今日は木曜日の夕方、いつものように書斎から南の空を眺めている。今日は一日中、曇り空に小雨の降る天気であった。そして気温も低く寒くて夏用の半袖から冬用の長袖の下着に、昨日着替えた。少し体が温まり、いよいよ冬を迎える気持ちになってきた。金曜日ではなく木曜日にブログを書くのは、当然ながら事情がある。明日は一日中用事があって、午後は都内のイベント参加で帰宅するのは夜になるだろう。今日はありがたいことに、今の時間がぽっかりと空いている。
今日は午前中は学校訪問をし、午後は資料の準備をした。デスクワークだけだと運動不足になるのでスポーツジムなどに行けると良いのだが、今日は休館日である。だから先ほど30分ほど散歩をしてきた。今週もいろんなことが起きた。年老いてくると、当然ながら仕事量は減り自分の時間は増えるのだが、そこがフリーランスの工夫のしどころではないかと思っている。人は何もしないと認知症になるとも言われるが、自分も性格上活動していたい。昨日も都内で講演をした。一日中雨降りだったが、心はどこか満足感があった。しかし若い頃と違って次回がまた不安になる。今日は少しその準備だけした。すると少し心が落ち着くのだ。
若い頃でも今でも生きている限り、先ほどの充実感を感じることも少しはあるが、思い通りにならないことも多い。全ての能力が衰えていくのだから当然のことであるが、果たして本当だろうか。体力なども含めた能力と仕事の充実感や研究の楽しさなどと相関はあるかもしれないが、それほど高くはないだろう。テレビを見れば能力や年齢と関係なく、毎日を元気よく生活する人もいれば、逆の人もいる。だとすると、それはどこから来るのだろうか。本当のことはわからない。ただ自分のささやかな経験から言えば、重要なのは対応することではないか。
昨日から寒さに対応するために、長袖の下着を着た。実はそれだけで少し元気が出たのだ。物理的な体温を保つ役割もあるのだが、冬に向かって準備をしているという気構えが、どこか嬉しいのだ。昨日の講演は良かったが、12月の次回が不安になった。同じメンバーに4回ほど講演しなければならない。先延ばしにしていればそれだけ不安が増幅するだけなので、今日の午後に時間を取って少し準備をした。それだけで実は心が落ち着くだけでなく、いろいろな気づきが生まれる。つまり対応するだけで、物事の不安の半分は解決するような気がする。即対応するのかどうかが、分かれ目である。不思議なもので、アイデアも湧いてくるとむしろ楽しみに変換される。
文脈は離れるが、新聞に「週三日風呂に昼餉にリハビリに夕日拝んでバスにも一礼」(高橋みよこ)の句があった。この短歌の作者は、デイサービスなどの施設に通っているのだろう。それがどこか楽しそうで、まるで学校に通うような雰囲気が伝わってくる。デイサービスに行けば同年代の高齢者もいて、学校のクラスメイトのような感覚になるのだろう。介護士さんに支えられて、お風呂もリハビリもできることが嬉しくて、自宅に帰るときに夕日にもバスにも感謝のお辞儀をした。この施設に通う決心をしたときは、たぶんいろいろ迷ったのではないだろうか。高齢になって自分一人ではどうにもならなくなったとき、高齢者施設に通うことを決めたのだろう。それは自分の高齢に対する対応策である。通ってみれば不安なことなど消し飛んで、今は感謝の日々になった。作者の笑顔が目に浮かぶようである。どんな事態になっても、やってみようと対応する限り、なんとかなるのではないだろうか。
