生ききって

今は水曜日の夕方、書斎の南側の窓から見える空は薄曇りだが晴れた良い天気で、今日もつつがなく一日を終えようとしている。昨日も一昨日も用事があって遠くに出かけていたので忙しくてブログは書けなかった。私的な用事でなので詳細は書かないが、その2日分の用事がどっさりと貯まっていて、自分の机上にある手紙やらレターパックなどは、まだ開けずにそのままになっている。メールもまだ全部は見終わってはいない。メールを読むだけなら簡単だが、それに付随した色々な仕事が待っている。それを片付けないと気持ちが落ち着かず脳もすっきりしないのでとりかかると、ドミノ倒しのように処理できない駒が倒れていく。ふと思う、それでもこんな仕事があるだけ、こんな用事があるだけありがたいのだ。今日も午前中は市内の学校の評議員会があって学校給食をいただいて帰ってきたら、午前中はそれで終った。授業参観もしたから面白い授業があって、あっと気づくことが色々あったが、メモや写真は撮れないので校長室での会議の時に、配付資料にそっとメモしておいた。手を動かすと後で思い出すかもしれないという淡い期待を持っているからである。帰宅後に、緊急の論文の査読が入ってきて、といっても数日間の余裕はあるのだが、担当者の焦っている様子が感じられたので、今やるしかないと、どこか矜持が働いて、査読をしたら2時間くらいかかった。するとメールが滞る、もちろんいろいろな用事を手帳に書き込んでいるのだが、できない仕事はX印をつけて別の日に送るので、これもドミノ倒しの駒になる。先ほどの授業のメモも、パソコンにファイルとして保存しておかなければアクセスできないからと思いつつも、これも後回しになってドミノの駒になるだろう。人はこんな風にしていろんなことに出会って、少しずつ乗り越え少しずつ後ずさりし少しずつ捨てていくのかもしれない。振り返ってみた時、あんなこともあったと自分を褒めることもあるが、あんなこともできなかったと後悔することもある。こうして年を取っていくのだろう。一日でも一週間でもいろんなことが起きてくるが、とにかくこれが最善だと思うしかない。誰でもそうだろうが、長生きをする人はそのような波を数多く経験しているから、少々のことはなんでもないと思うのかもしれない。自分にはまだそんな悟りのような気持ちには達してない。新聞に、百四歳母生ききって春に逝く(小沢悦子)の句があった。これだけの長寿であれば、どれほど多くの出来事に向かって立ち向かったのだろうか、どれほど多くの努力をしたのだろうか、それが、生ききって、という言葉に凝縮されている。今日のような暖かい春の日に大往生を遂げたとすれば、娘とすれば安堵感で胸がいっぱいになっただろう。本当に生ききったとすれば少しも後悔はないはずである。それは最高に贅沢な生き方である。

自然の成り行き

今は土曜日の夕方、ほっと一息ついて一週間を振り返る時である。大型連休が終わって、郵便箱に速達便や小包がどさっと届いたかのように、いろいろなイベントや用事が入ってきて、あっという間に週末になった。その出来事をこのブログで書くと長くなるので止めておき、今日のことだけを書くと、午前中は審査系の仕事があって、とりあえず片付いた。そんな仕事が楽しいかといえば、楽しいとも言えるしそうでないとも言える。その世界に入ると、応募した人の考えや心情を汲み取ることができる。この人は多分助成金が欲しいだけか、この人はものすごく真面目な人で几帳面なんだなとか、この人はあまり推敲しないで計画書を書いたので誤字もあるなとか、この人はすごいアイディアでどうしてもやり遂げたいのか、など研究する人たちが広場に集まったようなもので、それはそれなりの楽しさがある。しかし自分は主役ではなく、その広場の周囲から眺めているだけなので当然ながら脇役なのである。だから眺める楽しさはあるが、自分が中心になって何かを成し遂げるような喜びではない。研究するとはその人が中心で、舞台で言えば主役なのである。審査員は舞台の袖から見て、批評するようなあまり喜ばれるような役ではない。どんな小さな劇であっても、主役は最も楽しい役であり最も厳しく批評される存在である。そんな経験を積み重ねてきて審査員の側になるのだが、それは花盛りを過ぎた役者のようなもので、プレイヤーではなくマネージャーであろう。今日の午後は、スポーツジムに出かけた。体を動かすとそれなりに活力が出てくるのは脳内物質のせいかもしれないが、誰でもプレイヤーになるのである。どんなに年老いてもどんな役職の人であっても地位や年齢に関係なく、一プレイヤーとして体を動かすのである。スポーツジムに行けば、すべて平等の世界に入ることになる。ある部屋では、インストラクターの体の動きに合わせて、老若男女がまるで子どものように激しく体を動かせ、多分体中が汗いっぱいになっているだろう。自分はそのような教室には入っておらず、一人で黙々と体を動かしたりプールに入ったりして一時を過ごしている。スポーツジムでも激しく運動する若い人もいれば、自分のような我が道を行く人もいる。新聞に、咲き休み散り休みつつ花は葉に(竹田元子)の句があった。春爛漫とはこのことかと思うぐらいの桜の花が満開の季節には、誰でも心を浮かせ、いつの間にか桜の花が散って道端にも小川にも花びらでいっぱいになり、やがて濃い緑の葉だけになり新緑の季節を迎え、しっとりとした落ち着きのある風情に多少の春愁を感じながら過ごしている。自然の季節には花盛りもあれば散っていく時もあり、人の生き方にも主役になってスポットライトを浴びる時もあれば舞台の袖でそれを見守る時もある、激しいスポーツをする年代もあれば自分に合った運動をする年代もある、それでよいのだ、それが自然の成り行きなのだ。そんな物思いにふけりながら、このブログを書いた。

年を取ると

今は月曜日の夕方、大型連休最後の日だが、この時間にブログを書くのはもちろん理由がある。明日は都内に出かけて、いくつかの会議に参加し、最後は懇親会なので帰宅が遅くなるからだ。連休が明ければ、どっさりといろいろな用事が手帳を埋めている。なんとなく気が重いような、そうでないような複雑な気持ちになるのは自分だけではないだろう。しかし当たり前だが、若い人と自分のような老人とは感じ方が違うだろう。年をとるということは細胞が劣化していくことだから、身体も脳もそして気持ちも弱っていくのが自然である。しかし人は誰でも自分の年齢を忘れ、自分の体力を忘れ、自分の知力を忘れ、自分の脳力を忘れ、いつまでも変わらぬとなぜだか思い込んでいるフシがある。ただ旅行に行った後ひどく疲れて昼寝をしてしまったこと、スポーツジムに行って夕飯の後テレビを見ながらぐっすりと寝てしまったこと、好きな小説の本を読みながらうとうとしたこと、知人の名前だけでなく普通名詞も思い出せなかったこと、大切にしていた資料を探せなくて無駄な時間を費やしたことなど考えれば、きりがないほど体力も知力も気力も衰えているのである。ただ自分は地元の教育の仕事やいくつかの団体に関わっているのでそれなりに働いているのだが、それでもたまにはため息をついたり大丈夫かと不安になったりするときがある。年をとっていけば誰でも通る道だからと思いながらも、年齢とともに自己肯定感が下がっていく。自分の親父も似たような傾向があった。自分から見ればとてもかなわないと思っていたが、本人はずいぶん自己卑下していたような気がする。だから自分もその遺伝子を受け継いでいるのかもしれない。逆に少しでも自分を評価してくれてオファーがあると、素直に嬉しくなる。それは弱っていく自分を知っているから、よけいに喜びが増し、自分もまだ大丈夫かもしれないと思うからだろう。新聞に、素晴らしい視力ですねと眼科医の言葉に酔いて出口をまちがふ(出水美智子)の句があった。そうか出口を間違うぐらい嬉しかったのか、そしてその言葉に酔ってしまうくらい有頂天になったのか、年をとるということはまるで幼児のように人生のはじめのページに戻っていくことなのか。もしそうだとすれば周囲から嫌がられない年の取り方をしたい。自分の親父は認知症になってしまったが、いつもおかしなことばかり言って周囲を楽しませてくれていた。認知症にはなりたくないが、無邪気で過ごせるなら、それも悪くはない。

優しさ

今日は土曜日の夕方、昼間の真夏のような暑さが少しやわらぎ、暖かい春か初夏のような日差しと風が吹いている。大型連休真っ只中で、日本全国の大人も子供も、平和な数日を過ごしているにちがいない。例年なら子供たちと孫たちが我が家にやってくるのだが、今年はいろんな事情で老夫婦二人だけの連休になった。中学生ともなると部活がこの連休中にあってすべてつぶれるという事情なのだが、なるほど先生方も忙しいはずだ、働き方改革はぜひ実施してもらいたいと思う。というわけで今年は車で近隣のテーマパークに老夫婦だけで行った。と言っても遊ぶわけではなく、名物のソーセージを食べ夕食用に買って来ただけである。自分はスポーツジムに行って運動をして、先ほど帰宅したのだが、平日とあまり変わらない生活パターンなのだ。例年やってくる孫たちが来ないので、家内も心配になってLINEで問い合わせたら、小学生は友達や親と遊び、中学生は部活で忙しく、その一人は体調が悪くてどこも行けず家に居ると言う。家内は心配でLINEでやり取りしていたが、大丈夫だよありがとうという短い返信に安心したようだ。それを見て、ふと数日前にあった中学校の公開授業に参加した時の国語の授業を思い出した。それはある文学作品を読んで、登場人物の心情を読み取る単元であった。自分は理系出身だからか、このような曖昧でどうにでも解釈できる学習は苦手であった、というより今でも苦手である。心情を読み取るとはどういうことなのだろうか、どうしてそれができるのだろうか、それがなぜ教科書に掲載されているのだろうか、という単純な問いの答えがわからないのである。その時天啓のように、ある詩を思い出した。それはその中学校から毎月送られてくる学校だよりの中で引用された詩だった。「確かに心は誰にも見えないけれど心遣いは見えるのだ、それは人に対する積極的な行為だから。胸の中の思いは見えないけれど思いやりは誰にでも見える、それは人に対する積極的な行為なのだから」(宮澤章二)。そうかそうなのだ、心情は必ず表に出てくるものなのだ、例え、それがどんな形であれ、この詩のように行為として表出される。それは文章であれ話し方であれ仕草であれ、形式は問わないだろう。だから家内が孫からのLINEの言葉を見て安心したのは、なるほど気持ちや心を読み取ったからである。LINEの言葉で何がわかると言われるかもしれないが、行間にそれが現れるのだ。それは自分の感想や思い込みではなく、国際的なジャーナルに根拠となる実験結果を載せた論文がある。人の心遣いも思いやりも優しさもすべて形となって周囲に伝わっているとすれば、自分ももっと心を磨く必要があるだろう。この世の中は優しさだけでは生きていけない時もあるだろうが、できないとは思いつつ、そう願って生きていたいと思う。

春愁

今は火曜日の夕方、というより連休明けの初日と言った方が、今の気持ちを表すだろう。連休明けは子供も大人も、どこかけだるく物憂いような腰が引けているような感じがするのは、全国の誰でも同じだろう。連休もどこにも行かないで書斎で仕事をすれば平日と変わらないと思っても、脳のどこかの部位が、いやそれは違うと、反対しているような気がする。やはりどこかリラックスしているのだろう。ところが今朝、仕事のため車に乗って市内に出かけたら、なぜか大渋滞に巻き込まれ時間がかかってしまった。連休明けからついてないなあと思っても、どうにもならない。ゆったりとした気分でいたら、いきなり嫌味を言われたような気がして、仕事とはこういうものかと自分を慰めた。今日はいろいろ忙しく、それなりに仕事を片付けていった。そうこうしていると、昨日までの連休のことはすっかり頭から抜けていった。人間の脳のキャパシティは小さいから、連休のことと平日の仕事を同時に処理することができないので、脳が仕事一色に塗られたようだ。それはリズミカルなモードになって、ゆったりモードはどこかに行ってしまった。それでよいのだろう。ただ連休明けの初日に感じる感覚は、多分人によって違うだろう。ゆったりモードがなかなか抜けきれず、仕事モードになりきれない人は、両方が重なって少し物憂い感じになるのだろう。文脈は離れるが新聞に、補色混ぜ灰色となり春愁(飯島加津枝)の句があった。連休明けの初日は、多分この俳句のように補色が混じったようなものだろう。その色は白から黒までのグラデーションがあるから、それでその時の気分が表されているかもしれない。できれば白く光った気持ちでいたい。話はそれるが、物理学によれば絵の具などの色の三原色を混ぜると黒色になるが、光の三原色は白になる。人の生き方は、できれば色ではなく光でいたい。光なら自らが輝いて周囲に明るい気持ちをばらまき、逆に色であれば何も光を発することはなく暗い気持ちになる。誰でも思う、どうしたら光になれるのか、どうしたら自ら輝いておれるのか、分かったら教えてほしい。新聞は月曜日に歌壇欄があるので、この句は昨日の新聞から引いた。作者はたぶん別の文脈で詠んだとは思うが、春愁とはなるほど色の補色の関係なのだと思った時、少し謎が解けたような気がした。俳句は素人だが春愁は語数から考えて多分、はるうれい、と読むのだろう。

土曜の夕方

今は土曜日の夕方、連休の初日であるが、今の自分にはそのような感覚はあまりない。サンデー毎日という言葉があるが、自分にはあまり当てはまらず、手帳を見るとそれなりに毎日が埋まっている。3月の終わり頃は、4月の手帳がこんなに真っ白だとどうなるのだろうと不安に思ったが、世の中は動いていて、時が来ればそれなりの用事が出てくるようだ。今の自分の身はフリーランスだから、オファーが来れば仕事をし、そうでなければ自分で計画した、いわば好き勝手な仕事をしている。それはまあ趣味のようなものだから仕事と言っていいのかどうか分からないが、現実はそのバランスが大切だと思う。外からのリクエストに応じて仕事をする、例えば今日も、どさっと分厚い書類が届いた。それは審査系の仕事で、締切日が決められている。これに対して、興味があって対話論の文献を読んでいたが、それは自分の資料作りに必要だからである。人は趣味だけでは生きていけないし、生きがいのような仕事がなければ、これもまた虚しくなる。人間とは、誠に贅沢な生き物である。世の中の人は、誰でもそんなふうに感じているのではないだろうか。今日は連休の初日で土曜日なので、スポーツジムに行く予定だったが、外からの仕事で時間が取れず、その代わりジョギングをして、先ほど帰宅したところだ。気温はそれなりに高いが、日差しがなくゆっくり走るにはちょうどよい天気だった。仕事が一段落ついたところで、西の公園の方向にジョギングをしていたら、親子連れも幼子も子供たちも、キャッチボールやサッカーなどに興じて楽しそうだった。自分も歩幅を小さくし時間をかけてゆったりとその光景を見ながら、走った。確かに今日は大型連休の初日だ、子供も大人も年寄りも皆この日を楽しんでいるのか、子供は勉強や宿題のことを忘れ、大人は仕事の憂さを忘れ、ただ春の夕方に身を任せて漂っているようだ。大渋滞する高速道路に車を走らせるよりも、こんなゆったりとした時間の過ごし方の方が、心は穏やかになるだろう。自分も、なんとなく春の一時をゆったりとした気持ちで走ってるような散歩してるような、そしてどことなく物憂さを覚えながらジョギングをしていた。新聞に、自転車を押して帰るや春夕焼(はるゆやけ)(山本亨)の句があった。作者は自転車に乗って用事を済ませ帰宅途中だろうが、あまりにも美しい夕焼けを見てゆっくりと眺めたいと思い、自転車から降りて押しているのだろうが、その気持ちはよく分かる。今日は夕焼けではなかったが、風情はどことなく似ている。日本全国の大人も子供も、たまにはこんなゆったりとした時間を過ごすのも良い。生きていれば、良いことも悪いことも嬉しいことも悲しいことも起きるだろうが、時間がくればお風呂に入り、その後少しの時間だけ好きな小説を読み、一杯飲みながらテレビでニュースを見て、気に入った番組があれば視聴し、そして少しの酒で酔っ払い、時間がくればベッドに入り、やがて明日を迎えるのだ。何事もない土曜日の夕方は、ぼっとしていても誰も文句を言わない、そんな自分が許される平穏な時である。

プロとは

今は火曜日の朝、この変則的な時間にブログを書くのは、当然ながら夕方に時間が取れないからである。今日は文部科学省の仕事で他県に出張して、学校視察をするので帰りが遅くなるからである。ブログであっても何かイベントの後なら書きやすいのだが、仕方がない。昨日は都内の赤坂にある事務所に行き、諸々の用事を済ませて帰宅したが、夕方にまたオンラインで継続的な打ち合わせをした。自分はある団体の代表をしているが、気楽そうに見えてそうでもなく、忙しいかといえばそうでもないので、会長とは微妙な立場にいる。自分の団体は営利が目的ではないが、ほとんどの職員が企業からの出向なので、企業文化の影響が大きい。大学や教育委員会や学校などの教育文化とは違う。夕方のオンラインは、ある事業を企画しているスタッフからの報告であった。報告というよりも議論と言ってもよいが、立場上何らかのアドバイスをしなければならない。それが的外れであれば、自分の職をはたしていることにはならない。スタッフの説明を聞いてると、時々ハッとすることがある。自分は学校文化の中にいたので、企業文化とは厳しさという点でギャップを感じる。そのギャップはどちらが良いとは言えないが、昨日の議論はさすがに企業の厳しさや鋭さや目配り、全体の論理的整合性などを感じて、会長として背中をパンと叩かれたような気がした。スタッフは、会長としての意見は別の視点からなのでハッとし、自分はスタッフの非の打ち所がないような企画に対して敬服した、まるで暑い日に清涼飲料水を飲んで体全体がスッキリと生き返ったような感じがした。昨日は、自分がこの団体の代表をしていることに感謝した。文脈は変わるが新聞に、剣道の女子高生の掛け声にテレワークの我姿勢を正す(岡田孝道)の句があった。竹刀で打ち込みをするときの気合の鋭い声が、自宅の外から聞こえてきたのであろう、テレワークで疲れてぼっとしていた我が身にしっかりしろと言われたような気がしたのだろう。昨日のオンラインの打ち合わせはそんな感じだった。専門家とかプロと呼ばれる人は、その剣道のような鋭さを備えている。それは周りの人に、すごいとか場合によって感銘を与える場合がある。それは企業、官庁、学校などに関係なく、スポーツ芸能などあらゆる分野に当てはまる。人がプロを目指しプロでありたいと願うのは、他人に感動を伝えたいからかもしれない。

あてどない

今は土曜日の夕方、晴れてはいるがどこか灰色っぽい青空で、どことなく蒸し暑い春と初夏の間のような気候で、けだるさが襲ってくる。先ほどスポーツジムから帰ってきて、書斎に上がって週2回のブログを書こうとしている。今日は何を書こうかなどあまり悩むことはないのだが、それでもネタがないと文章が出てこない。たまには何もないことがいいことなのかもしれない。そういえば黄砂がやってきたようで、車が汚れているから洗車した方がいいよと、家内に言われたけれども、なかなか腰が上がらない。気にはなっているのだが、ふと思った。紙に書いてみよう、今日の仕事として、加湿器の掃除と洗車をすることブログを書くこと三冊の雑誌の文献をチェックすることと書いた。不思議なことに、その今日の仕事の紙を見ただけで、何かやる気が出てきた。自分の体が先に動いて、加湿器の蓋を取って歯ブラシで綺麗にして電源を抜いておいた。そうすると体がリズムに乗ったようで、風呂場の蛇口にホースをつないでお湯で車を洗った。黄砂で汚れているのかどうか自分にはわからないが、洗車しているとなんとなく生き返ったようで、ホンダの青色の車体がみずみずしく若返ったような気がした。ついでに掃除機で運転席のゴミを取った。するともっと何かやらなければならないような気がして、庭に出て雑草を取った。取りながら思ったのだが、これは来週の仕事にしよう、そうでないと文献が読めないと思って、書斎に上がった。お昼を済ませてスポーツジムに行き先ほど帰宅したのだが、平凡な一日なのである。しかし土曜日という気楽さが手伝って、たまには書斎でぼーっと外を見ていたいと思った。そしてなぜ紙に書いたら自分は急にやる気が出たのだろうかと考えた。しかし考えたところで哲学的な深い意味があるわけでもなく、紙に書けばなんとなくやらなければならないと思ったのかもしれない。自分は手帳を愛用しているが、手帳があるから仕事をするのかもしれない、学校は時間割があるからきちんと授業ができるのかもしれない、そう思えばタイムマネージメントは心の中で思っただけではダメで、可視化しなければできないのだろう。文脈は離れるが、新聞に、あてどとは流れゆく先春の雲(久野茂樹)の句があった。あてどとは当所と書いて行く先のことだが、風の向くまま気の向くまま、あてどない旅をするフーテンの寅さんのような生き方をしてみたいと思う人も多いだろう。ただどうだろうか、行く先がないのは気楽のようで寂しいのではないか、土曜日曜のような休日はたまにあるから楽しいが、それでも自分が紙に今日のすべき仕事を書いて、それを見て体が動く方がむしろ楽な生き方なのではないだろうか。そんなたわいもないことを、このブログに書いてしまった。

学校訪問

今は火曜日の夕方、ぽっかりと浮かんだ白い雲を従えて青空が広がっているのを見ると、今日も良い天気だったなぁと思う。仕事以外の用事もいくつかあって市内をあちこちと動き回った。雑用的な仕事はこのブログでは書かないが、学校訪問だけは少し触れておきたい。所沢市の教育委員会や教育センターに協力して学校訪問をしている。訪問と言ってもボランティアの授業参観である。本年度最初の授業参観を、センターの先生と一緒に出かけた。いつも思うのだが、出かける前はどこか不安だったり、どう表現していいかわからないのだが、学芸会で舞台の袖で待っているような気分なのである。自分の立場は気楽で、別に授業中に何かするわけでもないのだが、それでも緊張したり不安になるのはなぜだろう。しかし終わった後は満足感はある。自分は帰宅したらすぐに授業のコメントを書いて学校にメールの添付ファイルとして送っている。もう数年も続けているので、それが自分の仕事の一部となっている。本年度最初だからなのではなく、毎回そんな不安や緊張感に襲われる。それはどこか授業、特に小中学校の授業については自分は素人だからという気持ちが潜在的にあって、どこかしどろもどろするような自分がいるかもしれない。今朝、校長先生に挨拶をしたら、先生のその別の角度からのコメントが先生方に人気なので是非今年もよろしくと言われた。褒めているのか逆なのかわからないが、学校関係者の授業のコメントとは全く違って、先生方とは別の考え方なのでハッとするのだと言われた。自分は小中学校の経験がないので素人だと思っているが、別の見方からすれば新鮮なのかもしれない。主に研究の側面から光を当ててコメントしているのだが、というよりそれしか自分には能がないのだ。相手と同じ世界から眺める方が良いのか、別の世界からの方が良いのか、本当は分からない。自分の学校訪問は、多分学校の先生方にとっては異文化のような感じがするのではないか。文脈は離れるが新聞に、短命と告げられし娘と半世紀共に歩みて我は傘寿(さんじゅ)に(村上八重子)の句があった。医者は多分科学的な見地から短命だと告げたのであろうが、実際はそうではなかった。母親は苦労しながらも、子供を育てることに懸命だったのだろう。それは科学の世界とは別の子育ての世界での生きる力なのではないか。現実の諸相は複雑で科学だけからは割り切れない、また子育ての経験則だけでも予測できない。自分が学校訪問をしている本当の理由は、その現実の世界の持っているダイナミックな力を知りたいからと言ってもよい。多分科学の力と現実の力が相互作用しながら、諸相は生まれ流れていくのであろう。

自然に逆らう

今は土曜日の夕方、今日は朝からまるで初夏のような天気で、書斎から見る南向きの空は白い雲が混じった青空が、言葉はふさわしくないが青春を謳歌しているような感じがする。今日は自分も短いシャツに着替え、今は浴衣を着てこのブログを書いている。今日のブログは何を書こうかと、実は迷っている。それはなんとなく自分の恥のような内容なのだが、仕方がない他にネタもないので書こう。家内に言われて左頬に小さなイボのようなものができているから皮膚科に行って治療してもらうと良いという、ありがたいようなありがたくないような助言に従って、昨日その手術をしてもらったのである。びっくりした。もちろん事前に色々な説明は受けていたのだが、まさか左頬全体に絆創膏のようなものが貼り付けられようとは思ってもみなかったのだ、鏡を見るとみっともない。看護婦さんは10日間の辛抱ですよとは言うけれども、自分は来週から人に会わなければならず、人前で話もしなければならず、また学校にも行かなければならない。こんな姿でどうしようかと思ったのだが、後の祭りである。家内に愚痴を言ったら、少しの辛抱だから気にするなと、まるで冷酷な裁判官のような言葉を告げたのだが、諦めるしか仕方がない。しかし人は窮地に陥ると、どこか救いの手が差し伸べられる。マスクをすればいいじゃないの、と家内が言った。なるほどその通りだ、学校訪問をしなければならないのだが、子供たちに冷やかされないようにマスクをしていくかと思って、気が和らいだ。しかし考えてみると、年を取れば顔にイボやシミなどができるのは当たり前であり、それが自然なのである。自分は自然に逆らいたくないと思っているが、医学とはその逆を行く学問である。自然に抵抗しながら進化することが原理である。考えてみれば教育も同じかもしれない。自然のままに子供を野放しにしておけば楽かもしれないが、世の中を渡っていくには落ちこぼれになってしまう。自然ではなく自然に逆らって勉強して、頭や体や心を鍛えていくのだろう。そしてふと思う、絆創膏ぐらい大したことではなく何でもないことなのだ、気持ち一つで人はどうにでもなる、小さなことだが、そんなことを経験しながら、人は少しずつ生きる知恵を身に着けていくのか。新聞に、一歳で歩き覚えしわれなるに「歩き教室」に妻と通へり(大健雄志郎)の句があった。確かにその通りだ、歳をとると歩くこともままならず、教室に通って歩く練習をするのかと思うと、学習とは自然に逆らうことなのだろう。歩き教室まで世の中にあるとは知らなかったが、歩けない人が歩けるようになれば、幸せである。とすれば自然に逆らうことで、人は幸せを掴もうとしているのか。ただ世の中の人は、自然に逆らう人と添っていく人に別れるような気がする。どちらが正しいのか、自分は分からない。