今は金曜日の夕方、自分の書斎でパソコンに向かっている。昨日までは大忙しの3日間だったが、ようやく一段落して平常の生活に戻った。と言っても、昨日までの余韻が体の中に残っていて、少しばかりの疲れと過ぎ去った数日への思いと、けだるさと楽しさが体と心に染み込んでいる。このブログでも紹介したが、3日間神戸に滞在して、若い高校生たちの研究発表に接してきた。彼らは、何とすばらしい活力を持ち未来に向かって進んでいるのだろうか、まばゆいばかりのエネルギーを持っていることに、ある面で感動を覚えた。言うまでもなく、スーパーサイエンスハイスクールの研究発表会があり、自分もそこに関わって、いわば非日常的な経験をして、知的な興奮を覚え、これからの日本を背負っていく若い人たちに、心の中で拍手を送った。昨日は大阪空港で飛行機が遅れ、帰宅が深夜になったが、何とか自宅に戻れた、それだけで運が良かったなあと神に感謝した。ブログにも書いたが、水曜日にはオンラインのセミナーがあって、自分がホスト役なのでやきもきしたが、ラッキーにも、ホテルの一室で、セミナーが無事に、そして活発に議論ができた。メールを見ていると、その3日間でも色々な出来事が起きて、仕事上の関わりが出てくるので、神戸の国際会議場では、先端的な研究という目を輝かせるような世界と、現実の仕事という厳しさやきれいごとだけでは片づかない世界を行ったり来たりした。ホッとするのは、仕事が終わって夕食に外に出る時だ。神戸三宮界隈には多くの飲食店と居酒屋があって、串カツ居酒屋に入って、生ビールを飲みながらの串カツは、こんな美味しかったのかと、オーバーに言えば、感動があった。こんなふうにして、人は喜んだり、どうしようかと不安になったり、さまざまな思いをして過ごしていくようだ。新聞に、ぼちぼちと言われることにも飽きてきてこの坂道を走って越えたい(清水恭子)の句があった。年配者になると、周りからぼちぼち行きましょうとか、まあゆっくりやってくださいとか、いたわるような言葉を聞かされるが、本音は実はそうでないかもしれない。高校生のように全力を掛けて一気にこの坂を登ってみたいという気持ちが起きたり、そして、いややっぱり無理だったかと思う気持ちと、まだまだやれるではないかという嬉しさなどが交じり合いながら、仕事を続けているかもしれない。それは若い高校生であっても、同じだろう。野球の甲子園も、研究の甲子園も、山あり谷あり、嬉しいことも悲しいことも包み込んで、全力で進んでいくしかないのだろう。自分にとっては、走って越えてきた3日間であった。有難い。
