アイデンティティー

今日は火曜日の午前なのだが、夕方に時間が取れず、今の時間にブログを書いている。夕方には科研費による研究で、仲間の3人、自分を入れて4人が、成田を飛び立ってメルボルンに行くので何かと気ぜわしく、今の時間になった。といっても午後1時ぐらいには自宅を出るので、書く時間がかなり短く、簡単な日記風のブログになる。8月も後半になるといろいろなイベントや仕事が入ってきて、9月からの正規のスケジュールの前兆戦のような時期である。昨日も午前中に近隣の学校での研修会があって、講演をした。それは自分の正規の仕事のようなもので、そのために労力をかけ準備をし自分の知識を埋め込み、そして昨日はその成果の反応を見る日であった。反応を見ると書いたが、文字どうり自分にはそのような気持ちである。科学者であれば実験をしてそれがうまくいくかどうか、ディレクターであれば映像が予定したとうり出来上がっているか、教師であれば生徒の反応が思いどうりであったか、と全く同じである。大学で教えていた現役の頃は、そんな感覚はなかった。絶えず学生との研究打ち合わせや、学会での発表論文の作成、そして授業をこなしていたから、研修であったとしてもその発表は特別なものではない。しかし今の自分には、それは特別なイベントである。普段はほとんどが会議やら打ち合わせやら理事会などの形式的な審議などが中心の活動なので、自分を表現する、つまり自分が自分であることを認識する、そのあり方は講演であったり原稿であったり論文などで表現して、そこに自分のアイデンティティーを確かめるのである。それは規模の大小を問わず、自分の証を再確認する活動なので、重要なのである。そんなことで今日は準備で色々忙しく、時間は無いのだが、時々昨日の講演内容が頭をよぎり、あれは良かった、もう少しここはこういう表現が良かったなど、いまだに頭の半分ぐらいを占めているようだ。ただメルボルンへの出張も研究活動の一環で楽しみな海外調査であり、自分以外の3人の優れた研究者のおかげで、なんとかここまで来れた。心配していた台風もどうやらまだ太平洋にいるらしい、神はまだ我々を見放していないのか、ならば十分な成果をあげられるように精一杯の努力をしたい。それは講演よりもっと大きな影響力を持つ活動なので、帰国予定の8月31日まで脳を全開させて、皆さんと共に充実した活動にしたい。文脈は離れるが新聞に、炎昼や口髭の濃きケバブ売り(桜井俊治)の区があった。街中や祭りなどで、この俳句のような姿をよく見かける。この人も精一杯頑張っているのだろう。どんな仕事であれ自分のアイデンティティーを確かめるような仕事であれば、それは天職と言ってもよい。天職とは、幸せという言葉の代名詞でもある。

予想外れ

今日は土曜日の夕方、ではなく早朝である。そして自宅の書斎でなく、阿寒湖のすぐ前のホテルの部屋でこのブログを書いている。夏の旅行で老夫婦で北海道にやってきた。北海道は、若い頃も老夫婦になってもレンタカーを借りて旅行したので、主な観光地はすでに訪問していたが、今回は知床半島と釧路湿原が中心で、遊歩道等を歩いて探索するのが主な目的でJTBのツアーに申し込んだ。これまで行ったことがなかったので、お盆が終わったこの時期の2泊3日のツアーに申込み、ラッキーに大勢の人が集まって実施された。昨日は念願叶った知床の湖まで50分ぐらいの歩行時間であったが、周囲がクマザサに覆われ、青い空と白い雲を見ながら、綺麗に作られた木道を散策すると、大きな自然の懐にすっぽりと自分が包まれているような感じがして、解放感でいっぱいになった。昔と違ってレンタカーで広い北海道を回る元気はなく、バスに乗って、皆さんといっしょに観光するのも、また楽しく味わいがある。バスに乗っていると、野生のシカを見ることができる。彼らもこうして自然にさかわらず共存して生活しているのだ。しかし自然は時にして大水害をもたらしたり、酷暑の日差しを投げつけたり、そのたびに人は右往左往する。ただし、じっと待ってるのではなく、何とか対応して科学技術の力を借りる。今回の旅行は天候に恵まれた。天気予報だと、北海道は3日間とも雨の予想だったが、昨日も一昨日も雨は降らなかった、というより昨日は全くの晴天だったのだ。そして今日も朝から青空が広がっている。これは奇跡というか、まったくの予報ハズレというか、嬉しい誤算と言ってもいい。物理の法則はすべてを予想することが原則だが、このような大規模な自然現象には力不足である。さらに分子原子のようなミクロの世界では確率的にしか予測できない。ということは、人の世界の出来事と少し似ている。科学の世界も冷たいものではなく、迷いもあれば予想が外れることもある。極論すれば、一寸先のことも予想することはできない。ならば人はどうするのか、テレビやインターネットなどの情報やニュースや人の評判、つまり何らかのエビデンスを集めて予想するのだが、それは完全ではない。ならばそこに直感を併用することも妥当だろう。添乗員さんが自分は晴れ男だと言っていた。文脈は離れるが新聞に、簾(すだれ)してきのふの遠くありにけり(中村重雄)の句があった。済んでしまったことはすだれの向こうに隠れたかのように、無くなってしまうのだ。昨日の開放感あふれる散策も、思い出としてしか残っていない。思えば過去は過去、今日一日をまた予想しながら進んでいくのだ。それがまた人にとっては生きて行くことの証なのである。予想しては外れ、そして出来事はすべて過去として過ぎ去っていく、そしてこれから先をまた予想しながら、良いと思う道を歩んでいく。今日もいい日でありますように。

小さな存在感

今日は月曜日の夕方、昼間のあれほど突き刺すような日差しが、かすかに衰えて窓から見える空の景色は優しい暑さに変わった。月曜日にブログを書くのは、明日火曜日の夕方、都内で研究会と懇親会があって、午前中も午後も一日詰まっているからである。前のブログでも書いたように、昨日一昨日は都内で合宿があった。こんな風にブログを書いていると、毎日何かしらの出来事があって、自分なりに努力はしているつもりでも、年齢と共に体力も気力も能力も多分下がっていくのだろう。それでも働き盛りの先生方と議論していると、自分の脳が刺激されて、新しい知が生まれてくるような気もする。知は決して自然発生することはなく、他と関わることによって変容したり、化学反応のように別の知が生成されるようだ。そんな時自分を見返すことができて、萎れかかった葉っぱや花が新鮮な水を浴びて背伸びをするように、生き返るような気がする。自分もまだ新しい視点も持っているのか、このアイディアも少し面白い、自分もまだ多少は役立っているのかと、子供が目を輝かせるような小さな自信が起きてくる。両親の遺伝なのか、自分はどこか自己肯定感が低く、不安になったりすることもあるのだが、合宿でいろいろ話をしているうちに、他の人はこんなふうに考えていたのかなどと、改めて気づくことがある。合宿なので、どこか裃を脱いで本音で語ることがある。特にアルコールが入った懇親の席では、無礼講で話がはずむ。私のことだが、先生と話していると元気が出るとか、良いことが起きるような気がするとか、先生のツキをもらいたいとか、ブログで書くと気恥ずかしいのだが、そんな言葉を聞いて、恐縮しながらも自分も少し嬉しくなった。自分のことは自分では本当に分からない。そんなふうにして合宿が終わり、多くの心のお土産をもらって帰宅した。いくつになっても何かにお役に立っていると思うと、生きている甲斐がある。それは存在感とも言えるし、自分の存在に意味があることだろう。プレゼンス理論という考えは興味深く、かつて研究したこともあるが、このブログで言う存在感とは、ニュアンスが違う。今の自分が存在していて、それが縁の下の力持ちや隠れた存在であったとしても、何かに役立っていれば確かに自分の存在に意味がある。つまり小さな存在感と言ってもよいが、プレゼンス理論の方は、どちらかというと華やかでオーラがあって、その存在を周囲に振り撒くような積極的で大きな存在感のようだ。ほとんどの人は、多分小さな存在感を持って生きているのだと思う。そして日が暮れて一日が終わる時、今日も生きている意味があったと思って、肩の力を抜くのだろう。新聞に、ステテコでビール飲む父遠くなり(中田やす子)の句があった。まるで自分のことを詠んだ句のようで、どこか昭和の時代の男の姿を連想する。昭和は遠くなりにけり。これから夕食で、今日の自分の存在を振りかえろう。

送り火

今日は8月16日土曜日ではない、金曜日なのだが、土日に出版社の合宿が入っていて、ブログは書けないので、今書いている。今週もお盆の連休が続いているのだが、いろいろなことが起きてくる。スポーツジムは15日までお盆休みで、今日から始まると思っていたら、突然の台風7号の影響で休館になった。こんなことはよくあることだ。その代わりに、隣接している市のプールがあって、このお盆休みによく通った。暑いからといっても、だらだらしていては体にも精神的にもよくない。自分はそこに通って元気をもらっている。実は今日も営業していたので、プールで体を動かしてきた。運動した後は、どこか前向きになることは誰でも経験しているだろう。自分が通っているスポーツジムのプールは何かスポーツをするという感覚で、お隣の市営のプールは夏休みの楽しみという違いを感じる。市営のプールは幼子や子供連れの親子の姿をよく見かけるので、親も楽しみながら、子供の成長を見届けているのだろう。中には熱心な父親がいて、泳ぎ方を盛んに指導していた。このプールの施設は駅のすぐ前に設置されているので、電車で通うにはまことに都合がよい。ただ今日は台風の影響で、電車が止まるかもしれないので車で行ったが、ほぼ30分位で着いた。このお盆休みには、日頃やってない仕事をほぼ毎日やった。きっかけは書かないが、早朝に庭の草むしりをしたのである。そんな感心なことを健気にもよく続けたものだと、家内にも言われるのだが、実は草むしりの後のシャワーがまことに心地よいからである。今の季節だ、ちょっとした時間でも汗びっしょりになる。特に蚊に襲われることもあるので、厚手の上着と蚊よけの網帽子をかぶっているので、その暑さはすぐ想像できるだろう。こうして朝のシャワーの魅力に惹かれて、毎日やっている。家内は喜ぶ、自分も快適になれる、そして健康も維持できる、庭は綺麗になる、温泉旅館に泊まって、朝風呂に入る心地よさと同じなのである。これは素晴らしいと思って、今朝も台風の影響なのか雨が絶え間なく降っていた、どうしようかと思ったが、あのシャワーを浴びる心地よさには勝てるはずがなく、雨を避ける防水服を着て、石を動かしたり草を取ったりしていたが、人生は順調にだけいくはずもなく、庭の裏手に小さな階段があり、雨で滑りやすく、そこで足を滑らせた。年をとるとその時は痛くはないのだが、今日プールに行って帰ってきたら、右手首が痛くなり、あまり力が入らなくなった。家内に言って薬の処置をしてもらった。なるほど年をとるとはこういうことかと自戒した。文脈は離れるが新聞に、ゴミ置き場の掃除当番無事はたし八十六歳の猛暑生き延ぶ(日野林佐智子)の句があった。高齢になるということは、些細なことでも生き延びるためには大切なことなのだ。自分の両親は晩年はどうだったのだろうか。昨日は迎え火をたき、今日は送り火を玄関でたく。晩年には、腰が痛くなったりいろんな病気が出てきたりするのが普通と考えた方がよい。自分は手首が痛いぐらいで、何でもない小さなことなのだ。両親やご先祖のお陰なのだろう、道に迷わないように送り火を焚いて、天に戻るのを見送ろう。

野球観戦

今は8月13日火曜日の午後1時半、外は猛烈な暑さで外出も躊躇する。本来なら、多少日が翳って涼しくなる夕方、1日を振り返って静かにブログを書くのだが、今日の夕方はこの暑い中を都内に出かけなければならない。とは言っても仕事ではない。所沢市内の仕事の関係で、東京ドームの巨人阪神戦のチケットをもらったのである。席は1階内野席のネット裏で指定席になっており、かなり上等な席だという。といっても野球観戦に興味があるわけではなく、子供たちに行かないかと言っても、旅行に出掛けていたりサッカーならばなどと言われ、仕方なく老夫婦2人で後楽園に行くことにした。返品するのも失礼になるので、お盆の時期なのでまあ気楽に出かけて途中から帰ってくれば良いと話し合った。およそ野球に限らず、このようなイベントにはあまり興味を持っていない。NHKからいろんなイベントの招待を受けたりしたが、NHKホールで居眠りをして、そのいびきで隣の人に注意を受けたことがあって、家内から叱られた。コロナの前は毎年のように、ベストドレッサー賞のディナーに招待されていたが、出かけたことはない。イベント主催者は、いろいろな著名人も来るので名刺交換を言われたのだが、自分とは別の世界なので毎年お断りしていた。NHKもかつて番組内容の審議委員になったこともあったが、あまり番組を見ないのに、会議に出席するのは居心地が悪かった。日本賞などの教育番組の表彰式などに参列するように言われたが、一度だけ出て途中で退席した。つまり退屈なのである。多分今日の野球観戦も、途中で退出するだろう。自分が好きなのは、そのようなタレントとか華やかさで飾られたイベントではなく、例えば地元の祭りとか寄席などは大好きで、浅草の演芸場などは年末になると行きたくなる。仲見世を通って浅草寺に至る道を、子供のようにお菓子などを食べながら、ぶらぶら歩いて演芸場に行って、落語を聞いて笑い転げるのは、老夫婦の楽しみだった。帰りに、うな重を食べるのも定番だった。振り返ってみると、自分は古い日本文化が好きなのかもしれない。文脈は離れるが新聞に、音をさせ飲んでながめてラムネかな(昆舎利道弘)の句があった。子供の頃、祭りに行って飲む飲料水はラムネだった。ブッシュと音がしてビー玉が落ちて、それからジュワッと炭酸水が喉元を通り、子供ながらに美味しかったのだ。今日は多分野球観戦しながら、缶ビールを飲むだろう。子供の頃は日本全体が貧乏だったから、ラムネを飲むのも嬉しかったのだ。昔のことは美化することが多いが、何かすべてに情がこもっていて、隣近所でも協力しあっていたような気がする。それは助け合わなければ生活すること自身が、大変だったのかもしれない。頭の良い子供でも、家庭が貧乏であれば進学することもできない時代だった。今こうしてお盆を迎え、夕食に晩酌をし、スポーツジムに行ったり書斎で仕事をしたりテレビで楽しんだり、なんと贅沢なことだろう。自分の両親はどうだったのだろうか。晩年自分の人生はこれで良かったのかと満足していただろうか。歳をとってくると、なぜか昔のことが懐かしく思い出される。それは今よりお金もなく質素な生活をしていたのだが、毎日何が起きるか分からないような世界で、精一杯動き夢中になって過ごしていた日々が、素晴らしいからだと思う。それが忘れられないから、今でも、昔の自分を追いかけて、どこか頑張っているのかもしれない。

知の甲子園

今日は土曜日の夕方、お盆連休の始まりで、実家へ帰る人や観光などで駅や道路は今日からごった返すだろう。土曜日は今週の振り返りなので、印象に残ったことを思い出して書いてみよう。といっても先週も今週もテレビを見ると、オリンピックや猛暑そして南海トラフの大地震への警告やらで騒々しい。家内に聞くと近所のスーパーマーケットでは米と水が売り切れて、まるで戦時下にあるような状況だという。それでも甲子園球場では高校野球が開催されて、毎年の事ながら選手たちの熱い一挙一動に、球場にいる応援団もテレビを見るファンも歓声を上げている。今週6日から8日まで神戸市のカンファレンスセンターで、知の甲子園とも呼ばれるSSHの生徒研究発表会があった。自分も参加して何らかの役を仰せつかっているが、毎年のことながら若い高校生の息吹に触れて、生きる力をもらったような気がする。高校生は危険な暑さを吹き飛ばすかのように、長い年月をかけた研究を精一杯、ポスターを囲んだ観客に説明していた。いつも思うのだが、それは文字どうり青春の一コマなのだ。自分はそこに参加することで、日々の生活の中で忘れかけていた、純粋で一途な研究への情熱に触れて、背中をドンと叩かれたような気がしている。高校野球でも研究でも、まっすぐ進む姿はどこか感動を呼び共感するのだ。日々の仕事や日常生活の中で埋没していた純粋さが、再び自分の中にも湧いてきて、そうだもう一度頑張ってみようという気持ちになる。今年は猛暑のため外出を控えるようにと言われているせいか、神戸市近隣の高校生や市民の参加が、これまでより少ない印象だったが、それでも2500名以下ではない大勢の観客が集まって、研究の素晴らしさや質疑応答に夢中になった。いつまでもこのような研究発表会を続けてもらいたいと願っている。高校生は純粋であるが、それでもさまざまな課題も背負っているだろう。会場のあちこちで、少し時間があると参考書を開いている高校生がいた。3年生ならば大学受験を控えており、研究をすることと受験勉強のバランスで苦慮しているのかもしれない。将来は研究者になりたいという夢を持っていたとしても、それが実現できるかどうかは保証できない。進学や友達関係や家庭や健康や経済のことなど、高校生もいろいろなことで、壁にぶつかっているだろう。純粋さは何物をも突き通す鋭い力を持っているが、同時に透き通った氷のように、どこか壊れやすい面も持っている。ただ彼らを見ていると、なにかドラマのようで、現実ではないような輝きを感じるのは自分だけではないだろう。文脈は離れるが新聞に、少年が少女に手を振る改札の前を通れば私もドラマ(小杉なんぎん)の句があった。青春ドラマの一コマのような光景に触れて、作者もその脇役のような感覚だったのだろうか。その気持ちは、神戸での自分そのものであった。振り返れば、自分は絶えず人から元気をもらい、力をもらってこれまで生きてこれたような気がする。少し内容は離れるが、安西弥生先生のサイトに自分のインタビュー動画の2回目がアップされている。興味がある方はどうぞご覧ください。https://anzai-global.com/open-learning/ 

うまくいかない

今は火曜日のお昼前、変則的な時間に書くのは、当然ながら午後にブログを書く時間が取れないからである。教育関係者は、夏休みの前半と後半が何かと忙しい。お盆の時期はどこでも長期休暇や休みの時なので暇になるが、その他は教員研修やいろんなイベントで忙しくなる。先週も昨日も都内に出かけていたが、猛暑のせいか帰宅するとぐったりと疲れる。今日から2泊3日の出張があって、その前に片付けておかなければならないことがあるので、どこか気が休まらない。そんな時に限って、いろいろな思いどうりにならないことが生じてくる。いくつかの期限付きの仕事やいろんなな気がかりなことがあって、それを片づけながら順調に進んでいるなと思っていると、突然に横から別の厄介なことが起きてくる。私的なことなのでブログでは書かないが、この頃運のツキが落ちたのかと嘆く。しかし考えてみれば当然のことで、誰でも全て思いどうりにいかないことは分かっている。現実の世界は、漫画やドラマの世界ではないのだ。土日だけはスポーツジムに行って、いっぱい汗をかき、プールで泳ぎジャグジーに入っているので、それは非日常の世界で自分を癒している。そのスポーツジムにも、スポーツ商品を売りにきている業者の人がいて、ジムに来る人たちを待っている。その時自分はふと思った、自分はこれからプールに入って汗を流して快適な時間を過ごすのだが、この人は自分たちを見てどのように思うのだろうか、その大きなギャップに自分は少し心が痛んだ。誰一人としてその商品に興味を持つ人がいないので、業者の人はぽつねんと周りを見渡し、不安そうにジムの中の様子を見ていた。お客様は神様だと誰かが言ったが、それは異常である。お客様も業者も平等な関係が正常なのだが、この世はそうもいかないようで、業者の人はこれがビジネスなので己を捨てて頑張っているのだ。自分がプールで泳ぎ終わって着替えをして帰宅するときにロビーの前に行ったら、その業者の人が1人のおばあさんと話をしていた。業者の人は、水を得た魚のように生き生きとした表情で、商品の説明をしていた。仕事ができれば、それは楽しさに変わるのか。良かった、買ってくれるかどうか分からないにしても、お客さんと話ができるだけで良かった。カスハラという言葉を新聞で見かけるが、やるせない腹立たしい言葉である。お客様は決して神様ではない、仕事のために精一杯の笑顔を作って対応してくれているのだ。しかし自分も残念ながら、その商品を買うつもりはない。なるほどこの世の中は思いどうりにならず、矛盾が多いようだ。文脈は離れるが新聞に、生きるのに疲れたけれど蝉時雨(二宮正博)の句があった。この作者に何があったのだろうか、あれもうまくいかない、これもだめ、もう疲れて疲れてどうしようかと思った時に、蝉の鳴き声を聞くと一夏を全力でかけていく蝉に生きる力をもらったのだろうか、いやもらいたいと願ったのだろうか。スポーツジムの業者の人も、立ち寄ってくれたおばあさんから元気をもらったのだろうか。自分などのうまくいかないことなど、小さな小さなたわごとに過ぎない。

今は土曜日の夕方、窓から見る空は雲一つなく、灼熱の太陽が少しも遠慮することなくマンションや家々や我が家の庭の草花を照りつけている。今まさに夏真っ盛りである。連日テレビで報道しているように、危険な暑さでもあり、異常な天候に、人間の方はただため息をつくような毎日が続いている。自分が小学生だった頃は、夏は大好きな季節で、故郷は海に近かったせいか、毎日のように泳ぎに行った。帰宅するときはお腹が空いて、ちゃぶ台に置いてあった漬物をよく食べて、特に母親が作ったらっきょうを食べすぎて文句を言われた。昔はラジオ体操があったから、朝早く近所の広場に集まって、証拠の印鑑をもらった。絵日記なるものも宿題だったから、毎日何か書いていたのだろうか、そして夏休みには盆踊りがあったり、親戚の皆が実家に集まって、いとこ同士で遊びまわっていた。思い出すのは皆で食べた美味しかったスイカや、当時は蛍がいっぱいいて、取ってきてその明かりを見て不思議に思った。そんな楽しい思い出が夏休みにいっぱいあったせいか、大学の教員の時は、学生たちをつれて2泊3日の夏合宿をした。夏合宿では朝6時半からのラジオ体操は必須で、夜遅くまで議論をしたりすると起きれない学生がいるので、そのために起こす係の学生もいて、第二ラジオ体操までやっていた。不思議なことに15名から20名くらいの人数が集まると、若い学生であっても模範演技をする学生が必ずいた。たいていは洋書の分厚い本を学生が分担して読んできて、日本語のレジュメを作り発表して質疑応答するスタイルだった。ほとんどが大学院生だったせいか、質問が出すぎて時間がどうしても足らず、延長になると夜遅くまで勉強会は続いた。2日目の夜は全員がお待ちかねの懇親会だった。ほとんどは屋外でバーベキューでビールを飲み、まるで子どものように花火をあげては夏の夜を楽しんだ。そして部屋に戻ってくると、ゲームというか何と言えばよいのだろうか、面白くて面白くて誰もが夢中になった。伝統的に正解は教えてはならないというルールがあって、新人の学生たちはそのゲームが解けず、夜が更けるのを忘れた。学生はもちろん若かった。そして自分も今よりはるかに若かった。夏が来ると、若い学生たちに囲まれて過ごした日々を思い出す。彼らももう一人前の教授になったり、学会などで活躍しているOBもいる。ありがたいことに、まだ自分はこの道の端っこにぶら下がっている。老いては子に従えと同じように、自分は教え子に従うのだ。もう研究レベルでははるかに彼らは先を走っている。文脈は遠く離れるが、新聞に、ランドセル下ろして汗の背中かな(小俣敦美)の句があった。夏は誰もが汗をいっぱいかく。汗は、楽しい出来事にしろ悲しい出来事にしろ、その人が精一杯頑張った証拠である。自分もまだまだ汗をいっぱいかいて夏を送りたい。

清と濁

今は火曜日の夕方、にしては少し早い時間だが、夕方から夜にかけてオンラインの会議が入っているので、今の時間にブログを書くことにした。と言っても取り立てて公開するほどの内容はないので、一日を振り返って気づいたことを綴ってみたいと思う。学校は夏休みなので、自分の気持ちもまた、夏休みのような風に吹かれればふらふらと揺れ動く葉っぱのような気楽さがある。自分の今の職場はこの書斎と言ってもいいだろう。それでも平均すれば、週一回ぐらいは都内に出かけて、諸々の仕事をこなしている。今日は比較的時間が余っているので、午前中は資料作りをして、午後は私的な用事で駅前に出かけたが、いずれも小さな出来事である。自分がテレビを見る時間は、昼食の時間と夕食の時間なのだが、今はオリンピックの報道で画面が賑やかである。男子体操団体が金メダルに輝き、歓喜と涙が入り混じった感動的なシーンが放映されていた。選手たちが力の限りを尽くす競技には、誰でも釘付けになる。結果が分かっていても、自分もハラハラドキドキして画面に魅せられる。その光景は、目の前の競技に向かって夢中になって取り組んでいる選手の姿であるが、それがこの上なく魅力的で、ああ良かったとか、うーん残念と叫んでみたり、テレビ画面を見る自分もまた手に汗を握っている。なぜだろうか、たぶんそれは純粋だからだろう。競技をする瞬間は、そこに損得勘定や人間関係のわずらわしさなど入り込む余地など、一切ないからである。人は純粋なものに触れると、理屈抜きに心が洗われる。幼子を見ると、誰でも心が安らぎ優しくなれる。しかし、この世の中はそのように純粋にだけ生きることが難しく、さまざまな障害物が入ってきて問題を複雑にする。そのたびに人は眉間にしわを寄せてもがくことになる。もちろんオリンピック選手は想像できないほどの壁を乗り越えているので、超ハードな世界であることは間違いないが、それは世間の仕事の厳しさとは、質的に違っているだろう。新聞に、絵の具セットをじわじわ汚してしまうように職場を家を生きるしかない(からすまぁ)の句があった。歌壇の選者は、この絵の具セットのように、生きることもまたきれいごとでは済まされないと、評していた。仕事のことでも家庭のことでもその他もろもろすべてにおいて、純粋には生きれず、きれいごとではない汚れがついてくるのである。それが人の生きざまだとすれば、きれいに生きたいと思いつつも、汚れてしまう自分を許すしかないのだ。絵の具セットを絶えずきれいにしておきなさいと、言うこともできるが、それは理想かもしれないが現実ではない。否、理想でもないのだ。単に表面をきれいにしただけに過ぎず、真実の姿ではないだろう。とすれば絵の具セットが汚れていくように、自分もまた汚れていくかもしれないが、それが世の中を生きていく証拠なのかもしれない。清濁併せ呑むという言葉があるが、年を取ってくると清と濁の両方を認めるようになる。自分もそうなりたい。

草津節

今日は土曜日の夕方、夏真っ盛りの暑い一日だったが、書斎から雷の音が聞こえるので、もうじき雨が降るかもしれない。すると暑さも少し和らぎ、一日を振り返るにふさわしい。土曜日は一日というより一週間を振り返るのだが、今週は温泉に行ってきた。家内が行ったがことがないというので草津の温泉と、定宿のような長瀞の温泉に行ってきた。この時期なので長瀞は舟下りと定番になってきた札所巡りであった。草津は所沢の自宅から車で少し時間はかかるが、行く価値はあった。自分は何回か行っているので珍しくはないが、久しぶりだったので懐かしさがあった。かつて学生たちと夏合宿で行ったときは、西の河原の大露天風呂に浸かったことがあって、行きたかったがあいにくと時間がなく中止した。有名な湯畑を見学して隣接している湯もみ館に入って、くさつとひらがなで書いた板で湯もみをするショーを見学した。ずいぶん前だが、その時の踊り子さんたちの姿も踊りも変わっていなかった。というより、かなり年配の踊り子さんなので、何か昔の人がそのまま生きているような気がした。ただ全く違う印象があった。それはショーが始まる前に30分ほど音楽が流れてきて、それが繰り返し繰り返し耳に入ってきたのだ。まるで観客を洗脳するかのように、いつの間にか自然に自分も口ずさんでいた。実は素晴らしい曲だったのだ。〽草津良いとこ、から始まる歌詞も曲も変わらないのだが、これが現代風にアレンジされて、思わず心がワクワクし、学生たちと一緒になって楽しんだ夏合宿に戻ったような気持ちがして、草津節の世界に入っていた。歌詞は館の中に張り紙があって書いてあるので、曲に合わせて歌えばよい。多分誰も小さな声で口ずさんでいたのではないだろうか。今でもその感動は脳にしっかりと入り込んで、昨日帰宅して、さっそくネットで調べたほどである。2泊3日の温泉の旅のそれぞれが想い出深いが、舟下りも、札所巡りも、軽井沢も、白糸の滝も、このアレンジされた草津節にかなうことはない。そしてふと思う、なぜだろうか。草津の温泉は江戸の時代より長く親しまれ、誰が作ったか知らないが、人々の口に草津節が伝えられて今日まで生きている。しかしその生き方は昔と同じではない。三味線と太鼓で奏でる草津節が、西洋楽器に彩られ、きれいな女性コーラスが曲に乗って、我々を包み込んだ。そして観客を魅了した。民謡でさえも、時代とともに変化するのだろうか。新聞に、青春をあおはると読み最強をさいつよと読む知って損なし(佐々木敦史)の句があった。短歌の選者は、この読み方は若い人の読み方だと評していたが、なるほど言葉も時代に合った読み方があるとすれば、自分のような年齢でも、若い人たちのみずみずしい感覚に学びたいと思う。新しい現代風の草津節を聞いて、教育もまた同じではないかと思った。文脈は離れるが、安西弥生先生がサイトを立ち上げられて、そこに自分のインタビューが掲載されたと連絡をいただいたので、そのURLを書いておく。初めての試みだが、今日のブログに少し関連する。https://anzai-global.com/open-learning/