我慢をしなくてよい

今日は土曜日の夕方、通常ならスポーツジムに行って、爽快な気分になってブログを書くのだが、今日は少し違う。スポーツジムに行っていないのである。年をとると、小さな病気でも回復するには時間がかかる。今日かかりつけの医者に行って診てもらったら、良くなっているのでほぼ正常だというお墨付きをもらったので、安心して仕事ができる。ただ草刈りとかスポーツジムとか激しい運動は、やはり控えた方がいいだろうと考えて静かにしている。およそ1週間ウィルス型胃腸炎に苦しめられた。夜中にお腹が痛くて目が覚めて苦悶するのはもうごめんである。そのときに痛み止めの薬を飲めば30分もすれば効き目が出てきて安らかに休めると処方箋に書いてある。ところがそこが自分の強情なところで、痛み止めは健康な体を傷つけるというあまり意味のない理由で、止めていた。第一に健康な体ではないのだ。しかしその気持ちはなかなか伝えにくい。どんな状態であったとしても、自分の体は正常でいてほしい、外部から体にじわじわと有害物が溜まるような処置はやりたくない。しかし痛いものは仕方がないではないかという思いと戦っていたような気がする。はじめの三連休はどうしても仕上げておかなければならない仕事があって、机のパソコンと横のベッドと行ったり来たりした。格闘の3日間であった。自分が出なければならない重要な役員会があった。辛そうな顔をしていては理事の皆さんが心配する。全く何事も無いような顔をして、予定どおり仕切った。自分がホストとして定例的に行っているイベントも、痛みのことは忘れて夢中で取り組んだ。定例の学校訪問とその評価の仕事は、いつもどおり実行した。振り返ってみると何も変わってはいなかった。これで良かったのだ。そして今日、神と仏からお許しが出たのだ。これでいつものように前に向いて進んでいける。考えてみれば仕事のおかげで痛みも忘れ、これまでの自分を維持できる。痛み止めは飲みたくないという気持ちは、自分の矜持というか、どこかで聞いた、それは依存するかもしれないからという言葉を覚えているからだろう。今振り返ると本当に良かった、自分のぶざまな姿を見せることなく、自分らしく色々な仕事をして今日元に戻ったということは、本当にありがたいことなのだ。文脈は離れるが新聞に、江戸川の流れに向かひトランペット吹く青年は礼儀正しき(青木作郎)の句があった。よくわかる。背筋をピンと伸ばしてトランペットを吹いている様子は、確かに礼儀正しく、見る人の心を引付け一瞬爽やかな風が通り過ぎたような感覚を覚える。本人は多分そんな意識はなく、トランペットを吹くという行為そのものが、姿勢を正すことに直結しているのだが、外から見ると青年の気持ちはわからなので、見える姿から、この青年は何の迷いもなく前に進んでいくのだろうと推測する。昨日の理事会で、冒頭大谷投手の偉業をたたえるメッセージを送った。日本人としてこんな嬉しいことはない、などの平凡な挨拶だが、参加している役員の皆さんは、一昨夜も腹痛の苦しみで何回も寝返りをして寝れなかったとか、昼間は混沌として少しも働かない頭を使って書類を見ていたなどの困った話は、同情を買うかもしれないが生産的な話ではない。古い諺のように、顔で笑って心で泣いて、というように、世間を渡るには、どこかで我慢をするしかないのかもしれない。しかし最近年を取ってきて、もう我慢をしなくてよいのではないかと思うことがある。特に若い人や子供に対しては楽をして構わない、今の苦しさから逃げれば良い、と自分の信条が変化している。昭和の時代の生き方と令和の時代の生き方は、違って当然なのである。多様性が求められる時代である。

腹痛その2

今日は火曜日の夕方、ではなく昼の時間である。夕方にオンラインの打ち合わせが入っているので、時間の空いている今の時間にブログを書く。といっても実は頭がまだはっきりしていない。この前のブログで書いたように腹痛で苦しめられた。実はこの三連休中ずっとお腹が痛くて痛くて、便が出なくてどうしようもなく、書斎の机の横にあるベッドに寝転んだり、1階の居間に毛布をかぶって寝転んだり、人は自分がもっとも楽な姿勢になることを探している。日曜日なので当番医を探して検診してもらい、薬をもらった。その薬は痛み止めと便秘の薬であるが、多少効果はあるのだが、少しずつ徐々にというか、急変するものではない。だから夜中が苦しい。体の向きを変えたり楽しい考え事をして気持ちを紛らわせたりするのだが、お腹が痛いということは現実であり、その現実を変えるような効果はない。痛み止めには睡眠剤が多少入っているのか、飲むと多少痛みは和らぐが眠くなって仕方がない。寝れば良いのだがそこが自分の強情なところで、三連休中にやっておきたい仕事があって、それが背中を押してくる。何とかしてこの審査系の仕事を、この連休期間にやっておかなければ、後で苦しむことになると思うと、書斎の机に向かって書類を読みながら、うとうとした頭で横にあるベッドに倒れ込んで、うたた寝をする。今自分は何をしているのか、全力をぶつけることができないもどかしさと、いつまでこの痛さと戦うのか、明日が見えない苦しさに唸っていた。食欲がまったくなく、だるさは全体に広がり、どうなっているのだろうかと、当番医の医者に聞いても曖昧な返事しか返ってこない。家内に聞いたらひょっとしたらコロナウイルスではないかと言われた時は、ドキッとした。もしそうだとすると、今日9月17日からは通常の仕事なので、外出することができない、どうにもならない切羽詰まった状況になったが、それでもできることを少しでも努力するしかないのだ。これまでどんな病気にかかっても食欲だけは旺盛だったが、今回は全く食欲がなくなった。家内が出すのはお粥のようなもので、朝昼晩と続くともう勘弁してほしいという気持ちになる。しかし時がたてば、いずれ人は快方に向かう。今朝9月17日火曜日朝にかかりつけのクリニックに行って診断をしてもらった。ウィルス性胃腸炎だと診断し、いくつかの注意事項とともに、薬を頂いた。今日は平日なので朝からオンラインの会議がある。お昼にも夕方にもオンラインの打ち合わせがある。お腹が痛いだの頭がぼーっとしているだの、そんな甘えは許されないのだろう、ホームドクターに診断してもらった安心感と仕事のもたらす緊張感のほどよいバランスの中で、自分は何をすべきかがようやく見えてきた。まだ大丈夫、これからだ、できる限りのことをすれば、世の中は捨てたものではない、現実お腹の痛みはほとんどなくなった、これからずっと快方に向かう。あの三連休のことを思えば、今はなんとありがたいのだろう。神や仏がようやく許してくれたのだろうか。文脈は離れるが新聞に、仙人になりたる気分冬瓜汁(秋岡実)の句があった。3日間のお粥の食事は、文字どうりこの句のような気分であった。とうがん汁はどんな味と言われても、答えようがなく、甘いのか辛いのかもわからず、ただただふわっとした感じで歯ごたえがあるのかないのか、まるで仙人の食べる食材だと読むのも同感する。お粥も同じで、食べたという実感が弱く、仙人というより当たり前だが病人になった気持がする。こうして人は浮世を渡っていくのだろうか、苦しい時も楽しい時も、さざ波のように打ち寄せては消え、ときには大きな波に翻弄される時もあるが、それでも今生きているということは、それを乗り越えてきたことの証拠である。少しぐらいのことで後ろを向いてはいけない。

腹痛

今は土曜日の夕方、昼間は真夏の天気だったが外に出ると風が吹いて、その風に吹かれると少し秋の匂いがした。1週間の終わりなので振り返って、諸々のことを書くブログなのだが、今日は少し事情が違う。先ほどスポーツジムから帰ってきたのはいつもと同じだが、今日はお腹がしくしくと痛く、ブログを書く心境ではないのだが、習慣とは恐ろしいもので、なんとか短くてもよいので近況を報告したいと思う。今朝からお腹の調子は良くなかった。それでも自分の強がりというか負けず嫌いなところがあって、午前中も仕事をして、お昼になったら少し痛くなったので正露丸を飲んだ。この薬ですぐに良くなると信じこんで、スポーツジムに行った。よせばよいのにしっかりと汗をかきプールで泳いだが、さすがにプールでは体がだるくなった。スポーツジムから自宅に帰る途中はかなり痛くなったが、どうしようもなく帰宅した途端、1階の居間で横になった。横になってもなかなか痛みは止まらない。家内が熱を測ってくれたが、平熱より少し高めだが大したことはないと思いつつも、お腹は相変わらずしくしくとする。30分ほど居間で休んだが、ブログを書かないと思い、2階の書斎に上がってきた。もうすっかり頭の中は空っぽで書くネタもなく、パソコンの画面に向かっている。お年寄りはこんなときどうするのだろう、老夫婦2人であれば何とか対応の仕方もある。1人になったら正露丸を何粒飲んだら良いかもわからない。自分も身内やいろんな人に助けられて、今の生活を続けているのだという極めて平凡なことを感謝した。夕ご飯はどうするのだろうと思ったら、家内がお粥にするという。ほとんど食欲がないからそれでよいだろう。眠気がさしてくればぐっすり休めるのでありがたいのだが、目は覚めている。そういえば、少し熱が出てきたようだ。じっと我慢するしかないのだ、痛みが去るまでお腹の中の病原菌と戦うしかないだろう、考えてみれば、一人暮らしをする人は強い人だと感心する。ほとんど文脈はないが新聞に、九十の一人暮らしや百日紅(渡辺美智子)の句があった。この人は元気で健康なのだろう、いつまでも長い間咲いているサルスベリと同じように、長生きをされているのだ。今は自分もこの人にあやかりたい、人はどこか少しでも具合が悪くなると、天や神の力を借りたくなる。もう決して人の嫌がることや悪いことなどしませんので、早く痛みを取ってくださいとお願いした。

夏の終わり

今は火曜日の夕方、といっても少し遅い夕方なのだが、書斎の窓から南の空を見ると、うろこ雲なのだろうか、薄い雲が同じような形をして浮かんでいて、鳥の群れが東の空から西の空に飛んでいくのが見えた。昼間に用事があって外出したが、気温は秋どころか、夏それも夏真っただ中の気温であった。しかし自然はよくしたもので、夕方の今は、見るからに気温も下がり、外も涼しそうで、鳥の群れも優雅に西から東へ巡回していた。いろいろな出来事がやってきては終わっていく、そのたびにどうしようかとハラハラドキドキしながら、終わってしまえばほっと胸をなで下ろし、ああ良かったと一息つく。今日も午前中からいろいろあった。定例の早朝の草取りから始まり、市内の学校訪問そしてその記録、午後のいくつかのオンライン会議などをこなして、私的な用事で駅前に出かけ、帰ってきてメールを見ると、懸案だった案件が二つ片付いていた。おお良かった、投げ出さないでよかった、事態は動いていたのだ、そして別のメールを見て、急にオンラインの打ち合わせが数分後に入っていた。奇跡としか言いようがないような仕事上の重要な打ち合わせで、5分前にメールを見たばかりだった。そして矢継ぎ早に説明と質問を受け、次へのステップに繋がった。それを受けて明日の夕方、オンラインでの打ち合わせを急に設定することになった。なるほど、世の中動いている。待ってはくれない、もっとゆっくり時間が経てば良いのにと思っても、それは自分の世界の話である。世の中は大勢の関係者がいて、お互いが繋がりを持ち、なんとかベストの方法を模索している、つまり自分だけではないのだ。事態は急転して止まったり好転したり転落したりの繰り返しである。ここ数か月の間にいろんな出来事の展開を経験して、自分の都合どうりにはいかないことを学んだ。しかし止まったりあきらめたり落ち込んだりしていただけでは、事態は動かない。どのようにもがいても好転しないことはある。それでも人は最善だと思う手を打つしかないのだ。それが天に届くのか事態を動かすのか、目に見えない繋がれている糸を頼りに、暗中模索を続けるしかないのだ。そして波の上にぽっかりと探し物が浮かんでくるように、問題解決することもある。今日は二つの解決したメールを見て、それがささやかな小さなことであっても、自分は心の底から感謝した。しかしまた一つ問題が出てきて、今も取り組んでいる。それでよいのだ、人は常に問題に出会って、解決しようと努力する存在なのだろう。新聞に、球審の右手あがって夏おわる(青木公正)の句があった。喜びで終わる球児もいれば、悔し涙で球場を去っていく選手もいるだろう。ひとりひとりの夏が今年も終わり、9月も早や半ばとなろうとしている。自分の夏はどうだったのだろうか、喜びと不安が入り交じった夏舞台を降りて、秋の季節に踏み出そうとしている。ふと南側の空を見ると、もう真っ暗な夕闇になっていた。新しい明日がやってくる。

いいではないか

今は金曜日の夕方、書斎の窓から見る南の方角は、薄青い空をバックに白い雲が浮かんでいる空の下に、高いマンション群が見える。1つは外壁の修理をしているのだろうか、鉄パイプのアングルを組んで、あの巨大なマンションを全て包み込んでいる。週末の明日の夕方にブログを書きたいところだが、土日に学会があって、明日朝早く自宅を出なければならないので、今書いている。実はスポーツジムから帰って来たばかりなのだ。仕事やら出張やらで土曜日曜日が潰れて、1ヶ月以上もスポーツジムに行っておらず、明日からもしばらく行けないので金曜日の今日出かけた。正直言うと、どこか背中を突かれているような気がして、スポーツジムに行く途中も堂々と歩いていないような感じだった。何もそんなことを考えなくても良いのだが、平日にスポーツジムに行くのが、小さないたずらをして見つからないようにこっそり家に帰る子供のような心境なのだ。何もそんなに堅苦しく考えなくてもよいではないかと、誰でも思うだろう。そこが自分の堅苦しいところであり、まだ教員気質が抜けないところでもある。小学校から大学まで、教員は規律を守り規則正しく生活するという信条があるのかもしれない。その方が気持ちが落ち着くからだが、家族や世間から見ればなんと融通の利かない堅苦しい人間なのだと思うだろう。久しぶりにスポーツをして、いっぱい汗をかいてプールでさっぱりして帰宅する時の心境は、今日はジムに行って良かった、汗を流して良かった、顔の真正面に照り付ける西日のまぶしささえ、どこか心地よかった。そしてふと思った。金曜日だろうと木曜日だろうと、時間が空いてる時にスポーツジムに行けばよいのだ、何故自分はこんな風にルールを決めたがるのだろうと考えた。思えば、電車に乗っても飛行機に乗っても、何か研究か仕事に関連した活動をしていないと、背中がむずむずするような気がするのは、1種の病気だろう。世の中の価値観は変わってきている、スポーツジムに行くのは平日でもいいではないかと思えば、気が楽になる。いや、すべてのこと、自分の苦手なことや思い通りにならないことであっても、いいではないかと思えば平然と対応できる。というよりその方が自然なのだ。そういえば、この頃自分にとって都合の悪いことが頻繁に起きて、気が滅入っていたが、ジムからの帰り道、そうだそれでいいではないかと思ったら、肩の荷がすーっと軽くなった。新聞に、籐椅子の父の凹みを拭き上げる(大橋松枝)の句があった。この読者はお父さんが長く座っていた籐椅子の凹みを丁寧に磨き上げて、優しかった父親を思い出しているのだろうか。そういえば自分の父親も、家族が何か困った事があっても、心配しなくていいよ、それでいいではないかと、よく言っていた。その言葉を聞くと、大きな揺り籠に揺られているような気持ちになった。本当にありがたい父親であった。

悔やむこと心配すること

今は9月2日月曜日の夕方、書斎のパソコンの画面に向かっている。明日火曜日の方が良いのだが、午後から夜までいろいろな仕事が入っており、この時間に書いている。あっという間に時間が経って、気がついてみれば夕方で外はまだ夏の天気だが、心なしか、やさしい風が吹いて気持ちだけは秋の訪れを感じる。振り返ってみればこの1ヶ月いろいろなことがあり、やきもきしたり不安になったり落ち込んだり、そして最後にはホット胸を撫でおろすようなことの繰り返しだった。雨の予報が輝くような天気になって喜んでみたり、心わくわくするような現代風にアレンジした民謡を聞いて感動したり、家族や身内のことで心配してみたり、文字通り人は一喜一憂しながら生きている。海外という非日常の世界に浸って、異文化を体験して仲間の大切さを実感したり、今日は月曜日なので日常の世界に戻って、オンライン会議やら打ち合わせやら、さざ波のような心の浮き沈みを潜り抜けて、1日が暮れようとしている。海外に行っても、大学では脳をフル回転させて内容を理解しようとし、それでも分からないときは、自分の浅学に引け目を感じたり、小学校に行けば、小さな子供たちが一生懸命プログラミングに取り組んだりネットワークで調べたりする光景を見ると、大人と違って瞬間瞬間を楽しんでいるように見える。大人は先が見えるからか、不安な予測があったりすると、瞬間瞬間を楽しむどころか、うーんと考え込んで心配したりする。8月31日にメルボルンから帰国したが、飛行機の中で、ある本を読んでいた。いくつか自分の胸に突き刺さるような言葉があった。その一つはマインドフルである。その意味は、先の子供のように瞬間瞬間に心のすべてを投じて、気づきを得て行動することだと解釈した。こうしてみると自分はマインドフルではなく、瞬間を生きていない。それどころか仕事の合間に雑念が浮かんできたりすることもある。座禅は経験したことはないが、心を空っぽにして、逆の意味でマインドフルなので、迷いはないのかもしれない。もう一つの言葉は、自分が失敗したりうまくいかなかった時に、そうだ今はちょうど良いタイミングなのだと、自分に言い聞かせることである。なるほど、これは思い当たることが多い。現代人は子どもも大人も、人間関係に頭を悩ませ苦しむことが多い。この本はきちんとした専門書であるが、自分にはどこかホッとする本だった。文脈は離れるが新聞に、ランドセルを置いてすぐさま秋の空(久保田洋二)の句があった。学校から自宅に帰ってランドセルを放り出すように置いたら、すぐに友達の所に行くのか、約束事があるのか、玄関から飛び出していった。まるで真っ青な秋の空に吸い込まれるように走る様を見ると、この子供の心には、先のことを心配することも過ぎたことを悔やむこともないのだ。ただただ友達の所に行く喜びだけで走っているのだろう。経験を積んだ大人には真似ることはできないが、この本の解説は、大人もそのように生きよと言ってるように読めた。たぶん自分には実践は難しいだろう、しかし言いたいことは分かる、その通りなのだ。この1ヶ月いや数ヶ月を振り返ってみると、悔やむことも心配することも全く無かった。自分で勝手に作っていたことに、今になってようやく気がついた。それだけで、前に向く元気が出てくる。

メルボルン考

今は土曜日の午前、飛行機の中である。ブログにアップするのは、明日9月1日日曜の朝になるだろうが、メルボルンの海外調査を終えた帰国途上で、27日火曜に出発し今日は31日土曜である。ともかく、この海外調査は、第1に、天候に恵まれた。というより、奇跡的に台風の合間をくぐって活動した印象がある。27日も台風でどうなるか予測がつかなかったが、まだ太平洋上にいて、のろのろと九州に向かっていた。31日の今日は、数日前までは、ちょうど関東が暴風雨の真っただ中と思っていたが、台風はまるで駄々っ子のように、ゆっくりと進んでいるようで、夕方の成田空港はどうなっているのかわからないが、今は何事もなく、平穏な時間が過ぎている。機内で遅い朝食を済ませ、この時間にブログを書く予定で、今パソコンの画面に向かっている。すべてが、コロナ以前の海外出張に戻ったようで、昔の自分を思い出す。先ほどまで、映画を見ていて、ゴジラの映画、藤沢周平の一途な武士を描いた映画、猿の惑星の映画など、あまりのなつかしさに、つまみ食いのように、途中まで見て中断したのは、名作の感触に触れたかったからである。その内に、機内食が出てくるので、映画と食事とブログ書き、そして専門書と小説を読み、時間があれば、パソコンで資料作りと、欲張りの極みのような予定を立てて、今機内にいる。朝食だが、ビールを飲むのだから、日常ではなく非日常で、この道はいつか来た道と懐かしみ、あの頃は、自分も若かったのか、海外に行くのも何の不安もなかったとか、学生と国際会議などに、よく行ったものだ、と感慨にふけった。海外には、どこか独特の匂いがある、お店に入るのも、大学や学校訪問するにも、タクシーや電車に乗るのも、すべてに異文化の匂いがして、日常と違った刺激を感じる。それは、心地よい場合もあれば、危険な場合もある。その表と裏。プラスとマイナス、光と影を微妙に受け入れて、無事に乗り越え、成果を出すには、同行した仲間の助けが必要になる。そして、その助け合いに、この上ない喜びと感謝があった。今回の調査は、特にその素晴らしさを感じて、もはや昔のような一人だけの海外出張はできず、それだけ、自分も年を取って弱気になっているのだろう。それでも、これは仕事であり研究であり、下手な英語でハラハラしながら研究交流をした。新聞に、夏祭り踊り手足らぬに引き出され見よう見真似でマツケンサンバ(小室佳久)の句があった。今回の海外調査は、自分はこの句の通りだろう。見よう見真似だが、一応調査の様になっている、と言われたい。自分を含めた4名が、まるで同志と呼びたいような意識になっているのは、自分自身に、こんな自分でも、と言う思いがあるからだろう。それだけ、自分は助けられたのである。それが嬉しい。

アイデンティティー

今日は火曜日の午前なのだが、夕方に時間が取れず、今の時間にブログを書いている。夕方には科研費による研究で、仲間の3人、自分を入れて4人が、成田を飛び立ってメルボルンに行くので何かと気ぜわしく、今の時間になった。といっても午後1時ぐらいには自宅を出るので、書く時間がかなり短く、簡単な日記風のブログになる。8月も後半になるといろいろなイベントや仕事が入ってきて、9月からの正規のスケジュールの前兆戦のような時期である。昨日も午前中に近隣の学校での研修会があって、講演をした。それは自分の正規の仕事のようなもので、そのために労力をかけ準備をし自分の知識を埋め込み、そして昨日はその成果の反応を見る日であった。反応を見ると書いたが、文字どうり自分にはそのような気持ちである。科学者であれば実験をしてそれがうまくいくかどうか、ディレクターであれば映像が予定したとうり出来上がっているか、教師であれば生徒の反応が思いどうりであったか、と全く同じである。大学で教えていた現役の頃は、そんな感覚はなかった。絶えず学生との研究打ち合わせや、学会での発表論文の作成、そして授業をこなしていたから、研修であったとしてもその発表は特別なものではない。しかし今の自分には、それは特別なイベントである。普段はほとんどが会議やら打ち合わせやら理事会などの形式的な審議などが中心の活動なので、自分を表現する、つまり自分が自分であることを認識する、そのあり方は講演であったり原稿であったり論文などで表現して、そこに自分のアイデンティティーを確かめるのである。それは規模の大小を問わず、自分の証を再確認する活動なので、重要なのである。そんなことで今日は準備で色々忙しく、時間は無いのだが、時々昨日の講演内容が頭をよぎり、あれは良かった、もう少しここはこういう表現が良かったなど、いまだに頭の半分ぐらいを占めているようだ。ただメルボルンへの出張も研究活動の一環で楽しみな海外調査であり、自分以外の3人の優れた研究者のおかげで、なんとかここまで来れた。心配していた台風もどうやらまだ太平洋にいるらしい、神はまだ我々を見放していないのか、ならば十分な成果をあげられるように精一杯の努力をしたい。それは講演よりもっと大きな影響力を持つ活動なので、帰国予定の8月31日まで脳を全開させて、皆さんと共に充実した活動にしたい。文脈は離れるが新聞に、炎昼や口髭の濃きケバブ売り(桜井俊治)の区があった。街中や祭りなどで、この俳句のような姿をよく見かける。この人も精一杯頑張っているのだろう。どんな仕事であれ自分のアイデンティティーを確かめるような仕事であれば、それは天職と言ってもよい。天職とは、幸せという言葉の代名詞でもある。

予想外れ

今日は土曜日の夕方、ではなく早朝である。そして自宅の書斎でなく、阿寒湖のすぐ前のホテルの部屋でこのブログを書いている。夏の旅行で老夫婦で北海道にやってきた。北海道は、若い頃も老夫婦になってもレンタカーを借りて旅行したので、主な観光地はすでに訪問していたが、今回は知床半島と釧路湿原が中心で、遊歩道等を歩いて探索するのが主な目的でJTBのツアーに申し込んだ。これまで行ったことがなかったので、お盆が終わったこの時期の2泊3日のツアーに申込み、ラッキーに大勢の人が集まって実施された。昨日は念願叶った知床の湖まで50分ぐらいの歩行時間であったが、周囲がクマザサに覆われ、青い空と白い雲を見ながら、綺麗に作られた木道を散策すると、大きな自然の懐にすっぽりと自分が包まれているような感じがして、解放感でいっぱいになった。昔と違ってレンタカーで広い北海道を回る元気はなく、バスに乗って、皆さんといっしょに観光するのも、また楽しく味わいがある。バスに乗っていると、野生のシカを見ることができる。彼らもこうして自然にさかわらず共存して生活しているのだ。しかし自然は時にして大水害をもたらしたり、酷暑の日差しを投げつけたり、そのたびに人は右往左往する。ただし、じっと待ってるのではなく、何とか対応して科学技術の力を借りる。今回の旅行は天候に恵まれた。天気予報だと、北海道は3日間とも雨の予想だったが、昨日も一昨日も雨は降らなかった、というより昨日は全くの晴天だったのだ。そして今日も朝から青空が広がっている。これは奇跡というか、まったくの予報ハズレというか、嬉しい誤算と言ってもいい。物理の法則はすべてを予想することが原則だが、このような大規模な自然現象には力不足である。さらに分子原子のようなミクロの世界では確率的にしか予測できない。ということは、人の世界の出来事と少し似ている。科学の世界も冷たいものではなく、迷いもあれば予想が外れることもある。極論すれば、一寸先のことも予想することはできない。ならば人はどうするのか、テレビやインターネットなどの情報やニュースや人の評判、つまり何らかのエビデンスを集めて予想するのだが、それは完全ではない。ならばそこに直感を併用することも妥当だろう。添乗員さんが自分は晴れ男だと言っていた。文脈は離れるが新聞に、簾(すだれ)してきのふの遠くありにけり(中村重雄)の句があった。済んでしまったことはすだれの向こうに隠れたかのように、無くなってしまうのだ。昨日の開放感あふれる散策も、思い出としてしか残っていない。思えば過去は過去、今日一日をまた予想しながら進んでいくのだ。それがまた人にとっては生きて行くことの証なのである。予想しては外れ、そして出来事はすべて過去として過ぎ去っていく、そしてこれから先をまた予想しながら、良いと思う道を歩んでいく。今日もいい日でありますように。

小さな存在感

今日は月曜日の夕方、昼間のあれほど突き刺すような日差しが、かすかに衰えて窓から見える空の景色は優しい暑さに変わった。月曜日にブログを書くのは、明日火曜日の夕方、都内で研究会と懇親会があって、午前中も午後も一日詰まっているからである。前のブログでも書いたように、昨日一昨日は都内で合宿があった。こんな風にブログを書いていると、毎日何かしらの出来事があって、自分なりに努力はしているつもりでも、年齢と共に体力も気力も能力も多分下がっていくのだろう。それでも働き盛りの先生方と議論していると、自分の脳が刺激されて、新しい知が生まれてくるような気もする。知は決して自然発生することはなく、他と関わることによって変容したり、化学反応のように別の知が生成されるようだ。そんな時自分を見返すことができて、萎れかかった葉っぱや花が新鮮な水を浴びて背伸びをするように、生き返るような気がする。自分もまだ新しい視点も持っているのか、このアイディアも少し面白い、自分もまだ多少は役立っているのかと、子供が目を輝かせるような小さな自信が起きてくる。両親の遺伝なのか、自分はどこか自己肯定感が低く、不安になったりすることもあるのだが、合宿でいろいろ話をしているうちに、他の人はこんなふうに考えていたのかなどと、改めて気づくことがある。合宿なので、どこか裃を脱いで本音で語ることがある。特にアルコールが入った懇親の席では、無礼講で話がはずむ。私のことだが、先生と話していると元気が出るとか、良いことが起きるような気がするとか、先生のツキをもらいたいとか、ブログで書くと気恥ずかしいのだが、そんな言葉を聞いて、恐縮しながらも自分も少し嬉しくなった。自分のことは自分では本当に分からない。そんなふうにして合宿が終わり、多くの心のお土産をもらって帰宅した。いくつになっても何かにお役に立っていると思うと、生きている甲斐がある。それは存在感とも言えるし、自分の存在に意味があることだろう。プレゼンス理論という考えは興味深く、かつて研究したこともあるが、このブログで言う存在感とは、ニュアンスが違う。今の自分が存在していて、それが縁の下の力持ちや隠れた存在であったとしても、何かに役立っていれば確かに自分の存在に意味がある。つまり小さな存在感と言ってもよいが、プレゼンス理論の方は、どちらかというと華やかでオーラがあって、その存在を周囲に振り撒くような積極的で大きな存在感のようだ。ほとんどの人は、多分小さな存在感を持って生きているのだと思う。そして日が暮れて一日が終わる時、今日も生きている意味があったと思って、肩の力を抜くのだろう。新聞に、ステテコでビール飲む父遠くなり(中田やす子)の句があった。まるで自分のことを詠んだ句のようで、どこか昭和の時代の男の姿を連想する。昭和は遠くなりにけり。これから夕食で、今日の自分の存在を振りかえろう。