季節の変わり目

今は、火曜日の夕方。天気予報だと、曇りだったが、午後はすっかり晴れて、空一面が青色で染められていて、ところどころに白い雲が浮かんでいる。もう夏のギラギラした青空ではなく、優しい色で、近所の家屋を包み込んでいる。先ほど、スポーツジムから帰ってきたばかりで、土曜日に一泊していった孫が冷蔵庫に残していったアイスを食べて、2階の書斎に上がってきたばかりである。帰宅途中で、旧市役所の広場で、いくつかのテントがあって、アイスやお菓子や団子や、子ども相手の出店が出ていて、夏祭りのような、そうでないような、このブログでも紹介した、近所と同じ夏祭りもどきと、同じスタイルだった。山車もないし、お囃子もなく、ただテントがあって、出店をしているのだが、何の意味があるのか、と不思議だった。やるなら、レコード音楽でもいいから、景気よくしないと、侘しいだけだ。ただ、面白いのは、子供たちだ。浴衣を着た女の子らが、親も一緒に、広場で楽しんでいる。そうか、子供にとっては、お囃子がなくても、夏祭りなのか、その場の状況にすぐに順応できるのか、そして、精一杯、夏を楽しむのだろうか、大人は、子供の生き方を見習ったほうがよいかもしれない。大人は、いろいろな理屈をつけて、決して楽しんではいないのだ、まあ、日頃の疲れもあるだろうから、仕方がないとしても、子供は、すべてを楽しみ、大人は、ほとんどの事柄に、眉間に皺を寄せて何やら浮かぬ顔をしている、とすれば、生涯を子どものように過ごしたい、と誰でも思うだろう。帰宅途中では、風が爽やかで、雲もさらりとしてゆったりとしている、蝉は行く夏を惜しむかのように、精一杯の声で、別れを惜しんでいるようで、甲子園の高校野球も終わり、少しずつ秋に向かっている。こうして、歳を取っていき、生涯を終えていくのだろうか、と思うと、どこか、爽やかな風も、蝉の鳴き声も、子供の浴衣姿も、哀愁を感じる。それは、昔と変わらぬ風景だからかもしれない。文脈はないが、甘酒や峠の茶屋は雨の中(安部泰夫)の句が、新聞にあった。どこかで見たような光景で、昔から、峠で甘酒を売っているのだろう、変わらぬことは、心を癒すのか、子供の浴衣姿も、夏祭りも、蝉の鳴き声も、ずっと昔から変わらない、だから、通り過ぎていった過去と、永らえてきた我が身をふと振り返るが、今は、そういう季節の変わり目の時期なのだろう。

夏の終わり

今は、土曜日の夕方、まだまだ暑く、西日が眩しい、と書きたいところだが、今日は、曇り時々小雨で、蒸し暑いが、35度越えのような異常な暑さではなく、最高温度30度以下のようなので、平年並みで、窓から聞こえる蝉の声も、心なしか大人しい。近所に弘法大師の社、と言っても、ごく小さいのだが、この時期に夏祭りがあって、近所の役員さんがいろいろ準備をするが、今年は、祭りの山車はなく、小さな屋台で、焼きそばと綿菓子の2テントだけ、申し訳なさそうに店番をしている人がいる。家内が、町内会なので、奉納金を、社の側にある大型テントにいる役員さんに、渡した。これでとりあえず、義理は果たせた。自分は、午前中は諸々の仕事に追われ時間が過ぎたが、午後はオンラインでの講演があって、夕方に終わり、今日も、なんとか役目を果たせた。この年寄りでもまだお役に立てるのか、と思うだけで、生きる自信が湧いてくる。夕方は、例年では、娘と息子の2家族が、集まって、ワイワイガヤガヤと、孫を交えた人生ゲームなどで、盛り上がるのだが、今年は、どうも無理で、息子家族だけ、後30分ほどでやってくる。リクエストは、カレーライスと唐揚げというから、安上がりだが、家内は、嬉しそうに料理を作っているようだ。窓を開けているが、お囃子が聞こえてこない、そうだ、今年は密を避けて、山車もお囃子もないのだ、景気のよい音楽が聞こえてくると、どこかそわそわするのだが、今年は、孫を連れていけない、行っても、面白くないだろう。まるで通夜のような、夏祭りもどき、で、蝉も、ツクツクボウシか、ヒグラシか、もう夏の終わりを告げているようで、寂しげだ。家内と話合って、庭の畑を整理する予定になっている。ブログで、小さい庭と書いているが、実は、多少大きい庭で、畑で菜園をしていて、玉ねぎ、ジャガイモ、キュウリ、トマトなど作っているが、今年は雑草の伸びが早くて、しかも背が高くなって、草刈りに苦労した。この暑い8月に、連日草取りをしたので、もうすっかり音を上げた。今年を最後に、菜園をほとんど縮小して、その地に、梨とか梅などの果物の木を植え直すことにした。9月になったら、その作業に取りかかろう、と話し合っているが、ちょうど似たような計画をした人の句が、新聞にあった。力尽き土に別れを告げたのに最後の種を選ぶは淋し(住谷佳萬)、と本格的な農業を営む人だが、寄る年波には勝てず、という所か。自分も、そろそろ、そのような時期に来ているらしい。一組だけの遅い帰省、お囃子抜きの夏祭り、畑の菜園との別れ、どこか、寂しげな夏の終わりが近づいてきたようだ。が、それで良し、ほとんどの日本人が、何かを中止したり、縮小したり、自粛している時代なら、それが最も優れた選択肢である。

自分の常識

今は、火曜日の夕方、西日が空を明るくしていて、西窓に面している書斎の机から、白いカーテン越しに、外を眺めている。お盆は終わった、というか、今日は送り火を焚く日なので、まだご先祖様は、暗くなるまで在宅しているのだが、明日から平日に戻るのか、という嘆息にも似た感覚がある。とは言え、コロナ禍で年中オンラインで仕事をしている身としては、明日から平常の生活に戻るわけではない。年中、同じ生活パターンで、ことさら改まるわけではない。事実、今日は、対面で仕事の打ち合わせをした。都内の事務所で、と言いたい所だが、溜池山王まで電車に乗って行くのが、面倒というか、腰が重いのは、もう在宅勤務にすっかり慣れてしまったからだろう。身も心も、この生活の居心地が良くなって、今さら元に戻りたくない、と思うと、一体、通勤とは何だったのか、都心の高い家賃を支払って事務所を借りる意味は何だったのか、どうも、分からなくなってきた。だから、今日の打ち合わせは、所沢駅構内の洒落たレストランで行い、自分としては快適な対面での仕事だった。打ち合わせは、喫茶店か蕎麦屋かレストランで十分ではないかと思う時、この頃、自分の価値観も変化してきたことに気が付いた。他人がどう思っても、自分やお互いが気に入っていれば、いいではないか、世間のしきたり、規則、常識、道徳など、主語を、世間から自分に代えれば、この上なく自由になれる。この前、スポーツジムからの帰り道に、親子連れに出会って、アッと声を上げた。まだ幼い女の子だが、上は服で下は浴衣で、あるいは、その逆だったか、何とも違和感があったが、親子が楽しそうに、談笑しながら歩いていった。そうか、いいではないか、本人が気に入っていれば、世間を気にしないほうが、よほど優れた考えではないか、と、親子に教えてもらった。日本も未婚率が増えてきたと新聞報道をしているが、いいではないか、本人が好きな生き方ならば、と思えば何の問題もない。現実に、その通りで、本人が苦しみ悲しむより、気に入って楽しいなら、世間とは離縁してもいいではないか。犬掻きで泳ぐ子に母手をたたく(向井克之介)の句を、新聞で読んだ。犬掻きだろうと何だろうと、母親は嬉しくてたまらない、我が子が泳ぐ様子に夢中になって、周囲の人なんか、目には入っていないだろう、それでいいのだ。いいじゃないの幸せならば、という古い歌謡曲があった、と想い出した。今の時代、衣服の価値観、職業の価値観、学歴の価値観、結婚の価値観、異性の価値観、金銭の価値観、レジャーの価値観など、すべてが世間の常識から、自分の常識に変わってきたような気がする。昭和の時代の古い人間からすれば、それでいいのか、と思いつつ、それでいいではないか、の方に、軍配を挙げたくなっている。

迎え火

今は、土曜の夕方、スポーツジムから帰って、書斎に上がって、画面に向かっている。天気予報によれば、関東に台風が上陸する関係で、警戒するような大雨になるというが、午前中も、時折、台風らしい強風と大雨があったが、午後はそれほどでもなかったので、スポーツジムに行った。帰宅しても、雨は小雨程度、風も小さく、窓から見える木々もあまり揺れていないので、どこかに逸れたのか、まあ、警戒するに越したことはないので、夕方の一時を、平穏に過ごしている。そう言えば、今日は13日、ご先祖様を自宅に迎える、迎え火を焚く日だった、もっと暗くなったら、玄関先で、家内が買ってきたオガラに火を灯そう。送り火は、16日らしい、西の空から降りてきて、お盆を自宅で過ごし、また天に戻るのか、昔の人は、可愛らしいことを考えた、というか、仏事だろうが、どこか哀愁があって、亡父と亡母に少し滞在してもらおう。8月も13日、お盆の時期になった、蝉しぐれが聞こえ、お墓参りも済ませ、期待外れの台風もやってきた、甲子園の高校野球が真っ盛りで、いつもの夏らしい季節になった。と言っても、コロナ禍で年中マスクをかけ、在宅勤務で、オンラインでの打ち合わせが、仕事らしい活動となった数年間、生活スタイルが変わった。自宅では、家内と話すことが多く、午前中は書斎で仕事、出版向けの資料の準備や原稿書き、講演資料の作成、諸々の雑事などで、午後は、平日はオンラインでの打ち合わせが多いが、なるべく筋力を付けたいので、スポーツジムに行くように、心掛けている。晩年になっても、仕事があり、運動をし、美味しい食事をし、ぐっすりと就寝する、それは、贅沢な生活と言えよう。夏が来て、お盆が来て、やがて甲子園の高校野球も終わり、秋風が吹き始め、残暑も微かに衰え、というように、自然は、人間の思惑を超えて、悠久の時を流れていくようだ。自然から見れば、人間の営み、仕事のこと、人間関係のこと、健康のこと、家族のこと、など、時に有頂天になって喜び、時に失望してがっくりと肩を落とし、時に涙を流して悲しむ、天から見れば、微笑むような些事かもしれない。新聞にこんな句があった。八十年行き来し方を想いつつ真向ひの山の大杉見上ぐ(松下二三夫)、大杉は真っすぐで、天に向かって、悠々として、大杉ともなれば、何百年も生きてきた、80年はまだまだ、と思えるところが、面白い。下界は、まあ、ちまちまと騒がしいことよ、と、迎え火を焚いたら、懐かしい両親が、笑うかもしれない。この歳になっても、会えるものなら、会って話がしたい。

小さな気付き

今は、10日水曜日の午前6時20分であるが、この変則的な時刻は、昨日、ブログを書き損ねたからである。オンラインでの研修と講演で、昨日の午後は塞がって、その後、少し日が陰った頃、伸び放題になった草を刈って、シャワーを浴びて、ガリガリ君のアイスと冷えたスイカを食べたら、もうすっかり予定を忘れてしまった。たかが、ブログじゃないか、そんなに、きちんと時間通りにしなくても、と、自分でも思うが、どうも性分なのか、予定通りでないと、すべてが狂ってしまうような気がして、どこか歯車が外れるような気がして、それが恐いからだろう。だから、手帳は手放せない、すべてが、手帳で管理されているし、そこに身を任せると安心する、紙の手帳と、googleカレンダーも愛用している。一昨日は、都内に出かけて、忙しかった、ずっと人と話しっぱなしで、オンラインだが、特にデジタル庁の幹部とのMTGは、重要な内容だけに、半分緊張し、半分ワクワクした。が、そんな日が、今週は続く。今日も、午前、午後、夕方と、オンラインでのMTGが続き、夕方は、所属団体の主催する、水曜サロンなので、ホストとして、ゲストと対話する仕事が待っている。これも、ドキドキしながら、ワクワクする時間なのである。それが終わると、ホッとして、夕食の時間になる。思えば、これが、自然な生活で、都内の職場に通っている時は、朝電車で出かけ、夕方電車で帰宅し、疲れた、と言って、お風呂に入って、ホッとし、楽しい夕餉を迎える、というパターンなのだが、在宅勤務になって、オンライン中心の仕事では、自宅と職場という境があいまいになった。やはり、仕事を外でして、自宅に戻る生活が、自然なのだろう、と言っても、現在の環境では、昔は良かった、と言っても、仕方がない、現状に合わせて、自分を変えるしかない。早い話が、今、自分がブログを書いていること自身が、現状に合わせているのだ、それは、ふと思うこと、ふと気付くこと、その直感にしたがって、行動を制御していることかもしれない。文脈は少し離れるが、新聞に、こんな句があった。4年前短歌(うた)詠み始め我が日々は小さな気づきに心躍らす(中山隆二)、分かる、気付きなのだ、それは、小さな発見とでも言えるが、こうして、人は、いろいろな出来事に出会って、ハラハラ、ドキドキ、ワクワクしながら、時を過ごしているのだろう。

散り際とは

今は、6日土曜日の夕方、スポーツジムから帰宅して、一息ついた所である。昨日まで、神戸に出張して、3泊4日の長旅が終わった、いろいろな事があった。コロナ禍の中、多くの制限があったが、数年ぶりの対面でのSSHの成果発表会が行われ、審査を終えて、自分は別件のため、もう一泊して帰宅したのだが、伊丹にある大阪空港を利用して、快適な旅だった。歳を取ると、新幹線での長時間は疲れる、飛行機なら国内では1時間程度で済むので、気持ちも軽くなる。コロナ禍以前のように、若い高校生のポスター発表を聞き、質疑応答すると、こちらが元気をもらい、研究も理解できる。残念ながら、近隣の高校生は、コロナ感染のため、参加できず、SSH校の発表校だけの参加になった。研究は、年々、進歩しているようで、新しいデバイス、測定機器、アイデア、分析など、知らないことが多かった。数理的な分野の進化も大きく、今流行ているデータサイエンスも、そのプログラムも、自由にこなしているようで、高校生は少しアドバイスすれば、グングン伸びていく様は、甲子園の高校野球と変わらない。審査員の中では、自分も長老になり、次々と若い審査員が入っている。科学技術の進歩は劇的に速く、研究の真っ只中で仕事をしている若手の准教授などが加わって、議論すると、なるほど、自分は不勉強だ、と実感する。もう、自分は終わりつつあるのか、と思い、少し寂しい気もするが、若手の研究者を見守ることも、長老の仕事でもある。専門誌や雑誌などを読むと、次世代の研究者が活躍しており、完全にバトンは渡されたようで、ならば、年寄りは何をすればいいのだろう、と思う。先般も、長い間務めた審査員を辞退して、若手を起用してほしいと、連絡した。自分は、審査系も、学会系も、団体系も、すべてが交代の時期になった。散り際をきれいにしたいと思うのは、男の美学と言えばカッコよいが、そんな年齢なのだから、当然のことで、美しくありたいと思うのは、研究も生き方も表現の仕方も、すべての面において、自然な人間の心情である。あの人は、最後は見苦しかった、と言われたら、すべての評価はマイナスになる、最後まで、片意地を張ってでも、真っすぐな生き方でありたい、と願っている。新聞にこんな句があった。杖突いて機械の田植見てをりぬ(津田和敏)、今は現役を退いて、機械植えの様子をじっと見ていて、頭に去来するのは、何だろうか、手植えの時代か、忙しかった若い頃か、今は何もすることもなく、隠居のままに、所在なく見ているだけか、杖なしでは徒歩もままならぬのか、あるいは、散歩の途中か、田植えで働く人を元気づけ、見守っているのか、今の生活に満足しているのか、あるいは寂しいのか、そっと自分の姿を重ねてみる。久しぶりの長旅を終え、日常生活に戻ったが、心は、神戸の華やいだ国際会議場と、静かな書斎を、行き来している。晩年をきれいに生きたい。

SSHに思う

今は、神戸のホテルにいる。朝7時台の時刻だが、時間がないので、この時間を使って、ブログを書く。SSH、スーパーサイエンスハイスクールの生徒研究発表会で、仕事をする予定だが、朝8時半までに、国際コンベンションセンターの会場に行くので、少し短いブログでお許しいただこう。このホテルは、以前にも泊ったことがあるが、今は23階の部屋で、海側なので、神戸港が良く見える、抜群の景色で、昨日の夜景も見事だった。他の用事もあって、5日に帰宅するが、4日までは、審査である。知の甲子園とも呼ばれる、この成果発表会は、そのレベルは、極めて高く、専門学会レベルで、ポスターで、じっくりと高校生に説明を聞かないと、理解できない。自分が分かるのは、概要とか、視点とか、独創性、などの上からの評価が多く、細部にわたる分析などは分からない、というか、興味が湧かない、のは、たぶん、年齢といよりも、研究は本質を極めることだからだろう。若い高校生との、研究についての勝負のようなものだが、質疑が終われば、爽やかな風が吹いて、心がきれいに洗われるような気がする。高校生たちは、既に、昨日からポスターの準備をして、いざ、出陣と、身構えているだろう。昨日から、自分は参加しなかったが、予備審査は始まっている。静かな、そして、頭を全開にする、暑い甲子園なのである。近隣の高校生もやってきて、4000名以上の、科学を愛する若い人たちと教員が一堂に会して、喧々諤々と、知的な議論が始まる。こんな経験ができるだけでも、有難い。飛行機の中で、久し振りに小説を読んだ、そこには、SSHのような世界ではなく、世間の厳しさや、仕事の悩みや、人間関係で苦しみながら、なんとか乗り越えようとしている姿で、そのギャップに、我が身を振り返った。高校生もそれなりの悩みやもがきや不安もあるだろう、が、今を精一杯生きているようだ。魂をひとつに蟻の列つづく(神宮斉之)の句が、新聞にあった。蟻は何も言わないで、せっせと餌を運んでいるが、何か考えることがあるのだろうか、SSHの高校生も、参加する近隣の高校生も、何か思う所があるだろう、今日は、自分も、若い人たちと、心を一つにして、議論しよう、皆、頑張っているのだ。

人生いろいろ

昨日も今日も猛暑で、午前中は書斎で仕事をして、午後は買い物やスポーツジムに行って、土日を過ごす。午後にオンライン会議などがないので、気楽に過ごせるが、この猛暑では、スポーツジムに行って、プールで泳ぐのが、極上の贅沢な一時になる。今日も、そんな過ごし方だが、ジムからの帰宅時刻でも、まだ容赦なく太陽が雲の合間から、照り付ける。帰宅して、冷えたお水を飲み、家内が冷えたスイカを出してくれると、そのみずみずしさが腹に沁み込んで、スイカはこんなに甘かったか、と思い、その後に、ガリガリ君のアイスを食べ、居間のクーラーの下で涼むと、ようやく生きた心地がする。それでも、まだ喉が渇くので、よほど汗をかいたのだろう、身体が、水分を欲しがっている。書斎にいても、西日が窓から入ってきて、書斎のクーラーもそれほど効いていないようだが、まあこのくらいでいいだろう、と思い、パソコンを開いている。連日の猛暑で、危険な暑さ、という形容は、まんざら嘘ではないようで、お昼のニュースでも、同じ埼玉県の熊谷で39度を記録した、というから、尋常ではない。地球温暖化は、肌で感じるが、この異常さは、収まりそうもない。ウクライナの戦場の惨禍、第7波のコロナ感染者数の急増、この連日の猛暑、どこか、地球全体が、平穏ではなくなってきた感がある。こんな時、自分のような年齢になると、ふと昔が良く見えてくる。騒がしい日常から離れて、静かな里に行きたくなる、来週は、4日間の出張があって、神戸に行って文科省の審査の仕事をしなければならない、それはそれで楽しみであるが、同時に、この猛暑日に出張して、狭いホテルに泊まって、小さなお風呂で、と思うと、どこか面倒な気持ちがするのは、歳のせいだろうか。一言で言えば、安らぎを求めたくなるのかもしれない。スポーツジムに行けば、プールに水しぶきが上がる、ゴルフクラブを振れば、汗で顔中がびっしょりになり、自宅からの徒歩で、身体が火照ってくる。静かな、平穏な、穏やかな気持ちになりたくて、昨日、久し振りに、書店で本を買った。まだ読んでいないが、平凡な人生に、ほのぼのとした生活を描いた小説だと書かれているから、自分の気持ちに、そのような、大きなゆりかごに包まれたい思いがあったのだろう。人は、いつもいつも元気でいることはできないのだろう、時に、疲れて、椅子の背もたれに身を委ね、時に、何もしたくない、時に、愚痴も言いたくなるのだろう。そんな時、小説でも、癒しになるのかもしれない。新聞に、こんな句があった。帰省して村の大きな木と話す(船橋充子)、たぶん、作者も、大きな木にもたれかかって、身を委ねたかったのかもしれない。それでいいのだ、人は、元気に仕事をしたり、時に大声を張り上げたり、時に疲れて何もしたくなくなったり、時に、自分が無能に見えたり、いろいろある。なるほど、人生いろいろ、である。

涼しい日

今は、火曜日の夕方、気温が低めで、過ごしやすいのは、今朝から小雨が降っているからである。昨日は、猛暑で、オンライン会議が4つあって、しかも庭の草取りをしたから、体中から汗が吹き出して、こんな日が続くと、文字通り夏バテになる、と思った。が、今朝起きて、居間から延長の縁側に立って、庭の草木を見ると、雨に濡れて、華やいでいて、存在感を主張しているようだ。そうか、草や花も、猛暑では熱射病になるのかもしれないし、小雨が慈愛に満ちた贈り物なのかもしれない、生き返ったような色をしている。昨日が休刊日で、今日の新聞に、こんな句があった。雨上がり若葉青葉のかがやけり(大串若竹)、のように、恵みの雨で、葉も輝きを増している。今は、百日紅(さるすべり)の花が満開で、景色をピンク色に染めて、目を楽しませてくれる。文字通り、百日近く、緑の葉っぱにピンクの花が咲き、そのコントラストは艶やかで、こんな風に、日本人は、季節毎に、心を添えて、自然と一体になろうとしているのか、と思う。ここ数日は、炎天下の中、用事があって、市内を車で走り廻っていた、それは、暑い日中と戦っているようで、自宅に帰ると、極楽の言葉が似合うような、過ごし方だったが、今日は、涼しく、朝に4回目のワクチン接種を済ませ、激しい運動は控えるように、と看護婦さんに言われて、オンライン会議の他は、書斎で、自分の仕事に精出した。が、どこか、けだるさや、眠気があって、集中度は高くない、仕方ないだろう。そして、今日も暮れていくのか、毎日、いろいろな仕事をし、処理をこなし、立場に応じた対応をし、それなりに気を遣い、この時間は自分の仕事をし、などで時間が経ってしまう。それでいいのだ、猛暑日もあれば、小雨の降る日もあり、時に大雨の土砂ぶりの日もあり、困った、とか、これは面白いとか、小さな出来事に、一喜一憂しながら、時が過ぎていく。国の舵取りをするような人は、責任も重く、その重さに応じた生き甲斐や苦労もあるから、振幅の大きな過ごし方かもしれない。が、事の大小で、人の哀歓の大小は測れない、子供は子供なりに、庶民は庶民なりに、苦労もあれば喜びもある。どんなことも、人の受け止め方で、一喜一憂の振幅は、変わってくる。それは、事の大きさには比例しない、とすれば、喜びは大きな山で、不幸は小さな谷で、という波に変えればよい。と思えば、今日も、上出来の日ではないか。

旅情

今、愛媛県の道後温泉に来ている。所属団体から、夏休み、といっても2日間を取り、今日の土曜の休日を入れて、3日間の休暇で、四国の旅行をして、今日が最終日の朝である。さすがに、有名な温泉どころ、奥道後は素晴らしい、以前にも同じ宿に泊まったのだが、昔を思い出し、もう一度四国の旅をしたいと思って、JTBに申し込んだという経緯である。コロナの感染者数の急拡大が気になるが、温泉宿は、別世界のようで、温泉も、食事も、部屋も、非日常である。今朝、今朝の5時を回っているが、温泉宿では、早い就寝なので、早く目が覚める、メールやその他の用事は、済ませても、まだ時間が余る、そうだ、この時間に、ブログを書けば、明日の日曜日に書かなくてよい、と思って、パソコン画面に向かっている。昨夜は足摺岬の宿だったが、あいにくと各部屋には、Wi-Fiが来ていなかったので、スマホで処理したが、添付ファイルなどがあって、仕事には向かない。ここ松山は、俳句で知られる町で、自分には文才がないが、俳句箱があって、市民も投稿することができるようだ。以前に、愛媛県の教育委員会に呼ばれて、講演をしたことがあったが、その時は、道後温泉の宿で、散歩したり、坊ちゃん温泉に入ったり、土産物店を覗いたり、まるで坊ちゃんのような気分だったことを思い出す。今は、老夫婦の旅で、どこか、無欲で、物見遊山で、疲れてもいないが、疲れを癒し、短い余生を、少し着飾るか、という気持ちである。俳句の街だから、新聞に載っていた句を、引く。友釣りの鮎に近寄る早瀬かな(高山国光)、と文脈はないが、昨日、四万十川の遊覧船に乗って、ゆったりと流れる川を上り降りする船に身を任せたが、猛暑の中に、涼しげな川の流れが、旅情を誘ったからである。残念だが、もう時間が無くなってきた、まあ、いいではないか、この部屋から、山の木々が見える、これから朝の露天風呂に出かけよう、自分たちも歳をとってきたのだ、老後のささやかな、安らぎの時である。