有ること

 今は金曜日の夕方、いつものように2階の書斎の窓から南空を眺めている。連日の猛暑で昼間はうだるような暑さであったが、今は落ち着いたようである。ただ、断定できないのはエアコンの効いた書斎にいるからである。一方、昼間に用事があって外に出た時は、帽子なしでは歩けなかった。小さな用事といっても往復で20分ほどかかったので、帰宅した時は汗びっしょりだった。しかし、どこか汗をかくと気持ちが良い。暑い暑いと言いながら、一方で暑さを受け入れる自分がいる。誰でも似たような感覚を持っているのではないだろうか。

 先ほどオンラインの研究打ち合わせが終わって、その後に小さな用事があって徒歩で出かけた。帰宅して、気になっている資料の分析をしてようやく整理できたので、学校の夏休みの宿題の一部が終わったような開放感がある。ブログを書く時間になって、さて1週間印象に残っていることは、と振り返ってみたが、オンラインでの打ち合わせ、対面での会議、仕事や研究の継続、朝の小さな庭の草取りなど、一般公開して語るほどの物語はない。気になることといえば、熊本の大地震である。火曜日の確か午後4時半ぐらいに発生したと、携帯から通報があった。その1時間ぐらい前に、オンラインでの打ち合わせが終わったばかりであった。この打ち合せは、ある県の偏差値がトップの高校の生徒からのインタビューであった。今高校では探究が必修になっており、この生徒は研究遂行のために私の著書を読んだらしい。そして理解を深めるためにオンラインでの取材になったのである。

 高校生の取材という珍しい出来事と、そのすぐ後の熊本大地震、のニュースが脳の中で結び付いてセットになって、脳に記憶されている。若い高校生のはつらつとした取材で夢のある研究を応援したい一方で、10年前にも起きた同じ熊本で大地震が起きたとは、自分ではどうにもならないもどかしさが残った。今日の昼間のニュースでも、水・電気・ガスなどのライフラインがまだ復旧してないという。車の中での生活を余儀なくされているという人たちもいる。しかもこの暑さである。照りつける太陽で灼熱の建物で、エアコンなしでどのようにして生活をするのだろうか。自然のなせることは愚痴を言っても始まらないが、天には情がないらしい。ニュースでは、フランスやスペインなどで山火事で多くの人が避難しているという。世界の大戦争もまだ続いている。この先地球はどうなるのか、日本はどうなるのか、この暑さだけでなく台風が来れば大水害になり、人間の非力さを感じる。

 現代社会だから、まだそれでも自衛隊が応援したり、国も自治体も支援している。これが江戸時代やそれ以前の昔であれば、世の無常を嘆き、この世の地獄と思って、あの世の極楽に行けるように、念仏を唱えていたのかもしれない。歴史で末法思想の言葉を聞いたことがあるが、現代で言えばVUCAの時代であろう。文字通り先行き不透明な時代を実感する。本当に孫の時代にはどうなるのか、年金はきちんともらえるのか、などと意味のない老婆心が起きて不安になる。仏教は無を出発点としている。無とはたぶん執着心を捨てることだろう。生まれてきた時は裸だから、すべてを捨てても元に戻るだけだと考えれば、それは一つの生き方かもしれない。しかし凡人にはそれは難しい。デカルトは、我思うゆえに我あり、と言った。西洋哲学は有から出発している。自分には、こちらの方が納得しやすい。熊本の方には申し訳ないが、それでも救援隊が来て食料などの給付がある、家は壊れたとしても避難所はある、我が家の水が出なくなったとしても給水車がきて水はある、まだ命がある、これから先も生きたいという願いもある、有ることを出発点とした方が、人は生きる勇気をもらえるのではないか。

 文脈はそれるが新聞に「真夏日と聞いて安堵の日本かな」(野々村澄夫)の句があった。この句は実感としてよくわかる。夏日は25度以上、真夏日は30度以上、猛暑日は35度以上、酷暑日は40度以上と、最高温度で気象庁が定義しているらしい。なるほど30度以上なら許せるかという気持ちになる。猛暑日や酷暑日に比べれば、まあよいではないか、とほとんどの人は思う。これも有りの思想だろう。そして自分もこの1週間を振り返ってみた。年をとってもまだやることがある。昨日は市役所の会議室でいじめ問題対策委員会があった、水曜日の夕方のオンラインセミナーも楽しかった、高校生の取材で元気をもらった、何を不足だと思うことがあるだろうか。無いことを探せばいくらでも出てくるだろう。そんなことは意味がない。年齢やらいろいろな障害やら病気やら考えるだけ無駄である。自分には、住む家もあり、寝る布団もあり、お風呂にも入れ、夕食もいただける。有ることが身の回りにいっぱいあるのだ。それで充分である。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21名誉会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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