頑張る

 今は金曜日の夕方、先ほどジョギングから帰ってきて2階の書斎に上がって、いつものように南向きの窓から、マンション群と曇り空を見ている。ブログは週2回、火曜日と土曜日または金曜日なのだが、時間が取れる時に書いている。40分程度の小さなジョギングで西の方向に走ってきた。1日に少しでも良いので体を動かさないと、どこか体調が悪くなるような気がする。帰ってきて、今日はデコポンでビタミンCを摂取したが、これが絶品の味で、体の中に染みわたって美味しいと言いながら食べた。スーパーで買ってきた家内も、まんざらでもないような顔つきをしていた。

 ジョギングに出かける前は、オンラインの研究会があって参加したのだが、どうもパソコンが不調で、時間に遅れた。というのは自分の照れ隠しで、本当はオンラインにどういうわけか、はじかれてしまった。1ヶ月前の前回も似たような症状があったのだが、気に留めないでいたが、今日は完全にそっぽを向かれてしまった。前回はいろいろ試すとすぐに入れたのだが、今日は無理だった。Teamsなのだが、人とデジタル機器にはどこか相性があるのか、うまくいかないことがある。

 しかし本当は相性なんかではなく、知識が足らないからなのだ。自分は仕事上で2週間に1回、オンラインで対談をしている。大勢の参加者がいるので、オンラインが故障すると大変な迷惑がかかるので、細心の注意をしている。ネットワークやパソコンも予備を備えているのだが、今日の研究会は仕事ではないので、気楽に構えている。それがつまづく原因だろう。どうしてもうまくいかなかったので、ブラウザではなくアプリに切り替えようとしてインストールしたので、時間がかかったのだ。機械の故障には、必ず原因がある。それが見抜けなかった自分が恥ずかしい。

 こんな些細なことなのだが、自分の知識のなさに愕然とした。考えてみると人の知識などたかが知れている。ネットワークの仕組みが分かっていたとしても、目の前の故障に時間がかかるようでは、本当は分かっていないのだ。今日の発表者は大学院生の頃から指導してきたが、自分が知っているはその当時の学生であり、彼は今日までに進化してきたのだ。話の合間に、参加者に気を遣っていることが読み取れる。社会に出れば、色々な人に出会い、自分の知識の乏しさに気づき、自分の未熟さを知っていき、この世の中を生きていくのだ。自分のような年齢になっても変わることはない。

 文脈は離れるが新聞に「博多発、就職列車の終点は赤いレンガの東京駅だった」(山下洋次)の句があった。この作者は、東京駅に降り立った時から何十年経ったのだろうか。時には天下を取ったような高揚した気分にあることもあっただろうが、日々の生活では、まだまだ自分は足らぬとか、こんなこともできない自分なのかと、落ち込むこともあっただろう。しかしそうして自分を磨いてきたのだ。世の中にはとんでもない秀才もいるが、そのような人も自分はダメだと何度も何度も自分を責めて頑張ってきたのだと思う。専門の分野を深めれば深めるほど、人間の知識などちっぽけなもので、何もわかってはいないことに気が付く。だから、もう少し頑張ってみようと思って、上を向いて歩くのだ。古い言葉だが、頑張る人の姿は美しい。

 

幸せの分配者

 今は火曜日の昼間、この変則的な時間にブログを書くのは、当然ながら理由がある。今日の夕方にオンラインの会議が入っており、書く時間がないのでお昼の時間に当てた。考えてみれば、自分の年齢で手帳に用事が入っていることはありがたいことで、それは生きている証拠とでも言える。もちろんそれらの用事も少しずつ少なくなってくるが、2月と3月は年度末のせいか、いろいろなイベントが入っている。

 昨日は品川で教育関連のイベントがあり、自分も参加して審査した。午前中にポスターセッションに参加して、発表を聞く。参加者からの投票と審査員の審査結果を合わせて、代表の発表を選ぶ。代表作品の3件を選び、その中の1件をグランプリとする。誰が考えてもそれは楽しい作業である。自分が専門とする領域であれば、発表を聞きながら、あーでもない、こーでもない、ここはどうなんだろう、などと自問自答するので、あっという間に時間が経ってしまう。

 審査員で議論しながら選出するので、いろいろな見方や考え方をそこでも知ることができる。この議論では、ここが悪い、あそこが悪いでなく、ここが面白い、ここが優れている、という良い面だけを見る。良い面を見ていれば、脳内では快適さを促すホルモンが分泌されるだろう。そして自分は、グランプリ作品の理由を来場者の前で説明した。それは自分の幸せな気分を放出して、会場の皆さんと共有することになる。ふと思う。自分はなんと贅沢な仕事をしているのだろう。

 新聞によれば、ロシアとウクライナの戦争は、丸四年を過ぎて五年目に入るという。極寒のこの季節に、暖房施設が破壊されて寒さで凍えているという。考えてみれば、これは領土の奪い合いである。ある本を読んでいたら、物を競って奪い合えば足らなくなる、分配すれば物は余る、その通りである。これを情報に当てはめれば、優れた内容を発表すれば、聞いている人の分だけ増える。物には限りがあるが、情報や知識には、受け取る人の分だけ、共有した分だけ、無限に増えるのだ。素晴らしいではないか。

 文脈は遠く離れるが新聞に、「帰りぎわ「きっとまたきてね」と妻は言う戻りかけたが病室を出る」(菊辻八郎)の句があった。選者の評をそのまま引く「だが翌朝、奥様は逝去なさったという。「戻りかけたが」が哀切である。」この句を読むと、作者の気持ちが深く伝わってきて、我が身を振り返る。この世の中には色々な分配がある。戦争のように、物欲にとらわれて多くの人に憎しみと苦しみを広げていく分配もあれば、研究会や審査会のように、優れた知識や知恵を全員で共有する幸せの分配もあれば、短歌や文学などのように、人々の感性を揺さぶり自分の生き方を振り返らせる分配もある。自分も往生するまで、幸せの分配者でありたい。

 

すること

 今は金曜日の夕方、日が長くなったせいか、2階の書斎から見る空はまだうす曇で、夕方にはなっていない。それでも今日一日は少し寒かった。久しぶりにスポーツジムに行って帰ってきたばかりである。先週から今週にかけて、土日が潰れたり諸々の事情でジムに行けず、運動不足だった。体外に汗などを発散することができないだけ、体内に蓄積されて、何か鬱積しているような気がする。その要素は何と言うのかわからないが、脳内分泌物のようなものだろう。運動すれば精神的にプラスに作用し、しなければマイナスになるのだろう。

 今日一日を振り返ってみた。午前中は中学校に学校訪問があって、帰宅してすぐコメントを書いた。ただ学校訪問する前に、一時間ほど時間が空いていた。どうしようかと思ったのだが、3月に研修したり講演したりする資料がまだ出来ていないことを思い出して、手をつけてみようかと思った。一時間では無理なことはわかっている。とても時間が足らないが、途中まででも良いからと思って資料を見返した。するといろいろなことに気づく。こんなこともあった、あんなこともあった、それをメモ帳に書き出したら、面白い知見が得られるかもしれないと思った。研究ではないが、一歩手前の気づきなのだが、エビデンスはきちんと揃っている。さらに調べていると、別の知見もありそうだったが、そこで時間が切れた。子供がゲームに夢中になって、途中で親から止められたようなものだった。

 学校訪問から帰ってきて、参観した授業のコメントを書いて、メールの添付で送った。昼食を取ってすぐ何か気になって、書斎に上がってメールを見た。来週の委員会についての簡単な打ち合わせをオンラインでやりたいというメールがあった。顔を見ながらの打ち合わせが伝わりやすいことは確かだが、来週の委員会までほとんど時間がなく、相手の都合もあるから打ち合わせの日程を決めるのは難しかろう。ふと電話をしようと思った。幸い相手が電話口に出た。こんなことも珍しいが、昼食の時間のすぐ後だったことが幸いしたのだろうか、タイミングよく相手と話ができた。オンラインで話し合うまでもなく、短時間で打ち合わせは終わった。それからすぐに支度をして、スポーツジムに行った。

 プールで泳ぎながら、今日の出来事を考えた。丸山眞男の「である」ことと「する」ことを思い出した。今日の自分は「する」ことを優先したのだ。まるで歯車がうまく噛み合ったかのように、事態が動いていった。お金も持っていただけでは何も意味がなく、使ってこそ価値が出てきて経済が活性化する。つまり「する」ことによって人や物が動いて、事態が変化するのだ。「である」ことだけでは、事態は変わらない。世の中は「する」ことによって、良い方向にも悪い方向にも動いていくのだが、何もしないよりはましなのではないか。歳を取ると、「である」ことの方に傾くのだが、自分はできる範囲で、「する」ことの方を選びたいと思う。

 文脈は離れるが新聞に、「暮れてなほ人影ひとつ雪下ろし」(原道雄)の句があった。雪国の人たちの苦労が偲ばれる。薄暗くなっても雪下ろしをしなければ、明日の生活に困るのだろう。頑張っている人に応援したくなる。もしお年寄りなら、「お気をつけて」と言うしかない。しかしそのままではどうしようもないのだ。「である」ことだけでは、不平と不満をつぶやくしかない。「する」こと以外に、問題は解決しないのだ。大変だがなんとかしようと考えて、雪下ろしをしているのだろう。しかし終わればほっとして、夕飯も美味しくいただけるだろう。この世の中は思い通りにはならない。歳を取れば足腰が痛くなったりするのが普通だが、それでも「である」ことを守って、じっとしていればますます体は動かなくなる。小さな一歩でも「する」ことを続けていれば、事態は動いていく。そしてどこか楽しい気分になる。時間があれば明日、資料作りの続きをやりたい。先ほど家内が、今夜はカレーライスだと言ったので、子どものようで恥ずかしいが、夕食が楽しみだ。スポーツジムで運動したお陰である。

 

価値づける

 今は火曜日の夕方、いつもの通り書斎の窓から見る空は、薄いグレー色で寒々しい雰囲気が漂っている。そしてブログを書く時間になったのだが、こんな日もあるのかと、嘆息している。簡単に言えば、やることなすことすべて裏目に出て、うまくいかないのである。我ながら情けなくなった。自分の恥のようなものだから、あまり書きたくはないが、パソコンがなぜか調子が悪くなった。スマホのアプリもうまく機能しなくなった。このため大切な用事を明日に延期することになった。

 週3回スポーツジムに行く予定なのだが、土日が他の用事でよく潰れるので、今日予定していたら、ジムがメンテナンス休暇に入って木曜日まで休みであった。その代わり時々行っているゴルフコースに行こうと思ったら、今日は定休日だった。もう何も運動することができないと、気持ちまで沈む。パソコンもスマホも、なぜこんなに自分の言うことを聞けないのかと、まるで気の利かない部下のような感じで腹立たしくなった。機械は感情がないので、論理にしたがって無表情にできないと表示するのだ。

 こんな時、人は落ち込む。多分誰でも同じだろう。ただそれは年齢によって違う。歳をとってくると、いろいろな機能が衰えるので、自分の力が弱っていることを実感してくる。やはり俺も歳なのか、こんなこともできないのかと、だんだん矛先が自分に向かってくる。すると自己肯定感が下がって、自分は役に立たない人間になったのかと思うようになる。スポーツジムは相手の都合なので仕方がないが、パソコンやスマホがうまくいかない時は、設定などの問題が多いので、自分の能力が落ちていると自覚して、惨めな気持ちになるのである。たかが機械ではないかと思うのだが、自信がなくなってくるのだ。

 新聞に「転(こ)けたるを幾度も詫びつつ年越しぬギプスのなかで母は痩せゆく」(高橋裕樹)の句があった。そんなに詫びることはないのだ、お母さんに何も責任はない、これまで頑張ってきたではないか、それで充分ではないか、そんなことを言われると、息子さんは胸が熱くなるだろう。歳をとってくると、衰えていく自分に自信がなくなり、周りの人に申し訳ないと思うようになる。自分の父親も、ほとんど役に立たず済まない、と口癖のように言っていたことを思い出す。そんなことはないよ、家族のために一生懸命働いてくれて、自慢の父親だと言いたかったが、気恥ずかしくて言ったことはなかった。自分がそんな歳になって父親の気持ちがよく分かる。

 昨日は市内の小学校の校内研修会があって、指導者として参加した。この学校は、非認知能力を数年間かけて研究する指定校である。昨日は全教員で授業を参観し、研究協議をした。グループ活動を通して、子供が自分の考えに対して他からコメントをもらい、価値づけてもらうことも目標の一つとして設定された。なるほどその通りなのだ。自分の考えも、別の角度から見て面白いではないかと他の子供が思えば、価値が生まれる。自分の価値は自分ではわからない。他人によって価値づけられるのである。ギプスをして生きようとしている母親も、息子から見れば手を合わせたくなるような高い価値のある生き方であり、自分の父親も本人が思うような存在では決してないのだ。

 

振り返り

 今は土曜日の朝である。しかも鳴子温泉の部屋である。昨日の夕方にブログを書きたかったのだが、旅行にきて、昨日は蔵王の頂上までケーブルカーで行った。旅行会社のツアーはありがたく、バスに乗っていれば観光案内をしてくれ、優雅な一日が過ごせる。今日はここ山形の銀山温泉街の散策などの観光をして、帰宅する。観光旅行に来たのは久しぶりで、多分8ヶ月ぶりになるだろう。

 8月に家内が腰の手術をして、その後リハビリを長い間行ってきたが、日常生活などは通常と変わらず、これなら旅行に行けるかと相談して、やってきた。それでもケーブルカーとは言え、蔵王の頂上は吹雪で、あの樹氷を見たいと思って来たのだが、白銀と雪吹雪の世界で、うっすらと樹氷の姿が影絵のように見える程度だった。それでも自分は満足した。すごい世界を見たのだ。昨夜鳴子温泉の湯に浸かろうと思ったのだが、ホテルに着く時間が遅く、夕食が先だった。ビールとワインですっかり良い気持ちになって部屋に入ったら、そのままぐっすり寝て今朝5時に目が覚めた。

 先ほど朝風呂に気持ちよく浸かって、ようやくブログを書ける時間になった。観光バスの中の時間はかなり長いので、読みたい本を持ってきている。昨日読んだ本の中に、泥水や濁水をコップの中に入れてしばらくすると、砂や泥は下に沈んで上部は綺麗な水になる、だから人はぼんやりする時間が必要だ、と書いてあった。そうか、バスの中はそのぼんやりする時間なのかと思うと、いろいろなことに気が付いた。樹氷を見たいと思ったのは、家内よりも自分のわがままな考えではなかったのかと思ったら、それは振り返りではないかと気がついた。

 どの学校でも、振り返りが毎授業ごとに実施されている。初めはその意味がよくわからなかった。しかし昨日のバスの中で読んだ本では、泥水や濁水がそのままの状態では濁っていて何も見えないが、しばらくしていると、上部は清水になって透き通って見える。つまり振り返りは、それまで見えないものが見えるようになることではないのか、そうだとすれば、それは見ることの本質を教えてくれている。

 文脈は離れるが新聞に、「寒木の倒れぬように歪(ゆが)みけり」(たろりずむ)の句があった。冬枯れの木がいかにも弱々しく、小枝などすべてが歪んでいるのだが、それは自分自身を支えるための木の知恵なのだと言われると、この作者の見方は優れている。詩や短歌や俳句には、その作者の研ぎ澄まされた感性があって、凡人とは違う見方をしていると思う。このように考えると、どこかで静かにぼーっとしていることも、大切なような気がしてきた。子供たちは、毎日いや毎授業ごとに、自分を振り返って、本質を見通す感性を育てているのかもしれない。そうだとすれば、それは凄いことである。

 

昔と今と

 今は火曜日の夕方、いつものように書斎の窓から外を見ている。今日は少し寒々とした冬空で、今にも小雪が降りそうな天気である。いや、ちょうど今、小雨が降っているのが見えた。今日の午前中は学校訪問をし、午後は外に出かける用事があって、今ようやく時間が取れた。ブログを書くのも仕事の一つと思っているので、なんとか間に合わせようと自分なりに工夫している。

 地元でも、雪が降ったり、その中を選挙に行ったり、選挙結果に驚いたり、学校訪問をしたり、原稿を書いたり、青色申告の準備をしたり、この世の出来事はいろいろである。老夫婦二人の生活であっても、それなりの山と谷があって、まあぼちぼち行こうかという気持ちと、それでも何とか頑張ろうという気持ちの二つがせめぎ合っている。ぼちぼち行っては、世間を渡れないこともある。気張ってもまあこのぐらいだったかということもある。生きていくことは、その両方のバランスの上に成り立っている。

 先週は学校評議員会があって、地元の中学校に行ったのだが、給食が出た。食べ盛りの中学生が相手の給食では、年寄りには無理だとは思いつつ、これも仕事の一つだと思って、いただいた。実は意外に美味しかった。給食の研究もあるが、給食メニューなどは世相を反映しているようだ。物価高の今日、贅沢な料理はできないというものの、自分たちが子供の頃には考えられないような美味しいメニューだった。学校の授業の仕方も昔とは違う。1人1台のGIGA端末が整備されているので、活用の仕方で大いに違ってくる。

 それでも授業は、起立礼、よろしくお願いしますの声で始まるのは、日本人としては郷愁があって、どこか嬉しい。我々の世代を引き継ぎ、未来につなげていく子供たちだと思えば、どこか連帯感を感じる。まったくの他人とは思えず、先輩・後輩という関係ではないが、同じ地域に暮らす子供たちと思えば、何か手助けしたくなる。授業を参観すると、日本人としての教育観と近代の考え方が共存していると感じる。それが自然なのだろう。自分の専門では、テクノロジーの活用なので、近代風の考え方や学習観をベースにしていると思われているのだが、本音を言えば、不易と流行、日本人アイデンティティと先端技術と現代の思想が混在している。

 デジタル技術が使えなければ、高齢者であっても生活に支障をきたす。しかし同時に、昔から受け継いできた日本の伝統もまた守っていきたい。自分も古い人間なので、明日は月一度のお墓参りにも行って、亡き両親に手を合わせる。そのおかげで生活しているからだ。新聞に「征きしままの兄の生命(いのち)をいただきて九十五歳の春を寿(ことほ)ぐ」(神郡一成)の句があった。戦争で亡くなった兄のおかげで、自分は長生きをさせていただいている、と読めるが、その通りだと思う。昔から変わらぬ学校給食も、時代に合わせて美味しさを工夫し、自分のような老人も、日本人であるメンタリティーを持ち、デジタル技術も使いこなして現在を生きている。その意味では、昔から変わらぬメンタリティーで人々は共感し、近代技術で未来を切り開いていく、そのような生活を望んでいる。今回の選挙で高市大旋風が起きたのは、市井の人々が、彼女の中に、その両方を見たからではないだろうか。

 

希望と不安

 今は金曜日の夕方、日が長くなったせいか、書斎の南向きの窓から見える空はまだ明るい。今日は昼間の天気も暖かく、どこか春めいた気分だった。午前中は、地元の中学校の評議員会があって出かけた。生徒たちの表情は明るく、さすがに若い生徒たちは元気いっぱいだなと思った。しかし自分を振り返ってみれば、思春期もそれなりの悩みを抱えている。運動も抜群で、成績も素晴らしく、家庭も申し分ないなどという理想的な生き方をする生徒はそんなにはいないだろう。中学3年生はもうすぐ高校入試がある。

 ある雑誌の原稿が目に留まった。進路選択には、希望と不安の2つの導火線がある。希望の導火線は長く着火点は内部にある。不安の導火線は短く着火点は外部にある。ベテランの教師は、「このままでは志望校に入れないと不安の火を灯すと、すぐに変わるが、長続きしない。君の良さを生かすことができる学校はどこかと、希望の導火線に火を灯すと、長く努力する」という。中学3年生は、今試練の時である。傍目から見れば何でもないようだが、多分内心では葛藤しているだろう。

 しかし心配はない、先輩の中学生たちが素晴らしい見本を示してくれた。不安ではなく、希望の導火線に火を付けよう、そうすれば長く火は灯るのだ。それは中学生だけではなく、大人になっても、老人になっても、同じである。自分は今でもメールを見るたびに、不安と希望の導火線が浮かんできて、迷う。自分ももう老いて手が届かなくなった、だから火を灯すのを止めようと思う時と、いやまだ大丈夫だ、残っている力は充分通用する、いずれ灯した火が明るくするかもしれないと思う時がある。今日もメールを見たら、自分にあるオファーがあった。自分はそれだけで、最近の思うようにいかない不安が消えたような気がした。

 何を子供のようなことをと言われそうだが、その通りなのだ。家内にその話をしたら、あまり期待しないほうがいいよなどと、大人びた口をきく。自分はいやそうではない、仮にダメであってもロマンがあるじゃないかと言った。先ほど家内が、せっかく楽しみにしているのに、水を差して悪かったと言ったが、何も思ってない。一般に男よりも女のほうが世間をよく知っていて、大人なのである。しかしどうなるかは、自分が決めることではなく、神か天が決めることである。文脈は離れるが新聞に、「闇市は消えボロ市は残りけり」(三方元)の句があった。今自分が関わろうとしていることが、闇市なのかボロ市なのかはわからない。高校受験を控えている中学3年生も同じだろう。その受験が吉と出るか凶と出るかは、神のみぞ知るからである。

 しかし闇市は違法であり、わかっていながら生活のために仕方なくという市だが、ボロ市は長い伝統を持つ庶民が喜ぶ市だと考えれば、それは希望の導火線である。人は希望がなければ生きてはいけない。だから希望の導火線は長く長く続いて消えることはないのだ。自分はこの雑誌の原稿を読んで、いろいろな出来事が起きても、灯した火が消えることはない希望の導火線を選ぼうと決心した。良いことを教えていただいた。

感動

 今は火曜日の夕方、2階の書斎の窓から見る空はまだ明るい。それだけ日が長くなったのだろう。今日の午後は市役所で会議があり、戻ってきてすぐに着替えて、西の方角に向かってジョギングをした。短い時間でしかもゆっくりとした走りなのだが、夕方の少し前の今時の空気と周りの風景が好きで、運動したくなる。自宅に戻る時は自分の影が長く映って、その影を追うように足を進めている。ジョギングをしながらも、会議での議論を思い出したり、これから先のことを意味もなく想像したりする。こんな風に緩やかに一日が過ぎていくのは、心が安らぐ。

 今日の午前中は、書斎で仕事をしていたのだが、ある必要が生じて、AIを用いたイラストを描いていた。この表現は間違いである。AIに依頼して、イラストを描いてもらった。その出来栄えは素晴らしく、どのように表現していいか言葉が見つからない。AIは技術であり道具なのだが、今の自分には、天才的な相棒だと思える。相棒と言っては失礼で、尊敬する師匠であろう。ともかく、このようなイメージのイラストと書くだけで、たちまちに自由奔放に描くのは、人間では不可能で、すごいという感嘆詞を超えて、感動的である。感動とは、これまでの自分の認知や感情では掴みきれなくて、脳の部位の構成が再編成されたような気がする。

 土曜日から月曜日まで3日間で、ある応募作品の審査をした。月曜日に審査した作品が素晴らしく、この先生方の努力や意気込みや情熱はどこから来るのだろうか、これほどまでに人を惹きつけるのか、ただ素晴らしいのひと言であった。これも表現するなら、感動したとしか言いようがない。自分は審査員の立場上、もろ手を挙げてすごいとは言いにくい。人間のすることだから、どこか課題もあるだろう、欠点もあるだろうと思うのだが、それは凡人の考えることであり、世の中には、ただただすごいとしか言いようがない作品もある。凡人の頭の中にも、これまでの経験上、それなりの審査に必要な知識や感性を持ってるはずである。感動とは、それらの枠を超えて、これまで蓄えてきた認知の枠組みそのものを変えるのである。

 最近、仕事上と研究上のことで、生成AIを活用することがある。自分も研究者という立場から、オリジナリティやひらめきや気づきを最重要に考えている。だから生成AIにアイデアをもらうことは、これまで控えてきた。生成AIがすごいことは分かっている。だからその内容に引きずられ、それを引用したり真似したくなることが、自分は怖い。AIイラストレーターは言葉ではないから、引用できる。しかし文章になると話が違って、自分のアイディアでなければ、盗用になる。自分も歳を取ってきたので、生成AIからヒントをもらったり参考文献を教えてもらったりすれば良いのだが、老いの一徹というか、自分という存在が薄らぐような怖さがあるので、距離を置いている。

 ただ思うことは、歳を取っても感動はあるということだ。感動があれば、生きていて良かったとすら思う。技術に感動し、優れた人物に感動し、素晴らしい作品に感動する。脳も心も体も揺さぶられるのだ。自分もまだこんな気持ちになれるのだと思うだけで、嬉しさが湧いてくる。新聞に、「ぽんこつを互ひに笑ひ去年今年」(清正風葉)の句があった。去年今年(こぞことし)は新年の季語らしい。まるで我々老夫婦のことを詠ったような句で、体のあちこちや脳のどこかも部品が弱ってきて、ぽんこつになってきた。それでも嬉しい事があれば笑い、悲しい事があれば涙を流し、感動すれば身も心も喜びで震える。だから生きていけるのだ。今日は2月3日の節分である。この後お風呂から出たら、豆まきをし、恵方巻をいただく。鬼は外と言って庭に豆をまき、福は内と言って居間に豆をまく。年寄りが子供になったようでどこかおかしいが、まだ生きている証拠である。有難いことである。

 

 

生成AI考

 今は金曜日の夕方、書斎の窓から見る空は薄い青色で、冬らしい空である。先ほど小さな買い物があって、自宅から歩いて1分ほどのスーパーに行って帰ってきたばかりである。途中に小川があるが、その橋から空を見ると、西の方角がオレンジ色に輝いて、冬の優しい光を投げかけている。その夕日を浴びていると、何事もなく過ぎ去った今日1日が愛しく思える。帰ってすぐに2階に上がった。書斎は自分の城である。

 昨日の夜、俳句の番組を久しぶりに見た。昨日は俳句のトーナメントのイベントがあって、それぞれの素晴らしい句の解説を聞きながら楽しんだ。文才のない自分には、俳句の良し悪しはよくわからない。しかし解説を聞くと、さすが専門家は読み方が違うと思いながら、納得した。この俳句の前に、粘土で作るアート作品のイベントがあった。そこでタレントの作った作品を見て、審査員はすぐに、これは面白くないとか、これは素晴らしいなどと判定する。しかし視聴している自分には、どうしてそう判定できるのか分からなかった。さすがはプロだとは思ったが、理由を聞いても理解できないのだ。

 何故だろうかと気になって、脳のどこかに居座ったような気がした。そういえばテレビの料理番組を見ると、タレントがこれは美味しいとか、うまいとか言うのだが、それ以上の言葉は出てこない。なるほど、俳句は言葉で表現するから解説を聞いてもわかるが、料理の味とかアート作品などは、言葉ではなく、舌で味わうとか、目で鑑賞するとかなど、言葉ではないことに気がついた。すると言葉で説明できる対象と、言葉では説明できない対象があることになる。しかし同じ美味しいでも、どんな美味しさかは、比喩などを使えば説明できるかもしれないが、実際に食べてみないと本当はわからないと思った。アート作品も、このデザインが良いのだと言われても、その言葉自身の理由が理解できないので、結局わからないのだ。

 話は変わるが、一昨日出版社の人が校正用の原稿を持って、我が家に来た。自分は執筆兼監修だったので、自分の執筆原稿はチェックしたが、他はざっと目を通した。その仕事の後で、編集者と雑談になった。テーマは「生成AIと教育」だったが、その時人間は、生成AIを超えられるかが議論になった。自分は、それは言葉にあると言ったことを覚えている。生成AIは大規模言語モデルを基盤としているので、言葉がベースである。学問もすべての対象は、言葉で表現できると仮定している。赤いという言葉は、赤以外ではないことを規定するので、境界を作ることである。全ての言葉は、このように世界を区分けしている。したがって言葉で表現できる対象は、生成AIは見事に答えることができるが、言葉で表現できない対象は、生成AIには難しいのではないか。

 この意味では、俳句の良し悪しや添削は、生成AIは見事にやってのけるだろう。しかしアート作品の良し悪しは、どうだろうか。プロの作った作品と素人の作った作品を学習させれば、作品の良し悪しの判別はできるかもしれない。しかしそれを解説しろと言われたら、難しいのではないか。専門家であっても言語化することが難しいからである。美味しい料理について解説しろと言われても、食材についての分析はできても、何故美味しいのか、料理によって美味しさの違いを、言葉で説明することは難しいのではないか。

 文脈は離れるが新聞に、「ドラマの部屋常に片付く冬薔薇」(宮川ゆず)の句があった。確かにドラマに出てくる部屋は、綺麗に片付いている。床の間があったりタンスがあったりするが、ゴミ箱とかダンボールを重ねたような雑なものは見かけない。しかし現実は、ゴミ箱とか小さな荷物が置いてある。ドラマのディレクターは、部屋と言えば、床の間やタンスなどの典型性がインプットされていて、それ以外は排除している。つまりディレクターの部屋という言葉は、それ以外の言葉を排除するので、ゴミ箱や雑なものは含まれないのだろう。しかし現実の部屋は、違う。つまり言葉で定義され関係づけられる対象と、言葉では表現できない対象が混在しているのが、現実世界である。そう考えれば、生成AIが処理できる言葉の世界と、言葉では表現できない世界は、人間が処理することが求められるのではないか。

もったいない

 今は火曜日の夕方、いつもの通り2階の書斎から空を見ている。今日も冬空が続き、乾燥しているのでむしろ山火事などが心配になる。自然は思い通りにならないもので、日本海側は大雪で、太平洋側の山梨県は山火事で住民が苦労している。反対ならよいものと誰でも思うが、世の中は思うようにいかないのが常である。本当に生活をするのに困っている人は多い。

 我々の生活はそういう意味では贅沢であり、多くの人はそのことに気づかない。今日は珍しく都内の会議に出席した。東大本郷の会議室で、名刺交換もあるので普段着とは少し変えた。通常はカジュアルシャツとジーンズとジャケットにスニーカーというスタイルだから、気楽で良いが、初対面の人もいる会議では、そうもいかず、ワイシャツにネクタイをした方が良いとは分かっていても、どうしても面倒で、カジュアルシャツとジャケットと革靴で、その上にコートを羽織って出かけることにした。

 出かける時に、家内が「オーバーにしたら?」と言う。それほど寒くないと思ったが、家内にも言い分がある。「今日ぐらい着ないと、かなり奮発して買ったのに、もったいない」と言う。自分はダウンコートの方が好きで、オーバーより軽いのが気に入っている。しかし言われてみればその通りで、家庭の財務を預かる主婦とすれば、言いたくもなるのだろう。久しぶりにオーバーを羽織って、革靴もブラシで綺麗にし、クリームでツヤを出した。「ワイシャツとネクタイにすればいいのに」と言う家内の声を後にして出かけた。

 自分でも思う。すべてきちんとして出かけたほうがいいことはわかっているのだが、どうして反発するのだろうか。たぶんそれは習慣だからである。習慣を変えたくないのだ。そうすると、年中カジュアルな格好だけして、形式的なスタイルから逃げることになる。書斎の隣の部屋は、クローゼットと本棚がある。クローゼットに入りきれない、クリーニング店で洗濯したワイシャツが、本棚の横にかなり掛けてある。オンライン会議が中心になって、ほとんど必要ないからである。誠に贅沢である。そしてオーバーも数本クローゼットに入っているが、ほとんど着用したことがない。もったいないのだが、仕方がない。

 そういえば書斎の本棚も満杯で、隣の部屋にある本棚も満杯である。3月末には大掃除と称して何冊か廃棄することになる。もったいないが仕方がない。文脈は離れるが新聞に、冬銀河百科事典は屋根裏に(秋岡実)の句があった。この句が目に留まった。隣の部屋の本棚の片隅に、大辞林と大辞泉などの大型の辞書がある。自分は一体何度この辞書を引いたのだろうか。ほとんど記憶がないのだ、ということは、この重い辞書も使われないで、本棚の片隅に置かれているのだ。

 何ともったいないと思うが、必要とされないものは、この通りである。自然災害もオーバーもワイシャツも辞典も、この世の中は矛盾がある。需要がないものは捨てられる。自然も望み通りの恵みをもたらさない。しょうがないかと愚痴を言いながらも、なんとか凡人は工夫しながら生活している。