奇蹟

 今は土曜日の朝であり書斎の窓から、白い雲は広がっているが、青空が見えて、すがすがしい朝である。数日前に台風が襲ってきたが、それほど豪雨でもなく強風でもなかったので、災害はなかった。天気予報によれば今日は一日中曇りであるが、春から初夏にかけてそよ風が吹くような典型的な気候で、どこか気持ちがワクワクする。珍しくこのブログを朝に書いている。それには事情があり、今週はずっと夕方に時間がとれなかった。空いている時間は、土曜日の午前中だけだった。朝食を取って庭に出ると、家内が洗濯物を干している。シャツやズボンやタオルなどが朝日を浴びて小さな光を反射している。洗濯竿の後ろに小さな花壇があって、今はバラが満開である。緑の葉っぱをバックにして、赤やピンクの花が埋もれていて、そのコントラストが目に優しい。

 スマホと小銭だけ持って、近所をぐるっと散歩してきた。近所に小川が流れていて、その橋向こうに弘法大師のお堂がある。たまにお賽銭を入れたり、家族の安全や自分の仕事のことなどをお願いすることもある。今日は頭を下げただけで通った。土曜日の朝は気持ちが良いのか、ジョギングをする数人とすれ違った。颯爽と走る姿は、土曜日の朝によく似合う。近所には大きなスーパーと小さなコンビニがある。そのコンビニまでは小さな坂になっていて、上っていくとかなり広い駐車場があって、この時間でも車が8台ほど駐車していた。なぜかその光景が好きで、駐車場でおにぎりを食べている人、タバコを吸っている人などもいる。そのコンビニから下っていくと、住宅やアパートなどがあって、元の小川に戻る。子供のようにキョロキョロしながら、10分程度の散歩を終えた。

 ブログは1週間を振り返って書いているが、印象に残っているのは、水曜日の夕方のオンラインでのセミナーである。セミナーといっても、自分はホスト役で毎回ゲストを呼んで講演をしてもらう。一時間の尺の約半分がゲストによる講演で、残りが自分も含めた参加者との質疑応答である。もう長く続いている。私が発案したものではなく、当初は都内のオフィスに来てもらって、対面でのセミナーであった。コロナの関係もあるが、対面からやがてオンラインに変わり、多分五年以上続いていると思う。振り返ってみれば、これは自分のライフワークかなどと思うほど、思い出がある。もちろん自分ひとりで企画して実施しているわけではなく、数人でゲストを候補に挙げて、承諾を得て広報をし当日を迎える段取りである。今週の水曜日は、長い間教育に携わり実践をしそして教育研究も続けてこられた先生で、私の尊敬している先生の一人である。

 セミナーが終わって、なぜ自分はこの先生の話が胸に響いてくるのだろうかと思った。ベッドの中でも考えていたが、それはこの先生の生き様だからではないかと思った。私も長い経験上、いろいろな多くの講演や話を聞いた。そして質疑応答したり対談することも数え切れないほどある。何が心に残るのだろうか、自分の知らない未知の世界や、物事の真理を突くような深い内容や、自分の専門に直接響くような研究などは、当然ながらいつまでも心に残っている。それが自分の仕事や研究の方法などに影響を与えている。しかしもうひとつ別のタイプの講演や話がある。それがこの前のセミナーであり、その内容は、その先生のこれまで辿ってきた道、そして現在の仕事や研究の内容へのつながりであり、そこに自分の考えや価値観がどのように変化してきたかの講演であった。自分の心の中に入ってきたのは、一言で言えば、その先生の生き方であり感じ方であった。

 それは自己の物語(ナラティブ)といってよいだろう。誰でも他人に語って聞かせる自分の物語を持っている。それはその人の生きてきた証であり、本心を語る物語である。そのナラティブは人を共感を呼ぶ能力を持っている。感動するような素晴らしい研究の講演もある。そしてもう一つは、その人の生き方に触れて共感するような話である。前者を認知的な語りとすれば、後者は非認知的な語りである。どちらが優れているかというより、私たちはその両方が必要であり、それらの内容を、羅針盤としながら自分の仕事や生き方を模索しているのだろう。

 文脈は逸れるが、新聞に「人はみな奇蹟を生きて花万朶」(米山明博)の句があった。万朶(ばんだ)とは満開に咲く花の様子を示す。この言葉は、自分が通った高等学校の古色蒼然たる第二応援歌に「健児脾肉(ひにく)を 嘆ぜしが、万朶花咲く櫻花」の歌詞があったので知っている。作者は、桜が満開になるのも、その桜を愛でることができるのも、そして今生きて生活できていることも、全ては奇蹟の連続であると、哲学的な句を詠んでいる。言われてみればその通りかもしれない。洗濯物を干すことも、朝の散歩も、水曜日のセミナーで感銘を受けたことも、そして今ブログを書いていることも、すべては奇蹟の連続なのだろう。そしてふと思う。ニュースを見れば、戦争やら殺人やらむごいことばかりのこの世の中で、朝食をいただき、暖かい布団に体を休め、人の話に感動し、今ここでブログを書けることは、実は極めて小さな確率的出来事なのかもしれない。 

 

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21名誉会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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