今日は火曜日、まだ夕方5時台だが、外は真っ暗で、この時期になると、初冬の感覚がして、どこか身体も冷えてくる。書斎は暖房が効いて、心地よい。平均すれば、週に3回くらいスポーツジムに行き、2回くらいジョギングをし、後の2日は運動しないことになるが、汗をかいた日は、新陳代謝が良くなり、夜もぐっすり眠れる。今朝も、途中で一回トイレに行ったが、すぐに眠って、朝まで起きることはない。健康は、誠に有難いもので、年齢が進むにつれて、その大切さがよく分かる。よく学びよく遊び、は子供の健康な生活スタイルだが、年配者は、適度に仕事をし、適度に運動をし、適度に好きなことをする、で良かろう。今流行りの言葉で言えば、well-beingな生活であるが、そのためには、運動は欠かせない。自分の生活パターンは、まさに、この通りで、好きなことと言っても、文献調査、原稿書き、出版の調査と原稿、講演準備などであるが、趣味と言っても同じである。ただ好きなことばかりでも困る、運動をしないと、どうしても、心が前を向かなくなる、年齢と共に、後ろ向きになるのは自然だが、身体を動かすことで、そのベクトルが逆になる。医学的にも経験的にも、その通りなので、実行している。もう12年近く、スポーツジムに通っているが、生活の1部のようなもので、身体のどこかに染みついている。また、早寝早起き朝御飯は、陰山先生が流行らせたと思うが、これは、子供だけでなく、年配者に、ぴったり当てはまる。何もしなくても、歳を取ると、自然に、この通りになって、もはや夜更かしなどは死語になる。どんなに面白い番組であっても、9時半を過ぎると瞼はどうしても抵抗できず、10時には既に床でぐっすり、夢見心地になっている。まるで、幼児か子供のようである。確かに、年齢と共に、子供に戻るのかもしれない。家内と二人暮しだから、若い者はいないので、老人家族だが、それを長い間経験すると、この生活を壊したくないと思うようになり、年に2回程度、子供たち家族が戻ってくるのは嬉しいものだが、ずっとでは困るというのは、自分たちだけではないだろう。価値観も生活リズムも行動パターンも、すべて異なるのだから、つまり異文化なので、当たり前だが、今のままが良いのだ。今は、お風呂に入る前、その後の夕食がある、そう思うだけで、何か嬉しくなって、今日は確か、オムライスと、豆腐料理に、魚だったか、と思い出す。ブログを書くのは、振り返りの時間でもあるので、昨日は忙しかった、仕事でいろいろあったが、なんとかなった、とか、今日は、時間はゆったりあって、好きな調査ができた、とか、走馬灯のように、過ぎていく。これでいいのか、1日1日が瞬く間に過ぎていく、この世のことは、夢のようなものかもしれない、浪速のことも 夢のまた夢、と秀吉の辞世の句のように、現実と夢の区別もあまり意味がないようだ。ただ、子供は、現実も一生懸命生きて、そして、楽しい夢を見る、新聞に、眠る児の手に団栗も眠りけり(中村昌男)の句があった。子供がしっかりと団栗(どんぐり)を握っていたが、眠ると共に、手のひらが開いて、団栗も、同じように眠っているようだとしたら、遊び疲れた子供の見る夢は、何だろうか、そして団栗の見る夢はなんだろうか。老人も、運動で疲れて、子供のように、晩酌付の夕食を楽しみ、ぐっすりと眠り、そして見る夢は、何だろうか。自分は、今のままで良い、これ以上は、贅沢だから。
観光旅行
今は、金曜日の夕方、ブログを書く日は、明日の土曜か、今日である。これから、書くが、書斎ではない、八丈島のホテルの部屋である。実は、昨日から2泊3日の旅行に来ているので、明日土曜日は帰路に立つので、ブログ書きの時間がないからである。昨日と今日は、絶好の天気で、秋晴れとはこのことか、と思うくらいで、家内と二人でツアーに参加している。羽田空港から1時間もかからない、近い距離で、八丈島に着く、添乗員さんの他に、現地でバスガイドさんが付いて、昔ながらの名調子で、観光ガイドをしてくれるのだが、その素晴らしさに、感銘を受けた。およそ、観光バスの中は、今日のようなコロナ禍では、マスクをしたまま、黙座、黙食、というか、隣同士で、おしゃべりをしないで、食べ物厳禁、かろうじてペットボトルの水が許される、という禁止状態の中での観光だから、なにか、炭酸の抜けたコカコーラか、ビールの味がしないノンアルコールビールのような感じで、何とも間の抜けたバスの中の光景になる。が、このガイドさんは違った、プロに徹している、どんな話も、聞き耳を立てたくなるような話術で、眠気は皆無だった。話の内容は、極めて教科書風で、歴史や民話、民族史や自然、気候、植物から動物など、まったく資料無しで、まるで、手品のように、次から次へと湧き出す、しかも、話に引き込まれて、名講義をする大学教授も何人か知っているが、それに勝るとも劣らない、名調子の話し手であった。バスから降りても、道案内をしながら、話しっぱなしで、なるべくガイドさんの近くにいて、聞き洩らさないように、としたくらいだから、自分の気持ちは、察してくれるだろう。およそ、植物だの動物だの生物系は、まったくの苦手ながら、ガイドさんの話を聞くと、メモを取りたくなるくらいなので、写真を撮って、忘れないようにした。家内も同じ、というか、バスで一緒になった団体の全員が、魅了されたのである。この2日間、明日帰宅するが、全身で旅行を楽しんでいるのだ。全身と言えば、自分の仕事は、全力で、と、今でも思っているし、そうしたくなる自分がいる。全てをかける、なんと輝くような言葉だろうか、ガイドさんに聞くと、やはり、常に勉強しているようだが、本人は、好きだから、と言うが、その通りである。まだ若く、満面の笑顔が、バスの中を、幸せの渦を起こした。若いとは、なんと素晴らしいのか、全身で、全力で、進んでいる姿に、人は憧れるのだろうか、若い頃を振り返るのは、その夢中だった頃の自分が、美しかったからだろう。新聞に、イントロが流れるだけで十代に戻り実らぬ真夏の果実(川平啓子)の句があった。これは、恋の歌だろうか、全力で駆け抜けた十代に戻って、走馬灯のように過ぎ去っていった、自分を見つめたのか、その時と今の自分を比べたのか、分からないが、ただ言えることは、本当の自分を、そこにぶつけることの素晴らしさであり、それは勉強でもスポーツでも恋愛でも同じだということだ。今、自分は、明日で終わる旅行に、全身で楽しんでいる、だから、何も迷いはない。
自然のままに
今日は火曜日、週2回のブログを書く日である。外は、もう漆喰のような暗闇になっているが、こんなにも日の暮れるのが早いのか、と平凡ながら、思う。何事もなく、穏やかに、1日が過ぎていく。午前中にオンラインが1つ、午後にもオンラインが1つあり、その後、スポーツジムに出かけて、今帰宅したところで、この後、お風呂に入って、夕食をいただく、それは小さな幸せと言っても良いだろう。歳を取ると共に、世の中で言う所の願望、欲は少しづつ、薄くなっていくようだ。NHKの大河ドラマを観ると、権謀術数の明け暮れで、よくこんなに、戦いばかりで、嫌にならないのか、と、子供か幼児のような疑問を持つ。何のために生きているのか、人を騙し、人を憎み、人を陥れて、何が面白いのか、そんなに権力が欲しいのか、と、凡人の身では、理解できない世界である。現代でも、政治は同じかもしれず、ロシアのウクライナ侵攻などは、もはや狂気としかいいようがなく、相次ぐ閣僚の更迭は、世間とまったくずれている、と思うのは、庶民の感覚である。自分は、今日のオンライン会議の間に、やっておきたい仕事があって、仕事と言うより、創作とか開発と呼んだ方が、正確だが、その仕事をしていると、時間を忘れ、スポーツジムで泳いでいる間も、脳が考えている状態になっていて、ふと思いついたりする。もはや、それは、趣味の世界と同じでなので、勤勉とか研究熱心とかの形容は当たらず、ただ好きなことをやっているだけ、なのである。その意味では、有難い職業を選んでいる。そんなことをしていても、誰からも文句を言われず、良い作品や原稿なら、褒められるのだから、世の中に、ただ感謝するしかない、世間では、コロナ禍で、業績が悪化した、廃業した、店を閉じた、マイホームからアパートに引っ越した、家庭内が揉めている、など、苦しい生活をする人も多い中で、本当に、申し訳ないように思う。ただ、人様に迷惑をかけてはいないので、まあ、胸を張るほどではないが、真正面を向いて、世間を渡っていいだろう。今、机の隣にあるCDプレイヤーから音楽が流れている、今の歌はさっぱり分からないので、昔の歌なので、心が癒される。紅白歌合戦も、もはや知っている歌が少なく、退屈なので、1時間も見ておれない、本当に、昭和は遠くなりにけり、が実感として分かる。歳を取ることも、いいではないか、都心に出ることも少なく、もっぱら、所沢市内で仕事も生活もして、何も不満もなく、何も怒ることもなく、庭の自然を愛で、朝にやってくる雀の餌やりを、日課としている。こんな生活も自分には、ピッタリで、このような中で往生したい、と思う。新聞に、秋晴れやなにもなけれどなべてよき(小林千秋)の句があった。同じ心境である。何事もなく過ぎていく、銀杏の黄色い葉っぱも、自宅のはなみづきの真っ赤な葉っぱも、一面に落ちて、文字通り自然に生きている。自然のなせるまま、は、すべてが良いのか、人間のなせること、それは戦争であったり、人を陥れたり、コロナ禍で思いがけない生活でもがいていたり、を考えれば、すべて良い、と言ってもよいのかもしれない。
失敗と成功とは
今は、土曜日の夕方なので、予定通りにブログを書いている。土曜日のブログは、今日の出来事というよりも、週、正確には、週の後半を振り返って書くことが多い。しかし、生来の行き当たりばったりの性格なのか、その時折で書く内容が違ってくる、つまり計画できないのである。このブログも、最近の出来事で印象に残ったことは、などと考えて、それについて書いても、文字通り、筆が滑る、ようで、趣旨が脇道に逸れたり、別の方向に行ったりする。それは、書いている内に、ふと脳に思い浮かんだりするので、それを書くと、まるで蛇行する川のような文章になる。学校では、国語の先生から、叱られるだろう。ただ、書いている途中で、着地が少しづつ見えてきて、これで、締めようと考えることもある。それは、自分の生き方と同じような気がする。計画通りいかない、予定が違ってくる、まさに、蛇行する川の流れで、後で、ずいぶん遠回りをしたとか、あの時、こうすれば良かったとか、何度も経験している。それは、たぶん、誰でも同じだろう。計画通りに実行できる人生なら、こんなに楽なことはないが、決してそうはならない。ここまで書いて、ふと思い出した出来事がある。が、内容を書く訳にはいかない、極めてプライベートな仕事のことであり、自分は、いつまでも、気持ちが晴れない、というか、多少は憤慨していた、ことだが、ふとしたことで、待てよ、それは、良かったのではないのか、と気が付いた。気が付く、よりも、フワッと天から舞い降りたような、天啓に似た気付きであった。自分は、何をくよくよしていたのか、まったく問題無いではないか、というより、そうでなかったら、むしろ逆に後悔することになっていたのではないか、という気付きである。具体的に書いていないので、何のことか分からないだろう、が、お許しいただきたい。人には、その時には、失敗だとか、後悔するとか、不運だとか、思うことが、後になってみると、その長さは数十年から数日までの幅があるが、むしろ良かった、と思えることがある。今週に、また今月にも、そんな体験をした。幸不幸とか、失敗成功とか、どうも簡単には決められないのではないか、数日から数十年までの長い間に、人は変わる、考え方も、視点も、感性も、性格さえも、例外ではない。本体が変わるのだから、あれは失敗だった、ということが、実は、成功だったと思えることもある。論理的には、その逆もある。歳をとってくると、その見方に柔軟性が出てきて、良かった、成功だった、の方向で、捉えることが多くなる。だから、今月も今週も今年も、良かったと思う、それは、自分で言うのは面映ゆいが、好々爺の心境だろう。心が、感性が、優れたもの、美しいもの、純粋なものに向くようになるからかもしれない。新聞に、テレビより高校生の合唱流れ掃除機を止め眼(まなこ)閉じたり(井川栄子)の句があった。若い人の歌声は、心を揺り動かす、そこに触れたい、自分の心の奥まで、吸い込みたい、それには、瞼を閉じて、外界の雑音や光景を避けて、受け止めたい、という気持ちだろう。毎日が、このような世界なら、何も問題はない。そうでないから、瞼を閉じて聞きたかったのかもしれない。文脈は少し離れたが、最近の自分は、この世のことは、すべて良き事になると、思える。歳をとることは、物事の受け止め方を、良い方向に変えていくらしい。
心配いらぬ
今は、水曜日の夕方、というより外は真っ暗なので、夜である。昨日の火曜日に書きたい所だったが、夕方都内で懇親会があって、久し振りに対面で、飲み、食べ、談笑して、時間の経つのを忘れた。3時間か4時間近くか、腹蔵なく語り、昔を思い出し、4人だが、全員が打ち解けた。楽しい飲み会とは、こんなことだったのか、コロナ禍を過ごして、こんな時は来ないと思っていたが、人は人で救われる、自分はなんと素晴らしい人と付き合っているのだろう、と我が身の幸せを嚙みしめた。そんな時間を過ごしたので、ブログは今日になって、さて何を書こうかと振り返った。珍しく、お昼は、蕎麦屋で、とろろ蕎麦を食べた。これには理由がある。数日前に、テレビで黒い蕎麦の実を取って、これを打ち、延ばして、細く切り、ゲストが食べる光景を見たので、無性に食べたくなって、昨日は無理だったので、今日に延期したのである。元来、蕎麦が好きなのだが、蕎麦屋まで行って、ということは、コロナ禍のせいもあって、ここ数年間は無かった。だが、一昨日の番組を見て、どうしても今日には、と決意したのだが、たかが蕎麦くらいで、と自分でも苦笑したが、人間とは、こうもたやすく、外部の情報から影響を受ける生き物らしい。数日前、朝から曇天で、ずっと寒い一日があったが、その時は、なんと、もう冬か、身も心も凍る、とずっと気分が晴れなかった。天気の晴とか曇とかは、心の天気とまるで同じようだ、ということは、人は、外部から、天気までも、まして人との付き合いや仕事上で、すべて左右されることになる。小舟が海の波に揉まれて、左右に動いている、この波がさざ波なら、小春日和で舟を漕ぐのも楽しいが、少し大波が混じってくると、舟の動きも穏やかではない。人間とは、なんと小さな存在なのか、と思う。新聞に、落し蓋(ぶた)されているよう曇り日はこころに秋が染み込んでくる(富見井高志)の句があった。秋の風情が、落し蓋のお陰で、外に漏れることなく、自分の心の中に入ってきて、しみじみ味会う、また、その秋の寂寥感も分かるようだ、という句だとしたら、人はやはり周囲の情報や、広くは環境によって、影響を受けるものらしい。ここ数日は、きれいな青空で、爽やかな秋そのもので、どこか心も晴れ晴れする、ということは、人はいつも冷静、とか、絶対に、ということは無く、絶えず、揺れ動き、喜んだり、悲しんだり、笑ったり、怒ったり、という感情の生活をしているのか、うーん、どうも解せない。それでは、まるで、人は無力だとしか言えないではないか。どうも、そうではなさそうだ、人がこの世の中を動かしている、人の力に期待しているのではないか、チェンジと言ったのはオバマ大統領だった、それは、人間への賛美であり、信頼ではなかったのか、とすれば、どんな事態になっても、必ずチャンスは来る、事態は好転する、と、彼は信じていたのではないか。朝の来ない夜はない、とよく聞くが、その通りだと、この歳になってみると、分かる。同時に、それは、夜の来ない朝はない、と論理的には言える、それは夢が叶ったとしても、慢心してはいけない、という教訓にもなるだろう。振り返ってみれば、これもその通りである。まあ、この世のことは、心配いらぬ。
秋の夜長
今は、土曜日の夕方、外はすっかり暗くなって、秋の暮れ、とはこのような静かなものなのか、と平凡ながら実感する。いつものように書斎でブログを書いているのだが、机の横にCDプレイヤーがあって、かなり昔に通販で買ったCDをかけて、聞くともなく聞いている。ほとんどが童謡かラジオ歌謡など、すべて郷愁をそそるような曲で、自分の好みである。たぶん高齢者なら、誰もが、ほっとした気持ちになるだろう。そして、今日1日を振り返る、あるいは、この1週間を振り返る。つつがなく、事故なく、平穏に、今日も過ごしたか、という印象で、午前中は、書斎で仕事、原稿の校正、研究の録画ビデオの視聴などだが、手帳には、審査系の仕事と書いてあるが、それよりも、原稿や研究のほうが、はるかに楽しいので、つい、楽しさを優先するのは、凡人なら仕方がないだろう。午後は、家内と車で出かけ、月1回のお墓参り、お昼は回転ずしで、畑関係の買い物をして、帰宅する。その後は、家内は家内で何やら忙しそうで、自分はスポーツジムに行った。ずっと仕事では、精神的にも身体的にも、健康状態を保てない、ジョギングとかスポーツジムなどを入れて、身も心もリフレッシュすることを心掛けているが、これが、自分に合っている。歳をとってきて、早寝早起き朝御飯、を実行しているので、すこぶる健康で、認知症などは、遠い世界の話のような気がする。研究の録画ビデオは、英語によるプレゼンだが、面白い、こんなことを考えるのか、その発想に惹かれ、自分の原稿、長文の原稿なのだが、校正をするだけで、その世界に浸るので、脳血流が脈々と流れているような気がする。これは、自分の専門だからであって、日常生活における認知、特に人名や地名などの固有名詞は、もうお手上げで、つい昨日のことでも、忘れて、名前が浮かんでこない。テレビに出てくるタレントなど、家内と、あれ、これ、など、指示語だけで通じるので、正確な言葉で会話することを、もはや諦めているようで、たまに、数日後に、あの人の名は、これだと叫んで、なにやら発見でもしたかのような、喜色満面の表情をすることがある。まあ、タレントの名前くらい出てこなくても、と思うが、知人になると、さすがに、少し深刻な事態になって、もし会議やら儀式やらで、思い出せなかったらどうしよう、と話すこともあるが、実際にそのような経験もしている。何か、老人になったら楽しみはなくなるのか、テレビを見ても、すぐに眠くなり、歌番組は知らない歌ばかり、お笑い番組は、何をそんなに馬鹿騒ぎをするのだろうかと思い、ドラマは、どちらかと言えば、時代劇を好み、まともに見るのは、ニュースだけと言うと、若い人から見れば、つまらぬ人生だと思うかも知れない。新聞に、秋の暮れそろそろ晩酌良いですか(加藤英行)の句があった。分かる、その気持ち、と言いたいところだが、日本酒は飲まないので、自分では、この晩酌劇場の役者にはなれない。所在ない秋の一時、まあ、少しくらい早く一杯飲んで、庭のバラはきれいだとか、少し肩が凝るだとか、明日は日曜だからゆっくりしようとか、温泉でも行きたいが、どこがいいだろうかと、思案するのも良かろう。世は太平、平穏、ならば、秋の夜長も悪くない。
柔軟さ
今は、月曜日の夕方、変則的な曜日なのは、明日も明後日も夕方に時間が取れないので、今書いているのだが、時計の針のように、きちんと守らなくてもよいだろう、それが人の世なので、柔軟に考えることが、当たり前だが、大切だ。が、その当たり前のことが、なかなかできないことも、人のなせることである。特に自分の癖なのか、朝は5時か5時15分に起きて、という習慣も、昨日が遅かったから、番組録画していた内容が面白かったから、などの理由の如何に関わらず、この時間に起きないと、背筋に何かでせっつかれているような気がする。たぶん、一種の病気なのだろう、理系の大学にいた時は、研究室が夜中でも灯りが点いていないと、どこか落ち着かなかった、それは自分だけでなく、周囲がその雰囲気だったので、休むことは罪悪だ、という観念があった。研究の世界は、それでいいかもしれないが、世間とは大幅にずれている、ということは、知ってはいても、心と身体が言うことを聞かない。この頃、ようやく、身体、つまり健康は、仕事以上に大切なことが、分かってきて、行動が伴ってきた。右も左も、辛いも甘いも、悪も善も、在って当然、それが世の中なのだが、ずっと同じ姿勢、同じ方針、同じ考えで通すほうが、心地よいのだろう。自分は、家内にもよく言うが、研究者は職人だと思っていて、技を深める仕事である。職人の究極の技は、名人芸であり、名人芸だから、物真似ができない、その人だけの世界なのだ、が、それは、他人が入れないので、どうしても、融通の利かない人間になる確率が高い、ことになる。それは、善でも悪でもなく、そのような世界なのだ。昨日は、知人から、読めば頭の芯が痛くなるような、難しく、そして極めてオリジナルな、英語の論文を、送ってこられた。オーバに言えば、生涯をかけて、辿り着いた研究知見なので、メールの文面には、我が子が生まれたような喜びと感動で、満ちていた。それは、幸せなことで、その道を究める研究者や職人で言えば、冥利に尽きる、ということになろう。新聞に、建具屋の耳に鉛筆秋の暮れ(新井たか志)の句があった。実直そうな職人さんの姿が目に浮かぶ、昔からずっと、耳に鉛筆を挟んで、仕事をしているのだろう、良い出来ばえなら、どこか、嬉しさがあって、この仕事をして良かった、と内心思っているだろう。秋の静かさ、日が暮れていく夕方、まだ、仕事に愛着が残って、その仕事場から離れがたい気持ちと、そろそろ道具を仕舞おうか、という気持ちがあって、それは、建具屋さんでも、書斎で仕事をしている自分でも、同じだろう。今日は、午前は、書斎で論文の準備のような仕事をし、午後は、来客と、所沢駅構内の寿司屋さんで、昼食を兼ねた打ち合わせをした。ちょっと洒落た雰囲気で、都内に行くのが面倒で、所沢に来ていただいたが、楽しい会になった。打ち合わせも、このような形式、柔軟に対応するのは、開放的な気持ちになる。つまり、職人であるが、人とのコミュニケーションは、営業マンになるという柔軟さが、人の世では、良いかもしれなない。
おでん
今は、土曜日の夕方、と言っても、外はもう真っ暗で、夜である。いろいろあって、今の時刻は午後6時だが、11月にもなれば、日の陰るのが早い。今日も、朝から午後3時半までオンラインであった。特に、午後のオンラインの研究会は長丁場だったが、全く飽きず、聞き惚れていたが、研究とか仕事になると、そのようなもので、物理的な時間と、心理的な時間が違うことは、誰でも経験していることである。仕事というか共同研究なので、気が抜けない、真剣に画面に見入り、気付いたことをメモ帳に書き込んでいったのは、後では時間がかかる、どんな仕事も、その時その場で処理するのが、得策だという効率性を重視するからである。終わって、メモ帳、もちろん、アプリのメモ帳だが、書き込んだ文章で、特に重要な箇所を、強調文字にして、保存した。これは、プロジェクト研究なので、後日に原稿にしなければならないからである。明日は、また大一番で、毎年行っている、秋の実験、である。詳細は省くが、自分にとって研究者の証のようなもので、実験をさせてもらっている感覚なのだが、歳はとっても、どこか、毛糸の端くれにでもすがっていたい気持ちがある。まあ、頭と身体に沁みついた分身のようなもので、相棒であり、長い友人でもある。今日は、もう一度、明日の資料の確認をしたが、まあ、土日もいろいろな仕事で、時間が潰れる、それは、老いた身には、有難いことで、ワクワクとまではいかないが、真剣勝負のような気負いがある。だた、健康だけは気を付けているので、なるべく運動を心掛けて、今日もオンライン研究会が終わってすぐに、ジョギングをした。今日の外気は低く、道端の木や葉っぱが黄色か赤に染まって、もう冬景色のような雰囲気になっている。小一時間のジョギングをして帰宅する頃は、身体じゅうが汗びっしょりになる、そして、居間のテーブルにあるミカンを頬張ると、その甘さが、じわっと体に染みわたって、ビタミンCが病原菌を退治してくれる、という実感がする。今日の夕食は、おでんだと家内が言う。そうか、この季節、初めてのおでんか、晩秋か冬に合う料理だ、と思う。お酒の強い人なら、熱燗の日本酒だろうが、自分には、ワインかビールかウイスキーだろう、もう、ここまで書くと、喉が湿ってくる。何しろ、おでんは、大方の日本人の好みだろう、若い人の嗜好は知らないが、自分のような高齢者には、誰もが好きな大衆料理で、寒い夜、おでんをつつきながらの居酒屋か、屋台がよく似合う。たぶん、江戸の昔から、そんな風に、庶民は、些細な楽しみを持っていたのだろう。新聞に、相客は小三治に似て走り蕎麦(谷村康志)の句があった。走り蕎麦は、初秋の頃、まだ熟していない青みがかったソバを刈り取って、打った蕎麦だそうで、新蕎麦とも呼ばれ、秋の季語らしい。どこか、江戸の蕎麦屋の風情があって、蕎麦を食べる客人も、どことなく粋な感じがするのは、褒めすぎだろうか。実は、蕎麦も大好きで、ざるそばがいい、特に、新潟のへぎ蕎麦、中でも小嶋屋のへぎそばは絶品、これ以上は止めておこう。もう夕食は、古い日本人になりきって、江戸の昔に戻ったような気分で、いただこう。
祭りと仕事
今は、火曜日の夕方、と言っても、書斎の窓から見える光景は、真っ暗である。午後5時半を過ぎると、夜であって夕方ではない。もう11月なのだ、あっという間に月日が経っていくが、今年も残り2か月になった。今日の天気は朝から夕方まで、ずっと曇り空で、しかも気温が低いので、晩秋か初冬のような天気で、街ゆく人も、どこか背を曲げて歩いていくようで、昨日や一昨日とは真逆の光景になった。一昨日の日曜日は、所沢フェスティバルで、航空公園に家内と午後に出かけたが、もう大変な人出で、4年ぶりの開催で、好天気に恵まれて、大公園が人、人、人で、埋め尽くされた。長い行列に並んで、ようやく大串肉と生ビールを買って、持ってきたビニールシートを敷いて、昼食を取ったが、公園の芝生で、よく晴れた大空の元、小さな子供たちが喜んではしゃぐ姿を見ながら、食べるのは、格別の味がする。生きていて良かった、の表現は、オーバではない。少し散歩をしながら歩いていくと、あまりにも似た幼児がいたので、思わず、見とれていたが、母親に聞いたら、三つ子だと言う。ママとパパに囲まれて、3人の女の子と少し大きい男の子、の4人は、見たことがないような大勢の人の中で、芝生の上を勝手気ままに動いている、と言っても、まだよちよち歩きなので、遠くには行けない、しかし、4人の子宝に恵まれた父親は、もう汗だくで、他人にぶつからないように、遠くに行かないように、腰を屈めて動き回っている。お握りを口に入れたまま、4人に振り回されているが、母親は悠然として、シートに座って、にこにこしている、なるほど、子育ては、ママがパパより、はるかに上手だが、男女共同参画の現在、男親がビールを飲んで面倒を見なければ、非難されることは間違いない、などと意味のないことを考えながら、その幸せな家族を後にした。近くに、太鼓の競演があって、などと書くと切りがない。ここで、似た光景の句を、新聞から引く。倉の街市制一〇〇年秋祭(福田愛子)、の読み手は、川越市と記されていたので、川越の祭りだろう、今年は、開催されるのだろうか、この作者は、祭りが待ち遠しくて、あの街中の人が繰り出し、山車が出て、太鼓や笛で、ひょっとこが踊る、それは、子供の頃から見慣れた光景で、4年間も我慢したのだ、という思いがあるだろう。航空公園で出会った三つ子の幼子も、楽しい思い出を脳に焼き付けただろうか、その時、汗だくで動き回っていたパパもいたことも、覚えていてほしい、それだけで、親は大満足なのだ、祭りは、どこか、小さい時から脳の奥に閉まっておいた、小さな宝を取り出して、もう一度眺める時間なのだろうか。今日は、都心に出かけて、イベントに参加して、自分の所属する団体の代表としての役割を果たした、その後も、諸々の仕事をしてきた。身も心も安らぐ時もあれば、寒空を眺めながら、仕事をして役目を果たす時もある、だから、良いのだ、生きていけるのだ、浮かれてばかりだと、大惨事を招くこともある。
笑顔
今は、土曜日の早朝、そして、場所は愛知県春日井市のホテルだから、変則的な時間と場所だが、推測できるように、出張に来ている。久しぶり、前回はコロナ禍以前だから、もう3年ぶりだろうか、対面での研究大会が開催された。事前登録を忘れて、昨日の午後の当日受付だったが、もう大変な盛況で、この日を待っていたかのような、広い会場を人が埋め尽くした。自分の世代とは違う次の世代が、この協議会を引き継ぎ、運営し、大勢の参加者を巻き込んでいる光景を見て、若い世代は優秀だ、発展させていると、自分たちはOBとしての感慨を持った。昨日は、午後に会場に着いたが、会場ではまるで同窓会のように、肩をたたき合い、おーと声を上げながら、共に出会えた喜びを共有したが、オーバに言えば、会えて良かった、元気そうで良かった、生きていて良かった、という実感である。どこか、すべてを洗い流すような感じで、誰もが笑顔で、称え合っている。今日は、夜に帰宅するので、ブログを書く時間がなく、明日は、3年ぶりの所沢フェスティバルで、昼間は航空公園に出かけ、夕方は、これも久しぶりの、子供たちと3家族でのオンラインがあるので、この早朝の時間しかない。昨夜の夕食は、駅近くの中華店に入ったが、台湾人の経営する店だが、お世辞にもきれいだとは言えないが、味は絶品、美味しいと、生ビールを飲みながら、今日はなんと有難い日なのだろうか、と思った。ホテルのロビーでも、知っている人が大勢いて、お互いに、再会を喜び合った。誰も、コロナ禍で自粛していたから、我が身を包み込んでいた重いコートがようやく取れて、両手を空に向かって伸ばすような、解放感があるのだ。それは、相手も同じ思いだろう、という気持ちが、大会の会場でも、ホテルのロビーでも、満開の笑顔の花を咲かせた。新聞に、笑顔しか取り柄なき身や敬老日(加藤節子)の句があった。笑顔で十分、それが周囲を幸せな気持ちにさせるのだ、ホテルの窓から見る空は、今日も快晴で、2日目の大会がある、じっくり勉強したい。
