留学生の思い出

今は、5月10日火曜日の夕方、ではなく、昼間である。今日も明日も夕方に時間がとれず、この時間しかブログが書けない。ちょうど1時間空いていて、これだ、と思ってパソコン画面に向かっているが、夕方であれば、今日の出来事を振り返るので、どこかブログらしくなるが、この時間では、ほとんどの人は仕事の最中である。つまり自分も、どこか気がひける、仕事もしないで、というか、仕事の都合がつかなくて、という言い訳になる。外は初夏のような日差しで、小さな庭では、気持ち良い風が吹いている。先のブログでも書いたように、競争とか言い争いではなく、春風に吹かれて、なでしこのような小さな花を愛でながら、夕方の一時を過ごしたいと思うようになるのは、たぶん年齢のせいだろう。とは言っても、この世の中は、思うようにはいかず、神のいたずらか、どこからか横槍が入って、うーんと力んでみたり、嘆いてみたり、そんな出来事と出会いながら、夕食時に、家内と話したりする日常である。どこも同じような光景ではないだろうか、人は人と話をして、救われるのかもしれない。時折、ロシアやウクライナのこと、例えば、子どもや女性たちが、とりあえずマリウポリの製鉄所から避難できたというニュースだけで、心が休まる。それは、政治ではなく、人としての根源的な感性であろう。自分も、振り返れば、ロシアからの留学生がいて、いろいろな思い出がある。一人一人は、何も問題はなく、愛すべき特性を持っていて、楽しい思い出ばかりだが、政治や思想が介在すると、どうして、このように悲惨な状況になるのだろうか。素朴で優しい人達浮かべつつロシア民謡歌いしあの頃(岩本房子)の句が、今日の朝刊にあった。誰も同感するだろう、振り返れば、中国から、台湾から、韓国から、ロシアから、オーストラリアから、インドから、インドネシアから、多くの留学生がやってきて、思い出を作って帰国していった。楽しいことも、悲しいこともあったかもしれないが、どの顔も、笑っている、としか思い出せない。そう言えば、インドからやってきた研究者の小さな娘、当時小学校1年生だった女の子が、今は大学の教員で、最近、子どもが生まれたというメールを、今朝もらった。まるで、曽孫が生まれたような気持で、なんともいえない気持ちになった。当時、小学校1年生のこの子は、毎日学校からの帰りに、自分の研究室にやってきて、学生や院生らと一緒に過ごしたから、学生たちのマスコットだった。もちろん、大の日本贔屓だったから、大学も日本だった。人間の運命は分からない、今頃、あの留学生は何をしているのか、優しい笑顔ばかりが浮かんでくる、政治とは、大切な人のつながりを、無残に切り落としてしまうものなのか。

人の言葉

今は、5月7日土曜日の夕方で、スポーツジムから帰宅して、いつものように、書斎で週2回のブログを書いている。大型連休も明日で終わりというから、平凡ながら時間の早さに驚くが、この連休は、いろいろなことで埋まった。明日は、珍しく対面での仕事の会合があり、昨日の午前中は仕事のオンラインがあり、午後は、日帰り温泉に行ったが、この連休に2日を日帰り温泉で過ごした。駐車場も満席で、誰も考えることは同じようだ。今日は、初夏のような日差しで、ジムの2階にある屋外のジャグジーに浸かって、街を眺めていると、もう夏休みでリゾートに来ているような錯覚に襲われる。午前中は、計画した仕事というか自分の好きな活動をしていたが、専門書を数冊買って読み、論文も読み、データ分析もしたが、これは、趣味のようなものである。ブログに書くほどのものではないが、自分の専門と少し離れた文献から、アッと思うような示唆を得ることがある、こんな凄いことを考えているのか、と圧倒された2冊があった。研究と言っても、自分でオリジナルだと言えるのは、たぶん5%か10%程度だろう、ほとんどが他人の論文か、専門書か、引用文献なので、他人から学んでいるのが実情である。つまり、人のお陰で、研究が成立している。が、この世には、その逆もある。この連休中に、NHKのドキュメンタリを見た。競泳の萩野公介さん、バレーボールの大山加奈さんなど、超一流の選手たちが、SNSなどで、結果が思わしくなかった時のバッシング、過剰な期待などで、精神的に追い詰められて、死にたいと思うことが何度もあったという事実を知って、思わず、アッと声を挙げた。今は、他分野の一流のアスリート達による、心の開放を支援する活動が、広がっているという。研究のように、文献に綴られた言葉、内容、それは光り輝く珠玉のような存在感を持って、自分に語りかけてくれる。しかし、SNSのような不特定多数の、心ない人たちの言葉は、時に凶器となり、一流のアスリート達の心に傷をつけて、生きる勇気さえも奪うという。言葉とは、なんと、恐ろしくも驚異的な働きをするものなのか。新聞に、こんな句があった。変異するたびに毒性強めつつ広がりゆけりヒトのうはさは(原田浩生)、読んでいるとコロナのことかと思いつつ、そうではなく、人のうわさだという展開も面白いが、人の言葉は、まるでウイルスと同じという作者の思いに同感した。人は、他人の言葉によって、励まされたり、落ちこんだりする、勇気をもらう時もあれば、失意で生きる気も無くしてしまうこともある、言うまでもなく、教育に関わる人の言葉は、励まし、元気を与え、良薬であり、明るく輝いていなければならない。自戒したい。

物憂い春

今は、連休の真ん中、5月4日であるが、スポーツジムから帰宅して、いつものように、2階の書斎で西向きの窓を正面にして、パソコン画面に向かっている。この机、このパソコン、この書斎は、文字通り相棒である。そして、机の隣にあるCDプレーヤーから音楽が聞こえてくる。今、聞こえてくるのは、朝はどこから、の曲で、どうして童謡とかラジオ歌謡の曲は、心が馴染むのだろうか、心が昔に戻るからか、この世の騒音とは正反対の、優しい音色である。昔、通販で買った、フルオーケストラによる曲が気に入っている。物事がうまくいかない時でも、落ちこんでいる時でも、怒りで心が渦巻いている時でも、いつも微笑みを絶やさない仏様のような存在で、耳に入ってくるだけで、救われるような気がする。プラスの脳内ホルモンのせいなのか、スポーツで汗をかいたせいなのか、午前中に取り組んでいた、次の企画がスタートできたせいなのか、どこか安堵感が、体中を浸している。ニュースを見るたびに、戦争の惨状、遊覧船の悲劇など、この世で起きることは、人間の浅ましくも邪悪な面ばかりで、脳内では、不幸ホルモンばかりが分泌されるようで、運動と音楽による幸福ホルモンで中和しているような気がする。新聞に、春愁や石に戻れぬ仏達(津布久信雄)の句があったが、文才のない自分には、正しく解釈できない。が、石仏に出会うと、思わず手を合わせて、お願いしたくなる、そんな石仏になれない仏様が多いというのか、それほど、この世の中は、物騒で極楽に行けそうもないというのか、自分には、分からないが、それは、どこか春の物憂い感じがする。昔の石仏は、道端にも置いてあって、周りは田んぼか畑で、お寺の鐘がなって、文字通り、童謡か学校の愛唱歌の世界であった。このCDには160曲が入っているが、鐘の鳴る丘、里の秋など、すべて郷愁をさそう。5月の連休の過ごし方は、今の自分の境遇では、普段とそれほど変わらないが、オンラインの仕事がないだけ、時間ができる、歳を取ると、遠出はしたくない、近場で、日帰り温泉などに行ったり、お墓参りや、庭の草取り、小さな買い物などをして、老夫婦二人で、時を過ごしているが、やはり普段とは違って、時間が余るからか、居間で取り留めのない話をしたりする。老後のこと、子どもたちのこと、趣味のこと、仕事のこと、もうそんなに長くは生きられないだろう、こんな物憂い春の日差しの下では、昔話も良かろう、観光ツアーも、温泉も、行ける時に行けば良いのだ、それだけ歳をとったのだ。

意欲があれば

今は、土曜の夕方、と言うか、連休さなかの土曜日で、観光地も久々の人出で賑わっているらしい、とは言うものの、例年のような訳にはいかず、元通りに回復するには、時間がかかるようだ。昨今では、コロナ禍、戦争の惨状、観光船の沈没、数年前の白骨の発見など、憂鬱なニュースが多く、なんとなく元気がない。新聞を見たら、これからの老後の生き方の本の広告があって、無理をしないで、好きなように生きよ、と見出しに書いてあった、なるほど、著名な精神科医の著書だけに、説得力がある。また数日前の新聞に、コロナ禍の自粛ではない老人は行くべき場所はどこにもないのだ(増田福三)の句があったが、多くの高齢者は、頷くだろう。行くところもなく、所在ない時間をどう過ごすのか、まして独居老人は、話す言葉も、スーパーマーケットの店員さんだけだ、と嘆いた句もあった。今日行くところがある、きょういく、と、今日用事がある、きょうよう、の2つが大事だと、よく言われるが、老人の過ごし方は、高齢化社会の日本においては、重要な課題である。さて、どうしたものだろう、と我が身を振り返ってみると、どこか違うような気がする。このブログも、スポーツジムから帰って、書斎に向かっているのだが、身体を動かした後は、爽快感があり、脳内ホルモンの分泌のせいか、前向きである。が、決して、この世の中は、いつもブログで書くように、都合の良いことばかりは起きない。こんなはずではなかったのに、とか、どうしてうまくいかないのか、と嘆くことも、歳を取っても、現実は多いのだ。現役を引退した身分は、気楽な人生だろう、と若い人は思うかもしれないが、先の新聞で書いたように、所在ない生き方は、認知症になって介護施設に入ったようなもので、何の楽しみもないのだ。自分は、まだ仕事を持っている、いくつかの団体の役員をしている、だから、まったくの引退ではないのだ、というのは、少し違う。それよりも、原稿を書く、出版する、研究する、講演する、などの自分からチャレンジしていることが、大切なのだ。何度も書くが、決して成功ばかりではない、講演をして、ソッポを向かれたり、欠伸をされたり、自分でも、これはまずい、と感じた時は、もう二度と講演は、引き受けない、と何回も経験した。原稿も出版も同じで、会心の作品はなく、むしろ後から、挫折感のほうが多いのだ。それでも、書いている。先の精神科医の著書では、無理をせず、好きなように生きよ、と言うが、ほとんどが無理であり、好きな、というより、不満足の結果のほうが多い。先に紹介した、きょういく、と、きょうよう、もどこか、自分には違和感がある。それは、外から与えられて満足を得る、スタイルだからだ。若い頃から、長い間、ずっと研究をしてきた、研究とは、惰性ではなく、外から与えられるものでもなく、そして、うまくいくばかりではない。的外れや思い違いや、なんと自分は浅はかなのだ、と嘆くことも多いのだが、それでも離れられないのだ、それは、新しいことにチャレンジしているからかもしれない。野球選手の打率が3割だと言えば、極めて優れた選手だが、7割は失敗しているのだ、その時、もう嫌だから止めよう、と思う選手はいないだろう、なんとかしようと挑戦する仕事が、野球選手である。野球に限らず、年齢に限らず、その意欲さえあれば、生きていける。自分は、研究者の端くれだったせいか、まだ挑戦意欲だけはある。しばらくは大丈夫かもしれない。

懸命に努力する

今は、火曜日の夕方、昨日も今日も、仕事が始まれば、いろいろなことが起きる。自分は現役引退の身だから、あまり責任は感じなくてよいのだが、それでも、いろいろな役職を持っていると、いつも水戸黄門のような身分ではいられない。それなりのストレスもあるが、それで良いのだ。逆に、今働き盛りの人は、企業、官庁、学校、大学など、職種は違っても、もがいている、なんとかしようと思いながら、小さな失敗をしながら、それでも希望を捨てないで、頑張っている人が多い。自分の立場や役職上、いろいろな相談事や依頼などが、舞い込んでくる。そして、世の常として、すべて成功するとは限らない、というより、誰でも経験しているように、うまくいかないことのほうが多い。その度に、自分は、まだまだ力不足なのか、背伸びをしているだけか、と悲観したり、それでも、家族のためにと、自分を鼓舞している人も多いだろう。自分のような年齢になっても、自分の力量を嘆くことも多く、いつになったら、人間は自信が持てるようになるのだろうか、と思う。こんなことを言うと、息子や娘婿や教え子などが、うそでしょう、と言うが、本音なのだ。誰でも、同じではないだろうか、他人が、自分よりはるかに偉く見えるのは、石川啄木だけではないだろう。だから、何でもよい、うまくいってもいかなくても、懸命に努力している人を、応援したくなり、自分に近いものを感じて、その人の良さを認めたくなる。本当は、成功の確率は低くても、絶望的な状況であっても、その懸命さだけで、人とはなんと優れた生命体かと思う。昨日の新聞に、「風邪ですね」と同じトーンで「癌ですね」なんだただの癌かと思う(横浜暁子)、の句があって、この医者は名医かと思った。深刻に思いつめた表情で言われれば、それが患者に伝わる、それほど重い癌であったとしても、軽く言うところに、医者としての懸命さがあり、患者とすれば、そうか、今の技術では、助かる確率も高いし、なんとかなるかもしれない、この医者に任せるか、という気持ちになるだろう。どんな厳しい状況であっても、諦めてはいけない、逃げてはいけない、なんとかなる、その勇気をもらえば、患者は癌との闘いに、勝ったようなものだ。なんと、有難い言葉だろう、そして、なんと素晴らしい医者なのだろう、と教わった。どんな境遇にあっても、まだ死んだわけでもなく、生きる希望があり、食事ができて、お風呂に入り、暖かい布団で寝れる、そう思うだけで、人は明るく生きていけるのだ。

楽しむ

今は、日曜日の夕方、通常は土曜日が多いのだが、昨日は時間が取れなかったので、1日遅れのブログ書きである。今週はオンライン会議が多く、というより長時間続く会議で、疲れたが、充実感があった。それは、やって良かったという心地よい余韻があって、数日間満たされた気分であった。やはり、仕事はうまくいった方が良い、そして満足できる仕事をしたら、少しお役に立ったか、と自分を認めることができる。と言っても、世の常は、うまくいくことと悔やむことが入り混じって、子どもが遠足に行く時のような、喜色満面という訳ではない。ウクライナ情勢などは、火力に勝るロシアがいづれ制圧するだろうとは予測しながらも、不利な戦況を知るにつれ、面白くなく、そのような報道を見るたびに、どこか憂鬱になっていく。異国だろうに、と思いつつも、まるで贔屓の野球チームか、片思いのように、下降線のグラフを見るような心境になる。自分だけかと思っていたら、家内も、隣近所の人達も、似たような気持らしい。なんとか、奇跡的な逆転はできないか、とか、天災がロシアにやってこないかとか、この極悪非道のプーチンめ、と怒っても、どうにもならないことは分かっている。それなら、マイナス感情を持って生活することは、意味がないではないか、楽しいことだけを考えるか、とふと思った。似たような考えを持つ人も、世の中にはいる。新聞に、われに酒ありてうれしや呆(ほ)け妻をねかせて呑んで床に入りたり(太平丈一)、の句があった。認知症になった奥さんを、ようやく寝かせて、ほっと一息ついて、大好きなお酒を飲んで、布団に入った、好きなお酒が飲めて嬉しい、少し酔ったか、妻は静かに寝たのか、ゆっくりと心おきなく寝ることができて、有難い、と作者の声が聞こえそうである。傍目からは、少し気の毒な境遇と思うかもしれないが、本人には、そうではないのだ、人の幸不幸のものさしは、決して同じではない、と知れば、プーチンめ、と怒ったり、ウクライナの子どもをなんとか助けたい、と焦ったり、あのメールの内容はおかしい、と不平を言ってみたり、することは、馬鹿げている。若い頃は、否、つい数年前までは、仕事の事で、心配や不満や怒りで、眠れないこともあった、考えてみれば、つまらぬことだが、その時は、それで頭が一杯なのだ。傍から見れば、どんな辛い状況でも、有難いと思ったり、楽しむこともあるのだ、ウクライナの子どもが、避難している地下鉄の長い手すりを滑り台にして遊んでいたという報道があったが、なるほど、子どもは、今を生きている、今を楽しんでいる、と感銘を受けた、大人も、見習いたい。楽しいこと、嬉しいことだけ、見よう、どんな辛い時でも、楽しみはあるのだ、その瞬間の積み重ねが、生きることだとすれば、後で振り返ってみたとき、楽しい思い出で満たしたい。自分も家内も、残り少なくなってきた時間なら、辛いとか哀しいとか不平などで汚したくない、せっかくの時間を、喜びで埋め尽くして、歌いたい歌を歌い、すべてを出し切って、大往生したい。

動作化

4月も中旬になると、活動が始まり、自分のような立場でも、講演や原稿書きの依頼が入ってくる。それは、嬉しいことで、まだ忘れられていないのか、と安堵する気持ちがある。自分のような年齢になると、正直な気持ちである。今週にある講演のために、資料を準備していた。GIGAスクール構想で、1人1台のタブレットが配置されているので、ある県の委員会があって、昨年から何回かの会議に出席して、その会議毎に、コメントや総括や講演をする。時間もまちまちで、60分が多いが、中には90分という長時間もある。画面に資料を提示しながら、参加者に飽きさせないプレゼンは、誰であっても、かなり難しい、しかも、年に4回程度でも、毎回違う内容にするのは、かなり至難で、そして、2年目の年度がやってきた。そうか、これは良いチャンスだ、しっかり勉強しよう、と、正直に思っていて、なんとか県教委に見放されないように、もがいている。実際、素晴らしいチャンスなのだ、その度に、多くの気付きがある。昨日は、午前に都心に行って、3つの対面の会議や打ち合わせに出て、帰宅してからオンライン会議に参加したから、忙しかった。そんな中でも、電車の中で読んだ、ある報告書に心惹かれた内容があった。そうか、そうだったのか、と思わず膝をたたきたくなるような気付きであり、自分には、小さな発見とでも呼びたくなる。そんな瞬間に出会うと、世の中が明るく見えたり、脳が若返るような気がする。例えば、英語の苦手な中学生がいて、何かにつけて引っ込みがちであったが、ある時、ネイティブのALTが入ってきて、グループ毎に、演劇スタイルで、英会話をさせた。始めは、口ごもって、恥ずかしそうにしていたが、それは、この生徒だけではなく、全員が同じだったが、やがてそれなりに英語が出てきて、I’m sorryなどは、無意識的に手振りも添えて、自然に話せるようになったと言う。後で、あれは何だったろうか、と振り返り、その後は、何かにつけて、自信を持つようになったというエピソードがある。それをふと思い出して、タブレットの操作は、指で操作するのだが、それには、見ているだけ、聞いているだけではなく、操作するという動作化が伴っている。これは、動作化認知と呼ばれたりするが、物事を理解しやすくしたり、共感したりする上で、効果的なのである。身振り手振りという動作化が伴うことによって、脳がより活性化し、さらに、相手の気持ちを察することもできる。国語の読解では、この動作化の導入で、より深く感じ取ることができたという実践もある。昨日の新聞に、風車嬉しい時はよくまわる(高橋広子)の俳句があった。嬉しいという感情があると、よく回るのか、よく回るから嬉しいのか、2つの説があるが、それは、劇のように動作をすると、あまり恥ずかしくなくなって、英語を話せるのか、英語を話せるようになったから、身振り手振りの動作が出てくるようになったのか、それはどちらでも良いだろう。子供が自信を持ち、前向きになることが、学習効果を産みだしている。そのきっかけが、動作化なのだろう。などと考えていたら、あっという間に時間が経った。気付くとは、光輝く宝物である。

平凡

今は、土曜日の夕方、スポーツジムから帰って、一息ついて、書斎にいる。およそブログを書く曜日や時刻が決まっているので、書き出しの文章もどこか似てくる。この時間は、心が安らいで、2階の窓から見える夕空も、郷愁をさそうような優しさがある。今週はどんな週だったのか、と思っても、平凡な人間には、小波が押し寄せる浜辺のようなもので、小さな出来事がやってきて、それなりに気を揉んだり、嬉しがったりしながら、時が過ぎていく、というパターンの繰り返しである。それで、良いのだ。大きな出来事、それは不幸と隣り合わせだから、それほど有頂天になることでもなく、芸能人のように、大ブレークした後では、坂道を転がり落ちるように、世間から忘れられていく、とするなら、小さな仕事の継続のほうが、幸せだろう。庶民も同じで、平凡であること、それは幸福の代名詞で、そこそこの仕事があり、ジョギングやらスポーツジムで身体を動かし、夕食は少しのお酒を飲み、夜はテレビを楽しみ、疲れとアルコールで眠くなったら、やわらかな布団に身を包む、それで十分である。ブログを書く時は、少しだけ、その幸せ感に浸る。机の横にCDプレーヤーがあって、昔、新聞の広告にあった、日本の愛唱歌160選のCDを購入して、その曲をかけて、かすかに耳を傾けながら、少し物憂い感じで、時間を過ごしている。鐘の鳴る丘、里の秋などの曲は、日本人なら、誰でも郷愁に誘われるだろう、そして、あの文献は、とか、あのメールの対応は、とか、昼間の仕事が、頭をよぎっていく。時々、ウクライナのことを思い出すが、もう惨状を映像で見たくはない、ニュースでも、どこか心が塞ぐので、人は、どんな時でも、優しい出来事、心安らぐ音楽、明るい夕空、などを求めるのだろう。心地よい句はないかと新聞を探したら、てっぺんは春風の中すべり台(原山桂子)、の俳句があった。滑り台の上は、少し高いから、春の風がさっそーと吹いているのかもしれない、今日のような初夏っぽい天気には、ピッタリの句で、子供の喜ぶ顔が目に浮かぶ。新聞を探す、と書いたが、正しくは、気に入った句があると、スマホで写真を撮って保存しているから、パソコン画面から引き出している。こんな呑気なことを書きながら、人生、そんな楽しいことばかりでもなく、多少のことは、いろいろある。ウクライナのことでも、いろいろ腹立つこともある。しかし、すべて、この世で起きたことは、そのまま受け入れるしか手はないのだ。それは、気休めでも、逃げることでもなく、それが事実なら、そのまま受け止め、多少の不平や不満も言いながら、時を過ごしていく、それが平凡だが、賢い処世術だろう。平凡は、幸せと同義語だから。

平和な日

今は、火曜日の夕方、この時刻は、静かでほっとする和やかな時である。昼間の雑音、それは物理的な音というよりも、こうだ、ああだ、という議論もあり、意見の食い違いもあり、戦争のような命の奪い合いもあり、この世に起きてくる災いの出来事で、人は、できれば見たくも聞きたくもない雑音の中で、昼間を過ごして、夕方になって、やっと心を休める。自分には、朝もそのような時間がある。ここ1ヵ月ほど前から、小さな庭にやってくる小鳥たちに、餌をやっている。近所に、小川にいるカモにパンをちぎって餌をやる人がいて、その姿に世俗などを捨てた好々爺のような風情を感じて、自分も真似てみたい、と思ったのが、きっかけである。パンをちぎって、庭に置いておくと、小鳥たちがやってきて、突いて食べる、家内が、水を入れた容器を置いたら、水を飲むので、小さな家族のような気がしてきた。ただ、ヒヨドリがやってきて、始めに食べて、小さな雀たちは、後になって、遠慮がちに食べている。家内が言うに、ヒヨドリは、野菜の葉っぱを食べてしまうので、餌をやりたくない、できれば、雀だけにやりたい、どうしたらいいだろうか、いろいろ相談して、パンを部屋にほっておけば、乾燥するので固くなる、それを大根おろしで、こすれば、細かいパンの切れ端ができる、という珍案に気付いて、100均に行って、大根おろしを買ってきた。こすると、きれいで、しかも細かい粉ができて、庭に撒いたら、さすがにヒヨドリはクチバシが大きすぎて、摘まめない、すぐに逃げてしまう、という予想通りの結果で、雀たちは、自由に、長い時間をかけて、ついばんでいた。しかし、珍案というのは、どこか欠点がある。固いパンだから、こする時に力が必要で、しかも、パンが小さくなると、こすれない。仕方がないので、手でちぎったが、意味がないことに気が付いた。この話を、整体院で話したら、先生に、パン粉があるじゃないか、と言われて、そうだ、何故こんな簡単なことに気が付かなかったのだろう、と思い、パン粉を買って、ばらまくと、雀たちだけで、朝からお昼にかけて、パン粉を食べている。そして、その光景を、居間から見ている。なんと平穏な時だろう。ウクライナはどうだろうか、とふと思う。今朝の新聞に、青空とひまわり色の美しき国旗のままにウクライナあれ(榎本セツ)、の句があった。そう言えば、一面に黄色のヒマワリが咲き、真っ青な空が背景にある光景が目に浮かぶ。そんな平和な日がいつ来るのだろうか。ウクライナの人々に、日本にも多くの人が祈っていることを、伝えたい。世界が早く平和になると良い。

人間の学び

今日は土曜の夕方、ブログを書く時刻である。ただ、審査系の仕事があって、少し遅れてた。仕事があることは有難いことで、特に、原稿とか講演とか出版などは、自分の得意な分野だから、楽しみでもある。少し宣伝めくが、「AIと人間の学び― 壁の向こうで答えているのはAIか人か?」の単行本を、つい先日に出版した。264ページを執筆するには、時間がかかる、しかし、それは時間を忘れる、の言葉通りで、出来あがれば、それは自分の分身か、子供のようなもので、嬉しいのが人情だが、人間は薄情にできていて、amazonにアップされれば、店頭に並べば、それで興味が薄くなり、次の企画に目が移る。ウクライナの惨状が止まらない、隣国のポーランドに避難した人のインタビューがあった、本当に仕事がしたい、欲しい、と口々に言う。人は、どんな状況に置かれても、恵みを受けるだけでは生きていけないのだ、自分が何か他にすること、仕事と呼んでもいいし、要するに、何かをすること、である。何かをすることとは、結局、他からしてもらうのではなく、自分が他にすることである。それが、喜びにつながり、それが生きていること自身になる。恵みを受けるだけでは、認知症になって、施設に入って所在なく生きているだけと同じである。別の国に避難した人は、ウクライナに戻りたい、と言っていたが、あの惨状であっても、何かをしたい、という根源的な言葉のような気がした。コロナ禍が続いて、観光地、飲食店など、閑古鳥が鳴くような状態だったが、少し戻ってきたようで、先に伊豆の温泉に行ったとき、ホテルマンは、忙しそうに、そして満面の笑顔で、お客さんに対応していたが、それはまぶしいような、人間本来に戻ったような表情であった。新聞に、こんな句があった。芸人が地獄這い出る苦闘知り涙の我も苦労人なり(谷吉修一)、言葉は要さないだろう。大勢のお客さんの前で、笑いを取ったり、芸を披露したり、今は、その仕事がめっきり減った、というより、人が集まってはならない、というから、仕事にならない、さぞつらいだろう。自分のすることがない、奪われる、人は、パンだけでは生きていけないのだ、他にすることがあって、ようやく生きていける。上海の都市封鎖も、異常としか言いようがない、完全に密閉して、それで人が生きていけるのか、そこにあるのは、人間不在の、国の指導者の過信による独断でしかない。人間とは何か、人は、どうして生きていけるのか、先の新刊書のタイトルに、AIと人間の学び、という人間という言葉を使ったのは、自分の心に、この問いがあったからである。