今は土曜日の夕方、といっても外はもう真っ暗である。いつもは休日である土日は、スポーツジムに行って、一息ついて書斎で1日や1週間を振り返りながら、ブログを書くのだが、今日はスポーツジムに行っていない。珍しく来週からしばらく仕事で忙しく、その準備がまだ出来ていないので、今日の午後そこに時間をかけたいと思ったのである。歳をとってから綱渡りのような仕事は心臓に良くないので、なるべく早く準備をすることを心掛けているのだが、不安がよぎる。だからスポーツジムは明日日曜日だけと決めた。
午前中はお墓参りに行ったので、なかなか時間が取れなかった。毎月お参りをしている関係で、特に公開日誌に書くほどでもないので、昨日の出来事を記録しておきたい。息子と息子の嫁に言われてかなり月日が経ったが、昨日金曜日の午後、映画館に行った。素晴らしい映画だから必ず見た方が良いと言われながらも、もう何年ぶりか、いや何十年ぶりか、所沢駅に隣接するショッピングモールの4階にある映画館に足を運んだ。家内と2人だが、このモールの4階に小規模なシアターと呼んでいる映画館が12館もある。小規模といっても150名程度は入れるだろう、平日であってもほぼ満席であった。作品は今大評判になっている「国宝」である。多分土日は満席だと思う。
何しろつい最近まで、このショッピングモールに映画館があることすら知らなかった。しかも12館もあって、数日前からネットでチケットを購入し、かつ支払いもでき、座席も選ぶことができる。入場は自分のID番号を示すQRコードだけで入れる。だから開演時間の5分ぐらい前に行けばよく、しかもスマホからフード・ドリンクを注文でき、帰りには映画館の前で業者が待っていて、残ったものを処分することもできる。なるほどデジタルの時代だと、当たり前のことだが納得した。そして映画も評判通りの内容で、3時間を飽きることなく、大画面に引き付けられた。大画面と予想以上の大音量で、臨場感に体全体が包まれた。
歌舞伎の世界の物語だが、自分の住んでる世界とは全く違うので、はじめは乗り気ではなかった。しかし一流の専門家が作る芸術とはこのようなものかという魅力があって、その世界に入り込むのである。しかし自分は美については全くの音痴であり、素人なので、この作品が訴える本質を受け止められたかどうかわからない。ただ美を極めるということは凄いことだと感じた。その凄さはどこからくるのだろうか。自分のような門外漢には、猫に小判や月とスッポンのような感じで、どう考えても結びつかない。それは何かと考えたとき、自分は日本人だからではないかと思った。
もちろん芸術は国境を越えているので、海外でも大評判の作品である。だから芸術は文化を超えて伝わるのだろう。自分は歌舞伎のことも美のことも芸術のこともわからない。ただ江戸の昔から、こんな風に庶民も美しさを求めていたのかと思った。文脈は離れるが新聞に、「秋場所の溜り桟敷や江戸の粋」(佐藤光義)の句があった。相撲の観客席にも、砂かぶりや升席などがあって、その言葉も江戸の情緒が漂ってくるようで、昔の人は粋を共有していたのかもしれない。ただし、自分は、歌舞伎座へ行って鑑賞するつもりはない。歌舞伎の美や芸術性を理解する知識も能力もないからだ。ただ江戸の昔から、このような優れた芸術が伝わっているのかと思ったとき、日本文化の素晴らしさに改めて敬服したのである。そして自分が日本人であることにささやかな誇りを感じた。
