篠笛

今は火曜日の午後なのだが、後一時間少しで都内に出かけなければならない用事があって、時間が空いてるのはこの時間だけなのでブログを書くことにした。今週はいろいろ忙しく、昨日も今日もまた15日も都内に出かけて用事を済ませる。だから金曜日の15日も朝にブログを書く予定になっている。できれば一息ついた夕方が筆も運びやすいのだが、世の中はそう自分の思い通りにはいかない。またそれでよいのだ。状況に応じて工夫することが仕事でもある。そして週末の土日は四国に出張があって、とてもブログは書けない。つまり今週は出かけることが多いのだ。もちろん13日14日は所沢市内の学校などに車で出かけ、その他の時間はほとんどオンラインの会議で詰まっている。今週を乗り切ると18日の来週からは少しホッとする。自分の本心は電車に乗って出かけることは億劫になっている。もう何十年も電車に乗って出かけ仕事をし帰宅するという定番のスタイルが、コロナによって突然変異のように変わった。在宅勤務オンライン会議オンラインセミナーオンライン講演オンライン理事会など体の一部のようになってきたので、電車に乗るのは違和感を覚えるのだ。特に夕方や夜に混んだ電車に乗るのはもう御免で、座席に座れれば本も読めるし少しは快適感もあるが、今のような生活パターンが自分には合っている。全体的に言えば都内での仕事から市内への仕事に変わったといってもよい。市内の仕事は学校や教育委員会などの仕事で車で出かけることができるので通勤が快適なのだ。勝った負けたとか切った張ったのような世界は政治とか企業とかには適しているが、教育にはなじまない。研究はその中間どころかもしれないが、自分の場合は教育研究なので、子供の幸せとか充実感とかが価値観になっているので、あえて言えばウェルビーイングが目的である。それは企業の営業活動や技術畑の製品開発などの仕事とは基本的な方向が異なっている。自分の最後の仕事は地元の教育にサービスをすることである。つまり地元の学校などに、これまでの自分の経験を生かし奉仕することであると信じている。今は、特にコロナ以降は、そのように活動をシフトした。それは自分にとってはピッタリ合った素晴らしい道であり満足しているので、出張とか都内での仕事とかは、言葉は適切ではないが、出稼ぎ労働とか、お呼びがあって出かけるお座敷タレントのような気がする。色々な人に会ったりいろんな仕事に出会ったりすることも刺激的で面白いが、所沢市内の教育サービスとは方向性も質的にも異なっており、今は市内に重点を置きながらバランスよく活動している。文脈は少し異なるが新聞に、人生が祭りのようなものならば最後は篠笛一本でいい(長谷川幸子)の句があった。篠笛は日本古来からある細い竹でできた笛らしいが、賑やかでもないし晴れやかでもないが惹きつけられる音色を出すようだ。自分の心境はあえて言えばこの篠笛のように、静かに穏やかに平穏でしかししっかりとした音色によって人々に安心感を与えるような存在でありたい。少しでも良いので先生方や子供達に生きる力が与えられれば、自分が生きている甲斐がある。そんな願いを込めて市内の活動を続けている。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21名誉会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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