今は木曜日の夕方、ではなく、正確には夕方前の真昼である。金曜日ではなく木曜日、そして夕方ではなく真昼にブログを書くのは、当然ながら理由がある。明日金曜日の午後は、都内に出かけなければならない。珍しく取材が入って夕方には間に合わない。対面での取材はどこかときめき感があって、浮き立っている自分に気づいて、「この年で」と苦笑する。それでいいのだ、仕事が来るだけ、オファーがあるだけで、フリーランスはありがたいと思う。今日の夕方は私的な用事なので大した内容ではない。いつものように南側の窓から外を見れば、入道雲ではないが、真夏を連想させる青空に少しばかりの白い雲が浮かんでいる。もう夏なのかと嘆息するほどの青空である。
先ほど地元の学校の役員会議があって、帰ってきたばかりである。歩いて行ける距離なので大したことはないと思っていたが、帰宅した時はもう汗びっしょりで、家内の作ってくれた梅ジュースが角氷の冷たさと一緒になって、喉を通って、ようやく一息つけた。書斎で、さて1週間を振り返って何があったかと思い出すと、一昨日のテレビ番組が浮かんできた。民放の番組で、カモの引っ越しのドキュメンタリーだった。1キロばかり離れた神社に、親ガモ1羽と子ガモ11羽が移動するだけの映像なのだが、なぜか1時間釘付けになった。自然そのものの光景で、人工的な作為は何もなかった。しかしそこに物語が隠されていた。
11羽のうち1羽だけ1日後に生まれたので体力もなく、子ガモ10羽の後に距離を置いてついて行くのである。親ガモが移動する途中に壁があって、子ガモはその壁に飛びついてなんとか上の場所に移ろうとするが、壁が高いと何度やっても失敗する。親ガモはじっとそれを見ている。やがて11羽のうち数羽が飛び越えると、他の子ガモもそれが合図であるかのように、飛び越えていった。しかし11番目の子ガモだけは、何回挑戦しても無理だった。それでもようやく飛び越えることができた。生まれた時のハンデがあるので体力が弱く、他の子ガモより倍以上の努力が必要だった。
しかし壁は何度も続いた。最大の難関はカラスであった。数羽のカラスが子ガモを狙って、電線の上に留まっていた。子ガモが食べられてしまう、なんとかできないのか、と視聴者の自分もテレビの出演者もそう思った。映像の中に、近所の人たちがカモの引っ越しを見守っていた。カモに直接手を触れたり手助けすることはできないのだが、数羽のカラスが狙っている時だけは、いてもたってもおられず、カラスに向かってまるで太鼓を叩くように音を出したり、中にはCDを自宅から持ってきて、太陽の反射光をカラスの方向に向けて動かした。それが功を奏したのか、数羽のカラスはやがて逃げていった。やれやれこれで一安心と、視聴者の自分もそしてスタジオにいる出演者も口々につぶやいた。これはもう何としてでも無事に目的地まで辿り着いてもらわなければ、それを確認するまでは、この映像から離れることはできない。心配なのは11番目の子ガモである。相変わらずよたよたしながらなんとかついていった。
親ガモと10羽の子ガモが引っ越し先である神社の池に辿り着いた時、ホッとため息が出たが、11番目の子ガモはどうなっているのだと気になって仕方がない。出演者も同じ気持ちのようだった。記憶は曖昧だが30分くらい遅れたが、無事に池に飛び込んだ。出演者が、ああ疲れた、とつぶやいた。本音だろうと思う。私もまったく同感だった。11番目の子ガモが道に迷って辿り着けなかったら、この世に神も仏もあるものか、と思うに違いない。これは自然そのものの姿であり、人工的に作ったものではない。自然はなんという素晴らしい物語を演出するのか。最後になって視聴者も出演者もみんな喜びで満たされた。
話は変わるが、テレビ番組を見た日の午前に小学校を訪問した。1年生の国語の時間だった。外国籍の子供が体験入学で後ろの席に座っていた。隣同士で話をしようという課題だったが、ひと言も日本語が喋れないのに話せる訳ないではないか、と思っていたら、先生がやってきて個別に対応していた。しかしそれにも限界がある。所在なく辺りを見回して、後ろで参観している自分と目が合った。自分がニコッと笑ったら、その子供も笑った。どう手助けしていいかわからないが、何もできないのだ。やがて授業の途中で、じゃんけんをする場面があった。その時、子供は見事としか言いようがないほど素晴らしいじゃんけんをしたのだ。言葉は話せない分だけ、じゃんけんができることに喜びを感じたのだろう。授業が終わって帰る時、自分と握手をした。嬉しそうな笑顔が忘れられない。この子供は11番目の子ガモなのだ。しかし皆が応援している。心配することはないと言いたかった。
文脈は逸れるが、新聞に「百人の陽キャといても変われない僕はなんだとイオンを学ぶ」(登ゆう)の句があった。評者は、陽キャは陽キャラの略で、イオンにも陽イオンと陰イオンがあると述べていた。中学なのか高校なのかわからないが、心配しなくてよい、必ず孤独を感じない日がきっとくる。11番目の子ガモがちゃんと神社の池に辿り着いたではないか。そんな孤独な君ならきっとみんなが応援している。
