大晦日と元旦

今日は令和3年正月元旦なので、明けましておめでとうございます、という挨拶を始めに述べなければならない。ただ、このブログは早朝に書いているので、基本的に昨日、つまり12月31日の大晦日のことを書かなければならない。大晦日なのに仕事のことは無粋であるが、締め切りが昨日だったので、仕方がない。ともかく、出版原稿を約束通り、というか、3週間遅れの約束を守って送った。原稿は、自分の子供のようなもので、送り出すときは、どこか愛着があるので、しばらく手元において眺めていたいのだが、締め切りを守るためには、その余裕はなかったので、添付ファイルで送ったが、まだ修正があるような気がしている。気持ちを切り替えるには、体を動かすことが最も良い方法なので、自分はジョギングをしている。昨日も、西の方向に向かって走った、と言っても、ゆっくりしたものであるが、太陽を浴びながら、周りの風景も楽しみながら、公園での子供たちの運動を見ながら、神社で一足早いお宮参りをする家族も見ながら、帰宅すると、もう夕方になって、お風呂を浴びると、今年一年を振り返る気持ちになった。長かったようで短い一年というセリフは、誰もが持っているが、年毎にその感覚が増してくる。コロナに明け、コロナに暮れ、コロナに引きずられる年で、誰もがこれまで経験したことはなかった年だった。今年が、どうぞ良い年でありますように、と平凡ながら神に祈るしかないだろう。さて、お宮参りはいつにしようか、密を避けよ、というお達しにしたがって、少し遅くしようか、などと考えながら、老夫婦だけの正月を祝おうと思う。それでも、大晦日にジョギングをしたせいか、頭の中は少し切り替えができて、元旦からは、別の仕事に取りかかれると期待したいが、まだ余韻が残っているので、徐々に変えていこう。淡い黄色に染まった卵かけご飯のように、前の原稿が頭全体を覆っているようで、切り替えるには、新しいご飯に入れ替える必要があるが、あの絶品の美味しさが忘れられず、という感覚なのだが、それもいいか、と思って、今年を良い年にしようと決意する。元日は良い天気のようだ。

日本レコード大賞を見る

今日は12月31日なので大晦日であるが、このブログは朝6時台に書いているので、昨日のことを書くことになっている。昨日も、たぶん今日も生活スタイルは変わらないだろう。ただ、普段と少し異なるのは、夜テレビ番組などを見る時間が少し長くなることだ。昨日は、日本レコード大賞という年末恒例の番組を、途中まで見た。だいたい夕食が7時なので、7時から9時までがテレビ視聴時間になっている。ここ何年間か、NHK紅白も含めて歌番組は見ていないが、昨日は何故か引き付けられた。老夫婦で、夕食を取りながら、その後もソファーに座りながら、耳になじんだ歌も、初めて聞く歌もあったが、じっと聞いた。流行歌、というより、音楽と呼んだ方が、いいかもしれない。流行っていなくても、心に響くのは、知っているからとか音階が心地よいとか、ではなく、どこか共鳴するから、のような気がする。昨日の歌の中で、青春はこわれもの、のフレーズを聞いたような気がするが、若い頃は、夢中でまっしぐらに、純粋に追いかけるのだが、それが成功するばかりとは限らず、どこかで挫折したり、それがコンプレックスになったり、落ち込んだり、しながら、傍目からは元気のある人だと思われても、外側と内側のギャップを抱えながら、生きているのだが、その戸惑いや不安定さを、歌という言葉とメロディーで表現してくれるので、そこに共鳴しているのではないか、と思う。確固たる自信があるわけではなく、しかし自分に純粋でありたい、信念を貫きたい、しかし、現実という壁は大きく、心がいつも揺れ動く、その不安な気持ちは、青春時代に限らない、分別のつく大人になっても、役職が付く年齢になっても、つきまとっているようだ。しかし、自分の今の年齢になって思うことは、大丈夫、必ず心配事は解決する、迷いながらも努力していけば光明が見えてくる、ということだ。小学生でも、親に叱られた、算数が苦手、運動会でビリになった、など、たぶん、小さな不幸と小さな痛みを抱えているかもしれないが、大人から見れば、大丈夫だよ、いづれ解決するよ、と言いたくなる、そして、なんとか乗り越えようとする努力に、拍手を送りたくなる、そんな気持ちに似ている。昨日の歌を聞きながら、そのメッセージを感じたが、若い人に、心配ない、大丈夫だと言ってあげたい。

楽しんで生きる

昨日は12月29日、そして今日は30日で、今年も押し詰まってきた。夕方に、今年最後のオンライン会議があるので、その前に諸々の用事を予定していたが、今日30日の午前中は本格的に雨が降るとの天気予報だったので、今日の予定の大掃除、と言っても、外壁塗だが、それを昨日のお昼過ぎにやることにした。昨日の日程は、午前中はいつもと同じで、メールなどのチェックから始まって、締め切りを31日に延期してもらった原稿書き、お昼にジョギングをして、昼食後に、そのまま外壁塗をして、お風呂に入って、手などについたペンキをはがし、その後オンライン会議に参加して、夕方にもう一度お風呂に入って夕食をとって、テレビを見て就寝となる。お陰で、今日の予定の外壁塗が済んだので嬉しいと思って、今の時刻は6時半だが、書斎から外を見ると、曇ってはいるが雨は降っていないし、降りそうもないが、いいではないか、今日は好きなように時間が使える、と思い、このブログを書いている。予定はあって、ないようなもので、このブログで何度も書いたが、時の流れに対応し、なので、その時折の流れにそって仕事をしている。出版の原稿でも、期限などの制約があるので、それに合わせて予定を立てるが、書いている内に、次々にアイデアや調べなければならないことが、出てくる。そうか、と思って、メモをしておくが、その間にも、郵便が来ると別の用事が飛びこんでくる。それでも、それは苦しみではなく、面白いことである。原稿を書きながらであるが、ICTは子どもからお年寄りまでのリテラシーだと感じることがあって、少し時間をかけて本格的に調べてみたい、何故ICTを活用することは難しいのか、どうしたら簡単にアプリを使えるようになるのか、素朴な問いだが、などが脳に浮かんできて、やってみたら面白いだろう、と考えるのである。まだ自分は、好奇心があるようで、自由に時間を使えることが、嬉しく、ワクワクする。と言っても、昨日は、SASUKEというTV番組に引き込まれた。どんな時でも、楽しめればよいのだ。どんなことにも、楽しめるような生き方をしたい。

御用納め

昨日は、12月28日、御用納めの日である。御用納めとは、何とも古い官庁的な用語であるが、例年ならば自分たちの団体では、午前中に関連省庁に挨拶廻りをして事務所に戻り、お昼には、お寿司の盛り合わせとつまみ、ビールや日本酒などが、広いテーブルに置かれて、一年の労をねぎらい、打ち上げを楽しむ日である。その内、団体にゆかりの人が、お酒持参でやってきて、宴に加わるのが恒例だが、今年はそれができない。官庁への挨拶廻りも無理で、まして飲食はできないので、昨日はいつもの通り、オンラインでの会議を行った。しかし、最後に、一人一人が、今年の仕事の振り返りと来年への期待を話したが、素晴らしい内容が多く、本当に良かった、とスタッフの皆さんに感謝した。こんなに深く感謝したことは、これまでなかった、と思うくらい、スタッフ全員が素晴らしいチームワークで、しかも団体の活力やプレゼンスがきわめて高くなった年だった。その思いは、全員が共有していて、画面の向こうで、子供のように無邪気で嬉しそうな表情がよく見えた。楽しいことは、本当に人を幸せにするようで、自分もこの団体で良かった、という思いがあって、あなたの職業は、と書類に書いたり聞かれる時は、団体役員と答えているが、これが今の自分の姿であり、大学は過去の姿だと思っている。昨日は、もう一つの御用納めのオンラインの打ち合わせがあった。ソニーのKOOVコンテストの担当者と自分と二人だけの、今年の成果と課題についての話だった。このブログでも紹介したが、このコンテストは、ソニーらしい企画で、自分は多くのことを学んだ。創作活動に、国境はなく、年齢差もなく、どれだけメッセージを送るか、どれだけ人に魅力を感じさせるのか、である。今でもその映像が目に浮かぶが、その評価と改善を話し合ったが、担当者の本音は、自分と喜びを共有したかったのではないか、と思う。画面の向こうで、顔がほころび、声が弾んでいた。そして今年は良い年だったと、高校生が球技大会で優勝して飛び跳ねるような喜びと同じで、自分と思いを共有したかったのだろう。昨日は、打ち上げの懇親会はなくても、飛び切り上等の御用納めであった。

年末の日曜日

昨日は日曜日なので、オンライン会議もなく、午前中は諸々の仕事、特に原稿を書いていた。午後は年末なので、しめ飾り、鏡餅、玄関用のお花、外壁用のペンキと刷毛、室内用スリッパ、花壇の薬品など、細々した買い物をした。これらの買い物は、ホームセンターの専門店に行ったが、まだまだある。お歳暮のお返し、手帳、銀行での貸金庫の件、などは、月曜、つまり今日、別の専門店か銀行に行かなければならない。ただ、今日は月曜日でオンライン会議で日程が詰まっているので、家内と相談しながら出かける予定になっている。コロナ禍で外出の自粛とは言いながらも、ホームセンターは人が一杯で、それぞれのお正月を迎えるための準備で忙しそうだが、どこか嬉しそうでもある。家内が、年末の、このわさわさ感が好きなのよ、と過去にはよく言っていたが、今年は、年末もお正月も老夫婦二人だけで迎える、とあって、おせち料理も簡単にし、クリスマスプレゼントもお年玉も既に郵送してあり、わさわさ感も季節感も、例年よりは音程が低いようだ。それでも、人は新年を迎えるための準備をするが、さて年末年始はどうなるのだろうか、政府の自粛の掛け声に応じて、原稿書きや読めなかった本を開くなどで、過ごすのだろうか。年末は、29日までオンライン会議があるので、30日か31日に大掃除をし、約束した期限の原稿を仕上げて年内に送り、健康維持のためのジョギングをし、お正月は、いつお宮参りに行こうか、家族といつzoomで近況報告会をしようか、などを考えている。夜は、テレビのご長寿番組を見て大声で笑った。長寿とは子どものようになるのか、自分を振りかえってみると、最近のタレントの名前、流行歌などは、ほとんど知らない、というか興味がないので、たぶん若い人から見ると、長寿番組のような会話になるのもしれない。それでもいいではないか、長寿とは結構なことで、この世を長生きして周囲を喜ばせ、トーンが下がったとはいえ年末のわさわさ感を感じて、日曜日を過ごすことができれば、それで幸せであろう。

時間の使い方

昨日は土曜日でオンラインの会議は無かった、つまり自分の時間が持てた。学生の頃は、持ちきれないほど多くの時間を自由に使っていたようで、夜中まで友人と話し込んだり、本も読んだり、という思い出がある。その名残か、たまに深夜に目が覚めて寝付かれない時は、仕方なく居間でウイスキーなどを飲む時があるが、その時は学生に戻ったような気がする。昔、研究室で、大学院生が赤堀研ラーメンクラブなどと称して、深夜、車で都内の評判の高いラーメン店に行くことが、流行っていた。院生の中に、起業していた学生がいて、自分の車を持っていたからだが、学生はどこか深夜でも活動する光景が、似合っている。早寝早起き朝ごはんは、健康には良いが、どこか小学生向けの標語であって、若者には馴染まない。研究室と言えば、理系では、ほとんど夜中でも電気が灯っていて、よく3交代制などと称して、一日中学生が研究室にいて、朝、自分が研究室に行くと、何人かが泊まり込んでいたが、その姿も、簡易ベット、寝袋、椅子など様々であったが、中には床に直接という学生もいた。自分は、素知らぬ顔をしていたが、博士、修士、学部によって、待遇が異なるようだったが、これも研究室の運営は学生に任せる、という、自分の方針だった。時々、ドクターミーティングと称して、自分と博士課程の学生と秘書とで、研究室の運営の会議をした。自主ゼミ、研究発表会、研究室のネットワーク、科研費、国際会議、予算と決算、留学生への対応、などいろいろあって、企業の経営会議と同じである。自分は、ともかく忙しかったので、学生がいなければ、対外的に動けなかった。科研費による研究だけでなく、委任経理金による研究、省庁からの依頼、大学内の会議、学会での活動、国際会議など考えると、確かに時間が足りず、日曜日は自宅にいたが、正月休みは12月31日と元旦だけ、1月2日は、4日か5日くらいに行われる修士の学生の発表練習日だった。何か、体育系のようであるが、知的な仕事であり、毎日が合宿のような生活だった。東工大の時代のことである。今日のブログでこんなことを書くつもりはなかったが、筆が滑ったようだ。土日は気持ちの余裕があるせいか、脇道にそれる。

現場の魅力

昨日は、オンライン会議、ではなく、オンライン研究会に参加した。自分が発表するのではなく、先生方の発表を視聴するのだが、参加して良かった。午前中はSSHの情報交換会で、今年はオンラインなので参加しやすい。ある高校のSSHの取り組みで、農作物に被害を与える鳥や動物への対応がテーマだったが、これが面白い。シカやサルなどが、かなりの被害を与えているという報道を最近よく耳にするが、その対策を高校生が話し合った。動物愛護も考えて出したアイデアが、案山子(かかし)であった。データを取ってみると、その効果は抜群で地元新聞にも報道された。なるほど、高校生らしい、思わず笑いたくなる。午後は、別のオンライン研究会で、高校の教科「情報」部会の授業報告に参加したが、これもアイデアに満ちている。著作権のため氏名を明記するが、埼玉県春日部高校の高野先生の授業で、パスワードの設定の学習である。パスワードは誰でも自分なりに工夫はしているが、覚えやすくて、しかも、すぐに見破られないようにするには、という矛盾する要求を満たさなければならない。それを見事に、情報の授業らしく、Googleのツールを使いながら展開していった。これも面白い。小学校から高校まで、いや、大学まで、工夫されている授業や研究は、人を魅了する。午前のSSHの研究会で、ある高校の校長先生が、校長になったら、授業ができなくなってつまらなくなった、しかしSSH校を受託してから、自分も出番ができて、高校生と一緒に課題研究ができるので嬉しくて、と語った。それは、若い人からエネルギーをもらうからでもあり、一緒に追求する喜びでもあり、現場の魅力と言っても良い。昔、NHKで偉くなった人が述懐していたが、管理職より現場に戻りたい、あの空気が好きなんだ、という言葉を思い出した。自分も同じだが、オンラインで現場に触れるだけでも、有難いではないか、と思う。

日常生活の出来事

昨日は、地下鉄の永田町で降りて、自分が所属する団体の会員と衆議院会館に行って、幾人かの議員の先生方を訪問した。仕事の内容は、ブログに記すほどのものではなく、団体の仕事上の訪問である。終了後、そのまま溜池山王の事務所まで、同僚と歩いた。久しぶりという感じがしたのは、地下鉄に乗って階段の上り下りがあって、永田町で国会議事堂を横目に見ながら、官庁街とANAホテルのある都会風のビルに向かって歩くという経験が、在宅勤務では無かったせいかもしれない。日常とは、このような事だったと、コロナ禍以前の生活様式を思い出した。事務所では、事務職員が常勤していて、以前と変わらぬ勤務ぶりで、コーヒーや茶菓子など出してもらい、どこか恐縮している自分がいた。書類や決裁や細々したこともあったが、これまでオンラインで処理していたことを、机の上で作業した。同僚と喫茶店に行って、業務に関する微妙な話もした。いろいろな不安も聞き、議員や官庁や団体にまつわる噂なども話したが、これも、業務の一つである。その後、事務所でオンライン委員会の司会をしたが、なるほど、仕事とはこのようなものだったのか、と少し昔に戻ったような気がした。帰宅して、すぐにお風呂に入って夕食のテーブルについたら、家内が、市内の老舗の蕎麦屋さんが店をたたんで、別の仕事を始めるようだ、と話した。コロナ禍のせいで、経営が成り立たなくなったのだろう。美味しい蕎麦が食べられなくなったか、手打そばを自慢にしていた親父さんも家族も、何回も会議をしてからの決断だったのか、と思ったが、このような出来事はどこにでもある。議員の先生の話に出てくる苦労話、同僚の仕事上の不安、団体会員さんの仕事の厳しさ、など、誰も苦労を背負いながら努力を重ねている。今日は、電車に乗って事務所に行き、人と話をし、書類を整理した、これが日常生活だった、なんとなく忘れていたが、それでいいのだ、人には、嬉しいニュースもあれば都合の悪いことも起きる、それを愚痴をこぼしながらも生きていく、人は可愛げのある生き物のような気がする。

病院で検査を受ける

昨日は、都内の病院に検査を受けに行った。日本医科大学付属病院であるが、市内のかかり付け医者から、定期健康診断の血液検査の結果で、気になるデータが続いているので、紹介するからと言われて、検査を受けることになった。年齢が高くなれば、体のあちこちに故障が出てくるのは、家の壁や障子や、家電や車や、身につけている服や眼鏡までも、ほころんでくるのと同じである。物理で言えば、エントロピーが増大するので、それを止めることはできない、それが自然の法則だが、人は対応するすべを知っているので、病院に行って処置をする。附属病院は、始めの検診で行ったので2度目だが、自分の机がある新宿三井ビルと変わらない、というより、大勢の患者さんで、より密である。これを盛況と言うのも何か妙だが、どこか華やいだ雰囲気すらある。看護婦さんやお医者さんも、さっそうとして、なるほど現代社会の先端を走っている、という感じがして、優秀な高校生が医学部を目指すのは、収入が良い、景気に左右されない、だけではないことが分かった。病院内に、レストランやコーヒ店、ファミレスがあって、食事や喫茶にも困らない。近くに根津神社があって、検査の合間の待ち時間に行って参拝すると、小さな遠足気分になった。検査は大したことはなく、スキャナーで写真を撮るので、じっとしているのだが、この時間が長い、ので、出版原稿のことを考えていたら、いくつか思いつくことがあって、どこか得をした気分になった。なにやら放射性同位元素などの文字があるので、患者にはどこか脅威を感じるが、自分は物理の出身で、X線解析で修士論文を書いた経験があって、なつかしさ、さえ覚えた。医療装置は物理、薬は化学、と考えれば、科学やデータの塊のような世界である。確かに、医者になるには、科学的な理解力がないと難しいようだ。こんなことを考えていたら、予定より早く検査が終わって、自宅に戻ってすぐに西日を浴びながらジョギングをした。自宅で仕事をするも良し、病院で検査を受けるのも良し、時の流れに対応しながら、生きていきたい。

時間の感覚

昨日は、オンラインの取材と会議と対面の会議があった。何かとせわしかったが、年の瀬らしくて良い。一昨日も対面会議があったが、昨日の対面会議とかなり様子が違った。それはどちらが良い悪いということではなく、文化の違いである。一昨日は三菱グループという企業が母体の会議で、昨日は教育委員会という役所の会議である。役所というより、教育機関と言った方が違いが分かる。以下、財団と委員会と呼ぶが、財団は時間がきっちりしていて、今何を話せばよいのか、暗黙の了解で発言している。委員会のほうは、時間の概念が薄い。もう終わり頃になって、長い話をする委員がいるし、何を決めればいいのかが不明確である。財団は、何でも話せるが、これは先のブログでも書いたが、自由な雰囲気もあるだろうが、委員会は、どこか忖度が働いて、当たり障りのないよいうな言葉を探す。ただ、委員会は、内容はブログでは書けないが、教育の課題は微妙な問題を多く含んでいるので、はっきりできない性格がある。財団のミッションははっきりしていて、フローチャートで書けるような流れがあるが、委員会は、ミッションそのものが教育理念や考え方に左右されて、直線ではなく、どこからでも脇道に逸れやすい。先般のブログでも書いたが、学校での対面の研究発表会でも、同じように感じた。自分は、どこかせっかちなところがあって、時間を守るという感覚が強く、自分が司会をする時は、きっちり時間通り終わることを念頭に置いているので、財団的な感覚なのだろう。ただ、これからの時代は、教育も、時間を守る、忖度の文化を止める、明確な結論を出す、などの新しい教育様式、教育文化を作っていく必要があると感じた。教育と言えば、何でも許されるという甘い感覚が、世間とずれている、と書けば、お叱りを受けるかもしれない。