伝えること

 今は金曜日の夕方、いつものように2階の書斎から南側の空を眺めている。青い空をバックに西日を受けた白い雲が、かすかに東に向かって動いている。テレビなどで1ヶ月以上の長雨が続いたと報じているが、昨日からようやく秋の日差しを浴びることができた。誰でも秋の季節は、爽やかな風と、天高く秋晴れの空と、美しい花が咲く光景を思い浮かべる。しかし今年は長雨や台風のせいで、関東地域はすっぽりと雨のドームに覆われて、野菜は日光不足で市場に出せず、人はうっとうしさで気も晴れず、頭痛などの症状に悩まされた。それが短いとは言え、昨日から待望の太陽が降りそそいだ。ようやく秋がやってきたようだ。

 今日は先ほど都内から帰宅したばかりで、リュックサックを机の横に置いて、すぐにパソコンに向かった。都内の高等学校を訪問し、その後珈琲店で科研費の管理事務担当と打ち合わせをした。これでほとんど1日の仕事は終わったような気持ちになった。金曜日はブログを書く日なので、電車の中であれこれ考えていた。ブログと言えども、読んでいただける人のことを思えば、いい加減には書けない。ただし研究にも通じるところがあるが、ハッとするような良いアイデアはなかなか浮かばない。時間切れになってパソコンに向かう時もある。平均的にはもやもやとしたイメージがあって、パソコンに向かっている間に、少しずつ鮮明な画像が出来ていくような気がする。つまりシナリオのような明確な台本はないのだが、画面と共に作り出していくようだ。

 それは自己対話と言ってもよい。自分と対話しながら何か形ができてくる。今週は何があったのか、大きなイベントは札幌の学会に参加したことだろう。研究発表はしないが、優れた研究を聴くのは、演劇を見るのと同じ、感動的なテレビ番組を見るのと同じで、脳のどこかに小さな感動が宿るのである。研究の素晴らしさは、若い時でも今でも感じることができる。ただ若い頃と違うところはある。研究室の学生たちを連れて出かける時は、どこか肩で風を切っているような雰囲気があった。そして血気盛んな勢いのある研究者のポスター発表を聞き、質疑応答したくなる。歳をとってくると、著名な研究者で流行りのテーマもよいが、道端にそっと咲く雑草のようなテーマにも、どこか心惹かれる。そんなポスター発表も聞いて、その先生の伝えたいことがよくわかった。こんな遠くまで多額の費用をつぎこんでやってきたのだと思うと、聞き手は自分一人であったが、少しお役に立った気がした。

 立場上参加しなければならない懇親会もあるが、今年はホテルの近くの居酒屋で夕食をとった。北海道の新鮮な海鮮が食べたくてカウンターに座ったら、粋な板前がきれいに盛り付けた刺身を作ってくれた。そして2匹の焼き海老も絶品であった。ご飯代わりに、名物のじゃがバターを食べた。翌日は別の店で串焼きを食べた。カウンターの目の前で、腕利きの料理人が12種類の串焼きを出してくれた。熱い串焼きが冷たい生ビールによく似合う。そしてふと思う。こんな光景は江戸の昔から続いているのだろうか。食材は違っても、料理人と客が対面しながら料理を味わっている。言葉はいらない。ただ美味しさに浸っている。料理の味が2人を結ぶ絆である。黙っていても気持ちが通じていた。

 歳をとってくれば、誰でも体力・能力・気力の全てが少しずつ衰えていく。そんな自分に寂しさを覚えながらも、自然に沿って生きていこうと思う。そんな中で、今朝自分宛のお礼のメールを読んだ。国立ハノイ教育大学で招待講演をしたのだが、そこに参加していた大学院生からのメールであった。自分で言うのは恐縮だが、本人は、目から鱗が落ちたような、新しい発見をしたような、その喜びを伝えずにはおられないようなメールであった。英語だったが、行間から学生の気持ちがすべて自分に伝わったように感じた。生成AIは大規模言語モデルなので、言葉を土台にしている。しかし人の伝わり方は行間である。行間は感じ取るものであり、読み解くものである。生成AIと人の伝え方の違いは、ここにあるのではないか。

 文脈は離れるが新聞に「虫の秋地球程よく傾けり」(大場のりこ)の句があった。まさに23度の絶妙な傾きによって、我々は春夏秋冬味わうことができる。それは自然のなせる現象であり、その流れに沿って生きている。自分のブログの書き方も、1人だけで聞いたポスター発表も、居酒屋でカウンター越しに料理をいただいたのも、ハノイの学生からのメールも、すべて自然の流れの中で伝わってくるような気がする。それは自己対話であっても、AI対話であっても、他者対話であっても同じである。人は文章の行間で伝え合っている。居酒屋の雰囲気で美味しさを味わっている。人は言葉ではない方法で伝え合っているのではないだろうか。なお、自己対話・AI対話・他者対話の研究は、ポスター発表で聞いて、私が感銘を受けた内容である。

 

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21名誉会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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