梅の花

今は月曜日の夕方だが、明日いろいろ忙しいので、今の時間にブログを書こうと思う。今日も素晴らしい冬空で、雲ひとつない晴天が毎日続いている。南向きの書斎の窓から外を見ると、マンションの規則正しい明かりが灯り、その背景は薄青色に西空の薄赤色が混じった、色鉛筆で描いたような空模様を映し出している。今の時刻はホッとして今日一日を振り返る時刻である。小さな一日でもいろんなことがあって、メールを見ると順調だと思うことと、あれっと思うことが混じって、意欲が湧かないようなメールを見れば、そっとしておこうと誰でも思うだろう。相手にも都合があり、こちらも都合があるから、両方とも満足のいくことは、この世ではなかなか難しいことなのだ。それでもちょっとしたことで気持ちが和らぐことがある。今朝庭にある梅の木を見たら、小さなピンク色の花が咲いていた。おお、もう梅の花か、少し早いが春の兆しが見えてきたかと、どこか嬉しくなった。毎日のように梅の木を見ていると、小枝の先に数ミリの小さな小さな赤い芽がついて、花が咲くのはまだ先だろうと思っていたが、今日その花を見て、あっと叫んだ。まるで生まれたばかりの赤ちゃんのようで、可憐で可愛くて、それでいて風が吹いても花びらは散らず、凛とした姿が日本人好みなのだろう。月曜日は朝刊に俳句や短歌が掲載されるので、いつも朝食の後、和室でじっくりと歌壇欄を読むが、誰でも同じような思いをするのだろうか、ちょうどぴったりの俳句があったので、引用する。陽を見つめ星に目つむり冬木の芽(小俣敦美)、冬木(ふゆき)とは冬の季語で冬枯れの一枚の葉もない寂しげな木の様子を隠喩しているらしいが、そこにちらほら芽が出てきて、そして小さな花を咲かせると、誰でも嬉しくなり大切にしたくなるだろう。そう思うと、いろんなことがあっても、まあいいではないかというような気持ちになる。オンラインで会議があり、原稿を書き、書類を整理したりしながら、俳句や短歌を読み、一日が暮れていけば平凡ながらありがたいのである。自分の椅子の後ろに加湿器があって、湯気が出口から斜め上方に向かって吹き出している。実は古い加湿器が壊れて、昨日電気屋に行って買ったのだが、少し小さめのものにしたせいか、どこか可愛らしい。小さなものはすべて愛されるようだ。小さな梅の花を愛で、新聞の俳句や短歌を和室で読み、書斎で加湿器から湯気が出るのを眺め、オンラインで会議をしたり原稿を書いたりしながら、一日が暮れていく。自分のやっていることは小さなことで、あまりお役には立っていないが、なんとか平穏無事にこれからも生きていきたい。今日のメールで、古い友人の訃報に接し、少し感傷的な気分になったが、自分はどんなことがあっても、生かしてもらえるなら末永くと思う。友のご冥福を祈りながら、自分の今の境遇は、まことに贅沢だと自覚した。今後は、不平を言うまいと思った。

人の優しさ

今は土曜日の夕方、書斎の窓から見える空は、と言っても真っ暗で何も見えない。久しぶりの休みだったので、久しぶりにスポーツジムに行って帰ってきて、昼間にやり残していた仕事の続きをしていたのだが、家内が1階から上がってきて、雪だよと自分に告げた。嘘だろうと言ったのだが、1階に降りて庭を見ると確かに真っ白になっている。そうか初雪か、どうりで寒いと思った、子供や犬は雪を見て喜ぶが、今時は能登地方の大地震を思い出してどうしているのだろうと、思いはそこに行ってしまう。さぞ寒かろうと思う、こんな日は暖かい料理がことのほか嬉しく心が和むだろう。被災地を映し出すテレビ画面の中でも、食事時の湯気の出ているような暖かい料理を映し出していた。学校の給食のようにお椀にたくさんの食材が入っている汁物を入れて、全員に配布しているのだが、もらったお年寄りが頭を下げてお礼を言っている。もちろん日本人なら当たり前の光景だが、ふと思う。なんと日本人は礼儀正しいのだろうか、どんな時でも相手に対して礼をつくすのは、古いと言われようとなんと言われようと世界に誇れる美徳である。私たちの祖先からずっと受け継いできた、若い人たちに伝えていきたい優れた文化である。今日もスポーツジムでシャワーを浴びていたら、自分の前に使っていた人が、すいませんシャワーの下に下着を忘れていたのでと、下着を取りに来た。自分ももちろんどうぞどうぞと言って返事をしたが、その人の恥ずかしそうな表情やいかにも申し訳なさそうな声で、シャワー室に入ってきたので、そんなに恐縮しなくてもいいのにと思ったが、なるほどこれが日本人なのだと妙に納得した。そんな言葉遣いや仕草から、この人もきっといい人なのだなぁと思った。こんな些細なことでもどこか心が温まる。能登の被災地は歯がゆいぐらい厳しい環境ばかりで、天は助けてくれないのかと思うのだが、テレビ画面に映る人々はどこか柔和で他人への思いやりが豊かな日本人の原点のような人たちで満ちているような気がする。新聞の編集手帳に、俳句や短歌ではないが、紹介されていた。被災せし老婆の口をもれいづる「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」そんなことを言わなくてもいいのにと、誰でも声をかけたくなる。今回の大地震のニュースを映像で見たり新聞で読んだするたびに、日本人の優しさと人間としての素晴らしさを感じた。自分も日本人で良かった、なんとか被災地の人たちに手を差し伸べたいが、どうにもならない。ただ一日でも早く一刻でも早く日常生活に戻って欲しいと願うばかりである。この世にはどうにもならないことも多いが、瓦礫や壊れた家などの無残な光景の中にも、清楚で美しい花があちこちに咲いているのかと思うと、心が救われるような気がする。

仕事始め

今は1月9日火曜日の夕方で、手帳を見ればブログを書く時刻である。自分も昨日までオンラインもなく対面での仕事もなく、主に自宅で研究や仕事や庭いじりをしていた。これはこれで楽しい時間で、論文を書いたり審査の仕事をしたり、手帳のスケジュールを見れば、ほぼ予定どうりの進行でほっと一息ついている。長い休日を心待ちに待っていたのは、まとまった仕事をしたかったからで、今1時間余裕があるからすぐに論文を書いたり審査の仕事をしたりできるわけではなく、頭がその状態にまで達していなければ、何も入って来ず何も出すことはできない。つまり状況と自分の認知状態がほどよい関係になっていないと、頭も働かず手も動かない。そのことは多分誰でも経験しているだろう。長い休日は、そのまとまった時間があるという心の余裕があって、背中から押されているような気掛かりがないことなのだ。それが嬉しい。手帳では今日は仕事始め、午後に教育センターに出かけて打ち合わせをし、その後オンラインで会議があった。その間にメールのチェックをして、添付ファイルを保存し、関連する資料を検索して追加する、そしてあっという間に夕方になってしまう。昨日までの心の余裕はどこにいったのだ、と思っても、状況は待ってくれない。仕事とはこういうことかと改めて感じる。不思議なことに、そのような状況になると脳の認知状態がそれに適応して、そこにある種の快感すら出てくる。人間とは、なんと外的な状況に見事に適応できる生き物なのだろうかと感心する。休日であれば休日のように、仕事があれば仕事のように、研究であれば研究のように、打ち合わせであれば相手に合わせて臨機応変に自由自在に自分を変えることができるのかもしれない。しかもそれがどこか心地良いのだ。昨日までの自分と今の自分は、全く生き方が違うような気もする。永遠に同じ自分ということはないのではないかと思う。季節が移り、雨や雪が降り、時に大地震が起き、暑くなったり寒くなったり、自然は自由無限に変化していき、人はそれに合わせてそれなりに生きるすべを身につけて、なんとかこの地球で命を永らえていくのだろうか。といっても能登半島の大地震で亡くなられたり避難生活をされている方には、申し訳ないと思いつつ、人の持つしたたかな適応能力を発揮して生き延びてほしい。文脈は離れるが新聞に、秋の木は葉が散り尽くす終止形冬木は花を待つ未然形(武藤義哉)の句があった。なるほど自然の循環を終止形や未然形という文法で表現して、読む人の心にすっと入ってくる。こういう人を文才があると呼ぶのだろう。自然の循環システムでは、木も花も確かに環境に適応して自らを変えていくのだから、人間も同じなのだろうと思えば、状況の変化に逆らわない方が良いのかもしれない。90歳の老婆が家の下敷きの柱の中から助け出されたという。奇跡の生還だという。この時の老婆の心境はわからないが、あるがままに身を任せていたのかもしれない。これから先、我が身にもどんな事態が起きるかもわからないが、最大限の努力はするが、後は状況に任せるしかないのだろう。そう達観したい。

能登の大地震

今日は7日日曜日の朝である。 変則的な時刻にブログを書くのは 諸事情のためだが、 昨日 一昨日と仕事で忙しかったので時間が取れなかった。 正月も三が日が過ぎれば 平常モードに戻るのだが、人はなかなかその切り替えが難しい。玄関のお飾りは今日までなので、 少しお正月の 気分は残っているが、 今年は特別で、元旦の石川県能登の大地震と2日目の飛行機事故で普段のお正月とは違った緊張感があって、今年の日本はどうなるのだろうと少し不安になってくる。多分誰も同じ思いをしているのだろうと思うが、ニュースを見るたびに地震の被害が大きくなり、行方不明者は絶望的な状況になってることを思うと胸が痛くなる。何しろ この寒さである。 特に北陸地方の天気は、今日は雨か雪だとテレビで報じているが、なんと神は無慈悲なのか、少しは優しい手を差し伸べてくれないのかと、天を恨んでみたくなる。それでも人は生きていかなければならない、悲しんでいてばかりだと、何も問題は解決しないのだ。それは厳しいけれども 自分を奮い立たせるしか他はないのかと、ニュースを見るたびに思う。小さなことだが、昨日一昨日はどうしてもやっておきたい審査系の仕事があって、朝から夕方まで集中した。一昨日前までは、論文の準備をしていた。それは自分の楽しい仕事というか 研究なので、どこかわくわくした気持ちだったのだが、これが仕事になるとその切り替えが難しい。その時、よしと 自分で自分を奮い立たせ叱って決意するしかないのだ 。土曜日のスポーツジム も止め、金曜日の散歩も外出も止め、 全てそれに集中しようと自分で自分に言い聞かせた。そんな小さなことでも、この年になってもなかなか難しい。しかし 昨日の夕方で、ようやくなんとか目処が立った。だからブログが書けなかった。日曜日の朝に書くのは初めてかもしれない。被災地の皆様には申し訳ないが、 全国の人たちが皆さんを応援している。直接支援はできなくても、せめて気持ちだけでも手助けしたい。人が求めているのは、誰かが応援してくれていることかもしれない。そのことが分かっただけでも、生きる勇気が出てくるのだ、よしやってみようという決意ができるのだ。新聞に、きっと誰か共に見てゐる冬の星( 中野博夫)の句があった。その通りである。全国の人たちが見守っている。そしてそのことは自分たちにとっても勇気を得ることなのである。能登の人々のことを思えば、こんなことは何でもないことだ、苦しいことなんか何にもない、厳しいことも何もない、審査系の仕事を暖かい 書斎でできるだけでありがたいと思うのだ。そう考えると、人と人がつながり 、人が人を大切に思うことは、自分を大切にし、生きる希望を得ることである。今頃、能登の地域には 雨や雪が降ってるかもしれない、それでも生きる勇気を持ってほしい、頑張って乗り切ってほしいと切に願っている。全国の人々が応援している。

肝っ玉母さん

今日は1月2日、時刻は夕方といっても外はもう真っ暗で夜である。まだお正月なのだが、その気分はどこかに吹っ飛んでしまった。とは言っても、心中はなかなか複雑である。大晦日恒例の紅白歌合戦やら、にぎやかな番組で華やいだ雰囲気の中で、昨年一年を見送った。里帰りした子どもたちや孫たちと一緒に楽しんだが、年齢には勝てず、午後10時になったら、もう床についた。久しぶりの日本酒が効いて楽しい夢でも見るかと思ったが、現実はとんでもない自然災害が起きた。お昼はお正月らしい雰囲気の中で、ワイワイガヤガヤ近況の報告をしたり楽しい思い出を語ったり厳しい仕事の話をしたり、それはそれで幸せな一時だった。その雰囲気をテレビ番組が突然に釘刺した。緊急避難してくださいという声はどこかうわずっており、平静が売り物のアナウンサーにしては失格とも言えるような感情的な声であった。石川県能登地方を中心に大地震があり、津波が起き火事を起こし道路が寸断されるという災害予報であった。NHKもすべての民放も、この地震速報でうめられて、元旦の特別番組はすべてキャンセルされた。民放ではスポンサーに対してどのような対応するのだろうか大損害なのだろうなどと、つまらぬ連想をしたが、地震速報で元旦気分が一掃された。しかし人間とは誠に現金なもので、子や孫に囲まれ美味しい手巻寿司に舌鼓を打ち、美味しいお酒を飲んで談笑してるうちに、テレビの緊急速報も上の空で、いいお正月だななどと呟いたりした。人は悲しいことも嬉しいことも辛いことも楽しいことも一緒にして、乗り切れる特性を持っているらしい。そうでなければ生きていることは難しいだろう。肝っ玉母さんのようにうろたえず堂々と世間を渡っていく根性が誰でも持っているらしい。今日は1月2日、お宮参りをして一年の無事と平穏を祈りつつ、お賽銭をあげて例年のように楽しんだ。おみくじを引いてこれが正月だなあと思った。当たるはずはないとは思いながらも、吉と出れば喜び凶と出ればがっかりするのは人の常である。当たるも八卦当たらぬも八卦のことわざを知っているから気休めなのだということは、吉であろうと凶であろうとおみくじだということが、肝っ玉母さんのような大らかな気持ちにさせるのである。今日の午前中は、箱根駅伝を見ながら地震のニュースも見ながら家族で雑談をした。そこに何の矛盾も感じないのは、人はそのようなものだからとしか言いようがない。文脈は全く離れるが、元旦の分厚い新聞には歌壇の欄はない、その代わり編集手帳に清少納言の文章、いと寒きに、火など急ぎおこして、が引用されていた。暖を取るために薪か炭火に火をつけたのであろう、現代ではエアコンのスイッチを入れて部屋を暖かくすることだが、昔も今も変わらない、寒いなといいながら暖をとることの嬉しさが伝わってくる。昔も今も幸せなひと時もあれば自然を恨みたくなるようなむごい出来事も起きてくる。そして時が過ぎ、大晦日にまた一年を振り返るのだろう。喜びも悲しみも自分の身にもやってくるだろう。その時はまた精一杯乗り切っていきたい。できれば肝っ玉母さんのようなどっしりとした気持ちで対応できたら、今年一年は安泰だろう。この寒い夜に家を焼かれた人々の悲しい気持ちに同情しながらも、申し訳ないが身内の幸せを願うのは、凡人であるがゆえにお許しいただきたい。

良いお年を

今日は12月29日今はその夕方、西側の窓から見える空は少し赤みがかって薄青色とのグラディエーションが美しい。文字どうり年の瀬である。後数日で今年も暮れる。平凡ながら月日の経つ早さに、ただただ驚くばかりである。今年はどんな年だったのだろうかと誰でも振り返るが、まあ良い年だったのではないか、正確にいえば良いというより有難いという言葉がふさわしい。自分の年齢でまだ仕事があったり研究ができたり、少しずつではあるが前に進んでいると自覚できることが嬉しい。それは自分の力では到底なく、人の助けを借りたおかげであることは疑いようがない。人は少しでも進歩したと実感できれば生きていた甲斐があったとか、これまでやってきたことは無駄ではなかったと言える。たったそれだけのことで人はこの上なく嬉しくなる。それはオーバーではなく真実である。自分が拙いけれども講演をした後、そのことをいつも感じていた。今年は講演の数が多かったのだが、後悔したり自己卑下したり自尊心が低くなったりすることが少なかったからである。理系の大学にいた頃、大学院生たちと一緒に研究に邁進した。寝ても覚めてもと言ってもいいだろう。しかしそれが何の意味もなかったら自分はこれまで何をやってきたんだろうかと、悔やむに悔やみ切れない思いがするだろう。これまでの努力が何の意味がなかったとすれば、次に進む勇気も出てこないだろう。実はそんな気持ちが、講演をしたり原稿を書いたり出版をしたりする毎に湧き起きて、自分を苦しめてきた。しかしこの二年くらい無駄ではなかったのだ、これで良かったのだと思えるようになった。何がどうなんだと多分読者の皆さんにはわかりにくい表現なのだが、それは研究と実践のギャップと言ってもよいのだが、ブログで書いても自分の気持ちは伝わらないだろう。今年一年を振り返って、講演の後にああ良かったこれで少しは人様の役に立ったかと思うことが多かったからである。そんな風に自分を認めることができたからである。自分と付き合いのある人は、こんなことを言うとほとんど信用しない。外見を見ると自信を持って話をしたり議論したり司会をしたりしているので、そんなことはあり得ないと私に言う。一昨日27日の懇親会でもそんな風に言われた。しかしこれは真実であり、自己肯定観を持てるようになったのはこの二年ぐらいからである。自分のやってきたことに意味があると思えることは、こんなに素晴らしいことなのか、有頂天になるような気持なのである。それは感謝するという言葉がぴったり当てはまる。だから今年一年を振り返って、こんな自分でもお役に立ったかとか仕事があるとか少し新しい知見を得たとか、そのことがいかに自分の心を弾ませるのか、外から見ている人にはわからないかもしれない。文脈は離れるが、新聞に、落ち葉掃く媼(おうな)に時給アップの報(ほう)(天童光宏)の句があった。おばあさんが仕事をしている。落ち葉を片付ける仕事で時給で給料が決まるのだが、その時給がアップしたという知らせを受けて、おばあさんの嬉しそうな笑顔が目に浮かぶ。これで少し暮らしが楽になる、孫に土産の一つでも買えると思っているかもしれないが、それ以上に自分のやっている仕事をちゃんと認めてもらえたという喜びの方がはるかに大きいだろう。これでもっと頑張って落ち葉拾いができる、見ている人はちゃんと見てくれているのだ、自分がやっていることは意味があることなのだ、決して無駄ではないのだという思いが伝わってくるが、それは今の自分の気持ちと同じである。毎日お風呂上がりの十分程度の時間で小説を読んでいるが、その小説は戦国時代の武士の生き方を書いているが、心情的には全く同じである。自分の生き死によりも、自分のやっていることに意味があるのかと問い続けているような気がする。一番残念なのは無駄死にであるが、それが名誉であれば死を恐れることはない。それはそこに意味があるからである。今年一年を振り返って自分のやってきたことも意味があったのだと思えるだけで、これ以上の喜びと感謝はない。本当に有難い年末である。後数日で今年も終わり新しい年が明ける。子どもたち孫たちも元気な顔を見せてくれるのか、布団干しやら料理やら大掃除やら気ぜわしい数日が、老夫婦にとって極上の幸せの時間である。皆様も良いお年を。

クリスマス

今日は12月25日クリスマス、今は夕方で、もうかなり日も暮れてきたが、先ほどまで冬の夕焼けが美しく2階の窓から見とれていた。昨日の日曜日はクリスマスイブで定番のピザと唐揚げのセットを買って老夫婦2人のクリスマスを祝った。近所のピザ屋さんに頼んで午後7時過ぎに受け取りに行ったが、昨夜は冬本番とも言えるような寒さだったが、タイミングよく焼きたてのピザのようで、ことのほか美味しかった。ピザと唐揚げはよく合って、赤ワインなどであれば絵にかいたような夕食だが、家内はコカコーラ自分はウイスキーの水割りで楽しんだ。月曜日の今日の午前中は3つのオンラインでしっかり仕事をしたが、お昼は久しぶりの友人との忘年会であった。と言っても2人だけのささやかな昼食会であるが、市内の駅の近くのイタリアンの店に入った。イタリアンといってもパスタが専門の店で、小さなピザ付き野菜サラダとパスタに加えて2人で赤ワインを飲んで乾杯した。パスタと赤ワインはよく合う、昼間からワインが飲めるとはなんと贅沢なと思ったが、今日はクリスマスかと、どこかワクワクする気持ちが起きて、2階の座席から窓越しに人々がなんとなくせわしそうにしかしどことなく楽しそうに歩いている姿を眺めた。この風景はどこかで見たような感じがすると考えたら、外国では確かにこのような光景をよく目にした。ヨーロッパやアメリカでも似たような格好でワインを飲んでいたような気がする、といっても頻繁ではないが、通りに面したレストランでテーブルを出して街ゆく人々を眺めながら談笑していたが、あれは気持ちが開放するからだろう。あれはいつだったかスペインだったかイギリスだったか忘れたが、国際会議に参加して仲間と一緒にレストランに行ったら、ワールドカップのようなサッカーの試合があって、地元の人たちが大騒ぎしている光景に出会ったことがあった。そういえば、クリスマスのシーズンに仲間と一緒にドイツに調査に行ったことがあった。寒い夜だったが、レストランの近くで地元の人たちが子供も含めて大騒ぎをしている、何か祭りのような雰囲気で我々も赤ワインを買って飲んだら温かいワインだった。なるほどこれほど寒ければ飲み物も温かくするのかと感心したが、それぞれの国でそれぞれの楽しみ方があるようだ。ただ我々日本人と違って海外の人にとってクリスマスはやはり特別な日なのだ。グラス2杯といってもアルコールに弱い自分にとってはほろ酔い気分になって、心が大きくなり友人とあれこれやと昔話に興じ、まだ若かった頃の武勇談や失敗談に話が弾んで時を忘れた。若い頃は仕事に夢中で、それは研究と呼ぶにはふさわしくなく、やはり仕事なのだ。男はどうしても仕事から頭が離れない。友人や家内に話すのはそのことをどこかで共有したいからで、それで自分が自分を認めることができるからではないか。新聞に、乗客は吾のみのバス折り紙のサンタが運転席に揺れおり(大野多恵子)の句があった。多分奥さんか子供が、主人か父親の仕事の無事を願ってつけたものかもしれないが、その運転手にはお守りのようなものだろう。サンタの折り紙でもよし神様や仏様の御札でもよし、仕事をする人は誰でも支えてくれる人を求めるようだ。そしてクリスマスでもお祭りでもお正月でも何かにつけてお祝いと称して、美味しい料理と酒やワインを飲んで楽しんでいるのは、人間のしたかな生きる知恵なのだ。それほど長くもない人生ならば、くよくよせずに楽しむ方が得である。

年の瀬

今は土曜日の夕方、久しぶりにスポーツジムに行って帰宅したところである。今日はブログを書くと手帳に書いてあるので、書斎に上がってここ数日間を振り返ってみる。なぜかわからないが忙しくせわしなく、なるほど師走とはよく言ったものだと、つまらぬことを納得した。仕事の区切りをつけることが多いからだろうか、都内に出かけたり書斎でオンライン会議に出席したり書類を調べたり、何かと仕事に振り回されている。そうは言っても、自分には有難いことなのだ。明日はクリスマスイブ、それが終われば一直線に大晦日に進んで新しい年が明ける。大晦日には子どもたち孫たちが我が家にやってきて、大賑わいの数日が過ぎていく。本来は除夜の鐘を聞きながら静かに一年を振り返り、年越し蕎麦でも食べて新年を迎えるのが自分の年齢には合っているのだが、どうもそうはいかない。紅白歌合戦よりも裏番組の昔の歌謡曲でも聞きたいところだが、若い者が来ればそうもいくまい。明日は近所にあるピザ屋さんでピザを買って、老夫婦二人で静かにすごしたい、といっても日曜日なので土日はなるべくスポーツジムに行くことを自分に課しており、さらに日頃なかなかできない家の周りの整理、つまり砂利を買ってきて敷きつめる仕事などがあってそれなりに忙しい。来週は水曜日までつまり三日間は都内や市内に出かける用事が入っている。その中には少し気乗りのしない頭の痛い仕事もあるが、それでよいのだ。趣味と仕事は違うので、このぐらいでちょうどバランスが取れている。しかしこの時期は年末のテレビ特別番組が賑わうが、お笑い系や若い人たちのはしゃぎぶりにはついていけず、この頃は録画番組を見ることも多い。世の中が騒がしくなると、人はどこか静かに過ごしたくなるのか、自分を見つめたくなるのか、書斎でネット検索でもしていると心が落ち着くようだ。午前中はオンラインの打ち合わせもあったが、その他は自分の興味のある研究の関連文献を探していた。それは自分だけの孤独な作業なのだが、それなりに面白い知的活動なので静かな満足感がある。その意味では、この時期は一人で考えたり昔の事を思い出したりするような思索する活動に適している。じっくり文献を探して読んだり、哲学的な考察をしたくなるようだ。文脈から外れるが、新聞に、青鷺よお前も寡夫か白鷺の群れより離れ遠くを見つむ(藤谷明)の句があった。この作者は奥さんに先立たれた寂しい思いを抱きながら、鷺を見つめていたのだろう。スポーツジムからの帰り道、自宅のすぐ近くの小川に数羽から十羽ぐらいの鴨がいて、その鴨に混じって一羽の白い鳥がいる。その鳥が白鳥なのか白鷺なのか自分はわからないが、鳥は川の水につかって寒くはないのかとつまらぬことを思ったりする。その光景が人々の気持ちに癒しを与えてくれるのか、通りすがりの人がよくこの鳥たちの姿を眺めている。冬型の高気圧が張り出してるせいか、この頃は毎日が晴天で真っ青な空が小川の向こうに見えてうっすらと茜色の夕焼けが彩ることもある。なんときれいなと思う気持ちと、鴨と白い鳥の組み合わせがどこか寂寥感をもたらしている。この世の中は、テレビの派手な映像と書斎での静かなひと時と、自然のはっと息をのむような美しさと鴨と白い鳥が小川に佇んでいるわびしさと共存し共鳴しながら、時を刻んでいるようだ。確かに年末である。また一つ年をとるのか、楽しいような寂しいような年の瀬がやってきた。

家の暖かさ

今は、月曜日で夕方から夜にかかっているが、ひんやりとした外気が家を覆って冬の気配を感じる、といっても暖冬なのでそれほど寒くはないが、やはり書斎の中は暖かい。月曜日は新聞の俳句や短歌欄を読むのだが、それは午前中の楽しみでもある。一階にある畳の部屋がどこか似合っているようで、朝の15分程度だが読んで丸印をつけ、気に入った句を記録してこのブログで紹介している。朝刊を玄関の郵便箱から取り出して、和室で新聞を読んだりするのは、どこか風流というか昭和の時代というか、心が安らぐ。実は昨日まで出張で四国に出かけていたが、今日からは所沢の生活に戻る。外に出かけると、自宅とは違った刺激がありそれなりの緊張感と充実感が伴って、書斎での仕事とは別の感覚が湧いてくる。しかし和室で俳句や短歌を読むのも、静かな平穏な気持ちになる、つまり外が動なら内は静の世界である。こうして今パソコンに向かっているが、先ほどまで、ある教材の審査をしていた。内容は書けないが、うーんと考えながらチェックしていたが、いつの間にか時間が経ってブログを書く時間が遅くなった。それは仕事というか勉強というか見分けがつかないが、つの間にか夢中になっている自分に気が付いた。昨日の出張では最高温度が6度という寒さだっただけに、家の中の暖かさが余計に嬉しく、自分にも他人にも優しくなれる。こんな暖かい部屋で考え事をしたり調べものをしたりと振り返るだけで、自分の境遇に感謝する。多分今週から気温も下がるだろう。午前中に来年の手帳に予定を書き込んで、今は二冊の手帳を横に置いて仕事をしている。今週の日曜日はクリスマスイブとは、平凡ながらなんと月日の経つのは早いのだろうか。頭の中は年末という言葉に全く馴染みがなく絵空事のように思える。ブログを書くときには少し振り返るが、現実の時間経過と脳の認識のギャップが大きすぎて、本当に今年も終わるのかと実感できない。多分多くの人と同じ感覚だろう。明日は都内に出かけるので夕方に時間がなく、今日ブログを書いているがつつがなく過ごせるだけで良しとしなければならない。新聞に、家を出て家ふりかえる寒さかな(萩原行博)の句があった。外はもう真っ暗でこれから外に出ると思えば、たぶんこの俳句の作者と同じ心境になるだろう。ありがたいかな我が家は。

白いネギ

今は金曜の朝方で、この時刻にブログを書くことはほとんど最近ではない。もちろん夕方に書く方が良いのだが、今日は都内で仕事が色々あって帰宅してからも夕方に諸々の用事があって時間が取れない。そんなことは珍しくもないのでブログで書く必要もないが、人はなぜか状況が変わると言い訳をしたくなる。今日は理事会やら会議やらでいろいろ気を使う。多少緊張感はあるがそれが仕事の代名詞のようなもので、緊張感がなければ気楽かもしれないが、たるんだ糸で結んだようなもので会議の参加者には内容が伝わってこないだろう。理事会も同じで、自分は仕切る役割なので台本に従って司会をするが、その台本には分単位または秒単位のものもあるが、台本作りはスタッフの仕事である。自分にはできないなと、ふと感心する。どの分野にもそれぞれの専門があって見事と言うしかない仕事ぶりをする。今日の理事会もオンラインと対面とのハイブリッドで、しかも会場は事務所とは違い、赤坂の借り会議室である。ビジネスであるから借りた時間分の支払いが要求されるので、オンラインのセッティングなどに多くの時間はかけられない。機材などは事務所から持って行ってテストなどをするのだが、その時間は担当者はかなり緊張する。自分は会場に来られた理事の皆さんへの応対なのであまり緊張はしないが、確かに会議一つであってもスタッフの協力がなければできないのだ。今日の理事会はいつもとは少しプログラムが違っているので、余計に神経を使う。会議は毎回同じ訳ではなく、回や時とともに変わっていく。文脈は離れるが、数日前のテレビ番組をふと思い出した。ものまね大賞のような題名だと思うが、芸達者なタレントが歌のものまね顔つきのものまね仕草のものまねなど、すごいとしか言いようがないような内容だった。一次予選で一人だけ選ばれその人たちで決勝を行うのだが、予選で敗れたタレントたちへのインタビューがあった。誠にタレントというのは厳しい仕事だと思うが、負けた人たちへのインタビューなので答えたくないのが本音だろう。タレントたちは、残念で仕方がないが、確かに自分の芸は今一歩粗かった、選ばれた人に比べるとどこか新鮮味がなかった、やはり努力が足りなかったのだろうと、言葉少なに応えていた。なるほどプロの世界とはこのようなものか、厳しい競争に勝ってこそ初めて仕事になる世界なので、絶えず努力を重ねているが上には上がいるのだ。紙一重のような世界とは比べものにはならないが、今日の理事会の準備をしているスタッフも、それなりの緊張感を持って臨んでいるが、起きてくることはすべて新しいことなので、過去のやり方で通じるとは思っておらず、どんなアクシデントがあっても対応できるようにしている。新聞に、切る葱を飛び出す葱の白さかな(板坂寿一)の句があった。ネギを切ると生まれたばかりのように新鮮な真っ白いネギが飛び出してくる。それが我々の食欲をそそる。ものまね大賞のタレントたちの芸も同じであろう。新しいネタで新鮮でハッとするような芸であれば人はみんなそこに惹きつけられるのだが、これまでと同じであれば、人はすぐにそっぽを向いてしまう。今日の理事会は前回の理事会とは違う。全く新しい出来事なのであって、新鮮な会議ができれば理事の皆さんも来てよかったと満足されるであろうし、そうでなければ次回からは欠席しようと思うだろう。と考えればタレントも我々も、仕事という点では同じ土俵に立って戦っているのかもしれない。