今は1月4日土曜日の夕方である。このブログにアクセスされている方には、明けましておめでとうと、ご挨拶しておく。あっという間に三が日も過ぎて、毎年の事ながら普段の日に戻った。今日は土曜日なので、まだお正月の余韻が残っている。2日の午後、皆とお墓参りをして、8人と2匹の犬と墓地でお別れをし、3台の車が、それぞれの帰路についた。あの賑やかな時は終わり、静かな老夫婦だけの生活に戻った。それもまた良し、こうして来週からは仕事が始まる。と言っても審査系の仕事があって、元日も2日も少しづつだが、こなしていたので、お正月ではなくて休日の延長のような気分であった。特に昨日3日は全日仕事に集中できたので、今日は焦る気持ちが和らいだ。年をとると、余裕がないと気持ちばかり先に行って、免許を取ったばかりの車の運転のような仕事ぶりになってしまう。だから今日は午前中は仕事をして、午後は予定通りスポーツジムに出かけた。土日にスポーツジムに行く計画なので、仕事も頭から離れ、さわやかな気分になれるのである。30階近い高層マンションの1階から3階までに、スポーツジムがある。2階はプールだがテラスのようなスペースがあって、そこにジャグジーがある。そこから市内が一望でき、今日は典型的な冬空を眺め、冷たい風にあたりながら、露天風呂のような気分でリラックスした。青空を見ると、なぜかいろいろなことが頭をよぎってくる。プライベートなことは書かないが、今年はこうしようと決意したことがあった。若い時も年をとっても新年は気持ちが新たになり、こうしようとかあーしようとか、こうなったらどうしようという不安もよぎったり、こんなことをやってみたいなどの希望も湧いてくる。ただ年をとってくると、一般的には不安の方が大きくなるだろう。老後の年金だとか病気だとか仕事だとか家族だとか、いろいろな自分の身の回りのことが気になり始めるようだ。若い頃は、老年になったら気楽になるだろうと思っていても、現実にはそうなる場合もあればそうならない場合もある。だからスポーツジムに行ってジャグジーに浸っている時に、空想する。この年になってみると、人生は面白いことや楽しいこともあるし、辛いことや悔しいこともある。多分ほとんどの人はそのような生き方をしているから、自分もその平凡な一人である。子供たちや孫たちが帰った後、老夫婦で夕食をとる時、ほっとする気持ちと同時に不安がよぎることもあり、そしてこれでよいのだと安心することもある。ここで新聞の俳句や短歌を引きたいのだが、あいにくと年末年始は俳壇や歌壇が掲載されていない。仕方なく昨年の1月の句を引用する。団塊の世代のしっぽも古希過ぎて集へば老いゆく不安など言ふ(佐藤志乃)。気持ちはよくわかる。2日と3日の箱根駅伝を少し見たが、なるほどこれが若さかと思うような走る姿に元気をもらった。ずっと見ていると仕事ができないので、毎年垣間見ることにしている。大学生の最も元気な年代から、仕事に揉まれ翻弄される年代を経て、老年になり静かにそこから離れていき、そこは平穏で安泰な世界なのかと思っても、どこか不安が起きてくるようだ。若い年代が幸せいっぱいなのかというと、そうでもなくそれぞれに波があるのだ。だとすると、いつの時代も良きことも悪しきこともすべて起きてきて、それを認めて悔いないように生きるしかないのだろうか。
問いの意味
今は12月31日お昼の時間である。今日は大晦日で、夕方からテレビは大賑わいの番組が目白押しである。夕方はそんなわけでブログを書く時間がないので、少し時間がある今、パソコンの画面に向かっている。どの家庭でも似たようなものだと思うが、我が家も普段は老夫婦2人だけの生活から、我々を含めて十人と二匹の犬が、今日の午後から正月2日まで一緒に過ごすことになる。大して広くもない家が満杯になる。一昨日から昨日にかけて、買い出しをしたり布団を干したり、1階から2階に服を移動させたり、それなりに気ぜわしい時間を過ごした。今日は大晦日なのでゆったりと過ごそうと思ったが、世の中はそう思い通りにはいかない。審査系の書類がどっさりと郵送されてきて、これを目算するとお正月に書類を読んでいなければ、どうにもならないことがわかった。お前に休みはないぞという無言のメッセージが書かれていて、はいわかりましたと内心で返事をした。逆に考えてみればありがたいことなので、早速予定を立てて、今日から書類に目を通してチェックを始めた。頭の中は、どうしたら短時間で本質的な内容を把握し、審査をしてコメントが書けるかでいっぱいになった。すると書類を見ながら、あーでもないこーでもない、ここはこうした方がいいのか、などと試行錯誤をしていた。論文ではどうだったか忘れたが、木で言えば幹と枝だけを把握して、葉っぱや花は除外すれば時間もかからないのではないかと、誰でも考える平凡な方法を取り入れた。審査がやりやすいように、書類には分厚い全文の申請書と概要的な内容の2種類からなっている。概要だけ読めば充分だと思って、審査用紙に向かったが、どうも自由記述のコメントや質問の内容が明確に出てこないことに気がついた。確かに全体はわかるのだが、詳細に把握してないので質問がしにくいのである。そこで次に全文を拾い読みした。するとイメージが湧いてきて、おぼろげながら木全体の光景が見えてきた。なるほどそういうことか、はじめは幹と枝だけでよいので、全体構造を把握し、次に葉っぱや枝をそれなりに拾い読みすればいいのだ、と思ったのだが、これもどこか審査員とすれば、打てば響くような審査の内容になってないと、なんとなく感じた。そこで最後に自分が採用した方法は、審査用紙にはいくつかの審査項目がある、審査項目とは、いわば問いといってもよいので、問いを先に読んで、全体を理解できる概要と細部にわたる全文を往還しながら、審査項目に回答する方法であった。なるほど、問いが先にあることは、自分の講演の中でもよく引用していることではないか、とふと気が付いた。今朝の新聞を読んでいたら、年末なのか月曜日に掲載される短歌俳句がなく、年末特集の記事が占領していた。ふと編集手帳を読んでいたら、亡くなられた詩人の谷川俊太郎さんの詩が紹介されていた。<あなたに答は贈らない/あなたに ひとつの問いかけを贈る>。なるほど、人は常に自分に問い続け、問いの答えを探そうとして、毎日を送っているのかもしれない。そう思えば、審査項目の問いをはじめに読むことで、書類がよく見えるのだ。書類をはじめから順番にすべて読んだところで、頭の中はほとんど残っていないのではないだろうか。問いがあって答えを探す意味があるとすれば、さすが詩人は並外れた学者である。
良いお年を
今は12月28日土曜日の夕方で、いつものことながら窓越しにマンション群の明かりが見える。そしていつものことながら、ミカンのような色をした明かりが、部屋の温かさを連想させる。この寒さの中、何より嬉しいのは雨風を防いでくれる家であり、暖房の効いた部屋である。それは幸せの最低条件と言ってもよいが、能登の被災地のことを思えば、自分たちの生活は贅沢そのもので、これ以上の要求をしてはいけない。それは駄々っ子のような我儘になるからだ。年の瀬になれば、さて今年はどうだったのだろうかと振り返るのが常であるが、今日は28日、来週火曜日が31日なので、その時が今年最後のブログになるので、総括はその時かもしれない。年をとれば、いろいろなことが起きても、それ相応の知恵で乗り切ってきたのかもしれない。好好爺のように、ニコニコしながら暖かい日差しを浴びて縁側などで当たり障りのない世間話をして、という光景は、どこにでもあるわけではなく、むしろ珍しいだろう。何事もなく平穏に暮らしたいと思うのは、若い人でも年寄りでも同じだが、生きている限りそうはいかないのが、この世の中である。いつものように土曜日曜はスポーツジムに行って汗を流し、健康でありたいと願って、今日も先ほど帰宅した。スポーツジムのプールから外を見ると、典型的な冬空できれいな青空がよく見える。年の瀬にこんな呑気でいいのかなどと、ふと思う。眉間に皺を寄せて考えるのも、温泉のようなジャグジーに浸かって屋上から市内を眺めてボーっとするのも、同じ時間だが、心の健康には大きな差がある。振り返るには、楽しいことを振り返ればよく、難しいことは考えなくていいのではないか、などと悟ったようなことを思ったが、本当のことはよくわからない。人は仕事をしたり生活をしていれば、楽しいことばかりではないことは重々知っている。かといって仕事がなければ、嬉しいこともつらいこともなく、無重力のような世界の中で生きなければならない。それは幸せなのか不幸なのか、今の自分にはその方がもっと辛いと思える。新聞に、イリジウム分析などして生きながら学者の父も老いに佇む(山本健夫)の句があった。この句の作者のお父さんは理系の学者だったのだろう、研究に喜びと生きがいを感じ夢中になって過ごしていたが、その研究や仕事から離れた今、所在なく過ごす姿に寂しさを見たのだろうか。確かに人はつらいことがあっても、自分の思い通りにならないことがあっても、その研究や仕事に夢中になっていれば、寂しさを感じることはない。寂しさとは、そこに自己が不在していること、つまり空虚さなのではないか。とすれば今年を振り返って、多少の楽しさはあり、思い通りにならないこともたくさんあっても、それでいいのだ。それが生きている証拠なのだから、悔いることもないのだ。だから今年も良かったのだ。自分も皆さんも、来年が良い年でありますように。
クリスマスイブ
今は火曜日の夕方ではなく、時刻も遅くなり夜である。先ほど赤坂の事務所から帰宅したばかりである。年末ともなれば来客もあり、オンラインだけでは用は足せず、午後に出かけた。話が少し長引いたせいか、帰宅時間が多少遅れた。池袋での電車の乗り継ぎのタイミングが悪く、予定時刻より遅くなったのだが、それも仕方がない。今日の来客は第一線の企業で働いている、というか戦っているというか、社員というより昔流行った企業戦士と呼ぶ方がふさわしい人だった。自分の立場は団体役員なので、それに比べれば、申し訳ないが少し気楽と言って良いだろう。団体にも、収支決算や予算があり貸借対照表も企業と同じように作って理事会に出しているが、その数字の重みは企業とはかなり違うだろう。その意味で企業の方は、素直に偉いなあと思う。自分にはできないような仕事をこなしているだけで、尊敬に値する。企業は短期的には営業利益を上げなければならないので、その数字に目が行く。それは結果としての数字であり、ある面で冷たい姿であり、優しく微笑むようなものではない。したがってどうしても結果主義や業績主義になりやすいのだ。学校文化は、どちらかというと数字に振り回されることを嫌い、結果だけを重視することもなく、むしろプロセスを大切にする。そういう文化に慣れてきた身にとっては、企業の人とは少し距離がある。しかし自分は、先に書いたようにむしろ尊敬しているような気持ちを持っているので、たぶんそれが相手にも伝わるのかもしれない。だから今日の面談は、長引いた。それは丁丁発止の商談をまとめる厳しさではなく、一年もこれで終わりなのかという、ほっと一息つくような対面であった。自分は月に2回ほどオンラインの対談をホストとしてやっているが、ゲストの人が企業の方であると、いつもすごいと感じている。いや企業だけではなく、省庁のスタッフ、学校の先生や学者など、さまざまな立場の人が登場しているが、オーバーに言うといつも感動がある。それは人生をかけているような真剣さや努力の足跡が見えるからである。新聞に、缶コーヒー両手で包み指ほぐす路上ライブのギターの少女(峰尾秀之)の句があった。駅前などで自分も何回か見かけたことがあるが、この少女も夢を追いかけ、厳しい寒さでかじかんだ指を缶コーヒーで温めながら路上ライブを行っているのであろう。NHKの紅白に出れることは、よほどの偶然としか言えないような世界で、もがいているのかもしれない。いや本人は偶然ではなく成功への道を信じて、頑張っているのだろう。今日はクリスマスイブ、駅前にはクリスマスケーキを山積みにしたお店があって、ジングルベルの音楽が流れていた。家路を急ぐ人、家族団らんの時をすごす人、路上ライブで夢を追いかける人、今夜は様々な人間模様を見たような気がした。
コスモス
今は土曜日の夕方、といっても今日は12月21日なので冬至である。昼の時間が最も短い日なので、書斎から見る窓の景色は、夜なので碁盤の目のようなマンションの明かりがよく見える。いつものことながら土曜日曜は、スポーツジムに行くことにしている。先週は風邪をひいていて控えていたが、もうすっかり元気で今日はジムに行った。このブログで何度も紹介しているが、運動をするといろいろなモヤモヤが晴れてきて、前向きなアイディアが出てくる。頭の中で、ああでもないこうでもないと考えてみても仕方がないのだ。研究ならそれは正統的な方法論であるが、仕事のことや世の中のことは、この方法論は通用しない。むしろ体を動かしすっきりした状態の方が、雑念がふっきれて中心が見えるようだ。誰でも感じるように、運動選手は、物事を単純に割り切って考えるような気がする。いろいろ考えても仕方がない、イエスかノーかのような割り切り方が、世の中のことではむしろ正解に近づく道かもしれない。自分の性癖なのか、何かことが起きると、何故だろうか、背景は何があってその仕組みから考えるので、まるで電気回路をたどるようにして電球がつくかつかないかを判断しているような気がする。世の中のことはそうではないようだ。むしろ直感的に判断して決める方が良いかもしれない。昔、直感の方が上手くいくという本を読んだことがある。多くの事例を元に解説していた専門書だが、説得力のある本であった。野球選手がバッターボックスに立てば、迷っている暇もなく直感に従って即座に判断しているだろう。どんなスポーツでも同じだろう。だから今日スポーツジムに行ったので、スポーツ選手のやり方のおすそ分けをもらったのかもしれない。このところずっと頭を悩ませていた仕事上の問題があった。それが今日帰宅してからふとこれでいいのだと思った。それが正解かどうかわからない。しかし気持ちがスッキリりしたことは確かである。スッキリした頭で考えれば、中途半端な状態よりも確かな選択をするはずである。歳をとってくると、一般的には花が風に吹かれて揺れるように、世の流れに沿って生きていくことが多いと思うが、それが本当に良いのかどうかはわからない。一言で言えば、それは妥協かもしれないし、自分の本心ではなく世間に合わせている姿かもしれない。文脈は離れるが新聞に、やさしくてさびしき花と思うなり吹かれるままに揺れるコスモス(代靖子)の句があった。可憐なコスモスが眼に浮かぶが、作者もさびしき花と読んだように、どこか本心ではない生き方を感じたのかもしれない。どんなに歳をとったとしても、まだ生きている。生きて仕事をしている以上、右か左かを決めなくてはならない立場に立たされることがある。その時はコスモスではなく、しっかりした梅のように凛として意思決定をしたほうが良いと思った。年寄りになればなるほど枯れ木に近くなるが、風に吹かれて折れる時は往生する時だが、それまではまっすぐに立っていたい。
庶民の願い
今は火曜日の夕方であるが、午後5時半ぐらいになると外は真っ暗で、2階にある書斎から外を見ると、マンション群の灯りが見える。エアコンと加湿器をつけて机に向かっていると、冬の一日をそれなりに仕事をしたように思える。昨日は都内で仕事があって忙しい一日だったが、今日はオンライン会議だけなのだが、それでもあまり時間的な余裕はなく、気が付いてみたら外は夜になっていた。オンライン会議の前に、歩いて5分ぐらいのところにある石油屋さんに行って、ストーブの灯油を買ってきた。もちろん部屋の暖房はエアコンが中心なのだが、家内が言うにはストーブの方が経済的で部屋全体が温まるのだと言う。言われてみるとなんとなくそんな気がして、もし地震とか災害が起きた時には、電気がなくてもこの石油ストーブがあればなんとかなる。当たり前なのだがストーブを見ると、冬が来たんだと実感する。昨日都内に出かけた時は、マフラーをした。これで首筋が暖かかったので寒い風も苦にならなかった。オンライン会議のような仕事もあれば、生活をしていると灯油を買いに行くとか、眼科クリニックに定期的な検査に行くなどの生活に必需な仕事もあり、ブログを書くという趣味のような仕事もある。ずっと好きな仕事だけなどというのはありえないし、長続きもしないだろう。ある時期にはそのように没頭することもあるが、それは特殊な時期であり、平穏無事な時期ではない。平凡とは、都内に出かけて会議に出席したり、会議を仕切って結論を出したり、自宅にいる時は、家内に言われて買い物をしたり、書斎でデスクワークをしたり、つまり雑多なのである。人はいろんなことをしながら過ごしているから、たいていのことに対応できる。天才肌の人は多分道を極めようとしているので、雑用的なことは興味もなく苦手かもしれない。市井の凡人は、自分の好きなことに集中することもあるがそれは稀で、雑用の中に埋もれて生きているのだ。大学の研究室にいた時のことを思うと、あれは世の中と違っている、別の世界で夢中になって面白がっていたようだ。今の生活は、時々その研究の世界に入る場合もあるが、何気ない普段の生活の中にも味わい深い営みがあることに気がつく。灯油を買う時の店員さんの手付きはさすが慣れていると思い、眼科クリニックに行けば、先生も看護婦さんも専門的な知識は表に出さず、にこやかに患者に対応する、なるほどここもお客さん商売なのかと思う。そして天は、誰にも平等に時間を与え、時を過ごしている。あれほど暑いと言いながら、今年は秋がないのかとぼやきながらも、マフラーがないと外に出るのが億劫になるような寒さがやってきた。来年はどんな年になるのだろうかとふと思う。平凡が一番、自分も含めて家族が健康であればそれで良し、贅沢は言わないし欲しくもないから、休める家と食事ができればそれで良し、これから良いことも悪いこともやってくるだろうがそれが小さな波であればそれで良し、時の流れに身を任せて来年も過ごそう。文脈は離れるが新聞に、マフラーに顔半分の立ち話(松崎映子)の句があった。寒い風をよけようとしてマフラーを顔半分に覆っているが、それでも立ち話ぐらいはできる。今年も色々あったねとか、今年は元旦に大地震が起きたとか、来年は災害が起きないように願いたいとか、できれば良いことがありますようにとか、庶民の願いは皆同じである。
老いる
今は土曜日の夕方なので、ブログを書く予定の日時である。実は今週の初めから風邪気味で咳とくしゃみでティッシュがすぐになくなり、集中力も下降しているが、今は時間があるので書くのだが、どんな内容になるかは不安である。今週は急に気温が下がり、少し体調を崩したのだろうと思う。多分夜中に目が覚めるのは、寝室の気温のせいではないかと思う。家内に言われて昨日は電気アンカをベッドに入れたら、ぐっすり明け方まで休めた。年をとると確かに寒いのは堪えるようだ。漢方の風邪薬は飲んでいるが、熱もなく軽い風邪なのでマスクをして仕事をしている。今週は電車に乗って出かける仕事が3日もあって、あまり気乗りがしなかった。昨日は研究会なので、ほぼ一日出かけて勉強させてもらった。授業の参観なのだが、自分にとっては文字通り勉強させてもらうのである。それは仕事とは言え、他の仕事とは異なっており、一言で言えば研究なのである。授業参観自身が楽しく喜びであり探究する活動であり、探究とは気づきなので、オーバーに言えば発見である。それは面白いに決まっているし、趣味と言ってもいいだろう。思えば自分は長い間、贅沢な仕事をさせてもらった。ただ昨日は約束していた懇親会だけは失礼させてもらった。マスクを外して会食すれば風邪がうつるかもしれず、申し訳ないが自分の我儘を許してもらった。ありがたいことに、研究会の同僚の2人が自分の代わりに参加してもらい面目は立った。おかげで昨日は夜遅くはならず、いつもの通りお風呂に入って晩酌をしながら夕食をいただいた。年をとるごとに外での会食は控えめになり、我が家の夕食がこの上無く安らぐ一時になっている。食事だけでなく他県へ行ったり都内に出かけて仕事をするよりも、所沢市内の仕事の方が、あるいは自宅でオンラインで仕事をする方が、はるかにありがたい。いわば全国区ではなく地方区の立場になった。今の自分にはそれが合っている。といっても、引きこもりのようにふさぎこんでいるわけではない。趣味のような仕事であれば、若い頃と同じように心が弾む。新聞に、知らざりきあっという間の晩年と悔いはなけれど老いは淋しき(飛田多恵子)の句があった。確かにこのような高齢者は多いだろう。老いるということは、体力も知力も気力も減衰していくのが自然だからである。ただ自分は自然だからという理由に対して、少し違和感を持っている。先に述べたように、わくわくすることはまだある。老いれば別の能力が広がるような気がする。説明すると紙幅が足らないが、これまで見えなかったものが見え、聞こえなかったものが聞こえ、感じなかったものが感じるからである。若い頃の探究が深く掘り下げる縦糸だとすれば、老いた時の探究は水平に広がる平面的な横糸なのである。だから探究さえすれば、老いは怖くないし、淋しがることもないと思っている。
ナラティヴ
今は火曜日の夕方、冬空はもう暗くなって外はかなり寒くなってきた。午前中は学校訪問をしてその関連の仕事をして終わった。お昼は久しぶりに友人と駅で待ち合わせ、昼食を共にした。所沢の駅近辺は開発が進んで、都心の賑やかな姿そのものになってきた。駅の改札口が2階なのでそのまま歩いて、ショッピングとレストランのビル街に入っていった。駅からそのビルまで大勢の人たちが行き交っているので、なぜこんな平日にと目を疑ってしまうほどである。友人は初めてだったのでびっくりして駅周辺の変容ぶりに目を見張り、どこか非日常的な感覚だった。自分もこのビルに入ると、ここはどこだろう、大人の遊園地か食事街か、その巨大な広さと多様な料理の種類に、迷子のようにキョロキョロしながら歩きまわった。建物の中なので、昼間なのか夕方なのか夜なのかの区別すらできない。巨大な迷路の中で、どこかワクワクしながら昼食を注文した。台湾料理あり韓国料理ありインド料理ありと、ここはアジアの多国籍食堂街かと思いながら、天丼屋カツ丼屋寿司屋うどん屋などの日本料理の定番には目もくれず、韓国の石焼ビビンバと生ビールを注文した。本当は寿司でも食べたかったが、何かこの巨大なレストランモールの雰囲気に馴染まないような気がして、しかも平日の昼間なのに生ビールを飲んだ。少し早い忘年会かと思えばなんでもない、巨大なビルの中のこのエリアは外の世界と遮断されているようで、自分の立場も年齢も忘れて、大勢の人たちの一部になった。周りを見ると文字通り老若男女でいっぱいで、この時間に学校はどうしているのかなどと思ったが、野暮な詮索は止めよう。たぶんこの空間は非日常で、そこに浸りたくて好きな料理を食べながら束の間の幸せを味わっているのだ。忘年会もどきの昼食会は話がはずみ、あれやこれやと現状報告やら愚痴やら嬉しいニュースなども語って時を忘れた。河岸を変えて別のビルでコーヒーを飲みながら、話が終わるのを惜しむかのように話をし、次の再会を約束して駅の改札口を入った。こんな昼食会は久しぶりだった。昨日も都内で会議があり夜の忘年会もあったので夜遅く帰宅したが、今日の友人との2人だけの昼食会兼忘年会は少し意味合いが違った。昨日は仕事の続きの懇親会であるが、今日は仕事を離れ自分の今の境遇や事情を語り合う本音の語り、専門用語でナラティヴとでも言えばいいだろうか、誰でも人に語って聞かせる物語を持っている。それが伝わる時、人はカタリシスを感じ心の雑草が刈り取られるのだ。2人の出した結論は、なんだ大したことではない、贅沢な悩みかとつぶやいて苦笑いした。実際はそうであるかもしれないしそうでないかもしれない、どちらであってもそうして前を向いて頑張って世を渡っていくのだ。新聞に、庭先のコスモスの花複雑な家の事情も全て呑み込む(井上誠一)の句があった。我々の話は、周囲の人は大勢いたが、誰も聞きもせず興味もないのだが、その周囲の人の存在が大切なのだ。庭先のコスモスの花なのである。非日常的な空間の中で、人は自分を語り人の話を聞くのである。
気づく
今は土曜日の夕方であるが、外は真っ暗で夜である。いつものことながら土日の休日は、スポーツジムに行って汗を流している。この寒い日でも、プールで泳ぎ、屋上にあるジャグジーで冷たい風に顔を当てながら体は温泉のような温かさで、なんと贅沢なと思いながら浸っていた。屋上といっても2階なので、ジムの周囲にある木々が上から眺められるような高さであるが、まるで新宿のような乱立するマンションを遠くに眺めていると、セレブになったような気持がする。帰り道は西方向なので、今日は夕焼けではなかったが、灰色の雲が空を覆って太陽が当たっている雲のところだけ白く輝いて、その周りだけ青空が見えた。まるでそこだけ明るい未来を象徴しているようだった。しかし風は冷たく、さすがに冬の寒さが体を襲ってきて、道行く人はほとんどコートなどを羽織って、寒さを避けていた。もう12月なのだから師走なのだ。スポーツジムに行くと、入口のすぐ近くにクリスマスツリーが飾ってあって、あーもうそんな時期なのかと背中を押されるような気持がした。予定していたことがあまり出来ていないのに、月日だけは几帳面に間違いなく過ぎていき、いつの間にか年を重ねていく。すでに年賀状じまいをしているのでその心配はないが、まだ仕事のつながりがあって、この時期にはお歳暮をいただくので床の間に重ねている。あまり役立つことをしていないのに申し訳ないような気持ちで、お礼の葉書を出している。葉書代も切手代も値上がりしていることを知らず、投函した葉書が戻ってきた。世の中は物価高で生活が苦しくなったとテレビなどで報道しているが、実感として分からなかった。葉書が戻ってきて初めて値上がりを知った。主婦はスーパーで買い物を毎日のようにしているから、値段の上げ下げについては敏感だが、自分はこの点については鈍感であり素人である。人は何かのきっかけでその意味を知るのかもしれない。新聞に、亡くなっていると思っていた人を訃報が一瞬生き返らせる(たろりずむ)の句があった。まさにその通りで、そうだったのかと思い返すことは誰でも経験しているだろう。葉書が戻ってきて初めて値上がりに気づき、お歳暮をいただいてもう年末が近くなってきたのか、クリスマスツリーを見て大掃除をいつにしようかなどと考える。この前も朝起きたら喉がガラガラするような感じがしたので、ふと見ると加湿器の水が空になっていた。人が気づくということは、何らかの出来事がきっかけになっているのかもしれない。それは自分以外の他からのメッセージなのだから、教えてもらったとも言える。これを研究や仕事に当てはめてみれば、これは良いアイディアだと思っても、自分が生み出したものというより、他から気づかせてもらったという方が正しいのではないかと思う。ということは、いろいろな業績を上げたとしても、その大部分は他からヒントをもらい、自分のオリジナルな部分は、かなり小さいのではないか。振り返ってみれば、自分のかなりの論文はその通りではないかと思った。気づくということは凄いことなのだ。
小学一年生
今日は12月3日火曜日だが、今は午後5時半なのでもはや外は真っ暗である。先ほど床屋から帰って来たばかりで、書斎のパソコンの前に座っている。午前中は市の教育センターに協力して学校訪問をし、帰宅して授業のコメントを書いてメールで送った。午後はいろいろな雑用があって今に至っているが、時間は平等に経っているが、人間の意識の上では早い場合もあれば遅い場合もある。いつも思うのだが、今日は小学校を参観したが、子供は天真爛漫で何も屈託がなくのびのびと学校生活を送っているように見える。特に今日は小学一年生だったので、子供とはこんなに素直だったのかと思う。小学生も高学年になるとだんだんと自我に目覚めて、自己主張したり競争したり喧嘩したりするようになるのか、人が辿る成長とはそういうものらしい。小さい時は何の悩みもなく、毎日が毎時間が新しいことの出会いで嬉しいのかもしれない。それでも生きている限りはそれなりの波があって、子供なりに努力をして乗り切っているのだろう。確か昔読んだ李香蘭の自伝小説に、大人から見れば小さなことだが、子供にとってみれば重大事で不幸な出来事だと書いてあった。どんな出来事か忘れたが、友達との約束だとか文房具だとかおもちゃだったか、そのようなほんの些細なことが子供には大きな不幸がやってきたと深刻に思っていたらしい。自分が今日訪問した小学校は田園風景豊かな市内の外れにあったせいか、子供たちが昔と変わらぬ姿に見えた。周囲は畑で囲まれており、たくさんの実をつけた柿の木があって、校内にも雑草と草木がいっぱいで先生と子供たちで枯れ木を取ったりして学校園をきれいにしていた。それは自分が子供の時と変わらない学校風景だった。日本の学校も少子化が進んできたので、特に農村地帯に行けば昔と変わらない学校文化が根付いているが、その桃源郷のような学校であってもいろいろな問題はあるだろう。子供の純粋さがそのまま成長して大人になってほしいと願うのは、大人の夢である。いろいろな波がやってきて、中学生や高校生になればそれなりに悩むこともあるだろう、大人になって仕事に就けばさらに大きな波がやってくる。それでも今日訪問した小学一年生の姿は、見ているだけでこちらの心が洗われる。新聞に、「福耳じゃ」秀でたところなき吾をほめて見つめた母恋うる夜(上柿貞芳)の句があった。母親とは、どんなことがあっても我が子の最大の味方であり理解者である。大人になって色々なことに出会って自信をなくし自分はなんと無能なのかと思う時でも、この短歌のように母を想えば救われる。今日出会った小学一年生よ、どんなことがあっても大丈夫、くじけちゃいけないと、平凡な言葉を自分の心の中でつぶやいた。
