今は、火曜日の昼間の時刻だが、今日と明日の夕方に時間が取れず、ブログを書いている。雨が少し降って、猛暑から少し離れて、過ごしやすい気温になった。仕事をしていれば、意見が合うことも合わないこともある、そして自分の役割は、その調整役だから、気楽のようで、そうでないようで、何んとなく損な役割をしている気がする。今日の午前中は、市内の小学校に行って、授業参観をした。研究指定校の関係で、仕事半分、研究半分の、文字通り気楽な時間を過ごした。学校は、昔と変わらない、中学校に行った時、各生徒たちの椅子の背に、雑巾が掛けてあった、どうも雑巾を自然乾燥させているらしく、先生に聞いたら、今でも同じように、小中学校共に、掃除は雑巾掛けをしている。そう言えば、授業の始めと終わりは、起立、礼の声に合わせて、よろしくお願いします、と、ありがとうございました、と斉唱するが、これも変わっていない。昔と同じかと思うと、内心、ほっとして、日本人に生まれて良かった、と思う。子供たちが、元気そうに授業に参加している光景を見ると、嬉しくなり、どこか窓の外を見ているような子供がいると、自分の孫のように、心配になる。学校は、昔の姿を映し出して、少年のような気持に引き戻す。そう言えば、自分も同じだったか、遠い過去を思い出し、長い間生きてきて、今、このように過ごしていて、仕事をすると、面白いことも煩わしいことも、降りかかってきて、歳を取った、という感慨がある。同じ日本人なら、分かるだろうに、と思うが、現実は、なかなか難しいことがある。この前、北陸に旅行して、若狭で箸を買った、その箸を食事時に使っているが、その軽さ、装飾の細やかさ、繊細な色使い、があって、食べやすく、確かに日本人が作った箸だな、と思う。この細やかさ、隠れているが見えない所での気遣いが、感じられる。それが、逆に、人間関係を煩わせているのかもしれない、と思うこともある。もっと大胆に、ストレートに、装飾なしで、忖度なしで、モノを言えば、気楽なのではないのか、裏を読まないと、真意が分からないような世界は、たぶん外国人は生きにくいだろう。日本人の良さでもあるし、世界には通じにくい文化でもある。声張りて土俵ひらひら跳ぶごとく夏の衣の行司伊之助(望月廸子)の句が、新聞にあった。日本文化の象徴のような相撲行司だが、軍配を刺し違えたら切腹という昔のしきたりに従って、短刀を指し衣装を纏う、と聞いたことがあるが、先の箸作りと似た感覚がある。この文化が、日本を支え、発展させてきた、それは、先の授業の、起立、礼、雑巾がけの掃除と同じだろう、と思えば、仕事上のトラブルも、同じ文化を共有しているなら、もっと協力すればいいのに、と今の自分は、行司役かと思いながら、嘆息している。
小さな波
今は土曜日の夕方、良く晴れた夕刻、と言っても、まだ日は沈まず、空は明るい。今日の天気は、曇り予想だったが、晴天に変わった。土曜の夕方は、どこか気が緩んで、過去を振り返るにはちょうどよい日時なので、ブログを書くことにしている。6月は企業や団体にとって、予算や決算期で、事業の報告や計画などがあって、いろいろな組織に関わっている身として、忙しいのは慣れているが、7月に入ると、そのようなセレモニーが終わって、自分のやりたい仕事、出版の企画、そのための資料などの準備、原稿書き、講演資料など、集中してできるか、と思えば、さにあらず、1ページも書けていないのは、締め切りが迫っている仕事に追われているからで、それは団体のための仕事であって、有難いのだが、嬉しいような、迷惑のような、複雑な心境になる。ただ、この年齢で、まだ仕事があること自身が、家内の言葉を借りれば、奇跡のようなことで、それは感謝の言葉しか出てこない。自分のやりたいことは、きわめて贅沢なことで、時間を見つけて、やらせてもらうことであって、という謙虚な気持ちは、現役の頃と変わっていない。世の仕事は、なかなか複雑で、楽しいとも苦しいとも言えるのは、前に書いたブログと同じである。これさえ無ければ、この件だけ解決すれば、すべてハッピーなのだが、と思うことは、誰でも同じだろう。昔、成田空港で猛烈な腹痛が起きて、空港の病院で治療をしてもらったことがある。国際電話をかけて、明日の飛行機で行くと、連絡して、病院のベッドで点滴を打ってもらったのだが、この時だけは、文字通り、これさえ無ければ、この痛みさえ解決すれば、と天に祈らずにはいられなかった。翌日、奇跡的に回復して、予定の便で空港を飛び立った時は、嬉しさで、文字通り天にも昇るような気持だった。これさえ無ければ、と願う気持ちは、誰も持っているだろう。安部元総理が銃撃されて死亡したというニュースは、昨日のテレビ番組を、一色に塗りつぶした。天地がひっくり返ったような騒ぎだったが、一夜明けた今日、その余韻はあるものの、次の出来事が待っているかのように、過ぎていくのだ。近年例を見ないほどのウクライナの惨状のことも、新聞の第1面を飾らなくなった。だから、この世の中は、今しかなく、これさえ無ければ、と思っても、別の波がやってきて、喜んだり悲しんだり、を繰り返すのだろう。どこまで探しても、永遠の楽園はないのだ。車窓から見える町では穏やかに暮らせそうだと愚かに思う(のぶつばき)の句が、新聞にあった。作者もそれが幻想にすぎないことを知っている、知っていながら、現状から逃れたい、現状に正面からぶつからなければ、と分かっていながら、別の世界なら、と思う気持ちは、よく分かる。現実は、いつまでも、小さな波はやってくる。それは、嬉しいことも悲しいこともあるのだ。
楽しいが苦しく
今は、火曜日の夕方、少しばかりの雨がちらついて、気温を下げて、過ごしやすい日中だった。このようにして、陽が陰り、時間が過ぎて、1日が終わり、明日を迎え、1週間が過ぎて、やがて1ヵ月が経ち、ということなのだろうか。忙しいという訳でもないが、時間の過ぎるのが早く、自分では本来の仕事だと思っている原稿執筆などの時間が取れない。それは、好きだけれども、時間が余れば取りかかるレベルの仕事であって、贅沢なことなので、させてもらっている感覚である。それが、仕事のすべてであったら、楽しいかと言えば、そうでもあるし、苦しいことでもあるだろう。同じような趣旨を、ベストセラー作家の佐藤愛子が、エッセイの中で述べている。苦しいのだが、しかし止めるわけにはいかない、会心の文章が書けると、この上ない楽しさや喜びがあり、書かずにはおれないと、綴っている。筆を絶つと、どうなるのか、書くことがすべての作家にとっては、生きる甲斐もなく、生きる屍になると、そのエッセイの中で、父親佐藤紅緑の晩年を描写して、述べている。その通りだろう。書くことが生きることのすべての作家にとっては、書くことが楽しさの源であり、それが止められることは、温泉の源泉に蓋をすることと同じだから、生きる甲斐がなくなる、しかし、源泉が枯れることなく出続けることは、人間にはあり得ない、というか極めて稀であろう。人は、生物的な寿命という区切りがあって、次第に細胞が死滅していくのだから、若い頃と同じように、ということは、自然の摂理に反するからである。仕事が無ければ、生きていけない、仕事をするには、エネルギーが必要で、その活力の元は、少しずつ枯れていくので、仕事の質は下降していき、やがて止まる、という運命になる。楽しいが苦しく、面白いが悲しいことが、仕事の本質なのかもしれない。立場上はいと言えない日々にいて働くことは長い寸劇(吉村おもち)の句が、新聞にあった。寸劇だから、そのセリフは決まっている、はいと言いたいのだが、言えない役柄なので、というのは、仕事をする人の心情を物語っている。どんな役だろうと、演劇が好きな人にとっては、楽しい演技であるが、現実の仕事の場面では、演劇と同じように、言えないセリフがある、そうだなーと、同感した。昨日も今日も、やりたいこととは別の仕事で、時が経った、しかし、それは、自分のやるべき仕事であり、役者として果たさなければならない、重要なセリフなのである、と自覚しながら、自問している。生きるということ、仕事をするということは、そういうことなのだ、それでいいのだ。
日常と非日常
今は、日曜日の夕暮れ時、まだ外は明るいが、珍しく、ギンギンの空ではなく、どんよりとした雲が広がっている夏空である。珍しく、とは、ずっと人の体温越え、酷暑、猛暑、危険な暑さが、続いて、雨を待ち望んでいたからで、ほんの少し、パラと、お湿りとも言えぬ雨が降ったが、天の恵みである。明日から、当分、湿り気のある天気のようで、これで、野菜も果物もお米も喜ぶだろう。公開のブログで書くのは気が引けるが、私的な旅行に老夫婦で出かけた。北陸の観光ツアーで、日本三景の1つの天橋立、情緒豊かな伊根の舟屋など、行ったことのない名所や、何十年ぶりかの永平寺や東尋坊などを観光して、昨夜遅く帰宅した。旅の疲れは老いの身には堪えるが、すぐにシャワーを浴びて、土産に買ってきた鯖缶と干しホタルイカを魚に、冷えたビールで喉を潤すと、もうこれ以上の贅沢はない、と思う程、身も心も落ち着いた。旅行中は、猛烈な暑さで、バスの中で冷えた水を飲み、外に出れば汗だくだくで、中学高校の烈しい運動部の練習のようで、冷房の効いたバスに戻るような、繰り返しだったが、これが、この上ない喜びであった。そこか、これは、大人と老人の修学旅行なのか、行儀のよい生徒たちで、弾んだ声で話し合い、時間は厳守で、添乗員さんを喜ばすかのように拍手を送り、生活態度は満点の集団であった。宿は、言うまでもなく、ゆったりとした豊富な温泉で、もうこれ以上はないという程のバイキング料理に、食いしん坊という欲望が遠慮なく表に飛び出してきたようで、少し恥ずかしい気がした。こんなことは毎日続く訳はない、だから観光旅行、非日常的な出来ごとなのである。非日常だから、年に何回か訪れるのだが、その感慨が余韻を持っている。今朝は、ぐっすりと寝て、今日は日曜日か、と思いつつ、朝からオンラインの打ち合わせがあった。その後、すぐにメールを出して、手際よく対処した。それは、長年の経験で、すぐにしないと、仕事は思わぬ方向に展開し、難しい局面になる場合がある。ホッとして、お昼は、家内と車で買い物に行って、その後自分はスポーツジムに行って、帰宅して今、パソコンに向かっている、という次第である。これが、日常なのである。非日常と日常の切り替えが大切で、そのどちらも、すぐに対応すること、そしてどこか楽しさや喜びを見つけるのである。スポーツジムからの帰宅途中、こんな光景に出会った。新聞にあった、夏帽子自転車の母前後の子(臼井正)の句の通りで、この母親は、これが日常で、観光地でアイスを買って我が子に与える母親は、非日常の光景だろう。どちらも、美しく、楽しく、今が幸せなのだと、見えない声が聞こえてくるようだ。
適度で良い
今は、火曜日の午後、ブログを書くにはふさわしくない時刻なのだが、夕方に時間が取れず、明日も無理なので、今の時間、ぽっかり空いているので、パソコンに向かっている。この前のブログに書いたが、何しろ外は猛暑、危険な暑さで、梅雨が明けて、本格的な夏に入った。今朝は、市内の小学校に授業参観に行って、子供たちの学習風景に触れたが、ICTなどの先端技術もあるが、昔ながらの授業スタイルがほとんどで、それなりに、ホッとする。不易と流行の言葉があるが、あまり好きではないが、確かにその通りで、自分が小学生の頃と変わっていないような気もする。黒板があって、板書して、教材を見せて、質問があって、大型の提示装置があって、など、子供たちは、それで満足なのだ。少し違ったのは、オンラインを使って、校長先生が、画面を通じて、各教室に、呼びかけ、挨拶をし、訓話をして、全校集会があったことだ。なるほど、昔のように、校庭に全校生徒を並ばせたら、この暑さだ、日射病になるだろう、クーラーの効いた教室で、全校生徒が、教室にある画面に集中するのは、悪くない、というか、素晴らしい技術の恩恵である。小学校低学年は、まだ幼い、じっとしていない、集中させること、飽きさせないこと、それは、至難の技かもしれない。画面から送られてくる校長先生は、さすがにベテランだ、言葉だけではない、スライドを作り、それに合わせて、語る、その様は、昔に馴染んだ紙芝居に似ている。登場人物に添って、声色を使い、飽きさせない工夫があった。というより、見事な語りであり、技であった。なるほど、先端技術も、使う人の技量によって、生きもすれば死にもする、そんなことを思いながら、授業に参観した。1限の授業であったから、8時に自宅を出て、10時に帰宅できたので、効率は良い。今日は何か良いことがあった、などと独り言を言いながら、昨夜の寝苦しさで、夜中に一度起きて、その後すぐに寝たが、それでも、少し眠気が催す。たぶん、暑さのせいだろう、と思いながらも、論文の修正をして、書き上げたのだから、エアコンのお陰とはいいながら、エライと自分を褒めた。6月に入って、少しづつ庭の草取りなどをしていたが、この暑さでは熱中症になる、早朝か夕方でないと、危険である。新聞に、ひっそりとどくだみの増え母の家(原山桂子)の句があったが、よく分かる。ほっとけば、たちまち増え続ける雑草、特にドクダミの生命力には、負ける。適度に仕事をし、適度に身体を動かし、適度に庭の雑草を取る、それで良いのだ、若い頃のように、集中しては、し過ぎては、身も心も脳も持たない。自分には、今のままで、ちょうどよい。
猛暑の日
今は日曜日の夕方に差しかかる頃、パソコンに向かっている。昨日の夕方は時間が取れず、今ブログを書いているが、それで良い。計画通りやろうとすれば無理になり、長続きしないのは、世の常である。昨日は長丁場のオンライン審査があって、今日は人に会う用事が、昼間にあって、所沢駅に出かけ、その帰りにスポーツジムに寄って、プールで泳いできた。昨日も今日も、特に今朝は、雲一つない晴天、しかも真夏の日差しで、朝から気温がぐんぐん上がって、ニュースでは35度近いというから、尋常ではない。自宅から所沢駅まで徒歩で25分位、途中にあるスポーツジムまで15分位なので、今日は、約1時間近く歩いたことになる。この暑さだ、途中の100均で、日除け用兼風送り用に扇子を買って、多少役立ったが、駅の構内のショッピングモールに入ると、涼しいエアコンで、生き返ったような気持がした。なるほど、この快適さに慣れると、いくら節電をと、テレビが呼びかけても、家庭で節電をする気にならない。プールで泳いで水しぶきを上げて、その後に屋外のジャグジーに身を任せ、街の風景を眺めると、歌の文句のように、浮世の憂さはどこへやら、と何やら小原庄助さんのような気持になって、まさか鼻歌とは言わないまでも、能天気な人間になる。たまにはいいではないか、今日は日曜日で、午前中は原稿も書いて仕事もしたのだから、と多少の弁解もしながら、街の風景を眺めていた。さすがに、暑い、帰りに、久し振りにオロナミンドリンクを買って飲み、帰宅して、冷水をがぶがぶ飲んだ。今年は、猛暑らしい、いつだったか、9月に入っても残暑が去らず、さすがに参ったことがあった。今年も似た年になるのだろうか、窓から入り込む西日が優しい、と書きにくく、まだ6月だったか、と卓上カレンダーを眺め、この先どうなるのか、梅雨はどうなるのか、と多少雨降りが恋しくなった。人間とは、我儘で、暑いだの、雨が欲しいだの、節電は嫌だの、まるで親の言うことを聞かない幼児のようだ。仕方がない、あまり我慢のできない駄々っ子が、人間本来の姿かもしれないと、自らを慰める。新聞に、ただ青い からっぽの空夏はじめ(藤岡賢)の句が載っていた。今は、夏はじめの季節ではあるが、夏真っ盛り、しかも猛暑の真夏で、空っぽではあるが、遠慮のない太陽が照り付ける、のだが、まあいいか、部屋に入ればクーラは効いている、冷たい水もドリンクも飲める、夕方にはキンキンに冷えたビールも飲める、日曜日だから大河ドラマも楽しめる、と思えば、なんと人間は贅沢にできているのだろうか、と少しだけ自省した。
学校訪問
今は、火曜日昼間の時刻で、ブログを書いているが、夕方に時間が取れず、明日も夕方は無理なので、ちょうど時間が空いている今を使うと、手帳に書いてある。手帳で行動をコントロールしているので、その予定に従うのだが、諸事情で変わってくるから、出来るところから、気付いたところから、臨機応変に処理している。今日も、庭の草取りを早朝にしたが、まだ気温は上がらず、爽快な気分なので、朝食が美味しかった。いつもは、朝食後に気が向いたら草取りをするのだが、朝食前のほうが快適であることは言うまでもない。午前に、ある小学校の授業参観をした、というより、お願いして、させてもらった。教育の仕事をして、たまには講演をしたり、出版したり、会議で発言したりするのだが、何より苦手なことは、小学校の授業、生活風景、子供たちの姿などが、まだイメージできないと言うことである。誰でも、経験したことがないことは、思い切って発言できない、実は、自分はこの分野は素人なのですが、などと言い訳をしなければならない。そこで、昨年に、市内の研究指定校になった学校に、授業参観できないかという願望を持っていて、今年も自分は、研究指定校の研究推進の役目を、教育委員会からいただいているので、思い切って、ボランティアで、昨年のGIGA推進の学校の授業参観ができないか、と教育センターの所長さんにお願いしたら、それは何でもないことと、すぐに快諾していただき、小学校2校、中学校1校を、毎月1回ずつ、訪問して授業参観できることになった。その第1回目が、今朝だったのである。それでも、何か恐る恐るという心境だったが、子供たちは屈託もなく、遠慮もなく、にこにこして、部外者を、教室に迎え入れてくれた。そして、先生の話に惹かれ、まるで自分が小学3年生になったように、授業の中に入っていった。なんと表現したらいいだろうか、長年観たいと思っていた劇場に入って、その華麗な演劇を見て、鑑賞している気持だった。もちろん、これまでに多くの授業を参観してきたが、それはお披露目用の、どこか外向きの光景で、素顔を見せない演劇だったような気がする。今日は、そこが違った。自分も、クラスの一員、仲間、孫のような子供たち、身内のような気持で、授業参観したのだが、それは初めての感覚だった。学校とは、宝のような場所であり、砂漠の中のオアシスであり、そこに行けば、子供たちに癒される、極上のリゾート地でもある。新聞にこんな句があった。三輪車まだ漕げず地を蹴飛ばして進む幼よきょうも逢いたし(近藤きみ子)、幼子を愛おしみ愛情を抱く気持ちがよく分かる。
食の楽しみ
今は、金曜日の夕方、いつものブログのように、正面が西窓なので、太陽がまだ西空にいて、陽光を注いでいる。今日は、真夏日かと思うくらいで、予報では最高気温28度などと報じている。明日は、朝から夕方までオンライン研究会があって、机から離れられず、その後に所用があって、ブログが書けないので、今パソコンに向かっている。そしていつものように、スポーツジムから帰ってきたばかりで、運動をした後は、自分も体力はまだ衰えていない、気分もさわやか、などと、まんざらでもない高揚感があるのは、脳内ホルモンの分泌のせいだろう。外が明るいと、気持ちまで明るくなるのは、誰も同じだろうが、うつ的な状態では、いくら明るくても、それが、逆に作用するようで、どんな美味しい料理でも、砂を嚙むような感じで、何も味がしないらしい。味覚とは、なんと素晴らしい天からの贈り物か、とよく思う。昼食は、だいたいパン食なので、いつものパターンだが、夕食などは、時にうーん、うまい、と声を出すこともある。歳を取っても、食の楽しみは、ある、というより、大いにあるし、生きている甲斐がある、と言っても過言ではない。だから、入院はしたくない、極めて薄い塩分、味のないような味付け、栄養バランスという、およそ人間味のない、秤で測って料理を作るような、理科実験室で試験管で調合しながら作った料理のようで、耐えられそうもない。テレビでも見ながら、少しだけアルコールを飲みながら、今日の様々な出来事を思い浮かべて、老夫婦で会話しながら、平凡だが、それが、楽しい夕餉の光景である。病院の食事のまずさは、両親が老人病院に入っていたので、食べたことはないが、よく知っている。いくら認知症とは言え、料理のまずさや美味しさは、覚えているだろうから、入院とは、我慢させ、諦めさせ、従うことを学習させる施設のようで、そんな経験はしたくない。そう考えれば、病院ではなく、自宅でお風呂上りに、美味しい料理をいただくのは、なんという恵だろうか。新聞に、トンカツを切る音キャベツ刻む音(中路修平)の句があった。いい音だ、サクサクとトンカツを切り、キャベツをトントンと小刻みに叩くと、ホカホカの料理が出来あがり、頬が緩んで、真っ白いご飯と一緒に喉を通ると、アー幸せ、と言うかどうか分からないが、どこかそんな庶民の嬉しそうな顔が目に浮かぶ。学生の頃、もうこれ以上の絶品はないと断言できるような、カツ丼の食堂があって、教員になっても、よく通った。この文章を書くだけで、口の中が湿ってくる。平凡だが、食べることは良きことだ。
永遠には続かない
今日は火曜日の夕方、書斎でパソコンに向かっている。梅雨時なので、窓から見える空は曇天で、今日も一日中、小雨がぱらついていた。明日は時間がなく、今日ブログを書いているが、この世の中は、いろいろな事が起きてくる、そして去っていく。新聞の1面を大きく飾っていた、ウクライナの戦況のニュースは、いつの間にか小さくなった。そして別の出来事が起きて、人々の関心が移っていく。これが世の中なのか、良いことも悪いことも、生まれては消えていくのか。老夫婦だけの生活では、テレビ番組は、曜日によって、およそ決まってくる。日曜朝のNHKの小さな旅は大ファンだが、それ以外は、主に夕食時だけ視聴している。NHKニュースを見て、さて夜7時半からは何がいいかと、新聞のテレビ欄を見ても、あまり見たい番組は少ない。その中で、金曜の夜は、録画しているNHKの朝ドラの番組をまとめて見ているが、面白いと言えば面白いが、何しろ物語の筋書きが荒唐無稽で、現実にはこんなことは無いだろう、と思うが、ただ、この前に見た一コマは、確かに現実を映し出していた。9回裏の逆転劇のような場面展開があって、ようやく念願かなって幸せな結婚ができて、やがて、赤ちゃんが生まれて、幸せ絶頂なはずなのに、何が原因か知らないが、離婚話が出てくるシーンがあって、また、よりを戻すのだが、これは現実にありそうな筋書きである。つまり、幸せな期間は、ずっと続くことはないのだ、あばたもえくぼの例え通り、夢中になっている時は、世界が違って見える、現実に戻ると、いろいろな事実が見えてきて、これが、結婚生活なのか、と思うのだが、そのシーンは、まさに現実なのだ。だから、永遠に続く幸せな家庭や波乱の無い生活などは、ドラマか漫画の世界だろう。ドラマは、現実ではなく、仮想の創作なので、俳優などは、その意味では、因果な商売ではないかと思う。ただ、ここで言いたかったのは、この朝ドラの逆もあると言うことなのだ。世の人々は、失意の出来事、意のままにならない人間関係、うまくいかない仕事、ぎすぎすした家族、思わぬ事故や病気など、数えれば、無数に経験しているだろう。だが、待てよ、先の朝ドラの展開とは逆も有りうるのだから、それは永遠には続かない、という事実であり、それが、現実社会なのだ、だから、現実社会が、人の生き方を救ってくれ、希望を持っていれば、必ず好転する。仮想の世界、作り事の世界は、どうにでもなる、だから、その世界は空虚であり、幻のようなものである。現実は厳しい、と言うが、打てば響く、必ず反応する世界だから、心配しなくていいのだ。今日の新聞に、日へ雨へ背筋を立てる早苗かな(松広訓)、の句があった。早苗よ、実りあるお米になるまで、梅雨の長雨に打たれ、炎天下のような日を過ごし、嵐のような日も送るのか、背筋を伸ばして、戦う姿勢なのか、と思えば、早苗を応援したくなる。まんざら捨てたものではないのが、この世の中である。早苗を見習いたい。
歳を取ってくると
今は、土曜日の夕方、と言っても、空は灰色一色で、青空が見えない、梅雨時だから、それで当然だとは言うものの、はやり、晴天のほうが、人の気持ちも晴れる。今日も、スポーツジムに行って、プールで泳いできて、お風呂に入る前の、所在ない一時で、ブログを書くには、もってこいの時間である。ブログも、書く時の心境によって、明るくなったり、暗くなったりするのは、当たり前であるが、概して言えば、歳を取るにしたがって、暗い方向に向くのは、仕方がない。腰が痛くなった、肩が凝ってきた、転んで怪我をした、忘れ物が多くなったなど、数えればきりがないほど、脳も心も体も弱ってくるのだから、話題が、そのマイナス向きに行くのは、当然なのだ。老人性うつが増えているというが、コロナ禍のせいで、外出をしない習慣が身に付くと、さらに症状が加速される。さて、自分はどうだろう、と振り返ってみると、頷くことも多いが、そうでないこともある。それは、仕事を持っているからではないか、と思う。昨日は、都心のど真ん中、丸の内の格式ある、皇居を見下ろすような部屋での会議に参加した。大企業のトップ、執行役員クラスの人がずらり、後は大学の学長が数人、場違いのような自分も入って、議論に参加して、最後は、高級そうな昼食を食べて、帰宅したので、半沢直樹のドラマに出てくる、役員会の会議のような雰囲気と重さがあって、帰宅しても余韻が残っていた。今日は、スポーツジムという健康維持のための時間なので、リラックスして、会議のような堅苦しさはない。帰り際、肩こりなどのマッサージ機なのか、健康器具なのか、分からないが、受付の前のスペースで、商品を片手に盛んに宣伝している人達がいた。これも、ビジネスか、と思うと、同じ企業と言っても、天と地のような差があるのかと、少し嘆息した。というのは、大企業のトップでも、定年が来れば、高級な椅子から落ちるのは、国会議員と同じで、選挙に落ちれば、ただの人というように、その落差が大きいのだ。自分は、有難いというか、ゆっくりと下り坂を降りているようで、飛行機の着陸、スローランディングに近いような気がする。これが、急に天から地へという変化だったら、現実の状況を受け入れられないから、うつ病になるだろう。歳を取ると、知力も体力も弱ってくるのは自然であって、それに逆らうことはできない、が、ここが肝心で、不可逆ではあるが、速度を緩めることはできるのだ。自分は、まだ論文を書いている、それが嬉しい、そのためには、これもあれも、したいことが山積する、最近、このブログでも書いたが、腰が痛くなり、肩が凝ってきた、だから、よけいにプールで泳いで全身運動をし、時にジョギングをする、それは、老人性の進行速度を遅くすることになっている。実際に腰の痛みが薄らいできている。何もしなくなったら、脳も体も心も病になるだろう。そこを反逆すること、それは脳を使い、身体を使うことだと思う。新聞にこんな句があった。通院の予定のほかは何もなし手帳を開けば海が広がる(森秀人)、これは特別ではなく、近所を見ると、同じような人が多い。この作者は、何も予定はないが、海のような解放感を味わい、人間関係の煩わしさから逃れていて、今を楽しんでいるのかもしれない。とすると、歳を取ってくると、人によって、様々な生き方をしているらしい。それもいいか。
