常識

今日は土曜日、そして今はその夕方、南側の窓から見る景色は寒々としていて、空がグレイ一色である。寒々としているというより、寒いのだ。真冬に戻ったかのように、先ほどスポーツジムから帰る途中、小雨が降っていて傘をさしながら帰宅したが、道行く人も心なしか背中が曲がっているように見えた。3月は、春とは言えまだほど遠く、春と冬を行ったり来たりしながら、下旬になってようやく暖かい日が続くのだろう。その頃になれば、桜も咲き始めどことなく華やぎ、人々も笑顔の表情を見せるようになる。天気予報によれば、明日日曜日はもっと寒く、一日中雨が降るらしい。人はまことに自分勝手で、晴天が続けば雨よ降れと願い、雨が続けば抜けるような青空が恋しくなる。今日は寒かったせいか、スポーツジムも人が少なかったような気がする。おかげでプールなどはゆっくり泳げるのでありがたいのだが、どことなくけだるいような、気持ちがどこかに浮かんでいるような、時の流れに身を任せているだけのような、そんな時間の過ごし方だった。1週間を振り返ってみても、忙しくはあっても、仕事をしながらもう一人の自分がそれを眺めている、そんな感じだった。昨日は都内でイベントがあった。自分の所属する団体の主催なので、団体の代表とすれば、ここ大一番である。緊張したり、気をもんだり、不安になったり、充分準備をしたり、そして本番を迎えるのが普通であろう。自分は決して気を抜いたり緊張を欠いて臨んだわけではなく、主催者としての挨拶も、表彰状を渡すときの臨機応変の対応も、それなりにできた、談笑しながら満面の笑顔で大勢の人と名刺交換をし、盛会裏にイベントが終わったので、自分とすれば上出来だろうと充実感も感じるはずであるが、本音を言えば自分はそうではなかった。多分最も喜びを噛みしめたのは、担当したスタッフであろう。自分はその用意された舞台の上に乗っただけである。なぜだろうか。その気持ちは、小雨が降って冬が舞い戻ったような今日の天気のようであり、体も動かし、午前中はやるべき仕事もして、何が不満なのか、何が不足なのか、自分に問うても答えは出てこない。文脈は離れるが新聞に、寄せ鍋はフライパンですワンルーム(滝村実)の句があった。ワンルームマンションで生活しているのだから、多分若者だろう。自炊しているのか、寄せ鍋を作ろうと思ったが、鍋に野菜やら肉やら魚やら入れても、一人で食べるには鍋は大きすぎると思ったのか、底の浅いフライパンで充分だと考えたのか、鍋という常識を捨ててフライパンで料理をしている。なるほど若者らしい。多分美味しい美味しいと言いながら、料理を満喫しただろう。今度は友達でも呼んで、フライパンの寄せ鍋をしようかなどと考えているかも知れない。若い時は、意識はしなくても常識という知識を超えて、チャレンジをしているのだ。歳をとってくると、常識が幅を利かせ、他人を忖度し、成功しても、どこか落ち度はないのか、課題はなかったかなどの反省をするようになる。本当はこの若者のように、これまでのやり方など捨てればよいのだ。そうもいかないのが大人や年寄りだとすれば、果たしてこれまでに蓄積してきた知識は何だろうか、何か良いことがあるのか、世の中に役立つことがあるのだろうか。自分も若い頃は、この若者のように新しいやり方に喜びを感じ、年配者の話などは疎んじていた。それは自分が特別ではなく、誰も通る道なのかもしれない。すると自分も人並みに平凡な道を歩んでいるのか、ただ若者のやり方を説教するような年寄りにはなりたくない。

年度終わり

今は火曜日の朝、この変則的な時刻にブログを書くのは事情がある。今日も夕方時間がなく、昨日も全く時間がなく明日も同じである。この朝食をとる前の時間を利用するしかないのだが、時間が少ないので、今日のブログは短い文章でしかも推敲なしでお許しいただく。今日は都内で理事会があり、帰宅してすぐオンラインが2つ待っている。すべて重要な打ち合わせや会議で、気が抜けない。昨日も1日中バタバタして終わった。何をそんなにアクセスしているのだと、多分他人は思うかもしれないが、自分の生活は、決まった時間に職場に行き決まった時間に帰宅する常勤の勤め人とは違い、いわばフリーターのようなもので、オファーに従って動いている。だから忙しい日もあれば全く暇な日もある。特に4月からは手帳が真っ白で、中旬以降はそれなりにまだら模様のペンの文字跡が見えるが、初旬はほぼ何もない。今週いや3月末までは全て詰まっているので、時間のやりくりが難しい。こうして自分の1年間の活動が終わっていく。教育関係の仕事は、4月に始まり3月に終わる。学校の先生であれば4月は忙しいが、自分たちのような人種は、いわば先生を支える仕事なので活動は変則的なのだ。それでも持って生まれた性格なのか時間の貧乏性なのか、ぼーっとした時間は、魚の小骨が胃の中に入ったような違和感を感じて、きれいに消化しないと安心感がないのだ。このブログでも書いたことがあるが、高校教師の時、毎日よく走ってるねと半分皮肉られたことがある。現実に廊下を走って移動していたからである。廊下を走るなとは誰も知っている校則だが、どこか自分は例外だと思っていたフシがある。この年になっても、走っていると嬉しがっているのは、もう卒業しなければいけないだろう。そんな自分でもいろんな出来事に遭遇すると、人並みに人間の知恵を学ぶことがある。ブログでは書けないが、今年度は、自分の深いレベルでの考え方や感じ方を変えるような経験をいくつかした。それはメンタルモデルといってもよく、無意識的な見方考え方と言ってもよい。今思えば、それはありがたいとしか表現できない。こんなふうに書くと、どこか格好つけていると思われるかもしれないが、そうではない。長く生きていると、いくつか竹のような節目があって、違った伸び方をするのではないかと思う。その時は大変だとかもう無理だとか投げ出したいとか思うこともあるが、それは目先のことである。時間が経つと、その本質が見えてきて、ああそうなのか自分はこういう人間だったのかと、自分を知るようになる。すると新しい自分の見方が生まれてきて、世界が違って見えてくる。文脈は少し離れるが新聞に、日向ぼこ短気の父の遺品われ(高橋まさお)の句があった。この句の作者は、せっかちな父親の遺伝子を引き継いで、日向ぼこのようなぼーっとしている時間は耐えられないのだろう。まるで自分のことを言っているような句であった。そうかもしれない、世の中の生き方は人それぞれである。それぞれの生き方を認めることは、自分を知ることである。3月の年度終わりの時期になって、この忙しい時間にふと感慨に浸った。来年度が良い年になるよう、お祈りするしかない。

応接セット

今は土曜日の夕方、いつもなら書斎の窓から見える空も青空で、と書きたいところだが、灰色一色である。天気予報によれば、そろそろ雪が降る時間である。手元のスマホで確認したら、午後7時ぐらいから雪マークが横並びになっていて、真夜中からは雨になりそうだ。今日の最高気温が5度だと言うから、寒い1日なのだ。午前中は諸々の自分の仕事を書斎でこなして、午後からは先ほどまで、オンラインで学会の研究発表があった。だからずっと家の中に閉じこもっていて、外の寒さは肌では感じていない。研究発表を聞き終わってこれではいけないと思って、数分程度近所を散歩したが、冷たい雨が降っていて傘をさしていると、これは散歩ではない、早く家に帰ろうと思ったので、1分か2分の間外気に触れただけであった。ずっと仕事ばかりでは身体にも悪いので、居間に降りて家内と時々短い雑談をした。居間には食事用のテーブルの他に、ソファーと対のテーブルがある。応接セットである。どの家庭でも同じように、そこで新聞を読んだりせんべいを食べたりテレビを見たりする。しかし人間は長い時間はリラックスできない。新聞もテレビもせんべいも短い時間だから楽しいことを、経験的に知っている。テレビの面白い番組は例外だが、ただ見ているだけのテレビ番組は、何か脳のシナプスがだんだん切れていくようで、自分が自分でなくなるような気がする。それは少しオーバーではあるが、長い時間リラックスしていると、堕落しているという言葉は適切ではないが、天からそんな声が聞こえてきそうな気がする。応接セットは、緊張感をほぐす意味で作られている道具なのでそれで良いのだが、どうもピンとこなくて、家内と相談してテーブルを替えることにした。昨日家具屋さんが新しいテーブルを持ってきて設置した。それはテーブルの高さを自由に調整できるので、家内の趣味の手作業も、居間に置いてある自分のパソコンも操作しやすいのである。つまりリラックス用から仕事兼用にテーブルを替えた。それが気に入って何度も居間に降りて、お茶を飲みお菓子をつまみ、そしてパソコンもスマホも、さらに旅行会社から送られてきたパンフレットや医療の書類などもスムーズに処理できた。つまり楽しみと仕事の両方に役立った。大学でも、自分はソファーは嫌いだったからテーブルに替えた。テーブルなら仕事もでき打ち合わせもでき、物事がスムーズにはかどるのである。環境は重要で、人間の思考は環境にかなり左右されるので、新しいテーブルは脳のシナプスも弛緩することなく働いて、どことなく気持ちが前向きになる。テーブル上のお菓子類も要らないものは捨てて、自由なスペースを広くした。昨日来た家具屋さんは、古いテーブルが新しいテーブルよりも高価だったせいか、捨てるにはもったいないと家内に言ったらしいが、要らないものは邪魔になるだけだから、捨てるに限る。時にリラックスするのも必要だが、人間の本姓はどちらに向いているのだろうか。毎日、上げ膳据え膳で温泉に浸かっている生活は、苦痛以外の何物でもないだろう。少し文脈は離れるが新聞に、辞めるなと言われてうれし冬の朝(小林浦波)の句があった。年齢なのか他の事情なのかわからないが、多分仕事を辞めるなと言われたのだろう。まだ自分も働ける、まだ自分も役に立てる、まだ自分も評価してくれる人がいる、と思うだけで心が弾むのである。それが、はいご苦労さん、これからは悠々自適に暮らしてくださいと言われたら、誰でも寂しいに決まっている。引き止めてくれたから嬉しいのだということは、1階の居間のテーブルを替えたのは正解であった。リラックスもできるし仕事もできる、テーブルがまだ辞めるなよと声をかけてくれるような気がする。本当にリラックスだけを求める時は、往生する時ではないのか、死ぬ間際まで自分は活動していたい。私的なことだからブログには書かないが、今日の午前中は自分の楽しみな仕事だった。もちろん公開しても構わないが、なんとなく気恥ずかしいので、時が来るまで伏せておく。最後まで人は楽しみながら生きていけるのではないだろうか、それを目指したい。

ノンポリ

今は火曜日の夕方、窓の外は寒々しい灰色一色で静かに雪混じりの小雨が降っている。昨日も所沢市あたりでは牡丹雪のような大粒の雪が降り、庭が真っ白になった。昨日はオンラインだけの仕事だったので、あまり寒さは感じなかったが、今日は教育センターで会議があって出かけ、先ほど床屋に行って帰ってきた。床屋は土日は混むので、平日の夕方前に予約している。散髪をすると当然ながら首筋が寒く、マフラーと手袋をして出かけた。帰宅の途中、中学生に出会った。スカートで女子中学生は寒くないのだろうかとふと思ったが、この年代ではあまり寒さを感じないらしい。自分のような年齢では、教育センターにも床屋にも、今日の天気では防寒具をつけないと気持ちまで寒々しくなる。今、暖房の効いた書斎でパソコンに向かい、外の景色を見ていると、心からありがたいと思う。スマホの天気予報は、明日の早朝まで雪マークで飾られていた。家路を急ぐ人たちだろう、道路は車で渋滞していた。そして都心で仕事をしていた人たちも、早めに切り上げて足早に帰るだろう。何より暖かい部屋が恋しいから、そしてお風呂に入って家族と夕食をとるのが極上の一時なのだ。路上にいた女子中学生たちは、話に夢中になって寒さなど眼中にないような様子だったが、若さとはそういうものなのか。家族とか夕食とかお風呂などは小さな出来事であって、こんなに寒い日であっても特に感慨は起きないものらしい。年を取れば、暖かいものに安らぎを感じ、向かっていくよりも守る方に、競争するよりも現状維持のほうが、どこか居心地が良くなる。しかしそれは活動しないということではない、今のままの仕事や活動で充分であり、それ以上は望まない、そんな感じである。今以上でも今以下でもなく、今のままで良いと思える。教育センターでの打ち合わせは4月以降の活動計画だった、特に飛躍するわけでも減少するわけでもなく、先生方が満足できる範囲でやっていこうと合意した。若い頃の自分は、もっとやれ、すぐやれ、精一杯やれのような、まるで号令のような声をかけて、学生たちを頑張らせていたような気がする。今思えば、気恥ずかしく若気の至りとでも言いたくなる。12月は30日まで1月は2日から、研究室に学生たちが来ていた。自分もそれが当然だという気持ちだった。寒さや雪やお正月など、先ほどの中学生のように、なんでもないことだった。しかしそんな時代はもう過ぎた。文脈は離れるが新聞に、ノンポリてふ昭和の死語よ三冬尽く(宮野始)の句があった。三冬尽く(みふゆつく)とは、三か月も続いた寒くて長い冬がようやく終わった、という意味の冬の季語らしい。自分が学生の頃は、ノンポリノンラジカルで学生運動を横から眺めていたが、心情的には惹かれていた。活動家たちは、就職を蹴って信じる道を進み、挫折した学生たちも多くいた。それは若者の特権でもあり、生涯をかけても悔いない活動だったろうが、令和の今になってみれば、苦渋の思いをしているかもしれない。長い年月が激しい思いを洗い流したのだ。しかし何が良くて何が悪いのか、誰もわからない。今暖かい部屋に居るだけでありがたいと思うノンポリなのだが、昭和は遠くなりにけり。

期待外れ

今日は土曜日の夕方、といっても空は青空で、まるで春のような陽気である。暖かくて昼間コートは要らなかった。スポーツジムから帰ってと書きたいところだが、今日は違う。石川県の片山津温泉から、ちょうど帰宅したところである。聞きなれない温泉かもしれないが、加賀温泉郷の一つで、ホテルの目の前に広い湖が広がっている光景に、心が癒される。山中温泉・山代温泉等と並んで有名だと言うが、自分はこの温泉郷に初めて行った。昨年の暮れに申し込んで、1泊2日の温泉旅行だった。旅行のパンフレットに写真付きの蟹づくしという夕食に誘われて、申し込んだのだ。それは偽りではなかった。文字通り、蒸したり焼いたり温めたり混ぜご飯にしたり、あらゆる料理法で蟹の味を堪能した。そんな誘惑に負けて、家内と相談して昨年の年末に申し込んだ。2月下旬になると、テレビの天気予報が気になった。北陸地方は例年にない大雪で、車が大渋滞したり雪下ろしで怪我人が出たり、温泉気分ではないような予報であった。これは大変かもしれないという不安があって、防寒具も靴も大雪に耐えられるような身支度をして出かけた。ところが自然は人間の予測を平気で覆す。今日は加賀温泉郷あたりも快晴で、手袋もマフラーも要らず、外の風に当たるのが心地よいという、ありがたい期待外れだった。しかし行って良かった、景色も料理も温泉も部屋も、ホテルの周りの散歩も加賀温泉の駅前の土産店も、そして新幹線の中の仕事さえも、すべて充実して満足できた。だから天気予測は、プラスに外れたのである。先ほど帰宅して、自分が応募していて気になっていた審査結果を、ネットで調べた。何年ぶりなのか、いや何十年ぶりなのか、不採択通知を受け取った。そうか不採択なのかと思って、かなり落ち込むかと思ったが、実はそうではなかった。人はどこか予知能力があるのか、今回はだめかもしれないと思って、家内に、自分の仕事に関わる予算を今年は計上したいから、と言って話し合ったことがある。もちろんそれは当たり前のことなので反対することもなく、それがよいと合意していた。世の中には、期待にプラスに外れる場合とマイナスに外れる場合がある。誰でもそんな経験をしているだろう。しかしそれが本当にプラスなのかマイナスなのかは、先になってみないとわからない。マイナスの場合は落ち込む場合もあれば平然としている場合もあり、自分の力ではどうにもならないのだから、まあそれもいいだろうと受け入れるしかないのである。大抵の人はそのようにして毎日を生きているのだろう。新聞に、逆わぬことにも慣れて寒日和(田中俊)の句があった。この作者は何に逆らわぬのだろうか、俳壇の選者は、奥様だろうかと評していたが、永く生きていると、それが賢い処世術になるのだろうか。若い時には、憤慨したり悲しんだりという感情の振幅が大きいので揺れ動くが、この作者のように、逆らわぬことにも意味がある。今日、自分は期待に外れた、暖かい天気予報と不採択通知の両方を体験し、逆らわぬことの自然体を知った。逆らわぬと言えば、どこか消極的で後ろ向きのような気もするが、果たしてどうなのだろうか、どちらが後ろ向きか前向きか、わからない。今日の体験では、どちらにしろ受け入れるほうが前向きでプラスなのではないか、なるほど逆らわぬことなのか、今日は1つ学んだ。

残りのページ

今は月曜日の夕方、南向きの窓から見える空はまだ明るく、よく晴れている。今日ブログを書くのは変則的なのだが、今週は忙しく、明日も明後日もオンラインの仕事が入っていて、夕方に時間が取れないからである。今日は振替休日で土曜日から今日まで3連休なので、どことなく気持ちがリラックスしている。この3日間ずっとスポーツジムに通った。今日も先ほどジムから帰って来たばかりである。ただブログは一昨日の土曜日に書いたばかりなので、特にイベント的な出来事はない。そんな時今日の朝刊の歌壇に、母逝きて三年まだ開けられぬ母が残しし小さき手帳(助野貴美子)の句が目に留まった。とりたてて紹介するような短歌ではないのだが、自分のブログはこの手帳のようなものなのかとふと考えた。ブログとはウェブ上の記録のことだから、日記でも独り言でも意見交流でもなんでも良いのだが、ウェブなので公開されることが原則である。そこがこの母親の日記と違うところで、作者は母親が亡くなって日記を見るのが怖いような、秘密を知りたいような知りたくないような複雑な気持ちなのだろう。自分のブログは公開日記なので、見られることが前提で書いている。ただしすべて自分の本音であり事実である。そうでなければ人が読む意味はない。いわば自分史と言っても良いのだが、統計データを見ると現在897件で2020年3月からと書いてあるので、約5年間書きつづっている。なるほどいつの間にかこんなに年月がたったのか。昨日、学習情報研究という隔月の雑誌の編集後記の原稿を送った。自分が編集委員長を仰せつかったのは、ファイルを見ると2018年からなので約7年間編集後記を書きつづっている。そして明後日水曜日の夕方6時からは、自分の所属する団体の仕事である水曜サロンがある。隔週であるが、毎回ゲストを呼んで自分がホスト役になり対談するのだが、これももうじき100回になる。どれをとっても歴史を刻んでいる。そして来週に、教育センターと次期GIGAスクール構想に向けての打ち合わせをするが、自分はアドバイザーとして学校訪問をしているが、これももう4年間続いている。どれもいつの間にか年月が過ぎて、あまり振り返ることもなかった。自分の年齢から考えれば、そろそろ次のページに移っていく頃である。振り返ってみれば、自分も色々な役をいただき、それなりにこなしてきたのだろうが、何が楽しかったんだろうかと考えた。長という名の役はいろいろあったが、それに魅力は感じない。それよりも学校訪問して、先生や子供たちの織り成す生きた授業の方が、まるでドラマを見ているようで楽しく、そしてそこで気づいたいくつかをコメントとして先生にお返しすることが、自分にとっては満ち足りる一時である。水曜サロンでゲストの先生と話をすると、その人の生き様や一生懸命さに触れて、自分の身も心も洗われるような気がする。短い編集後記ではあるが、その文章は自分にとっては可愛い孫のような気がする。そしてこのブログも、良いことも悪いこともすべて言葉に書いて、自分をさらけ出すのである。何かの文献だったか、自分の考えや感情を言語化することで自分を知ることができると書いてあって、その通りだと思っている。そして年月を経て今思うことは、自分の心の在り方を、平凡であるが、もっと優しくもっと親切にもっと受け入れるようにしたいということである。凡人は誰も、高僧のように悟ってはいないので、自分を押し通したり他人を押しのけたり色々な煩悩も持っている。しかし自分はもう他人と競ったり我儘を言うような歳ではない。老いて思うことは、残りの人生を人のために役立つことを念頭において過ごしたい。教育は子供のために役立つことだからである。最後の最後までお役に立てれば、こんなに幸せなことはなく、また生きがいのある楽しい人生になるだろう。自分の残りのページをそんな花で飾りたい。

ズボンプレッサー

今は土曜日の夕方、といってもだいぶ時刻が遅くなってしまった。これには理由がある、といってもブログで書くほどのものでもないが、先ほどまでズボンプレッサーの組み立てをしていたからである。誰でもわかるように、すぐにできる簡単な仕組みなのだが、ブログを書こうかと2階の書斎に登っているときに、ズボンプレッサーが届いたのである。ブログの方を優先すれば良かったのだが、急に組み立てたくなった。それには理由がある。ホテルでは、ズボンプレッサーがエレベーターの前などに置いてあって、プレスしたい人はそのプレス機を部屋まで持ってくるのだが、面倒なのであまり使ったことはない。この前大阪に出張した時に、ふと思った。人前に出る時には、やはりズボンの折り目はピシッとした方が良い、という当たり前の事に気がついた。そういえば昔使った古いプレス機があったと思い出して、家内に聞いたら居間のソファーの下にしまってあるよと言われて、取り出した。もうずいぶん古いので埃で汚れていたが、雑巾できれいに拭いたら見違えるようになった。これはありがたい、早速使ってみようと使ったのは良かったのだが、固定する部品が壊れてしまった。壊れると無性に使いたくなって、あれやこれやと物置小屋の道具箱から、怪しげな固定器具に使えそうなものを取り出して試してみた。しかしどうにも言うことを聞かない、諦めるかと思っていたら、家内が電気屋で買えばいいではないか、という誰でも考える平凡なアイディアを言った。その通りだ、なぜこんな簡単なことに気づかなかったのかと思って、一昨日近所にある電気屋に行って物色した。店員さんに聞くと、ありませんと言う。今時こんな電気製品を買う人はほとんどいないのだろう、そうなるとますます欲しくなった。どうしようかと思っていたら、家内が通販で注文すればいいだろう、というこれもまた極めて当たり前のアイディアを言った。なぜこんなことに気づかなかったんだろうと思って、さっそく探してみた。すると確かに販売している。しかしながら需要が少ないせいか、ほとんどのプレス機は数週間から1ヶ月ほど、手元に届くまでに日数がかかるという。探しながらまた無性に欲しくなった。すぐ手に入れることはできないかと、まるで駄々っ子のような無理難題を押し付けて探していたら、まるで奇跡のように、今日注文すれば明日届けますというプレス機と取り扱い店があった。本当だろうか、疑心暗鬼ながら性能や仕様を読んだ。1階の居間の隣が和室で、そこに洋服やズボンなどを掛けているので、プレス機の大きさや電源までの距離などを調べてみたら、まるでオーダーメイドのような仕様で、ぴったりだった。昨日の午後3時前だったろうか、注文してその後市内の学校訪問をした。今日の予定は、午前中の仕事と午後のスポーツジムだったのだが、スポーツジムから帰って、ビタミンCを補給し終わって2階の書斎に登りかけた時に、届いたのだ。こんなこともあるのか。文脈は遠く離れるが新聞に、振り袖は母のお下がりとふ孫の二十歳の笑みに残る幼さ(安田悦子)の句があった。育ちの良い娘さんなのだろうか、母親の振袖を着て成人式に出かけたのか、その笑顔に幼い頃の面影が見えたのだろう。大人になって世間の波にもまれれば、持って生まれた素質や性格もとげとげしたり変化するのだが、一方幼い頃のままの変わらない特性もある。歳を取って思うのは、素質や性格は、若い頃と違った部分と子供の頃に戻るような部分が混在しているようだ。今日自分がズボンプレッサーを欲しかったのは、まだ大人になりきれていない子供の特性のままだろう。それは喜んでいいのか悲しんでいいのか分からないが、欲しいものが手に入っただけで良い日であった。

老いてゆく

今は火曜日の夕方、いつものようにブログを書く時刻になった。そしていつものようによく晴れた冬空に西日が沈みかけていて、白い雲がほのかに茜色に染まって、1日の終わりが近づいていることを告げている。今日という日はどんな日だったのだろうと、振り返ってみる。午前中は忙しく仕事をしたが、午後は仕事はなく私的な用事で時間が経って、先ほどまで4月以降に向けての準備しておきたい資料を作っていた。つまり今日は午後は、時間的余裕があって平穏で心が空っぽのような状態だった。これはいいな、こんな気持ちで毎日を過ごせれば平和だななどと、思っていた。この前のブログで書いたように、土日は大阪のイベントに参加して、予想通りに進行して、忙しい中にも豊かでいくつか感動する場面もあった。自分は、閉会の挨拶を述べるだけの役割だったが、体全体で感じる充実感があった。予定した串カツとビールの夕食で、さらにいかにも大阪らしいキザミうどんも食べて、一夜だけの大阪下町の庶民になった。広いホテルの部屋にも朝食にも満足し、新幹線の中では880ページもある分厚い専門書に喰らいついて、まだ序文と数章だけだが、深い思索に触れることができた。つまり自分を全て出し切って、土日を駆け抜けたような気がする。それと比べれば今日の1日はゆったりとして、休みのような感覚ですらした。昨日の月曜日は仕事が詰まっていて忙しかったので、今日が土日の代休のような気がしたのかもしれない。年を取ってきたので、家内に言われて、週1回は整骨院に行って体のメインテナンスをしているが、今日の午後はその時間でもあった。といっても整骨院は歩いて数分の距離で、約30分位の整体なので気休めのようなものなのだが、電気マッサージを受けている間、気持ちよく眠った。自宅に戻るにはあまりにも近いので少し遠回りをしたのだが、何事もなく道行く人もマフラーで首や顔を覆って、寒さをよけながら歩いていた。日本海側などの大雪で苦難にさらされている人達に比べれば、誠になんの苦労もない地域の人々なのである。文脈は離れるが新聞に、道の端に椿ひとつの朽ちており午後をすすめば午後のしずけさ(鈴木えみ子)の句があった。自分が接骨院から帰る光景を詠んだのか、と思うような句である。午後は人通りも少なく、静かに誰もが通り過ぎてゆく。その様を、椿が落ちてもの寂しさを感じる心模様を31文字で表現したことは、文才豊かな人なのだろう。文学の素人である自分でも、作者の気持ちは伝わってくる。この数日間の出来事を振り返って、今日の午後は、穏やかで平和でゆったりとした心境で過ごした。それは寂しさではなく、椿が落ちるように自然の姿であって、老いていく自分を認めていることの穏やかさだと思う。午後何回か、2階の書斎から1階の居間に降りて、家内と短い雑談をした。今日の夕食は何か、スーパーに買い物に行くのか、物忘れをするのはやはり年のせいかなど、お互いに年を取ったのだ。共に助け合って生きていくしかないのだ。それが老いていく自然の姿である。

出張

今は金曜日の夕方、本当なら明日土曜日に書くブログを、一日前倒しにした。もちろん理由があるからだが、明日は大阪に出張があって、夕方はホテルの中なので書きにくい。もちろんパソコンは持っていくのだが、夕食を食べた後では億劫になる。新幹線の中でもよいが、あまりたいした出来事もないので、今の方が書きやすい。出張といっても明後日のイベントに出席するだけなので、気楽な1泊2日の旅なのである。毎年夏は神戸に出張しているが、何しろ関西は串カツがおいしいので、明日は大阪なのでホテルの近くの串カツ屋を探して、ビールと串カツで気楽な夕食を楽しみにしている。まるで寅さんのような1日になるだろう。日曜日はイベントだから多少の出番はあるが、明日は、新幹線に乗ることと、夕食をいただくことと、ホテルに泊まるだけの、のんびりを絵に描いたような時間を過ごすだけである。新幹線の中では、1行も読んでいない分厚い専門書を持っていくので、なんとか取り組んでみたいと思うが、あくびばかりで頭に入らなかったらどうしようと思うが、明日ぐらいしかこの本を読むチャンスはないだろう。半分楽しみで半分不安もあるが、どうしても読んでおきたい1冊なのだ。明後日のイベントは大したことはなく、これは仕事なのか趣味なのか、主催者には申し訳ないような気持ちである。人のお世話になり、人が作ってくれた籠に乗り、人が計画してくれた流れに沿って動くようなもので、本当に感謝しかない。科学研究費というありがたい制度があって、自分もいただいているのだが、本年度中に使い切らなければならないので、残金をどうしようかと考えていた。まことに贅沢なことで、国民の税金を使って研究できるということは、有益な使い方でないとバチが当たるだろう。先ほどまでオンラインで研究打ち合わせをしていて、どうしたらいいだろうかと相談したら、良い知恵を貸してくれた。自分だけで考えることは実は大したことはなく、ほとんどが他人の力によって、研究をしたり仕事ができたりするのである。数日前のオンラインでのセミナーがあって、自分はホスト役でゲストと対談した。優れた研究発表だったので、自分も嬉しくなって質疑応答に時間を忘れた。そのアイディアはどこから来たのかと聞くと、結局は他人の行動を観察することで、気づくことがほとんどであった。つまり他から教えてもらったのである。今日も午前中は学校訪問があって授業参観をした。自分は市の教育センターのアドバイザーなので、コメントを書いて送ったのだが、考えてみるとほとんどは、先生と子供たちの観察によって得られた気づきなのである。つまり先生と子供から教わっていることがすべてである。明日は分厚い専門書を読む予定だが、これもすべて他人の知恵が詰まった宝なのであり、もし読んであくびが出るようであれば、自分の浅学を嘆くしかない。そして自分もまた、そこから得られた気づきを他人にお返しするのである。文脈は遠く離れるが新聞に、温かいうどんへ落とす寒卵(久保栞)の句があった。この句を読むと、温かいうどんと冷たい卵が混じり合って、よりいっそう美味しくなり、丼を手にした人の笑顔が浮かんでくる。自分もこの句の寒卵のような仕事をしたい。主役は温かいうどんであるが、寒卵でおいしさが深くなっていくような脇役が自分には合っている。明後日のイベントでは、自分はその脇役を演じてみたい、主役が喜ぶ顔を見たい。

プラスチック

今は火曜日の夕方、いつものように書斎でパソコンに向かってブログを書こうとしている。火曜日と言っても今日は祝日なので、報道によれば昨日にお休みを取って3連休とか4連休の人もいるという。確かに若い人は連休にして骨休みするのもいいだろう。自分はリタイアしているから、よく言われるサンデー毎日なのだが、それでも気持ち的には平日と休日は違っている。久しぶりにお昼に東の公園に向かってジョギングをした。航空公園と呼ばれる広い公園には、赤ちゃんや幼児を連れた親子連れがかなりいて、きれいな青空の下でリラックスして運動したり散歩したりしている。ただ今日は風が強いので春のような気持ちにはなれず、少し前かがみになって走っていた。走るといっても、若い人から見れば散歩に近い足取りなので、ちょっとした速足程度の歩き方だろう。ただ自分にはこのくらいがちょうどよく、強い風を受けて空高く上がっているタコを見ながら風景を楽しんだ。こんな休みの日はスポーツジムでも行きたいのだが、あいにくとジムは休館日となっており、午前中に頭を使った仕事をしたので、お昼に体を動かしたくなったのだ。そしてついでに久しぶりに蕎麦屋に行って、お昼はとろろそばを食べた。これも休日の気楽さのせいだろう。1時をかなり過ぎていたのだが、多くのお客さんがいて、蕎麦が出るのを手持ち無沙汰に待っていた。することがないと人間はあれやこれやと考えるが、あまりいいことは思い浮かばず、あれはどうだったのか、これはまずかったのかなどと、なぜか自己肯定感が下がるようなことばかり浮かんでくる。これは性分なのか、あるいは年のせいなのか、いやいやそうではない、結構うまくいっているではないかなどと、自問自答しながら蕎麦屋にいた。食べ終わって帰宅する途中、スーパーマーケットが近所にあるので、そこを通ったらホタルイカやタコなどの魚も美味しそうで、珍しく甘酒なども陳列してあった。買おうと思ったがそのまま帰宅したら、家内がこれからスーパーに行くところだというので、まるで幼子のようについていった。そしてホタルイカと甘酒も買ってもらい、夕食が楽しみになった。これも休日だという気楽さが自分を動かしたのだろう。どうも甘酒は、ひな祭り用として置いてあったことに気がついて、本当に自分は子供のようだと苦笑した。年をとると子供に戻るのか、若い頃のことを振り返るのか、久しぶりにyoutubeで、嫁に来ないかの歌を聞いた。新沼謙治のきれいな高音が、昔のことを思い出させて共鳴したのか、どこか心がはずんだ。若い頃は、嫁に来ないかと直球で表現できるが、年をとるにつれて周りのことや色々な雑音も気にしながら忖度するので、ボールがあちこちに飛んだりして、つまらぬ勘繰りをされたりすることもある。自分はまっすぐに生きることを信条としてきたが、若い頃のようにはいかない。新聞に、簡単に傷つくけれど簡単に壊れずプラスチックに生きる(友常甘酢)の句があった。なるほど人の生き方はプラスチックのようなものかもしれない。生きていれば誰でも小さな心の傷を持っているが、それでもどっこいしたたかに生きる知恵も持っている。今日自分はこのプラスチックのような心境だった。蕎麦屋でつまらぬことを考えたりしていたが、美味しい蕎麦を食べ、公園をジョギングして若い人たちを眺め、スーパーで美味しそうな食材を見つけているのは、したたかに生きている証拠である。まあ前を向いて頑張ろう。