあるかもしれないなどと思ったのは、昨日の大雨のせいだろう。面白いことも面白くないことも、嬉しい事も苦しいことも、心が弾むことも不安になることも、相対的なものであり、ありふれたものなのだろう。しかし楽しい時には子供のように素直に喜べばよいのだ、土曜日の朗報は、まだ同僚には連絡していないが、そろそろ喜びを分かち合おう。新聞に、春の風遠くの君へ届く頃(関根ともみ)の句があった。俳句の選者は、この句は抒情豊かな青春の句で、遠くの君とは思い人だと評していたが、老人であっても、青春時代でなくてもこの気持ちはいつでも起きる。同僚と喜びを分かち合う時、人は青春に戻り、その抒情に浸るのかもしれない。

日々の出来事

今日は土曜の夕方、といっても南側の窓から見る景色は、真夏の太陽のように家々の屋根やマンションを照り付けて、まだ暑そうである。薄青色の空をバックに白い雲がぽっかりと浮かんで、平穏に今日も日が暮れていくのだろう。いつもの土日と同じように、先ほどスポーツジムから帰ってきたばかりである。体を動かすと全身に血液の循環がよくなるようで、気持ちがリフレッシュされる。午前中はオンラインの打ち合わせがあって、自分にとって、それは朗報であった。人は、仕事でも健康でも家庭のことでも、多少の心配事や不安や揉め事などがあるだろう。他人から見ればなんでもない小さなことでも、本人とすれば、喉に魚の小骨が引っかかったようで、痒いところに手が届かないようで、いつまでたっても小さな咳が出るようで、気にかかるのである。ほんの小さなことだと、たぶん人は言うだろうと思うが、今朝のオンラインの打ち合わせで、それが杞憂だったことがわかってほっとした。あまりにもこまごました仕事のことなのでブログには書かないが、本当に些細なことなのである。今は、喉の小骨が取れたようなスッキリとした気持ちである。ただ自分の性格だと思うが、そんな小さな出来事でも、なんと自分は愚かなのだろうか、なんと心配性なのだろうか、なんと取り越し苦労なのだろうか、など自己効力感が低下していく。人は見た目と内面は違う。自分の所属する団体のスタッフからみると、そんなことは大したことないよとか、大丈夫だとか、自分が口癖のように言うので、自分をそのような人物だと思っているふしがあるが、本当はそうではない。自分は小心者なのである。話をする時でも、ビクビクすることもあるし、緊張することもある。ただ今日ふと思った、だから良いのかもしれない。なんと自分は鳥越苦労をするんだろうか、心配性なのだろうか、と思うので、次回はそう思わないようにしようと、自分にいい聞かせている。それはたぶん生きて行く上での知恵なのだろう。その知恵は経験に基づく気づき、つまり本当にそうしようと、自分の信念に響くような強い教訓である。そのような知恵を毎日少しずつ重ねていくのだろう。新聞に、トーストがポンと上がってありふれたかけがえのない今日が始まる(鈴木まり子)の句があった。この短歌の作者は、毎日新しい出来事に出会い、その度に知恵を積み重ねるとすれば、かけがいのない毎日だと詠んだとすれば、自分と同じ思いである。毎日毎日出来事に関わって、自己効力感のプラスとマイナスの波が動いていき、その出来事の度に小さな知恵を積み重ねている。それがその人の人格を作り上げていくのかもしれない。性格や人格は生まれついたものがほとんどかもしれないが、それでも残りの部分は日常生活における経験から得た知恵によるものではないか。

どちらが良いのか

今は月曜日の夕方、外は曇り空で昨日までの空の景色とかなり違っていて、どうも台風1号の影響らしい。今日は都内で会議や役員会やら用事が山積して、朝から出かけた。今週は都内や他県に出かける用事も多く、ほとんど外出する予定になっている。この時間にブログを書いているのは、当然ながら明日は都内の会議やら懇親会やらがあって、夕方には机に向うことができないからである。電車に乗る時は、自分は何かの本を読んでいるのだが、それは紙の図書でないと困る。パソコンは持たずスマホで文献や書類を見ることはできないので、何かの書籍を持っていく。その書籍が小説だと周囲の目が気になるというか、何かサボっているような気がして、仕事に関係する専門書のような雑誌や本を持っていく。図書は意外と書斎では読めないもので、電車の中が最も適しているような気がする。できれば座席に座って、まとまった時間があればなおよい。しっかりした本を読むと、何か得した気がするからである。とは言っても、自分はそんなに論文を読んだり専門書を読んだりすることが好きだとは言えないだろう。本当の学者は、多分書斎だろうと居間だろうと電車の中だろうと、読みふけっているに違いない。自分はそれには程遠い。だから自分に言い聞かせているのかもしれない。長い間の習慣で、毎日少しでもいいから研究か仕事に関連したことをしてないと、背中を何かでつつかれているような気がする。もう現役でもないのにといつも苦笑する、多分習慣なのだろう。いや自分の価値観か学校文化か大学の研究文化が身についてしまって、ほどこうにもほどけにくいからだと思う。学校では頑張れ頑張れと言い、研究では寝ても覚めても考えよと、学生に言ってきた。それが良かったのか悪かったのか、この年になるとわからない。自分はまだその呪縛から逃れていないからだ。多分1年間毎日ずっと、この習慣から離れた記憶はない。昭和の人間はそうやって頑張ってきたかもしれず、理系の大学ではそれが当たり前であった。しかし今思えばそれは間違っていたのかもしれない。新聞に、職安の帰りの道は夕焼けて「ファイト!」の声の響く校庭(松本尚樹)の句があった。昭和でなくても今であっても、スポーツの世界は同じらしい。この作者は職を探していたのか、夕焼けの道を帰りながら、自分が学生だった頃を思い出し、未来に向かって頑張っている若者が眩しかったのかも知れない。ただもう年齢が来れば頑張らなくてもよいのだ、静かに生きて行くことも大切なのだと、自分の生き方と矛盾するのだが、この頃そう思うこともある。どちらが良いのか自分にはわからない。

今は幸せかい

今は土曜日の夕方、空はまだ明るく太陽もさんさんと光を放ち、青空に向かって威張っているようなマンションが見える。2階にある書斎の窓からの眺めである。いつものように土日はスポーツジムに行くが、今は帰宅して一息ついたところで、土曜日はブログを書く日である。自分が通っているスポーツジムは比較的大きく、自分は下手ながら打ちっぱなしのゴルフ練習場で30分、その後プールでクロールと平泳ぎで200m泳ぎ、その後ジャグジーで体を温め、屋上で椅子に座って足を投げ出して太陽を浴びる。今日の天候は初夏の陽気で、濃い緑の葉っぱと青い空そして白い雲さらには心地よい風に当たって、気持ちはもうハワイで夏休み、こんな時はこの時間に浸っていたいと思う。お前は今は幸せかいと問われれば、まあそれなりにと肯定的に答えるだろう。多少の心配事や小さな願いごともあるが、凡人のすることはどちらに転んでも大したことはない。昨日は午前中、自分が役員をしている中学校の運動会に参加し、午後は都内でイベントに参加して挨拶などをした。イベントには大勢の人が参加して、自分はどこか晴れがましい役目を果たした。運動会は、さすが中学生と思わせるような若い生徒たちの元気な姿が、眩しかった。自分も就職のスタートは高校教師で、修士課程を出たばかりの24歳だったから、生徒たちとあまり年齢差はなかった。校庭の向こう側に防風の松林があり、その向こうに白い砂浜と真っ青な海がつながっていた。自分は物理の教師で弓道部の顧問だった。部員たちによくグランドを一周させていた。弓道は体をあまり動かさないから運動にならないと思い、何かがあればグランド一周を課した。今思えばパワハラで訴えられたかもしれない。体育系だったのである。中学生の競技や応援合戦などを見ると、どこか血が騒ぎ昔のことを思い出した。若い時は夢中なのである。弓道部の主将も優秀な生徒だったせいか、兄弟のような感じだった。若い頃は、どこか口笛を吹くような気持ちで、肩で風を切って歩いていたような気がする。高校教師から大学教師へそして今は団体役員になった。若い頃は誰でも怖いもの知らずで、失敗もあったかもしれないが、楽しい思い出しか残っていない。しかし同時に、スポットライトを浴びて得意になったり、谷底に落とされたような失敗もあったり、異性に惹かれ夢中になったりそして破局を迎えたり、誰でもそんな経験をしているだろう。つまり振幅の激しい時代なのである。年をとるとその振幅が小さくなって、やがて平坦になっていくのであろう。しかしそれを思い出してみても過去は過去、今が幸せでなければ意味がないことは誰でも知っている。露と落ち露と消えにし我が身かな浪速のことも夢のまた夢、と詠んだ秀吉の辞世の句のように、すべては夢として消えていくだから、スポーツジムの屋上で椅子に座って足を投げ出し、自分に今は幸せかいと問うてみたのである。ここで新聞から句を引きたいのだが、あいにくと文脈に合う句がない。秀吉の辞世の句で、勘弁してもらおう。

ありふれている

今は火曜日の夕方、朝から気温が高く初夏というより夏のような気温であった。午前中は市内の学校に出かけ、午後は先ほどまでオンラインに参加した。ただ今でも少し体がだるく熱とは言わないまでも少し体温が高いような気がする。だからオンラインの会議ではあまり頭が働かず、ぼーとした状態で発言したので、文脈に合った意見だったのかどうか不安が残るが仕方がない。たまにはこんな日もあるだろう。会議に参加するとき書斎のエアコンを冷房にしたが、頭は心地よいが体は寒かった。今ブログを書いていても、ちょっとした風邪を引いたような感じなので、あまり論理的な文章は書けないだろう。ふと思う、午前中の仕事も午後の仕事もそんなにワクワクしないが、教育の仕事に関われるだけましというか、世間の誰でも同じだと思う。自分たちのような立場やデスクワークの人たちは、ほとんどが会議やら打合せやら資料作成などに時間を取られて一日が終わっていくのだろう。ところが講演の資料作りや原稿だけはどこか違う。当たり前だが、自分のオリジナルの考えを表現できるので、ルーチンワークの仕事に使う脳の部位が違っているからだろう。だからオンライン会議に参加しながら、隣のパソコンで内職の資料づくりをしていた。左のパソコンでオンラインで発言し、右のパソコンで資料作りをするのだから、同時に考えることはできないから、発言の前後だけ会議の頭になり、その他は資料作りの頭になる。どこかおかしいのだが、それも不調な頭で考えるので資料の内容は大丈夫かとも思うが、それなりに出来上がっている。ブログが書き終わればすぐに続きをやってみたい気持ちすらある。たぶんそれは幸せな状態になるので、脳の不調が癒され快方に向かうような気持がする。だから自分の好きな仕事をやっている時はいろんなことは忘れてしまうのだろう。と言っても好きなことだけして世の中を渡っていくことはできないから、小さな幸せと小さな不幸を交互に味わいながら毎日を過ごしているのだ。新聞に、ありふれた不幸なのかも聖五月(稲田覚)の句があった。聖五月とはキリスト教のマリアの月であることから五月の美称の季語だとネットに書いてあった。なるほど幸せだと思うこともありふれており、不幸だと思うこともありふれている。ということは幸せでも不幸せでもあまり大したことはなく、いつでもどこでも誰でも経験していることなのだ。自分もそうだが、嫌なことや面白くないことがあると、自分だけがなぜと悲観することがある。しかしそれはありふれたことなのだ、誰でも同じ思いをして自分だけがなどということは、ほとんどないのだ。体の不調と言っても、お風呂に入って夕食で一杯飲めばたぶん忘れてしまうだろう。幸も不幸もありふれているとは嬉しいような嬉しくないような、否、それは素晴らしい発見である。

気づき

今は土曜日の夕方、まるで初夏のような天気なので、書斎の南側の窓を開けて風を入れている。先ほどスポーツジムから帰って、グレープフルーツで喉を潤し、ほっとしたところで二階にある書斎に上がってきた。昨夜は都内で懇親会があり夜遅く帰宅して、しかもなぜかテレビの映画に惹きつけられて、珍しく夜ふかしをしたので、朝5時の起床がきつかった。ただ今朝はどうしてもやらなければならない仕事があった。授業を参観した時の記録、正しくはコメントもしくは感想をメール添付で送ることである。詳細は述べられないが、市の教育委員会に協力して学校訪問などをしているのだが、その関連の仕事である。かなり以前にこのブログでも書いたが、自分は授業参観をしてコメントを言ったり気のきいた助言をしたりすることが苦手である。特に小学校はまるで芸術作品のように先生方がいろいろな工夫をされているので、自分のような経験のないものが口を挟むのは、プロに向かって素人が批評をするようなもので、本末転倒なのである。つい最近までなんとか逃れようとしていたと思う。自分ができるのは、せいぜい論文などのような論理的に割りきれる世界で話ができるのであって、授業のような生きた子供たちと教師が、台本もなく丁々発止と台詞を言う、舞台で織りなす演劇のような世界は、とても難しくてコメントはできない。ところがGIGAスクール構想が日本全国の小中学校に展開されるようになると、自分も市の教育委員会から呼び出されて現場の授業に顔を出すようになった。顔を出すようになると、年に数回はまとまった講演をし、授業のたびに指導と称するアドバイスをしなければならない。ベテランの先生であればそれはたやすいことかもしれないが、自分には重荷であった。あったという過去形で書いたのは、現在は多少ニュアンスが違っているからである。長い長いトンネルを抜けたような印象で、多少自分でもお役に立つことがあるのかと思うことがある。それはどうしたのだ、どうやればそれができたのだと言われても、正確には答えられない。言えることは、ふと気づくことを大切にしている、だけである。気付くことは自分の力ではない。いくら自分が力んでみても、天からの贈り物のような気付きは決してできない。つまり自分の力ではない、天の力を借りているようなものなのだ。新聞に、原つぱに風ひかるとき今そこに詩の神がおはしましぬと思ふ(古山智子)の句があった。詩を作ることとは、そういうことなのか、自分ではない神や天の力の授かりものなのか、言われてみればそうかもしれない。授業という変幻自在な生き物を対象にしてアドバイスをするには、自分の力ではどうにもならない、気づきというあやふやだが自分の知識を超えた知識、それが経験のない自分が太刀打ちできる武器なのかもしれない。ただその武器が鋭い切れ味を持っている場合もあれば、なまくらな刃こぼれするような場合もある。少しずつそれを自分の知識に組み込んでいく作業が、自分の授業参観なのである。指導主事の先生の力を借りながら、その世界で多少ともお役に立ちたいと思っている。いつまで経っても、人は楽にはならない。

生ききって

今は水曜日の夕方、書斎の南側の窓から見える空は薄曇りだが晴れた良い天気で、今日もつつがなく一日を終えようとしている。昨日も一昨日も用事があって遠くに出かけていたので忙しくてブログは書けなかった。私的な用事でなので詳細は書かないが、その2日分の用事がどっさりと貯まっていて、自分の机上にある手紙やらレターパックなどは、まだ開けずにそのままになっている。メールもまだ全部は見終わってはいない。メールを読むだけなら簡単だが、それに付随した色々な仕事が待っている。それを片付けないと気持ちが落ち着かず脳もすっきりしないのでとりかかると、ドミノ倒しのように処理できない駒が倒れていく。ふと思う、それでもこんな仕事があるだけ、こんな用事があるだけありがたいのだ。今日も午前中は市内の学校の評議員会があって学校給食をいただいて帰ってきたら、午前中はそれで終った。授業参観もしたから面白い授業があって、あっと気づくことが色々あったが、メモや写真は撮れないので校長室での会議の時に、配付資料にそっとメモしておいた。手を動かすと後で思い出すかもしれないという淡い期待を持っているからである。帰宅後に、緊急の論文の査読が入ってきて、といっても数日間の余裕はあるのだが、担当者の焦っている様子が感じられたので、今やるしかないと、どこか矜持が働いて、査読をしたら2時間くらいかかった。するとメールが滞る、もちろんいろいろな用事を手帳に書き込んでいるのだが、できない仕事はX印をつけて別の日に送るので、これもドミノ倒しの駒になる。先ほどの授業のメモも、パソコンにファイルとして保存しておかなければアクセスできないからと思いつつも、これも後回しになってドミノの駒になるだろう。人はこんな風にしていろんなことに出会って、少しずつ乗り越え少しずつ後ずさりし少しずつ捨てていくのかもしれない。振り返ってみた時、あんなこともあったと自分を褒めることもあるが、あんなこともできなかったと後悔することもある。こうして年を取っていくのだろう。一日でも一週間でもいろんなことが起きてくるが、とにかくこれが最善だと思うしかない。誰でもそうだろうが、長生きをする人はそのような波を数多く経験しているから、少々のことはなんでもないと思うのかもしれない。自分にはまだそんな悟りのような気持ちには達してない。新聞に、百四歳母生ききって春に逝く(小沢悦子)の句があった。これだけの長寿であれば、どれほど多くの出来事に向かって立ち向かったのだろうか、どれほど多くの努力をしたのだろうか、それが、生ききって、という言葉に凝縮されている。今日のような暖かい春の日に大往生を遂げたとすれば、娘とすれば安堵感で胸がいっぱいになっただろう。本当に生ききったとすれば少しも後悔はないはずである。それは最高に贅沢な生き方である。

自然の成り行き

今は土曜日の夕方、ほっと一息ついて一週間を振り返る時である。大型連休が終わって、郵便箱に速達便や小包がどさっと届いたかのように、いろいろなイベントや用事が入ってきて、あっという間に週末になった。その出来事をこのブログで書くと長くなるので止めておき、今日のことだけを書くと、午前中は審査系の仕事があって、とりあえず片付いた。そんな仕事が楽しいかといえば、楽しいとも言えるしそうでないとも言える。その世界に入ると、応募した人の考えや心情を汲み取ることができる。この人は多分助成金が欲しいだけか、この人はものすごく真面目な人で几帳面なんだなとか、この人はあまり推敲しないで計画書を書いたので誤字もあるなとか、この人はすごいアイディアでどうしてもやり遂げたいのか、など研究する人たちが広場に集まったようなもので、それはそれなりの楽しさがある。しかし自分は主役ではなく、その広場の周囲から眺めているだけなので当然ながら脇役なのである。だから眺める楽しさはあるが、自分が中心になって何かを成し遂げるような喜びではない。研究するとはその人が中心で、舞台で言えば主役なのである。審査員は舞台の袖から見て、批評するようなあまり喜ばれるような役ではない。どんな小さな劇であっても、主役は最も楽しい役であり最も厳しく批評される存在である。そんな経験を積み重ねてきて審査員の側になるのだが、それは花盛りを過ぎた役者のようなもので、プレイヤーではなくマネージャーであろう。今日の午後は、スポーツジムに出かけた。体を動かすとそれなりに活力が出てくるのは脳内物質のせいかもしれないが、誰でもプレイヤーになるのである。どんなに年老いてもどんな役職の人であっても地位や年齢に関係なく、一プレイヤーとして体を動かすのである。スポーツジムに行けば、すべて平等の世界に入ることになる。ある部屋では、インストラクターの体の動きに合わせて、老若男女がまるで子どものように激しく体を動かせ、多分体中が汗いっぱいになっているだろう。自分はそのような教室には入っておらず、一人で黙々と体を動かしたりプールに入ったりして一時を過ごしている。スポーツジムでも激しく運動する若い人もいれば、自分のような我が道を行く人もいる。新聞に、咲き休み散り休みつつ花は葉に(竹田元子)の句があった。春爛漫とはこのことかと思うぐらいの桜の花が満開の季節には、誰でも心を浮かせ、いつの間にか桜の花が散って道端にも小川にも花びらでいっぱいになり、やがて濃い緑の葉だけになり新緑の季節を迎え、しっとりとした落ち着きのある風情に多少の春愁を感じながら過ごしている。自然の季節には花盛りもあれば散っていく時もあり、人の生き方にも主役になってスポットライトを浴びる時もあれば舞台の袖でそれを見守る時もある、激しいスポーツをする年代もあれば自分に合った運動をする年代もある、それでよいのだ、それが自然の成り行きなのだ。そんな物思いにふけりながら、このブログを書いた。

年を取ると

今は月曜日の夕方、大型連休最後の日だが、この時間にブログを書くのはもちろん理由がある。明日は都内に出かけて、いくつかの会議に参加し、最後は懇親会なので帰宅が遅くなるからだ。連休が明ければ、どっさりといろいろな用事が手帳を埋めている。なんとなく気が重いような、そうでないような複雑な気持ちになるのは自分だけではないだろう。しかし当たり前だが、若い人と自分のような老人とは感じ方が違うだろう。年をとるということは細胞が劣化していくことだから、身体も脳もそして気持ちも弱っていくのが自然である。しかし人は誰でも自分の年齢を忘れ、自分の体力を忘れ、自分の知力を忘れ、自分の脳力を忘れ、いつまでも変わらぬとなぜだか思い込んでいるフシがある。ただ旅行に行った後ひどく疲れて昼寝をしてしまったこと、スポーツジムに行って夕飯の後テレビを見ながらぐっすりと寝てしまったこと、好きな小説の本を読みながらうとうとしたこと、知人の名前だけでなく普通名詞も思い出せなかったこと、大切にしていた資料を探せなくて無駄な時間を費やしたことなど考えれば、きりがないほど体力も知力も気力も衰えているのである。ただ自分は地元の教育の仕事やいくつかの団体に関わっているのでそれなりに働いているのだが、それでもたまにはため息をついたり大丈夫かと不安になったりするときがある。年をとっていけば誰でも通る道だからと思いながらも、年齢とともに自己肯定感が下がっていく。自分の親父も似たような傾向があった。自分から見ればとてもかなわないと思っていたが、本人はずいぶん自己卑下していたような気がする。だから自分もその遺伝子を受け継いでいるのかもしれない。逆に少しでも自分を評価してくれてオファーがあると、素直に嬉しくなる。それは弱っていく自分を知っているから、よけいに喜びが増し、自分もまだ大丈夫かもしれないと思うからだろう。新聞に、素晴らしい視力ですねと眼科医の言葉に酔いて出口をまちがふ(出水美智子)の句があった。そうか出口を間違うぐらい嬉しかったのか、そしてその言葉に酔ってしまうくらい有頂天になったのか、年をとるということはまるで幼児のように人生のはじめのページに戻っていくことなのか。もしそうだとすれば周囲から嫌がられない年の取り方をしたい。自分の親父は認知症になってしまったが、いつもおかしなことばかり言って周囲を楽しませてくれていた。認知症にはなりたくないが、無邪気で過ごせるなら、それも悪くはない。