今は金曜日の夕方、いつものように書斎の窓から空を見ると、もう薄暗くなって夕方から夜の時刻に移ろうとしている。窓から見えるマンション群は規則正しい部屋の明かりがついて、今日も一日が終わるのかと、ホッと一息つくような雰囲気になった。今週は秋晴れの良い天気が続き、良い日和だと誰も思っているだろう。そして今週を振り返って、このブログを書こうと思う。
先ほど都内の高等学校を訪問して帰宅したばかりである。何しろ時間ばかり気になって、きちんとした用事もできていないようだ。それは水曜日に家内が手術を受けたからである。火曜日に入院してから病院での生活を送っている。今日は都内に出かけたので病院には行けなかったが、なるべく面会しようと思っている。ただ面会時間も決められており、フリーランスとはいえ、時間が縛られると訪問も難しい。加えていろいろな身の回りの用事が山積している。忘れないようにメモを書いて、1階の居間に貼っていても抜けがある。今日の午前中は近所のスーパーマーケットと薬局に行って諸々の買い物をしてきたが、牛乳を買うのを忘れていた。メモはしていても、どこか気が抜けているのかもしれない。
先ほど都内から駅に着いたとき、このままスーパーに行って牛乳を買って帰宅しようと思ったが、ふと見ると駅前に小さなコンビニがある。まさかと思ったが入ってみたら1L用の牛乳が置いてあったのですぐに買った。牛乳は明日の朝どうしても必要なので気になっていた。しかしいくつも用事を忘れていた。薬局でうがい薬と鎮痛の塗り薬を買うつもりが、うがい薬だけを買ってきた。自分の脳はもうキャパシティがいっぱいなのかと寂しくなった。外出するときは必ず玄関の防犯カメラをスマホでオンに設定するのだが、今日は急いでいたせいかそれも忘れていた。
朝の仕事として、ゴミを出すこと、ルンバで部屋を掃除すること、できるだけ洗濯をして庭に干して夕方前に部屋に入れて整理すること、ワインと日本酒を切らさないようにスーパーで買うこと、夕食の料理は手料理にすること、そのためにスマホのレシピで調べて必要な食材を補充すること、風呂の掃除をすることなど、かなりの処理をしなければならない。夕食などスーパーで出来合いを買ってくれば良いのだが、自分はそれが嫌いなのだ。だからどうしても時間が不足する。当然だが、いつもと同じように仕事は継続している。
家内からラインで通知が来る。水曜日の手術だったので数日間は痛みがあって、それに耐えているのだろう。時々痛いというメールが来ると、自分がどうにもできないもどかしさに急かされる。しかし、どうにもならないのだ。この世の中には自分の思い通りにならないことが、いっぱいある。できる限りのことはしているのだが、ふと自分も歳をとったのか、家内も同じだろうと思うと、老夫婦が助け合って励ましあって乗り越えていくしかないのだ。痛い時には自分にメールを送ってくれれば、少しは気が紛らうのだろう。自分も小さなことだが、そんな経験をしたことがあった。
ふと思う。家内は昨年の手術に続き、今年も手術を受けている。自分は健康で手術も入院もしたことがない。しかし二人とも倒れたら助け合うことができないのだ。家内には、もう少しの辛抱だから耐えてほしいと願うしかない。新聞に「手を滑り茶碗の割れる度(たび)ごとに身代わりになってくれしと思う」(阪梨義春)の句があった。家内は自分の身代わりだったのかもしれない。これから痛いリハビリも続けなければならないが、痛みが取れて退院する日を心待ちにして頑張ってほしい。新聞を見ると、日本中の祝福と賞賛と期待の星であった、あの大谷翔平ですら不振にあえいでいる。世界中の誰も、常に順風満帆である人はいないのだ。大谷選手は、我々には想像できないほど苦しんでいるに違いない。大水害で仕事ができなくなった人、我が子を事故で亡くした人、不景気で社員に給料が払えなくなった経営者など、新聞のニュースを見ると、誰もがもがきながらも、希望を失わず前に進んで行こうとしている。自分もその人たちを見習おうと思う。
